風のささやき

春の日に

春の風に明るむ川縁を
自転車で走り過ぎてゆく
子供達は速く
老人はベンチの上で日長
世間話を繰り返す

僕だけが買い物帰りの
ビニール袋をぶら下げる
足下の影を重たく感じ
ひきづるように足を
ゆっくりと歩いてゆく以外は
ああ何一つ
いつもと変わらぬ穏やかな午後だ
河原の石は白く膨らみ
日に焼けた釣り人は
気長に糸を垂れる

かんだら苦い緑に
色を変える草
たんぽぽは風に
種を打ち上げている
不規則に吹く風の間隔に
気の抜けた咳をするように

色もはげおちたアルミの
空き缶は光りを反射する
水面の小さな渦にとらわれ
同じ所をくるりくるりと回る
川の流れの気まぐれな遊びに
浮かび上がったり沈んだり
天と地ともわからない
長い長い時間を
(目眩を感じ続ける
 息絶え絶えの僕のよう)

遠くには青い橋桁
その上を走る車の姿は
熱さに揺らめき
手元の時計は
水面の光りを反射して
文字盤が読めない

僕は
買い物帰りの
肉や玉葱を放り出して
(そうして僕の
 駄目な気持ちのすべてを)
走り出したかった
何処か家路とは違う所へ
幾年もの春の風にちぎれ
飛んで行ってしまった
高ぶる心をかき集めに
僕の胸に呼びかけて止まない
郷愁に酔いしれながら。

夕刻
テレビの上の
何食わぬ顔をして
ニュースを眺めながら
君が時間をかけて作った料理を
すまないと思いながら
砂を噛むような苦さで
食べていた。