風のささやき

冷たい夜に

	一

存在の不安を 蝋燭のように
ぶら下げて 歩く街角
黄砂にまみれ
不吉な 萎びた 青く膨らむ
異人たちは呪わしい目

暗い闇夜の階段を
一段 一段
上るような 果てのない時間
月影も見えない すり減った心に
すすり泣くのは 僕なのか

疲れている額に 冷たい手をおく
ガラス細工のように 闇夜は窪み
仮面のように顔にはりつく
じっと見ている
幾千もの青白い星屑
そのまま顔を宙に奪われて

狂気を受信する くるおしくもだえる
確かなものは不在 眠る枕はない
遠ざかる一日がまた
暗い街灯に 足音もなく迷子になる

あなたの家の庭には 赤いバラの花が
もう 咲いているだろうか

	二

聞いている耳が
聞こえなくなる やがて
遠い森のせせらぎ
あなたと夜に うちならす鼓動

見ている目が
見えなくなる やがて
野に咲く 黄色のひまわり
青い海辺の 波打ちぎわ

映像を見せられる
いつでも卑屈な笑い
卑怯な顔が 毎日通り過ぎる
神経をひきちぎる 丸裸の痛み

電話から 飛び込む声が
叩き起こす 浅い眠り
眠気だけが 頭の芯の鉄棒
慌てた鼓動は 警鐘を緩めずに

僕はやがて 死んでゆくだろう
立ちくされた 体を引きずって
体を維持するための 食物を
機械的に 口の中に納めて

聞こえなくなる やがて
汗くさい 獣の体毛に覆われて

見えなくなる やがて
あなたの胸の 涙型のペンダント

	三

僕はとってかわられる 見ず知らずの誰かに
あなたと歩くのは 僕でなくてよい
夜な夜な 愛を囁けるならば

僕は故郷に帰れない
誰からも忘れられた
思い描く風景も壊れ

だから仕方なしに
仮面をつけて 街を彷徨う
干し草の匂いの 懐かしい風は
時々 顔に吹き付けるけれど

耳の中の潮騒 遠くの水平線
あれは本当に 僕のものだったのか

あなたの笑顔は トランプのように
乱雑にばらまかれる
同じ顔をしたクイーン

はりつめた空に 耐え切れず
落ちる枯葉
くるくるとまわる表裏の 偶然の産物のように
僕は止まり 残るすべを知らない