風のささやき

霧が流れて

山肌を霧が流れていく
杉の木は白くむせ
むき出しの岩肌はしっとりと濡れ
山道を一人迷う僕の
手や足にはまとわりついて
ただでさえ遅いあゆみを重くする

うなだれて
ピカピカと光る木の肌の間を
僕は記憶の中の
村を捜して歩いて行く
いつかは訪れたことのある
明るい朝日に輪郭を描く
優しい調べに満ちた村へと
自分の中の磁石だけを頼りに
遠近感を奪われた
今の瞳には映らない

花畑の花は
露に重たく頭を垂れて
止まらぬ涙を流すように
靴に痛い足指の先には
変色して死んで行く爪
しっとりとした乳白の冷たさに
体温を奪われる僕は
どこかの窪みに体を隠して
明日の体力を
確保しなければならない

霧はやがて夜とまじり
月の面を流れて行く
陰湿な風は
僕の耳の正しい調子を脅かし
丸に輝くふくろうの目玉が
闇に幾つも飛びまわっている

僕はまた目をつむり思い出す
夢に暖まるために
花畑に埋るあの村の
薔薇の咲いた家の窓辺を
山間に隠れる朝焼けの
白い十字の教会のことを