風のささやき

夏の遺跡

夏の遺跡には
昔となんら変わらない
大きな白い雲が浮かび

強い日差しがじりじりと
まとわりつく大理石の柱は
沢山噛んで疲れてしまった
年老いた歯のように
かみ合わせ悪く
隙間をあけて並び

雨風がその外郭を崩した
煉瓦色の建物を
わずかな合間から顔を出す
夏草の色合いが柔らかくする

浴槽を大きくしたような池には
白いつぼみ一つだけの蓮
小さな庭園を匂い立ち
飾る薔薇は今はなく
不協和音の蝉の声が
休む間もなく木陰には鳴く

どれほどの長い間
繰り返し鳴くその声は
頭のとれた彫刻の胸にも
まだやかましく響くのだろうか

泡のように消えて行くのは
この体や生きてきた僕の
記憶だけではない

街もさびれて
やがてはその骨格だけを
この地に残した

けれど
僕の休む石のベンチには
今日のような夏の日
ちょうどこんなふうに座って

気持ちを高ぶらせて誰かが
眩しい空を眺めていたのだろう
そこに描かれた夢はまだ
空の深い所を静かに流れて

だからこの遺跡の上の空は
こんなにもきらきらと
輝いてみえるのだろう

今は住む人もいない
夏の遺跡
大きな雲が時間を
ゆっくりと流す
汗ばむような真昼時

昔と変わることなく蝉だけは
緑の濃い林に休みなく
太陽に命を
捧げ尽くすように鳴いている