頭蓋療法の歴史

「Brain Matters : Missing Link」 より抜粋
「脳の話ー未知なる連環」:邦題
出版:CAVU Conceps, LLC 2019年刊
著者:Jaseph Unger*
訳者:前田滋
2026.10.10
*Joseph F. Unger., Jr., DC, FICS:
1979:Logan Chiropractic College卒業
1984~同学にてインストラクターを務める
Fellow International Craniopathic Society(FICS).
国際頭蓋療法協会におけるフェロー
訳者からのコメント:
Nephi Cottam D.C.という人物は初めて知った。 おそらく本邦初出だろう。 また神秘主義で有名なスウェーデンボルグが 脳の研究をしていたというのも始めて知ったので二度ビックリ。

さらに、ヒポクラテスが頭蓋療法らしきことを書き残している ということも、三度目のビックリ。 以前にヒポクラテス集典の論文を17件ほど邦訳していたが、 「頭部外傷」の論文はスルーしていた。これは、すでに 数件の邦訳例があるので、「いまさら」の感があって 邦訳しなかったのだった。 いま手がけている作業が一段落すれば、この論文を訳して わがサイトに掲載してみます。 まこと、「先達はあらまほしき事なり」(吉田兼好;徒然草)の心境デス。

蛇足だが、著者のDr. Ungerは、訳者がその昔SOTのベイシック、アドバンス、 クラニオパシーの認定試験を受けにオマハ(米国ネブラスカ州)を訪れたとき (1987年、1988年、1990年)、若手のスタッフとしてセミナー会場や 試験会場で走り回っていたので、頻繁に顔を合わせていたことがある。 また、2012年にはPAACの主催のセミナー講師として来日している。

「科学の問題においては、千人の権威も
たった一人の謙虚な理性には及ばない」
―ガリレオ・ガリレイー

<<頭蓋療法の歴史:概略>>
人類は何世紀にもわたり、人体の解剖学を研究してきた。 古代から21世紀の現代に至るまで、人体を理解しようとする 探求心は、時には奇想天外な理論や、驚くべき発見を生み出している。

紀元前400年代にギリシャに生きたヒポクラテスは、 現代医学の父とみなされており、人間の頭蓋骨が全身の健康に 影響を与えるという理論を最初に提唱したと考えられている。 彼は『頭部外傷について』という論文を著し、さまざまな頭部外傷に ついて記述し、また臨床観察のみに基づき、 頭蓋骨の外観と骨折が頭蓋骨に及ぼす影響を正確に書き残している。 この画期的な著作は、今日においても医師たちを鼓舞し、 教育し続けている。 そして三人の人物が、この分野における現代の先駆者とみなされている。

・Nephi Cottam D.C.(1883-1966):
頭蓋治療システムを確立し、カイロプラクティック頭蓋療法(*)という 用語を生み出したのは、この人物である。 コッタムは、カイロプラクティック頭蓋療法に関する初期の着想を 1895年に報告している。最初の専門的な発表は1929年1月27日で、 新聞紙上に報道されたのは1929年2月20日だった。 彼の最初の著作は1936年に出版されている。
*https://www.biocranial.com/nonhealthcare/history.pdf

その後、彼の業績の一例が、息子のCalvin Cottamによる1990年の 著書『頭蓋顔面調整:出典、参考文献、索引(第2巻)』に 記されている。その中で、息子のコッタムは、Dr.コッタムが、 取り乱しヒステリーを起こした患者に用いた処置について書いている。 患者を座らせた状態で、Dr.コッタムは患者の頭をほんのわずかに持ち上げ、 体から離して位置を調整した。この「頭部挙上」と呼ばれる処置は、 3日間耐え難い苦痛に苛まれていた女性に即効性のある緩和を もたらした(*)。Dr.コッタムのこの成果は、1930年代初頭から始まって今日まで続く カイロプラクティック教育における新たな潮流の基礎となった。
(*)訳者注:これは後頭踝と環椎(C1)間の配列を調整したようにも読み取れる。

・Dr.William Garner Sutherland(1873-1954)*:
彼はDr.コッタムと同時代人のオステオパシー・ドクターで、 1899年に「一次呼吸メカニズム」の概念を提唱している。 彼は、Emanuel Swedenborgが最初に提唱した、 頭蓋骨を含む体内のすべての構成要素がリズミカルに膨張と収縮を 繰り返すという考えに賛同した。また、頭蓋骨間の動きが 他の部位や全身に影響を与える可能性があることも正しく指摘している。 彼は、身体の機能を理解するための実験を行なったのち、 これらの結論に至ったのである。西洋医学ではよくあることだが、 Dr.サザランドの考えは1940年代初頭まで他のオステオパスに なかなか受け入れられなかった。1951年に出版された彼の著書 『頭蓋領域におけるオステオパシー』は、何度か改訂され、 現在でも頭蓋領域の技術と概念に関する貴重な資料として 高く評価されている。
*https//drgentile.com/WG%20Sutherland.htm

・Dr. Major Bertrand DeJarnette (1899-T992):
デジャネットはカイロプラクターであり、工学とオステオパシーの 経歴を持つ治療師だった。当初は工学を志していたが、見習いとして 働いていた工場での爆発事故で重傷を負い、 回復を助けるためにオステオパシー療法を受けた。 退院後もオステオパシー療法を受けたいと望んだが、 費用が高額であることがわかった。

学生は無料で治療を受けられるというので、デジャネットは ディアボーン・オステオパシー大学の授業に登録した。ところが彼は、 カイロプラクティック治療が自分の症状に有効であることに気づき、 カイロプラクティック大学に入学した。人間の治癒力を理解しようと する彼の探究は、やがて「仙骨後頭骨テクニック(SOT)」という カイロプラクティックの手法および、頭蓋骨の構造と機能を 統合し、身体全体に関与するカイロプラクティック頭蓋療法へと 繋がって行くのである。

しかしながら現代の頭蓋療法は、はるか昔のEmanuel Swedenborg(1688-1772)に、その根源がある。彼は1741年から1744年にかけて、 脳の研究を記した4冊の著書(合計2566ページ)を執筆している。 これらの著書、『脳』第1巻と第2巻、そして『大脳』第1巻と第2巻の中で、 彼は脳脊髄液、その治癒における重要性、そして脳脊髄液の流れの メカニズムについて記している。スウェーデンボルグは現代技術の 恩恵を受けることはできなかったが、頭蓋療法の基礎となる メカニズムの多くを正確に記述している。

さらに近年、Dr. John Upledger(1932-2012)は、頭蓋オステオパシーを 頭蓋仙骨療法(CST)へと発展させている。Dr.アプレジャーは、 この分野で数々の優れた著書を執筆し、アプレジャー研究所を 設立したが、ここは現在も世界中で彼の治療法を教えている。

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