法     ヒポクラテス著
The Law   Hippocrates


掲載日 2013.10.30
line2

英訳:Francis Adams (1796〜1861)
The University of Adelaide Library,
University of Adelaide, South Australia 5005

英文サイト管理者の序
本著作は一般ライセンス下で認可されている(次のURLから入手できる)。
http://creativecommons.org/licenses/by-nc-sa/3.0/au/

本研究の複写、配布、展示、および派生研究などに関しては、下記の条件下でのみ許可される。

著作権者が指定する方法によって本著作の出典を明らかにすること。
本著作を商業目的に利用しないこと。
本著作を改編したり翻訳、追加した場合には、その研究著作をこれと同一のライセンス下でのみ配布して良い。
本著作を再利用および配布する場合には、必ずこの著作の認可条項を周知させ、明確にしなければならない。
著作権者からの許可を得るなら、上記の認可制限は解除される。公正に使用する限り、これを活用することと、他のあなたの権利は決して上記の認可制限に影響を受けるものではない。

line2

邦訳者(前田滋)の序

英訳文は、右のサイトから入手できる。 The Internet Classics Archive

本和訳に関しては、英文サイトの著作権宣言と全く同一の事柄をここに宣言しておく。すなわち、

1. 本著作を商業目的に利用しないこと。
従って、治療院の案内、カイロの学校その他、金銭のやりとりを目的とするサイトへの引用・転載は一切してはならない。

2. 本著作を商用以外の目的で引用・転載を希望する場合には、全文ならなおさら、ごく一部であっても、必ず訳者(前田滋)の許可を取ること。メールはこちら

またその際には、必ず下記のURLと訳者(前田滋)の氏名を共に添付すること。
  http://www.asahi-net.or.jp/~xf6s-med/jh-law.html

ただし、本サイトへのリンクはフリーとしますので、これはご自由にどうぞ。

3. 本著作を商用以外の目的で再利用、配布する場合には、必ずこの著作の認可条項を周知させ、明確にすること。

4. 当サイト(カイロプラクティック・アーカイブ)は、無断転載・盗用があまりにも多いので、これを防ぐためにほとんどのページを暗号化し、ダウンロードやプリントができないようにしてある。しかし、ヒポクラテスの著作に関しては、英文サイトの情報公開理念に従って和訳文も自由にダウンロードできるようにするために、暗号化処理をしていない。

追記:
英訳文は(そしておそらくギリシャ語の原文も)、コンマ(、)やセミコロン(;)で延々と文章が続いていて、段落が全くない。しかしディスプレイ上で読む際には、画面に適度な空白がないと極めて読みづらいので、英文のピリオドを目安にして、訳者の独断で適宜改行をつけ加えたことをお断りしておく。

line2

法    ヒポクラテス著
The Law   Hippocrates


英訳:Francis Adams (1796〜1861)
「The Genuine Works of Hippocrates」 (1849)
邦訳 : 前田滋 (カイロプラクター、大阪・梅田)
( http://www.asahi-net.or.jp/~xf6s-med/jh-law.html )

1.
医術は,あらゆる技術の中で最も高貴なものである。しかし、これを実践する者が無知であったり、道理をわきまえない人々が、そのような医師をむやみに非難することで、医術はこの栄誉に値しなくなる。現在のところ、医術は他の技術全ての後塵を拝する仕儀となりはてている。

彼らの過ちは、元来が次のことから発しているように、私には思える。すなわち、都市国家の国々では、恥辱をあびることを除けば、医術を行なうこと(そして医術そのもの)に関する罰則はないし、恥辱を浴びることに慣れている医師は不評を買っても何とも思わないのである。

そのような人たちは悲劇の舞台に登場するエキストラのようなものである。彼らは、その仮面や衣装によって、いかにも役者然としているが、実際には役者ではないのだから。そしてまた医師たちもその多くは肩書きだけで、実際に医師といえる人はごく限られているのである。

2.
医術の知識を充分に身につけようと思うなら、誰もが次のような優位性を備えていなければならない。すなわち、天性の資質、高度な教育、勉学のための好ましい環境、幼少期からの教育、学習欲、ゆったりした時間などである。

まず第一に天性の資質が求められる。資質が医術に向いていないと、全てが無駄になるからである。そして資質が大いに卓越していると、医術の教えが生きてくる。すなわち、学生は幼少より教育に適した場所において学び始め、深く考えることによって自己を訓育せねばならいのである。さらにまた、植えつけられた教えが正しくかつ豊かな実りを結ぶためには、勉学に勤しみ、忍耐強くあらねばならない。

3.
医術の教えは、大地に作物を育てるようなものである。我等の生まれつきの性向は大地であり、我等の教義は種子である。若者を教育することは、適切な時期を選んで大地に種子を植えつけることである。教えを伝授する場は作物の育つ環境のようなものである。たゆまざる勉学は畑の耕筰である。そして、あらゆる事物に力を与え、成熟に導くものこそ時間である。

4.
以上のごとき、医学研究に必要な事柄を身につけ、また医術の真理を獲得したなら、諸国を巡り、名声のみならず、実質としての医師としての評価を高めるべきである。

しかし経験の足りない医師にとっては、世評であろうが現実であろうが、経験不足は珍重すべきものではなく、負の財産となる。そしてこれは自信や満足感とは無縁であり、臆病と無分別な大胆さを生み出すものである。

臆病は無力につながり、無分別な大胆さは未熟につながる。そして実際のところ、学識と持論の二つが存在する。前者は真理に到達し、後者は無知につながる。

5.
神聖なるものは神聖な者にのみ寄せられる。神を冒涜する輩は、科学神秘の入信儀式を受けない限り、それを受け入れさせるには無理がある。

"ヒポクラテス集典"へ    カイロプラクティック・アーカイブ:表紙へ
著作権所有(C)2013-:前田滋(Chiropractor;大阪・梅田)