関節について ヒポクラテス著
On The Articulations Hippocrates
掲載日:2013.9.29

英訳:Francis Adams (1796~1861)
「The Genuine Works of Hippocrates」 (1849)
邦訳:前田滋 (カイロプラクター、大阪・梅田)
( https://www.asahi-net.or.jp/~xf6s-med/jh-articulation.html )

英文サイト管理者の序

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邦訳者(前田滋)の序

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追記:
英訳文は(そしておそらくギリシャ語の原文も)、コンマ(、)やセミコロン(;)で延々と文章が続いていて、段落が全くない。しかしディスプレイ上で読む際には、画面に適度な空白がないと極めて読みづらいので、英文のピリオドを目安にして、訳者の独断で適宜改行をつけ加えたことをお断りしておく。また、目次も作成しておいた。

なお、次のサイトに、「ヒポクラテスの梯子」や「ヒポクラテス・ベンチ」などの解説図が掲載されているので、本文を理解する手助けになるだろう(特に図13以降)。
Historical overview of spinal deformities in ancient Greece



ーーーーー 目 次 ーーーーー
肩の脱臼  第1~10節
肩の反復性脱臼に対する処置(焼灼) 第11節
肩の整復に失敗した時 第12節
肩峰の破断 第13節
鎖骨の骨折 第14~16節
肘の脱臼 第17~25節
手の脱臼 第26~29節
顎の脱臼 第30~34節
鼻の骨折 第35~39節
耳の骨折 第40~41節
脊柱後彎の整復 第42~46節
脊柱後彎の整復装置 第47節
脊柱前彎の整復 第48節
肋骨の骨折 第49~50節
股関節の脱臼 第51~60節
脱臼概論 第61節
足関節の脱臼 第62~63節
手首の脱臼 第64節
脛骨の脱臼 第65節
肘の脱臼 第66節
手・足の脱臼 第67節
手指の脱臼 第68節
骨の剥脱 第69節
股関節の内方脱臼 第70~71節
股関節の整復装置 第72~73節
股関節の外方脱臼 第74節
股関節の後方脱臼 第75節
股関節の前方脱臼 第76節
股関節の整復法 第77~78節
脱臼整復一般論 第79節
手指の脱臼 第80~81節
膝の脱臼 第82節
足関節の脱臼 第83~87節


1.
肩関節に関して、私は一つの脱臼形態しか知らない。それは腋窩に向けて脱臼するものである。肩関節が上方または外方に脱臼した例を、私は一度も見たことがない。これに関して私が何らかの説を唱えたことがあるかもしれないが、肩関節がこれらの方向に脱臼するかどうかを強く主張しているわけではない。しかし、前方脱臼と見なされる例は一度も見たことがない。

医師たちは肩関節脱臼が前方に起こりがちであると考えている。肩関節が筋肉に富み、腕が極端に衰弱している患者の場合には、なおさら欺かれる。というのも、このような症例すべてにおいて、上腕骨頭が前方に突出しているように見えるからである。

私はこの種の症例を脱臼ではないと言ったことがあるが、その時、誰もが熟知していることを私一人が知らないと勘違いされて、ある医師たちと、これに関心を持つ人たちから非難を浴びたことがある。そして事実は上記の通りであると、ようやく彼らを納得させることができた。

肩の筋肉部分すなわち筋肉(三角筋?)の伸びている部位と、腋窩から来ている腱、胸部に伸びている鎖骨(大胸筋?)とを剥いでみたなら、上腕骨頭が脱臼しているのではなく、これが極度に前方に突出していることが明らかになるだろう。なぜなら常態では上腕骨頭は前方に傾斜しており、他の上腕骨部位は外方に傾いているからである。

体側に沿って腕を伸展する時には、上腕骨は肩甲骨腔と斜めに結合している。しかし、腕全体を前方に伸展すると上腕骨頭は肩胛骨腔にちょうど嵌まるので、もはや上腕骨頭は前方に突出しているようには見えない。

従って現在我々が扱っているさまざまな脱臼に関して云えば、前方脱臼の例には一度も遭遇したことがない。だからといって、そのような脱臼が発生するか否かを、私は断定するつもりはない。

頻繁には起きないが、腋窩に向けて脱臼する例では、多くの人たちはその整復法を知っている。というのは、医師たちの用いる全ての整復法、そしてまたそれを活用する最良の方法を教えることは簡単だからである。

それらの方法のうち、最強のものは、整復が特に難しい例に使用されるべきである。最強の方法は後に述べる。

2.
肩関節を頻繁に脱臼しやすい人は、ほとんどが自分で整復できる。他方手の握り拳を腋窩に挿入し、これを用いて肩関節を上方に押上げつつ、肘を胸に向けて動かすのである。

医師たちも同様なやり方でこれを整復するだろう。すなわち、腋下の脱臼した関節の内方に、胸郭の方向から四指を挿入し、医師自身の頭で肩峰を押す.このとき、対抗圧を利用するために、医師の膝を患者の肘にあてて腕を横に押す。

この方法は医師の腕力が強い場合には有利であるが、そうでなければ、助手が肘を胸に押しつけながら、医師の頭と両手を用いて方向を定めて行なえばよい。

肩関節脱臼は前腕を脊柱に向けて後方に動かすことでも整復できる。その時、医師は片手で肘を掴み、腕を上方に屈曲させ、他方手によって肩関節を後方から支える。

一つ前に述べた方法と、この整復法は不自然な方法であるが、関節の骨を回旋することで復位させる方法である。

3.
医師の踵を用いて整復を試みる方法が理にかなっている。患者は床に仰臥位となり、医師は患側の床に座位となる。医師は脱臼した腕を掴んでこれを牽引する。一方で、自身の踵を腋窩に当てて反対方向に押す。右腋窩には右踵を用い、左腋窩には左の踵を用いる。

あるいは適当な大きさの円球を腋窩のくぼみに配置する。最も手頃なのは数片の皮革を縫い合せて作った極めて小さく堅い球である。

何らかの理由で踵が上腕骨頭に届かない場合には、腕を伸展させて腋窩にくぼみが形成されると、腋窩両側の腱が反作用的に攣縮して整復に抵抗する。

その時には患者の対側に助手が座って問題の肩を固定すれば、患側の腕を牽引したときに体幹が引き摺られないだろう。そうしておいて、球を腋窩に配置し、幅広の柔らかな紐で球を包む。そしてもう一人の者が患者の頭部に座って紐の両端を掴み、反対方向に引っ張る。それと同時に足で肩の頂点の骨を押す。

球は上腕骨頭の側ではなく、胸郭に向けて、できるだけ内方に押し込まねばならない。

4.
立位で肩を用いて行なう別の方法がある。この場合には医師は患者より身長が高くなくてはならない。医師は患者の腕を掴んで自身の肩の鋭角点を患者の腋窩に挿入し、腋窩に押し込んでその状態を保持する。そうすれば腋窩部を作用点にして医師の背部で患者の身体をぶら下げる状態になる。医師は自分の肩が、他の身体部よりも最も高くなるように押し上げ、ぶら下げた患者の腕をできるだけ素早く自分の胸に向けて引き寄せる。

この状態で、医師はぶら下げた患者を揺する。これは掴んでいる腕と他の身体部位とのバランスをとるためである。

患者の体重が非常に軽い場合には、軽い小児を患者の背中にぶら下げて行なう。この整復法は器具を使わずにできるので、あらゆる体育訓練場(パレストラ)やその他どこでも日常茶飯の如く用いられている。

5.
すり粉木を回転させて無理矢理腕を曲げる整復法を用いる場合でも、極めて自然に操作できる。この場合、すり粉木を柔らかい肩掛け(ただし、滑りにくい物)で包み、胸郭と上腕骨頭との間に押し込む。

すり粉木が短い時には、患者を何かの上に座らせると、腕がすり粉木の上に伸せるようになる。しかし、なんと言ってもすり粉木は、立位の患者を持ち上げるほどに長いものを用いるべきである。

患者は腕と前腕をすり粉木に沿わせて伸し、一方で助手は両腕を患者の鎖骨付近で首に回し、患者の反対側を保持する。

6.
上記と同様な別の方法として、梯子を用いる方法がある。梯子によって患者の片側がより一層安全にバランスが取れるので、この方がより適切である。すり粉木のような木の棒を用いる方法は、患者が横に転んでしまう危険性がある。

梯子の踏み板に何か丸い物体を括りつけると、これが腋窩にぴったり適合する。そして上腕骨頭が元の位置に押し込まれる。

7.
あらゆる整復法のなかで、次に述べる方法が最も強力である。5インチあるいは少なくとも4インチ幅で、2インチかそれ以下の厚み、2キュービット(中指先端から肘までの長さ=約45Cm)ほどの長さの木板を用意する。その一端を丸く成型し、なおかつ極く細く狭め、その球形端をわずかに突出させる。この部位を体側に当てるのではなく、上腕骨頭に当てる。このようにすれば、腋窩内部の上腕骨頭下の側面にうまく当る。また、この先端に柔らかな肩掛けや布を貼りつけておけば、押した時の痛みが少ない。

次に、棒の先端を胸郭と上腕骨頭の間にできるだけ深く押し込むと、腕全体がこの棒に沿って伸ばされるので、この状態で腕、前腕、手首を括りける。そうすれば、とりわけ腕が安定する。また棒の先端をできるだけ腋窩内部に奥深く押し込むと、上腕骨頭を乗り越えさせる時に強い痛みが生じない。

そこで、保護のために二つの柱の間に横木を取りつけ、棒に括りつけた腕をこの横木の上に載せる。そうすると腕は片側、身体はその反対側に、横木は腋窩内に配置される。

次に、横木の片側から垂らした、棒に括りつけた腕を下方に引下げるが、身体は反対側にある。横木は、身体が爪先立ちになる程度まで高い位置に括りつけねばならない。

これは肩関節整復を行なう上で最も強力な方法である。正しい原則すなわち上腕骨頭内にできるだけ深く木の棒を挿入し、平衡を取るための体重を適切に調整し、上腕骨を安全に操作するという原理に従って梃子を操作する。

新鮮例では、腕が引き伸ばされると思う間もなく、思ったより早く整復される。これはまた陳旧性脱臼を整復できる唯一の方法である。また新鮮例においては肩甲骨の(関節)窩が肉で塞がれていない限り、また上腕骨頭が脱臼した配置でそれ自身の陥凹を形成していない限り、この方法が有効である。陳旧性であってもこの状態の脱臼には、私にはこの方法で整復が可能と思われる(梃子を正しく用いて動かない物があるか?)。ただし、この場合、上腕骨は元の位置に留まらず、以前のように再びずれるだろう。

梯子を用いる場合にも、同様のやり方で同じ効果が期待できる。新鮮な脱臼の場合には、大きなテッサリア型の椅子が目的にかなっている。木製の椅子なら以前に述べたように調整するべきである。患者は椅子に横向きに座る。木片を腕に括りつけ、その腕を椅子の背もたれの上にのせる。腕に装着した木片を用いて、その腕を押す。そして他方の腕にも力をかける(前田注;この図を参照)。

二枚のドアを用いても同じ方法が実践できる。手近にある物を何でも利用するべきである。

8.
脱臼を整復する時の容易さはについては、人体構造が人によって大きく異なることを知っておくべきである。関節腔は人によって大きな相違があり、骨がはずれやすい構造になっていることもあり、そうでないこともある。しかし最大の違いは神経(靱帯?)による各部位の連結であり、ある人では緩く、他の人は強固なことにある。

人の関節内湿度は、靱帯の状態に関連している。すなわち靱帯が緩んで伸びているなら、湿度(弛緩度?)が高いので、痛みを伴わずに関節をはずし、また同様に整復できる人が大勢いるのを目にするだろう。

身体の特徴もある種の違いをもたらす。例えば、筋肉質でたくましい人が脱臼することは希であるが、整復するのはさらに困難である。痩せて蒲柳質の人の場合には脱臼しやすいが、整復は容易である。

次の観察結果がこれを証明している。(医学事案を扱っているのにそのような観察結果を取り上げることが許されるなら)家畜では股関節が最も脱臼を起こしやすいが、冬期の終わり頃になって最も弱っている状態の時に特に脱臼しやすい。従ってホーマーがいみじくも指摘したように、あらゆる家畜の中で雄牛は冬期、とりわけその時期の鋤入れ作業をさせる牛が脱臼を起こしやすい。それはこの時期に特に肉が落ちるからである。

他の家畜は草の短いうちに食むことができるが、雄牛は草が長く成長しないと食めない。というのは、他の家畜は唇の隆起、特に上唇が薄いが、雄牛の場合には唇の隆起が厚く、上顎が厚くて鋭くないので短い草を捕らえることができない。

ウマ科の動物は上下の前歯が突き出ているので、草が短くても捕らえることが可能であるし、草が伸びている状態よりも短い方が捕食するのに適している。一体に短い草は、その結実をまだ発散していないので、伸びきったものよりも栄養価が高い。そのようなわけで、詩の中に次のような一節がある。

  「角牛が親しむ春が来た時のように」
(Adams注:現在伝えられているホーマーの作品中には、このような詩文はない)

これは、伸びきった草は牛が最も求めているように思われるからである。一方で雄牛は他の動物よりも股関節が緩いので、他の動物に比べて歩く時に足を引きずる。痩せて年を取るとなおさらである。

以上の全ての理由から雄牛は特に脱臼を起こしやすい。雄牛に関して私が注目してきたのは、これまでに述べた全ての事柄を立証しているからである。

今の問題に関して云えば、筋肉質の人よりも痩せている人の方が簡単に脱臼するが、整復されるのも早い。また湿性が高くて細身の人の方が、乾燥していて筋肉質の人よりも炎症が少なく、骨結合は緩めである。そしてしばしば炎症を伴わない場合には平常時よりも粘液が多い。その結果、関節は弛緩しやすい。痩せている人の方が筋肉質の人よりも、関節は粘液が多い傾向にあり、痩せている人は筋肉質の人よりも粘液が多い傾向にある。適切な方法で減量せずに痩せている人の筋肉は、肥満の人よりも粘液が多い。

しかし、粘液を伴う炎症の場合は、炎症が関節を固める(補強する?)ので、粘液が少しでも貯留する人は脱臼を起こしにくいが、粘液が多少とも炎症に伴なわないと脱臼を起こす。

9.
周辺組織に炎症が起きていない脱臼の場合には、痛みを起こすことなく即座に肩を使えるので、患者自身は予防措置を取る必要もないと考える。従ってこのような例においては、腱が炎症を起こしている場合よりも脱臼を起こしやすいことを、前もって患者に警告することが医師の責務である。

以上の所見はすべての関節に当てはまる。特に肩と膝の脱臼においては、なおさらであるが、それはこれらの関節が最も弛緩しやすいからである。

しかし靱帯に炎症がある場合には肩を用いることは不可能である。それは、炎症によって誘発される痛みと緊張が肩を防禦するからである。

この場合には、ワックス、圧定布、大量の包帯で処置するべきである。そして柔らかくて清潔な羊毛で作成した球を腋窩に挿入して腋窩の凹みを埋めれば、これが包帯の支えとなり、関節を元の位置に保持する支えとなる。

一般的には、腕をできるだけ上方に向けるべきである。これによって上腕骨頭が、そのはずれた位置から最も遠くの位置に保持されるからである。

肩に包帯を巻いたら、ベルトを体幹に回して腕を体側に固定する。肩を優しく穏やかにマッサージするべきである。

医師は多くの事柄、とりわけマッサージに精通しているべきである。同じ名前のことをしているからと云って常に同一結果が得られるわけではない。マッサージによって、関節が不必要に弛緩している時には引き締め、関節が不必要に硬化している時には緩める。しかし我々は別のところでマッサージに関して知るところを明らかにするつもりである。

脱臼している肩は柔らかな手で、さらには穏やかに撫でるべきである。関節は痛みを起こさないように穏やかに動かす。回復に要する時間には、個々の事例により、それぞれ長短がある。

10.
脱臼は次に挙げる徴候によって判る。腕や脚のように人体各部はお互いに均整が取れている。(ある人の関節は他の人のそれよりも突出しているので)他の人の関節に注意を払うのではなく、正常と異常、異常と正常とを常に比較せねばならない。そして患者の問題部位を注視し、正常関節が異常な関節と異なっているかどうかを確認する。

以上が常法であるが、この手順を踏んでもなお多くの誤りに繋がることがある。そのため、このような技術を理論上で知っておくだけでは不十分で、実践によっても知っておかねばならない。

健全な身体の場合には身体各部を同じ位置に留めることができるが、関節が脱臼していないのに、疼痛、その他の理由によって多くの人はそれが不可能となる。それ故、患者がこのような振る舞いを取ることを予め知っておき、それに備えておかねばならない。

脱臼している関節では、正常時に比べて上腕骨頭が大きく腋下内に落ち込み、肩上部がへこんでいるように見え、また肩峰が突出しているように見える。これは関節の骨が下方に沈下しているためである。述べておかねばならない事柄である故、後に述べるが(前田注;第13節参照)、この場合もまた誤りを犯す原因がある。脱臼した腕の肘は健側のそれに比べて胸郭から大きく離れていて、力を込めれば胸郭に寄って来るだろうが、その時には相応の痛みを伴うだろう。そして、肘を伸ばしたままで腕を耳まで挙上するという、正常な腕ならできることができない。また、以前はできていたように、腕をこの方向に動かすこともできない。

以上は肩関節における脱臼の徴候である。整復法と処置は既に述べた(前田注;第2~7、9節参照)。

11.
頻繁に脱臼を起こす肩関節の対処法を知っておくことは価値がある。この災厄によって多くの人達が、他の面では充分な能力があるのに体育訓練の放棄を余儀なくされている。そして同じ災難によって戦闘能力が落ち、その結果死に至っている。

この症例を適切に処置した医師を私は誰一人知らないので、このことに注意を喚起する価値がある。ある医師は完全に処置を放棄し、他の医師たちは、何が適切かという自分の考えに固執し、それを実践しているからである。

医師は、脱臼しやすい肩に対して、肩上部または上腕骨頭が前方に突出する前部に、そして肩上部の少し後部に焼灼を行なっているが、腕の脱臼が上方、前方、後方であったなら、この焼灼は適切な効果を上げるだろう。しかし、下方脱臼の場合には、その方法は脱臼を阻止するよりはむしろ促進してしまうだろう。この方法では、上方の空いている空間から上腕骨頭を閉め出してしまうからである。

焼灼は次のようにして行なうべきである。腋下部の皮膚面を摘み、上腕骨頭が脱臼した方向へ引き寄せて保持する。次に引き離した皮膚を反対側へ向けて焼灼する。

焼灼には、あまり厚くなく、丸くない細長い鉄の篦(へら)を用いる(このようにすると通過しやすい)。その後に手で篦(へら)を前方に押しつける。素早く貫通させるために、篦(へら)は赤熱させておかねばならない。厚手のものは通りが遅く、時には通常より幅広い焼痂を形成する。瘢痕がお互いに癒合する危険もある。これは極めて悪い状況というわけではないものの、見栄えが悪く無様である。

貫通焼灼を行なった後、下方部のみに焼痂が形成されれば、ほとんどの症例においては充分である。しかし潰瘍発生のおそれがなく、かつ両面の皮膚がかなり空いているなら、焼灼によって形成された穴に薄い篦(へら)を刺し通すべきである。そのとき、皮膚を引き伸ばしながら行なう。そうしないと篦を貫通できない。篦を刺し通した後は皮膚はそのままにしておくべきであり、二つの焼痂の間に細い篦によって別の焼痂を形成させることになる。そして篦がそれに触れるところまで刺し通して焼灼する。

以下の指針によって、腋下の皮膚をどの程度掴むべきかを判定できる。人は皆、大小の腋下腺を有しており、また他の身体部位にも多数の腺を有している。

私は腺全体の構成に関する別の論述でこれを扱い、それらが何であり、何を意味し、どんな仕事をしているか説明するつもりである。

そして腺を掴んではいけないし、腺の内側も掴んではいけない。腺は極めて重要な神経に隣接しているので、取り扱いには危険を伴う。腺の外部構成要素の大部分は、それに由来する危険性がないので、掴んでも良い。

そしてまた、腕を大きく挙上すると、充分に皮膚を掴めないことを知っておくのが良い。このことは神経を含む全ての伸展操作に生起する。この配置で晒され伸展させることによる損傷は絶対に避けるべきである。逆に、腕の挙上を少しだけにすると、多くの皮膚を掴める。そして保護するべき神経もその中に入っていて、操作部位から離される。

施術全般において全ての症例で適切な姿位を見いだすために、最大の努力を払うべきではないか?この場合の腋下に関していえば、焼痂の位置が適正であるなら、このように収縮させれば充分である。

腋下以外では、この疾患を防ぐ焼痂を生起させる部位は二箇所だけである。一つは腋下前面で、腋下部の上腕骨頭と腱の間で、(この部位で)皮膚は適正に焼灼貫通されるが、それはあまり深くしてはならない。というのも近くに大きな静脈や神経その他、熱に触れてはいけないものがあるためである。

さらに、その外側で腋下の腱のかなり上方で上腕骨頭の少し下方に焼痂をつける。そして皮膚はかなり完全に焼灼しなくてはならない。しかし熱が神経に及ぶのは良くないので、深すぎてはいけない。

傷を治療する時には、腕の強い伸展を避けて緩やかに伸ばし、治療に必要な程度までとする。このようにすれば冷えることがない(穏やかに治療するなら、全ての火傷を覆うことが重要であるので)。こうすれば火傷の口も開きにくくなり、出血も少なく、痙攣のおそれも少ない。

傷がきれいになり、瘢痕形成が始まれば、夜も昼も必ず腕を体側に固定しておかねばならない。潰瘍が完全に治癒しても依然として腕は長期間体側に固定しておくこと。そうすれば、瘢痕形成が始まり、上腕骨が逃げ込みやすい幅広い空間が小さくなるだろう。

12.
脱臼した肩関節の整復に失敗した時、患者がまだ成長途中なら、患側の腕の骨は健側のようには太くならないだろう。ただし、健側より短くなる時に限り、太くなる。いわゆるイタチ腕(weasel-armed)の人は、胎児期に脱臼したか、次に述べる他の怪我によるものである。

小児期に骨頭部に根深い化膿を起こした人は全てイタチ腕になる。膿瘍を解放するのに切開するか焼灼するか、はたまた自然に破裂させるか、いずれにしてもこれが結果となることを知っておくべきである。

誕生時から罹患している人は腕を用いることは全く可能だが、肘を伸ばして腕を耳まで挙げられないか、健常な腕に比較して遥かに少ししか挙げられない。

一方で、成長後に肩関節を脱臼した人で、なおかつ整復されていない人は肩上部の肉付きが大きく落ちていて、その部位の体形が殺げている。痛みが消えても、体側から斜めに肘を挙げようとしても、もはや以前のようには完遂できない。しかし体側周囲で腕を前後に動かすことは実行できる。この人達は、肘を挙げすぎないようにすれば錐、鋸、手斧は扱え、穴掘りもできる。そして同じ姿勢なら、他のあらゆる種類の作業を行なえる。

13.
肩峰が破断している場合には、骨が分離して突出しているように見える。 その骨は鎖骨と肩甲骨の骨連結であるが、これに関しては、人間の構造と他の動物とでは異なっている。(分離した骨が突出するので、肩上部が低くへこんでいるように見えるため)医師は、この偶発症候において、肩が脱臼していると、特に騙される傾向がある。他の技術面では熟練しているのに、このような肩を脱臼であると思い、それを整復しようとして大きな問題を起こしてしまった医師を、私は大勢知っている。そして彼らは肩の整復を完了したという間違いに気付くまで、操作を止めようとしないのである。

これらの症例の治療は、他の同様症例に用いる処置、すなわちワックス、圧定布、麻布による適切な包帯を用いる。

突出部は押し下げねばならないので、多数の圧定布をその部位にあて、そこを強く圧迫するべきである。また、体側に固定している腕を挙げておかねばならない。このようにすれば、分離していた骨はお互いに密着する。

次のことは知っておくべきであるし、望むなら前もって告げてもよい。このような肩の外傷では大小の障碍は残らないだろうが、ただ、その部位の変形は残るだろう。これは、骨を元通りの配置に正しく整復できないのと、上方部の腫脹が多少とも必然的に生じるためである。

別の骨と合体し、成長して突起を形成し、その自然な状態から破断した如何なる骨も、正確に元の状態に戻すことは誰にもできない。

適切に包帯処置すれば、数日で肩峰の痛みは消えるだろう。

14.
骨折した鎖骨が相当に交叉破断しても、その治療はずいぶん容易である。しかし斜めに破断していると、その処置はかなり困難である。

これらの症例では、一般に予想されるよりも事情は異なる。相当に交叉破断した骨であっても、適切な配置と包帯を用いる適切な看護によって自然状態にまで容易に回復する。たとえ適切な配置が取れなくとも突出部はそれほど鋭くならない。

一方、斜方骨折は、以前に述べたような離断した骨の症例に似ている(前田注;第13節参照)。この場合、骨は然るべき配置に復位しにくく、骨隆起も鋭い。

これは知っておくべきであるが、鎖骨の骨折によって肩や身体の他部位に障碍が生じることはない。ただし、壊死しない限りにおいて。だが、これは希にしか起きない。

しかしながら、鎖骨骨折による変形が生起するかもしれない。これらの症例においては、変形は初期には非常に大きいが、徐々に小さくなる。

骨折した鎖骨は、他の海綿骨と同様、短期間に仮骨を形成するので、素速く癒合する。

新鮮な骨折においては、患者はこれを実際よりもひどい障碍と思い込み、大変気にかける。これには、医師が適切な包帯を施そうとして強い痛みを与えることも影響する。しかし暫くすると痛みが消え、歩行や食事の際の不都合も消えるので、患者は無頓着になる。医師は患者が患部を格好良く見せられないことに気づいているが、患者の無頓着を残念とも思わず、後悔もしない。そのうちに仮骨形成が始まる。

最もふさわしい処置法は、通常の場合と同じで、ワックス、圧定布、包帯である。この処置法の中で、突出している骨に圧定布をあてることと、その部位を強く圧迫することが、最もよく知られている。

ある医師は、突出している骨を抑えるために、そこへ重い鉛を括りつける高度な技術を用いる。しかしこの処置法は鎖骨には適していない。この方法では突出部をうまく圧迫できないためである。

包帯は滑りやすいので、突出部が元の位置に保持されないことを知っている他の医師は、他部位の処置と同様に圧定布と包帯を用い、ベルトで患者を締めつける。この方法が一般的には最も有効で、彼らは圧定布を用いる時には、これを突出している骨の上に大量に重ねてあてる。そして包帯の端をベルトの前に括りつけ、それを鎖骨の走行に沿わせ、背中に回す。その後、ベルトの周囲に沿わせて前面に回し、再び後方に回す。

ベルトの周りに包帯を用いない医師もいるが、その場合には包帯を会陰、肛門に回し、脊柱に沿わせて骨折部位を押さえている。

経験の浅い医師にとっては、この方法はそれほど不自然には思えないだろうが、締めつけてみると効果がないことに気付くだろう。患者をベッドに横臥させておくのが最もよいのだが、この姿勢でも包帯は一瞬たりとも固定されない。ベッドに横臥している時に下肢、体幹を屈曲していても全てがずれてしまうだろう。さらに包帯が肛門を覆い、狭い空間に何度も包帯を回して重なり合うので、包帯操作が不便である。

ベルトを用いる方法では、これはそれほど周りを締めつけられないが、重なった包帯がベルトを押し上げるので、包帯は必ず緩むだろう。

私には、これは、ほとんど目的を達しているように見える。とはいえ、結局は全く無益なのだが、主として以前に巻いた包帯を締めつけるために、ベルトに数回包帯を巻きつける。このようにすれば、包帯は充分に締めつけられ、包帯同士、お互いに支え合うだろう。

さて、鎖骨の骨折に用いる事柄はほとんど述べた。
しかし、鎖骨骨折においては、胸部側が上位となり、肩峰側が下位となることを知っておかねばならない。

この原因は、胸部のほとんどが上下しないで、胸部の関節の動きはわずかであることにある。これは胸骨が椎骨の両側に連結しているためである。

鎖骨は肩との関節においてあらゆる動きに適応しているので、肩峰との結合部から鎖骨が隆起する。

その上、破損すると、胸骨との接合部は上方に浮き上がり、簡単には下がらない。これは、鎖骨は元来軽量で、また下方部よりも上方部に余地が大きいためである。

肩、腕、およびこれらに接合している部位は胸部と体側から動きやすいので、上下動に対する適応性が大きい。

従って、鎖骨が破損すると肩に付着している部分は下方に傾く。これは鎖骨が肩、腕と共に上方へよりも、はるかに下方へ傾きやすいためである。

上に述べた事情により、突出している骨端を押し下げるべきだと考える医師たちは無分別に処置を行なう。しかし下方部は上方へ移すべきであるのは明らかで、これが動いて元の配置から変位しているからである。

従って、それに対して力を用いる以外に方法はないのは明らかである(包帯に対しては骨から受ける力よりも骨に向かう力が小さい)。体側で腕をできるだけ押し上げ、肩をできるだけ鋭く突き上げてみると、胸郭に連結している破断部に対して肩が適合することは明らかである。

治癒を早めるために包帯手技を用いるなら、前述の姿勢をとらせる方法を除き、全ては無駄だと医師は見なすだろう。医師はその症例に関する正しい考えを構築し、最も速く、適切な方法で治癒をもたらすだろう。ただし、患者は横臥していることが非常に重要である。患者が安静にしているなら14日で充分で、最大でも20日間である。

15.
鎖骨が反対の状態に骨折したなら(これは簡単には起きない)、すなわち胸部側の骨が下、肩峰側の骨が挙がってもう一方の骨片に乗り上げたなら、この症例は多くの操作を必要としない。肩と腕がその状態を許すなら、骨片はもう一方の骨片に対応するので、通常の包帯操作で十分で、数日中に仮骨が形成されるだろう。

16.
骨折が上記のような状態でなく、骨が前方または後方に傾いているなら、以前に述べた通りに腕と共に肩を挙上することによって骨は復位するだろう(前田注;第14節参照)。そして治療が速やかに完了した時には元の配置に戻っているだろう。

さまざまな変位のほとんどは腕を上方へ挙上することにより調整される。

上側の骨が外方または下方に変位する時には、患者が仰臥位を取り、左右の肩甲骨間に物体を挿入し、胸部を限度まで圧迫すれば、身体各部の順応が促進される。そしてまた助手が体側に沿って腕を伸展挙上しておき、医師が片手の手掌を骨頭にあてて押し、他方手で骨折した骨を調整するなら、骨の各部は極めて容易に本来の位置に戻るだろう。

しかし前述の通り、上側の骨(胸骨側?)はめったに下方に落ち込まない。

ほとんどの症例では、包帯処置の後に肘を同側に固定し、肩を挙げておくほうがよい。しかし場合によっては、指摘したように肩を挙げ、肘を胸の前面に、手を健側の肩峰に置かせるべきである。

患者が仰臥位で横臥することを決心したなら、何かで肩を支え、できるだけ肩を挙げておくべきである。

患者が歩く時には、ショールで腕をつり下げるべきである。これは肘の先端を包み、首に回しておく。

17.
肘関節が体側または外方にずれたり脱臼した時には、その鋭角点(肘頭?)は上腕骨腔に残ったままであるので、直線状に牽引し、突出部を後方、側方に押すべきである。

18.
どちらかの側への不全脱臼においては、腕の骨折のための包帯操作と同様に牽引するべきである(前田注;「骨折について」第8、41節参照)。このようにすれば、肘の円形部は牽引操作の妨げにはならないだろう。

ほとんどの脱臼は横方向(内方?)へ起きる。(上腕骨の)端が肘頭に接触しないように、できるだけ骨を分離することによって整復される。その時、骨端を持ち上げて回わすが、真っ直ぐに力をかけないこと。それと同時に反対側を共に押し、正常位に押し込む。

前腕を肘部で回旋させることが、さらに有効である。ある時には前腕を回外し、またある時には回内する。

処置の際の姿勢は、手を肘よりも少し高くし、腕を体側へつけさせる(前田注;「骨折について」第47節参照)。腕は吊り下げていても、横になって休めていても良い。一般的な方法を用いることが治療となる。仮骨が異常に形成されないなら、これは素早く形成されるだろう。

治療は、関節包帯の規則に従った包帯によって行なう(前田注;「骨折について」第48節参照)。この時、肘の先端を包帯で必ず覆っておかねばならない(前田注;第22節参照)。

19.
肘の脱臼は、発熱、疼痛、嘔気、胆汁嘔吐など極めて深刻な結果をもたらす。特に上腕骨が後方に変位した時は痺れを引き起こすような神経への圧迫を起こす。次に深刻なのが前方脱臼である。処置は同じである。後方脱臼の場合には牽引して整復する。この場合の徴候は伸展ができなくなり、前方脱臼の場合は屈曲ができなくなる(前田注;「骨折について」第43節参照)。前方脱臼の場合には、(肘の内側に)硬い球を配置し、伸展状態から前腕をこれに向けて急激に屈曲すれば整復される(前田注;「骨折について」第42節参照)。

20.
骨の乖離は、腕に沿って走っている静脈が分岐している部位を調べて判定する(前田注;「骨折について」第44節参照)。

21.
上記の場合には、仮骨が素速く形成される。先天性脱臼においては、損傷部の下部で、ほとんどがその部位に最も近いところが通常よりも短くなる。すなわち前腕の骨、次に手の骨、三番目に四指の骨である。

腕と肩は栄養が取れているので丈夫になる。他方の腕は、こなす仕事が増えるので、さらに丈夫になる。脱臼が外側で起きると、筋萎縮は内側で生じる。どちらにせよ筋萎縮は脱臼の反対側に生じる。

22.
肘が内方または外方に脱臼した時には、前腕を腕に対して直角の配置を取り、その状態で牽引を行なう(前田注;「骨折について」第8節参照)。腋下に通したショールを用いて腕を吊り下げ、重りを肘の先端につけるか、または両手で力をかける。関節が真っ直ぐになった時、手の脱臼におけるのと同様に脱臼部を手掌によって整復する。脱臼部は包帯を施して三角巾で吊り下げ、そのままの状態で保持させる(前田注;第18節参照)。

23.
肘の後方脱臼は急激に牽引しながら手掌を用いて整復する。同種の他の症例と同様、この二つの動作を同時に行なう。しかし前方変位においては、布製の適度な大きさの球を挟んで腕を曲げると同時に整復される(前田注;第19節、「骨折について」第42節参照)。

24.
肘が他の方向へ脱臼したなら、これら二つの操作を整復操作中に行なわねばならない。処置を行なう時の配置と包帯操作は他の症例と同じである。そしてこれらの症例全ては通常の牽引によって整復される。

25.
整復法に関しては、ある人は当該部を持ち上げ、他の人は牽引し、またある人は回旋する。最後の方法は前腕を内方や外方に回旋して行なう。

26.
手の関節は内方または外方に脱臼するが、内方に頻発する。その徴候は簡単に判る。内方なら四指を全く曲げられない。外方なら四指の伸展ができない。

整復に関しては、四指をテーブル上に配置し、助手が牽引と対抗牽引を行なう。同時に医師は手掌または手根を用いて突出している骨を押し込む。そして他方手でもう一方の骨を後方から押す。この時に柔らかい物体を患部にあてておく。前方脱臼なら手掌を上向けにする。後方脱臼なら手掌を下向けにする。治療には包帯を用いる(前田注;第64節参照)。

27.
手全体は内方または外方に脱臼するが、左右に脱臼することもある。しかし多くは内方に脱臼する。時には骨端が脱臼することもあるし、前腕の骨の片方が分離することもある。

これらの症例においては、強く牽引しながら突出している骨を押し込み、反対側から逆圧を同時に用いねばならない。背側と前面からテーブル上で両手または手根を用いて行なう。

これらの損傷は深刻な結果と変形を引き起こす。しかしやがては患部の強度が増すので、使えるようになる。

治療には包帯を用いるが、これは手と腕とに巻くべきである。副木は四指に達するようにする。これを用いる時には骨折の場合よりも頻繁に取り替え、また大量の灌水を用いるべきである。

28.
手首の先天性脱臼では手が短くなり、脱臼の反対側において、ほとんどの場合に筋萎縮も発生する。成人の場合には骨は元の大きさのままである。

29.
指の関節の脱臼は容易に判る。整復は、一直線に牽引しておいて、突出している骨を圧し、他方手で反対側に対抗圧をかけることによってなされる。

治療には包帯を用いる。これを整復ないでいると、関節の外側に仮骨ができて癒合する。

誕生時に脱臼を起こした時には、成長の途中では脱臼している骨は短くて、脱臼側よりもその対側で筋萎縮が起きる。成人の脱臼では、骨は正常の大きさのままである。

30.
顎の骨が完全脱臼することは希である。これは上顎骨(頬骨?)の頬骨突起と耳後部の骨(側頭骨?)が、それぞれ上と下から(筋突起?)、下顎骨頭を閉じ込めているからである。

下顎骨の先端に関しては、一つは、筋突起は長いので損傷しにくい。さらにこれは頬骨よりも大きく突出していて、これら両方の先端には側頭筋と咬筋の鋭敏な腱が付着している。これらの筋はその作用と連結から名称がつけられている。食事、会話、そのほか口を動かす時、上顎骨は、頭部と可動結合(球関節?)ではなく不動結合しているために静止している。しかし下顎骨は球関節によって上顎骨および頭部と連結しているので、動きがある。

そのため、痙攣や持続性筋強直において最初に出現する徴候は下顎の固着である。側頭部の外傷が命に関わり、昏睡を誘発する理由は別のところで述べる。

以上が、完全脱臼が容易に生じない理由であり、もう一つの理由としては。大きな欠伸をするように、非常に大きな食物片を呑み込むことは滅多にないので、大きな欠伸で横にずらす以外に脱臼は起こりえないことが挙げられる。

しかしながら、以下の事情は顎の脱臼の一因となる。関節周囲または関節に付着している神経(靱帯?)と筋、これらは顎を動かす時に頻繁に動くが、伸展に対してもっとも順応性がある。よく鞣された皮革がよく伸びるのと同じである。

この問題に関して、顎の骨は滅多に脱臼しない。しかし欠伸した時、他の多くの筋や腱の問題が生起するのと同じ経緯で、頻繁に緩む(部分脱臼?)。

脱臼は次の徴候によってはっきりと判る。下顎が前方に突き出す。反対側への変位がある。筋突起が上顎で正常時よりも飛び出している。患者は下顎を閉じることができないか、努力しないとできない。

このような症例に用いる整復操作は決まっている。助手は患者の頭を支え、もう一人が四指を用いて顎先の内と外から下顎を掴む。一方、患者は、できるだけ大きく口を開けておきながら、まずは暫くの間下顎を前後左右に動かす。その間手で顎を左右に動かす。患者には、顎をグルグル動かされている間、力を抜き、できるだけ顎を委ねるように指示する。その後医師は急激に口を開ける。その時三つの配置に対処する。下顎を脱臼位置から元の配置に戻すこと。これを後方へ押すこと。その後上下の顎を合わせて閉じたままにさせること。

以上が整復法である。これ以外にやり方はない。治療は簡単で充分である。ワックスを塗った圧定布をあて、包帯で緩く巻いておく。

操作を安全に行なうには、患者を仰臥位にさせ、へこまないように詰め物で満たした革のクッションで頭を支えるのが良い。しかし誰かが患者の頭を押さえておかねばならない。

31.
顎が両側で脱臼した時も治療は同じである。片側の脱臼の時よりも患者は口を閉じにくい。顎がさらに突き出しているが、歪みはない。これは上下の歯並びを比べると判る。

この場合は、できるだけ早く整復するべきである。整復の方法は上に述べられている。整復されないなら、発熱が続き、昏迷を伴う昏睡による生命の危険に陥るだろう(これらの筋が調子を狂わせ、不自然に牽引されると昏睡を誘発するため)。また通常は、混じりけのない胆汁性の、量の少ない下痢を起こす。嘔吐するときは胆汁だけで、およそ10日後に患者は死亡する。

32.
下顎骨の骨折においては、骨がそれほどひどく破損せず、幾分かは繋がったままでずれているなら、指を舌の横に挿入し、外側から適度な対抗圧をかけて調整するべきである。もしも損傷部の歯が歪んだり緩んだりしているなら、骨を調整する時に、できるなら金糸で、あるいは麻糸で、歯が固まるまで2本またはそれ以上をお互いに繋ぎ合わせるべきである。その後、ここにワックスを塗り、少量の圧定布と包帯できつくしないで緩く固定する。

知っておくべきことだが、顎の骨折においては、包帯を適切に行なっても効果は小さく、それが不適切なら、しばしば大きな問題を起こす。

頻繁に舌の周囲を調べ、指で持続圧をかけて、変位した骨を調整するべきである。しかし、常にこれができるなら最良だが、それは不可能である。

33.
骨がひどくずれて折れたなら(これはめったに起きない)、次に述べる方法で整復する。

調整後、上で述べたように歯をお互いに固定する。これによって患部を安静に保てる。正しく固定すればなおさらである。そして糸の端をしっかり結んでおく。

しかし操作全体を正確に描写して書くことは難しいので、読者は与えられた記述から事柄を想像しなければならない。

次にカルタゴの革が必要である。患者が若いなら、この革の外側を用いれば充分であるが、成人なら皮の全ての厚みが必要である。この革を3インチ幅あるいは必要なだけ切り取り、少量のゴムを用いて顎に貼りつける(このようにすれば、より快適に貼りつく)。顎の骨折部から1インチまたはそれより少し離れた位置に革の端を膠で貼りつける。これを顎の下に当て、革紐をこれに切り通し、顎先に向けて顎の先端に回す。

これと同様か、あるいは少し幅の広い別の紐を顎の上部で、先に貼りつけた紐と同程度損傷部から離れた部位に貼りつける。この紐は耳に回すように切っておく。

2本の紐は結び目となる部分を細くしておき、貼りつける時には紐の脂肪面を皮膚に向ける。このようにすればしっかり貼りつく。その後この紐を引っ張る。そして顎の骨折部が互いに重ならないように、顎先に回した紐をさらに強く引っ張る。紐は頭頂部で結び、包帯を前額部に巻き、適当な装具を装着させる。これは包帯がずれるのを防ぐためである。

患者は顎の健側を下にして横たわり、顎ではなく頭部に重みをかける。患者は10日間食事を制限し、その後はすぐに栄養を取らせる。

炎症が初期に起きないなら、顎は20日で固まる。壊疽組織(剥脱?)がないなら、他の全ての多孔性骨と同様、この症例では仮骨は早く形成される。

骨壊疽に関しては別の場所で多くのことが述べられている(前田注;第69節参照)。接着した材料によるこの拡張法は穏やかで操作が簡単なので、さまざまな部位における多くの脱臼に使える。

判断力がなくて器用な医師は、他の症例と同様に顎の骨折においても、それが明らかとなる。彼らは骨折した顎の骨に、時には適切に、また時には不適切に、さまざまな包帯を施すからである。そのような包帯操作は全て、骨折によって接合した骨を自然な配置に戻すと言うよりむしろ不揃いにする傾向にある。

34.
下顎骨が顎の癒合部から乖離するなら(下顎骨には骨癒合が一つ、上顎骨には数個あるが、このことは他の疾患において触れるべきであるので、ここでは主題から離れたくない)、それを調整することは誰にでもできる作業である。すなわち突出部は指で押し込み、内方に傾いている部位は内側から指で外側に向けて力をかける。

これを行なうのは、牽引して骨片を分離した後である。このようにすれば、むりやり断面を合わせるよりも、骨はその自然な位置に戻りやすい。

この方法が、このような症例全てに対して、適切であることを知っておくべきである。

骨折部を接合したなら、以前に述べたように両側の歯をお互いに一つに括る必要がある。治療は、ワックス、少量の圧定布、包帯を用いる。この部位は特に短く複雑な(?)包帯操作が要求される。大雑把に言えば顎は円柱形に近いので、包帯を引っ繰り返す必要があるためである。右の顎が脱臼しているなら右方向に(右手で包帯を誘導している時には右方向と表現する)、他方側が脱臼しているなら他の方向に包帯を巻くべきである。

骨が適切に調整され、患者を安静に保つなら、回復は早く、歯の損傷もないだろう。そうでない時には回復は長引き、歯も歪んで問題を起こし、使えなくなるだろう。

35.
鼻の骨折には、さまざまな形態がある。判断力がなくて巧妙な包帯操作を好む医師は、多くの誤りを犯すが、特に鼻の外傷においてこのことが当てはまる。

あらゆる包帯形式のうち、この場合が最も複雑で、これは斧型(ascia)と呼んでいる包帯の巻き方を用い、皮膚上に包帯で覆われない菱形の隙間または間隔を作る方法である。

上で述べたように、判断力のないまま操作を実行する医師は、包帯操作を用いる鼻の骨折に遭遇することを好む。

その医師は1日、2日は自分の処置を自慢し、包帯を施された患者も喜ぶが、間もなく患者は包帯の不具合に不満を訴える。ところが医師は、鼻に包帯を巻く複雑な熟練操作を見せる機会ができたことに満足している。

そのような包帯操作は正しいものからは全く逆のものである。というのは、第一に骨折のために鼻が平らになった人は、そこに圧をかけるとさらに平らになるだろう。次に鼻がどちらか横に歪んでいる場合には、それが軟骨部であろうと、もっと上であろうと、そこへ包帯をすることは明らかに全く無効であり、むしろ損傷をもたらす。なぜなら、このような包帯操作では、鼻の片側に正しく圧定布を装着できないし、実際のところ、この包帯法を用いる人は圧定布を使おうともしないからである。

36.
中央付近の隆起で骨周囲の皮膚が打撲を受けた時、あるいは骨それ自体がそれほど大きくない損傷を受けた時などは、この包帯操作は私には最良の方法であると思われる。このような場合には鼻に余計な仮骨が形成され、その部位は少しばかり隆起しすぎるからである。しかも、これらの症例においてさえ、実際のところ、どのような包帯をするにしても、包帯操作には多くの手間を要しない。ワックスを塗り込めた圧定布を打撲部にあて、双頭包帯を用いて一巻きすれば十分である。

このような怪我のための最良の塗り薬は、小麦粉を水に溶き、それ捏ねて粘着性を高めた小さな湿布である。良質の小麦から生成された粉なら、そして粘度が高いなら、このような場合にはそれを単独で用いるべきである。粘度がそれほど高くないなら、乳香のマナ(manna of frankincense)を細かく粉末にして少量を水で溶き、小麦粉を混ぜる。あるいはごく少量の樹脂を同じように混ぜてもよい。

37.
骨折部がへこんで平らになった場合、それが前部の軟骨部であるなら、矯正のために左右の鼻孔に何か詰め物を挿入してもよい。あるいは、このような症例全てにおいては、できるなら鼻孔に指を挿入して整復してもよい。それができないなら、厚手の篦(へら)を指で挿入し、鼻の前面ではなく、へこんでいる部位に差し入れる。そして医師は鼻の両側からそこを掴み、同時に持ち上げる。

骨折部が鼻の前の方であるなら、前述のように詰め物を入れてよい。亜麻布をこすって集めた粗い糸、同様のものを布で包んだもの、あるいは同じような素材をカルタゴの革で縫い込んだもの。このような詰め物を挿入するべき場所に入れて適切な形に成型する。

しかし骨折部がさらに奥の方であるなら、詰め物を挿入できない。鼻の前方に何か入れることさえ煩わしいのに、さらに奥に入れることに耐えられるだろうか?

そこで最初に、骨折部を内方から矯正し、痛みを恐れずに外側から、元の位置に戻して矯正する。

鼻の骨折では、形の復元は簡単である。損傷当日であるなら特にそうだが、数日経過していても大丈夫である。しかし医師たちは操作が優柔不断で、初めはその部位に触れるのが丁寧すぎる。鼻の元の形にそって四指をあて、これを下部へ圧するべきである。このようにして内側からの圧と共に変形が矯正される。

この目的のためには、患者が慎重に決心するなら、患者自身の示指に匹敵する医師はいない。患者の示指が最も自然な道具となるからである。両手の示指を鼻全体にしっかり沿わせて穏やかに保持する。できるなら骨が固まるまでこれを続ける。これができないなら、できるだけ長時間続ける。患者自身ができないなら、手の柔らかい子供か女性がこれを行なうべきである。

鼻の骨折が横に変形せず真っ直ぐへこんでいる場合、治療結果は最も良好である。適切な治療が行なわれているなら、仮骨が形成される前に矯正できなかった鼻の骨折例を、私は見たことがない。

人間というものは醜いことをひどく避けたがるのに、痛みや死の恐怖を感じない限りは、慎重にことを運ぶやり方も知らず、毅然ともしないものである。ところで、鼻の仮骨は早く形成されるので、壊疽が起きなければ、大部分が10日で固まる。

38.
折れた骨が横にずれた場合、治療は同じだが、ずれた部位を元の位置に押し戻すのに、両側からかける力は同じではない。鼻全体が正しく調整されるまで、外側から押し込みつつ、鼻孔に何かを挿入して内側に傾いた部分を思い切りよく矯正する。衆知のことだが、すぐに整復しないと、鼻の変形は避けられない。

元の位置に整復した後は、骨折部が固まるまで、患者自身か他の人が突出部に1本または数本の指をあてがい続ける、そして時々は小指を鼻孔に挿入して内側に傾いた部分を矯正する。

炎症を併発した時には、それがどんな炎症であろうとも練り粉を用いるべきである。ただし、練り粉を骨折部につけていても、指で押さえることは同じく続けねばならない。

軟骨部で骨折し、横に変形した時には、必ず鼻の先端が歪む。この場合には、前記の整復用の物、そのほか何であれ適切な物を鼻孔に挿入する(前田注;第37節参照)。臭いがなく、他の面でも適当で手頃な物が多数見つかるだろう。ある時、私は偶然手元にあった羊の肺の切片を挿入したことがある。海綿を挿入すると、湿気を吸収したからである。

次にカルタゴ革の外皮を母指の大きさ、または適当な大きさに切り分け、曲がった鼻孔の外側に貼りつける。そしてこの革を適度に引っ張るのだが、鼻が真っ直ぐになるよりも少し強めに引っ張る。その後(革は長くしておく)、これを耳の下から頭に回す。そして革の端を額に貼りつけるか、まだ長いなら頭に巻きつけて括る。これが鼻の自然な矯正法で、操作が簡単で、鼻を牽引する強さを医師の思い通りに調節できる。

横に曲がった鼻の骨折の場合には。治療はすでに別のところで述べているが、ほとんどの例で、鼻先に革の端を貼りつけて反対方向に引っ張るべきである。

39.
骨折に外傷がともなう時には、混乱する必要はなく、松ヤニ入りのワックスや新しい外傷のための何らかの塗り薬を傷に塗ること。骨片が剥離する心配があるとしても、これらの外傷は通常は簡単に治るからである。最初の矯正は、何も見逃さないように注意して大胆に行なうべきである。その後は、依然としてより穏やかに指で調整せねばならない。そして身体の部位の中で鼻が一番簡単に整形しやすい。

また、外傷があっても炎症があっても、革紐を貼って鼻を反対方向に引っ張る操作に支障をきたすものは何もない。この革紐は痛みを起こすものではないからである。

40.
耳の骨折においては如何なる包帯法も有害である。全く緩く包帯できるとは誰も思わないし、しっかり巻くとさらに有害となるからである。健全な耳でも、包帯で締めると痛みが出てずきずきし、熱をもつ。

湿布に関しては、総体に最も重いものが最悪であるが、どんな種類のものでも良くなくて、これは化膿を引き起こし、浸出液を増やし、その後はやっかいな膿を出す。

骨折した耳には、ほかの部位ほどにはこのような塗り薬は必要ない。もし望まれたなら、もっとも適当なのが、あらびき粉の練り物だが、それも重くてはいけない。

患部にはできるだけ触れないこと。しばしば全く何もつけないことが耳に対しても他の多くの症例についても良いことであるから。就寝中も患者の姿勢に留意するべきである。そして体重を落とすべきである。とりわけ耳が化膿する恐れがあるなら。

また排便を促すようにする。患者が嘔吐しやすいなら、ハツカダイコンと塩水から作った催吐剤(前田注;syrmaism;Withington訳参照)を用いて吐かせるのがよい。

耳が化膿しても、あわてて切開しないように。膿が溜まるように見えても、たとえ湿布しなくとも、しばしば再吸収されるから。

あえて切開するなら、焼灼器で突き刺すと最も早く治る。ただし、耳全体を焼灼すると、その耳には障害が残り、他方の耳より小さくなることを、よく理解しておかねばならない。

完全に焼灼されていないなら、あまり小さくない切り口を上側に開けるべきである。思っている以上に膿は周囲に厚く拡がっているのだから。一般には、粘液状態や粘液を分泌する部位は全て粘着性があるので、触れると指が横に滑る。それゆえ、このような症例においては、医師は予想以上に深く器具を通さねばならない。そしてある種の結節腫で、皮膚がぶよぶよして粘液が出ている時には、多くの医師たちはそこに膿が溜まっているだろうと予想して切開する。ところが、この医師の判断は誤りである。とはいえ、患部を切開された患者には決して大きな損傷は起きない。

水分の多い部位や粘液の多い部位、どこが各々その部位にあるか、そしてこれらを切開すると死に至るかどうか、あるいは何か他の損傷を起こすか、については別の論考で取り扱う。

耳を切開したなら、湿布や外科用綿撒糸をすべて避けるべきである。新しい傷に用いる塗り薬か、重くなく痛みも出さないもので治療するべきである。なぜなら、軟骨が露出し、膿瘍ができると面倒なことになるから。上記のような治療を行なうと、このようなことになる。悪化したすべての症例において、もっとも効果的な治療は焼き金による患部の焼灼である。

41.
脊柱が病気のために後方に彎曲した時には、大部分は元に戻らない。特に横隔膜の付着部よりも上部が隆起している場合には治らない。横隔膜よりも下のものは脚の静脈瘤によって消失することがある。特に膝窩部の静脈にできた時には回復しやすい。後方彎曲が回復した症例では、鼠径部にも静脈瘤が生じる。またある例では慢性の下痢によって回復したこともある。

身体が完全に成長するまでの発育期に後彎が起きると、脊柱は通常通りに成長しないで、その部位(脊柱)は成長を止めるが、腕や脚は充分に成長する。

脊柱後彎が横隔膜より上位にある場合には、胸郭は横に拡がらないで前方に突きだし、胸は横に拡がらないで鋭く突き出し、呼吸しにくくなって声がかすれる。これは胸郭が呼吸時に適切な容量を確保できないためである。

しかも、彼らは頭が下がらないようにするために、大椎のところで頸部を前に曲げて保持せねばならない。そして、これによって咽頭が内方に傾いて大きく収縮する。直立姿勢であっても、この骨が内側に傾斜すると、それが元の位置に戻されるまでは呼吸が苦しくなる。この体型よって、この人たちは健康な人たちに比べて喉が飛び出ているように見える。また彼らは肺に堅くて未熟な(*)結節を持っているが、これはほとんどの後彎と拡張が、隣接する神経と連絡しているこの結節によって引き起こされるからである。

*前田注;英文ではunconcocted、ギリシャ語の原文ではαπεπτον(αのアクセント記号は省略)となっている。「απεπτονという用語は元来が『煮えていない』という意味であるが、ヒポクラテス学派では、ここから派生して腫瘍などが完全に膿みきっていないことを言うようになった」と、古代ギリシャ語からの訳者である岸本良彦氏は解説されている。詳しくは岸本良彦氏訳の「予後」第12節の注を参照されたい。ここでは「熟していない」という訳語を用いた。

後彎が横隔膜の下方にある場合には、腎臓や膀胱の病気を併発する人がいる。そして治癒しにくい慢性膿瘍が腰部や鼠径部にできるが、これによって後彎が回復することはない。

下方に後彎がある人の臀部は、上方に彎曲のある人に比べて肉付きが落ちているが、脊柱全体はより長い。また恥毛と顎髭の成長は遅くて生え方も薄い。生殖能力も上方に彎曲のある人に比べて低い。

すでに成長を終えている人が後彎を起こした時には、通常はその時に持っている病気が分利する。しかし暫くすると若年者の場合のように、そのうちのいくつかが多かれ少なかれ出現する。しかし概してこれら全ての疾患は悪性ではない。そして大勢の人が、老齢に至るまでこの病気によく耐え、健康を謳歌している。特に肉付きが良くて太りやすい人はこの傾向がある。それらの人達の中で60才を越えて生きながらえた人も僅かにいるが、ほとんどの人たちはもっと短命である。

脊柱が片側またはその反対側に彎曲することもある。これらの大部分は脊柱内の結節(膿瘍?)と関連している。場合によっては習慣となっている寝相が、この病気を引き起こす。これらについては肺の慢性疾患の中で扱うつもりである。これらの症例において発生する最も妥当な予後はそこで述べる。

42.
落下によって脊柱が後彎した場合、真っ直ぐに戻ることは希である。私の知る限り、梯子に縛りつけて強く振り回す方法では誰も真っ直ぐになっていない。しかし、人々を驚かせたがっている医師たちは、たいていがこの方法を行なっている。大衆にとっては、人がぶら下げられたり、投げられたりすることが素晴らしい事のように思えるからである。

彼らは常にそのような所行を賞賛するが、その試みがもたらす結果の善し悪しには全く無関心である。だが、このような所行を行なう医師たちは、私の知る限り、誰もが非常識である。この装置は古い物だが、この装置を含めて、自然の摂理に則ったあらゆる器械装置を最初に創案した人を、私は大いに賞賛する。というのは、振り回しをうまく行なえば、時にはこれによって脊柱が矯正されるかもしれないからである。

しかし私としては、このような症例をこの方法で治療することには羞恥を感じる。このような所行は、もぐりの医者やペテン師がよく使うものであるから。

43.
首の近くに脊柱後彎が生じた場合、頭を下にする振り回しは、いっそう無益なようだ。頭と肩を下にした時、これらは軽いからである。このような症例では、足を下にぶら下げる振り回しのほうが、脊柱を真っ直ぐに戻しやすいようだ。このようにすれば下方への傾斜がより大きくなるからである。背部の瘤が下の方にある時には、頭を下にして振り回す方が好ましい。

さて、振り回しを試みるなら次の手順に従う。まず裏に革のついた数枚のクッションを梯子に交叉させてこれを覆い、お互いを堅く括りつける。梯子は、人の身体が占める空間より少し大きめの長さと幅にする。患者をこの梯子に仰臥位に寝かせ、足をあまり大きく開かせないで、堅固だが柔軟なベルトで足首を固定する。同じようにして膝の上下の部位と臀部を固定する。また、振り回しの効果を殺がないように注意して、肩掛けを鼠径部と胸にゆるく巻きつける。両腕は伸ばし、梯子にではなく体側に固定する。

このようにして準備を整えたら、梯子を高い塔あるいは家の切り妻の端に持ち上げる。振り回しを行なう場所は固い地面であるべきだ。牽引を実行する助手たちは充分に教育しておかねばならない。そうすれば、彼らは同じ程度に梯子を保持し、また突然に離して振り回しができるし、その時に梯子が片側から落ちたりせず、かつ彼ら自身が前に倒れないですむだろう。

しかし、塔や、綱でしっかり地面に固定した船のマストから梯子を放り出す時には、綱を滑車や車軸棒に回しておいた方がよい。

このようなことを詳述することさえ好みに合わないのだが、いま述べた装置なら適切に振り回しができるだろう。

44.
瘤が極端な上部にある時、是が非でも振り回しをするなら、前述のように足を下にして行なう方がよい。そうすればこの場合には落ちる時の力がより大きくなる。

患者の胸部は縄で梯子にしっかり固定し、頸部は梯子から落ちない程度に肩掛けで緩く固定する。頭部は額を固定する。両腕は伸ばして身体につけさせ、梯子には固定しない。ほかの身体部位は梯子に固定しない。ただ、身体の位置を保持するために、肩掛けを用いて身体と梯子をくるんでおく。さらに、これらの結紮が振り回しの妨げとならないように気をつけなければならない。両脚は梯子に固定しないが、脊柱と一直線になるように密着させておく。

梯子を用いる振り回しに頼るなら、上記のように行なうべきである。しかし、あらゆる技術、特に医術においては、ひどくやきもきさせ、派手に見せびらかし、長口舌をふるいながら、結局は何の結果も得られないというのは、みっともないことである。

45.
まず最初に、脊柱の構造を知っておかねばならない。これを知っておくことが多くの病気に不可欠だから。そこで、椎骨は腹側(前方?)では規則正しく整列しており、軟骨部から生じて骨髄に達しているパルプ状で線維状(前田注;nervous)の結合帯で互いに連結されている。そして他にもある種のX形の線維(前田注;nervous)帯が(椎骨に?)付着している。この線維帯は椎骨の両側に走っている(前田注;前縦靱帯と後縦靱帯のことか?)。

静脈と動脈との関連、その数、性状、起源、特定部での機能、脊椎の骨髄がどんな種類の皮膜に覆われているか、それがどこから始まり、どこで終わっているか、どのように連携し、どんな働きをしているか、については、我々は他の論考において述べる。

反対側(背側?)では、椎骨は蝶番関節によって互いに連結し、その内側と外側には共通の帯が全ての部分に伸びている。個々の椎骨の後部には大小の骨突起が出ている(前田注;棘突起?)。そしてこれらの骨突起には軟骨性の骨端があり、そこから線維性(前田注;nervous)の帯が出ていて(前田注;棘上靱帯?)、外側の帯に繋がっている(前田注;棘間靱帯?)。

椎骨には肋骨が結合しているが、その先端は外方ではなく内方に向いている。そしてそれぞれが椎骨と関節で繋がっている。人体の肋骨は弓状に大きく彎曲している。肋骨と椎骨突起の間の空間は、両側ともに頸から腰にかけて走っている筋肉によって満たされている。

脊柱は縦方向には真っ直ぐで、わずかに彎曲している。仙骨から、大腿部の関節で連結している大椎(前田注;第5腰椎)までは、脊柱は後彎している。そして膀胱、生殖器、直腸、直腸の弛緩部(前田注;直腸膨大部?)がここに収容されている。ここから横隔膜の付着部までは脊柱は前彎していて、この部分だけが内方部から筋肉が起きている。そしてこの筋は腰筋と呼ばれている。

ここから肩上部のさらに上にある大椎(第7頸椎?)までは長く後彎している。この後彎は実際よりもひどいように見える。これは、棘突起が正中線上でもっとも上にあり、その上下では低く見えるからである。頸部は前彎している。

46.
椎骨が後方にずれる場合、一つまたはそれ以上の椎骨がお互いにずれることは、実際あまり起きるものではなく希である。脊柱は簡単に後方にずれることがないので、そのような損傷も簡単に生じるものではない。ただし腹部から前部にひどい外傷(これは致命的だろう)を受けた時や、高所から落下して臀部や肩を打った時(この時も直後ではないが死に至る)を除いて。

また、そのようなずれは、脊柱にとても重い物体が後方から落下しない限り、たやすく前方には起きない。後部にある個々の棘突起は、お互いに結合している靱帯と関節に打ち勝つような力によってひどい前彎が生じる前に、速やかに破損するからである。

そして椎骨がずれたなら、少し曲げるだけでも脊髄が損傷するだろう。このことは、ずれた椎骨が脊髄を破損しなくとも、脊髄を圧迫するためである。そして脊髄が圧迫され、締めつけられると、重要で広い部位の知覚不全を起こすだろう。したがって医師は、ほかに多くの深刻な状態を伴っているのに、椎骨のずれを整復することに気を取られてはいけない。

このような症例は振り回しやその他どんな方法によっても整復できないのは明白である。死体なら、患者を切り開いて腹腔に手を差し入れ、椎骨を内方から外方に押し戻せるが、生きている人間には全く無理である。

何のためにこのようなことを私が書き記しているのか?それは、椎骨が完全に前方にずれている患者を治したと自惚れている人たちがいるからである。その上、脊柱のあらゆる脱臼の中でこれが最も回復しやすく、整復の必要はなく、自発的に回復すると考えている人もいる。多くの人が無知である。そして無知ゆえに得をしている。彼らは周りの人たちから信頼を得ているからである。

惑わされる事情は次の通りである。彼らは棘突起が椎骨そのものだと思い込んでいる。それは、触れると丸く感じるからである。しかし前に述べたように棘突起が椎骨から出ている突起であることを彼らは知らない。そして椎骨は棘突起の前方でかなり遠いところにある。全ての動物の中で人類は、身体の大きさに比例して腹部の前後幅がもっとも狭く、特に胸部で狭い。従ってこれらの突起が骨折すると、それが単独であれ複数であれ、その部位は上下に比べて窪んでいるように見える。そのために彼らは椎骨が内側にずれていると惑わされるのである。

また、患者は医師たちを惑わすのに加担する。身体を前に曲げようとすると、損傷部の皮膚が引き伸ばされて痛みを感じ、それと同時に骨片がさらに皮膚を傷つけるからである。しかし後屈(前田注;bend forward)すると楽になる。それは損傷部の皮膚が緩み、骨による皮膚の侵害も少ないからである。身体に触れようとすると、患者は身体を反らして(前田注;bend forward)避けようとし、触れた部位は空虚で柔らかく感じられる。

以上に述べた全ての事情によって医師たちは惑わされている。このような患者は全く後遺症を残さず速やかに回復する。この種のすべての骨は多孔質なので速やかに仮骨が形成されるからである

47.
脊柱は、健康な人でもさまざまに彎曲する。これは脊柱の自然な構造と習慣によって生起し、そして脊柱は老齢や痛みによって曲がりやすい。

脊柱後彎(または後方突出)は概して臀部から、または肩からの落下によって生起する。この場合には、椎骨のどれかが通常より突出し、その上下の椎骨は突き出し方が少ないように見えるはずである。しかし概してどの骨も椎骨の並びからは突出しておらず、個々の骨が少しずつまがっている。その結果、脊柱のかなりの部分が曲がって見えるのである。

脊髄はこのような歪みにたやすく耐えられる。脊髄は環状で角張っていないからである。

この場合の整復装置は次の要領で用意する。丈夫で幅広く、矩形の溝を彫りこんだ板を地面に固定する。木の板の代わりに壁に矩形の溝を彫りこんでもよい。このとき、床から1キュービッド(約45Cm)の高さか、適切な高さで溝を掘る。次に四角い樫のベンチのような物を、人ひとりが通れるように壁から離して(壁に?)沿わせて並べて配置する。このベンチの上に、毛布あるいは何かほかの柔らかい物、しかもあまり皺にならない物を敷く。

患者は、必要なら蒸し風呂に入れるか、多量の湯に浸ける。その後、板の上に身体を伸ばしてうつ伏せに寝かせる。両腕は体側に伸ばし、身体に括りつける。そして幅と長さが充分にある柔らかな革紐を二枚合わせ、その中央部を胸の中央部で、できるだけ腋に近い部位に二回巻きつける。腋の部分の余った紐は肩に回し、その端はすり粉木形の木に括る。このすり粉木は患者が寝ている板の長さに合わせておき、板にあてて患者を牽引するための物である。

同じような紐を用いて両膝の上部と足首を括り、その端を上と同様の木に括りつける。また、幅広で柔らかく丈夫な包帯状の別の紐で、しかも幅と長さが充分な物を、できるだけ臀部に近い所の腰部にしっかり巻きつける。そして次に、この包帯状の紐の端を患者の足の方の木に括る。この形で、一直線上に同じ力で、しかも同時に上下に引っ張って牽引する。

このような牽引は、正しく行なえば、そして故意に損傷を加えようとしない限りは害はない。そこで、屈強で訓練を受けた医師や助手が、片手の手掌を瘤にあて、もう一方の手掌をこれに重ねて押し込む。このとき、真っ直ぐ下方に押し込むか、頭方へか、あるいは臀部方向へ押すべきかを判断しながら行なう。この力のかけ方なら特に安全である。牽引している最中に、瘤の上に人が座り、また立ち上がって再び腰を落とすようにしても危険はない。

さらには、瘤の上に足を載せて穏やかに体重をかけることには何の不都合もない。体育訓練所で練習している人が、これをうまく行なうのには適しているだろう。

しかし器械装置の中でもっとも強力なのが以下のものである。壁または地面に固定した板に穴を開ける。この穴は患者の背中でできるだけ下になるように、かつ適当と思われるところに作る。あまり狭くないシナノキその他の木を穴に差し込む。数回折りたたんだ布または小さな革のクッションを瘤の上に載せる。これは板の堅さができるだけ不必要な痛みを起こさないようにするための物である。そして瘤は、できるだけ壁に開けた穴に並ぶようにする。そうすれば差し入れた板の力が瘤だけに加わる。

以上のようにして準備が整ったら、助手の一人、必要なら二人が板の端を押し下げる。これと同時に他の助手たちは前に述べた如く引っ張り合って、患者の身体を引き伸ばすように牽引する。

牽引には車軸を用いてよい。これはベンチの横の地面に据えつけるか、車軸の支柱をベンチそのものに固定する。この支柱は板の両端または片端で、板に垂直にして少し突き出るように設置する。

これによって力の強弱の調節が容易になるが、治療のためでなく、人を傷つけようとするつもりなら、それなりの力が出る。次のように強力な操作もできる。ただ単純に縦方向へ牽引し、他に何の力を加えなくとも充分に牽引される。そしてまた、全く牽引せずに板を用いて正しく押し込むだけでも充分な力を加えられる。必要に応じて力の強弱を調整できるので、このような力のかけ方は卓越している。

また、ずれた部位にかかる力が元の位置に戻すのに、自然な方法で力が適用される。自然な牽引は、お互いの骨が殆ど元の位置に戻るような形で復元する。この方法以上に優秀で適切な方法を、私は知らない。脊柱に沿って下に引っ張る方法は、仙骨と呼ばれている骨の部分をうまく保持できない。そして首と頭に沿って上方へ牽引する方法には保持する場所があるが、このような牽引のやり方は見苦しく、その上、力を強くすると他にも重大な危害を引き起こすだろう。

その昔、私は次のような事を試みたことがある。患者を仰向けに寝かせ、瘤の下に膨らませていない空気袋を差し入れる。それから真鍮の管をこれにつないで空気を送り込む。しかし試みは成功しなかった。患者を強く牽引すると袋がしぼみ、どうしても空気を入れることができない。それに加えて瘤と袋を一緒に圧すると、膨らんだ袋から瘤がはずれやすい。患者を強く牽引しないでおくと、袋は膨らむものの、患者は必要以上に反り返る。

以上のことを私は明記しておく。試行された事柄や効果のないことが明らかになったこと、なぜそれが成功しなかったかは、学ぶべき貴重な知識であるゆえ。

48.
落下したり、重い物が脊柱に落ちたりして脊椎が前方に彎曲した時には、概してそのうちの一つが他のものより強くはずれることはない。一つまたはそれ以上の椎骨が大きく脱臼したなら、致命的である。しかし前に述べたように(前田注;第47節参照)歪みは彎曲していて、角張っているわけではない。

このような症例では、後方にずれている場合に比べて排尿と排便が困難になりやすい。足や下肢全体が冷たくなり、前の症例よりも致命的な症状を呈する。生き延びたとしても、尿閉を起こしたり筋力が落ちやすくなり、下肢の麻痺を起こしやすい。

脊柱上部が前方にずれた時には、全身の筋力低下と麻痺が起きる。このようなずれを整復できる器械装置を、私は知らない。ただし梯子を用いた振り回しや、前述の牽引法など、これと同様の治療法なら有効かもしれない。後方へのずれに用いる板のように、牽引しながら力を加えるやり方を、私はよく知らない。どのようにして腹部から力を加えられるだろうか?これは不可能である。咳であれくしゃみであれ、牽引を促進する力を発揮するものは何もない。ましてや腹部に空気を注入しても何の効果もないだろう。

前方に窪んでいる椎骨を引き戻すつもりで大きな吸引器を用いることは大きな誤りである。これは引っ張るよりもむしろ押し込んでしまうからである。これを実践している者はこの事実にすら気づかず、前方傾斜が強いほど、より大きな器具を用い、皮膚は吸引器の中に引き寄せられるからである。

以前に述べた(前田注;第43節参照)振り回し以外の方法で、この病気にもっとふわさしいと思われるやり方を、私は述べることができる。しかし私はそれらの方法を信じていないので、論じない。

これまでに要約してきた損傷については、以下のことを知っておくべきである。前方へ関節がはずれることは致命的で有害であるが、後方へはずれるのはほとんどが命に別状はなく、尿閉や四肢の麻痺は起きない。この疾患では腸につながっている管は引っ張られもせず、閉塞も起こさないが、前方脱臼ではこの両方の症状を招き、さらには他の多くの障碍を引き起こす。

関節が前後へはずれないで、単に脊柱が激しい衝撃を受けた場合でも、四肢の筋力は失われ、身体は麻痺し、尿閉を起こす傾向にある。後方にずれた時には、これらの症状は出現しにくい。

49.
医療においては、ひどい外傷であっても深刻な症状を起こさず、ある種の病気では完全に分利する例や、一方でそれほどひどい外傷ではないのに深刻な状態に陥り、慢性疾患を引き起こして全身に影響を及ぼすような、多くの症例を見ることがある。

肋骨の骨折においても、同じようなことが起きる。一本またはそれ以上の肋骨が折れた時、折れた骨が内方に入り込まず、露出もしないなら、発熱することは希で、喀血、膿胸、外科用綿撒糸を必要とする化膿性外傷、骨壊死などを起こすことは少ない。

またこれらの症例では通常の食餌で充分である。稽留熱に襲われなければ、厳しい食餌制限は栄養失調を招き、痛み、発熱、咳を増悪させるので、豊富な食餌よりも有害である。腸をほどよく満たしておけば肋骨が復位しやすいが、腸を空にしておくと肋骨が宙づり状態になり、その結果痛みが誘発されるからである。この症例には外側からの通常の包帯で充分である。包帯は中程度に締めつけ、ワックスと圧定布または羊毛パッドを併用する。この種の骨では仮骨形成が早いので、肋骨は20日で固まる。

50.
衝撃、落下、打撲、その他似たような原因で肋骨周囲の筋が挫傷した時には、しばしば多量に吐血する。肋骨の間の空間(肋間腔?)には、これに沿って走っている管が存在しており、また人体中で最も重要な部位から出ている神経がそこから発しているためである。

従って多くの場合には咳、結節、膿胸、化膿性外傷、肋骨の壊死などを起こす。肋骨周囲の皮膚が挫傷すると、このような症状をまったく併発しなくとも、依然として大抵は肋骨が折れた時よりも痛みがひどく、損傷部の痛みもぶり返しやすい。

ある医師は、肋骨の骨折に比べ、このような外傷を重視しない。しかし彼らが賢明であるなら、この症例は他の症例よりも遥かに注意深く治療するだろう。というのは食餌を厳しく制限するべきだから。患者はできるだけ安静にするべきで、性交や脂肪の多い食物、咳を誘発する食物、全ての強壮物を避けるべきである

患者は腕を曲げ、できるだけ会話を控えるべきである。挫傷部は折り畳んだ圧定布で包帯する。包帯は大量に、しかも挫傷部よりも幅広で、これにワックスを塗ったものが必要である。

包帯を巻く時には、幅が広くて柔らかい肩掛けを、患者がきついとも緩いとも感じない程度に、ほどほどに締めつけるべきである。そして挫傷部から包帯を巻き始めるべきであるが、その部位を特に強く締め、双頭ローラーで巻くような方法を採用する。そうすれば肋骨周囲の皮膚が滑らかで皺がよらずにすむ。包帯は毎日あるいは一日おきに取り替える。

排便を促すのにちょうど良い程度の緩やかな下剤を用いて腸を開くのがよい。そして10日間は食餌を制限し、その後は食餌を増やして太らせる。

減量期間中は、包帯をきつくするべきだが、再び体重を増やし始めたら緩めるべきである。患者が初めから吐血したなら、包帯と治療は40日間継続するべきである。吐血がなければ、治療はおおむね20日で充分である。しかし治療期間は損傷のひどさによって調節せねばならない

この種の挫傷を放置した場合には、そこからよりひどい障害が起きないなら、挫傷部の肉は以前よりも軟らかくなって体液を分泌する。

これを放置し、治療によって適切に解決しないでいると、粘液が骨にまで達し悪化するだろう。こうなると、もはや以前のように肉が骨につかず、骨に病気が発生する。そして多くの症例で、これらを原因として骨の慢性壊死が起きる。

しかし障碍が骨に達せず、肉そのものが体液を分泌しているなら、身体に何らかの不調が生じた時などに時々は痛みが再発する。それゆえ、挫傷部に形成された溢血が乾いて吸収され、患部に健康な肉ができて、それが骨に付くまで、適切に、かつかなりの期間にわたって包帯を続けねばならない。

放置によって慢性化し、患部が痛み出し。肉が浸出液を分泌している場合、焼灼が最良の治療である。

肉そのものが浸出液を分泌している時には、焼灼は骨にまで達するように行なうべきである。しかし骨そのものには熱が届かないようにする。挫傷部が肋骨の間にあるなら、表面だけを焼灼してはいけない。ただし、完全に焼き通すことのないように注意せねばならない。

挫傷が骨に達していると思われても、それがまだ新しく、骨壊死が始まっていないなら、そしてその挫傷が極めて小さいなら、上述のように焼灼するべきである。しかし腫れが肋骨に沿って延びているなら、そこに数個の焼痂をつける。 肋骨の壊死については、化膿性の腫れものと共に述べる。

51.
大腿骨頭の脱臼には4通りの形態がある。それらのうち、内方脱臼がもっとも高頻度で発生し、その次は外方脱臼が頻発する。後方脱臼は時々で、前方脱臼はめったに起きない。

内方に脱臼すると、同側の脚は他方に比べると長く見える。これには二つの理由がある。まず、股関節によって連結している骨は恥骨から立ち上がっている坐骨に対して、上から下に向けて収納されていて、大腿骨頭はその上に乗っており、大腿骨の頸部が寛骨臼の穴(cotyloid foramen)の中で引っ掛かるからである。また、臀部は外側が窪んで見えるが、これは大腿骨頭が内側にはずれているためであって、膝にある大腿骨の先端が外方に回転するので下肢と足も同じようになる。

足が外を向いているので、医師たちは無知ゆえに患側の下肢を健側下肢に合わせるのではなく、健側の下肢を患側下肢に合わせようとする。この点で、患側の下肢が健側のそれより、とても長く見える。その他多くの例で、同じような事情が判断の誤りをもたらす。患者は鼠径部で、健側のようには下肢の屈曲ができないし、大腿骨頭に触れると、会陰部がひどく隆起している。以上が、大腿骨が内方に脱臼している徴候である。

52.
脱臼が整復されなかった時、すなわち誤診や放置された時には、牛の場合のように歩く時に脚がふらつき、体重のほとんどを健側の脚にかける。そして脇腹の肋骨と脱臼した関節部が必然的に窪んで歪み、一方で健側の臀部は丸く突き出る(前田注;第8節参照)。

健側の足を外に向けて歩くとしたら、体重が患側の脚にかかるが、その脚はこれに耐えられない。どうすればできるか?健側の脚を外方ではなく、内方に向けて歩くしかない。こうすることにより、健側の脚は、同じ側の体重だけでなく患側の体重までも、最もうまく支えることができるからである。

脇腹と股関節がくぼんでいるので、患者は背が低く見える。そして必ず健側に杖をついて身体を支えることになる。杖は健側で支える必要がある。というのは、臀部が健側に傾き、体重がそちらにかかるからである。

患者は必ず前屈みになる。患側の脚の大腿に手をつかざるを得ないからである。痛めた脚は、脚を踏み換えようとして地面に脚をつく時に、支えがないと身体を受けとめられないからである。

股関節の内方脱臼を整復されなかった人は、以上のような動作を強いられる。この動作は、患者自身が最も楽な姿勢を予測したことではなく、この身体障害そのものから、現在の状態に最も快適な姿勢を患者が学習した結果なのである。

足や下腿に傷があり、その脚に身体を預けられない人は、子供であっても全ての人が次のような歩き方をする。その人たちは患側の下肢を外に回して歩く。これには、二つの要求を満たすための二つの利点がある。それは、下肢を外に回すことで、内側に回した時にのようには、この脚に体重が均等にかからない。そして体重はこの脚に真っ直ぐかからないで、身体の下にある脚にかかる。歩く時にも脚を踏み換える時にも、体重は身体の下の脚に対して一直線上にあるからである。

この姿勢であれば、歩行時に患側の下肢を外側に回し、健側の下肢を内側に回すことで、健側の下肢を最も早く身体の下に持ってこれる。今説明している症例においては、身体がそれ自身にとって最も楽な動作を見つけ出すのがよい。

脱臼した時に成長を終えていない人が整復を受けないでいると、大腿、下腿、足が不具になる。そのどれもが正しく成長せず、短くなる。大腿が特に短くなる。そして下肢全体がやせ細り、肉が落ち、張りがなくなって薄くなる。これは股関節の障碍から生じ、股関節が自然な配置にないので、患者は下肢を使えないからである。ある程度の運動が過度な衰弱を軽減するだろうし、またある程度は長さの成長にも寄与するだろう。

胎児の時に脱臼した人が最も障碍が大きい。次に大きいのが幼児期で、最も障碍が小さいのは成人になってからの人である。

成人の患者の歩き方に関しては、すでに述べた。この怪我が子供の頃に起きると、概して身体を直立できなくなり、健側の脚を支えにし、健側の手を地面につき、惨めな格好でのろのろ歩く。

成人後にこの怪我に遭遇した人の中でも、直立姿勢で歩けな人もいる。子供の頃にこの怪我を起こした人でも適切な訓練を受けると、健側の脚で直立し、健側の腋下に松葉杖を用いれば歩ける。患側の下肢が短いので、それを浮かせ、両脇に松葉杖を用いる人もいる。

彼らは歩く時に並外れた能力を発揮する。健側の脚力は、両側が健康な時に比べても衰えていない。この種の症例では下肢の肉の部分が衰えるものだが、内方脱臼した人は、そのほとんどが、外方に脱臼した人よりも力が衰えやすい。

53.
アマゾン族の女性は男児をごく幼児の時に、ある者は膝を、ある者は股関節を脱臼させると伝えられている。そうして男子を不具にし、男が女性に対して共謀しないようにする。また男性を、靴屋や鍛治屋、その他の居職職人として使役するのである。

この話が真実かどうか私は知らない。しかし次のことは判る。幼児の時に関節を脱臼させると、同じことが起きる。 股関節が内方に脱臼した時の変化は、外方脱臼に比べてかなり大きいが、膝ではある程度の違いはあるものの、その変化は小さい。しかしどちらの障碍も特異である。外方脱臼の時には両脚がO脚になり、内側脱臼(X)脚)では両足で真っ直ぐ立つことが不自由である。

同様に、足関節を脱臼した時には、それが外方への脱臼なら、内反足(つま先が内方に向く?)となるが、患者は立てる。ところが内方への脱臼なら外反足(つま先が外に向く?)となって、立つのが難しくなる。

相対的な骨の成長というの次の通りである。下腿の骨が脱臼した場合には、足の骨の成長が非常に遅くなる。それは、この骨が損傷部にとても近いところにあるから。しかし下腿の骨は成長し、ほとんど欠損しないが、肉の部分(筋肉?)はやせ細る。

足関節が自然な状態で、膝が脱臼している時には、下腿の骨は同じようには成長せず、これが損傷部に最も近いので、短くなる。そして両足の骨も萎縮するが、萎縮の程度には違いがある。というのは、少し前で述べたように、足関節は無傷なので、内反足の場合のように足を使えるなら、足の骨の萎縮は小さいからである。

脱臼が股関節に起きた時には、大腿の骨は損傷部に最も近いので、同じようには成長せず、健側の骨よりも短くなる。しかし下腿の骨も足の骨も同じような制限を受けない。それは、大腿と下腿の骨の間、および下腿の骨と足首の骨の間には、ずれがないからである。しかしこの場合、下肢全体の肉は萎縮する。ところが患者が下肢を使えるようになれば、骨の成長はさらに進むだろう。ただし大腿だけは、前述のように肉の消耗が少ないものの、決して健側の下肢のようには肉がつかない。

次の事実がこれらのことを証明している。上腕骨の脱臼によって先天的にイタチ腕(weasel-arm、galiancones)になった人、あるいは成長の途中でそのようになった人は、腕の骨が短いが、前腕と手の骨は健側のそれより少し小さくなるだけである。その理由はすでに述べているが、上腕骨が問題の関節に最も近いために自然な状態よりも短くなる。

しかし前腕は同じように影響を受けるわけではなく、上腕と前腕の骨は自然な状態で関節していて、しかも手は前腕よりも損傷部から遥かに遠い位置にあるからである。この症例において、ある骨は成長するが、ある骨は成長しない理由は、以上の通りである。

手をよく使う仕事が、前腕と手の肉づきを発達させるのに役立つ。手を使う仕事なら何でも、イタチ腕(weasel-arm)の人は他方の手で、健康な手で行なうのと遜色なく懸命にこなしている。これは腕が脚のように体重を支える必要がないのと、手を使う仕事が軽いためである。

日々使うことによってイタチ腕の人の手と前腕は萎縮しない。そして上に挙げた理由によって腕にも肉がたっぷりつく。しかし先天的あるいは小児期に股関節が内方に脱臼した人では、脚が使えないので、手の場合に比べて患部の肉がひどく萎縮する。

これらの事実が、私が述べたことであるというもう一つの証明が、この後に述べる説明の中で提示されるだろう(前田注;第55節参照)。

54.
大腿骨頭が外方に脱臼した時には、その下肢を他方と比べると短く見えるが、これは自然なことである。なぜなら、大腿骨頭は内方脱臼した時のようには骨の上に位置を取らず、もともと横に傾斜している骨に沿い、柔らかくて柔軟な肉の中にあるからである。そのためにより短く見える。

その内側では、会陰近くの大腿がいっそうへこんでたるんで見えるが、外側では臀部はより丸くなっている。大腿骨頭が外方にすべっていることによって、その部位の肉が大腿骨頭に押上げられるので、尻が上にせり上がって見える。膝にある大腿骨の先端は内側に回転しているように見える。下腿や足も同じである。下肢は健側の下肢のようには屈曲できない。以上が外方脱臼の徴候である。

55.
成人の脱臼を整復しないでおくと、下肢全体が短くなったように見え、歩行時には踵を地面につけることができなくて、母趾のつけ根の膨隆部を地面につけて歩く。そしてつま先を少し内側に向ける。しかし、この場合には、内方脱臼の場合よりも、はるかにうまく患側の下肢で身体を支えることができる。その理由は関節の先端にある大腿骨頭と頸部が元々傾いているので、臀部のかなりの部分に対して下から支えるベッドを形成していることと、足の先が外に向く必要がなく、身体の線に近く沿っていて、むしろより内側に向いているからである。

大腿骨先端の関節が、それを容れている肉中の関節窩を摩耗し、肉が滑らかになると、時間の経過と共に痛みは消える。そして痛みが消えると、その気になれば杖をつかずに歩ける。そして患側の下肢で身体を支えることもできる。

このように脚を使うことで、その肉は、少し前に述べた例ほどには衰弱しない。しかし多かれ少なかれ力は落ちる。概して内方脱臼の方が外方脱臼の場合より衰弱が強い。彼らのうち幾人かは脚が曲がらないので靴を履けないが、履ける人もいる。

胎児期または強い衝撃によって成長期にこの脱臼が起きて、整復されないままか、病気によって関節の先端が関節窩からはずれた時、またその種の多くの例によって脱臼した時、そしてまた脱臼した時には(この種の症例は多発するので、そのうちの幾つかによって大腿骨が壊死すると、綿繖糸を要するような頑固な化膿が形成される。そしてそれらの内のある例では骨が露出する)、骨の壊死が始まるか否かに拘わらず、大腿骨はひどく短くなり、健側と同じようには成長しない。下腿の骨も対側の骨より少し短くなる。これは前に述べたのと同じ理由による(前田注;第53節参照)。

この人たちは歩ける。中には成人になってからの脱臼が未整復の人と同様の歩き方をする人がいるし、足全体を地面につけて歩く人もいる。ただし、下肢が短いので足を引きずりながらであるが。

歩く力を獲得する前に注意深く適切な動作訓練を受け、必要な力が身についた後にも同様の訓練を受けたとしても、得られる結果は以上の通りである。

極めて幼い時にこの災難に遭った人には、最も手厚い看護が必要である。なぜなら、子供の時に放置すると、その下肢全体が使えなくなり、萎縮するからである。下肢全体の肉は健側の下肢より衰弱するが、この衰弱は内方脱臼の場合に比べると、はるかに起こりにくい。これは、少し前に述べたイタチ腕(galiancones)の例と同様で(前田注;第53節参照)、下肢を早く使えるようにするための扱いと訓練を受けた賜物である。

56.
先天性か、または病気によって、両側の大腿が外方に脱臼している人がいる。この人たちの骨も上と同じような変調を来す(前田注;第54節参照)。しかし、この場合には肉の力の衰弱は小さい。両側の下腿も肉付きがよく逞しい。ただし、内側がわずかに衰弱する。この人たちは、歩く時に左右均等によろめきながら、両脚を等しく使うので、肉づきがよい。

彼らの尻はひどく飛び出ているように見える。これは両側の骨の関節がずれていることによる。この症例においては、骨が壊死しない(カリエスにならない?)なら、そして股関節で身体が曲がらないなら、かつこの種のことが患者に何も起きないなら、ほかの点では充分に健康になる。しかし、頭部を除く残り全ての身体は、成長が阻害される。

57.
大腿骨頭の後方脱臼はめったに起きないことだが、この場合には脚を真っ直ぐに伸ばせない。これは、脱臼した関節部においても、膝の部位でも少しも伸びない。全ての脱臼の中で、この種の脱臼が鼠径部と膝での伸展力が最も小さい。

しかし、さらに次のことも知っておくべきである(これは貴重な知見であるのと、大変重要であるのに、ほとんどの人たちが気づいていないことなので)。

健康な人でも、鼠径部の関節を同時に伸ばさないと、足をとても高く挙げない限りは、膝を伸ばせない。足をこのように挙げれば、彼らはそれができる。また、鼠径部の関節を同時に曲げないと、膝を曲げられないか、その動作が非常にやりにくい。

神経(靱帯?)の収縮と筋肉の配置との関係と同様の関係を有する多くの事柄が、人体中には存在している。それらの多くは一般に思われているよりずっと知っておく価値がある。そして腸の性質、体腔全体の性質、子宮の位置変動と収縮に関しても同じことがいえる。しかし、これら全ては、今の主題に関連する他のところで取り扱うことにする。

今の事柄に関しては、すでに述べたようにこの人たちは脚を伸ばせない。下肢は短く見えるが、これは次の二つの理由による。第一に脚が伸びないこと。次に骨が臀部の肉にすべり込んでいることである。この脱臼においては、大腿骨の頭部と頸部がその自然な位置から臀部の外側に向かって下方にずれる。

しかし、患者は痛みに妨げられなければ下肢を曲げることが可能で、下腿と足は全く真っ直ぐに見え、どちら側にも大きく曲がっていないように見える。鼠径部の肉に触れると、たるんでいる。これは関節の骨が反対側にすべっているからで、臀部では大腿骨頭に触れると自然な状態よりも突き出ている。以上が、大腿が後方に脱臼した時の徴候である。

58.
成人してから脱臼を起こした人が、整復を受けていない場合、実際のところ、時が経って痛みが和らぎ、肉中で関節の骨が回転することになれると、その人は歩けるようになる。しかし、その人は歩く時に、鼠径部を強く屈曲しないと歩けないことに気づく。これには二つの理由がある。すでに述べた理由によって下肢がひどく短くなることと、踵をどうしても地面につけられないことである。この人は母趾のつけ根の膨隆部でなんとか着地できるが、鼠径部で身体を曲げ、また他方の膝も曲げないと、それすらもできない。

そしてこの人は一足ごとに大腿上部に手をついて支える必要がある。このことはまた、鼠径部で身体を曲げることの原因の一部にもなっている。というのは、歩行時に足を動かしている最中には、大腿骨の終端は身体の下で適切な位置になく、臀部の後方にすべっているために、患側の下肢を手で地面に押しつけないと、その脚で身体を支えられないからである。

この人が何の支えもなしに一瞬でも足に体重をかけようとすると、後ろに転倒する傾向が極めて強い。なぜなら、尻が足の線からはるか後方に突き出ていて、脊柱が尻の上にくるからである。

実際、この人たちは慣れると杖を使わずとも歩ける。それは足の底が以前の線上にあって、外に向いていないからである。だから彼らは平衡を保つために何も必要としない。

しかし、大腿をつかむ代わりに患側の腋に杖をあてて身体を支えたいなら、もっと長い松葉杖を使えば、より真っ直ぐに歩けるだろう。しかしその場合には足は地面につかないので、足に体重をかけたいと思うなら、短めの杖を使わざるをえず、鼠径部で身体を曲げねばならないことになる。

肉の萎縮に関しては、以前に述べた症例に似ている(前田注;第55節参照)。下肢を浮き上がらせたままで使わない症例の中では、この場合の肉の衰弱は最もひどい。しかし、歩いて使っている人は萎縮は極めて小さい。

しかし、これは健側の下肢にとっては無益で、損傷した下肢を地面につけて歩くと、むしろ変形をさらに作り出すことになる。尻が突き出ていて、膝が曲がっているので、他方の下肢の協力がどうしても必要になるからである。

損傷している下肢を地面につけないで、浮かせたままで使わず、松葉杖を支えにするなら、健側の下肢は強くなる。この状態では、脚を自然な配置で使用し、さらには運動することで力が増すためである。

これらの事柄は医術の範囲外だと言われるかもしれない。すでに治療の終わった症例について詳述することに何の益があるかと。しかしこれは実情から遥かに遠い言説である、これらの事柄に精通していることは医術知見の範疇であり、またこれらを一つ一つ仕分けするは不可能であるから。

治せる症例に対しては、それが治療不可の状態に陥るのをどのようにすれば防げるかを研究しつつ、治らない状態に陥らないように種々の治療法を用いるべきである。

治らない症例については、無用な治療によって状態を悪化させることのないよう、これを理解しておくべきである。また、それぞれの症例が、どこへどのようにまた何時、その終焉を迎えるか、はたまた治せるようになるのか、治せないようになるのかを理解することによって、申し分がなく信頼性の高い予測が立つのである。

先天的にか、成長期にか、この後方脱臼が起きて整復しないでおくと、それが衝撃によるものであろうと病気によるものであろうと(その多くは病気によるものだが、脱臼を起こすような病気の性質は後で述べられるだろう)。脱臼した下肢が整復されないなら、大腿の骨が短くなり、下肢全体が損なわれ、成長が阻害される。そして使用に耐えないほどに肉が失われる。膝の関節も障害を起こす。神経(靱帯?)が引き伸ばされ、前に述べた症例のように(前田注;第57節参照)、この脱臼を起こした人は、膝を伸ばせない。

簡単に言えば、活動的に用いるべく創られている身体のすべての部分は、ほどよく使い、慣れた労働を通して身体を動かせば、健康になって身体が成長し、かなり加齢に負けなくなる。

ところが使わずに運動しないでいると、病気を起こしやすくなり、成長も阻害され、老化が早まる。それらの部位の中でも関節と神経(靱帯?)を使わないでいると、とても病気を起こしやすくなる。我々が述べたような理由によって、ほかの病気以上に、この種の脱臼では、上の二つが損傷される。それは、骨と肉を含めて下肢全体が衰弱するからである。

この人たちが成人すると、下肢を曲げて浮かせたままで、他方の脚に体重を預け、杖で身体を支える。ある人は一本で、またある人は二本で。

59.
大腿骨頭の前方脱臼はめったに起きないが、この場合には患者は脚を完全に伸ばせなくて、鼠径部における脚の屈曲もほとんどできない。またこの人たちは膝を無理に曲げると痛みを訴える。踵の位置で脚長を比べると、他方の長さと同じである。しかし足先は少ししか前方へ傾かない。

下肢全体は自然な方向に向いていて、こちら側にもあちら側にも傾いていない。これらの症例は特にひどい痛みに襲われるので、ほかのどんな脱臼よりも、その初期に尿閉を併発しやすい。というのは、大腿骨頭が重要な靱帯(nerves)のごく近くにあるからである。また鼠径部は腫れて張りつめているが、尻の部分はしわができて、たるんでいる。

以上に述べた事項が、大腿骨の脱臼に付随する徴候である、

60.
成人してから脱臼を起こした人が整復を受けていない場合、痛みが和らぎ、肉中で関節の骨が回転することになれると、その人たちは杖がなくてもほとんど直立して、患側の脚をほとんど真っ直ぐにして歩けるようになる。それは鼠径部と膝が簡単には曲がらないためである。このため、鼠径部での屈曲制限によって、歩行時に下肢をさらに、健側以上に真っ直ぐにするのである。

また、下肢の上部を曲げられないので、時には足を地面に引きずる。そして足全体を地面につけて歩く。これは歩行時に足先と踵を同じように用いるからである。彼らが大きな歩幅を取るとしたら、踵全体をつけて歩くだろう。というのは、下肢が健常な人が大きな歩幅で歩く時には、一方の足を上げながら、片足を下ろす時に、より以上に踵に身体を預けるからである。。

この種の脱臼においては、足先よりも踵に体重をかける。下肢のほかの部分を伸ばしている時には、下肢を曲げている時と同じようには足先を前方に曲げられない。逆に、下肢を曲げた状態では、伸ばしている時ほどには足を反らせない。一方、下肢を曲げていると、ぴんと伸ばしているときのようには足を上向きにすることができないからである。

自然状態の事情は、今述べた通りのものである。そして整復しないままの状態にでは、これまでに述べたやり方で歩く。その理由もすでに述べた(前田注;第57節参照)。下肢は他方に比べると、尻と脹ら脛、下肢の後ろ側全体の肉が落ちる。

幼児期にこの脱臼が起きて整復を受けなかったか、それが先天的である時には、大腿骨は下腿や足の骨以上に萎縮する。しかし、この種の脱臼においては、大腿骨の萎縮は最も少ない。肉は全体的にやせるが、上に述べたように、特に後ろ側がひどい

このような人たちは、正しい訓練を受けると、成長した時に下肢を使えるようになる。ただし、その下肢は他方より少し短くなるので、患側を杖で支えねばならない。踵をつかないと、母趾のつけ根の膨隆部を適切に使えないし、他の種類の脱臼例のようには足をつけない(その理由はちょうど今述べた)。このために、杖が必要になるのだ。

放置され、足を地面につける習慣もなく、下肢を挙げたままにしている人は、下肢を使っている人に比べて骨の萎縮がひどい。また、他種の脱臼例に比べると、関節部では下肢が真っ直ぐなままで、さらに損なわれる、

61.
かいつまんで言えば、脱臼や亜脱臼はある時にはひどく、ある時には軽く、さまざまな程度に起きる。骨がひどくずれたり、はずれたりした時には、概して他の場合よりも矯正するのが、より難しい。そして整復しないままでいると、骨や肉、身ごなしに際立った障碍と病変が現われる。骨のずれや脱臼の程度が小さい時には、他の例よりも整復は容易である。整復が失敗した時や放置されている時には、障碍の程度は小さい。そしてすぐ上で述べた例よりも損傷は少ない。

他の関節では、関節がはずれる程度はさまざまである。しかし大腿骨頭と上腕骨頭はその脱臼態様がお互いによく似ている、なぜなら、これらの骨頭は丸く滑らかで、骨頭を受ける関節窩もまた丸くて、骨頭にうまく合うようになっているからである。

これらの関節では、中途半端な脱臼は起きえない。しかし、骨頭が球形であるため骨は外方か内方へはずれる。いま扱っている例では、完全脱臼か全く脱臼しないかのどちらかしかあり得ない。とはいえ、ずれる程度には大小の変動がある。

62.
そのようなわけで、これらの先天的な脱臼例のうちの幾つかは、その程度が軽ければ、自然な状態にまで整復されるだろう。特に足関節の脱臼においては。ほとんどの先天性の内反足は整復可能である。ただし、その傾き方がよほどひどくなければ、あるいは成長の後期に起きていなければ。

最良の方法は、できるだけ早期に治療することである。早期とは、足の骨の欠損がよほどひどくなる前、そして足の肉の衰弱がひどくなる前のことである。

内反足の種類は幾つかあるが、そのほとんどは不完全脱臼である。しかし、障碍は、下肢をある位置に習慣的に維持することに関係している。治療を施す際には次の点に注意せねばならない。足首のところで下腿の骨を外側から内側に押し込んで矯正する。そして踵骨には、一直線上に整列させるように外方への対抗圧をかける。こうすれば、ずれた骨同士が足の中間部と横で会合する。そしてまた足先の骨塊は母趾と共に内方に傾けて保持する。そして次のようにして患部を固定する。松ヤニをワックスにたっぷり混ぜ、圧定布と共に多量の包帯をあまりきつくないように巻く。包帯を巻く方向は、手で足を矯正したのと同じ方向とする。そうすれば足は少し外側に向く。

また足底には、あまり堅くない革または鉛をあてる。ただし、これは直接皮膚に当てず、包帯の最後の方で用いる。包帯が終われば、包帯の端を、足の小指の線上にある足の下に繋ぐ。そしてこの包帯を適当と思われる程度まで上方に脹ら脛まで巻き上げる。このようにすれば以上の配置が固定される。

かいつまんで言えば、蝋人形を成型するように、異常な位置に脱臼し、共に収縮している患部の骨を自然な配置に戻す。すなわち両手で骨を矯正し、同じように包帯を用いて、力ずくではなく、穏やかに骨を元の配置に戻すのである。包帯は、下肢が正しい位置に収まるように縫いつける。これは異種の変形例には別の配置が必要なためである。

また、ヒオス風のスリッパと同じ形状の小さな靴を鉛で作り、これを包帯の外側からあてておく。両手で正しく矯正され、包帯で正しく固定され、正しく後処理されているなら、これは必要ない、

以上が治療内容であって、切開、焼灼、その他の複雑な方法は必要ない。この種の症例は思っている以上に素早く治療に反応するからである。しかしながら、それは身体が自然な形状に成長した後まで、かなりの時間がかかる。

靴を補うことに関しては、最も適当なのが編み上げ半長靴(buskin)である。これは泥の中を歩き回る時に使うことから名前がつけられているが、この種の靴は足に沿うのではなく、足が靴に沿うようにできているためである。クレタ島の靴に似た形の靴もまた適している。

63.
足関節の完全脱臼例では、外傷を伴うので、内方脱臼であろうが外方脱臼であろうが、整復してはならない。これは、やりたいと思っている他の医師に整復させるのがよい。なぜなら、以下のことをしっかり理解しておくべきなのだが、患部が整復され保持されるのを受け入れるなら、その患者は死亡するだろうから。また、この人は数日も生き延びないだろう。痙攣によって急死するので、7日以上生きる人はほとんどいないだろう。時には下腿や足に壊疽を起こす。

次のことはよく理解しておくべきである。すなわち、以上のことは結果である。ヘレボレ(hellebore前田注;クリスマスローズ;キンポウゲ科)を当日に飲ませ、その後も繰り返して飲ませたとしても、私には全く効果がないように思える。それでも、何か有効な方法があるとすれば、これが最も妥当な方法なのだが、それでさえ役に立つとは私は思わない。

整復を受けないでいた人や最初から整復しようともされないでいた人は、そのほとんどが回復する。下腿と足は患者の好きなようにさせておくべきだが、ぶら下げたり、動かし回すことだけは、させてはいけない。治療は、松ヤニを混ぜたワックス、ワインに浸けた少量の圧定布で行なう。ただしあまり冷たくしない。このような症例では冷たいと痙攣を誘発するから。

ビートやフキタンポポの葉、その他同様のものを苦い黒ワインで茹でると、これが傷口とその周辺部に対して適切な塗り薬となる。傷口にはさらに生ぬるいワックスを塗布してもよい。冬期であるなら、患部を未洗浄の羊毛で覆い、生ぬるいワインと油を上から振りかけておく。どんなことがあっても、包帯や圧定布は使ってはならない。このことは特に理解しておくべきだが、どんな圧定布であっても重いので、この症例にとっては障害となる。新鮮な外傷に用いるある種の薬(前田注;dressing)が適当である。その上からワインを振りかけた羊毛を傷口にかぶせ、これを相当期間にわたって続ける。

新鮮な外傷に用いるこの種の外科用薬は数日しか効果がなく、松ヤニが混ぜ込まれているものは不適当である。傷の修復には時間がかかり、傷口からは大量の膿が長期間にわたって排出されるからである。この症例のあるものには、包帯が有効な場合がある。

次のことは充分理解しておくべきである。患者はどうしてもひどい不具と変形を呈する。足が外側に引っ張られ、脱臼した骨が外側に突き出る。実際、これらの骨は、少しは露出するが、概して露出しない。そして剥離もしないが、薄くて虚ろな瘢痕を形成して治癒する。ただしこれは長期にわたって安静を保つ場合の話であって、そうでない場合には、小さな潰瘍が治らないままで残る危険性がある。まだこの症例の説明を続けるが、以上のような治療を受けたひとは救われている。一方で患部を整復し固定した場合には、患者は死亡する。

64.
同じ規則が手首の脱臼にも、外傷と骨の突出を含めて、また腕の骨が内方または外方にずれた場合を含めて、当てはまる。以下のことを十分に理解しておかねばならない。骨を整復し、固定しておくと、前述の死亡例のように、患者はそのうちに死亡する。しかし整復しないで、また整復しようともされないでいると、患者はほとんどが回復する。そして既述の治療法が有効である。上肢の変形と障碍はどうしてもひどくなる。手指は衰弱して使えなくなる。骨が内側にずれると、指を曲げられなくなり、外側にずれると伸ばせなくなるからである(前田注;第26節参照)。

65.
脛骨が膝で傷つき、皮膚を突き破ったら、脱臼が外方であろうと内方であろうと、骨を整復すると、前の症例(前田注;第63節参照)よりも早く死亡する。尤も、前の症例でも死に至るのは早いのだが。整復しないで治療するなら、唯一回復の望みがある。この症例は上述の例よりもずっと危険で、それは患部が遥かに上位にあり、それだけ強力な関節で、またとても強い骨から脱臼するからである。

大腿骨が膝で傷つき、ずれた場合には、これを整復してそのままにしておくと、前述のどの症例よりもさらに激しく早い死を招く。整復しないでおくと、前述の症例よりもずっと危険であるが、これが回復の唯一の望みなのだ。

66.
肘の関節にも、前腕と上腕の骨を含めて同じ原則が適用される。これらの骨が皮膚の傷口から突き出ると、全ての例で死に至る。しかし整復しないでいると回復の見込みがある。しかし、命をながらえても、ある種の障碍は残る。上部の関節(肩関節?)の骨が脱臼して、傷口の皮膚から飛び出した場合、これを整復すると、ずっと早い死を招く。そして整復しないでおいても、他の症例よりもずっと危険である。もっとも適していると私が思う治療法は、すでに述た(前田注;第63節参照)。

67.
足や手の関節が脱臼して傷口から飛び出した時、そして脱臼だけで骨が骨折していない時、これを整復して固定すると、痙攣(テタヌス?)を起こす危険性がある。それでも、充分な注意と手当が必要であることを、前もって患者に通告しておくなら、整復する価値がある。

もっとも容易で効果的かつ理にかなった治療法は、梃子を使うやり方で、これは以前に述べているが、骨折して飛び出した骨を治療する時に説明した方法である(前田注;「骨折について」第31節参照)。

患者はできるだけ安静に横臥し、厳しい食餌制限に従わねばならない。またゆるい催吐剤を用いてもよいだろう。傷口には、灌水(affusion,前田注;英文ではallusion)をしても大丈夫な、新鮮な外傷に用いる外科用薬を用いるか(前田注;第63節参照)、カモミールの葉や頭の骨の骨折に用いる塗り薬を、あまり冷たくしないで使用するべきである。

第一(最も遠い?)関節がもっとも危険性が少ない。しかし、上位の関節になるほど、より危険性が増す。整復はその日のうちかその翌日に行なうべきである。3日目、4日目には、決して行なってはならない。というのは、特に4日目に症状の増悪が現われるからである(前田注;「骨折について」第31節参照)。

この症例で、すぐに整復を実行できない場合には、上に述べた日が過ぎるまで待たねばならない。10日以内に整復すると、痙攣を誘発することが予想されるからである。

しかし、整復に痙攣が併発したなら、すぐに再び関節をはずし、頻繁に湯に浸けるべきで、また全身を、特に関節部は、暖かく柔軟に、また楽な状態にしておかねばならない。これは全身を伸ばしているよりも、屈めているべきであるから。

さらに、たとえ炎症がわずかであっても、指骨の関節先端では、概してこれが起きると予想される。それ故、普通の人たちの無知から医師が咎められるものでないなら、決して整復を行なうべきでない。皮膚から飛び出した関節の骨を整復すると、上に述べた危険を伴う。

68.
指骨の関節が完全に切断された時には、その後に失神しない限り、ほとんどが危険はない。この外傷には通常の治療で充分である。しかし、関節以外の部分で骨が切断されたばあいでも、危険性はない。そしてまた他の例よりずっと治癒しやすい。骨折した指骨が関節部以外の部位で飛び出した時には、危険を伴わずに整復できる。足、手、下腿、足首、前腕、手首、その他ほとんどの部位では、骨が完全に切断されても、失神してすぐに倒れたり、4日目に稽留熱が出ない限り、危険性はない.

69.
肉の壊死は、大きな血管が通っている部位に生じた外傷に起きる。この血管を強く圧迫したり、骨折した骨をあまりにも強く締めつけたり、その他極端な圧迫状態にすると、通常その部分は脱落する。このような患者は、大腿と腕においては骨と肉の一部が脱落しても、ほとんどが回復する。ただしこの例は少ない。そして、前腕と下腿が脱落した時には、患者はたやすく回復する。

骨の骨折において、最初に絞扼と黒ずみがその部位に生じると、壊死部と生きている部位とが急速に分離する。そして、骨がすでに崩れているので、その部位が速やかに脱落する。骨が無傷なままで黒ずみ(壊疽)が起きると、肉も急速に死ぬ。骨が露出している部位で、骨は黒ずみの境界部からゆっくり分離する

黒ずみの境界部の下にある部分は、壊死して知覚を失ったら、生きている部分を傷つけないように注意して、すぐに関節のところで除去するべきである。これは切除部に痛みが走るなら、そしてまた完全に壊死していないなら、患者が痛みで気絶する危険が大きいからである。そしてこのような気絶はしばしばその直後に死を招く。このようにして大腿骨が露出すると、80日目に脱落することを私は知っている。しかし、この患者の場合は、20日目に膝の部位で切除された。私にはこれは早すぎるように思われた。というのは、この切除はもっと慎重に行うべきであると、思われたからである。

私が扱った例で下腿の骨の黒ずみに関しては、骨が露出すると、60日目にその中間部で脱落した。露出した骨の脱落が早いか遅いかは、治療の仕方によって変わる。また幾分かは、圧迫が強いか弱いかによって変わる。また神経や肉、動脈、静脈が黒ずんで壊死する遅速も、圧迫の強弱によって変わってくる。患部が強く圧迫されていない時には、脱落は表面のみで、骨が露出するには至らない。そしてまたある例では、脱落はずっと表面に限られ、神経さえも露出しない。

以上に述べた理由によって、それぞれの症例が終結する時期を正確に判断するのは不可能である。

しかし、この種の症例は進んで受けるべきである。それは、見た目にはおぞましいが、治療はそれほどでもないからである。この種の全ての症例では軽い治療で充分であり、というのもこれは自発的に分利するからである。ただ、食餌制限だけには従うべきで、そうすればできるだけ発熱を抑えることができる。そして患者は適切な姿勢にしておくべきである。すなわち、患部の分離がすっかり終わるまでは、あまりに高く身体を起こすのでもなく、またあまりに低く寝かせるのでもなく、幾分か起こす状態にしておくべきである。というのは、この期間は出血する恐れが大きいからである。この点で、損傷部は斜め下ではなく、その逆にしておくべきである。

しかし、暫くして傷口がきれいになれば、その同じ姿勢はもはや不適切で、その時には水平位とし、時々は下に下げるのが好ましい。そしてやがて、この症例のうちの幾つかは、膿瘍を発するので、包帯処置が必要になる、

また、この症例の患者は下痢に襲われることが予想される。というのは、外傷による壊疽と出血は、概して下痢を併発するものであるから。一般的には、分利する頃に黒ずみと出血が始まる。それは大量かつ強烈だが、何日も続かない。しかし、通常は、患者は食欲を失うことがないので、これは命に関わるものではなく、また厳しい食餌制限に従わせることもない。

70.
股関節の内方脱臼は次のようにして整復する(これは優れていて、適切で自然な整復法であるし、派手な治療法に喜びを見いだす人にとっては、何かしら誇示するものがある)。

強くて柔らかく、幅の広い帯を用いて患者の足を梁に括りつけ、患者を吊り下げる。その時、両足は4インチほど離しておく。次に革製の帯を梁に括りつけ、それを膝の上まで伸ばしてここを縛る。患側の脚は他方の脚より2インチ長くなるように伸ばしておく。患者の頭は地面からおよそ2キュービット(約90Cm)上になるようにする。両腕は体側に伸ばし、柔らかいもので身体に括りつける。患者を仰臥位させてこれらの準備を行なうと、吊り下げる作業が短時間ですむ。

患者を吊り下げたら、適切な訓練を受けた力の強い助手が、片腕を患者の両大腿の間に差し入れる。すなわち、前腕を会陰と脱臼した大腿骨頭の間におく。そしてその手を左右の大腿の間から通して他方の手と組んで吊り下げられた患者の横に並んで立つ。そうしておいて、できるだけ垂直に、宙に浮くようにぶら下がる。

この方法には、自然の摂理が全て含まれている。すなわち、身体を吊り下げることで体重によって身体が伸ばされるし、患者にぶら下がった助手は、身体を牽引することで大腿骨頭を寛骨臼の上にまで相対的に引き上げる。それと同時に前腕の骨を梃子にして、大腿骨を元の位置にすべり込ませる。帯は適切なものを用意するべきで、また患者を吊り下げる際には、充分な強さで固定するように気をつけること。

71.
ところで、以前に述べたように、人体構造には、脱臼の起きやすさに関しても、お互いに大きな差異がある。この原因についても、肩を取り扱った部分で以前に述べている(前田注;第8節参照)。

時には、大腿骨は何の準備もなしに、少し牽引して両手で押し、わずかに動かすだけで整復される。またある時には下肢を関節の所で屈曲し回転させることで整復される。しかし、ほとんどの例がどんな普通の装置を用いても成功しないので、医師は、それぞれの症例に用いる最強の方法に精通しておき、あらゆる状況下で最も適切と判断される方法を用いるべきである。

牽引のやり方はこの論考の前の方ですでに述べているので(前田注;第47節参照)、今現在何が起きても、諸君はそれを使えるだろう。そこで、牽引と対抗牽引を下肢と身体の方向に用いる。この操作が適切に効果を挙げると大機骨頭は元の位置に戻る。そしてこのように骨頭が上がると、その位置から外れるのを防ぐのは容易ではない。従って梃子を用いた通常の力を用いて調整すれば何の問題もない。しかし、時には牽引が不十分なことがあり、この時には整復は大変な問題となる。その時には足と膝上を帯で括り、牽引の力が股関節よりも膝の関節にかかり過ぎないようにするべきである。

足の方向への牽引操作は以上のように行なう。しかし、対抗する牽引操作は、胸と腋下に何かを巻きつけて行なうだけでなく、長く、二重にした、しなやかな革紐を会陰にもってゆき、それを背部の脊柱に沿って引き上げ、鎖骨から身体の前面にまわす。そしてそれを対抗牽引を加える部分に括りつける。そして、以上の方法を用いて、会陰に当てた革紐が大腿骨頭に当たるのではなく、これと会陰の間を通るようにする。また、牽引操作を行なっている間に、大腿骨頭を拳で叩いてこれを外側に動かす。患者が牽引操作によって引き上げられた時、手を(大腿の間に?)通し、他方の手と握る。そして同時に牽引を加え、脱臼した下肢を外側に押す。一方で別の助手は膝を穏やかに内方に押す。

72.
以前に述べているが(前田注;「骨折について」第13節参照)、人口の多い国で開業する医師は、縦がおよそ6キュービット(約270Cm)かそれより少し長く、幅がおよそ2キュービット(約90Cm)の四角い板を用意しておくことが大切である。厚さは1スパン(前田注;約23Cm;Withington訳による)あれば充分である。この板の端から端まで溝を掘る。これは、梃子の作用が必要以上に上に及ばないようにするためである。次に両側にはしっかり固定した車軸つきの短い支柱を取りつける。板の中央部には、およそ4インチ間隔で、5~6本の長い溝を掘るのだが、3インチの間隔があれば充分で、深さもそれ位でよい。溝の数は私が述べた通りで充分だが、板の全長にわたって掘ることには、何の不都合もない。板の中央部には一辺3インチの、正方形のかなり深い穴を開ける。必要に応じて、この穴に上部を丸めた棒を差し込む。これは必要な時に、会陰と大腿骨頭の間に当てるためのものである。突き立てた棒は、足を下方に引っ張った時に身体が下がるのを防ぎ、時には上方へ対抗する牽引の作用もする。また時には、牽引と対抗牽引を行なっている時、左右へ動きやすいなら、この木片が大腿骨頭を外方に押しやる梃子の作用をする。

板に数本の溝を掘ったのは、適合する一つの溝にこの木片をはめ込み、骨の関節頭の横で梃子としたり、あるいは梃子と共に内方、外方へうまく力がかかるように、牽引操作時に直接骨頭に力をかけるためである。

梃子は丸くても板状でも適当と思われるものでよい。関節に適合するのが、丸い方がよい時もあり、そうでない方がよい時もある。牽引操作時に梃子を用いる方法は、大腿の脱臼整復例のすべてに応用できる。今の例では、丸い梃子が適当である。しかし、外方脱臼の場合には平らな梃子が適している。このような器械と、このような力を用いれば、どんな関節の脱臼整復においても、決して失敗することはないと私は考えている。

73.
この関節に関しては他の整復法を思いつかれるかもしれない。大きな板におよそ1フィート(直径で?)の支柱を2本立てる。これは適当な高さで、中央部の両側に立てる。次に梯子の踏み板のような横木をこの支柱に差し込む。そしてこの2本の支柱の間に健側の下肢を通し、患側の下肢を横木の上に載せる。この横木は、脱臼した関節の高さとちょうど同じになるように合わせておく(調整するのは簡単である。梯子の踏み板は必要な高さより少し高くしておき、適当な衣類を数回折りたたみ、これを患者の下に敷けばよい)。

次に適当な幅と高さの板を下肢の間に差し入れる。これは足首から大腿骨頭を越える長さにする。そしてこれを適度な強さで下肢に縛りつける。その後、下肢をすり粉木状の棒(これは以前に述べた)を用いて牽引するか(前田注;第47、71節参照)、他の牽引法で引き伸ばす。脚に括りつけた木の板を用いて、踏み板の上に載せた脚を下に押し下げる。一方で、助手は股関節の上部を抑える。

このようにして牽引すると、大腿骨頭が寛骨臼の上部に移動し、梃子の力によって大腿骨頭が元の位置に戻る。この方法は強力で、適切かつ手際よく行なうなら、このような災害を矯正するのに充分以上の力を発揮する。以前に述べたように(前田注;第71参照)、ほとんどの症例においては、極度に弱い牽引操作によって、またもっと簡略な装置によっても整復ができている。

74.
骨頭が外方にずれたなら、すでに説明したように(前田注;第47、71節参照)、あるいは同様の方法で牽引と対抗牽引の操作を行なわねばならない。牽引操作では、梃子となる板を用いて骨を内側へ押しやる。この梃子は臀部またはここより少し上部に配置し、助手が患者を押さえ、その身体が曲がらないようにする。そして両手で臀部を押さえるか、同じような別の梃子を溝の一つにはめ込み、これを用いて押さえてよい。患者の身体の下には何かを敷いておくと安全である。脱臼した大腿を、膝の部分でやさしく外側から押しやる。

吊り下げ法は、この種の脱臼には適していないだろう。この場合、患者にぶら下がる人の腕が大腿骨頭を寛骨臼から引き離してしまうからである。その代わり、木の板を下肢の外側にあてて、これを梃子として用いてよい(前田注;第47節参照)。このやり方なら、この種の脱臼に適しているかもしれない。

さて、これ以上の説明が必要だろうか?牽引操作を手際よく適切に行ない、梃子を適切に用いたなら、どんな脱臼が起きようとも、このように整復されないことがあろうか?

75.
大腿の後方脱臼には、これまでに述べた牽引と対抗牽引の操作を行なうべきである。その時、板の上に衣類を数回折りたたんで敷くと、患者は柔らかいものの上に横臥できる。患者を腹臥位にさせて牽引操作を行なう。これを行なっている時、背中の瘤に用いたような板を用いて押し込む。この板は臀部か、股関節よりかなり下にあてる。この板をはめるために開けた穴は直接上に来るのではなく、足に向かって少し下方に傾斜させておく。

この整復法は、この種の脱臼に特に適合していると同時に、極めて強力である。しかしおそらく、板の代わりに人が(脱臼部に?)座ったり、両手で押し込んだり、足で押したりして、牽引操作の最中に、瞬間的に身体で押し込んでもよい。前に述べた整復法のどれ一つとして、この整復法の合理性に適うものはない。

76.
前方脱臼では同じ牽引操作を用いる。非常に屈強な腕力を有し、充分に訓練された助手が鼠径部に片手を重ね、他方の手でこれを支えておき、牽引と同時に脱臼部を下方に押し込むと同時に、これを膝の前面に向けて押す。この整復法はこの種の脱臼にもっとも適している。吊り下げ法もまた、それほど不合理とはいえない(前田注;第70節参照)。しかし、この場合には、ぶら下がる助手は充分に訓練を受け、その腕が関節に対して梃子の作用をしないようして、吊り下げた力が会陰の中央部と仙骨にかかるようにしなければならない。

77.
袋を用いる整復法もまた、この部位の脱臼に適していると云われている(前田注;第47節参照)。ある医師が無知ゆえに、これらは復位させるというよりむしろずらしてしまうことを知らずに、外方脱臼と内方脱臼を整復しようとしているのを、私は見たことがある。しかし、この方法を最初に考案した人は、内方脱臼のためにこれを用いるつもりであったのは明らかである。

そこで、その時に備えて、この袋の使い方を知っておくべきである。また他の多くの方法が、これよりもずっと強力であることも理解しておくべきである。

袋は膨らませずに両方の大腿の間で、できるだけ会陰に近く配置する。両方の大腿を合わせ、膝蓋骨に近い所から大腿中央部まで包帯で縛る。その後に真鍮の管を袋の端の口に差し入れて空気を入れる。患者は患側の下肢が上になるように横臥する。以上で準備は完了である。

しかし、前に述べたように、事態を悪化させた医師もいる。それは、両方の大腿を一緒に括ることを全くせず、膝だけを縛り、牽引操作を行なうべきであるのに、それも行なわなかったからである。それでも、幸運にも都合の良い症例に出くわし、整復に成功した人もいる。

これは、力をかけるのには都合の悪い方法で、というのも、袋を膨らませると、最も膨らんだ部分が、特に外方に押しやるべき大腿の関節端から外れてしまい、その中央部がおそらく大腿の中央部かその下方に当たるからである。大腿は自然に彎曲していて、その上部で肉づきがよく、下がるに従って細くなっているので、このような自然の形状によって、最も適切とされる位置から袋が押しやられるのである。小さい袋を用いると、その力も小さいので、関節の骨の抵抗に打ち勝つことが不可能である。そこで、袋を使わねばならない時には、両方の大腿をかなりの範囲で縛り、身体を牽引するのと同時に膨らませるべきである。この種の整復法では、両脚を合わせておき、その先端を括っておくべきである。

78.
医術全般において医師の第一の目的は、病気の人を治すことである。これを完遂するのに種々の方法があるなら、最も面倒の少ない方法を選択するべきである。このことが、善良な者、医術に熟練した者、金銭に媚びない者に相応しいからである。

今の話題に関していえば、次の方法が、家庭でできる牽引法である。従って、簡単に手近にある物から選べる。まず最初に、縛るための柔らかくてしなやかな紐が手近にない時には、鉄の鎖、綱、船用の大綱を用意し、これを帯の代わりにして、襟巻き、羊毛のぼろ切れを特に身体に当たる部位に巻きつける。

次に、患者は手近にある強固で長いベンチに横たわる。(患者の?)頭部または足部にあるベンチの脚を敷居に固定する。これは、その内側でも外側でも都合のよい方に固定する。次に方形の板を両足に交叉させるようにわたす。この板が薄いなら、ベンチの脚に括りつける。厚いならその必要はない。患者を縛った頭部と足部の綱の端は、すり粉木またはそれに近い木の棒に括りつけ、両端が緩まないようにする。縛る綱は、身体と一直線に走らせるか、それより少し上に挙げる。そして平衡を保ちながら、この綱をすり粉木にまで延ばす。このようにすると、すり粉木を立てた時、一つは敷居にしっかり固定され、もう一本は横木に固定される。

牽引操作は、すり粉木の端を後ろに倒して行なう。梯子は強固な踏み板がついているので、これをべんちの下に入れれば、敷居と横に用いる板(ベンチの足方に?)の役目を果たすだろう。すり粉木を梯子の端の踏み板に固定して後ろに引けば、縛った綱を牽引できる。

内方または前方の脱臼は、次の方法で整復する。梯子を地中に固定し患者をその上に座らせる。患側の脚をやさしく伸ばしてそれをどこでも都合の良いところに括りつける。次に、陶製容器に水を注ぐか、大きな籠に石を入れ、これを患側の下肢に括りつけて吊り下げ、整復を行なう。

別の整復法:適当な高さの柱の間に横木を取りつけ、横木の一方の端は臀部の大きさに合わせて突き出るようにする。ベッド・カバーを患者の胸部に巻きつけ、突き出た横木の上にこの人を座らせる。その後、患者の胸部を幅の広い紐で柱に括りつける。そして患者が落ちないように、助手が患者の健側の脚を支える。それから、前に述べたように、患側の下肢に適当な錘(おもり)を吊り下げる。

79.
次のことは特に理解しておくべきである。ほとんどの骨の連結は、頭部と窩(臼)で構成されている。それらの内のあるものは、その位置(窩?)は寛骨臼および楕円窩となっていて、またある場合には、肩関節の関節陥凹(浅い?)になっている。

すべての脱臼は整復するべきだが、できることならすぐに、まだ温かいうちに行なうか、それができないなら、できるだけ素速く行なうべきである。そうすれば、整復は術者にとって非常に簡単で瞬間的な操作となるから。また、腫れが始まる前に整復すれば、患者にとっても痛みがずっと小さくてすむから。

しかし、全ての関節を整復する時には、まず穏やかにやさしく揺するようにすれば、整復がやりやすい。関節整復の全ての例では、患者は食餌を制限するべきで、特に大きな関節であるほど、また整復の難しい例では、より制限を強くするべきである。一方、小さな関節で整復が簡単な例では制限は緩くてよい。

80.
指の関節が脱臼したなら、第1、第2、第3のどれであろうとも同じ整復法を用いる。ただし、最も大きい関節が最も整復するのが難しい。はずれる方向には4通りある。すなわち上方、下方、左右である。最も一般的なのが上方で、最も起こりにくいのが側方で、これは暴力的な動きによって起きる。その関節腔の両側には一種の隆起縁がある。脱臼が上方または下方である時、関節の横よりも滑らかな隆起縁があることによって、関節が脱臼しても、より簡単に整復される。

整復法は次の通りである。指の先端を細い帯またはそれに類するものを巻きつける。これは、指を掴んで牽引する時に滑らないようにするためである。巻きつけが済んだら、一人が手首の所で腕を掴み、もう一人が細帯で巻いた指をしっかり掴む。その後、それぞれの人が自分自身の方向にしっかり牽引する。それと同時に、飛び出ている骨を元の位置に押しやる。側方に脱臼したなら、同じ整復法を用いる。骨の先端が縁を越えていると考えられる時には、牽引するのと同時に骨を直接元の位置に押し込むべきである。その時、もう一人が指の反対側から慎重に対抗圧をかける。そうすれば、再び指がそちら側に滑り出さないだろう。

輪縄を患者の指に装着して用いる場合には、ヤシの若枝から作った輪縄が整復に適している。整復が終われば、できるだけ早く包帯で固定する。この包帯はとても薄いもので、ワックスを塗り、堅過ぎず、柔らか過ぎず、適度な堅さでなければならない。これが堅いと指からはがれ落ちるし、柔らかくて水気が多いと指の発熱がひどくなると溶けて消えてしまうからである。3日目または4日目には包帯を取り替えるべきである。しかし一般的には、炎症が起きればもっと頻繁に取り替えねばならない。そうでなければ、もっと間隔を開ける。これは全ての関節に当てはまる。指の関節は14日で回復する。手の指も足の指も治療法は同じである。

81.
関節の整復が全て終われば、7日目までは厳しい食事制限と節制に努めるべきである。炎症があるなら、包帯をより頻繁に取り替え、炎症がなければ取り替えの間隔をさらに開けてよい。痛みのある関節は常に安静にし、できるだけ心地よい状態にしておく。

82.
膝の傷害は肘の障害よりも軽い。というのはこの関節は簡単で、理論通りで、すっきりした構造を持っているからである。そのために、脱臼しやすく整復もしやすい。この関節は内方に脱臼することが最も多いが、外方、後方へも脱臼する。整復法は次の通りである。

膝を曲げておくか、蹴り上げる(calcitration?)ように急激に動かすか、帯を丸めて膝窩に固定し、素早くしゃがんで曲げた膝に体重をかけさせる。

後方脱臼は、肘の場合と同様に、緩やかな牽引によって整復できる。左右どちらかの側への脱臼に対しては、屈曲か蹴り上げる(calcitration?)ように急激に動かすか、または緩やかな牽引によって行なう。

調整は、全ての例で同じである。後方脱臼を整復しないでいると、患者は膝を曲げられなくなる。また強く伸展することもできなくなる。これは他の種類の脱臼でも同じである。大腿と下腿は前面が衰弱する。しかし内方脱臼の場合にはX脚となって脚の外側が衰弱する。外方脱臼の場合にはO脚となるが、衰弱の程度は小さい。これは骨の太い方(前田注;脛骨?)に身体が支えられるからで(前田注;「骨折について」第18節参照)、内側が衰弱する。これらの傷害が先天的または成長期に起きると、彼らは以前に述べた通りの経過をたどる(前田注;「骨折について」第37節参照)。

83.
足関節の脱臼には、強力な牽引操作が必要である。これには両手を用いるか、これと同様な方法を用いる。そして調整は全ての症例と同じで、同時に両側から行なう(前田注;第87節、「骨折について」第13節参照)。

84.
足の脱臼は手の脱臼と同じようにして整復する(前田注;「骨折について」第9節参照)。

85.
下腿に連結している骨が先天的または成長期に脱臼した時には、手の場合と同じ経過をたどる(前田注;「骨折について」第10節参照)。

86.
高所から飛んで踵をついて、骨が分離(離開)し、静脈の皮下出血、靱帯(nerve)の挫傷を起こした時、これらの徴候がよほどひどい時には、壊死の危険性が高く(前田注;「骨折について」第11節参照)、一生苦しむことになるだろう。というのも、骨はお互いにすべり合うように創られていて、神経は共に交通しているからである。

実際の所、骨折した時のように、下腿または大腿の損傷によって、またはこれらに連結している神経(靱帯?)の麻痺によって、あるいは寝ている時の不注意によって、踵が黒ずんでくると、非常に深刻な事態に陥る。時には、壊死に加えて、吃逆(しゃっくり)を伴う急性の発熱、意識混濁を併発し、大きな血管に紫斑ができて壊疽を起こし、急死する。

症状悪化の徴候は、患部とその周囲の皮下出血と黒ずみが幾分か堅く赤なることである。そして紫斑を伴う硬結ができると、壊疽の恐れがある。しかし、患部の紫斑が軽い時、あるいはたとえ強くても、腫れが引いて緑色になり、柔らかくなれば、これらの症例においては全て好ましい徴候である。治療は、発熱していなければ、ヘレボレ(hellebore;前田注;クリスマスローズ;キンポウゲ科)を用いる。熱があるなら、必要に応じてオキシグリキ(oxyglyky;前田注;蜂の巣と酢を煎じたもの)を飲ませる(前田注;「骨折について」第11節参照)。

包帯は、他の関節と同様に行なう。足全体に巻き、特に挫傷部には通常より柔らかいものを多く使用し、強く締めつけないようにするべきである。そして踵に最も多く巻く。患者の姿勢は包帯を巻く時と同じで、踵に体液が留まらないようにするべきである。副木は使用しない。

87.
足が単独で、あるいは骨端と共に脱臼すると、ほとんどが内方にずれる(前田注;「骨折について」第13節参照)。これを整復しないでいると、やがては臀部、大腿、下腿の、脱臼した方向の反対側が萎縮する。

整復は手首の場合と同じであるが、牽引を非常に強力に行なわねばならない。治療は関節のための一般的な方法を用いる。症状は増悪するが、患部を安静にしていれば、手首の場合ほどの頻度では増悪しない。安静中には食事制限を厳格に行なう。これが先天的か成長期に起きたものなら、以前に述べた経過をたどる。

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