side−B −限界8− 豪 高校3年5月〜


 翌朝、豪が目覚めて大声を上げそうになった時、先に目を覚ましていた和紀は豪の口を手で塞いで笑った。
「おはよう。毎朝大声を上げていたら、他の人が何事かと思っちゃうよ。それでなくても1日中ずっと一緒に居るんだからね。変な誤解をされちゃうかもしれないよ」
 口から手を離されて落ち着いた豪が、意味が解らないと首を傾げる。
「おはよう。変な誤解って何だ?」
「こういうコト」
 顎に手を掛けられ頬にキスされた豪は、今までで1番大きな悲鳴に近い叫び声を上げた。

「冗談だってば。冗談」
「お前の行き過ぎた冗談は笑えない」
 怒った豪に殴られて頬を腫らした和紀と、怒りで頬を赤く染めた豪は、今日はソファーで向かい合わせで一緒に朝食を摂っている。
 昨夜はほとんど食べられなかった分、今朝の豪は食欲旺盛だった。胃がショックから立ち直って回復している証拠である。
 和紀が自分の朝食を見つめ、手を付けていないスクランブルエッグを選んで豪に渡した。
「昨夜はほとんど食べていないからそれだけじゃ足りないよね」
 豪は皿を手にして、一度視線を落とすと和紀の顔を見つめた。
「これを俺が食べても良いのか?」
「それなら胃に負担が少ないから食べても大丈夫だよ」
 笑って答える和紀に豪は頭を振る。
「そうじゃ無くて、和紀が腹が減るんじゃないかって聞いているんだ」
 視線を外して「大食らいはお互い様だからな」と豪が小声で呟く。
「僕は昨夜しっかり食べたし、キッチンに有る物や差し入れを適当に食べるから良いよ。それより、胃が少しでも重いと感じたら無理せずに残すんだよ」
「分かった。ありがとう」
 豪は顔を背けたままフォークでスクランブルエッグを全て平らげた。

(うーん、今朝のはちょっと失敗だったな。好きな女の子を相手にしているんじゃ無いってうっかり忘れてたよ)
(いくら性格が可愛くても、豪は男で変に潔癖性なところが有るから難しいね)
 などど、豪が聞いたらテーブルをひっくり返しそうな事を考えつつ、和紀は次の作戦を練り始めた。
 これまでもできるだけ近く良い友人として振る舞って来たが、今のままでは決して豪は意識が有る間は自分にも素直に甘えられない。
 それでは豪を守りきれないと、和紀はある方法を試みる事にした。
 身体をほぐす為の朝の入浴は赤ちゃん用スポンジを使うという条件で、背中以外はリハビリを兼ねて豪が自分で洗った。
 指先の加減が上手くできず、何度もスポンジを落としたが、和紀は黙って豪のやりたいようにさせた。
 身体を拭きパジャマを着るのも、豪が手が回らない範囲以外はどれほどやり直して時間が掛かっても全て豪自身に任せた。
 1人でやれる事が増えている事、思っていたよりいつの間にか体力が回復してきている事が実感できて、豪は少しだけ自分に自信を持てるようになっていった。
 わずかな時間の間に豪の表情に生気が戻るをの見ながら、和紀は豪に色々な事をやらせた。

 豪がベッドの上でファイルに目を通しながらストレッチをしていると飛島から連絡が入った。
「……分かりました。いいえ、大丈夫です。ではお待ちしています」
 和紀の極端に緊張した声を不審に思った豪が、受話器を置いた和紀の顔を覗き込む。
「今、会長夫妻が本邸に戻ってきているって。身支度を整えたら君に会いにここへ来るそうだよ」
 千寿子達の両親が来ると聞いて、豪の顔にも緊張が走る。

 千寿子の様態はどうなったのか? ずっと側についていた両親がなぜ今になって自分に会いに来るのか?
 不安が豪の胸を駆けめぐり、目眩を起こしそうになる。
 豪が一気に冷や汗を流すと和紀がタオルを頭に放って洗面所を指差した。
「冷たい水で顔を洗っておいでよ。ストレッチで汗をかいてるよね。服装はともかく最低限の身支度はしないとね。髪もといた方が良いよ」
 自分が汗をかいた理由など勘の良い和紀ならすぐに気付いただろうに、和紀はそれを軽く受け流す。
 豪は安心して洗面所に向かった。

 豪と和紀がソファーに腰掛けて待っていると、飛島に先導されて可奈女と譲が入ってきた。
 豪が立ち上がろうとすると、可奈女が「そのままで良いわ」と手を振った。
 豪はそのまま会釈をし、和紀は立ち上がって豪の背後に回り、可奈女達に深く頭を下げた。
 意を決して豪が可奈女達に頭を下げる。
「本当にすみませんでした。俺が馬鹿な事を言いだしたばかりに娘さんを酷い目に遭わせてしまいました。口で謝って済む問題では無いと承知しています。どんな罵倒や処罰も受けますし、殴られる事も、こちらや学校、家からも追い出される覚悟もできています」
 更に深く頭を下げる豪に可奈女は慌ててソファーに駈け寄った。
「そんな事を話す為に来たのでは無いし、思ってもいなかったわ。頭を上げて」
 可奈女と譲は豪の正面に座ると、豪が手にしているファイルに目を止めた。
 視線に気付いた豪がファイルを開いた。
「パターンXXの項目は先程読みました。千寿子……さんが最悪の状態を想定して、俺を守る為にあらゆる手段を講じてくれたのだとよく解りました」
「千寿子で良いわ。あなたにそう呼ばれる事をあの子はとても喜んでいたから」
「私達親以外からはずっと「様」や「さん」付けで呼ばれ続けてきたから、娘も君から普通に接して貰える事が嬉しいんだろう」
 可奈女と譲から優しく声を掛けられ、豪はどうして良いのか判らなくなった。
 大事な娘を未だに意識を取り戻せないような酷い目に遭わせた自分に対して、どうしてこれほど真摯に接する事ができるのか。
 豪が途方に暮れていると和紀が豪の肩に手を乗せた。
 温もりに気付いて振り返ると和紀はまだ自分の後ろに立っていて、黙って優しく微笑んでいるのが見えた。
 お互いにテレパシーは使えないが、顔を見れば言葉が要らないほど和紀は豪を知っているし、豪も和紀が後ろで見守っていてくれる事で緊張がほぐれていく。
 豪は1度笑って頷くと、顔を正面に戻す。

(これがあの和紀なの?)
 と、可奈女は思わずにいられなかった。
 譲の従兄弟の1人息子で、幼少期からすでに超能力を使いこなし、天才的頭脳を持っている。
 仕事面でも人間性でも評価が高く、今すぐに社会に出てAMANO技術開発部門か基礎研究部門で働いて欲しいと周囲から熱望されている。
 初対面の時から千寿子や愛、気難しい智にも臆面無く接し、いつも冗談や笑顔を絶やさないので、他の親族達よりずっと子供達から好かれているのは知っていた。
 千寿子が自分の死を覚悟をした時に、愛する人を託す事を選んだ少年。
 テレパシーを使うまでも無く、顔を戻した時の豪の表情を見れば、どれほど和紀を信頼しているのか自然と解ってしまう。
 以前会った時よりはるかに精神的に逞しくなった和紀は豪の後ろに立ち、今も豪を守り続けている。
 和紀が常に側に居るから豪がここまで立ち直れたのだと、千寿子の判断は正しかったのだと可奈女は納得した。
 これほど豪が回復したのなら希望が持てるかもしれないと譲に視線を送った。
 同じ事を思ったのか、譲も可奈女の顔を見て頷いた。

「あなたにお願いが有って来たのよ」
 単刀直入に可奈女は切り出した。
「千寿子は未だに意識を取り戻さないわ。『大地の御子』様……いいえ、そう呼ぶなと言われていたのだったわ。生君があなたの声が千寿子に届けば千寿子は絶対目を覚ますと言っているの」
「生が?」
 豪が問い掛けると可奈女は1度頷いて肩を落とした。
「これまでずっと護人様方、生君、愛、わたし達も千寿子に呼びかけてきたわ。心の傷そのものは癒されているはずなのに、あの子は夢も見ないもっと深い世界から帰って来ないの」
 豪が首を傾げようとすると後ろから小さく声を掛けられた。
「人は夢を見るレム睡眠と熟睡のノンレム睡眠をくり返す事は知ってるね。千寿子さんは心の傷は治ったけど、ノンレム睡眠より深い深層意識の奥に心があると言う意味だよ」
 和紀の的確な説明に譲は感謝した。
 前宮司の巫女である可奈女の言葉は、心や超能力に関する話をする時に曖昧で一般人には正確に伝わりにくい部分が有る。
 その為にも自分がいつも可奈女の側を離れないのだが、今は出番が無さそうである。
「あの子はそんな状態でもあなたから貰った髪飾りを手から放そうとしないの。よほどあなたにあれを貰って嬉しかったのね。1度、わたし達に見せた後は時々眺めるだけで、箱に入れて大事にしまっていたのよ。傷1つ付けるのも嫌だと言って」
 豪があんな物をと目を見張ると、可奈女は頭を振って話し続けた。
「あの子にはそれほど大事な物なの。見返りを一切求められず、好意だけで誰かからプレゼントを貰えるなんて、あの子にとっては本当に少ない事なのよ。それを使えばあなたの声が千寿子に届け易くなると生君が言っていたわ」
 千寿子からきつく口止めをされている為、千寿子の豪への想いは伏せられる。
 友人達から言われたからとは言え、いつも気を張って頑張っている千寿子の喜ぶ顔が見たいと思ったのは豪の本心だ。
 しかし、それ以上の何物でも無く、可奈女にそう言われても自分が特別に千寿子に何ができるのか判らない。
「あれはお歳暮兼クリスマスプレゼントのつもりが時期がずれてお年玉になってしまっただけの物です。俺も意識を取り戻してからはずっとここから千寿子に話し掛け続けているんです。俺はどうしたら良いんですか?」
 可奈女と譲は噂以上の豪の鈍さに同時に大きな溜息を吐いた。
 和紀は豪の相変わらずの天然ぶりに、絶対ここで笑っちゃいけないと下を向いて震える手を押さえて必死で笑いを堪えている。
「あなたの声を譲さんが練り上げ、わたしが生君に届けるの。それを千寿子にリンクしている愛が受け取る事になっているの」
「はい?」
 可奈女の解りづらい説明に豪が目を丸くするので譲が簡単に説明を加えた。
「私は人の超能力を増幅させる超能力が有る。それを可奈女がテレパシーで送るんだよ」
「はい?」
 再び間抜けな声を上げる豪に和紀が「解りやすく言うとね」と耳元で囁いた。
「君がここで千寿子さんに呼び掛けると譲さんがその声を大きくしてくれて、それを更に会長がテレパシーで向こうで待っている生と愛に送ってくれるって」
「あ、そう言う意味だったのか。超能力の増幅って言うから解らなかった。要するに大声か」
 漸く理解できたと手鼓を打つ豪を見て、可奈女と譲はそれは少し違うと思いつつ、本当にこれがあの天才の正規とあの恵の息子かと頭を抱えた。
 「パワー馬鹿」と事前に正規と智から聞いてはいたのだが、ここまで鈍いとは思わなかったのだ。
 絶大なパワーを持ちながら超能力について全く無知な上に、寄せられる好意にも鈍感過ぎる男に惚れ込んでいる娘を両親は心から哀れに思った。

 簡単に打ち合わせをして豪は精神を集中する。
 豪の手を譲が握り、譲の反対側の手は可奈女と繋がれている。
 和紀は身を引いて、一心に豪の声が千寿子に届く事を願っていた。
「やります」
 一言、強い調子で言って豪は息を大きく吸う。

「千寿子! 俺の声が聞こえるなら頼むから目を覚ましてくれ!!」

 そこに居る全員の鼓膜が破れ、ガラスが割れるのではないかと思うほど大きな声で豪は叫ぶ。
 和紀の目には豪の身体が青く輝いているのが視えた。
 豪自身もできるだけ大きな声を出そうと超能力を使ったのだ。
 豪の強い想いと超能力のこもった声を譲が受けて、更にパワーを送り込んでいく。
 譲が可奈女の手を強く握ると、可奈女は即座に生の元へ豪の叫びを届けた。
 空気が震え、一瞬部屋が揺れた。
 それほど強い豪の叫びは、森を通して生の待つ護人の庵に送られた。

 静まりかえった部屋の中で、豪は久しぶりに超能力を使い、肩で息をしている。
 豪が今にも倒れそうだと気付いた和紀は、すぐにソファーからベッドに移動させた。
 しばらくして可奈女が譲の肩に頭を預けると声を上げて泣き出した。
「駄目だったわ」
「そんな!?」
 譲と和紀が同時に声を上げる。
 この方法しか無いと信じて豪の回復を待ちここに来た。これが失敗に終わったという事はもう千寿子を呼び覚ます術が無い。
 絶望に心が閉ざされようとした時、力強い声が響いた。
「諦めるのはまだ早い!」
 可奈女と譲が顔を上げると、豪がベッドから立ち上がって真っ直ぐに自分達を見つめていた。
「諦めるのはまだ早い」
 豪はもう1度同じ事を言った。
「俺は諦めてなんかいない。俺はまだ1度も直接千寿子に話しかけていないんだ。いつも誰かに助けて貰って間接的に声を届けていた。それで今まで失敗し続けていたのなら、俺が直接千寿子に呼びかければ良い。やってもみないで簡単に諦めるなんて我慢できるか!」
 単純にして明快。強い意志が豪の身を包み、全身が目映いほど光り輝いていた。
 決して諦めない不屈の心。誰もが惹かれずにいられないどこまでも強く温かい命の輝き。
 超能力では無い豪自身の本当の力。

 可奈女と譲はこれが豪の真実の姿なのだと知った。
 娘が、息子が、御子が、周囲の者達が惹かれる優しい光。
 なぜ無理を承知で子供達や皆が命を掛けても豪の意見を通したのか漸く理解できた。
 この素直で優しい心に誰が逆らえようか。
 挫けかけた心に再び希望の光が灯る。
 可奈女と譲はこの豪が言うのなら本当に千寿子は目覚める事ができると思った。
 頭を下げて「準備を整えて、明日また来る」と言って可奈女達は部屋を出て行った。
 豪は2人を見送ると全身の力が抜けてその場に崩れ落ちる。
 窓際に居た和紀がテレポートして受け止め無ければ、サイドテーブルに頭をぶつけてまた怪我をしていただろう。
 豪が和紀の腕の中で息をついて「ありがとう」と礼を言ったが、和紀は黙って豪をベッドにテレポートさせると、慌てて洗面所に走って行った。
 和紀が蛇口から直接水を頭から被っているのを、ベッドの上から柱越しに見た豪は、何をやっているのだろうと、力が抜けきってぼんやりした頭で思っていた。

 一方、和紀は全く余裕の無い状態だった。
 過去に1度、豪の強い魅了の力に掴まってから何年も経っている。
 豪は完全に忘れているが、年に1度の創立パーティーで偶然和紀は豪と話をする機会が有り、それ以来ずっと掴まり続けている。
 極力隠しているが、和紀も皆の事を笑ったり責めたりできる立場では無いのだ。
 和紀は常に豪の力を意識しないように全てを冗談でくるみ、なまじ色々特異な超能力を持っている為、暴走しないようにあれでも自制している状態だ。
 千寿子の命令で一緒に暮らす事になり、一緒に仕事をして、能力柄いつも豪とペアにされて嬉しい半分、正直困っていた。
 しかも、今は千寿子に必死な想いの手紙を渡されて、必ず守ると誓って24時間側に居る。
 絶対に自分は豪に引きずられる訳にはいかないと、細心の注意をしていたにも係わらず、不意打ちの無意識馬鹿力魅了攻撃を受けた。
(豪の事はとても好きだけど、僕はホモじゃ無いんだからマジで勘弁して)
(僕より小さくて素直で可愛いタイプの女の子が好きなのに、普通の人生を歩けなくなったら一生恨むからね)
 誰をとは心の中でもあえて言わず、和紀は水を止めると乱暴にタオルで頭を拭いた。
 以前、豪に言った「何が悲しくてごつい男」というのは和紀の心底からの思いだった。
 豪から「どうしたんだ?」と聞かれて「緊張で頭に血が上ったんだよ」と笑って誤魔化した。

 その晩、ベッドに入ってから豪が和紀にポツリと問い掛けた。
「あの時は必死で大見得を切ってしまったが、生達でも無理だったのに俺が本当に千寿子を呼び戻せるんだろうか?」
 和紀が向き直って豪の顔を見つめ返す。
「生が豪ならできると言ったんだよ。君は生を信じられないの?」
「まさか!?」
 豪がそんな事は全く思っていなかったと上体を起こす。
「生を疑った事なんて今まで1度も無い。生が俺に正体を隠したがったのだって、俺が本家を敬遠し続けている事を生が1番良く知っているからだと思う」
「えっ? あれってそんな単純な理由だったの?」
 和紀も驚いて身体を起こした。
 豪は「ああ」と素直に頷いた。
「俺は生がほんのガキの頃から年に1度のパーティーが嫌で、本家は面倒くさくて堅苦しくて嫌いだ、嫌だと散々言ってきたからな。生にしてみれば俺に「実は自分には千寿子と同等の超能力が有る」なんて言えるはずが無い」
 判り易すぎてなんて単純な兄弟だろうと和紀は呆れ、同時に寂しいという気持ちになった。
「今でも豪は本家が嫌い? こうして色々世話になっているし、智や僕も本家寄りの人間だよ」
 うーんと豪は頭を掻いて言い辛そうに言った。
「ここで働いてる人達は皆良い人達ばかりだし、お前や智を見てれば親族って人達も超能力を持っているだけで普通の人だろうと思う。愛も初対面の印象が最悪だっただけで、一緒に住んでみると気の優しい奴だし今は大事な弟だ。千寿子は……。初めは言う事成す事、とんでも無い奴だと思ったが、いつも一生懸命でああいう奴は結構好きだな」
 女の子相手に「奴」呼ばわりと和紀はツッコミを入れたくなったが、「結構好き」という言葉を聞いて、初めの嫌がり方を思い出せば、少しは千寿子も報われたのかもしれないと思う事にした。
 千寿子本人がが聞いたら絶対怒るだろうとも思いつつ「だったら」と声を掛けた。
「豪は自分を信じなくちゃ駄目だよ。自分が本気で信じられない事をできる訳無いよね。僕は君を信じているよ」
「……」
 暗がりで豪の顔色までは判らないが、おそらく真っ赤になっているのだろうと思うと和紀は思わず噴き出した。
「笑うな。だからいつもお前は一言多いって言うんだ。聞いてるこっちが恥ずかしいだろう。よくも真顔でそんな恥ずかしい事が言えるな」
 照れ隠しとすぐに判る上擦った声にふふんと和紀は鼻で笑う。
「僕は正直なだけだっていつも言ってるよ。豪は本当に可愛いね」
「それだけは止めろと何度も言わせるな!」
 怒った豪が枕を和紀の顔をめがけて投げつけた。

 絶対投げ返されると思っていた枕を抱えて和紀が手を振る。
 豪が何だろうと首を傾げると和紀が自分の枕の横に豪の枕を置いた。
「おい」
 焦る豪に和紀が手を伸ばして豪の手を引いた。
「どうせ朝になったら僕に抱きついて寝てるんだから、寝る時から抱きつかれてた方がましだよ。腕は痛いし、しびれるし、夜中に張り付かれて起こされるのも嫌だよ。朝、君の叫び声で起こされるのはもっと嫌だな。正直言ってあれが1番迷惑」
 胸にぐさぐさと突き刺さるような事を言われて豪は後ずさろうとするが、和紀は豪の手を離さない。
 困った豪が上目遣いで和紀を睨む。
「この事は誰にも言わないか?」
「2人きりの時にここで有った事は全て誰にも言わないと誓うよ。僕だって命が惜しいからね」
 意味不明な部分が有るが、宣誓されて安心した豪はごろりと枕に頭を預けた。
 和紀が言わないと言ったらそれは絶対なのだと豪は知っている。
 和紀も豪の首の下に手を回して豪を引き寄せる。
 寝付きの良い豪が自分の胸に頭を預けて寝息を立て始めたのを確認して和紀は豪の顔を覗き込む。
 今夜は豪の目には涙が浮かんでいなかった。

(遅過ぎたかもしれないけど、これでやっと完了かな)

 和紀は今夜はぐっすり眠れそうだと思いながら眠りに付いた。



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