side−B −限界5− 豪 高校3年5月〜


 和紀の周囲に血溜まりができていく。
 生が必死で豪の元に駈け寄って、和紀から豪の身体を引き離そうとする。
「兄ちゃんを渡せ! すぐに治療しなくちゃ死んじゃうだろ! まだ息が有るんだ」
 生が手を伸ばしても、和紀は固まったまま豪の身体を離そうとしない。
 スカイブルーの瞳は何も映していないのか氷のように虚ろで、震える唇は意味不明な言葉を紡いでいた。
 生が渾身の力で和紀の身体を突き飛ばそうとするが、放心しているはずの和紀は石のように微動だにしない。
「離せ! 兄ちゃんを今すぐ離せ。馬鹿野郎!」
 切れかけた生が和紀を殴ろうとした時、その手を後ろから掴む手が有った。
 振り返った生の身体を引き寄せながら、愛が右手の人差し指と中指を立てて生の額を突いた。
「ごめん。生、今の君が感情のままに暴れたら豪が本当に死んでしまう」
 動かなくなった生の身体を抱きかかえたまま、愛は正規と智にきつい口調で告げた。
「パターンXXを認証する。指揮権を姉さんから僕が引き継ぐ。各自、仕様書に従って行動開始。今すぐに!」
 愛の言葉に弾かれたように、正規と智が動き出す。
 正規は予め連絡を入れておいたAMANO大学病院に電話を入れる。
 智は関係者全員にテンプレートを用意していたメールを一斉に送信する。
 愛は和紀に向き直ると鋭く額を突いた。
 精神が破壊されないギリギリのパワーで愛は和紀にテレパシーを送る。
『和紀、正気に返って! 豪を死なせたくないのなら僕の声に応えて!』
 それまで固まっていた和紀の顔にわずかに生気が戻る。
「豪は助かるの?」
愛は和紀の襟首を掴んで顔を上げさせた。
「君が豪を助けるんだ。この部屋に居る全員を今すぐAMANO大学病院地下研修用手術室前にテレポートさせて! 時間が無いんだ」
「豪を助ける」その言葉を聞いた和紀が、瞬時に部屋中をスキャンして超能力を発動させた。

 病院ではすでに手術の準備が整っており、5人の医師が突然現れた和紀達から豪の身体を引き取ると、ベッドに寝かせてすぐに手術室に入って行った。
 その部屋は本来は医学生達が手術や解剖を見学できるように隣室との壁がガラス張りで、スピーカーマイクを通して会話ができるようになっている。
 まだ呆けている和紀の手を引いて智が隣室に入ると、そこにはすでに恵が待っていた。
「お母さん!?」
 メールを送ったばかりだと狼狽える智に、恵は涙を流しながら微笑した。
「今日ほどわたしは自分の超能力を呪って、同時に感謝した事は無いわ」
 その一言で皆は恵がとっくに全てを見抜いていて、先回りしたのだと知った。
 正規は恵に駈け寄ると「すまない」と言って抱きしめた。

 医師達はハサミで豪の服を全て切り外し、惜しみなく生理食塩水を豪の全身に掛けて泥を洗い流した。
 酸素マスクと心電計を取り付け、X線放射装置を設置する。
「血圧60、33。心拍数45。微弱ですが自立呼吸しています。全身に裂傷。特に頭部が酷い。右眼球破裂。約4センチメートル大のガラス片が突き刺さっています。胸部、肋骨6本骨折。その内の2本が肺に突き刺さっています。左下腹部に……これは金属パイプですか? 完全に貫通しています。口から出血を確認。気道確保の為、チューブを入れて吸引を始めます。出血量から内臓破裂の可能性が高い。腕部、脚部に複雑骨折が多々見られます。しかし、四部骨折自体は今すぐ命に関わる物ではありません。撮影後、モニターを固定し放射を停止します」
 若い医師達からの報告を受けながら執刀医師がモニターを見つめる。
「酷いな。これで生きているのが不思議なくらいだ。指示により洗浄をしながら異物除去を始める。失血によるショック死を防止する為、生理食塩水の点滴を実施する」
「生食? これ程出血をしているのに輸血はしなくて良いんですか? このままでは患者は確実に死にます」
 別の医師からの抗議に、執刀医師は腹部へメスを入れながらきつい口調で言った。
「指示書を全部読んでいないのかね? 我々はこの患者の治療は行わない。あくまで最低限の生命維持と異物の除去と患部洗浄だけを行うんだ」
「では治療は誰が行うんですか?」
 ガラスを取り除きながら患部を洗浄していた医師が問い掛ける。
「彼らだ」
 視線を僅かに隣室へ向けて執刀医師が答えた。
 若い医師は驚いて隣室のガラス面に張り付いている少年達を見た。
「では、彼らがあの……」
「無駄口を叩く暇が有るのなら手を動かしたまえ。時間が経てば経つほど患者の生存率は下がるんだ」

 智は遅々として進まない手術に苛立っていた。
 無事に帰ると笑って約束した豪の変わり果てた姿を見て、自分の予知の甘さに怒り、壁を何度も殴りつけた。
 切れた手の甲から血が流れ出した時、恵に腕を掴まれた。
「智君、これ以上自分を傷つけないで。あなたの心がどれほど傷付いているのか、ここに居る誰もが解っているわ」
「お母さん」
 智がそうでもしなければ正気が保てないと言わんばかりに涙を流しながら恵にすがりつく。
 和紀も泣きながら床を何度も叩いていた。
 あの時、ほんの一瞬、自分が豪を見失ったばかりに豪が生死の境を彷徨っている。
 あれほど皆から強く頼まれていたのに、豪を守れるのは自分だけだったのに守りきれなかった。
 豪の血を全身に浴びたままの姿で自分を責める言葉を吐き続ける和紀を、正規が立ち上がらせて頬を打った。
 ショックから立ち直りきっていない和紀は呆然と正規を見つめる。
「和紀君は豪を連れて戻ってきてくれた。それだけで充分だ」
「でも、お父さん。僕は豪を守れなかった」
 正規がもう1度和紀の頬を打つ。
「ここに居る誰もが最大限の努力を払った。君が豪を守りきれなかったと言うのなら、私達がした事は何だったんだ? 君1人に責任を負わせるほど私は優しくないぞ。いい加減に自分だけを責めるのを止めなさい。問題はこれからなのだから」
「これから?」
 和紀が首を傾げると、正規は胸ポケットから1通の封筒を取り出して和紀に手渡した。

 スピーカーから医師の声が響く。
「心拍数、40を切りました。血圧もどんどん下がっています。このままでは心停止します」
「頭部のガラスは完全に取り除けました」
「全身の洗浄、終わっています」
「金属パイプも抜き取った。カケラ1つ残していない。傷口からの出血が酷い。もう保たないぞ」
 隣室に居た皆が緊張して固まり掛けた時、愛がマイクに向かって叫んだ。
「すぐに手術室から出てください! 交代します」
 医師達が急いで退室すると、生を抱えた愛が手術室に駆け込む。
 同時に生の額を突いて目覚めさせる。
 ビクリと全身を跳ね上がらせて飛び起きた生が豪に向かって走る。
 身体を動かせない状態でも、森の意志と愛からのテレパシーで全てを把握していた。
 生の全身が光り輝き、瞬く間に髪が膝まで伸びる。
 右手に榊の枝が現れると生はそれを豪の胸の上に乗せた。
 両手に目映いばかりの超能力をたたえて声高らかに唱える。

「『天の理』において。この者、未だ天命に有らず。またあの場に在らざる者なり。天はこれを認めず。この者を在るべき場の在るべき姿に戻す。この者、理を乱す事を天は許さず。生の悩みと苦しみの中で理を学ぶべし。我、これをもってこの者の罪を問わん」

 詠唱が終わると同時に生の手から光りが溢れ出て、榊を中心に豪の全身を包み込む。
 全員が息を飲んで見守る中、みるみる内に豪の傷が癒されていく。
 数分も経たない内に豪の傷は全て塞がった。

「あれが『大地の御子』、生の本当の姿なのね」
 ガラスに手を添えて呟く恵の肩を抱いて正規が頷いた。
 智と和紀が目の前で起こる奇跡に目を見張り、喜びに震えていた。
 生は深呼吸を数回繰り返すと、頬を流れ落ちる汗を拭う。
 豪の額に手を当てて優しく微笑んだ。
「兄ちゃんは一応命だけはとりとめた。出血が酷くて体力も消耗しきってるから当分は目、覚めないけど」
 スピーカーから聞こえてくる生の声に智と和紀が歓声を上げ、恵が正規の肩に顔を埋めて喜びの涙を流した。
『御子よ。急げ』
「だーっ。解ってるって。このくそったれ! こんな事態になるまで放ったらかしにしやがったくせに!」
 生は豪に1度視線を送ると背後に居た愛に手を伸ばした。
「愛兄ちゃん、手伝って。千寿姉ちゃんを助けなきゃ!」
 愛はすぐに意味が理解ができたのか、頷いて生の手をしっかり握り返す。
「『天と地の理』にもの申す。我、『大地の御子』の名において、約定を今果たさん!」
 生が叫んだ瞬間、手術室から2人の姿が消えた。

 生と愛が消えて隣室ではしばし全員が呆然としていたが、正規が「あっ」と声を上げて扉を開け、廊下に出ていた医師達に豪の様態を診てくれるように頼んだ。
 医師達はすぐに手術室に入って、今まで居たはずの2人の少年が居ない事に驚いたが、それ以上に全身に傷を負い、重体だった豪が無傷で手術台の上に横たわっているのに驚愕した。
 一斉に豪の全身を調べ始める。
「血圧、87、45。脈拍、56。正常範囲内数値に回復。口からの出血無し。吸引を停止します。酸素吸入開始。呼吸安定。レントゲンモニター一時作動させます。胸部、腕部、脚部共、骨部正常。各部撮影。モニター固定。放射停止。こんな事が有るんでしょうか?」
「眼球外傷無し。瞳孔光反応有り。視神経要検査。頭部外傷無し。脳波パターン安定要検査」
「左下腹部外傷無し。信じられん。傷跡1つ無い。内臓、要CT及び血液検査」
「外傷無し。要反応検査」
「これはとても17歳の少年の皮膚ではないな。まるで新生児のようだ。再生されたばかりの皮膚に近い。乱暴に扱うな」
 執刀医師がガラス越しに正規の顔を見る。
「現時点では異常は見つかりません。精密検査が必要ですがどうしますか?」
 正規は頷くとできるだけ冷静に答えた。
「できる範囲の検査をお願いします」
「分かりました」
 医師達は清潔な移動ベッドに豪の身体を乗せてシーツを掛けると、再検査の為手術室から運び出した。

 それを見送ると正規が全員に声を掛けた。
「パターンXXの規定により愛から私に指揮権を引き継ぐ。恵、豪にできる限り付き添ってくれ。智君は私と同行。後始末が山ほど有るぞ。和紀君はさっき渡した手紙を読んでから自分で決めて欲しい。以上」
 正規の声と共に恵は急いで医師達の後を追う。
 正規と智は走って階段に向かった。
 1人残された和紀は握りしめていた封筒に視線を落とし、急いで封を切った。
 中身を読むと手を震わせ、その場に崩れ落ちて泣いた。
 しばらくして和紀は何度も頭を振った後、豪の血で染まったパーカーを脱いでゴミ箱に放り、手紙を下に着ていたハーフパンツのポケットにねじ込んだ。
 瞳をスカイブルーに輝かせ、豪の姿を見つけると全速で駆け出した。

 検査用採血と全身のCTスキャンを終え、豪は最上階の特別病室に移された。
 身体は再生されたばかりの皮膚への負担を極力抑えた柔らかいガーゼの寝間着でくるまれた。
 脳波、心電図計、酸素吸入マスクは、様態が急変した場合を考えた医師達の判断で付けられたままだった。
 点滴を刺した腕はあまりにも白く、血液が足りていないという事が一目で見て取れる。
 恵はTシャツとハーフパンツ姿で追い掛けてきた和紀の目が真っ赤に腫れている事に気付いたが、何も聞かなかった。
 和紀の顔を見ればそれが何かを覚悟して決めた顔だとすぐに知れたからだった。
 恵と和紀はずっと豪に付き添い続けた。

 3日後、豪の様態は快方に向かい、数値も安定していた。
 その間に新聞、ラジオやテレビで8人もの犠牲を出した土砂災害は、トップニュースで伝えられた。
 当然、あの場に居なかった事になっている豪の事はニュースでは一切流れない。
 病院内でも豪の入院は一部を除き、一般職員にも完全に伏せられた。
 正規と智は日に1度、着替えと日用品の差し入れと豪の様子を見に現れて、臨時スタッフ達と共にあの事故の詳しい原因調査を続けている事と、学校には全員臨時休学届けを出して話を付けたと言った。
 消えた生と愛からは何の連絡も無い。
 医師達から豪は未だ意識を取り戻さないものの、数度に渡る検査の結果、かなり衰弱しているが身体は異常が無いと告げ、器機や点滴も外された。

 恵が医師団が去ると、安心したのか頭を抱えて椅子に崩れるように座った。この3日間、一睡もしていないのだから当然だ。
「お母さん。後は僕が看るから1度帰って休んで」
 和紀に言われ、恵が慌てて顔を上げる。
「和紀君こそ全く寝ていないでしょう。わたしは大丈夫よ。豪が目覚めるまで付き添うわ」
 愛する息子が生死の境を彷徨って未だに目覚めないというのに、なぜ母たる自分が休めようか。
 恵の強い意志を持った視線を受けて、和紀は微笑しながら頭を振る。
「このままじゃお母さんの方が倒れちゃうよ。お父さんや智の様子も気になるし、家の事をお願い。豪は僕に任せて。医師団が豪の身体はもう大丈夫だって言ってたよね。これ以上、ここに豪を入院させておくとどこから情報が漏れるか判らない。豪を移転させたいんだ」
 和紀の言う意味を正確に理解した恵が立ち上がる。
「それなら豪を家に連れて帰って」
「天野家の位置じゃ森との繋がりが薄いから駄目だよ。豪が今も森の意志に守られているのはお母さんにも判るよね」
 はっきりと告げる和紀に、恵は1度目を大きく見開くと手を震わせながら頭を下げた。
「豪をお願い」
「うん。嫌な役目を押し付ける事になって悪いけど、うるさい医者達を完全に黙らせてくれる? 絶対に怒らせちゃ駄目だよ」
 ふっと笑みを浮かべて恵が言い切る。
「誰にものを言ってるの。このわたしがそんなへまをすると思う?」
「ううん。本当は全然心配してないよ。じゃあ宜しくね」
 和紀は笑い返すと豪と共にテレポートした。

「マジで重いよ。この筋肉馬鹿」
 和紀は豪を抱えて本邸の豪の部屋テレポートすると、愚痴をこぼしながらベッドの中央に豪を寝かせた。
 春休みに何度か遠視をして解ってはいたが、「あの」天蓋付きベッドを見て思わず噴き出す。
 すぐに持ちなおすと執事の飛島に内線電話で連絡を入れた。
 大方の事情がすでに伝えられているのか、飛島は事後承諾にも拘わらず、和紀達の保護を快く承知してくれた。
 その際、飛島は千寿子達の両親の可奈女と譲が戻っていて、護人の庵に居る事を和紀に告げる。
 和紀は簡潔な飛島との会話の中で、今千寿子と生と愛がそこに居るのだと知った。

 和紀は椅子をベッドサイドに持ってくると、腰掛けてポケットに入れていた手紙を取り出し再び読み始めた。
 それは千寿子から和紀に宛てた手紙だった。

 和紀へ

 あなたがこの手紙を読んでいるという事は、わたしは誰とも連絡が取れない状況に陥っているのだと思います。
 わたし達は最大限努力して豪を守ろうと綿密な計画を立てました。
 超能力の限りを尽くしても、わたし達には災害現場での豪とあなたの姿を視る事がどうしてもできませんでした。
 そこでわたしは宮司の巫女として最後の決断をしました。
 『天の理』の外に居るあなた達を視る事はできなくても、わたしには天命を受ける被害者の方々の意識に同期する事ができます。
 わずかでもあなた達の姿を視る事ができるかもしれません。
 わたしはあなた達を送り出した後、それを実行します。
 天命の方々と同期したわたしは最悪の場合、戻れなくなるかもしれません。

 あなたに心からお願いします。
 豪から絶対に離れないで。
 ずっと側にいて豪を守って。
 何も知らない豪はとても傷付くでしょう。

 正直に告白すると、私は少しだけ和紀にやきもちを焼いているのよ。
 根っから長男気質な豪は、誰よりも近くて大事に想っている生にも絶対に泣き言を言わないわ。
 それなのに、和紀にはなぜか素直に甘えるのよね。

 誰よりも豪が心を開いているあなたにしか頼めないのです。
 決して豪を独りにしないでください。

 千寿子

 丁寧な字で書かれたこの手紙を書いている時、千寿子はどんな気持ちだったのか。
 和紀はそれを思うと涙せずにいられなかった。
 ベッドから深い吐息が聞こえて和紀が顔を上げると、うっすらと豪が目を開けた。

 ぼやけた視界が徐々に晴れ、豪は和紀が心配そうに自分の顔を覗き込んでいる姿が見えた。
 和紀の無事を知ってほっと息を吐く。
 あの土砂と濁流の中で激しい痛みで意識を手放した。
 あれから何が起こったのだろうと豪はぼんやり考えた。
 視線を動かすと何度か見た豪華な天蓋が見えて、自分が本邸のベッドに寝かされている事に気付いた。
「目はちゃんと見えてる? 痛む所はない?」
 和紀に問われて、土砂と共に目に何かが突き刺さったのを豪は思い出した。
 視線を戻して和紀の顔がはっきり見えている事を確認する。
 痛みと聞かれて、何も感じ無かったので小さく頭を振った。
「見えているし、どこも痛まない」
 かすれてほとんど音にならない声。刺すような喉の痛みを覚えて咳き込むと、和紀が「黙って。そのまま動かないで」と言って、続き部屋の簡易キッチンからコップにスポーツドリンクとストローを入れて豪の口元に運んだ。
 豪は少しだけ飲んで喉を潤すと、声が出るのを確認して、矢継ぎ早に和紀に質問を投げかけた。
「あれから何が有ったんだ? どうして俺はここに寝ているんだ? 他の皆はどうしたんだ?」
 和紀は豪の頭ははっきりしていると知り、サイドテーブルにコップを置いて微笑した。
「始めからゆっくり話すから落ち着いて聞いてね。君は2回目の土砂崩れで生き埋めになったんだ。これは覚えてる?」
 豪がはっきり「覚えている」と答えると和紀は話を続けた。
「僕が君をテレポートで呼び戻した時、君の身体はボロボロで重体だった。すぐに病院に運んで医師が洗浄をした後、完全に君を治してくれたのは生だよ。出血が酷かったからか君は3日間眠り続けたんだ」
「3日も? それで被災者の人達はどうなったんだ?」
 豪の真剣な目に和紀は視線を落とすと静かに告げた。
「8名全員死亡。仕方が無かったんだよ。僕は君を見つけるだけで精一杯だった」
 豪は目の前で土砂に埋もれていった子供の姿を思い出し、思わず上体を起こそうとした。
「ぃ……痛っ」
「いきなり動いちゃ駄目だよ。君の身体はまだ再生されて間も無いんだから」
 和紀が布団の上から豪に覆い被さり、全身で豪の身体を押さえつける。
 肩や腕を強く握りしめたら痣ができかねないほど豪の肌はまだ外部の刺激に弱い。
「だが、和紀」
「話はまだ終わっていない。じっとして黙って聞くの! それができないのならもう話さないよ」
 いつもと違って怖いとすら感じる和紀のきつい視線と雰囲気に、豪は戸惑いながら黙って頷く。
 和紀も頷くと豪の上から退いて椅子に座り直した。
「僕達の超能力がどこから来ているのか君は知らないんだよね。年末に千寿子さんの舞いを見たから覚えているだろうけど、大地からある血統に超能力が授けられた。それが天ノ宮家を筆頭とした天野一族。これは解るね?」
 豪がまた小さく頷くと和紀は話を続けた。
「でも、この超能力はある限定条件の中で使えるんだ。『天と地の理』というルールが課せられていて、これから外れると超能力が使えなくなるんだよ。つまり、理から逆らおうとしても超能力は発動しない。今回の仕事はまさにこれだったんだ。自然から貰った超能力は、自然の力には敵わないんだよ」
 豪が自分と和紀の超能力は使えたと目だけで訴えると和紀は苦笑した。
「豪の超能力は主に君の純粋な生命エネルギーから出ているね。だから君は大食いなんだよ。もちろん森から超能力を分けて貰っているのだけどね。僕も君と同じタイプなんだ。こういう事情で僕達は超能力が使えたんだよ。でも他の皆はそうじゃ無かった。超能力がほとんど使えないまま、何とか君の命を守る為に必死でデータを集めてくれて、僕達にチャンスをくれたんだよ」
 1度言葉を切って、豪の顔を見つめ直して和紀は告げた。
「でも『天の理』は僕達の行動を許さなかったんだ。あの惨状で君だけが助かったのは、君が本当ならあの場に居なかったという理由に過ぎないんだよ。生が今まで君には隠していた本来の姿と超能力を解放して君の命を救ったんだ」
「生の本来の姿と超能力?」
 豪の問い掛けに和紀は頷いた。
「天ノ宮の血を強く受け継ぎ、『宮司の巫女』と同等かそれ以上の超能力を持つ『大地の御子』、それが生の本当の姿なんだ。とは言え、男だから次世代を産む事はできないけどね。春休みにずっと出掛けていたのは正しく超能力が使えるように森の意志とリンクをする修行をしていたんだよ」
 次から次へと初めて聞かされる話に豪は困惑を隠せない。
「生は君だけには自分の本当の姿を知られたくないからって、僕達にはきつく口止めしてたんだよ。でも、その生も今はここに居ないからね」
「生が居ないってどういう事なんだ?」
 和紀は黙ってと言う代わりに豪の唇に人差し指をそっと乗せた。
「お母さんは3日間も徹夜で君に病院で付き添ってたから、君をここに連れてくる事で家に戻って貰ったんだ。お父さんと智は予知や事前に集めたデータから予想されたものより酷かった災害の原因を調べているよ」

生は? 愛は? 千寿子はどうしたんだ?
 瞳で必死に問い掛けてくる豪に和紀は一層悲しげな顔を見せた。
「千寿子さんはあの時、超能力の及ばない僕達を見守る為に被災者の人達と意識をリンクさせていた。あの災害で亡くなった人達全員とだよ。この意味解る?」
 和紀の問い掛けに豪は頭を振った。
「千寿子さんは8人分の致死レベルの痛みと苦痛の叫びを一身に受けて、心が傷付き過ぎて未だに意識を取り戻していないんだ。生と愛は千寿子さんの心を呼び戻す為に全力で治癒に当たっている」
「なっ……!」
「護人様方やご両親、生と愛の6人掛かりでも未だに呼び戻せないところをみると、もしかしたら千寿子さんは1度、身体と心を繋ぐ糸が切れたのかもしれない」
「まさか!」
 ベッドから起き上がろうとする豪を、和紀は再び全身で受け止める。
「離せ!」
「今、動いちゃ駄目だって何度も言わせないで!」
 豪の体力が極端に弱っている事が和紀には幸いし、難無く暴れる豪を押さえ込むと大声で怒鳴った。
「千寿子さんが誰にも知らせずに選んだ方法だったんだ! 皆も目の前で倒れる千寿子さんをどうする事もできなかったと聞いてる。君の命懸けの望みを叶える為に千寿子さんも命を掛けた。そういう事なんだよ。解った?」
 初めて本気の和紀に怒鳴られて、豪はもがきながら弱々しく呟いた。
「こんな……こんな結果を望んでたんじゃない。……命を掛けるのは俺だけで良かったんだ。俺は……」
「君1人に命を掛けさせる訳無いよ。皆、身体や精神が壊れるギリギリの所で頑張っていたんだよ。どうしてそれが判らないの?」
 はっきりと現実を突きつけられ、豪はぐるぐると回る自責の感情の渦の中で泣き叫びたい感情に囚われた。耐えれないと全身の力を抜いて目を閉じる。
「和紀、すまなかった。本当の事を教えてくれてありがとう。……悪いが俺をしばらくの間、1人にさせてくれないか?」
 そう言って豪は和紀から顔を背けた。
 しかし、和紀は両手で豪の頬を挟んで自分の方を向かせた。
「1人になって君はどうする気なの? 独りで悩んで、自分だけを責めて、独りで泣く気? そんな事は僕が許さない。君を絶対独りにしない!」
「和紀、頼む」
 三度、暴れ出した豪の肩を和紀は布団の上から抱いた。
「僕は君の側を離れない。泣きたかったら泣けばいい。君が自分1人だけを責めると言うなら、ルール違反だと知りながら君を止められず、救うべき時に救えずに君を重体にしてしまった僕はもっと罪が重いよ。泣くなら泣きなよ。僕だって泣きたいんだから」
 瞳に涙を浮かべて訴える和紀に、豪は辛いのは自分だけではないのだと思い知らされた。
 誰もが自分自身を責め続けている。
 豪は暴れるのを止め、今にも泣きそうな顔で和紀の顔を見上げた。
 和紀も力を抜いて豪を解放する。

 豪は離れようとした和紀の胸にしがみついて顔を埋めると、声を上げて泣き出した。



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