side−B −一瞬 1− 豪 高校2年12月


 和紀がベランダの手すりに頬づえを付いて十数度目かの溜息を漏らす。
 頭を冷やそうと外に出た時には東の地平に掛かっていたオリオン座が今は南天に移動している。
 ずいぶん長い間ここに立っていたのだと知り、和紀は苦笑した。
 ふわりと肩に温かい感触を感じて顔を上げると、豪が横に立っていた。視線を巡らせると背中にはフリースのジャケットが掛けられている。
「そんな格好でずっと外に居たら風邪を引くぞ」
 軽い口調でたしなめる豪に、和紀は視線を落としながら「ありがとう」と言った。
 和紀は12月も半ばだというのに、パジャマ姿でベランダに数時間は立っていたのだった。

 豪はいつまでも部屋に戻ろうとしない和紀に首を傾げて横に並ぶと、同じように空を見上げる。
「雲1つ無いな。月も細いし、星を観ていたのか?」
「いや、違うよ」
「どれくらいここに居た?」
「判らない。覚えてないんだ」
 星の動きから算出できるけど面倒臭いなと自嘲気味に笑う和紀の頬に、豪は手を添えるとすぐに顔色を変えて怒鳴った。
「馬鹿かお前は。こんなに冷えきるまで外に居る奴が居るか!」
「考え事をしていたらかな。寒いと感じなかったんだよ」
 ふり返り部屋から漏れる明かりに晒された和紀の唇は、青紫に変色していた。
「身体の感覚が麻痺するほど長い間外に居たからだろう。すぐに部屋に入れ」
「ごめん。色々思うところが有るからもう少しここで……」
 和紀が全てを言い終わらない内に、豪は強引に和紀の腕を引っ張って部屋の中に押し込んだ。
「豪?」
 何とか体勢を立て直し和紀が豪をふり返る。
 豪の瞳は一切の反論を許さない意志を現していた。
「今すぐに熱いシャワーを浴び直せ。嫌だと言ったら俺がそのまま引きずって風呂の中に放り込むぞ」
「……」
 どう答えようかと和紀が悩んでいると、豪が和紀の部屋に入ってベランダに続く窓を閉めた。
 天野家の壁は防音断熱性に優れ、二重ガラスの窓はかなり大きな音でも遮る。
「何時間もあんな場所で独りで悩むな。俺で良ければ愚痴くらいは聞く。だから早く身体を温めてこい。俺の部屋で待ってるから」
 それだけ言うと豪はベランダに戻り、窓を再び閉めて自室の方に向かって行った。
 和紀は肩に掛けられた豪のジャケットに手を添えるとくすりと笑った。内側に生地が傷むのも気にせずに、10枚も使い捨てカイロが貼ってある。
 おそらく豪は和紀がずっとベランダに立っていた事に気付いていたのだろう。
 お人好しの豪の性格からして、和紀の説得に失敗した場合の事まで考えてこうしたのだろうと間単に想像が付く。
 和紀はできるだけ生地が傷まないよう気を付けて、カイロを全部剥がした。自分のパジャマにカイロを貼り直し、ジャケットを畳んで2階のシャワールームに向かった。

 和紀は熱いシャワーを浴びて髪を丁寧にドライヤーで乾かし、カイロ付きのパジャマの上にカーディガンを羽織って豪の部屋をノックした。
「待ってた」
 という声を聞いて扉を開けると、部屋は暖房で暖かく、クッションの上に座った豪の前には2人分のマグカップとポット、クッキーの缶と紅茶のティーバックに、どこから持ってきたのかブランデーまで置いてあった。
 和紀の為に用意したのだろう思われるクッションにも、ご丁寧に大型のカイロが1枚貼ってある。
 ぶっと吹き出す和紀に豪が手を振って中へと促す。
「酒を持ち込んだ事が母さんにばれるから早く入れ」
「うん。ありがとう」
 クッションの上に座ってジャケットを豪に返すと、和紀は着ているカーディガンをめくってパジャマに貼り直したカイロを豪に見せる。
「気持ちは凄く嬉しけどね。ここまでやったら逆に低温火傷になるとか思わなかった?」
「あ、すまない」
 指摘されて初めて気付いたと、豪が恥ずかしそうに笑いながらマグカップにお湯を注ぐ。
 人の事になると細かいところにまで気が回るくせに、どこか抜けている豪に和紀もつられて笑う。
「やっといつもの顔に戻ったな」
 豪は紅茶の中に小さじ1杯のブランディーを加え、和紀に飲むようにと差し出した。
「そんなに変な顔してた? うぬぼれてる訳じゃ無いけど結構良い顔だと思ってるんだけど」
 渡されたカップに口を付けて、和紀がぺろりと舌を出す。
「冗談で誤魔化そうとしても無駄だぞ。原因は明後日の仕事か?」
 ずばりと当てられて和紀の顔から余裕が無くなった。
 紅茶を数口飲んでふっと息をつくと「もう少しブランディー入れても良い?」と言った。

 事の起こりは12月に入ってすぐの事だった。
 天ノ宮家地下にあるミーティングルームで「おそらくこれが今年最後」と千寿子が言い、正規が全員に仕事の説明をした。

 当月の第2日曜日、時間は午後7時21分。
 急な寒波の到来で夕方に降ったみぞれ混じりの雨が、高速道路数ヶ所で1時間も経たない内に凍り付く。
 日中は暖かく晴天だった為に、家路を急ぐ行楽帰りの家族連れの車で道路は混雑する。
 その上時速50キロのスピード制限が出され、一部区間では長い渋滞が続く。
 そこに速度制限30キロオーバーの中型トラックがブレーキが間に合わずに追突事故を起こす。
 被害車両11台、その内小さな子供連れの車が8台、ノロノロ運転でも完全に停車していなかった為に幸い死者は出ない。
 総重軽傷者数38名、内重体7名、重傷14名、重体の内小学生以下の子供が5名。
 現場が山沿いの県境の為、始めの救急車とレスキュー隊が到着するまで、事故発生から約30分。
 天候不順でヘリコプターが飛ばせるようにまるまで更に時間が掛かり、壊れた車から全員を救出し、救急車で搬送するのに要した時間は約4時間。
 というのが、智と千寿子の予知の全容だった。
 今回の仕事はトラックの衝突時スピードを落とし、負傷の程度を軽減させるという事と負傷者のショック状態によるパニックの回避。
 日頃は意識しないと予知を使えない千寿子も、事故の規模があまりに大きい為に偶然視たと言う。
 救出プランを正規と練り上げ、厳しい顔で全員に通達を出した。
 ディスプレイに事故発生時までの全員のカリキュラムが映し出されると同時に、正規が全員に個別の指示書を手渡す。
 素早く画面と指示書に目を通した和紀が大声を上げた。
「ちょっと待ってください。この計算でいくと、豪が受ける瞬間加重は3万トン近くになります。いくら豪が優秀でも無理が有りませんか。ぶつかったら即死です」
 焦る和紀に豪が「落ち着け」と声を掛ける。
「たしかに時速80キロで走るトラックを浮かせるなんて、俺もやった事が無いし、どう考えても命がけの作業だ。しかし、この地図を見る限りこの方法しか無いんだから仕方が無いだろう。運転手に気付かれず、トラックにも一切損害を与えず、その場に完全停止させろと言われるよりはずっとましだ」
 現場は左カーブで渋滞の最後尾はカーブの中心点からわずか50メートルほどしか無かった。
 運転手がカーブを曲がりきって渋滞に気付き、ブレーキを踏むまでの1秒間の空走距離22メートル分を、豪がトラックを浮かせる事で稼ごうという計画である。
「絶対に止められる?」
「上げるのに1秒、下ろすのに1秒。最大2秒間だけなら何が有っても保たせてみせる」
 真剣に訴える和紀に豪が静かに頷いた。

 和紀は溜息を吐いて頭を振ると、更に千寿子と正規に言いつのる。
「豪がああ言っているのでこの件は引きます。でも、事故の規模が大きさからチームを分けるのは仕方ないとして、メンバー構成が偏り過ぎです」
 事故発生前班:和紀、豪
 事故発生後処理班:生、愛、智、千寿子
 と、表示されたディスプレイ前に立っている千寿子が、レーザーポインターで行動予定表を指し示す。
「和紀、今度の事故は負傷者が多過ぎるわ。できれば全員を処理班に当てたかったのだけど、少しでも要救助者の負傷を軽減する為に最小限の人数を事故前班に回したのよ。これ以上の譲歩はできないわ」
 指示書の数ページ目を指して和紀は更に抗議する。
「この秒単位のスケジュールを僕1人でやる事自体に無理が有り過ぎます。せめて愛をこっちに回してください」
 ポインターのスイッチを切り千寿子が憤る和紀の正面に立つ。
「その為にシミュレーション期間を設けたんじゃない。今日からあなたと豪は、毎日放課後にうちの地下通路を実験室に充てて、スケジュール通りに行動できるように特訓するの。特訓には室長と智とわたしも参加すると書いてあるでしょ」
「絶対にこんな事は無理だ!」
 何度も頭を振る和紀の肩を千寿子は強く掴んだ。
「やるしか無いのよ。その為にわたしと智は何度も悪夢の様なビジョンをくり返し視続けて、1番良いタイミングを算出したのだから」
 冗談じゃ無いと和紀は両手でテーブルを叩き、千寿子に指示書を投げつけた。
「千寿子さんは豪をこ……」
「和紀!」
 強い語調で止めたのは、最も危険に晒される豪自身だった。
「豪?」
 半ば混乱した和紀が視線を巡らせると、豪が自分に向けて微笑んでいるのが見えた。
「かなり厳しいスケジュールだがぶっつけ本番じゃ無いだけ良いと思う。これだけの負傷者が出るなら、生と愛は負傷者の救助以外に超能力を使う余裕は無いだろう。全員を速やかに救出する為に、常に変化する未来の予知を智と千寿子の2人掛かりで当たってくれるなら心強いじゃないか」
「豪、君は……」
 和紀は納得できるのかと聞こうとしたが、豪の瞳に迷いは無かった。
 千寿子が和紀の投げた指示書を拾って整えると再び和紀の前に置く。
「これ以上は何度計算しても本当に無理だったの。分かって」
 和紀が周囲を見渡すと、愛と生が黙って何度も頷いている。
『僕達は皆、君の超能力を信じてる』
 愛からのテレパシーを受けて和紀は椅子に崩れ落ちるように座った。

 その日から厳しい特訓が始まった。
 天ノ宮家の地下通路は幅7メートル、高さ4.5メートル、直線部分だけでも500メートルの長さが有る。
 始めはトラックの代わりに自走架台に乗せられた同じ大きさの木製の箱が使われた。
 架台が走るタイミングに合わせて豪を和紀がテレポートさせるとほぼ同時に、豪が架台を一切壊さないように50センチ浮かせる。
 1秒後にリモートコントロールで架台にブレーキが掛けられる。
 地面に下ろされ制動で動き出した架台が豪の身体にぶつかる前に、再び和紀が豪をテレポートで脱出させる。
 これを日に最低でも十数回はくり返す。
 この間、和紀は豪に背を向け、耳栓をした状態で全てを行わなければならない。厳し過ぎる条件に和紀は握りしめた両手に汗をかき、極度の緊張状態に置かれ続けた。
 事故現場の周囲に身を隠せる場所が無い為、和紀は遠視でトラックの動きと豪の超能力の発動の確認、豪の救出までの全てを独りで行わなければならなかった。
 和紀に与えられた時間は最大で3秒。
 豪の姿を誰にも見られない為にぎりぎりまでテレポートはさせられない。
 運転手が前方の渋滞に気付くと同時に豪をトラックから約30メートル手前にテレポート。
 道路に着地した豪が1秒以内にトラックをシールドで囲い浮かせる。
 運転手は慌ててブレーキを踏み、豪が作り出した圧縮空気層の路をトラックはその場で22メートル走る。
 豪が制動に入ったトラックを地面に下ろし、和紀が豪をテレポートさせるまで1秒以内。
 それ以上時間が掛かれば豪がトラックに牽かれるか、運転手に姿を見られ、動揺した運転手がハンドル操作を誤り、予知以上の大災害を引き起こすだろうと指示書に書かれていた。

 シミュレーションで豪と和紀の2人共が正しいタイミングで行動できれば和紀の座っている椅子の前に設置されたランプが緑に光る。
 豪が失敗すれば黄色、和紀が失敗すれば青、特に豪が死んだと判断された場合は赤が点灯された。
 大抵は和紀が豪を脱出させるタイミングがズレて、豪の身体が架台と激突する事になる。
 赤い色が表示される度に、和紀は椅子から立ち上がって豪の名前を叫んだ。
「豪、無事!?」
 自力で脱出した豪が「大丈夫だ」と笑って応える。
 訓練では豪が左右にジャンプして架台を避けるので、どちらにも被害は無かった。
 ところが実際の事故現場は片や絶壁、片や反対車線の道路でその先は崖と逃げ場が無い為、豪は正規や千寿子から何度も怒られていた。
「豪、何度言えば解るの。現場ではそういう逃げ方はできないのよ。2次災害を起こしたくなかったらもっと真面目にやってちょうだい」
「気を付けているんだが、つい……本当に悪かった」
 スピーカーから飛ぶ怒号にヘッドフォンマイクを通して豪が毎回謝っていた。
 和紀が失敗しても怒られるのは必ず豪だった。
 なぜなら、本番で同じような失敗が有った場合、自分や周囲の安全を護るのは豪自身にしかできない事だからである。

 和紀が完全にタイミングを掴むと、実験体が木箱からトラックと同じ重さになるよう鉛に変えられた。
 これには和紀が強く千寿子に抗議をしたが豪がそれを止めた。
 「実際と同じ状態の特訓の方が有りがたい」と言うのが豪の言い分だった。
 1度だけ疲れて目眩を起こした和紀が豪のテレポートに失敗した事が有った。
 豪の身体は鉛の塊に叩き付けられかけたが、瞬時にガードをしたので粉砕されたのは鉛と架台の方だった。
 凄まじい爆発音の後に、大量に舞い上がった埃の中から豪が姿を現す。
「やっちまった。けど、運良く無傷で生きてる。ここまで壊れると、どれだけの衝撃を架台に与えたかなんて判らないな」
 ぺろりと舌を出す豪の足元には、砕け散った鉛と架台の破片が散乱していた。
 即座に運搬用の大型トラックが呼ばれて豪が自分が散らかした破片を全て荷台に移動させる。
「豪、「ほどほど」という言葉を覚えろ。予備を用意してあるが、お前が壊した分金が掛かるんだ」
 正規にきつく言われて豪は自分の失敗をしきりに反省していたが、和紀は心臓を鷲掴みにされたような気分を味わってその場に凍り付いた。

(僕の失敗なのに何で豪は怒らないの? 超能力の発動が間に合わなかったら、君の身体は一瞬で潰されていたんだよ。僕が全部悪いのにいつも君が謝って……。どうしてこんな目に遭っても、そうして笑っていられるの?)
 真っ青な顔で立ち尽くす和紀を豪は責めるどころか「大丈夫か?」と労りの声を掛けた。
「顔色が悪い。中止して休んだ方が良いな」
 千寿子に通信を送ろうとした豪の手を和紀が止めた。
「僕は平気。超能力を必要以上に使った豪の方こそ大丈夫なの?」
「ああ。手加減無しでぶっ壊しただけだからな。まだ余裕は有るぞ」
 明るく答える豪に「だったら続けよう」と和紀は真剣に訴えた。
 その日以降、和紀は1度たりとも赤と青のランプを点灯させる事は無かったが、日に日に顔色が悪くなり、食欲も落ちていった。

 和紀がブランデーをつぎ足した紅茶を口に含み、むせて咳き込む。
「これってもしかして紅茶よりブランデーの方が多いんじゃない?」
「そうかもしれないな」
 豪が笑って自分のカップにもブランデーをつぎ足す。
 明らかに自分が足した量より多く酒の入ったカップを指差して和紀が「ずるい」と抗議する。
「お母さんに言っちゃおうかな」
「和紀も同犯だろう」
「あ、そうか。この事は皆にも秘密にしないと駄目だね。あのお母さんに隠し通せると思う?」
「ばれた時は正直に謝るだけだ」
「豪ってあっちの方は小学生並に遅れてるのに、お酒慣れはしてるんだね」
 ぶっとお茶を吹き出し、酒以外の理由で頬を真っ赤に染める豪をふふんと和紀が鼻で笑う。
「未だにキス止まりだもんね」
「何で知ってるんだ?」
 ティッシュで口元を拭いながら豪はしまったという顔をして「あっ」と声を上げて更に赤面した。
「僕の超能力、何だか知ってるよね? しっかり視てたよ。2回とも」
「……あれは、仕方なくだな」
 にやにやと笑う和紀を少しだけ睨んで、豪はマグカップの中身を一気に空けた。
「素早い。それじゃ僕も」
 和紀も負けじと一気飲みをして空になったカップを豪に差し出した。
 豪はティーバックを新しいのに変えてお湯を2/3ほど注ぐと、ブランデーでカップを満たし和紀に渡した。

 何杯目かの空になったカップを手に、顔を赤く染めた和紀が足元がおぼつかないのかふらりと立ち上がる。
「熱くなってきたね」
 和紀がカーディガンを脱いで、パジャマに貼っておいたカイロを全て剥がしていく。
 最後にクッションのカイロを剥がすと、クッションを枕に横になった。
「和紀」
「んー。何?」
 ごろりと姿勢を変えて、やはり赤い顔をして床に転がっている豪と視線を合わせる。
「お前が第1級の能力者だって事は、この俺が1番知っている」
「そんな事無いよ。この間だって豪を殺しかけちゃったじゃない」
「実践で1度も危険な目に遭った事は無い。十数回も出動して何度かは本当に死ぬかと思ったが、必ず和紀が助けに来てくれた」
 和紀は豪から視線を逸らすと「眠い」と言って目を閉じた。
「だから俺は和紀を信じている。生達も同じ気持ちだと思う」
「……」
「和紀」
「……」
「お前は口は上手いくせに狸寝入りは下手だな」
「……」
 頬を更に赤く染めて閉じられた和紀の目の下にはくっくりとくまができている。鉛を使った特訓の失敗以降、和紀はほとんど眠っていないのだろうと豪は予想していた。
 自分の無事な姿を見つけた時の和紀の顔はとても忘れられそうも無い。
 スカイブルーの瞳に涙を一杯に溜めて全身をガタガタと震わせていた。
 この仕事の話が出てから、和紀の口数は極端に減っていて、皆も口にこそ出さないがずっと心配していた。
 5分も経たない内に静かな寝息が聞こえてきた。
 どうやら和紀は本当に眠ってしまったらしい。
 豪は起こさないように和紀を抱き上げると、静かに和紀の部屋に向かった。
 翌朝、仲良く二日酔いになった豪と和紀は黙って正規のお酒を持ちだした事と、未成年である事を恵から散々小言を言われた上に、智達からは嫌み全開の大声で抜け駆けを責められた。

 和紀の部屋に早々に退散した2人は、梅干し入りの濃い緑茶をすすりながらひとしきり笑った。
「1/10減給1ヶ月って公務員じゃ有るまいし、ニュースでしか聞いた事無いぞ」
 くらくらする頭を押さえる豪の湯飲みに和紀がお茶をつぎ足す。
「普通のサラリーマンなら降格、転属、解雇、ボーナスカットに賠償が多いからね。でも、減給もたまに有るらしいよ」
「そうなのか。俺は貯まる一方だから構わないが、色々買ってる和紀はきついんじゃないか?」
「買おうと思っていた新しい部品のスペックが、予想より悪いって情報がネットで流れていたから良いよ」
「そうか」
 胸を撫で下ろす豪を和紀はじっと見つめていた。
「豪」
「何だ?」
「昨夜はありがとう」
 照れくさそうに笑う和紀に豪は軽く笑みを返す。
「俺の方こそ明日は頼りにしてるぞ」
「うん。任せて」

 リビングでは愛がソファーの上に座禅を組み目を閉じていた。
 うっすらと目を開けて微笑む愛の顔を見て、集まっていたメンバーが一様にほっと息を吐く。
「明日は最高の仕事を期待できそうね」
 千寿子がにっこり笑い、リビングに居た全員の顔に笑顔が戻った。



<<7話へ||side-B TOP||つづき>>