side−B −初仕事2− 豪 高校2年4月後半


 その間にレスキュー隊と救急車が到着し、救助活動を開始した。TVのドキュメントで何度か観た事が有るが素早く、熟練された連携プレイだ。
 豪が暢気な事を考えていると、和紀は叱咤し指示を送る。
『豪。感心してる暇は無いよ。今からパワージャッキの内部構造を送るよ。準備良い?』
『ああ』
 レスキュー隊が要救護者の意識を確認後、機材をセットしてドアが叩き壊され外される。下半身が潰れた車体に完全に挟まれて救出は遅々として進まない。無理矢理剥がせば骨ごと足が砕けてしまう。
 隊長支持でパワージャッキが車体と要救護者の間に入れられる。
『豪。ジャッキにシールドを張って。あの材質では強度が足りずに曲がってしまう』
『分かった』
 和紀の指示どおりに豪が円を描く様に腕を動かすと、ジャッキ部が見えない膜が覆われる。
『レスキュー隊員もパワー不足に気付いてる。棒を差し込んでジャッキのパワー不足を補うつもりだよ』
 愛の声が豪の脳裏に響き渡る。
『そのタイミングに合わせてジャッキに超能力を貸せば良いんだな』
『そうだよ。油圧は限界に来ている。愛のGOサインでゆっくりジャッキを動かして』
 和紀の声に豪は了承の意志を返して、両手の中に超能力を溜めて意識を集中させる。

 レスキュー隊員による懸命な救助活動が続けられている。
 数人のレスキュー隊員がてこ代わりの鋼鉄の棒を車体に差し込む。
『今だよ。豪』
『ああ』
 レスキュー隊員の手の動きにピッタリ合わせて豪が超能力を振るう。
 必要なのは”手加減”強すぎず、弱すぎず。
 豪の額から汗がしたたり落ち、深く静かに呼吸をくり返しながら意識を研ぎ澄ませる。
 少しずつ変形したエンジン部が、要救護者から引き剥がされ始める。
 10分ほど掛けて漸く人1人分の隙間が空き、車体から要救護者が救出され、すぐに救急車に搬送される。
 数分後、サイレンを鳴らし救急車が現場から走りだした。
「豪、生、お疲れ様。もう良いよ」
 愛の声で極度の緊張から解放された2人は、汗だくになってその場にしゃがみ込んだ。
「和紀。後、頼むね」
「了解。撤収するよ」
 4人の姿が瞬時にビルから消えた。

 遠視を続けていた千寿子がソファーに横たわっている智に声を掛ける。
「無事終わったわ」
「知ってる」
「豪と生が疲れきってるから、今日はこのまま解散で良いわね?」
「あまり甘やかさない方が後々良いと思うぞ」
 起き上がった智が目を開き、千寿子の顔をじっと見る。
「初めてであそこまで出来たのなら合格点を上げても良いんじゃない?」
「千寿子さんが良いなら俺は別に構わないが」
 むっとした千寿子がぺちっと智の額をが叩く。
「何か他にも視てるわね?」
「まあな」
「どうせ智の事だから話す気は無いんでしょ」
 両手を腰に添え千寿子が智に不満を漏らす。
「そのうち千寿子さんにも視えるだろうし、その時になれば他の奴にも解る事だからな」
「そういうところは相変わらずね」
 諦めの溜息を吐く千寿子に、智が扉越しににやりと笑顔を向ける。
「楽しみは取っておくものだ。俺も帰る」
 千寿子の返事も待たずに智は姿を消した。
 相変わらず可愛く無いと千寿子は思ったが、智のああいう態度はいつもの事なので軽く肩を竦めてソファーに腰掛ける。

 数分と経たない内に愛からのテレパシーが伝わって来た。
『姉さん、さっき帰って来たけど豪と生が疲れてすぐに眠っちゃったんだ。良かったかな?』
『そのまま休ませてあげて。明日、2人が目覚めたらミーティングをそちらで行うわ』
『分かった。みんなに伝えておくね。お休み』
『お疲れ様。お休みなさい』
 愛との交信が終わると同時に今度は電話のベルが鳴った。
 休む間も無いと苦笑して千寿子が受話器を取る。
「室長?」
『全て予定通りに進んでいます。豪達の超能力についても2、3日中にはデーターを提出出来るでしょう』
「深夜勤務お疲れ様です。今日はもう休んでくださいな。息子さん達はもうベッドの中ですよ」
 微笑して明日の予定を告げる千寿子に正規が礼を述べて電話を切った。
(さて、わたしもそろそろ寝なきゃね。夜更かしは美容の大敵だもの)
 一仕事を終え、千寿子も漸く睡眠を取る為に寝室に向かった。

 翌朝……と言ってもお昼前だが、目を覚ました豪と生はあくびやのびをしながらパジャマ姿のままでリビングに顔を出した。
 リビングにはこの家の住人全員と千寿子が揃っていたので、2人は面を食らった様な顔になった。
「豪、生、せめて顔を洗って着替えてから降りてらっしゃいな」
 恵が注意すると生が不満の声を上げる。
「母ちゃん。俺、腹減って死にそうなんだ。ご飯食べてからじゃ駄目?」
 豪も心底空腹を訴える顔をしていたので恵は仕方無く台所に向かい、いそいそと2人が後を付いていく。
 正規が恥ずかしそうに頭を掻きながら千寿子に声を掛けた。
「ああいう息子達なもので済みません」
 千寿子が軽く頭を振って応じる。
「謝罪には及びません。2人は今日の予定を知らなかったのですから」

(あれほどはっきり顔に「腹減った! メシ!!」って書いてあったら怒る気も失せるわよ)
 千寿子の思考に愛がこらえきれずに吹き出すと、智と和紀もつられて笑い出した。
 リビングから爆笑が響く中、豪と生は夢中で朝食をむさぼっていた。
「それを食べ終わったらシャワー浴びて着替えて来なさいね。2人共本当に汗臭いわよ」
 豪の顔に面倒臭いという表情が浮かぶと同時に恵に鉄壁の笑顔が宿る。
「分かったわね。豪? 生?」
 背筋に悪寒を感じた2人は、「ご馳走様」と言って慌てて階段を駆け上がった。

 服装を整えて2人がリビングに戻ると、全員が昼食のサンドイッチを食べていた。
「母ちゃん。俺たちの分は?」
 生がまだ食べ足らないと懇願する。
「ちゃんと別に取って有りますよ。とにかく座りなさい」
 ソファーに腰掛け、恵が昼食を差し出すと2人共がつがつと食べ始めた。
 口元をナプキンで押さえると千寿子が言った。
「そのまま聞いてちょうだい。2人には連絡がいって無かったけどこれから昨夜の検証と事後報告をするわ」
 その言葉に豪と生の食事の手が止まる。
「先ず、豪。生。初めての仕事にしては上出来だったわ。良く打ち合わせ通りに事を進めてくれたわね」
「千寿姉ちゃん、俺……」
 禁を破りそうになった生が申し訳なさそうに俯く。
「良いのよ、生。それがあなたの良い個性だもの」
 生と千寿子の表情から豪は生があの場で怪我人の治療も行おうとした事に気付き、くしゃっと生の頭を撫でる。
 何も言わなくても全てを察してくれる兄に生は安心して笑みを返す。
「あの後、何が起こったか説明するわね。救助された人はすぐに”偶然”万全の体勢が整っていた『AMANO』救急救命センターに運ばれて”偶然”当直だった優秀な外科医に8時間に渡る手術を受けて無事に手術は成功したわ」
 それを聞いた生がほっと胸を撫で下ろす。
「足の状態はかなりの損傷だったからこの後2、3回再手術をしなければならないけど、リハビリが順調に進めば3年で歩けるぐらいにはなるはずよ」
「ずいぶん都合の良い”偶然”だな?」
 あまりも都合の良すぎる状況に嬉しくも有り、しかし少々呆れた豪は首を傾げた。
 満面の笑顔で千寿子が答える。
「そういう”偶然”が重なってもおかしくは無いでしょう?」

 根性曲がりの女狐訂正、狸だと、苦笑した豪とは裏腹に生が笑顔で声を上げる。
「じゃあ、あの人本当に助かるんだね? 良かった」
「もちろんよ。あの青年は自分の身に起きた今回の奇跡的な出来事に感謝して、今後は一切お酒を飲むのを止めて猛勉強して医大に入り直すの。自分と同じような重傷患者の為にリハビリセンターで真摯に治療に当たって、充実した一生を送るはずよ」
 豪と生が呆気に取られていると智が口を開いた。
「俺の予知が何らかの反動で狂わなかったらの話だけどな」
「じゃあ、もし俺達が助けなかったらその人はどうなってたんだ?」
 やや顔を強張らせた豪の問い掛けに智が答える。
「一生ベッドから起きれなくなった奴は、自分の浅はかな行動を心から反省してインターネットサイトを作って、ベッドの上から同じ様な境遇の者達を励まし続けて一生を終える」
「彼は最悪の状態に陥っても決して自暴放棄する事は無かったんだ」
 愛が智の言葉を補足する。
「僕達だって見込みの無い奴なんて助ける気になんてならないよ。不慮の事故に遭う人なんて、日本だけでも毎日数百人は居るんだからさ」
 和紀が至極当然と頷く。
「わたし達の超能力には限りが有るわ。全ての人を救うなんてとても出来ない事よ。だからこそ少しでも明るい未来が期待できる人を選んでいるの」
 千寿子が真摯な目で豪と生の顔を見つめる。
「差別してる訳じゃないのよ。それだけは解って欲しいの。そうそう、昨夜の豪の超能力から今後の救急設備の開発に必要なデーターが取れたから、早急に開発チームにもっと性能の良いパワージャッキを作らせるわ」
 生は少し首を傾げて考えていたが、すぐに納得して千寿子に笑みを返した。
「いまいち釈然としない所も有るが俺達のやった事が後々大きな波紋になって、大勢の人に良い影響を及ぼすって事なんだな?」
 豪が確認するように千寿子に視線を向ける。
「そうよ。だからこれからも”もっと”頑張って少しでも明るい未来を引き寄せましょうね」
「”もっと”だぁ?」
「当然でしょ」

 にっこり笑う千寿子の背中に黒い翼が見えた様な気がしたのは豪の気のせいか、それとも今後の自分の運命の片鱗を視たのか、彼らの”誰にも気付かれない”地道な活動はまだ始まったばかりだった。

つづく



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