side−B −初仕事1− 豪 高校2年4月後半 天ノ宮家本邸の地下施設の1室でミーティングが行われていた。 AMANO基礎研究開発部門付特殊応用実験室という部署がそこに有り、半円のテーブルに千寿子、豪、生、愛、智、和紀、豪と生の父親の正規が集っている。 (親父の奴、職場がすごく近いとは言ってたがほとんど詐欺じゃないか) 騙された半分、うんざり半分という表情の豪と生に1つ咳払いをして千寿子が話を進める。 「これがこのプロジェクトの実施での初仕事になるわ。天野室長、お願いします」 「はい。それでは今回の業務の概要を簡単に説明します」 正規が1メートル四方は有る正面ディスプレイの前に立つと同時に、ディスプレイに地図が映し出される。 「これが先日、智君が予知で観た交通事故現場の平面図です。次の土曜日23時47分。飲酒運転による単独交通事故が起こります」 正規が手元のキーを打って地図上にCGのビル外壁に衝突、破損した車が加える。 「怪我人は運転手1人。同乗者は幸い居ません。時速80kmで衝突した為に車は大破。特にエンジン部が完全に潰れています。運転手はシートベルトとエアバッグで辛うじて一命を取り留めます」 一旦、全員の顔を見渡して質問が無いのを確認すると正規は話を続けた。 「事故後、18分でレスキュー隊と救急車が到着しますが、扉の変形と運転手の足が完全に車に挟まれている為に救出に約2時間半を要します。」 ディスプレイの画面が大破した車の断面図に切り替わり、正規が話を続けながらポインターで指し示す。 「レスキュー隊は当初、パワージャッキで要救護者の救出を試みますが、力不足でジャッキでは全く隙間が空けられず、電動ノコギリで車を分解して救出に成功します。この時の大量失血と怪我の治療の遅れにより感染症に掛かり、要救護者は一生下半身不随になります」 淡々と告げる正規の言葉に豪と生の顔が一気に緊張する。 千寿子が立ち上がって正規の横に並んだ。 「わたし達が行うのはパワージャッキの補助よ。パワー不足を豪の超能力で補って、レスキュー隊が20分以内に救出できる様にするの」 豪が腑に落ちないという顔で問い掛けた。 「智がそれほど正確に事故を予知してるのなら、俺が事故が起こらないように衝突前に車を停めれば良いんじゃないのか?」 智が呆れた顔で豪を見つめる。 「豪。俺の予知は回避できない。起こらない事にできる事故ならそう予知している」 「それが理解出来ないんだ。事故が起こる事が予め判ってるなら無い事にもできるんじゃないのか?」 生も納得出来ないと大きく頷く。 「その場合、この運転手は別の時に別の場所で同じ様な事故を起こすでしょうね」 千寿子が頬に手を添え、小さく溜息をつく。 「豪、生、人の運命を大きく変えたり、天寿を延ばす事は出来ないんだよ」 和紀が付け加える。 (人の運命を大きく変える事は出来ないだって!?) 豪の手が知らずぶるぶると震え出す。 「……じゃあ、俺が以前、超能力を使って助けた人達はあの後どうなったんだ!?」 大声を上げて立ち上がった豪の肩に、横に座っていた愛が即座に手を掛けテレパシーを送る。 『落ち着いて、豪。2人共無事だから』 テレパシーでは嘘をつく事が出来ない。 以前、愛からそう聞かされていた豪は、愛の顔を見つめながら戸惑いながらも椅子に座った。 「豪。安心して良いわ。あなたが以前助けた2人は”偶然”あなたに出会って”偶然”命を助けられたのよ。そういう運命だったの。だから今も2人共普通に生活を送っているわ。特撮ヒーローや神様が命を助けてくれたって思っているわね」 くすくす笑う千寿子の表情を見て、豪の顔に漸く安堵の表情が浮かぶ。 愛に促されてソファーにゆっくりと腰掛けた。 「でも、予知された運命は変えられないわ。だからせめて少しでも早く救出してあげたいの」 千寿子が静かに、しかし辛そうに訴えた。 「話を続けても宜しいですか?」 それまでのやりとりを黙って見守っていた正規が千寿子に了承を求める。 「どうぞ。話の腰を折ってしまって済みません」 「では、次ぎに段取りを説明します」 ディスプレイの画面が平面から3Dに置き換わる。 「事故発生5分前に豪・生・和紀君・愛の4名は衝突するビルの向かいのビルの屋上にテレポートします。和紀君は事故の現場を遠視し、それを愛がテレパシーで豪と生に同時に伝えます」 ディスプレイを背に正規は息子達2人の顔を見た。 「生。お前の役目は要救護者の出血を出来るだけ少量に抑える事。決して出血を完全に止めてしまってはいけないぞ。傷口が壊死してしまうからな。傷を塞いでもいけない。救出の際に逆に傷を深めてしまう」 「そして豪は、和紀君から送られて来るパワージャッキの内部構造や動きを正確に捉えて、レスキュー隊の活動に合わせてジャッキに超能力を貸す。決してジャッキを壊してはいけない。車を変形させてもいけない。レスキュー隊員に不審を抱かせる様な事は決して有ってはならない」 「父ちゃん。それってすごく難しいんじゃ……」 「親父。そんなに無茶言うなよ」 焦って言い募る2人に正規は厳しい目を向け言い切る。 「やるんだ。お前達が本気で超能力を発揮すれば可能なはずだろう」 豪と生はしばらくお互いに顔を見合わせて頷くと覚悟を決めた様に表情を引き締めた。 千寿子が更に付け加える。 「常に変化する未来を智が予知し、わたしから指示を愛に送るわ。それに従って他の3人は行動する事」 ディスプレイをしっかり見つめてかすかに笑みを浮かべ振り返る。 「初仕事のテーマは”手加減”よ!」 土曜日、智は千寿子と連携する為にすでに本邸に行っている。 時計を何度も気にしながら豪がリビングをうろうろと歩き回り、生はソファーに座ってガチガチに固まっていた。 「豪。生。この仕事は君達2人だけでやるんじゃ無いんだよ。僕達全員が君達のフォローを精一杯やる。少しは僕達の事を信用して欲しいよ」 落ち着かない豪の肩に和紀が軽く手を掛けた。 『それに緊張してるのは君達だけじゃないよ。僕達だって怖い。でも、僕達は君達の超能力を信じてる』 愛が豪と生の手を握ってテレパシーで温かい波動を送る。 豪と生は2人の好意に、自然に肩の力が抜けるのを感じると微笑み返した。 「じゃあ、時間だし出発しようか」 和紀がにっこり笑って超能力を発動させた。 深夜のビルの屋上一画に4人の少年達が瞬時に姿を現した。 和紀と豪が事故予定現場の正面に立ち、その後ろに愛が立って2人の肩に手を掛ける。 「生は何処か僕の身体に触れていて。全員の意識を同期させるから」 背の低い生は愛の背中に手を当てて次の指示を待った。 「豪と生は目を閉じてくれる? 僕が視た映像だけに集中して欲しいんだ」 和紀の言葉に2人が目を閉じると同時に、頭の中に道路の中央に自分が立っている様な視点の映像が浮かぶ。 「あれ? 音が聞こえ無くなっちゃったよ」 「俺もだ」 『2人の耳は僕が塞いだよ。目や耳から入る情報は意識の集中の邪魔にしかならないからね』 愛からのテレパシーが伝わって、2人は言葉が不要である事に気付く。 『音が全く無いと何か気持ち悪いぞ』 『仕事が終わったらすぐに戻すよ。今だけ我慢して』 不平を訴える豪に愛が応えた。 『2人共、覚悟は出来てる? 来るよ』 和紀の声と共に正面から猛スピードで迷走する黒い乗用車が近付いて来る。 自分達の身体をすり抜ける様に通り過ぎ、急激に左に寄るとそのままビルの角に衝突した。 先日CGで見せられた物と全く同じ光景を4人は目にした。 『智の予知はここまで正確に視えるのか』 感心しつつも戦慄を覚える豪に愛が答える。 『智の予知が外れた事は無いよ。和紀はそのまま透視を続けて。生、要救護者が視えているよね?』 『うん、酷い怪我してる。すごく苦しそうだ。本当に出血を抑えるだけで良いの?』 『それ以上の事はしちゃ駄目だよ。今、通り掛かった人が119番に通報したからね』 天ノ宮本邸では智が居間のソファーに横たわって予知を続けている。 千寿子は智のすぐ側のソファーに座り、豪達の様子を遠視し続けていた。 「生の動揺が豪に伝わったら失敗するぞ」 「ええ。すぐにわたしがここから生のフォローに回るわ」 瞬時に千寿子の意識は4人の居るビルに向かう。 (俺にはテレパシーは使えないけど伝わって来るよ。すごく、すごく痛いって叫んでる。誰か助けてって言ってるよ! 俺、このまま視てるだけなんて嫌だよ!) 生の心に苦悩が広がっていく。 『生。わたしの声が聞こえる?』 『千寿姉ちゃん! 来てくれたんだね。あの人の怪我、酷い所だけでも治しちゃ駄目? すごく苦しんでるんだ』 『駄目よ』 『でも、あんなに酷い怪我してるのにこのままじっと視てるだけなんて俺できないよ。せめて痛みだけでも感じ無い様にしちゃ駄目?』 『あの痛みはあの人に必要な事なの』 『それってどういう事?』 『痛みを知らずに成長や反省が出来ない人も居るわ。あの人もそうなの。この事故が今後のあの人の人生を大きく変えるわ。だから痛みを消しちゃ駄目。分って貰える?』 生は千寿子の言葉の1つ1つを噛みしめる様に心の中で反芻する。 『あの人の心の成長に必要な痛みなんだね?』 『そうよ』 『分った。父ちゃんに言われた以上の事はしない』 『ありがとう。生はそのまま出血できるだけ抑えていて。後は豪に頑張って貰いましょうね』 『兄ちゃんなら絶対大丈夫だよ』 豪の名前を聞いた瞬間、不安が消えた生に笑顔が戻る。 『わたしもそう思うわ。また後でね』 千寿子の意識が生から離れ、自身の身体に戻って行った。 |