side−B −編入−1 豪 高校2年4月前半


「父の転勤で転校してきた天野豪だ」
 ざわっとクラス中から声が上がる。豪は辛うじて平静を装い席に付いた。
 始業式を終え、ホームルームでクラス全員が自己紹介をしていた。
 周囲から向けられる好奇の視線に『天野』の姓が持つ意味を改めて思い知らされて豪は小さく溜息をつく。
 こうなったら腹を括って自然体でいくしか無いと、豪は知らず自然な笑みを浮かべていた。

 この前日、豪と生は千寿子から学園の詳しい説明を受けに本邸を訪れていた。
「生は中等部の新入生だから自然に周囲に溶け込めると思うの。でも豪は当分、動物園のパンダにでもなった様な気持ちになるでしょうね」
「何故だ?」
「『天野』姓だからに決まってるじゃない」
 千寿子のあっさりした即答に豪は絶句する。
「通学出来る範囲に住んでいる親戚筋は幼年部からの入学が大半なの。寮が有るから遠方でも中等部から入学する子も居るわね」
「寮に入ってまで中等部から?」
「ええ。本気で勉強したい生徒にはそれだけの価値が有るもの。優秀な生徒には授業料を免除したり、中等部でも大学院の研究施設の利用ができたりと、他にも色々優遇しているの」
「俺、そんな中でやっていけるかなぁ」
 楽天家の生が珍しく大きな溜息を吐いた。
「大丈夫よ。豪と生が面接だけで編入出来たのは、前の学校での成績と、能力を学園側から認められたからなのは知ってるでしょ」
「そう言われても俺も全然自信が無い」
 項垂れる豪に千寿子がたたみを掛ける。
「豪は苦労するわよ。うちはエスカレーター式じゃ無いから、小、中、高、大学とその度にテストでふるいに掛けるの。一般生徒も含めて勉強はもとより、様々な形で優秀な生徒しか残れない厳しいシステムよ。だから学年の途中で編入してくる生徒はそれだけでもとても目立つのよ」
 一呼吸を置いて微笑むと千寿子は更に言葉の爆弾を落とした。
「そこで『高校でしかも途中編入して来た天野豪君っていったい何者?』って事になる訳。在籍する天野姓の大半が何らかの形で優秀な成績を修めているんですもの」
 ころころと笑う千寿子を恨みがましい目で見つめながら豪はぼそりと愚痴をこぼした。
「そういう事情ならせめて俺が高校入学の時に編入させれば良かったじゃないか」
「だってそんな事をしたら生の方が6年生で転校って事になって可哀想だし、私達は中学生だからあなたを見張れ無いじゃない」
「おい、俺を見張るってどういう意味だ?」
 椅子をガタッと揺らす豪に、にやりとしか言い様の無い憎らしい笑顔で千寿子は答えた。
「すぐに解るわよ。授業が始まればね」
 言い返そうとする豪に千寿子はさっと背を向けて、生には優しい笑顔を向ける。
「あ、生はいつも通りにしていれば大丈夫だから安心してね」
「うん。俺は勉強以外は平気かな。でも、兄ちゃんは本当に大変そうだね」
 ケーキを頬張りながら生は千寿子に笑い返す。
 生の癒し能力は自然に周囲の人の心に影響を及ぼす。その為、幼稚園の頃から周囲に人が集まって、気が付けばいつの間にか学校の生徒全員が友達状態になってしまうのだ。
 豪は自分1人だけがここ1ヶ月ほどの間に不幸度が加速度をつけて増しているような気がして、がっくりと肩を落とした。

 ホームルームが終わり、帰宅準備を始めた豪は隣の席の男子から声を掛けられた。
「天野、うちの学園はすっげー広いから場所覚えるのは大変なんだ。今から俺が校内を案内しても良いけど?」
 にこにこと笑う隣人に、ありがたいと思ったが豪は軽く頭を振った。
「ありがとう。梨本だったよな。嬉しいけど今日はいい。せっかく始業式で早く帰れるのに付き合わせるのは悪いからな。授業が始まったら教室移動の時にでも色々教えてくれると助かる」
「そうか、じゃ何時でも何でも聞いてくれよ。とりあえず宜しくな」
 手を差し出されたので豪は握手を返した。
 鞄に手を掛けたところで豪は思い直して声を掛けた。
「あ、悪い梨本、1ヶ所だけ案内してくれないか?」
「ああ良いぜ。どこ?」
「便所」
 ぷっと噴き出すと梨本は「じゃ、今から連れ○ョンすっかー」と言って席を立った。
 2人が教室を出て行くと、その一部始終を見ていたクラスメイト達が騒ぎ出した。
「梨本の奴。隣を良い事に上手くやりやがったなー」
「ちぇっ、先越されちゃったぜ」
「ま、同じクラスなんだから仲良くなる機会はこれからいくらでも有るさ」
「案内ならあたし達だってしたいけどトイレじゃねー」
「あーん、くやしい。わたしも天野君とお話したかったのに」
「天野君、絶対良いよねー」
「うん、自己紹介が終わってからの優しい笑顔がすごく良いのー」
「なんか天野君って見てると安心出来るよね」

 一方で、生も入学式の後のホームルーム中の自己紹介で
「天野生です。宜しく」
 と挨拶した直後、クラス中からざわめきと好奇の視線を一斉に向けられていた。

(これって。……ちょっと。千寿姉ちゃん、話が違うよー9
 目立たずに自然に入れると聞いていたのに、クラス中の視線はずっと生1人に向けられてたままでいる。
 その中に不快な視線は1つも感じ無い。全てが好意に満ちた眼差しであった。
 元々すぐに誰とでも友達になってしまう体質の生にとっても、これほど極端な反応は初めての経験だった。知らず、頬が赤らんでくる。
 生本人には聞こえないぐらいの小声で女子達が囁き合っている。
「ねえねえ、天野君ってすごく可愛い」
「うんうん」
 男子達も囁きも聞こえてくる。
「なんか天野って感じ良いな」
「ぜってー今日中に友達になる」
 ホームルーム終了直後、生はクラス全員に囲まれてしまって、次々と湧いてくる質問攻めに遭っていた。

 場所は変わって、高等部の理事長室隣には特別室が有る。学生の身で有りながら会社経営の一端を担う千寿子専用の執務室だ。
 そこに千寿子、愛、和紀、智の4人が集っていた。
「豪ってばいきなりクラス全員からもてまくり。さすがだね」
 和紀がにこにこしながら不機嫌を全面に出した顔の千寿子に声を掛けると、愛も遠くを見つめながら呟く。
「生も戸惑っているみたいだよ。いくら慣れていても、いきなりクラス中に周りを囲まれちゃったから」
「まぁ、うちの中、高等部に入れる奴らは、あの兄弟の特出した存在に気付かないほど鈍く無いだろう」と智。
 ひくひくと肩を震わせながら千寿子は3人に向き直った。
「全部知ってるわよ! わざわざ言われなくてもね。皆も意地が悪いわね」
「何を今更。2人を編入させると決めた時点で、判っていた事だろう。そうかりかりするな」
 しれっとした顔で智が答える。
「やっぱり、2人に自分達のもう1つの力を教えておいた方が良かったかも。今からでも遅くは無いと思うけど」
 愛が千寿子の顔色を窺いながら提案する。
「説明しても2人には理解できないんじゃない。自分達は超能力以外のところは普通人だと思っているんだから。生の場合は癒し能力の影響だって思ってるし、豪はとにかく鈍いからね」
 と、和紀があっさり否定する。

 念動力者の豪、癒し能力者の生、この2人に共通する超能力では無い『魅了』の力。
 この力は生まれ付き持っていたものでは無い。
 成長するに伴い性格が大きく繁栄された結果、自然に身に付いていったものだ。それ故に本人達には全く自覚が無い。
 だからこそ、あえて千寿子も2人には話さなかった。
「予知通り、ライバル大量発生おめでとう」
 智の嫌みに怒り心頭しながら千寿子は必死に耐えていた。今感情を爆発させれば、この部屋の窓ガラスぐらい簡単に消し飛んでしまう事は容易に想像が付いたからだ。

(こうなる事が判っていたから同じ高等部に上がるまでずっと待ってたのに、まったくもう)
 千寿子は深呼吸をくり返し、セルフコントロールに努めていた。
 これくらいでやきもちを焼くぐらいなら初めから素直に豪に告白していれば良いのにと他の3人は思ったが表層感情に出さずに留めた。
 千寿子に考えている事が知れれば、間違いなく攻撃を受けるからだ。

 校門で異常なくらい親しげなクラスメイト達となんとか別れて帰途についた豪は、中等部の校門前でやはりなんとかクラスメイト達を振り切った生と偶然はち合わせた。
 2人はしばらく無言で並んで歩いていた。
 追い掛けまではしないが、後ろから遠巻きに見つめている生徒達に、2人は全然気付いていない。
「生、いつもと違ってなかったか?」
「そう言う兄ちゃんも……あ、兄ちゃんの場合は千寿姉ちゃんが言ってたよね。俺の場合、なんか今までと違うんだ。みんなすごく優しくしてるれるんだけど、ちょっと行き過ぎって言うか、過激って言ったら悪いんだけど」
「俺もだ。『天野』だからかな?」
「うーん、なんかそうじゃ無いみたいな気がするんだ。上手く言えないけど、俺の癒し能力に惹かれてるんでも無くて、純粋な好意からって感じで」
「生はともかく俺に対してもやたら好意的なんだから、よく解らないな」
「天野だからって逆に周りから変に睨まれたりして無いから、とりあえず良いって事にしとく?」
 基本的に物事を楽観的に受け止めるタイプの生は、これ以上考えても無駄じゃないかなと言う。
「そうだな。俺達が普通にしてれば周りもそのうち落ち着くだろう」
 そう言って豪はくしゃりと生の頭をなでた。

 2人が帰宅すると、恵が新しい学園の感想を聞いてきた。
 先に帰宅していた他の3人は視線を合わせないように背を向けながら薄笑いを浮かべている。
 全部筒抜けって事だなと確信した2人はむっとしたが、彼らの能力を考えたら当然の事なのでそれには触れなかった。
「とにかく変!」
 生が豪の気持ちも込めて一言で言い切った。



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