side−B −春休み−(5) 和紀の場合 豪 高校2年4月初旬


 和紀の部屋に入った豪と生は、しばらくの間入り口で奥に入りたくても入れずに躊躇していた。
「兄ちゃん……」
「これは凄いな」
 和紀の部屋は机、本棚、タンス、ベッド、AV器機等、他の住人と同じ家具の他にも様々な物が置かれていた。
 17インチモニター、大型タワー型パソコン、パソコン台、周辺機器、複数のラック、電気用と機械用の工具箱、豪達には理解出来ない配線の数々に折りたたみの作業台まで、普段の和紀からは想像も付かない部屋だった。
「お前の趣味って何だ?」
 本棚に並んだ中学生レベルでは到底理解不能の技術専門書の多さに豪は思わず唸った。
「んー、一言で言うなら物作りかな」
 モニター前の椅子に座っていた和紀が豪達にベッドに腰掛けるように勧める。
「これ、見ても良い?」
 和紀が頷くと、生はラックの中から1番上に有った物を取り出した。
 人形にも見える30センチほどの大きさのそれは、ずっしりとした重量からそうでは無いと知れた。
「これって……もしかしてロボット?」
 生は期待に目を輝かせて和紀に差し出した。
「うん。でも試作品なんだ。電源や頭脳が外付けで背中のソケットに配線しないと動かないから只のオモチャだよ。もう少し大きくするか、細部まで人型に拘らなければ簡単な動作情報やバッテリーを入れられたけど、姿勢制御や間接ユニットに胴体部を取られちゃってね。無線だと動きがいまいちだったしね」
「……ふーん」
「生、お前解って無いだろう?」
 豪のツッコミに生が頬を膨らませる。
「兄ちゃんだってそうだろ」
「全く解らない」
「威張って言うな」という生の反論を抑えて豪は部屋を見渡した。
「たしか業者が和紀の部屋に運んだ荷物は、これほど多く無かったよな?」
「え? 豪が沢山運ぶのを手伝ってくれたじゃない」
「あ、あのやたらでかくて重たい箱の中身はモニターだったのか?」
「他にも部品や試作品とかもね。豪が手伝ってくれて助かったよ。持って来るときもかなり苦労したんだよ。これを全部1人で部屋に運ぶのはかなりきつかっただろうね」
 にっこり笑う和紀に豪がやれやれという顔をする。

『業者任せにしたくない』か。
 精密部品でしかも自作品ともなれば愛着もかなりなものだろう。
 豪は生からロボットを受け取って手足を動かしてみた。
「せめてモニターを15インチにしておけばここまで場所を取らないだろう。俺も運ぶのに苦労しなくて済んだんだが」
「ああ、それはCADを使ってるから。15インチじゃ使い勝手が悪いんだ。本当は21インチが欲しかったけど場所取りだから諦めたんだよ。もう少し画面ムラの少ない液晶が出たら買おうと思ってる」
「CAD?」
 2人から同時に出た声に、笑って和紀が画面のアイコンをクリックする。プログラムが立ち上がるとファイルを選んで表示させ、2人を手招きした。
 2人が覗き込むと、画面には先程生が出したロボットの設計図が映し出されていた。
「こういう作業は小さいモニターじゃ無理なんだ。豪には本当に感謝してるよ」
 軽くウインクする和紀に、豪はこういう事情なら仕方ないかと苦笑した。
「会社の専用ケーブルが各部屋に通ってるからネットも出来るけど、2人はパソコンを持って無かったね」
「パソコンどころか、携帯も千寿子に渡されるまで俺達は持って無かった。メールの使い方や番号登録とか、マニュアルを見ながら何とか覚えたが、それだけでも結構くたびれたな」
 渋面の豪に生もうんうんと頷く。
「ゲーム機も2人で1台だったし、ソフトもあまり持って無かったからほとんどやって無いんだ。だからこういうのは本当に苦手だよ」
 恵の厳しい教育方針に和紀は笑みが浮かぶ。
「すぐに慣れるって。ショップブランドのディスクトップならバイト代ですぐに買えると思うよ。僕が希望に合わせて組んでも良いな。愛は社内RANに繋がっているモバイルを持っているし、智もノートを使ってるし、お父さんも1階で良い機種を使ってるよ。2人とも知らなかった?」
 プルプルと首を横に振る豪と生に、和紀は「じゃあ手始めにね」と、ブラウザを開いた。

 始業式を翌日に控えた日の午後、和紀は午後のお茶を準備している恵を手伝っていた。
「和紀君は本当に手先が器用なのね」
 形良くカットされた果物を取りやすく、(醜い奪い合いを避ける為に)綺麗に配置させる和紀に感心する。
「僕は割とこういう事にも拘るタイプなんだ」
 視線を器から外さず盛り付けを続けながら答える。
「和紀君はいつも綺麗にしてるものね。部屋も服装も。豪と生に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだわ」
 和紀はファッション雑誌に真剣に目を通す豪の姿を想像して思わず噴き出した。
 恵もつられて大声で笑う。
「ところで和紀君は、超能力を完全に制御出来るのよね?」
 何気なさを装って恵が問い掛ける。
「僕の場合は運が良いのか悪いのか、意識しないと遠視や透視も、テレポートも出来ないみたいなんだ」
「つまり、身だしなみに人の倍の時間を掛けてもテレポートするから困らないし、好みのタイプの女の子の服の中とかはちゃっかり見えちゃうって事かしらね?」
「そ、それはその……。僕だって一応、健康な男だから」
 あっさり図星を付かれて和紀は思わず上擦った声を上げる。

 先程まで羊羹を切っていた恵の右手が素早く閃き、数瞬後、和紀の前髪の1房が床に落ちた。
 和紀は一瞬石になったが、持ち前の愛想の良さを駆使して引きつりながらも笑顔を向ける。
「お母さんの包丁さばきはいつ見ても見事だね」
「料理以外では使わせないでね」
 鉄壁の笑顔のまま包丁を洗うと、恵はお茶と羊羹を持ってリビングに向かった。

 さすがは豪と生を育て上げた人だ。この人だけは絶対に敵に回すまい。
 そう心に堅く誓って、和紀もフルーツボールを持って台所を後にした。

つづく



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