side−B −春休み−(4) 智の場合 豪 高校2年4月初旬


 また1人、2人と、死んでいく。
 突然身に降りかかる不幸に為す術も無く、絶望や無力感に包まれながら毎日多くの人達が命を落とす。
 智の脳裏には常にそういう人々の姿が映し出されていた。

 そんなに恨みがましい目で俺を見ないでくれ。俺はちょっと先の未来を知るだけなんだ。
 俺は無力だ。あなた達に何も出来ない。

 お願いだ。俺に期待しないでくれ。

 俺を……。たのむから俺をそっとして置いてくれ!

 泣き叫ぶ智の前に優しく笑う豪が現れた。

 豪、俺が今見ている光景はお前がいずれ目の当たりにする光景だ。
 お前はこの光景に耐えられるか? お前はそれに気付ていた上でこの仕事を引き受けたのか?
 おそらく何も気付か無いまま引き受けたんだろう?

 いや、お前はそれでも自分の選択した運命に笑って立ち向かって行くだろう。
 お前はいつも無意識の内に最良の選択をする。
 お前は未来を変えるだけの超能力を持っている。
 お前の心は強くしなやかで、そしてどこまでも優しい。
 それこそが千寿子さんがお前を選んだ本当の理由なのだから。
 俺は……お前と違って無力なんだ。


 とくん、とくん、とくん。
 一定のリズムで静かな音が聞こえる。

 ああ、なんて優しい音だ。
 少し懐かしくて、俺のすさんだ気持ちが落ち着いていく。
 何だろう? とても温かい。
 俺を優しく包んでいる。
 とても安心する。気持ちが良い。
 いったい何だろう?

 智が目を覚ます。
 さっきまでの事は全て夢だったのだ。
 しかし目を覚ましても音は聞こえ続け、温もりも夢のままだ。
「?」
 ここへきて智は自分の置かれている状況に不安になった。
 そっと見上げると豪が自分を抱きしめて眠っている。
 あれは豪の心音だったのだ。

(一体、これは何事だ?)
 びくっと智の身体が震えると豪が目を開いた。
「目が覚めたのか。気分はどうだ?」
 智の混乱した心中もお構いなしに、優しくおだやかな笑顔で問いかけてくる。
「何の事だ?」
 智は赤面しながら豪を睨み付けた。
「寝起きでそういう口がきける様なら大丈夫だな」
 豪は軽く笑って智を抱きしめたまま上体を起こすと、大声を上げた。
「よーし、全員起床!」
「ほえ?」と生。
「智、大丈夫?」と和紀。
「落ち着いたみたいだね、良かった」と愛。
 智は唖然としていた。自分を取り囲んでみんなが雑魚寝をしていたのだ。
 しかもわざわざリビングに布団を敷いて。
「これはいったい?」
「覚えていないのかもね。智は昨夜、ここで倒れたんだよ」
 狼狽する智に和紀が説明しながら布団を片付け始める。
「母ちゃんが熱も無いし、多分精神的なものだろうって言ってたんだ」
 身体が小さいので布団と格闘しつつ生が答える。
「君を独りで寝させない方が良いって僕が判断したんだけど、びっくりさせちゃったみたいだね」
 愛がそっと智の顔色を見る。
「それでこうしてみんなが布団持ってきて一緒に寝たって訳だ。腹も減ったし、さっさと片付けて着替えてから朝飯食おうぜ」
 豪が智の頭をぽんぽんと叩きながら明るく声を掛ける。

 タイミングを見計らった様にダイニングから恵の声が聞こえる。
「朝ご飯が出来てるから、早くお布団を片付けて顔を洗ってから食堂に集合よー」
「さあ、智も行こう」
 みんなが軽く智の背中を押す。
 まるで『後ろばかり見ていないで一緒に前に進んで行こう』と、言っているかのように。

 ああ、そうだな。みんなで一緒に行こう。

 少しだけ明るい未来を見た智は、にっこり笑って2階へ上がって行った。

つづく



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