side−B −春休み-(2) 生と愛の場合 豪 高校1年3月末 (だーっ! 重い、苦しい! 一体、何だぁ?) 生は胸の上に重い物が乗っている圧迫感で目を覚ました。 起き上がろうとして自分の指や身体に何かが絡み付いているのに気付く。 細くて黒い長い糸、よく見るとそれは髪の毛だった。 嫌な予感がしてちらっと横を見る。そこには自分を抱き枕の様にしっかり抱きしめて眠る愛が居た。 「うぎゃあーーーーっ!!」 生の悲鳴が家中に響き渡り、飛び起きた豪達が走って生の部屋に駆けつける。 彼らの目に映ったのは愛が生をベッドに押し倒している姿だった。むろん、勝手な思い込みによる大きな見間違いと勘違いだ。 「生、大丈夫か?」 豪が愛の襟首を掴んで生から引き剥がすと、和紀がテレポートで愛を庭に放り出した。 智は気持ちの悪い物を見てしまった不快感で壁にもたれて口元を押さえていた。 庭に落とされた痛みで愛は目を覚ましたが、まだ寝ぼけている。何故、ベッドで眠っていたはずの自分が庭に居るのか理解出来ず、ぼーっとそのまま座り込んでいた。 寝ぼけ眼をこすっていると、豪と和紀が玄関からパジャマ姿のまま走り出て来るのが見えた。 (な……に?) 愛は何が起きているのか全く把握出来ていなかった。 愛の行動に怒りまくった豪が、バケツ一杯に入れた水を頭から愛にぶっかける。 そこまでされて、漸く愛は完全に目を覚ました。 「どういう事か説明して貰おう」 憤怒の形相で豪が問いただした。 いきなりずぶ濡れにされて愛は唖然としたが、伺うように豪に視線を向ける。 「何か有った?」 愛のすっとぼけた返事に今度は和紀が怒鳴りつけた。 「君、生に何をしたの!?」 2人が凄く怒っているので愛は萎縮してしまった。 「……僕、何かした?」 豪と和紀は絶句した。 愛は昨夜、自分が何をしたのか全く覚えていなかったのだ。 「それで、あなたはわたしにどうしろというの?」 豪が本家に顔を出した(正確にはアポ無しで怒鳴り込みをした)時、千寿子は朝食後のコーヒーを飲んでいた。 「愛は寝ぼけてうっかり間違えて生のベッドで寝ちゃっただけでしょ? 何か実害が有った訳でも無いし、それほど大騒ぎをしなくても良いでしょう。生が愛の精神安定に欠かせない存在だって事はあなたも承知済みよね?」 千寿子は溜息を吐いて立ち上がった。 「つまり、あなたは愛に生の安眠を妨害させたくないのね。だったらその様にわたしが責任を持って手配するわ。だから」 「朝も早くから、いいえ。いつでもだけど、そんな格好で人前に出てこないでよ!」 千寿子は真っ赤な顔をして豪を睨み付けた。 「あ、……悪い」 千寿子に指摘されて初めて豪は自分の姿に気が付いた。豪は愛と庭先で話をした後、そのまま飛び出して来たのだ。 寝起きのままのぼさぼさの髪、よれよれでボタンが半分外れてはだけたパジャマ姿、その上裸足だった。 「飛島さん、忙しい時に悪いけど、豪に着替えと朝食を用意してあげて欲しいの」 側に控えていた執事が了解の意志を表し、頭を下げ退室する。 「いや、俺は用が済んだからすぐに帰る。朝っぱらから邪魔して悪かったな」 そのまま豪は踵を返して帰ろうとする。 「ちょっと待って。まさかその格好で又、外を歩く気じゃ無いでしょうね? たとえうちの私有地であなたは平気でもわたしが恥ずかしいのよ。婚約者(仮)として」 豪が婚約者という言葉に嫌そうな顔をして振り返る。 「とにかく席についてちゃんと食事をして、着替えてから帰ってちょうだい。その間に生の事は手配しておくわ」 千寿子は豪に念を押してからリビングを早足に出ていった。 (全く豪って羞恥心が欠落してるんじゃないの? いくら超ブラコンで生が大事でも、年頃の女の子の前に出てくる姿じゃ無いでしょ。そんな事にも全然気が付かないなんて!) ずんずんと千寿子が廊下を凄い勢いで歩いていく。男のパジャマ姿は弟の愛で見慣れているのだが、相手が豪となるとさすがに千寿子も冷静ではいられなかった。 専用の執務室に入るとノートパソコンを開き、インターネットで「ある物」の内容を確認すると、すぐにメールを送った。 結局、豪は天ノ宮家で豪勢な朝食をご馳走して貰った後、足が泥だらけだったのでシャワーを借りて用意された服に着替えた。 何故、長身の自分の身体のサイズに合った服や靴、下着まで本家に有るのか? 考えると怖い事になりそうなので、豪は思考を停止させた。 玄関から廊下にかけて、自分が付けた足跡の掃除をすると執事に申し出たが、丁重に断られた。 「着用されていた服は、洗濯してそちらにお返しに上がります。豪様はお嬢様の大切な方ですからいつでも歓迎いたします。只、できましたら次回からのご訪問の際には、事前に連絡を頂けますと大変助かります」 暗に不作法を指摘され、自分の至らなさを詫びて豪は本家を後にした。 「だから全然大丈夫だよ。びっくりして大声上げちゃって、みんなを起こしちゃったね。ごめん」 豪が帰宅するとリビングで生が笑いながら今朝の事をみんなに話していた。 「気持ち悪くないのか?」 智の問いに生は思い出す様に首を傾げた。 「髪の毛が絡み付いてる感触が気持ち悪かったかな。それと凄く重かった。でも愛兄ちゃんが横に居る事は気にならなかったよ」 それぞれが「それで良いのか?」と抗議をしたい気持ちだったが、生本人が全く気に留めていないので何も言えなかった。 愛はひたすら沈黙を保っている。皆の怒りの感情はひしひしと伝わって来ていたので、これ以上藪をつついて蛇が出るのは遠慮したいと真剣に思っていたのだ。 生が隣に座っている愛の顔を覗き込む。 「愛兄ちゃんはどうして髪をどうして伸ばしてんの? それだけ長いと自分でも鬱陶しくない?」 愛は「ああ」と気付いて自分の髪に触れた。 「この髪は僕の超能力を制御するのに必要なんだ。姉さんも結構長いよね。天ノ宮家では超能力を強くしたり、制御能力を上げる為に代々髪を伸ばしているんだ。僕も切りたいとずっと思っているんだけど、こればかりは仕方無いね」 「たしか初めて会った時は、短かったよ」 「あの頃はまだ超能力を制御する以前に、上手く使う事もなかなか出来なかったからね」 「ふーん。夏場にあせもが出来そうだし、お風呂も大変そうだね」 生は愛の髪の毛先を犬の尻尾の様に振って遊んでいた。 恵が豪の帰宅と新しい服に気付いて、「どうしたの?」と尋ねると豪は眉間に皺を寄せた。 「怒ったお嬢さんに着替えさせられて、朝ご飯までご馳走になった」 あきれ顔で恵が肩を竦める。 「あんな格好でいきなり行ったのだから当然よねぇ。本当に考え無しで猪突猛進の所はいくつになっても直らないんだから」 豪は憮然とした表情で、本家での千寿子との会話をみんなに報告した。 「……という事で、生。お嬢さんが対処すると約束したから、安心して寝られるぞ」 豪の話が終わると愛の顔色が一気に悪くなっていった。どうやら本気で怯えているらしく、ぼそりと愚痴をもらす。 「姉さんのお仕置きが来るかもしれない」 がたがた震える愛の肩に生が手を乗せる。 「千寿姉ちゃんのお仕置きってそんなに怖いんだ?」 ぶんぶんと頭を縦に振って愛が肯定の意志を返す。 豪と生でさえ千寿子の性格の怖さの一端は知っている。あえてどんなお仕置きなのか聞く者は出ず、乾いた空しい空気がリビングを包んだ。 その日の夕方、一流家具メーカーから生宛に荷物が届いた。 玄関に入るか入らないかの大きさのそれに全員が絶句する。なぜなら、それはキングサイズのダブルベッドだからだ。 「やだなー。こんな大きいベッドを入れたら、俺の部屋これだけで一杯になっちゃうよ」 「そういう問題じゃ無い!」 のんきな生の感想に思わず全員が大声を上げた。 「豪、どういう説明したらこんな事になったの?」 和紀が豪の説明に不備が有ったのでは無いかと問いつめる。 豪は又しても千寿子にはめられたと思った。 たしかにこれだけの大きさなら”生の安眠は妨げられない”だろう。 実際は今朝の豪の恥ずかしい訪問に対する千寿子の意趣返しだったのだが、愛は自分に火の粉が降りかからなかった事を知り胸をなで下ろした。 緊急家族会議が開かれ、全員一致で和紀がダブルベッドを本家に転送する事になった。 そして生の部屋のベッドサイドには本人は最後まで抵抗したが、豪達のたっての希望で防犯ブザーが取り付けられられる事になったのだった。 つづく |