side−B −春休み−(1) 全員集合 豪 高校1年3月末


 天ノ宮家敷地の一画に建てられた新居を初めて見た豪と生は、しばらく口を開けたまま固まっていた。
 4DKの賃貸マンションで生まれ育った2人には、目の前にある物体は完全に想像の範囲外だった。
「7、8人は余裕で暮らせると聞いてはいたが……。でかい」
「これって、高級アパートとかじゃ無くて普通の一軒家なんだよね?」
 元来の貧乏性が邪魔をして、屋敷と言っても遜色の無い巨大な家に自分達が住む実感がどうしても湧かないのだ。
 事が決まって以来、本家の豪邸に何度か足を運んでいたが、人の家に訪問する事と自分が住む事は天と地ほどの違いが有る。
「2人共、ぼーとしてる暇が有ったら、さっさと自分の部屋に行って荷物を片付けなさい。2階のドアに名前を書いた紙が張ってあるから」
 荷物はすでに業者が運送済みで、恵が呆けている豪と生の頭を軽く小突いて家に入って行った。
 2人が階段を上がると廊下に面して一列にドアが5つ並んでいる。手前から豪、生、愛、和紀、智の順になっている。
「愛が生の隣なのか」
「無難な部屋割りだと思うよ。智兄ちゃんが奥の角部屋っていうのも解るな」
 不満げな豪に自分の役割をちゃんと認識している生があっさり答えた。
 各個人の部屋は全て南向きで、全員に不公平を感じさせない配慮が伺えた。
 各部屋はベランダで繋がっていて自由に行き来できる様になっている。廊下を挟んだ北側はバスルームとトイレが2つずつと洗面所が3つ、それに共用の納戸が有る。
 3階は屋根裏部屋の様な造りでサンルーム(恵命名=物干し部屋)とクローゼットという配置だ。
 1階にはリビング、食堂、バスルーム、洗面所、トイレが2つ、天野夫妻用の私室が2部屋用意されている。
「25日には愛達も引っ越してくるんだったな」
 部屋の片付けを終え、夕食時に豪が恵に確認をとる。
「高等部の入学式が4月1日だから急いで準備したそうよ。始業式と中等部の入学式は7日だけど、それまでにみんながここの生活に慣れないとね」
 笑顔で答える恵は本当に活き活きしていた。家族が増える事を楽しみにしているのと、よほど新しい仕事にやり甲斐を感じているらしい。

「豪、ごめん。これも頼んで良い? 壊れ物だから気を付けてね」
 荷物を運び入れるのを手伝っていた豪に和紀が更に段ボール箱を追加する。
「お、これは重いな。一体何が入ってるんだ? こういうのはプロに頼め」
 ずっしりと手に掛かる重量に豪が不満を漏らした。
「他人任せにしたくない物が多いんだよ」
「それほど大事な物なら自分で運ばなくて良いのか?」
「んー。豪の事は全面的に信用してるから」
 和紀に背を向けると赤面して豪は階段を登って行った。
 軽い嫌みのつもりで言ったのに、邪気の無い笑顔で答えられたら黙って手伝うしかない。口が上手過ぎだと豪は思ったが、不思議とお世辞や嘘を言ってるようには聞こえなかった。
 智の荷物は全て業者任せで、すでに1人で部屋に籠もって整理を始めている。
 生は微力ながら愛を手伝っていた。
 各部屋にはAV器機が完備されていて、ベッドと机、本棚を置いても充分余裕が有った。
 トイレなども多めに設置させられていたので、お互いぶつかる心配がほとんど無い。
「まるで学校の寮みたいだね。ちょっと豪華過ぎる気がするけど、千寿姉ちゃんってホントに気前が良いよね」
 生の素直な感想に皆が笑った。
 皆、この新居をとても気に入っていた。
 その日、全員がそろって夕食を食べるまでは。

 数日後、お母さん(色々面倒なので和紀達も恵をそう呼ぶ事になった)が「ご飯よー」と2階へ声を掛ける。
 その直後に5つのドアが開けられ、全員が食堂へ全速で走って席へ着く。
 同時に「いただきます」と言ったはなからおかずの争奪戦が始まった。
 全員が育ち盛りの少年である。その食欲の旺盛さには、始めは恵も舌を巻いた。
 それぞれの好みや栄養のバランスも考えて、いつも多めにおかずを用意しているのだが、全て食べ終わるまで争奪戦は終わった事が無いのだ。
「あーっ。智、それは僕が後で食べようと楽しみに取っておいたのに」
 和紀が抗議の声をあげつつ素早く別のおかずに手を出す。
「誰がいつ何を食べようと本人の自由だ。愛、誰が何を狙っているかテレパシーで探るんじゃない」
「それぐらい良いじゃない。豪、君は充分大きいんだから少しは遠慮したら」
「この身体を維持するのに大量のエネルギーが要るんだ。生、お前もしっかり食べろよ」
「俺が1番小さいんだから1番たくさん食べる権利が有るはずだよ。皆が遠慮しなよ」
 食事を摂っている5人を見つめて恵は満足していた。栄養士として腕を思い切り奮える良い機会だし、彼らの顔を見れば味付けに満足している事は疑いようも無い。
 更に食事の進み具合でそれぞれの体調も測れるのだ。
 豪と生は納得がいくとして、上流階級の出である他の3人も、食べ物を前にした時はなんら変わりの無い普通の少年達だ。
 恵は全員をとても好ましく思っていた。
 豪と生の2人ではあり得なかった、ささいなもめ事も新鮮だった。1人っ子の和紀や智に至っては初めての経験だろう。
 こうして自然にうち解けて絆を結んでいけば良いと恵みは心から思った。

 だが、今夜はいつもに増して争いが激しかった。
 おかずが宙を飛び交い始め、更にお皿ごと飛んでいた。
 鉄壁の笑顔が恵の顔に浮かぶ。
「いいかげんにしなさい。全員、明日の夕食を抜きにしますよ!」
 その後、5人は黙々と静かに食事を食べ終えたのだった。

つづく



<<1話へ||side-B TOP||(2)へ>>