side−B −はじまり−1 豪 高校1年3月


 3月半ば。この日は晴天にも関わらず風がとても強く、道行く人の吐く息もかすかに白かった。

 バスケットボールかバレーボールでもやっているのだろうかと思わせるほど長身で筋肉質の体つき、短めの柔らかそうな癖毛、体格の割には少々幼さの残る顔をした少年と、小柄で細身、大きな瞳とくるくると変わる表情は可愛らしいという表現が似合う少年が、同じ大きな白い封筒を小脇に抱えて足早にマンションのエントランスに入る。
 エレベーターを待ちながら2人は同時に肩を震わせた。
「めちゃくちゃ寒かったね。兄ちゃん」
 弟の生が首をこれ以上は無理というくらい上げて、兄の豪に声を掛けた。
「ああ、母さんの言うとおりコートを着て出れば良かったな」
 豪は制服のポケットから手を出して生の両頬を覆った。予想どおり赤くなった生の肌は冷え切っていた。
「兄ちゃんの手、凄く温ったかいや」
 にぱっと笑う生に豪も笑い返す。
「今更な気もするが、カイロ代わりにはなるだろう」
 エレベーターが1階に停まると豪は生の顔から肩に手を移して乗り込んだ。

「ただいま」
 豪と生が家の玄関に入ると、すぐにキッチンから母の恵(めぐみ)が顔を出す。
「お帰りなさい。とても寒かったでしょ。すぐに温かい物を用意するから着替えてらっしゃい」
「はーい」
 生は明るく返事をして走って自室に向かうが、豪は恵に何かを言いたげにキッチンの入り口に立っている。
「どうしたの? 豪も遠出と面接で疲れてるでしょう」
 恵が促しても、豪は黙って迷うような視線を向けている。
「母さん」
「話は後で聞くわ。あなたもさっさと制服を脱いで、楽な格好になって来なさい」
「あ、ああ」
 豪はまだ煮え切らない様子だったが、恵の強い視線を受けて押し切られるように自室へ行った。

「新しい学校はどうだったの?」
 ホットミルクで冷え切った身体を温め、手作りクッキーを頬張る息子達に恵が問い掛けた。
「すっごく大きかったよ。ねぇ、兄ちゃん」
 にっこり笑う生と対照的に、豪は帰宅した時のままの浮かない顔をしている。
「高等部だけで今の学校の倍以上は広かったな。パンフレットを見ると生徒数は同じくらいなんだが」
 封筒から資料を出しながら暗い表情を見せる豪に、恵が解らないと首を傾げた。
「豪、さっきから様子が変ね。疲れてるの? それとも面接が上手くいかなかった?」
「いや、面接の印象は良かったんだ。ただ、その、あー」
 恵の鋭いツッコミに豪が言葉を濁す。
「帰ってきてからずっと変よ。言いたい事が有るならはっきり言いなさい」
 恵の顔を見て、溜息を漏らしながら豪は正直に打ち明けた。
「試験免除、内申書と面接だけでOKって話だったから楽だと思った。引っ越し先から1番近い学校だと親父から聞いているし……だが、やっぱりあの学校には行きたくないんだ」
 生が意外だという顔を豪に向ける。
「なんで? 兄ちゃんだって静かで緑が多くて良い環境だって言ってたじゃんか。中等部と高等部は隣接してるから一緒に通学できるし」
「そうだな。有名私立校だけあって設備は整ってる。噂どおりなら授業内容も今の公立校とは比較にならないくらい良い学校だと思う。でも、理事長と学校の名前が嫌なんだ」
 本気で嫌そうに答える豪に生と恵はやれやれと顔を見合わせた。


 事の起こりは正月明けに4月から父の正規(まさき)の転勤が決まった事だった。
 今の賃貸マンションからは通勤が困難な為に一家で引っ越す事になり、この春高2になる豪は高校を転校、4つ年下の生は同じ学園の中等部に入学することになった。
 私立天野学園。
 『AMANO』が経営する幼等部から大学院まであるマンモス校である。
 ずっと普通の公立学校に通い、平民感覚が身に浸みている豪にとって、年に1度、本家で開かれる豪華過ぎるパーティーは苦痛でしかなかった。
 その辺りは生も同感だったが、豪ほど露骨に本家を敬遠していない。
「兄ちゃん、そこまで嫌がらなくても良いじゃんか」
「親父の母校だし内容も良いと頭では解ってるんだ。でも住む世界が違い過ぎて本家にはなるべく近付きたく無い」
 渋面でパンフレットを眺める豪を恵がたしなめる。
「理事はともかく生徒は普通の家庭の子が多いのよ」
「それはそうなんだろうが……」
 尚も愚痴をこぼそうとする豪に恵はキッパリと言い切った。
「今更、我が儘を言うんじゃありません。お父さんの急な転勤を考慮して、わざわざ学園側から転入を勧めてくださったのよ。それを断って今から自分で転校先を捜すの? 後1ヶ月も無いのにどうするの」
 豪の背に冷や汗が垂れる。恵の顔がどんどん晴れやかな笑顔になっていったからだ。
 恵は日頃から子供達に反論を許さない時は鉄壁の笑顔になるのだ。
「俺が間違ってた」
 豪は肩を落として深い溜息を吐くと、パンフレットをテーブルに投げ出した。

(母ちゃんに逆らっても無駄だって解ってるくせに、本当に兄ちゃんって往生際が悪いんだよな)
 生は豪を横目で見ながら我関知せずという顔をして平然とミルクをすすっている。
 たとえ大好きな兄の本気の悩みでも、怒らせると怖い母に逆らってまで、味方をするほどの問題とは思えなかったのも大きな要因だ。
 カップをテーブルに置くと、恵は「あっ」と、小さく声を上げた。
「忘れてたわ。明日の日曜に、2人に本家から招待状が届いてるのよ」
「え!?」
 これにはさすがに2人共大声を上げた。
「たしか2人共予定は入って無かったわね。午後にお迎えが来るから行ってきて」
 瞬時に豪の表情は更に暗く沈んでいく。
 しかし、恵は笑顔のままで目には反論を許さないという真剣な光が浮かんでいた。
 ぞくっと背筋に悪寒が走ったが、一瞬で生は開き直った。
「兄ちゃん、招待って言うくらいだからきっと美味しい物をご馳走してくれるよ。だから行こうよ」
 生の(必死の)笑顔にそれまで硬直していた豪にも辛うじて笑顔が浮かぶ。
 何と言っても豪は生が可愛くて仕方ないのだ。くしゃりと生の髪をなでて「そうだな」と答えた。


 翌日。約束の時間に上品なスーツ姿の男が現れ、玄関先に出た豪と生に深々と頭を下げた。
「豪様、生様、お迎えに参りました」
 呆気にとられた2人が先導されるままにエントランスに出ると、マンションの正面に落ち着いたシルバーグレーの高級車(という事しか2人には判らない)が停まっていた。
 迎えに来た男が運転手らしく、扉を開けて2人を待っている。
 車に乗り込むと内装の豪華さに生が思わず「ほぇー」と声を上げ、豪は車の価格を想像するだけで頭がくらくらして声も出せずにいる。
 2人が落ち着くのを待ち、運転手はゆっくり車を発進させた。
 途中高速道路を使い、1時間ほど車を走らせると森に囲まれた落ち着いた風景が目に入る。
 車は年に1度(強制的に)訪れる本家の門を通り過ぎた。
 窓に張り付いて外を眺めていた生が豪をふり返る。
「兄ちゃん、いつも行く家と違うよ」
 豪も顔を上げて生の指差す方向を眺めて頷いた。
「たしかに外観が違うな。こっちの方が一回りは大きそうだ」
 豪達の疑問に答えるように運転手が話しかけてきた。
「パーティーなどの公的な催しは別邸で行われております。これからお2人をご案内するのは本邸でございます」

(あれが別邸だって? ここの敷地は一体どれだけの広さが有るんだ?)
 車は徐行しながらとはいえ、門を通ってからすでに10分以上走っていた。周囲に他に建物や道路すら見えず、深い森の中を舗装された道路が1本だけ伸びている。
 豪は完全にうんざりした顔で腕組みをしている。一方、生は「すごいや」としきりに感心していた。

 車が玄関前に止められ2人が降りると、すぐに初老の男が現れて2人を邸内へ迎え入れた。
「ようこそいらっしゃいました。豪様、生様、お待ちしておりました。どうぞお入りください。お嬢様が先ほどからお2人を心待ちにしておられます」
 促されるままに豪と生はホールのような玄関を進んだ。

(俗に言う執事って奴か。さっきの車といい、やっぱり本家と俺達は住む世界が違い過ぎる。かと言って、今更ここでUターンする訳にもいかないしな)
 豪は開き直って男の後を追った。
(これってもしかしてVIP扱い?)
 生は周囲を見渡しながらいつものパーティーとは違う生活感の有る雰囲気を感じて、初めての体験にわくわくしていた。

 落ち着いた色調の廊下を3人は進んでいく。
 長い廊下の中程にたどり着いた時、男が両開きのドアの前で立ち止まってふり返った。
「こちらでございます。どうぞお入りください」
 丁寧な応対に豪は一言礼を言うと、一呼吸して扉を開けた。

 その部屋は豪達が住むマンション1軒分の広さは有る明るい応接間だった。
 傷でも付けようものなら心臓が凍りそうな思いをするに違いないと素人でも判る高価なテーブルとソファー、調度の数々、そして正面に濃い栗色の腰まで届くロングヘアーの美少女が立っている。
 彼女こそが巨大グループ企業『AMANO』の会長の1人娘であり、次期会長でもある天ノ宮千寿子(ちずこ)だった。
 2人の顔を見た千寿子は、大輪のバラが咲きほころぶような笑顔を浮かべた。
「豪君、生君、お久しぶりね。急な招待だったのに快く応じてくれて本当にありがとう」
 毎年顔を合わせているとはいえ、豪は3度目、生は2度目の会話である。
 公式のパーティーとは違う大企業の令嬢とは思えない気さくな挨拶に、豪は対応しきれずに佇んでいた。
「えっと千寿子お姉さん、お久しぶり」
 生はにっこり微笑んで答えた。
「どうぞ座って。ケーキと紅茶を用意したのだけど、コーヒーの方が良かったかしら?」
「ありがとう。俺は紅茶で良いよ」
 生は近くのソファーに腰掛ける。
 千寿子が不思議そうに扉の側に立っている豪を見つめる。
「豪君、どうかしたの?」
 呼びかけられて漸く豪は「あ、ああ。久しぶり。ちょっとな」とだけ答えて生の隣に腰掛けた。
 手際良く自分でお茶の用意をする千寿子に、何もできないお嬢様という訳でも無いのだと豪は少し見直した。
 よく見ると千寿子が用意しているのは4人分のティーセット。つまり、ここにはもう1人誰かが居るという事だ。
 豪が不思議に思って首を傾げていると、それを察した千寿子が豪達の背後に声を掛ける。
「愛、いつまでそんな所に立っているの。あなたもちゃんと2人に挨拶して」
 2人がふり返ると部屋の隅に1人の少年が佇んでいた。
 千寿子よりも長く真っ黒なストレートのロングヘアー、歳は豪より少し下に見え、千寿子と並ぶと豪には及ばないがかなりの長身と知れた。
 表情からして動の千寿子に対し、静のイメージを醸し出す少年に豪と生の視線が向かう。
 俯いてかすかにはにかんだような笑顔の少年は、テーブルを挟んで豪達の前に立った。
 ゆっくり瞬きをすると生の顔を真っ直ぐに見つめる。
「生君、僕の事を覚えてくれてた?」
「!!」
 その言葉に2人は愕然とした。誰にだって忘れたくても忘れられない記憶というものがある。
 目の前に居る少年は6年前の創立記念パーティーで初対面の生にプロポーズした、豪の言うところの『変態少年』だったのだ。
「い……いつみ君?」
 呟く生に頷いて愛は正面のソファーに腰掛ける。逆に立ち上がったのは豪だった。
「お前、あの時の変態か!?」
 関わり合いになりたく無いと、生の手を引いて踵を返した豪に千寿子の制止の声が響く。
「待って! 豪君、帰らないで」
「お嬢さんには悪いが……」
「この子は愛。わたしの双子の弟なの」
「え!?」
 ドアの手前でふり返った2人に千寿子が両手を合わせて懇願する。
「お願い。始めから全て説明するから戻ってくれない」
 豪と生は顔をお互いに顔を見合わせ、同時に頷くとソファーに腰掛けた。
「親父から1人娘だと聞いていたが?」
 不信感で一杯という顔の豪に、頷きながら千寿子が紅茶を差し出す。
「あなた達は初耳でしょうけど天ノ宮家は代々女が継ぐの。現会長もわたしの母でしょ。男の子が産まれた場合は、義務教育課程を修了した時点で親戚筋に養子に出される決まりなの。だから公表していないわ」
「ずいぶん変わった習慣だな」
 豪が到底理解できないと軽く肩を竦め、生も聞いたことが無いと首を傾げた。
「ええ。その養子先は天野の親戚筋で、まぁ手っ取り早く言えば婿養子ね。もちろん入籍するのは成人後だけど、15歳までに婚約する事になってるわ。実は毎年行われるパーティーは愛のお見合いの席でも有るの」
 豪から生に視線を移して千寿子は微笑んだ。
「それなのに愛ったら間違えて生君にプロポーズしちゃったの。びっくりさせて本当にごめんなさい」
 豪と生の呆れ顔に愛が一気に赤面して俯く。
「あの時は暗かったし、焦ってたからてっきり女の子だと勘違いしちゃて……その……ごめん!」
 心底恐縮して小さくなる愛を生は可哀想に思った。
「勘違いだったって事はあの時に判ったから、そんなに気にしなくて良いよ」
「生?」
 驚いた豪の声に生が笑顔で応じた。
「だって兄ちゃん、愛君すごく反省してるんだよ。これ以上責めたら可哀想だよ」
 生には無意識に人の心身を癒す超能力が有る。その為か人の心の傷にも敏感に反応してしまうのだ。
 豪はそれを察して自分は納得はできなくても「分かった」と頷いた。
「そこで相談なのだけど、実は愛は未だに婚約者を見つけていないの。こういう前例は無いのだけど、結婚相手が見つかるまであなた達の家に養子に出したいのよ。これは愛の希望でも有るし、わたしや両親も賛成しているわ」
「どこをどうしたらそういう話になるんだ?」
 テーブルに手を付いて声を上げた豪に千寿子がしれっと答える。
「だって愛が養子に出されるなら、生君と暮らしたいって言うんだもの」

(やっぱり、こいつは変態じゃないか)
 豪はくらくらする頭を抑えながらソファーに沈み込んだ。
(絶対、この家どっかずれてるよ)
 度胸の据わっている生も天ノ宮家の変わりすぎた習慣にテーブルに突っ伏した。

 そんな2人の状態は完全に無視して千寿子は話を続けた。
「実はすでにあなた達のご両親には了解を得ているの。1つだけ条件を出されているのだけど」
 両親がすでに了承していると聞き、豪は更に頭を抱えた。

(親父、母さん、頼むからそんな大事な事を俺達に相談も無く勝手に決めるなよ。それにこいつに俺達の秘密を知られたらどうする気なんだ?)
 豪はとりあえず話を聞くだけは聞いておこうと、肩を落としつつ大きく溜息をついた。
「親父達が出した条件っていうのは何だ?」
 渋面で頬を引きつらせている豪に千寿子はにっこり微笑んだ。
「あなた達2人の承認よ」
「断る!」
 一瞬の躊躇も無く豪が一蹴した。
 ずっと黙っていた愛が、捨てられた子犬の様な目で豪の顔を見つめる。

(頼むからそんな目で俺を見るなよ。生と暮らしたいって事は、お前は未だに生に未練が有るって事なんだろ? 普通に女を好きになってまともな人生を送れよ)
 豪はまるで自分が凄く酷い事をしている気になり、気まずくなって愛から目を逸らした。

「どうして? 何か不都合が有るの?」
 真面目な顔で首を傾げる千寿子に豪は「変態を家に入れるのは嫌だ」と言うのはさすがにはばかられた。
 しかし、両親が愛の過去の行動を知った上で愛の養子を了承したとは到底豪には思えない。
 そうなら、自分が後で多少のごたつきが有ったとしても矢面に立って、この申し出を断るべきだろうと考えた。
 素早く頭を巡らし、後々両親と酷い口論にならずに済む正当な理由を探し出す。
「うちは5人も一緒に暮らすほど広くはないんだ。親父は普通のサラリーマンだから、本家のように特別裕福って訳じゃ無い。それに俺達は男の兄弟だからこの上男は要らない。女の子に来られてももっと困るんだが」
 豪の返事に千寿子と愛の表情がぱっと明るくなった。
「それだけの理由なの? 良かったわ。家の広さの話なら全く問題は無いの。だってあなた達一家の新居は7、8人が暮らしても充分な広さが有るもの」
「え?」
 豪と生が同時に間の抜けた声を上げる。
「もっと、深刻な理由で断られるのではないかと心配してたの。ねえ、愛?」
「うん、姉さん」
 手放しで喜ぶ2人に、豪達の方が戸惑っていた。
「ちょっと待て。何で俺達の新居をお嬢さん達が知ってるんだ? 俺達だってまだ何も聞いていないんだぞ」
 生も訳が解らないという顔で頷く。
「だって新居の手配をしたのはわたしだもの」
 呆然とした顔で自分を見つめる2人に千寿子は笑って当然の事と答えた。
「それに兄弟が増える事を気にしてるなら心配要らないわ。愛が養子に行っても4人家族って事は変わらないもの」
 足し算が合わないだろうと、額をポリポリと掻きながら豪は溜息をついた。
「あのな、せめてもう少し一般人にも解りやすく言ってくれないか。俺には、多分生にもお嬢さんが言ってることが全く理解できないんだ」
 千寿子が驚いて「まさか」と声を上げながら口元に手を添えた。
「もしかしてご両親から何も聞いていないの? 豪君がわたしと結婚するからよ。豪君が天ノ宮家に婿養子に来て、愛が天野家に養子に入るのだから数は変わらないでしょう?」

「――――――――――――!!」

 豪は気を失うほどの衝撃を受けて完全に思考が停止した。
 突然の事に驚いた生が、固まっている豪の服にしがみついて詰め寄る。
「兄ちゃん結婚するの? 何で俺に黙ってたんだよ!? 俺、びっくりするより傷付いちゃうよ!」
 生の凄まじい勢いで正気に返った豪はぶるぶると頭と手を振った。
「知らん。俺も全く初耳なんだ。何で俺に結婚の話が出たのかこっちが聞きたいくらいだ!」
 そのまま怒りにまかせて千寿子を怒鳴りつける。
「ふざけるのもいい加減にしろ! 冗談もここまでくると洒落にならないぞ。あんた達上流階級の人間の悪趣味なお遊びにつき合ってられるほど俺達は暇じゃないんだ。もう我慢の限界だ。帰らせてもらうぞ!」
 テーブルを叩いて千寿子達を睨み付けると、豪は「帰ろう」と生の肩を引いた。

『わたし達は真剣よ!』

 耳にではなく頭に直接響いた声に2人は硬直する。

(お前達はテレパスなのか?)
 口には出さない豪の思考に答えが返ってきた。
『そう、わたし達はあなた達の仲間よ』
(2人共なのか? もしかして俺達の超能力を知ってるのか?)
 豪の問い掛けに頷く千寿子と愛に2人は青ざめた。超能力は家族しか知らない秘密。決して他人には知られてはならない事だ。
 しかし、相手が強力なテレパスなら隠しきれなくても無理は無い。
 諦めた2人は再びソファーに腰掛けた。
「親父達は全部知ってるんだな?」
 動揺を隠せずに頭を抱えた豪に千寿子が冷静に答えた。
「そうよ。だからこそご両親は愛の養子を快く引き受けてくださったの。愛は強力なテレパスなのだけど、あまりにも超能力が強い為にとても制御が不安定で、常に精神の緊張を強いられているの」
 一呼吸空けて、千寿子はやはりまだ動揺から立ち直っていない生の顔を見つめた。
「相性が良いらしくて生君の側に居ると、超能力の制御が楽になるのよ。豪君はずっと変な誤解をしているど、愛は『変態』じゃ無いわよ」
 愛と生の不信を含んだ視線に豪が肩を窄めた。

 千寿子は3人の錯綜する思考に苦笑しながら豪達に数枚の書類を差し出した。
「申し訳無いけどあなた達の事を調べさせて貰ったわ。プライバシーの侵害だとか言わないでね。大事な愛を預ける以上、必要な処置だったの」
「俺達の交友関係から学校の成績まで調べたんだね。あ、だからレベルが高くて厳しいって有名な私立校に面接だけで転入できたんだ」
 手元に置かれた書類に目を通しながら、生は納得がいったとぽんと手を叩く。
 一方、豪は1枚の書類をこれ以上は無いという渋面で見つめていた。
「お嬢さん、これは何だ?」
 穴が空くのではないかと思うほど豪が見つめていた書類の左上を千寿子は指差した。
「ここに『婚姻届』って書いてあるでしょ。ドラマとかで見た事無い? わたしの署名・捺印は済ませてあるし、父とあなたのお父様のも貰ってあるわ。わたし達は未成年だから保証人が必要なのよね。後はあなたが署名・捺印して、あなたが18歳になったら役所に提出できるわ」
「そういう意味で聞いてるんじゃ無い!!」

  豪の怒号と同時にテーブルの上に有った全ての書類が千切れ、風も無いのに部屋中に四散した。



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