side−B −はじまりのはじまり− 豪 小学5年生


『さあ行って。あなたの思うままに』
 その声に推されて少年は闇へと駈けだした。

 「AMANO」
 『福祉・安全・健康』を企業方針に掲げ、製薬会社・医療機器メーカー・学校・病院・各種介護施設から警備会社まで幅広く経営する巨大グループ企業。

 この日、会長の私邸では一族だけの創立記念パーティーが行われていた。天ノ宮家は数百年の歴史を持つ為、内輪と言っても300人を超える人々が集っている。
 その私邸を覆う巨大な森の木の枝に、幼い子供の姿が月明かりに照らし出されていた。着慣れていない礼装からパーティーから抜け出して来た事が容易に伺える。
「おおっ! 絶景、絶景。ここからだとあの馬鹿でっかい家が見渡せるや」
 声こそ元気だが子供の顔に笑顔は無い。
「まったくもー。なんで小学生になったからって、こんな退屈な所に来なきゃいけないんだろ。兄ちゃんが毎年すっごく嫌がってた理由がよーく解っちゃった」
 幼い姿に似合わずしかめっ面でとんとんと肩を叩く。
 両親と兄に付き添われ、『1番偉い』と言われた人の家族に、事前に家で散々練習させられた堅苦しい挨拶をして、緊張で一気に疲れが出たのだ。
 その直後に気真面目な家族の隙を見て、さっさと自分だけ抜け出したのだった。

 子供が星を眺めながら溜息をついていると、下の方からガサガサという音が近づいてくるのが聞こえてくる。
「何だろ?」
 足元を覗きこむ様に見下ろす子供の目の前に、いきなり1人の少年が現れ、子供の両手を強く握りしめた。
「君こそ僕がずっと探し続けていた子だよ。お願いだから僕のお嫁さんになってくれない?」
 一気にまくしたてると頬を真っ赤に染めた少年は子供を力一杯抱きしめる。
(これって、一体何ぃーっ!?)
 いきなりの強襲に頭の中が真っ白になった子供は完全に硬直した。
 なぜなら、その子供も又、少年だったのだから。

 自分がおかれている立場を漸く理解した子供は慌てて言い募る。
「ちょ……ちょっと待って。いきなり何だよ? 俺、男だよ!」
 少年の腕から必死で逃げ出しながらなんとか言い返すと、木の幹に張り付きぜいぜいと肩で息をする。
 どう見ても自分よりちょっとだけ年上で、しかも初対面の少年からいきなりプロポーズされたのだ。当惑するのが当然である。
「え? 男……?」
 少年の方も子供から発せられた言葉に唖然とする。
「君は男の子なの。本当に?」

(信じられない。だって僕が見つけた相手なのに男の子のはず無いよ)
 少年はまさか自分が間違えるはずは無いと思いながら、子供の両手を再び握りしると顔をじっと見つめる。
「!!」
「……本当に……男の子なんだ!!」
「だから、初めからそう言ってるだろ!」
 愕然とする少年に怒った子供が大声で言い返した。

(姉さん……これってどういう事? こんな事って有るの? だって……)
 少年がうつらうつら思考を巡らせていると、別の少年の声が近付いてきた。
「生(いく)ー、そこらに居るんだろ? 返事をしろ。そろそろ帰るぞ」
 逃げ出したまま一向に戻って来ない弟を心配した兄の豪(ごう)が走って迎えに来たのだ。
 兄の姿を見つけ生が思わず大声を上げた。
「兄ちゃん!」
「生!?」
 豪は生の必死で訴え掛ける様な声がした方向を見上げる。豪の目の前の木の枝には困惑しきった弟の生と見覚えの無い少年が座っていた。
 しかし、月明かりの中でも少年が生の両手をしっかり握りしめているのを豪は見逃さなかった。

(何だ? あいつは)
 きらりと豪の瞳が光る。その瞬間少年の足元で木の枝が折れ、少年は枝ごと地面に落ちていく。
「わわっ。痛ったーい」
 一緒に落ちた枝がクッションの役目を果たしたものの、少年は思わず悲鳴を上げる。
 慌てて数メートル上の枝から難なく飛び降りると、生が豪の元へ駆け寄りながら非難するように言う。
「兄ちゃん、いくらなんでもやりすぎだって」
 生の身体を優しく抱きとめると、豪は涙目で腰をさする少年を見下ろす。
「そいつから何やら不穏なものを感じたんだ。大した怪我はさせていない。ちゃんと手加減したから」
 少年に不審な目を向けながら豪は答えた。
「生、父さん達が帰るってさ。もう帰ろうぜ」
 豪は生の肩を抱いて屋敷へと足を向ける。
「う、うん」
 生も豪の服に掴まりながら歩き出した。
 その彼らの後ろから引き留める少年の弱々しい声が聞こえ、2人は仕方なく振り返った。
「待って。君、生って名前なの? 僕の名前は愛(いつみ)っていうんだ。絶対に僕の事を忘れないでいてくれる?」
 先ほどの事もあって豪の背中から覗き込む様に生は愛を見つめ返す。

(なんか、悪い人じゃ無いみたいだ。真っ直ぐに俺の顔見てるし……)
 生には愛からは純粋な自分に対する好意しか感じ取れ無かった。少しだけ首を傾げて、1つ息をすると少年に話し掛ける。
「いつみ……君だね? 忘れないよ。約束する」
 本音は忘れたくても忘れられそうも無いと思ったのだが、生は自分が感じるままに答えた。
 一方、豪は不快もあらわに愛を見返して吐き捨てる様に言う。 「忘れねぇよ。絶対にお前の事はな。大事な弟にこれ以上変なちょっかい出されちゃかなわないからな。2度と俺達の前に顔出すなよ」  愛への警戒を解かないまま、生の肩を抱いて足早にその場を立ち去った。

 独り残された愛は長い時間、呆然と座り込んでいた。
 しばらくして我に返ると、地面に拳を叩き付けて大声で叫んだ。
「あの子が男の子だなんて……男の子だなんてあんまりじゃないか。運命の神様の馬鹿ーっ!」

 一方家に帰った後、生から事の一部始終を聞いて激怒した豪もやはり叫んでいた。
「ちきしょー! そうと知ってたら手加減なんかせずに、頭から思いっきり叩き落としてやるんだった!」
「兄ちゃん、いつも父ちゃん達からきつく駄目だって言われてるのに人前で超能力(ちから)を使っちゃった上にそんな事まで言っちゃ駄目だよ。これが母ちゃんにばれたら絶対、怒られちゃうんだからぁー」

 怒り狂う超ブラコンの豪の背に掴まりながら、生は何とか豪に機嫌を直して貰おうと必死に宥め続けたのだった。

つづく

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