Rowdy Lady シリーズ 3 『天使の歌声は聞こえない』

27.

 警報と同時に隣室に控えていたシークレットサービスに誘導され、ジェニファーは地下シェルターに避難していた。
 地上の争乱はかなり前に収まっている。安全の目視確認をしに出たシークレットサービスが、トニーの伝言を持って帰ってきたので、ジェニファーも急いで地上へ出た。
 救助の手が足りないのか、廊下には無傷で気を失っている多くのシークレットサービスが横たわり、意識の有る打撲負傷者達はダイニングで専属医師の治療を受け、家事ロボット達が慌ただしく壊れ物を片付けていた。
 所々にシークレットサービス達が使った低出力粒子砲の跡が見える。しかし、テラスに面した1番奥の部屋とカメラ以外はほとんど家屋に被害は無い。トニーの書斎が有る家の最奥近くまで戦闘の跡が残っているのに死亡者は1人も居ない。
 普通の襲撃とは考えられない。どういう事だろうかとジェニファーは首を傾げて父トニーの執務室に入った。
「お父様、一体何が起こったの?」
 当然の疑問にトニーは苦笑しながら愛娘を抱き上げた。
「勇気が無かったパパに、聖なる炎の竜が「めっ!」と怒りに来たんだよ。だから入り口以外はほとんど被害が無いんだ」
 普段は冗談を言わない父の言葉に、ジェニファーが目を丸くする。
「おや。その顔は信じてないな。これまでパパが嘘を言った事が有ったかな?」
 楽しそうな口調とは裏腹に悲しげなトニーの目を見て、ジェニファーは作り笑いをしてみせた。
「お父様は昔から都合が悪くなると嘘をつく癖が有ったわ。それもバレバレのをね。でも、今夜は本当みたいね」
「そうなんだ。参ったよ。パパはファンタジーの世界でしか知らない竜の実物が、あれ程怖い物だとは思わなかったよ」
 今度は心から笑うトニーの首に抱きついて、ジェニファーは膝の上に乗る。
「それでもそれはとても優しい竜だったんでしょう?」
「ああ。とてもね。綺麗で優しい竜だったよ」
 愛する父の疲れた顔を見て、これ以上は聞くべきではないと判断したジェニファーは無言で微笑み、トニーはジェニファーの柔らかい髪にキスをすると何度も撫で続けた。


「おや。もう来ちゃいましたよ。流石と言うかあのコンビは本当に仕事が早いですね。どうします?」
 全身を黒服で包み覆面までした長身の青年が、部屋中央のソファーに腰掛けている青年に声を掛けた。
「ここはもう僕1人で充分だ。君は仲間が待っているフロリダに帰って良いよ」
 投げやりに言う青年に、覆面を外したフェイ少佐が口を尖らせた。
「貴方がどうお考えなのかまでは解りませんがね。「J」、私には貴方を護衛する義務が有るんですよ。というか、いい加減に慣れてください。貴方には重要な立場ってモンが有るんですから」
「君が可愛い女の子だったら24時間護衛でも大歓迎なんだけどね。さて、冗談はこれくらいにして、彼らが僕の命を狙うとでも思ってるのかい? 絶対に有り得ないよ」
 レベル4の防御スーツに身を包んだ青年が呆れ声で振り返る。声すら変えるフードで覆われた表情は全く解らない。
「相手が誰でもです。貴方が此処を無事に脱出されるまでは、私の仕事は終わりません」
 ジェイムズは軽く溜息をつくと肩を竦めた。
「フェイは真面目過ぎるよ。君までリンダの鉄拳を受ける事は無いと言ってるのに。リンダを本気で怒らせたら怖いって知ってるだろう。逃げちゃえば良いのに頭が硬いなぁ。ご苦労様と先に言っておくよ。ああ。どうしても此処に残るなら絶対に姿を見せない様に。何処に隠れたってリンダには通用しないだろうけど、いきなり物が飛んでくる危険は避けられる。椅子やテーブルで済めば御の字かな」
 どういう意味だと聞く勇気はフェイには無かった。ジェイムズとリンダがどんな学生生活を送っているのかまでは、さすがにフェイも知らない。
 太陽系防衛機構最新モデルレベル6のスーツ26体と、生身のままで戦えるリンダの怒りが自分に向けられたら、とても無傷でいられる自信は無い。ジェイムズの指示どおりフェイはクローゼットの影に隠れた。
 その直後に大きな音を立てて、頑丈な扉が開けられた。
「さっきから黙って聞いていれば、随分な言い様じゃないの。ジェイムズ、人を何だと思っているのよ!?」


 「君は正真正銘の(恐)竜だ」
 とリンダに真っ向から言える無謀な勇気の持ち主はそうそう居ない。リンダに殴られ慣れているα・シリウスでも躊躇するか、たとえ言えても即逃げ出すだろう。
 声や姿を変えても予想通りリンダには全てお見通しらしい。しかも、高度なステルス機能付きの部屋の会話まで丸聞こえとは、一体コンウェルの技術は何処まで進んでいるのか。末恐ろしさすら感じながら、ジェイムズはソファーから立ち上がった。
 怒りで瞳を輝かせ、完全復活したリンダが目の前に居る。その姿は正にサラマンダー(炎竜)だ。
 ゴーグルの機能を使っても、リンダの何処にも負傷の痕は見付けられない。「奇跡のリンダ伝説」にジェイムズは心底感謝した。
 駆け寄って力一杯抱きしめて歓喜の声を上げたいくらいだが、今は「J」として行動しなければならない。ジェイムズはゆっくり息を吐くとリンダ達に対峙した。
「おい。サラ、こっそり侵入するという計画は何処に行った?」
 即時即決即行動。有無を言わさないリンダの大胆さに、横にいるα・シリウスも額を押さえて溜息をつく。
「だって、シリ。此処にはユダは居ないわ。ジェイムズとフェイ少佐だけなのよ。遠慮なんか要らないでしょう。ジェイムズ!」
 早口でまくし立てて、リンダは真っ直ぐにジェイムズを見つめる。嘘は許さないオーラが噴き出しているのが見える様だとその場に居る全員が思った。
 ジェイムズはどうしたものかとポリポリとこめかみを掻いてリンダに向き直った。リンダとの対峙は考えられるパターン全てをシミュレートしておいたのだが、予想のはるか上を行くからリンダなのだろう。
「リンダ・コンウェル嬢、「ジェイムズ」とは僕の事を言っているのですか? α・シリウス、初めまして。太陽系防衛機構作戦統合本部の「J」です。あなた方の身に起こった今回の不幸な「事件」と「事故」について、説明する為に地球に来ました」
 太陽系防衛機構の本部は月軌道上に有る。ジェイムズは「J」の立場上、こう言わざるを得ない。

 リンダは無機質な声を聞いて、不快気にジェイムズの前に進み出る。
「髪まで真っ黒に染めてゴキブリみたいな仮装をして寝言を言わないで。何なの? そのブサイクな姿は。あなたは顔が1番の取り得でしょうに」
 空気を読んでも無視したリンダの鋭いツッコミに、耐えきれなくなってクローゼット裏に隠れていたフェイが爆笑しだした。α・シリウスも真顔を保てずに吹きだす。
 当のジェイムズは「やっぱり言われた」とぐらつきそうになる身体を必死で立て直し、頭の中で「リンダだから」と何度も呪文を唱え続ける。
「あなたが立場上「J」の仮面を外せないと言うならそれでも良いわ。でも、こちらも絶対に引けないのよ。答えて。ユダは何処に居るの?」
 こうもストレートに来れば、ジェイムズも正直に答えざるを得ない。どちらにせよリンダ達には全てを話さなければならないから此処に留まったのだ。
「君が言うところの「ユダ」に相当すると思われる人物なら、すぐそこに転がっている」
 ジェイムズが指さした先にリンダとα・シリウスは視線を向け、リンダは小さな悲鳴を上げ、α・シリウスは予想通りの展開に眉間に皺を寄せた。
 体格の良い中年男が自分の口に粒子砲を両手で抱えて突っ込み、頭を半分以上吹き飛ばして死んでいる姿が有った。普通に見れば自殺だ。死んですでに1時間は経過しているのだろう。ダークグリーンの絨毯に血の海が出来ている。スーツの襟に着けられた認識票が、それがユリウス・ケイシーだとリンダ達に教えていた。

 リンダはギリッと嫌な音を立てて歯を食いしばると、ジェイムズを振り返った。
「「J」、これはどういう事?」
「僕達が来た時にはすでにこの状態だった。事態の重さを鑑みて、USA政府と太陽系警察機構USA支部には連絡済みだ。僕達は現場保持と報告の為に此処に留まっている」
 激怒して暴れ出す前にリンダの身体を拘束し、α・シリウスがジェイムズの前に出た。
「報告を聞こう。刑事連続殺人事件に限り、俺はΩ級代理の権限を持っている」
 竜は抑えておくからさっさと吐け。と言わんばかりのα・シリウスの視線を受けて、ジェイムズも頷いた。
「本来ならスモール級の君では役者不足だが良いだろう。3日前にリンダ・コンウェル嬢の口から「裏切り者のユダ」という名が出たと報告を受け、我々太陽系防衛機構は独自に調査に乗り出した。太陽系警察機構刑事連続殺人事件に、悪名高き「闇使徒」が関わっているのなら放置は出来ない。ここ最近、USAで「闇使徒」達が動いているという情報を手に入れたので、協力を求めるべく人格者で有り元同僚のユリウス・ケイシーを訪ねた。ところが、此処に到着した時にはすでに彼は死んでいた。フェイ」
 ジェイムズに呼ばれてフェイは立ち上がると、リンダ達の前に進み出て曖昧な笑みを浮かべた。
「「アンブレラI号事件」以来ですね。お2人ともお元気そうで何よりです。ユリウス・ケイシーの事を多少調べておきました。どうやらこの数ヶ月間、彼は業務面で極度の過労状態に有り、心労を患っていた様です。自動メディカルカウンセリングの記録が残っていました。ホワイトハウス目の前で起こったテロ事件、つまり3日前にあなた方が襲われた件ですが、更に国防総省総司令長官のケイシーを追い詰めたらしい。犯人は未だ捕まっていない。USA政府の顔に泥を塗られたも同然なので、原因の1つとして充分考えられます」
 メモリーシートを手にし、淡々と読み上げるフェイを見つめながらリンダが眉をひそめる。
「ジェイムズ、いいえ。「J」、フェイ少佐、本気で言っているの? あのパーティーは当初議員とその関係者の交流が目的だったわ。ホワイトハウス高官も招待されて出席していたけど、責任は主催者側に有って、ホワイトハウスには無いわ。ステルス爆撃機がワシントン郊外を勝手に飛び回っていた事が原因なら、裁判の上で空軍司令部の数人が責任を問われるでしょう。それを跳び越えていきなり国防総省総司令長官が責任を取って自殺ですって? 安っぽいドラマならともかく、そんな茶番を誰が信じるのよ。些細な判断ミスも許されない重責の立場よ。自殺を考える程にノイローゼになった段階で、大統領から休暇を言い渡されるでしょうよ」
 リンダは高等部時代から犯罪心理学や犯罪史、法律も修学している。生半可な理由では騙されない。
 困ったフェイはジェイムズを振り返り、ジェイムズは軽く溜息をついてα・シリウスを見つめた。
 α・シリウスも分かっていると頷いて、リンダの肩に手を置いた。
「サラ。ユリウス・ケイシーが大統領や同僚達に自分の病気をひた隠しにしていたのなら、確率は低いがあり得る話だ」
「シリ、あなたまで……」
 何を言い出すのよ? と言い掛けたリンダの口を、α・シリウスは強引に塞いだ。
「過去に多くの凶悪犯罪を犯してきた「闇使徒」の黒幕がUSA政府高官となれば、太陽系におけるUSAの信用は失墜し、Ω・クレメント長官が苦労して培った、太陽系警察機構とUSAとの関係も破綻する。同時に「闇使徒」の飼い主が太陽系の平和を唱える太陽系防衛機構だと世間が知れば、防衛機構組織は解体に追い込まれるか、規模を大幅に縮小されるだろう。いずれにせよ、当分は活動停止に追い込まれる。そうなれば地球内の各国政府はもちろん、太陽系各惑星、コロニー間のパワーバランスが一気に瓦解し、全面戦争が起こりかねない。そうだな? 「J」」
 拘束されているリンダが大きく目を見開き、顔を隠しているジェイムズはゆっくり頷いた。
「そのとおりだ。α・シリウス」


 リンダはα・シリウスの手を振りほどくと、渾身の力を込めてジェイムズの顔を殴りつけた。
 レベル4のゴーグルが割れて、素顔の半分を晒したジェイムズが、蹌踉めきながら慌てて片手で顔を覆う。
「J!」
「サラ!?」
 リンダの暴挙に驚いたα・シリウスとフェイ少佐が大声を上げる。

 数瞬でリンダは全てを理解した。
 トニー・パウンドが「ユリウス・ケイシーを救ってくれ」と言った本当の意味を。
 何故、ジェイムズが「ユダ」の名を聞いた瞬間に自分に手を引けと言ったのか。
 何故、α・シリウスが自分を抑え、フェイ少佐がジェイムズの護衛をしていたのか。
 だからこそ尚更許せないと暴力に訴えたのだ。
 知らなかったのは自分1人だけで全員が真相を知っていた。
 犯罪者を殺して事件そのものを闇に葬るなどリンダは望んではいない。しかし、真相を表沙汰にしたらα・シリウスの指摘通り、太陽系中が全面戦争に突入する可能性が有る。
 太陽系防衛機構の姿無き幹部「J」の本当の目的は、太陽系防衛機構が関わる犯罪そのものを闇に葬る事。
 全てが計算ずくだった。全員が知っていて自分を騙した。それがリンダは悔しく悲しかった。

 ジェイムズが顔を隠したままリンダの前に立つ。
「リンダ・コンウェル嬢、太陽系防衛機構は「アンブレラI号事件」で君に大きな借りが有る。君は以前学友を通して僕に「第13コロニーとの戦争犠牲者を最小限に抑えて欲しい」と願い出た。それを叶える為に、戦争と政治の駆け引きの裏で何が行われたのか。全く気付けない程、君は愚かでは無いはずだよ」
 リンダの顔が一気に紅潮して再びジェイムズの頬を叩く。フェイ少佐は頭を抱え、α・シリウスも溜息をついた。
「ジェイムズ、あなたは勘違いしているわ。わたしが怒っているのはね。どうしてこれ程辛い事をあなたは1人で抱え込んでしまうのかって事なのよ! わたしだって、いいえ。わたしでも少しくらいは分かるわよ。この世界が綺麗事だけで成り立たないくらい。どうして一言「一緒に」と言ってくれないの。あなたはわたしを信じてくれていないの!?」
 リンダの双眸から涙が溢れ出る。
「サラ」
 自分への怒りで感情を抑えきれないリンダの肩をα・シリウスが支えた。それを苦々しい気持ちでジェイムズは見つめる。
 リンダの瞳は言葉以上にジェイムズの心に訴えかける。

わたしが願ったからって、汚い仕事を笑顔で引き受けるなんて本当に馬鹿だわ。どうしてあの場で無理だと、嫌だと断らなかったの?
この事件では一緒に戦ってきた仲間じゃないの。
辛いだけのにどうしてあなたはいつも1人で戦おうとするの?
それが仕事だからなんて悲しい事は言わないで。
わたし達は友達でしょう!

 許されるものならジェイムズは装備を解除して正体を明かし、喜びのあまりリンダを抱きしめて決して離さなかっただろう。
 しかし、現実にはリンダはα・シリウスに抱きかかえられながら涙を流している。
 絶対の信頼関係にあるパートナーと、公的には半敵対勢力に居る自分との差を、こんな時まで思い知らされる。
「リンダ。誤解が有る様だから説明しておこう。α・シリウス、君も聞きたまえ。今は無理だがいずれΩ級を望むのなら必要な知識だ」
 フェイが制止しようとするのをジェイムズは一瞥で縫いつける。
 顔を戻したジェイムズは、極力α・シリウスを無視してリンダの頬を伝う涙を指先で拭った。
「「闇使徒」の歴史は太陽系防衛機構が出来上がった時からと伝えられている。その目的は太陽系全体の真の平和の確立。理想論に過ぎないが目的自体は問題は無い。「太陽系防衛機構だけの手による」なんて絶対に有り得ないふざけた妄想がついていなければだけどね」
 リンダとα・シリウスは同時に息を飲む。淡々と話すジェイムズの言葉に嘘が見付けられなかったからだ。
「「闇使徒」は何処から出てくるのか。それは以前から調査を続けている僕にも、過去「闇使徒」達を追った人達にも判らない。毎回太陽系防衛機構の元隊員達が、勝手に組織を作り「闇使徒」を名乗る。そうだね。例えるならウイルスに感染した患者が、何らかのきっかけで数年後から数十年後に発病する様なものだと思う。そのウイルス源は太陽系防衛機構そのものに有るんだろう」
「そこまで判っていて、どうして彼らの暴走を太陽系防衛機構は止められないの?」
 涙が消えたリンダの当然の問い掛けに、ジェイムズは自嘲気味に笑った。
「「闇使徒」だと言っているだろう。「裏切り者のユダ」は真の意味でキリストの使徒なんだ。彼らは太陽系防衛機構外部から、崇高な目的を持つ……自分で言ってて吹き出しそうだ。太陽系防衛機構を守る為に戦っている。と、本人達や太陽系防衛機構内一部の腐れジジイ達は思いこんでいる。何回組織を潰しても、何か事が有れば「闇使徒」はどこからか湧いてきて再結成され続けている。……と言っても、僕も奴らと対峙したのは初めてだけどね」
「「J」!」
 危険過ぎる発言だとフェイ少佐が思わず声を荒げる。ジェイムズは溜息混じりにフェイを振り返った。
「これくらい言ったってかまやしないよ。あの妄想ジジイ達が心底腐ってるのは本当だからね。冷静に状況判断が出来ないならさっさと引退すれば良いのに、椅子にかじりついて見苦しいったらありゃしない。この部屋は厳重に防音されている。それにリンダとα・シリウスは信頼出来る。僕が此処で何を言っても何処にもばれやしないよ。……もっとも、組織が大事な君が僕を裏切るなら別だけど」
「私が貴方を裏切るなどあり得ません!」
 フェイ少佐の真剣な口調にジェイムズが思わず苦笑する。
「こらこら。フェイ。それでは妄信だよ。君は常に冷静な僕の監視者でいて欲しい。僕も所詮α・シリウスが言う所の「クソガキ」だよ。ついリンダに釣られて暴走しそうになっちゃうんだから、君が僕を止めてくれないと色々困るだろう」
 ジェイムズらしいくだけた口調に、状況も忘れてフェイ少佐とリンダは吹き出す。
 しかし、α・シリウスだけは真剣な顔でジェイムズを見つめた。
「「J」、刑事連続殺人事件の太陽系警察機構Ω級代行として聞く。太陽系防衛機構はこの事件をどう片付けるつもりだ? 「ユダ」の口は封じた。ここまで俺達に話すという事は、すでに闇使徒全員を葬っているんだろう。28人もの刑事を殺しておいて、犯人は行方不明では済まされない」
 決してお前の安易な誘導には乗らないという姿勢を崩さないα・シリウスを見て、ジェイムズはΩ・クレメントの審美眼もそう捨てたものじゃ無いと思い直した。
 戦闘スキルや捜査能力は当然、命に関わる状況に追い込まれても、本来の役目を感情で見失わない冷静さも持っている。後数年間厳しく叩き上げればかなりの成長が見込まれる。

 ふいにジェイムズは、何故リンダがα・シリウスのパートナーに選ばれたのかを理解した。
 直感が強く物事の本質を見抜くのが得意なリンダは、裏をかいて騙した自分すらもその真意を察して簡単に許してしまう。
 コミュニケーション能力が低いα・シリウスにとって、優しく素直な気質を持つリンダは他に代え難い存在だろう。
 卒業するまでは。と、ジェイムズは再び自分に言い聞かせて口を開いた。
「「闇使徒」達の真のターゲットはΩ・クレメントとクイーン・ビクトリアだった。2人が支部長官になって以降、太陽系警察機構の柔軟な変化は著しく、太陽系開発機構との連携も順調だ。余程奴らにとってあの2人は目障りらしい。すでにアンブレラI号に居る木星支部長官クイーン・ビクトリアと、復職したUSA支部長官Ω・クレメントに会談のアポイントを取ってあるよ。スモール級の出番はそろそろ終わりだ。α・シリウス、疑うならΩ・クレメントに確認を取ると良い」
 リンダとα・シリウスは、ジェイムズがこの事件はもう自分達の手の届かない所に有ると言いたいのだと気付いた。
 α・シリウスがポケットからゴーグルを取り出しセットする。
 電源を入れるとUSAマザーからのメッセージで「任務終了。連絡が有るまで自宅待機せよ」という文字が表示された。
『マイ・ハニー、サラ。「J」の言うとおりらしい。俺達の出番はここまでだ』
『マイ・ハニー、シリ。わたしにも見えたわ。これからはとても高度な政治的な駆け引きになるわね。たしかにわたし達がこれ以上動いては危険だわ』

 リンダとα・シリウスが無言で視線を交わして頷くのを見て、ジェイムズは踵を返した。
 この時代に現れた闇使徒は2度と目を覚ます事は無い。証拠になりそうなデータはリンダ達が来る前に消去済みだ。手筈通りユリウス・ケイシーは自殺として処理されるだろう。最早此処には用は無い。
 ジェイムズの後を忠実なフェイ少佐が付き従う。リンダとα・シリウスも自分達の仕事は不本意な形だが終わったのだとユリウス・ケイシー宅を後にした。


 ビクトリアが待つアンブレラI号に行く為に、ジェイムズとフェイは専用リニアシャトルに乗った。
 ケイシーの家を出てから、ジェイムズは一言も口をきかない。
 どう上手く交渉しても、太陽系防衛機構は太陽系警察機構に大きな借りを作る事になる。太陽系警察機構2大巨頭と言われる相手との交渉を控えて、かなり緊張しているのだろう。まだ地位もそれ程高く無い若いジェイムズの肩に、今後の太陽系防衛機構全体の未来が託されているのだ。
 何が有ってもジェイムズを支援しようとフェイは決意した。
 フェイはジェイムズに少しでも気分を紛らわして貰おうと考え、どう声を掛けようかと迷い、軽食と飲み物を取ってジェイムズに差しだそうとした。
 ところが、間近に近寄るとジェイムズはボソボソと独り言を言い続けており、フェイは溜息混じりに頭を振ると自分の席に戻った。
 無意識で口に乗せられていたジェイムズの言葉は以下の通りだった。
「だから始めからおじさんをメンバーに入れるのは嫌だったんだ。何で僕だけがこんな面倒な事をしなくちゃならないんだよ。完全に貧乏くじだ。お姉様の高笑いが目に浮かぶ。仕事が終わったおじさんとリンダは今頃……。ああ、本当にむかついてきた。今すぐ立場を替わってやりたい。いくらパートナーとは言え、あんなにリンダにベタベタとひっついて。僕がやりたい事を全部おじさんに盗られちゃったよ。あのムッツリスケベオヤジめ。あれって絶対僕への牽制も入ってたよね」
 フェイが手にしていたサンドウィッチとホットコーヒーを「この大事な時に、少しは緊張しろよ!」と、ジェイムズの頭の上に掛けてやりたいと思ったのは当然だろう。


 無言でα・シリウスと共に車に戻り、助手席に座ったリンダは現在時刻を確認した。
もうこんな時間なの?
家に帰ってからじゃ、とても間に合わないわ。
 うっすらと浮かんでくる涙をリンダは両手で隠す。
「サラ」
「な、何?」
 α・シリウスの厳しい口調に、リンダが何事かと顔を上げる。
「シートベルトとクッションを最強レベルにしろ。交通局に許可は取った。これからかなり無茶な運転をするが舌を噛むなよ」
「え?」
 リンダの問い掛けには答えず、α・シリウスはアクセルを全開にした。
 いきなり襲い掛かってくるGにリンダは顔をしかめつつシートを調整する。横目でメーターを見たら時速500キロは出ていた。
一般公道でこんな無茶なスピードを出すなんてどういう事なの!?
『マイ・ハニー、シリ。どういう事? 何が……』
「うるさい。手元が狂うから黙って座ってろ! 絶対に何もするな」
 いつもよりも乱暴な口調と態度に、リンダはα・シリウスが全能力を使って運転しているのだと知った。
 車がカーブを曲がる度にGに振り切られた車体を覆っている自動シールドが張り直される。
 リンダはα・シリウスと自分に対Gフィールドを張ろうかと考えて、何もするなと言われたのを思い出す。たしかにこのスピードでは、フィールドでα・シリウスの感覚を鈍らせるのは危険だ。
 獅子を救出する時ですらここまで無茶はしなかったのにと、強い横Gに耐えながらリンダは意図が読めないα・シリウスの真剣な横顔を見つめ続けた。


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