Rowdy Lady シリーズ 3 『天使の歌声は聞こえない』

26.

 幼くても職業柄兵器類に詳しいリンダは、その家の厳重な警備網に舌を巻いた。
 複雑な庭園に偽装された何重もの障壁、低い垣根に隠された全方向センサーと自動制御レーザー。これでは公式に訪問して正面ゲートを通らない限り、ある1点を除いてはどこからも侵入出来ない。そしてその1点が侵入者を捕らえる罠だとリンダには判った。
「凄いわね」
 目を大きく見開いて真剣な顔で周囲を見渡すリンダに、招待者は笑顔を向ける。
「これくらいならリンダの家程じゃ無いでしょう」
「うちは……街自体が警備されているでしょう。だから、ここまではしていないわ」
 鋭く突っ込まれてすぐにしまったという顔になり、適当な言葉を捜しつつ、つっかえながら答えるリンダの頬を、招待者は嬉しそうに突いた。
「あなたは本当に嘘が下手ね。でも、そんなリンダをわたしは大好きよ」
 母親と記憶と声を同時に無くして2年間休学し、復学した後は4年連続で飛び級を果たしたリンダは、教室の一角で緊張で強張っていた。そんなリンダに気を使って、2年年上の級友達は落ち着くまで待とうと遠巻きにしていた。
 緊張した雰囲気の中、固まっていたリンダに最初に声を掛け、手を差し伸べてくれた優しい少女。
 2人はすぐにうち解けて親友になった。

わたしを信じてくれているあなたの為にももう迷わない。

 リンダは走りながら髪飾りを外して昆に変え、α・シリウスの腰を強く引き寄せた。
『飛ぶわよ』
『サラ、ちょっと待てっ! 立場が逆だ』
 α・シリウスの抗議を完全無視して、フィールドを対1/6モードに変えたリンダは、昆を支えに一気に塀を飛び越えた。
 空中で体勢と昆の形を変え、α・シリウスをお姫様抱きにした状態で無事に地面に着地し、α・シリウスから手を離す。
 一瞬絶句して、「この馬鹿力女」と心の中で罵倒しながらα・シリウスは走り出したリンダにすぐに追いついた。
 α・シリウスはリンダより1歩後ろから周囲に気を配る。レーザーの攻撃は無い。たしかにリンダが選んだ此処だけが安全な外部からの侵入ルートらしい。
『サラ、さっきみたいな事は2度とするな。体格差を考えろ』
『適材適所。文句は一切受け付けないわ。シリにわたしと同じ動きが出来るのならあんな恥ずかしい事はしないわよ。もう1度飛ぶわ。後ろから両肩に掴まって』
 ブレスレットに仕込んだホイスカーを放って、屋根に巻き付けたリンダが吐息で叫ぶ。ほぼ同時にα・シリウスはリンダの背中にしがみついた。躊躇をしてたら暴走するリンダに置いていかれる。
 リンダはα・シリウスをぶら下げたままホイスカーを巻き上げて上昇し、侵入宅の屋根裏に張り付くと1番近い部屋のテラスに飛び移った。


 街路樹の影に身を潜め、一部始終を中継しながら暗視望遠レンズで見ていたフェイは、α・シリウスの間抜けぶりを笑う所なのか、リンダの運動能(馬鹿)力とα・シリウスとの連携に感心するべきなのか真剣に悩んでいた。
 ヘッドセットからはジェイムズがバンバンと車のハンドルを叩く音と大爆笑が聞こえてくる。
 と、いう事は笑う所なのだろうとフェイは苦笑いをした。
『ああ、久しぶりに本気で笑ったよ。今のを録画しとけば良かった。おじさんへの嫌がらせに使えたのに残念だ。フェイ、何処に居るんだい? 現在位置の報告がまだだよ』
 全て解っているくせに人が悪いと、フェイは溜息混じりにマイクを口元に当てる。
「現在私はP邸付近に居ます。リンダ嬢とα・シリウスは無事内部に侵入しました。リンダ嬢には何か勝算が有るみたいですが、私にはとても誰にも見つからずに侵入するのは無理ですね。このまま此処で待機を続けますか?」
『やっぱりね。尾行はもう必要無い。フェイ、こきつかって悪いけどすぐに戻って来て欲しい。リンダ達がそこに行ったのなら……』
 数瞬の沈黙の後、ジェイムズは小さく息を付いてフェイに告げた。
『誰がユダなのか僕には判ったよ。リンダ達には悪いけど先回りをしよう』
 フェイが問い返す前にジェイムズとの通信は途切れた。
あれだけ探し続けても特定できなかったのに、「J」にはユダが誰か判っただって?
 ロイド家の情報収集能力は恐ろしい。技術力のコンウェルと本気で手を組んだら、どんな組織も彼らに敵わないだろうとフェイは小さく震えた。
 フェイは太陽系防衛機構内でも数少ない「J」の正体を知る1人で、ジェイムズがリンダをパートナーに欲して執着している事も知っている。
 不安を打ち消す様に数回頭を振ると、フェイは3ブロック先に駐めておいた車に走り戻った。
 どんな事態になっても、「奇跡のリンダ」と「J」が現在の太陽系組織を脅かすなど考えられない。というより、考える事自体が馬鹿馬鹿しい。
 正義感の強い「守護天使」と「良心」が組んで何の不安が有ろうか。漸くパートナーを手に入れたα・シリウスには悪いが、やはりリンダの横には「J」こそが相応しいとフェイは真剣に考えた。


 テラスの防弾窓ガラスをリンダが回し蹴りで窓枠ごと叩き割って侵入する。それと同時にけたたましく鳴り響く警報。ここまでは当初の計画通りだ。
 証拠が残る武器は一切使えないので、α・シリウスも体術で部屋の家具を破壊していく。

『たしかにわたしの部屋は侵入口に近いけど、所詮はまだ無力な子供だし、わたしを誘拐しても人質には使えないわ。私より公を重んじるお父様達は、娘1人の命よりもっと多くの命を重視しているの。侵入者の狙いは重責に居るお父様達だわ。ああ、リンダ。お願いだからそんな顔をしないで。本当に大丈夫だから。何だかんだと言っても、少しでも異変が有れば、すぐに待機しているシークレットサービス達が、わたしを安全な場所に連れて行ってくれる手筈になってるのよ』

 自信たっぷりの親友の笑顔が、迷う事を止めたリンダに勇気を与える。
その手腕に期待してるわよ。絶対に彼女を表に出さないで。

 リンダは3部屋先に居る少女に思いを馳せながら暴れ続けている。
『そろそろ来た頃ね。移動するわ。地図は覚えている?』
『当然だ』
 リンダがホイスカーで扉のロックを切り取ると、α・シリウスはドアを蹴破って廊下に出た。
 警報を聞いた十数人のシークレットサービス達が、武装して走ってくるのが視界に入る。
『シリ、下がって。わたしがやるわ』
『了解』
 リンダは両手を握り絞めると、フィールドを腕に集中させて、素早く2度空拳を切る。
 凄まじい轟音と共にリンダの手首から発生した竜巻が、シークレットサービス達をなぎ倒した。
『指向性フィールドよ。こういう使い方も出来るの』
 両手に昆を持って走り出したリンダのすぐ後をα・シリウスが追い、リンダの空拳から逃れた男達を麻酔銃で眠らせていく。
 廊下を走り抜けて階段に向かうリンダ達に、下の階から激しい弾幕が襲い始めた。
『良い腕だけど相手が悪かったわね』
 α・シリウスの襟首を掴まえると、リンダは勢い良く階段を飛び降りた。
『うわっ。サラぁ!?』
「ぎゃっ!」
 対6G状態のリンダ達の体重と強固なフィールドが、下に居た男達を全員踏みつぶして気絶させる。
 さすがにこれは気の毒だとα・シリウスは溜息をつく。
『サラ、相手は生身で善良な民間人だ。少しは手加減しろ』
『プロを相手に充分してるわよ。シリ、後ろ!』
 何が? とは聞かず、α・シリウスは振り返り様に新手の男達5人を麻酔銃で倒していく。
 たしかにこのスピードでは、誰も自分達の顔を覚えていられないとα・シリウスは納得した。監視カメラはリンダの高性能コンタクトレンズの視界に入ると同時に、昆とフィールドの空拳で全て破壊している。
 一瞬で全てを吹き飛ばす電磁嵐を使わないのは、この家の高価な調度や美術品を必要以上に破壊するのを貧乏性のリンダが本気で怖れているからだ。

 ターゲットが居るだろう部屋を目指して、リンダとα・シリウスはシークレット・サービス達を退けながら走っていく。
 地図には無かった隠し扉から飛び出てきた男を、咄嗟にリンダの昆が横殴りで突き飛ばす。
『ああっ!』
『サラ、どうした?』
 走りながらリンダはばつが悪そうに苦笑する。
『力を出しすぎたわ。今の人、多分歯を全部人工の物に入れ替えるかDNA再生治療漕行きね。慰謝料込みで賠償しなくちゃ。シリの顔面「だけ」は絶対に庇う反射神経に慣れると、手加減が上手く出来ないわ』
『……』
 誉められたのか、けなされたのか、今ひとつ判らないリンダの言い様に、α・シリウスは一瞬悩んだが、すぐに気を取り直してリンダの頭を軽く叩いた。
『此処で暴れた分は経費扱いで長官が何とか捻出するだろう。貧乏学生のサラの給料が引かれる事は無いから安心しろ』
 α・シリウスの勘違いにリンダは頬を膨らます。
『わたしが言っているのはそういう意味じゃ無いの。腕が良い相手とばかり訓練しるからとはいえ、手加減が出来なくなってきている自分が怖いのよ』
 そういう事かと納得して、α・シリウスはもう1度リンダの頭を撫でた。
『ここ1ヶ月程の間にサラは急に強くなった。自分の実力に経験と頭が付いていけないだけだ。もっと訓練を積めば咄嗟の時でも常に加減が出来る様になる。サラが人を気遣うのを忘れない限り、自己コントロールは可能だ』
 そう言いながらα・シリウスは、麻酔銃を対峙した相手の安全な部位のみに着弾させていく。

 リンダはこれが1流のプロのα・シリウスと、素人の自分との差なのだと思い知らされた。
 戦闘スキルはほぼ対等とマザーから言われているが、実戦になった時にメンタル面でα・シリウスの冷静さにはとても敵わないとリンダは思う。
 以前、こっそり盗み見たUSA支部でのα・シリウスの評価表に記載されていた「孤高の天狼星」の文字が頭に浮かぶ。
 おおいぬ座のα星の名を持ちながら、前例の無い単独任務をα・シリウスは21歳の時からほぼ完璧にこなしてきた。
 唯一、大きな失敗が初めて自分と会った時の「違法麻薬製造事件」だ。そのすぐ後にリンダはα・シリウスのパートナーに選ばれ、共に「アンブレラI号」事件を解決している。
 諜報部門に長年所属していたα・シリウスが、たった1人でどうやって生き延びてきたのか想像するのも恐ろしい。
 激しく動いているのに1ミリの誤差も無い正確なナイフと銃の腕が、リンダの目の前で披露され続ける。
 幼少からプロを相手に訓練を続け、特殊装備のサポートを受けている自分と同等かそれ以上の働きをするのだから、α・シリウスの真の実力は計り知れないと、リンダはとても心強く思う。
 これに年相応の人格が付いてくれば……と思いかけて、リンダは小さく頭を振った。
 この微妙なアンバランスさがα・シリウスの魅力の1つだと気付いているからだ。「馬鹿だけど」という突っ込みもリンダは決して忘れないが。

 リンダは過去に1度だけ、タイプが全く違うα・シリウスとジェイムズの性格を足して2で割ったらと考えた事が有る。
 しかし、とてつもなく面白みに欠ける男になると分析結果が出たので、速攻でその可能性を脳内でゴミ箱に放り込んだ。
 α・シリウスは口は救いようが無いくらい悪いが、その内面は真面目な不器用者でとても優しい。
 一方、ジェイムズは器用に裏の顔を隠し、常に笑顔を絶やさないから交友関係がとても広い。ところがその実態は、人を喰った様な性格の持ち主だ。
 どちらも大切な個性でとても好ましいとリンダは思っている。
 しかし、時折暴走したあげくに爆発し、受け止めるだけで精一杯になるα・シリウスの激しい感情や、恥ずかしくて聞かされる方が裸足で逃げ出したくなるジェイムズの臭い台詞を、意識誘導で感情を封印されているリンダは理解しきれない。
 本気で好きだと告白されて以降は鈍いリンダでも知識と頭では理解している。
 ただ、時折どう対応したら良いのか判らなくなってしまい、2人の強い感情は自分以外の誰かに向けるか、別事に変換して欲しいと、酷く残酷な事を考えてしまうのだ。
 リンダがこんな事を考えていると知ったら、裏事情を知っているだけにストレスを溜めまくっているα・シリウスと、まだからくりを知らずに途方に暮れているジェイムズは当分立ち直れず、親友達はリンダの幼い思考回路と激ニブさに頭を抱え、ニーナはしばらく考え込み、にっこり微笑むと両手を腰に当ててジェイムズの前で高笑いをした事だろう。


 正面に立ちはだかる大柄な男を跳び蹴りで倒し、リンダとα・シリウスは重厚な扉の前に立った。
 息と服装を整えたリンダが数回ノックをすると、中から落ち着いた声で「どうぞ」と聞こえた。
 扉に鍵は掛かっていない。ジェニファーの父、トニー・パウンドは騒々しい侵入者が誰なのか始めから判っていたのだろうと、リンダとα・シリウスは容易に想像が付いた。
「トニーおじ様、突然アポイント無しでお邪魔して本当に申し訳ありません。こうして直にお会いするのは本当にお久しぶりです」
 武装を全て解除したリンダが笑顔で進み出ると、トニーも笑ってソファーから立ち上がり、α・シリウスは太陽系警察機構最高の敬礼をした。
「3日前は会館で君達に声を掛けられなくて悪かったね。議長から「お前は身びいきが激しいから絶対に口を開くな」と事前に釘を刺されていたのだよ」
 軽くウインクをして肩を竦めるトニーに、リンダはいつもどおりの優しいジェニファーの父だと胸を撫で下ろした。
 もう1歩前に進もうとしてリンダはすぐに眉をひそめると、両手を広げてα・シリウスを制止した。
 レーザーや粒子砲すら封じる強力な固定電磁シールドが、リンダのコンタクトレンズに反射する。
 これ以上前に進めば最弱に抑えてあるとはいえ、リンダのフィールドと拮抗して大爆発が起こる。
「おじ様、これはどういう事ですか?」
 トニーは数回頭を振ると、リンダ達の前に進み出た。
「最小限で当然の自衛手段だ。リンダ。それともその服装からしてレディ級刑事サラマンダーと呼ぶべきかな? 今の君の立場がどうあれ、我が家に不法侵入して家具を破壊し、シークレットサービス達を傷付けた事には変わりない。地元警察に通報しないだけでも好意の現れだと思って欲しい」
 暗に脅しとも取れる口調に、α・シリウスが捜査権と参考人保護を口にしようとするのを察して、リンダが2人の間に割って入る。
「警察を呼んで調べられて困るのはおじ様の方でしょう。わたしとシリウス刑事はそれを防ぐ為に直接こちらに出向いたのです」
 リンダの真っ直ぐな視線を受けてトニーは軽く肩を竦めた。
「USA政府が正式に招待した君達が正体不明機に襲われた時、すぐ側に居ながら誰も救助に行かなかった事を責めているのか? 君達を帰した後に査問会に出席した議員達は、大統領命令で全員が会場内に拘束された。慎重にならなければならないからと一切軍を動かす事も禁じられた。リンダ、君の口から「ユダ」の名が出たからだ。下手にUSA政府が表立って動けば、闇使徒達が無差別にUSA国民を攻撃目標にする可能性が有った。残酷だと私達を思うか? たった十名程の命と、USA国民全員の命だ。比べるまでも無い」
 淡々と事実を告げるトニーに、リンダは違うと何度も頭を振る。
「トニーおじ様、わたしはそんな事を言っているんじゃ有りません。あの時わたし達が襲われる事は、これまでの経緯から充分考えられました。それに備えて自衛もしていました。政府がすぐに動けなかった理由も理解しています。コンウェルの技術力と戦闘スキル、太陽系警察機構α級刑事の実力を軽く見ないでください。現にこうしてわたし達は生きています。この件でコンウェル財団及び、太陽系警察機構がUSA政府に苦情申し立てをする気は有りません」
「ならば何の目的が有って君達は此処へ来たんだ?」
 全く狼狽える様子を見せないトニーに、リンダの手が小さく震える。α・シリウスは此処はリンダに委せるべきだと判断し、リンダの肩にそっと手を置いた。

 リンダは目を閉じて深呼吸をすると、再びトニーに視線を向けた。
「おじ様が隠している事を教えて貰う為です」
「私が隠している事? 何をだ?」
 少しだけ口調が荒くなったトニーに、リンダがシールドギリギリまで近付いて訴える。
「誰が大統領の極秘スケジュールを外部に、マスコミに漏らしたかをおじ様は知っているはずです。その人物こそが「裏切り者のユダ」だという事実もです」
「口を慎みたまえ! リンダ、君は私を侮辱している」
 明かに動揺しているトニーを見て、リンダとα・シリウスは自分達が間違っていない事を確信した。畳み掛ける様にリンダが声を上げる。
「おじ様、お願いです。教えてください。誰なんですか? 名前を言って頂ければ、同行しているシリウス刑事が法律に則りその人を逮捕します」
「嫌だっ!」
 はっと気付いて、トニーは口を押さえるが後の祭りだった。真っ直ぐに自分を見つめるリンダ達から視線を逸らし、トニーは力無くソファーに腰掛けた。
「リンダ、お願いだから分かってくれ。彼とは君が生まれる前からの親友なんだ。私は今も彼がユダだと信じられな……いや、思いたく無いのだよ」
 先程までの威厳は何処に消えたのか。両手で顔を覆い慟哭に近い声を上げるトニーに、リンダは哀しげに告げる。
「おじ様。覚えていらっしゃいますか? わたしは学院に復学してから4年も連続で飛び級した為にクラスから完全に浮いていました。その時、初めて優しく声を掛けてくれのはジェニファーでした」
 娘の名前を出されてトニーは肩を震わせ、僅かに顔を上げる。
「当時のジェニファーの口から出ていたのは、たまにしか帰って来れないお父様の事ばかり。寂しいけど、とても立派な仕事をしているから、我が儘を言って困らせては駄目なのだいつも言っていました。その代わり、家に居る時はずっと側に居てくれる優しい父親だといつも自慢げに話してくれました。わたしも父を通して当時からおじ様がどれ程大統領を支え続けていられるのか知っています。ジェニファーがおじ様を敬愛するのは当然の事だと思うんです」
「ジェニファーがいつも私の話をしていたって?」
 ゆっくりを顔を自分の方に向けたトニーに、リンダは力強く頷いた。
「ええ。いつもいつも、ジェニファーの口から出るのはおじ様の事ばかり。当時のジェニファーも子供でした。お父様を自慢する事で寂しさを紛らわせていたんだと思います。逆に毎日顔を会わしているお祖父様やお母様の事は、おじ様が居ない分とても厳しいと、笑って愚痴をこぼしていました」
 懐かしいと笑みを浮かべるリンダを、トニーは戸惑う様に見つめ続ける。
「ジェニファーはわたしの大切な親友です。敬愛するお父様が自国を裏切って、大量殺人犯を庇っているなどという理由なんかで、優しいジェニファーが泣くところを見たく無いんです。わたしが間違ったり馬鹿な事をした時、ジェニファーは真剣に怒ってくれます。ねえ、おじ様。親友ってそういうものじゃないの?」
 裏も邪気も無い真摯な言葉に突かれて胸を押さえるトニーに、薄く涙を浮かべたリンダが懇願する。
「おじ様、これ以上ジェニファーを悲しませるのは止めて。真実を知ったジェニファーがどれだけ苦しむか考えて。わたしもおじ様を尊敬しているの。お願いだからわたし達を裏切らないで」
 何かに押された様にトニーはソファーから立ち上がり歩み寄ると、電磁シールドを解いてリンダの手を取った。
「リンダ。私の宝物のジェニファーが信頼し愛する娘。今、私の前に居るのは「リンダ」だね?」
「当然だわ。始めからわたしは「おじ様」を「おじ様」と呼んでいるでしょう」
 笑顔を見せて何を今更という顔をするリンダの頬を、トニーは優しく撫でて耳元で囁いた。
 リンダは大きく目を見開き、ピアスを通してトニーの声を聞いたα・シリウスは表情を引き締める。
「リンダ、私の方からお願いする。どうか彼を救ってやってくれ。君にしか頼めない」
 「約束します」とリンダが微笑む。
 「出来る限りの事はします」とα・シリウスが短く答える。
 α・シリウスはトニー・パウンドの真意を正確に理解していた。自分達と対峙した犯人達がすぐに全員始末された様に、歴史上「闇使徒」は誰1人として生きたまま警察に捕らえられた事は無い。
 「闇使徒」に纏わる闇歴史をトニー程の人物が知らないはずは無い。「救ってくれ」とは「自力では抜け出せない闇からユダを殺して開放してやってくれ」と言っているのだ。
 高等部から犯罪史を学んでいるリンダだけが真相を知らない。正規の警察大学や防衛大で学んだ者、政治に深く関わる者だけが「闇使徒」の存在を知らされるのだから。


 トニーから裏道を教えられ、誰にも見つからずにパウンド邸を脱出したリンダとα・シリウスは、走って車に乗り込むと目的の場所へと急いだ。
 無言で車を運転するα・シリウスの横顔を見つめながら、リンダは何かが引っかかると眉をひそめた。
 トニーから聞いた名前は、コンウェルが調べた中でその高潔な人格と交友関係で最も可能性が低いと分析結果が出た人物だった。だからこそ逆に1番怪しいとも鋭いサムは指摘していた。
 リンダ自身も綺麗過ぎる経歴に違和感を覚えていた。そして、リンダが最もその人物を怪しいと思った原因が、太陽系防衛機構に士官として5年間所属していたという点だ。
 23世紀の現在では数年おきにUSAの大統領は国民投票で任命される。定められた任期は無い。その為、大統領の専属スタッフは数多く多方面に渡る。
 ジェニファーの父トニーが大統領主席補佐官に選ばれたのも、長年金融面で結果を出し、USAの財政を委せるのに相応しいと判断されたからだ。更にトニーは太陽系中に顔が利くのも大きな要因だった。
 では、ユダはと言うと、太陽系防衛機構の優秀な士官でありながら「高圧で有名な宇宙軍人らしくない」と言われ続けたからだとケインが話していたのを覚えている。
 ユダの太陽系防衛機構時代の評価は、今の「J」にかなり近い。穏和な性格、柔軟な思考、武力封鎖よりもじっくり腰を下ろした交渉を好み、彼が関わると無流血戦争になると噂された程の平和主義者だ。現大統領は自国軍を動かすのを嫌い、彼を国防総省総司令長官に登用したと聞いている。

何故ジェイムズは彼の名を出さなかったの?
 α・シリウスとの議論で、ホワイトハウス外でユダの可能性が最も高い人物に、リンダがわざとジェイムズの名を挙げたのはこの1点に尽きる。
 ユダの名を聞いて以降、α・シリウスの様子もおかしい。
これは裏が有る。
 と直感で思っても、今のリンダには真実に手が届くだけの知識や情報が無かった。


 ホワイトハウスを挟んで丁度パウンド邸の逆位置に、「裏切り者のユダ」こと、国防総省総司令長官ユリウス・ケイシー宅が有る。
 α・シリウスが1ブロック先で車を停めた時、リンダは現在時間を確認して溜息をついた。
「これじゃとても間に合わないわ」
「何がだ?」
 隣で装備を着け直しているα・シリウスから聞かれ、リンダは慌てて「何でも無いわ」と頭を振った。
 自分が選んだ道だ。責任も重い。いつもならと感慨にふける暇は無い。
 ピアスの集音能力を上げ、コンタクトレンズを「夜来たる(暗視)」モードにしたリンダは、ケイシー邸の様子にα・シリウスの袖を引っ張った。
「ねえ、シリ」
「ああ、たしかにおかしい。ケイシーがどういう性格だろうが守るべき立場が有る。当然、パウンド並の警備を予想していたんだが。……サラならこの状態ををどう思う?」
「視るわ。待って」
 リンダは2度瞬きをして、コンタクトレンズを「裏窓(透視)」モードに切り替えてケイシー邸を隅々まで見渡した。
「人の気配が無いわね。彼ほどの立場なら最低でも十数人のシークレットサービスや使用人が居そうなものなのに」
 リンダは視線を集中し、あらゆるデータを集めていく。α・シリウスもコンタクトレンズを透視モードにセットするが、リンダのレベルには到底追いつけない事は分かっている。それでも何もしないよりはましだと目をこらす。
「屋外センサーやシールドは大元から切られているわね。主電源は辛うじて生きているみたい。他の部屋に比べて壁が厚く、ステルス機能まで有る部屋が有るわ。そこに生体反応が……2つ? どういう事かしら」
 α・シリウスもリンダが指さした方向に目をこらすが、ステルス機能は生きているのか、四角い部屋が有る事しか解らない。
「ここでこうしていてもらちが明かない。サラ、出るぞ」
「そうね」
 α・シリウスが車の扉を開けると、リンダもすぐに席を立った。


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