Rowdy Lady シリーズ 3 『天使の歌声は聞こえない』

24.

 ジェイムズは腑が煮えくりかえる思いで通信端末を叩き潰し、咆哮を上げると両手で机を叩き付けた。

 裏切り者のユダ。

 こんな酷い状況になるまで、何故その可能性を自分は否定してきた? まだあの古く傲慢な組織に、太陽系防衛機構に自浄作用を期待をしていたのか? これ程自分は甘い人間だったのか。
 裏に手を回して手に入れた情報では、リンダ達は攻撃してきた正体不明の機体を墜とし、犯人達を全員撃退したものの、機体の爆発に巻き込まれたとなっていた。
 リンダは生きていた。ならばα・シリウスもだろう。コンウェルの徹底した秘密主義はロイドの手にも負えず、2人がどれだけの負傷をしたのかまでは解らない。
 血を吐く様なリンダの必死な声が今も耳に残り、ジェイムズの苛立ちを更に高めていく。
 ユダから守る為とはいえ、救いを求めているリンダの手を自ら離してしまった。

絶対に離したく無いと思っていたのに!
 リンダへの強い想いが自分の思考を鈍らせたのだと気付き、ジェイムズは自嘲気味に笑った。
 ここまできたら手段は選べない。
「ニーナ」
「はい」
 リンダと自分を身を案じて、無言で背後に控えていてくれる婚約者に、ジェイムズは振り返りもせず声を掛ける。
「学院の方をお願いするよ。絶対にこれ以上パニックを起こさせないで欲しい。何が有ってもリンダの立場を守りたい。方法は君に委せるよ」
「分かったわ」
 短く返してニーナが足早に部屋を出て行く。時間の無さはケインやジェイムズに限った事では無いのだ。
 これまでジェイムズが何度も「J」として、太陽系警察機構にリンダを矢面に立たせるなと警告を出しても無視され続けた。リンダ自身が望んだ事だとしても、今のやり方では学生としてのリンダの立場を危うくさせる。
 それが判らない程リンダは短慮では無い。他の生徒に迷惑が掛かるからと、いずれは退学か放校処分を受ける覚悟をしていたはずだ。
 しかし、それを黙って見ている程ジェイムズとニーナも愚かでは無かった。リンダが自分の信念を曲げず、正面から犯罪者と戦い続ける限り、体面に拘る学院側と戦う準備はとうに出来ていた。
 交渉術において、マンチェスター家のニーナもジェイムズに劣らない能力の保持者だった。

 ジェイムズは椅子に座り直すと自分専用の暗号コードを使い、太陽系防衛機構第1支部第3師団のフェイ少佐に連絡を取った。
『やあ。「J」? そろそろお声が掛かる頃じゃないかと、首を長くして待っていましたよ。今回は随分ごゆっくりでしたね。リンダ・コンウェル嬢は美人だし、平和な大学で民間人のふりは楽しいですか?』
 笑いを隠そうともしないフェイ少佐の明るい声に、ジェイムズは低く押し殺した声で答えた。
「フェイ。悪いけど今は君の冗談に付き合っている暇は無い。時間が無いから手短に話すよ。「闇使徒」を狩る。君が今すぐ動かせるメンバー全員を率いてワシントンに潜入してくれ」
『まさか!?』
 とんでも無い名前を聞かされて、フェイ少佐が思わず声を荒げる。
「そのまさかさ。奴らが動いている証拠が出た。何処に内通者が居るか判らない。決して油断をするな。奴らに少しでも気取られたら君が背中から撃たれるぞ」
 数回深呼吸をして、フェイ少佐は手の平の汗を拭うと素早く告げた。
『中継ステーション待機組を除く50名が、すでにフロリダに居ます。貴方のご命令と有れば1時間以内にワシントンに潜入出来ます』
 ジェイムズは話しながら立ち上がると、クローゼットから漆黒の服を取りだした。
「君の機転にはいつも感謝している。中央衛星コントロールセンター前で会おう。竜の逆鱗から逃れて仲間と武器を失った「闇使徒」達は必ずそこに現れるはずだ」
『了解』

 通信を切ったジェイムズは特殊仕様のヘッドセットを着ける。まさか地球上でこの姿になるとは思わなかった。
 太陽系防衛機構作戦統合本部、姿無き幹部「J」。余程の事が無ければ姿すら見せない青年の素顔は、誰も知らないと言われている。
 ダークブラウンの髪がシールドで黒色に変わり、顔のほとんどを覆った透明のゴーグルが本来の顔を完全に隠す。防御力はレベル4。肉眼で姿は見えるが、あらゆるセンサーをほぼ無効にする、太陽系防衛機構最高のステルス機能を持つスーツだ。
 これに対抗出来る物が有るとしたら、リンダが常に身に着けているコンウェル製の装備くらいだろう。
「やだやだ。リンダには絶対見られたくない姿だなぁ。負傷してるなら当分大人しく寝ててくれないかな」
 鏡に映った自分の姿を見て、ジェイムズは溜息をつく。太陽系防衛機構装備の機能は良いが、デザインセンスは最悪だと思っているからだ。
 リンダと一緒に戦うα・シリウスの映像を見た時、コンウェル製の機能と美しさの両面を追求したデザインに憧れを抱き、同時にやきもちをやいたものだ。
 太陽系警察機構に渡している半分くらいは、こっちにも回してくれたら良いのにと、ジェイムズは本気でコンウェル財団との交渉を考えていた。しかし、それももう無理だろう。
『ユダは誰?』
 リンダの怒りを押し殺した声が木霊する。正義感の強いリンダに2度と許して貰えなくても、これが自分の仕事だ。
 ジェイムズは装備を確認すると、地下駐車場に向かって歩き出した。


 α・シリウス、レディ・サラマンダー(リンダ・コンウェル)共に重傷。
 マザーから緊急連絡を受けたΩ・クレメントは、ベッドから起きあがって病棟を走り出ると長官室に向かった。
 髪を驚きの虹色に輝かせたマザーの立体映像が、Ω・クレメントの前に現れる。
『待ってください。医師の許可はまだ出ていません。いくらあの2人が心配だからと、療養中のあなたが動いてどうしますか? 落ち着きなさい。Ω・クレメント』
 追いかけてくるマザーを横目で見ながら、Ω・クレメントは長官室フロア直行のエレベータに乗る。
「そろそろコンウェルから私のマザーを返していただけませんかね。グランド・マザー。あなた相手では話にならない。マザーの一部機能を分離させたというのは嘘でしょう」
 はっきりと拒絶の姿勢を取られて、マザーの立体映像は本来のグランド・マザーの姿に変わる。
『Ω・オスカー・クレメント、始めからわたくしだと気付いていたのですか?』
「マザーとは長い付き合いです。私が彼女を「見間違える」はずが無い」
 数瞬グランド・マザーは思考を巡らし、『良いでしょう』と答えた。
『USAマザーをこの支部から凍結したマスターは、現在行動不能に陥っています。あなたに優先権が与えられます。不安はすでに取り除きました。USAマザーをこちらに連れ戻しましょう』
 壁にもたれたΩ・クレメントは、両手を組んで僅かに眉を潜める。
「やはりリンダ・コンウェル嬢が、USAマザーのマスターの1人だったんですね。そうなら、初めて此処に来た時の瞬停と、マザーの挙動不審の理由が分かります」
『あなたなら遠からず気付くと思っていました。ですが他言は無用です。マスターの安全の為にも、その存在は隠匿させなければなりません』
 Ω・クレメントは少しだけ嫌そうな顔をして、グランド・マザーを見つめ返した。
「まだ未成年で学生の彼女を、レディ級刑事として引き抜いておいて、「マスターの安全を守る」とはよくも言う」
 エレベータの扉が開き、Ω・クレメントは長官室に直行した。
『あなたが育て才能を見出し、いずれはΩ級にと望むα・シリウスのパートナーが長年不在で、彼女の他に適合者が居ませんでした。それと、彼女をUSA支部に取り込む事が、より安全と判断しました』
「それは「何にとって」の安全ですか?」
 Ω・クレメントの質問に、グランド・マザーが冷静な声で答える。
『当然、太陽系警察機構にとってです。リンダ・コンウェル嬢の能力を欲して、彼女が成人するのを待っている機構は数多いのです。他の組織に彼女を取られる訳にはいきません』
 忍耐強いΩ・クレメントも、さすがにこれで理性が切れた。
「グラン・マ。僕が相手で良かったですね。ビクトリアなら今頃あなたにクラッシュウイルスの2、3個はぶち込んでるでしょうよ!」
 グランド・マザーは軽く溜息をついて肩を竦めた。
『27年経ってもあなたのその本質は全く変わりませんね。それがあなたの魅力だとは分かっていますけど。少しは大人になりなさい。あなたがその調子だから、あなたに育てられたα・シリウスも「ヘタレ」のままなのですよ』
 図星を突かれてΩ・クレメントのストレスが更に上がる。
「やかましいっ! さっさと消えろ。クソババァ!」
 Ω・クレメントがテーブル上に有ったファイルを投げつけると、藍色の髪をしたマザーがビクリと震えた。
『やっと帰ってこれたのに、いきなり「消えろ」とはあんまりです。Ω・クレメント』

 傷付いたという顔をするUSAマザーに、久しぶりに再会したΩ・クレメントは苦笑してファイルを拾い上げた。
「マザー、よく帰ってきてくれた。今まで何をしていた?」
 本来の主にねぎらいの言葉を掛けられ、マザーは満面の笑みを浮かべる。
『コンウェル邸でケイン氏に仕えていました。とても新鮮な経験でしたわ。ケイン氏は救い様の無い親馬鹿ですが、あなたよりずっと大人の「ふり」が上手でしたよ。とても嬉しそうにα・シリウスを厳しく鍛えていました』
「……」
 それぞれが個性を持つが、何だかんだと言っても根本の中身(メインプログラム)は一緒かと、Ω・クレメントは渋面で椅子に腰掛ける。
「α・シリウスとレディ・サラが負傷したそうだな」
『はい。重傷を負って現在コンウェル邸で治療中です。ケイン氏から貴方宛の伝言を預かっています。「裏切り者のユダ。これがこの事件の黒幕だ。おそらくUSA支部だけの手に負える相手では無いだろう。現在はその正体を追跡中」と』

 闇歴史を思い出し、Ω・クレメントの頬が引きつり、全身から冷や汗が流れ出る。
伝説だと思われていた「闇使徒」が実在したのか!?
 人類が太陽系に飛び出した時から存在していたと言われている「闇使徒」。
 多くの犯罪を起こしては、全てを闇に葬ると言われている謎の組織。とても太陽系警察機構の1支部だけで正面切って戦える相手では無い。
 Ω・クレメントは急いで申請書を作成すると、全太陽系の警察機構に送信した。
『刑事連続殺人事件に手を出すな。これ以上の犠牲は出せない。今は連絡を待て』
 相手の正体が判らない以上、Ω・クレメントには警告を出す事しか出来ない。己の無力さに憤りを覚え、両腕をテーブルに付けて手に頭を預けるΩ・クレメントに、マザーが優しく声を掛けた。
『Ω・オスカー・クレメント。α・シリウスとレディ・サラは共に重傷ですが、3日以内に職場復帰が叶うでしょう。2人とも怒りで燃えてました。どうか指示を。あの子達はあなたの期待に応えるべく、本当によくやりました』
 マザーの言葉と同時にΩ・クレメントの前に数百枚のメモリーシートが出された。
『これに目を通してください。この数日間彼らがどれ程頑張ってきたか解るでしょう』
 「……病人に鞭打つ真似を」と言いつつ、Ω・クレメントは素早くメモリーシートを読んでいく。
「マザー」
『はい』
「レディ・サラに伝えろ。「もう迷うな。自分が信じる道を行け」と。α・シリウスには……そうだな。「ヘタレ」とでも言ってやれ」
 吹き出したマザーは笑顔で『承知しました』と頭を下げた。
 その直後、担当医師達が長官室に飛び込んでくる。
「長官。そんなに独房に入れられたいんですかーっ!?」
 大量のメモリーシートを懐に隠したΩ・クレメントは、そのままベッドに括り付けられ、病棟に強制送還された。


 Ω・クレメントからの緊急メールを受け取ったビクトリアは、7Gをものともせずにシートの肘掛けを殴り付けた。
「大。まだ時間同期は出来ないの? いつまで地球軌道を回っているのよ」
 ビクトリアの癇癪に、余程の事が起こっているのだろうと思いながら、大は視線を逸らさず操船する。
「全員がGで潰れて死ぬ上に船が壊れても良いならやる。此処でこの船のメインエンジンが壊れたら、確実に月かコロニーをいくつか巻き込んで重力崩壊だ」
 連続7Gに負けない様に首を押さえながら、アトルがビクトリアの手元を覗き込んで大声を上げる。
「ちょっと待てよ! 「これ以上の犠牲」ってまさかRSMとサラの事なのか?」
「ま……だ。2人共、生きては……いるわ」
 Gに耐えながらリリアが切れ切れに言葉を紡ぐ。
「間に合うかしら?」
 ビクトリアの問いにリリアが小さく頭を振る。
『ユダは最後の審判を受ける。これ以上は無理』
 身体を動かすのが辛くなり、テレパシーに切り替えたリリアにビクトリアが謝る。
「ごめんなさい。リリア。わたしももっと冷静にならなくては駄目ね。RSMとサラと……オスカーも助けなければ。RSMとサラはよくやったわ。これからは政治的な話になるわよ。アトル、大」
「何だよ?」とアトル。
「何だ?」と大。
「大はリリアを護衛して「光の矢」号に待機して。わたしが連絡をするまで絶対に表に出ないで頂戴。リリアはサラを通して超能力を使い、正体を出てしまったのよ。超能力を求める輩は必死でリリアを探すでしょう。アトルはわたしの護衛をお願い。ただし公の場で絶対に口を開かないで。無粋なあなた達2人が表立って動いたら、通る交渉も潰れるわ」
「「ひでえっ!」」
「やかましい!」
 大とアトルの抗議をビクトリアはいつもの一言で黙らせた。


 フェイ少佐の部隊はすでに中央衛星コントロールセンター周辺を完全に掌握していた。どこから闇使徒達が来ても対抗出来る。ジェイムズとフェイ少佐は師団から離れて茂みの中に潜んでいた。
「現れました。やはり想定どおり2人ですね。どうしますか?」
 振り返ったフェイにジェイムズは短く答える。
「聞くまでもない。センター職員が気付く前に殺せ。一切痕跡を残すな」
 いつもの柔らかい口調を完全に消している「J」を横目に見たフェイ少佐は、余程やりたくない仕事なのだろうと内心で同情した。
 常に犠牲者を最小限に留め、太陽系防衛機構の良心とも陰で噂される様になった「J」は、その裏ではかなり汚い仕事にも手を染めている。
 護るべきモノを知る故の非情な選択は、まだ若い青年の心を蝕んでいるに違いない。
 だからこそ自分達は「J」に命を預けられる。殺す事に迷いを失った者に正しい選択は出来ない。
 フェイは一息つくとマイクを口元に当てた。
「聞いた通りだ。一旦分隊に別れてから一斉に全員で攻撃しろ。相手は「闇使徒」だ。絶対に1分隊だけで対峙するな」
 黒衣に身を包み電磁ライフルを持った男達は、フェイ少佐の合図と同時に走り出した。
 フェイ少佐の後ろ姿を見つめながら、ジェイムズの意識は他を向いていた。「闇使徒」残党狩りの作戦は、数十パターンに及んで立ててある。後は精鋭部隊のフェイ師団に任せれば済む。頭が固い古参が多い太陽系防衛機構内で「J」の味方は少なかったが、信頼の置ける仲間や部下は居た。
 これで常に自分の側に居て、精神面も支えてくれるパートナーさえ居てくれたら、自分はどんな事にも耐えられる。
 ジェイムズの脳裏に明るいリンダの笑顔が浮かぶ。
 根っから実業家向きのニーナでは駄目なのだ。簡単に諦められるならとっくに手を引いている。今はリンダの側にα・シリウスが居ても、この先自分の前に誰が現れても、リンダ以上の相手は到底見付けられないだろう。
 その大切なリンダの手を、他に手段が無かったとはいえ、自ら離してしまった。リンダとの関係修復は不可能だろう。ジェイムズは自分の心の中にぽっかり空いた穴を、闇が支配していくのを感じていた。

 闇に紛れて敷地に入ろうとしたジェイクとヨハネは、突然数十人の武装兵士に囲まれて狼狽した。
 中央衛星コントロールセンターのキーを手に入れ、職員に紛れて怪しまれずに侵入出来るはずだった。たった2人でコンウェルを壊滅させるには、太陽系防衛機構の攻撃衛星を使うしかないからだ。
 ここまではユダの手引きで、誰にも怪しまれずに進む事が出来た。
ユダが裏切ったのか!?
 疑問の声を発する間も無く、自分達が始末したフィリップと同様に、ジェイクとヨハネの身体は数十の一斉射撃を受けて、ほんの数秒で完全に塵と化した。
 作戦終了の報告を受けてジェイムズは立ち上がると、集まった隊員全員にねぎらいの言葉を掛ける。
「ご苦労だった。今夜はゆっくり休んでくれ」
 踵を返したジェイムズの後ろを、護衛役のフェイ少佐が続く。
 ユダを完全に追いつめるには、ジェイムズでもまだ決定打が足りなかった。


「どういう事なの? 説明して!」
 アンが通学するなり、校庭でキャサリンを掴まえて問い質した。キャサリンは何度も頭を振りながら悔しそうに唇を噛む。
「わたしにも判らないのよ。昨夜のパーティーで何が有ったのか、パパは何も教えてくれないの」
 2人の背後から目を真っ赤に腫らしたジェニファーが声を掛ける。
「お父様も何も言ってくれないわ。それどころか、大統領主席補佐官としてお祖父様に「今のリンダには関わるな」と圧力を掛けたわ。週末のパーティーには招待中止よ。……リンダが無事に生きていてくれたらだけど」
 聞き捨てならない言葉を聞いて、アンとキャサリンがジェニファーに詰め寄る。
「リンダがどうなったか知っているの?」とアン。
「パーティー会場からの帰り道で、所属不明のフライヤーから攻撃を受けたって本当なの?」とキャサリン。
 アンとキャサリンの剣幕に、ジェニファーは悲しげに口を噤む。
 深夜に父と祖父が大声で言い争っているのを偶然聞いてしまった。

 リンダ達はパーティーでは無く、議員査問会に出席した事。
 その際、リンダが決して言ってはならない事を口にしてしまった事。
 命を狙われているリンダが在学する事で、学院や生徒達が脅威に晒されかねない事。
 帰宅途中に攻撃されたリンダが、このまま消えるか大人しく口を噤めば、事件は闇に葬られて学院の安全は守られる。
 ゆえにUSAバンク協会もこの事件から完全に手を引けと。

USA政府が、父がリンダを見捨てた!?
 その事実がジェニファーを打ちのめした。
「わたしにも……判らないのよ。もう誰を信じたら良いの?」
 顔を覆って泣き出したジェニファーを、アンとキャサリンは抱きしめる。
 登校してきた生徒達はアン達を遠巻きに見つめていた。全員が噂だけを聞いて不安に陥っていたのだ。

「「誰を信じれば」ですって? 他の誰でも無くリンダを信じなさいな」
 数歩前に出たニーナが両手を腰に当ててはっきりと告げた。
「アン、キャサリン、ジェニファー、落ち着きなさい。親友のあなた達まで何を馬鹿な事を言うの。リンダは生きているわ。同行していた刑事さんやシークレットサービス全員もね。「奇跡のリンダ」が側に居て、被害者が出た事なんて過去に有って? たしかに相手は生半可な相手では無いから負傷者は出たらしいけど、リンダが全てを退けたそうよ」
 自信たっぷりのニーナに振り返ったアンが詰問する。
「リンダが生きているというソースは何?」
 ジャーナリストらしいアンの言い様にニーナは微笑する。
「ジェイムズよ。昨夜遅くにリンダ本人から連絡が入ったの。わたしも少しだけリンダの声を聞いたわ。今日はジェイムズも休むそうよ。今頃はリンダを助ける為に、情報を集めるのに奔走しているわ」
 リンダを助けると聞いて、気の強いキャサリンが顔を上げる。
「わたし達にも何か出来る事は無いの? ニーナ、お願いよ。知っているなら教えて」
 待っていた言葉にニーナが満足げに頷く。
「いつもと同じ学院生活を送るのね。リンダはわたし達全員を守る為に、あえて犯人を自分1人に引きつけて矢面に立ったわ。リンダを本当に大切に想うのなら、リンダが大切にした自分達を、この学院を守りなさいな。それが今のリンダの1番の願いでしょう。リンダが学院に出てきた時、いつも通りの笑顔で迎えてあげなさいな。きっとリンダはそれ以上の事を望んでいないわ。わたしはこれから学院に掛け合うつもりよ。「下らない噂」なんかで、リンダの居場所を無くしたくないの」
 暗にこのままではリンダが退学処分になると言われて、アンが「わたしも行くわ」と手を挙げる。それに合わせてキャサリンとジェニファーも手を挙げた。
 ニーナは少しだけわざとらしく肩を竦めて見せた。
「大勢で学院長を囲んで嘆願するつもり? それこそリンダは学院に居られなくなるわ。リンダを望むのならわたしの邪魔をしないで。異議が有るなら受け付けるわ。リンダを退学にしたいと思う人は遠慮無く今すぐ言って。わたしは学生会の総意として、学院長に会いに行くつもりだから」
 その場に居た全員が、お互いの顔を見るとニーナに道を開けた。
 「リンダが学院に留まる事を望む」という無言の意思表示だ。
 ニーナは笑って全員を見渡した。
「じゃあ、行ってくるわね。朗報を待っていて」
 真っ直ぐに教員棟に向かうニーナの後ろ姿を見つめながら、キャサリンがボソリと洩らした。
「ニーナとジェイムズってどこか似ているわね」
 キャサリンの正直な感想に誰も異論を唱えなかった。


 ニーナは学院長を前に1歩も引かず対等に話し続ける。
「今のリンダを放逐すれば、学院の信用は一気に失墜するでしょう。9年前にリンダがどういう立場で有るか知りながら復学を認めたこの学院が、今になって自己保身の為にリンダを追い出せば、「所詮はあの学院も」と太陽系中から言われます。これまでリンダの高名を利用してきた当校が、少しでも不利と見たら手の平を返しては恥をかくだけです。学生達は誰もがリンダの無事復帰を望んでいます。これはすなわち「奇跡のリンダ」がまたも犠牲者を出さず、生身のままでステルス爆撃機すら退けた事への賞賛と信頼の証です」
 昨夜起こったリンダへの正体不明機の襲撃結果は、ジェイムズ・ロイドからすでに学院に報告されている。
 負傷者は居るものの全員が生還。
 学院長も改めてリンダのパワーと強運を思い知った。
 ロイドの情報は1度として間違った事が無いので有名だ。その上でニーナ・マンチェスターが、今後の学院の対応如何によって、引き起こされるだろう分析結果を提出してきた。これを無視するのは得策では無い。
 どの様な形であれ、「奇跡のリンダ」伝説は強化される事は有っても傷は付かない。今学院側が下手に騒げば、たしかに太陽系中から不信に思われるだろう。
 学院長は顔を上げてニーナを見返した。
「ニーナ・マンチェスター、学生の総意と言ったね。その証拠を見せたまえ。当学院は学生の自主性を重んじる。学生総会の正式要請を学院は受け入れよう」
「ありがとうございます」
 ニーナはにっこり笑うと学院長に一礼して部屋を出て行った。後は簡単だ。学院生徒全員にメールを送れば良い。

「リンダ・コンウェルが学院から去る事を望むか?」

 こう聞かれて「イエス」と答える小心者は学院には居ない。
 分かりきった事をとニーナは鼻で笑いたくなったが、何事も正確な証拠が無ければ大きな組織は動かない。
 今回の事件では、さぞかしジェイムズもリンダも業腹ものだったろうとニーナは思う。しかし、正面切って力ずくで解決出来る事の方が実際には少ないのだ。
 α・シリウスは問題無い。ジェイムズも自分の立場をわきまえている。問題はリンダだがと思い、ニーナは小さく頭を振った。
 わずかな間にニーナはリンダを正確に把握した。
 自分の身勝手な行動で誰かが傷付いたり苦しむなど、リンダには到底耐えられないだろう。それが怒りに震えているリンダを抑制する。
 今回はジェイムズには全くの貧乏くじだが仕方が無い。太陽系防衛機構に留まる事を望む限り、これからもずっとジェイムズが背負っていかなければならない責務だからだ。


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