Rowdy Lady シリーズ 3 『天使の歌声は聞こえない』

23.

 リンダの表情が一変する。目が大きく見開かれ、慌てて側にいたα・シリウスを突き飛ばすと、車側面の通信端末を手に取った。
「リンダより全員に告ぐ。即時Sランク防衛体制に移行。上空から攻撃が来るわよ。後続車は距離を取りなさい。シリ、装備を服の外に着け直して。すぐに必要になるわ。この辺りは国有地だから民家は無いの。待ち伏せよ!」
 深緑の長衣を脱ぎ捨てて、下に着ていた慣れたミニスカートの防護服とショートブーツ姿になったリンダが装備を再点検する。
「全方位レーダーには何も映っていません」
 緊張した面持ちでモニターを監視している前部座席のCSS職員の声にリンダが即答する。
「地上からの通常検知では無理よ。ステルス機だわ。車を停めて天井を開けて。わたしが出るわ」
 リンダの様子からただならぬ事態だとは判ったが、自分の目で敵の姿を捉えられないα・シリウスがニードル銃を付け替えながらもどかしげに声を掛ける。
「サラ、俺はどうすれば良い?」
 視線は上空を見つめたまま、リンダが短く答える。
「シリは武装していつでも動ける様に待機して。わたしの目でも敵がどれだけの武装をしているのか完全に見切れないの。今動いたら逆に危険だわ」
「了解」
 運転手が道の端に車を停め、助手席のCSS職員がルーフパネルを開けると、リンダが立ち上がって上体を車の上に出す。髪飾りを2メートル程の昆に変えると上空に向けて身構えた。

 十数秒後に上空から数本の光が落ちてきて、リンダ達の乗った車に直撃した。
 リンダの最大出力のシールドがレーザーと拮抗するが、スーツに登録されていない前部座席の職員達が、激しい衝撃に耐えきれずに次々に意識を失っていく。
 まばゆい光の反射で、闇の中を直径10メートル程の大きさの、ステルス機能付きフライヤーが旋回しているのを、α・シリウスもコンタクトレンズを通して視界に捉えた。
「俺も出る。サラ、場所を空けろ」
 左手に銀色に輝く盾を構え、右手に粒子砲を持ったα・シリウスが、強引にルーフから身体を出す。
「この狭い所に大きな体で無茶をしないで。でも、助かるわ。シリ、「コード、マイ・ハニーすばるプラス夜来たる(連動望遠+暗視モード)復唱!」
 リンダに叱咤されて、迷わずα・シリウスは復唱する。
「コード、マイ・ハニーすばるプラス夜来たる」
 その瞬間、α・シリウスの視界に鮮明な画像や膨大な文字情報が入ってきた。ゴーグルや自分が付けていたコンタクトレンズでは、正確に見えなかったフライヤーの形や周囲の風景がはっきりと見える。
 目眩を起こしかけたα・シリウスの後頭部を、リンダが「しっかりしてよ」と強く叩いた。
 リンダはα・シリウスの背中に自分の身体を押し付けて、ピッタリと頬を合わせてフライヤーを指さした。
「シリ。今あなたが見ているのはわたしの視界よ。角度の違いに気をつけてフライヤーの底を叩いて。向こうの攻撃はわたしが全て防ぐわ。スーツに登録してあるわたし達なら完全に連携出来るわ」
 α・シリウスはリンダの意図を正確に理解して頷いた。

 攻撃に失敗したフライヤーが、再びリンダ達が乗る車上空に留まり、レーザーに加えて粒子砲や小型ミサイルが同時に落ちてくる。
「無駄撃ちを! こんな物がコンウェルに通用するか。馬鹿にするなぁ!」
 リンダが再び昆を高く突き上げ、大量のエネルギーを放射して力場を作る。雷光を思わせる輝きを放つフィールドがミサイルを全て破壊し、粒子砲やレーザーの軌道をもねじ曲げた。
 熱で道路周辺の木々が一斉に燃え上がり、粒子砲の直撃を受けた地面に地響きと共に直径10メートル程の穴が空いていく。
 光の渦が消えると同時に、銃を構えていたα・シリウスがフルパワーの粒子砲を連射して、フライヤーの噴射口1点を集中攻撃する。
 フライヤーの底から僅かに煙が噴き出してバランスを崩した。
「シリ、開口部にニードル銃を連射。どうせこの程度で死ぬ相手じゃ無いわ。攻撃の手を緩めないで」
「了解」
 リンダの的確な指示どおりにα・シリウスは盾をニードル銃に変えて全弾を撃ち続ける。
「コード「マイ・ハニー、すばるプラス夜来たる」終了。シリ、後は自力でやって!」
 徐々に落ちていくフライヤーを見たリンダは、大声で叫んで車から飛び出した。


「サラ、待て!」
 α・シリウスが空になったニードル銃を捨て、粒子砲のエネルギーパックを入れ替えながらリンダを追う。
「お嬢様!」
 後続車に乗っていたCSS職員達が、銃を肩に掛けて走り出す。
「セット。ウォー・ゲーム(フル戦闘モード)」
 1/6Gモードで全速で走るリンダの全身が輝き、周囲に激しい電磁嵐が起こる。
 墜落したフライヤーから数本のレーザー光が伸びるが、リンダが追いかけてくるα・シリウスや職員達を庇い、素早くホイスカーの膜を張って、全く違う方向に反射させていく。
「さっきの攻撃でこんな物は無駄だと分かるでしょうに!」
 リンダはホイスカーを回収してポケットから数個の赤い固体を出すと、フライヤーの開口部めがけて投げつけた。フライヤーの内部から数人の男達の怒号が響き渡る。
 足を止めたリンダにα・シリウスが追いついた。フライヤーの中に飛び込もうとしたのをリンダに止められる。
「サラ!?」
 パートナーの自分を置いていったくせにと、α・シリウスが肩越しに睨み付ける。
「生身で今入ったら酷い目に遭うわよ。アレを投げたから。良いと言うまで待って。声からして向こうも生身の人間だと思うわ。今回は「かなり」ついているわね」
 リンダがα・シリウスを見上げてにやりと笑う。2度も高性能の戦闘スーツと、生身で戦ってきたリンダだからこそ出てくる台詞だ。
「自信だっぷりだな」
「個々の戦闘スキルに自信が有るんでしょうけど、わたしとシリを敵に回した事を後悔させてやりましょう。実際に戦ってみて判ったわ。彼らの腕はたしかに良いけど、命令されるのに慣れているからか柔軟性に欠けるの。分断させて個々に戦うならシリは絶対に勝てるわ」
 リンダの自信の裏付けを知り、α・シリウスも自然と笑みが浮かぶ。
「了解だ」
 リンダのコンタクトレンズは正確に侵入可能な時間までのカウントダウンを映し出している。
「CSS班は外で待機。周辺を全方位検索。単独行動は禁止。新手の攻撃に備えて防御に徹して。シリ、突入するわよ。カウントダウン。10、9、8……」
「6、5……」
 α・シリウスも数え始めると、リンダは昆を髪飾りに戻して銀色の鞭を2本引き抜いた。
「狭い場所での接近戦になるわ。シリの腕ならナイフの方が有利。1、0。行くわよ。シリ、フィールドの効果が薄れるわ。わたしから1メートル以上離れないで」
「無茶を言うな」
 両手に鞭を持ったリンダと、粒子砲からナイフに持ち替えたα・シリウスが、同時にフライヤーに突入した。

 背中を合わせた2人をめがけて粒子砲とレーザー光線が発せられ、小さく強化されたフィールド外面に連続で被弾する。
『どうやらゴーグルとガスマスクをしていたみたいね。一時的に視界を封じるくらいしか役に立たなかったみたいだわ。アレは同じ相手には1度きりしか使えないわね。これくらいならまだまだ平気よ。やれるわ』
 まだ平気だと言いながら、真剣な顔で光に向けて手をかざすリンダを見て、α・シリウスはリンダのフィールドはリンダ自身が弱った部分を紡ぎ直している事を思い出した。
 リンダの手袋が熱で発光していくのが背中越しに判る。反撃が出来ない状態ではフィールドもリンダの身体も持たない。
『サラ、このままでは動けない。フィールドの最大条件は?』
『わたしの身体のどこかから1メートル以内に、シリの身体のどこかが有る事。それが限界』
 α・シリウスはナイフを持ったまま粒子砲を出すと、にやりと笑ってリンダの左肩を持って身体を振り回した。
『サラ。あの時の訓練とダンスの要領だ。片手は絶対に離さずに後は好きに暴れろ。俺が援護する』
 リンダはすぐにα・シリウスの意図を察すると『了解』と笑って、α・シリウスの肩の上に乗った。
『おい! 人を踏み台にするな』
『臨機応変で宜しく』
 リンダはα・シリウスの肩を蹴って飛び上がると鞭を振るい、1番近くに居たロマイの腕を叩き付けて銃を落とさせた。リンダの背後からα・シリウスが投げたナイフがロマイの四肢を貫く。
『離れるなと言っている』
『1メートル以内に居るわよ』
 リンダがぎりぎりの距離で踏みとどまり、逆方向を向いて走り出す。α・シリウスのすぐ脇をすり抜けて通路逆側に居たペテロにも電磁鞭を繰り出した。
 ペテロは咄嗟に持っていたライフルで鞭を受け止めたが、リンダが持ち前の馬鹿力を発揮し、巻き付いた鞭を引いてペテロの身体ごと床に引き倒す。
『シリ!』
『任せろ』
 α・シリウスが即座に粒子砲を撃ち、ペテロが持っていたライフルを吹き飛ばした。

 暴走したリンダが次の敵に向かう前に、α・シリウスの手が伸びてリンダの腰を横抱きにした。
『ちょっと。シリ。これじゃ戦えないわ』
『サラの動きを見ながら目測をするのが面倒だ。適当にリフトとスローイングをするからその範囲で動け』
『過保護!』
『言ってろ!』
 α・シリウスがリンダを放り投げ、回転しながらリンダの双手の鞭が通路の陰に居た男の顔面を強打する。その間にα・シリウスがリンダの落下地点に走り込み、リンダを再び抱き上げる。
『シリ、フィールド範囲から離れるわ』
『追いついてみせる』

 狭いフライヤーの通路で障害物に邪魔される事も無く、縦横無尽に動くリンダの電磁鞭にヤコブは舌打ちする。
 どうせこの機体は死んでいるからとハンドバズーカーを構えた。
「死にたいの? んな物騒なモンこんな所で使うな。ボケぇ!」
 飛び上がったリンダの横蹴りがヤコブの側頭部に炸裂し、α・シリウスが投げたナイフがヤコブの肩を切り裂く。
 操縦室で待ち伏せをしていたテディが、侵入してきたリンダ達に手持ちの爆弾を全て放り、粒子砲でそれを打ち抜いていく。
「無駄よ!」
 リンダのフィールドが全てのエネルギーを跳ね返す。テディが銃をライフルに持ち替える前に、リンダの鞭がそれを叩いて飛ばし、α・シリウスが粒子砲でテディの右足を撃った。
 素早く2度瞬きをして「コード、裏窓(透視モード)」とリンダが囁き、「コード、透視」とα・シリウスもコンタクトレンズの機能を切り替えた。

まだ敵は居る。何処だ?
 背中を合わせた2人は周囲を見渡す。
 リンダのピアスが強い攻撃信号を発した。
『シリ、上だわ!』
 リンダが髪飾りを外して昆に変えて、渾身の力を込めて天井を突き破り、菅間を入れずα・シリウスは粒子砲を天井に向けて撃った。
 身体に火が付いたトマスが、悲鳴を上げながら穴から転がり落ちてくる。
 リンダが慌てて昆と鞭を引いて身体を低くして構え、手刀の乱舞による風圧でトマスの炎を吹き消した。用心の為に電撃でトマスの意識を奪い、ヘッドセットを取り外す。
「シリ。全員の装備解除をするから協力して。今すぐ助けないとこの前の二の舞になるわ」
「了解」

 α・シリウスが通路に飛びだそうとした時、リンダのピアスが最大限の警告を発した。
「シリぃ! 逃げてっ!!」
 リンダが有無を言わさずα・シリウスの身体を抱えて、隔壁に空いた隙間からα・シリウスをフライヤーの外に放り出す。
 α・シリウスの身体が完全にフライヤーの外に出たのを見て、リンダは安堵の息をつく。
 それと同時に起こる爆発音と衝撃。
 爆風で吹き飛ばされた上にしたたか地面に身体を打ち付け、起きあがったα・シリウスが見たのは自爆したフライヤーの残骸と噴き上げる炎だった。
「サラぁ!?」
 瓦礫と炎の中から小さな影が飛び出してきて、全身を炎に包まれたリンダが地面に倒れ伏す。
「サラ!」
『近寄らないで! シリが死ぬわ』
 リンダは倒れたまま必死でフィールドを2重に展開して真空を作り、炎を包んで消滅させていく。
「サラ!?」
 必死にα・シリウスが声を掛けるが、リンダな微動だにせず返答が無い。
 制止されていたのも忘れ、α・シリウスはリンダの身体を抱え上げる。凄まじい熱が防護服を素通りして両腕と胴体が焼かれていく。α・シリウスは痛みで思わず叫び声を上げた。
 フィールド外部でこれなら中のリンダはと、α・シリウスは恐慌状態になる。
 弱められたパルスジェットのシャワーがリンダとα・シリウスに降り注ぎ、蒸気を上げながら2人の熱を急激に冷ましていく。リンダに待機を命じられていたCSS職員達が救援活動を行っていた。
 全員がリンダとα・シリウスの悲惨な姿に顔を歪める。
「サラを。誰か……頼む。サラを助けてくれ」
 気力を振り絞ってそれだけ言うと、α・シリウスはリンダを抱きかかえたままその場に崩れ落ちた。


 ヨハネはリンダとα・シリウスを殺しに行った仲間達全員の生命反応が消えたのを確認し、小さく頭を振って溜息をついた。
「また仲間を殺したな。残酷な事をする」
 フライヤーの自爆スイッチを押したジェイクに後ろから声を掛ける。
 振り返りながらジェイクが端末を放り投げた。
「生き残る方が地獄だ。一瞬で死ねるのならまだ幸せな方だ。捕らえられたら何が待っているか。お前も分かっているだろう」
 ユダからの指令はいかなる手段を使っても、「ユダ」の名を知っているリンダ・コンウェルとα・シリウスを殺す事。2人を道連れに出来たのなら仲間達5人の命は決して無駄ではない。
 割り切っている振りをしていても、やはり仲間をその手で殺すのは辛いのだろう。濃いブラックコーヒーを一気に飲み干し、口元を拭うジェイクを見てヨハネは肩を竦めた。
「守護天使を相手に本当に俺達が勝てたと思うか?」
「誰が天使だって?」
 問いに問いで返すジェイクにヨハネは再び疑問を投げかける。
「マットが死ぬ前にリンダ・コンウェルに向かって言った。「あなたは悪魔では無い。天使だ」と。リンダ・コンウェルの不死は伝説になるくらい有名だ」
 ジェイクは口の端をゆがませて唾を飛ばす仕草をした。
「お前は神や天使を信じているのか?」
「いや、全然」
 頭を振ったヨハネに「俺もだ」とジェイクは答えた。
 自分達の名がどうであろうと、神を信じてこの仕事はやっていられない。
 俯き沈黙を保っていた2人の耳にコール音が鳴り響く。
 ジェイクは舌打ちして通信端末を手にとると、一瞬顔を歪めてすぐに表情を引き締めた。
 ヨハネが「何が?」と聞くと、「黙っていろ」とジェイクは唸り声を上げて素早く端末を操作していく。
「中央コントロールセンターのアクセスキーを手に入れた。今すぐ2人で出るぞ」
 立ち上がったジェイクにヨハネは「今すぐ? 何処にだ?」と問い掛ける。
 ジェイクは渋面で常に携帯している通信端末をヨハネに放った。
「リンダ・コンウェルとα・シリウスはまだ生きているとさっきユダから連絡が入った。コンウェル邸を直接攻撃する」
 背を向けたジェイクを追いながら、あの爆発の中を2人共生き残ったのかとヨハネは小さく震える。
 正真正銘の化け物を相手にするのかと、信じてもいない神に祈りたい気分だった。


 浮遊感とかすかな圧力、柔らかい香りを嗅ぎながらα・シリウスは目を開けた。透明なフードが視界に入り、慌てて身体を動かそうとする。
「待った。勘弁してくれよ。シリウス君」
 聞き慣れた声と口調にα・シリウスが手を止める。顔を動かすとフード越しにサムの顔が見えた。
「その顔からして意識ははっきりしているみたいだね。脳波も正常だ。広範囲で火傷をしていたから再生漕に入れたんだよ。完治するまで動かないでくれ。再生中の皮膚が剥がれてしまう」
 言われて漸くα・シリウスは、自分の身体の首から下が液体に浸けられている事に気付いた。
「サム。サラは?」
 自分の事などどうだって良い。あれほど発熱していたリンダはどうなったのかと、α・シリウスは視線で強く訴える。
「安心して良いよ。君からは見えないだろうけど隣で寝ている。僕がリンダに傷1つ残すと思うかい?」
 リンダが無事と聞いてほっと息を付いたα・シリウスは再び目を閉じた。鎮静剤が漸く効いたかとサムが腰を上げる。
「やれやれ。シリウス君の薬への耐性はゾウ並だね。解毒ナノマシンは入れてないし、身体に負担の掛かる対毒劇物訓練はほどほどにして欲しいよ。メアリ、後を頼む。グリーンのライトが点くまでシリウス君から目を離さないでくれ。僕はリンダの治療に戻る」

 ベッドに横たわり全身にチューブを繋いだ状態で、意識を保ったまま激痛に耐えるリンダの顔をサムは覗き込んだ。
「聞いてのとおりだよ。シリウス君は大丈夫だ。いい加減に意地を張らずに大人しく治療を受けてくれ。自分以外のマスターパスワードをロックするなんて無茶苦茶だよ。リンダ」
『機能が落ちてもスーツからわたしの身体状態は読み取れているはずよ。マスターパスワードをフリーにしたら、サムやパパはシリよりわたしを助ける方を優先したでしょう。SIスペシャルの防護服を着ているとはいえ、生身のシリはわたしよりはるかに重傷だったわ。あれ程わたしに近付かないでと頼んだのに。……シリの馬鹿』
 吐息だけでリンダが強く主張する。
 サムは溜息をつくとリンダの身体を覆っている保護シートを取り除いた。リンダの防護服はほとんど熱で焦げ落ち、銀色に輝くスーツだけを身に着けていた。
「シリウス君はもう心配は要らない。リンダ、お願いだから聞き分けてくれよ」
 サムの懇願を無視して、リンダは視線を女性医療スタッフに向けて問い掛ける。
『内ポケットに入れておいた端末は無事なの? 1.5センチ位の黒い立方体よ』
 リンダに睨まれ、スタッフが急いで手元のトレイを差し出した。トレイの中には熱でボロボロになったリンダのピアスや髪飾り、焼け焦げたヘッドセット、そしてリンダが探していた端末が無事な姿で有った。
 リンダは痛む身体を気力でねじ伏せ、酸素チューブを口から引き抜き、端末を手に取ると握りしめた。
「ジェ……イム……ズ」
 とぎれとぎれのリンダの肉声が治療室に響き渡る。
『リンダ! 無事かい?』
 その一言でリンダはジェイムズが全てを知っているのだと解った。
 ギリッと音がするくらい歯を食いしばる。
『リンダ?』
「ジェイムズ、時間が無いの。今すぐ答えて。「ユダ」は誰?」
 端末からジェイムズが息を飲む音が聞こえる。やはりとリンダは震え出す手を懸命に抑えた。
『リンダ。もうこの事件から手を引いてくれ。そしてその名は忘れろ。2度と口にしてはいけない』
 耳に障る金属音と同時に一方的に通信が切られた。ジェイムズが持っていた端末を破壊したのだ。
「ジェイムーズッ!!」
 叫んだリンダが端末を投げ捨てる。怒りで起きあがろうとしたリンダの首筋に、サムが背後から無針注射を打ち込んだ。
 目を開けたまま意識を無くしたリンダの身体をサムが受け止める。
「今すぐケインを呼んでくれ。リンダが仕掛けたロックを5分以内に解除する。治療に入るぞ。再生漕の準備は良いな。先ずはリンダの体温を正常値に戻す」
 どれだけ外部から冷やしても、リンダの体温は40度を超えていた。その状態で意識を保ち続け、α・シリウスの目覚めを待った。
 これ以上自分の目の前で誰かが死んでいくのを、リンダは耐えられなかったのだ。
 待機していたケインが端末を持って部屋に飛び込んで来る。リンダのスーツにケーブルを差し込み、データを読み取っていく。リンダが意識のある間は暴れて抵抗するので出来なかった事だ。
 モニターを眺めながらケインは眉をひそめて、すぐにメモリーシートをセットした。

『ユダよ。残されたゴーグルがあなたへ繋がる唯一の鍵。その身を法という茨の鎖で縛られて、あなたが殺した人と同じだけの苦しみを味わうが良いわ。死なせる気なんかこれっぽっちも無いから覚えてなさい!』

 辛うじて意識を保っていたリンダがパスワードロックをする前に、スーツに残したメッセージだ。ケインがそれを読み取ると同時にロックが解除される。
 サムが指先を噛んで血を1滴リンダのスーツに垂らすとパスワードを素早く打ち込んだ。リンダの身を包んでいたスーツが開き、身体が外気に晒される。
「再生漕を開いてくれ。急げ」
 裸体のリンダをサムが抱きかかえてフードの中に押し込む。時間との勝負だった。
 完全に生身になったリンダを、今度は清浄な空気すらもが攻撃する。リンダの身体は見た目こそ綺麗だが発熱で肺と喉は焼け、点滴を続けても血液はドロドロになって流れを失いつつあった。体細胞は水分の多くを失い、組織崩壊を起こす寸前までになっている。
 よくこの状態で我慢しつづけたと、サムも女性医療スタッフ達も顔をしかめる。
 酸素を大量に含んだ保護液にリンダの全身が浸される。口、鼻、皮膚、あらゆる穴からリンダの身体の中に治療液が入っていく。

 切迫した状態でリンダは自分の身を守るより、α・シリウスを守る事を優先した。
 α・シリウスの身体を投げた時、リンダは自分の身体を覆っていたフィールドの全てをα・シリウスに移した。新たなフィールドが再びリンダの身体を覆い始めた時に爆発が起こった。
 スーツはギリギリでフライヤーの爆発からリンダを守ったが、熱を完全に遮断する事までは出来なかった。
 ウォー・ゲームセット中のリンダの強化スーツは諸刃の剣だ。強い電磁波を発してリンダの身体をあらゆる攻撃から守り、同時にリンダの体力を削ぎ落としていく。仲間登録をしてあるとはいえ、爆発と炎から身を守り、フィールドマックスパワー状態のリンダに触れるのは、稼働中の電子レンジに身体を入れる様なものだった。現にα・シリウスは酷い火傷に見舞われた。
 ケインはサムにリンダの治療の続きを頼むと、トレイに置かれたヘッドセットを手に取って部屋から出て行った。
 今、自分がリンダの側に居ても治療の邪魔になるだけだ。サムと医療スタッフ達を信じるしかない。ならばせめてリンダの意志を継ごうとケインはマザーを呼び出した。
 愛する娘リンダが死守した犯人への唯一の手掛かり。それを今すぐに解析しなければならない。
 リンダとα・シリウスの生存は敵に知られているだろう。ならば次に狙われるのはこの家だ。
 出来ることなら苦しんでいるリンダの側にずっと付き添っていたい。それが許される程残された時間は無く、ケインの立場は重かった。


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