Rowdy Lady シリーズ 3 『天使の歌声は聞こえない』

22.

 昨日の喧噪は何だったのかと思う程、学院生徒達はいつもどおりに戻っていた。
 逆に言えば、すでに全員が何らかの防衛処置をとり、テロに対する覚悟を決めたという事だ。
 昨日大騒ぎを起こした生徒達に憤慨して怒鳴ったジェイムズも、学生達の冷静な態度を見て「切り替えが早い」と賞賛した。
 心底残念そうな顔をしたキャサリンから、今夜のパーティーに出席できなくなったと言われ、リンダは内心ほっとした。マザーやケインから今夜はパーティーとは名目で、実質査問会になるだろうと言われて腹を括っていたからだ。
 リンダ、キャサリン、ジェニファー、アンの4人は、何故ジェイムズとニーナが自分達と一緒に昼食を摂っているのかなどと愚問は言わない。
 今回の事件で学生会を纏めているジェイムズと、マスコミを押さえているアンが共闘態勢に有り、リンダは事件被害当事者で、キャサリンとジェニファーも機会が有ればいつでも参戦する気漫々だ。ニーナはここ最近ネジが飛び気味なジェイムズの見張り役として、是非にと4人から望まれた。
 これだけのメンバーが集まれば、普段なら注目を浴びているところだがそれも無い。彼らの邪魔をするのは愚行の極みだと学生達全員が分かっていた。
 取り乱したあげく、あんな恥ずかしい思いを2度としたくないというのも有ったのだろう。ジェイムズが言ったとおり、この学院はそれだけの矜持の持ち主の集まりだった。

「今夜もシルベルドさんと行くの?」
 ジェニファーが素朴な疑問を投げかけるとリンダは軽く首を横に振った。
「いいえ。外見はとても似ているけど中身は全く違う人と行くわ」
 「何よ。それ」とキャサリン。
 ここがネタの投下時だとリンダが笑いながら話す。
「一昨日の事件が起こった時に友人に会ったの。というか、積極的に事件に関わって来たわ。職業病って怖いわね」
 ジェイムズとニーナはお互いに視線を交わしたが、あえて沈黙を保ちリンダの手腕を見守る事にした。
「それは誰なの?」
 好奇心の強いアンがジャーナリストの顔になって問い掛ける。
「太陽系警察機構の若い刑事さん。名前は言っちゃいけないらしいから言えないわ。「アンブレラI号事件」でわたしに同行してくれた人よ。学院校門前で足止めを喰らっていた師匠より早く現れるだもの。わたしの方がびっくりしたわ」
 そういう事かとジェイムズは納得して話に乗った。
「ちょっと待ってくれよ。リンダ、その彼とはどういう関係だい? 僕のライバルはシルベルドだけじゃ無いのかな」
 ナイスフォロー。と思いながらリンダはあえて冷たい視線をジェイムズに向けた。
「友達と言ったでしょ。あなたには関係無いでしょ」
「冷たいなぁ」
 傷付いたという顔をジェイムズがすると、ニーナがわざとらしくホホホと笑った。
 ジェイムズは問題外、リンダの恋愛ネタに餓えているキャサリンが目を輝かせる。
「リンダ。その人はシルベルドさんと比べてどっちがいい男?」
「師匠は皆も知ってのとおりの人よ。そして彼は……」
 空になったコーヒーカップを回しながら、リンダが少しだけ意地悪な笑みを浮かべた。
「黙っていたら師匠と張るわね。というか、本当に外見は似ているのよ。初めて会った時は兄弟かと思ったくらいよ。でも、口を開いたら最悪。あれでよく刑事が務まると不思議に思うくらいデリカシーが無いのよ」
 出会った当初はね。という言葉をリンダは飲み込んだ。
「あの紳士なシルベルドさん以下なら期待薄だわ」
 アンが軽く溜息をついた。
 リンダは「紳士って誰!?」とツッコミたいのを堪えて微笑する。
 ニーナはリンダの機転に素直に感心した。α・シリウスとシルベルド・リジョーニ。2つの顔を持つ青年を、たった一言で良く似た別人だと親友達の記憶に刷り込んだ。
 リンダとα・シリウスが一緒に居ても、事情を知らない者はそれがα・シリウスなのか、シルベルド・リジョーニなのか判らない。
α・シリウスを縛っている見えない枷を1つ解いたわね。
 これからα・シリウスは裏表関係なく自由に動ける。動けなければならないのだという覚悟がリンダの笑顔から見て取れ、ニーナは未だ迷っているジェイムズの背中をもっと強く押さなければと決心した。


 α・シリウスは大きなくしゃみをして身震いをすると、すぐに顔を正面モニターに戻した。
「すみません。温かい部屋なのに急に寒気がしました」
『何処かでまた「ヘタレ」と言われてるんじゃないのか』
「は?」
 何の事だが判らないというα・シリウスの顔を見て、Ω・クレメントは口を押さえて笑いを堪えた。
『いや、何でもない』
 数日ぶりに見たΩ・クレメントの顔色は随分良くなっており、時間制限は有るものの多少の軽口を叩く余裕を認められていた。
『α・シリウスの名でワシントンに行くからには、それなりの準備が必要だろう。マザー』
『はい』
 コンウェル家に留められているマザーが、本来の主の呼びかけに嬉しそうに応じる。
『ケイン氏付けに私名義で文書を送る。それをメモリーシートにコピーしてα・シリウスに預けろ。α・シリウス、それを持って行き議長に渡せ。「太陽系警察機構刑事連続殺人事件Ω級代行主任捜査官」の公式認証が、私とビクトリアの連名でされている。君が公式に議員達と面会するパスになるはずだ』
 ビクトリアの名前を聞いて、α・シリウスが額を押さえる。リリアの能力を使った超空間通信では、自分達の時間に同期させるまで数週間掛かると言っていたはずだ。特化α級の大がどんな手段を用いて「光の矢」号を操縦したのか考えたくも無い。
「また教官がチームを率いてUSAに来ているのですか?」
『その方がお前にこのシートを渡すより遥かに安全だが、いくらチーム・ビクトリアでも肉体を伴った時間遡行は無理だ。認証は「通常」の通信回線で行った』
 減速中とはいえ最大7G加速能力を持つ「光の矢」号と地球との「通常回線」。一体何日間掛けてΩ・クレメントはビクトリアと連絡を取り、共同署名を行ったのか、ドクターストップが掛かっている過労の身にはさぞ堪えただろうと、α・シリウスは自分に掛けられたΩ・クレメントの期待の大きさを思い、膝の上に置いた両手をきつく握りしめた。
『α・シリウス、支部長官2名以上の認証が有っても、まだ特化級でも無い君がΩ級代行の立場になるのは難しい。自分の立場をわきまえて発言し行動しろ。君が失敗すれば太陽系警察機構の信用が失われる。国を相手に交渉するという事は、どれ程のスキルを必要とするのか、身をもって知るだろう。不安ならばケイン氏に聞くと良い。彼は優秀な技術者だが、経営者としてその道のスペシャリストでも有る』
「はい」
 真剣な面持ちで自分の話を聞き続けるα・シリウスを見て、Ω・クレメントは小さく笑った。
『出来れば私自身がゆっくり時間を掛けて君を教育していくつもりだったが仕方がない。レディ・サラの側から離れない事だ。それが今の君には1番の抑制になるだろう』
 α・シリウスはジェイムズが言った嫌みを思い出していた。

『Ω・クレメントの気がしれないよ。いい歳して協調性や大人気が全く無い君をΩ級候補に推薦し続けているなんてね』

 人に指摘されるまでも無く、コミュニケーションが苦手な自分には過大な評価だと思う。だが、今はそんな事を言っている場合では無い。Ω・クレメントが動けない以上、α・シリウス自身が動かなければならない。
『問題は竜が暴れ出した時だが、捉えて止めろとは言わない。掴まえたまま決して離すな。炎竜を何が有っても守れ。それが結果的に今の君も守る1番の方法だ』
 一瞬何を言われたか判らないという顔をして、α・シリウスは前回の通信で最後にΩ・クレメントが言い掛けた言葉を思い出した。
『竜を捉え……』
これはこの言葉に繋がっていたのか。リンダの手を離す気は毛頭無い。
 α・シリウスは椅子から立ち上がると最敬礼した。
「了解しました」
 様子を伺っていたマザーがツッコミを入れるのを忘れない。
『α・シリウス、しつこい様ですが言動にはくれぐれも注意する様に。あなたは夢中になるとメアリの教育を全て忘れてしまう「ヘタレ」もとい……「お馬鹿さん」ですからね』
 α・シリウスは頬を引きつらせ、Ω・クレメントは爆笑した。


 華美な飾りをほとんど身に着けず、深緑でシンプルな長衣に身を包んだリンダは、豪華なドレスに身を包んだ時より数倍美しく見えた。使い慣れた髪飾りは変形されてリンダの髪に巻かれている。額を出して知性を感じさせ、後髪も簡素に纏めている。化粧を施さない素肌はこれが本当の美しさなのだと言っている様だった。
 隣に控えているα・シリウスはゴーグルで素顔を隠し、漆黒で太陽系警察機構の簡易礼装で身を包んでいた。
 歓談場になるはずたったパーティー会場は会見場に配置を変え、ソファーに腰掛けているリンダ達を半円に議員達が囲んで座っている。
 議長がテーブルの前に立ってリンダ達に視線を向けた。
「リンダ・コンウェル嬢、居心地が悪い思いをさせて申し訳ないと思うが、事情が事情なので許して欲しい」
 リンダはゆっくりと頷いて答えた。
「会場にお集まりの皆様、初めまして。リンダ・コンウェルです。議長、謝罪の必要は有りません。不本意ながらわたしは世間を騒がし、皆様のお心を痛めてしまった身です。わたしこそせっかくのパーティーを台無しにしてしまい、皆様に心からお詫びします」
 怯みも怯えも驕りもせず、礼儀正しく応じる少女に議長や議員達もほっと息をつき、自然と周囲の目はリンダから横に座っているα・シリウスに向けられる。
 議長が会場に入った際にα・シリウスから渡されたメモリーシートに視線を落とした。
「太陽系警察機構USA支部α級刑事シリウス」
 「はい」とα・シリウスが立ち上がって敬礼をする。
「これには病床のΩ・クレメントの代行と有るが間違いないかね?」
「「刑事連続殺人事件」限定でなら間違い有りません」
 堂々とした態度で間違いを訂正するα・シリウスに、議長も笑って間違いを認めた。
「座りたまえ。たしかに「太陽系警察機構刑事連続殺人事件Ω級代行主任捜査官」と有る。私達はリンダ・コンウェル嬢が一昨日帰宅途中に襲撃を受けた件について質問をしたいと思っている。何故君がこの場に居るのか説明できるかね」
 α・シリウスは頷いて顔を上げた。ケインから出掛けにはっきりと言われている。
 決して臆さず、しかし、立場をわきまえ大国家を動かしている年長者達への敬意も忘れるなと。
「私はリンダ・コンウェル嬢が身元不明の男達から襲撃を受けた際にその場に居ました。それと、その襲撃は私が担当する事件と関わりが有ると思ったからです」
 議長はリンダの方を向いて問い掛ける。
「α・シリウスの言い分に間違いはないかね?」
「ありません」
 簡潔にリンダは返事をしてこれまでの経緯を一部省略しながら話した。

 「アンブレラI号事件」で知り合ったα・シリウスと一緒に夕食を摂った際に、複数の武装した男達から襲われ、犯人達の狙いは自分では無くα・シリウスだった事。
 このまま別れては危険だと判断し、α・シリウスを自宅に匿った事。
 学院からの帰宅途中、リニアシャトル内で誘拐されかけた事。
 その翌日には学院のすぐ側で狙撃され掛けた事。
 その際、潜伏していたα・シリウスに助けられた事。

「事件報告は州警察の方から提出済みだと思います。彼らは暗殺のプロでした。機転をきかしたシリウス刑事の素早い援護が無かったら、わたしはもとより一般市民や学院生徒達に犠牲者が出ていたでしょう。わたしは事件翌日にその可能性を学院と学生会に報告しました」
 議員の1人が手を挙げて立ち上がる。
「リンダ・コンウェル嬢。何故あなたが狙われたのか、その理由が判りません」
 当然の問いだとリンダは内心で笑ったが、態度には一切出さない。
「わたしが犯罪者に狙われるのは立場上たまに起こる事です。1、2度なら納得がいきますがこれだけ連続して、悪辣な方法で起こるなど普通なら考えられません。しかも、わたしが襲われたのは、シリウス刑事がCSS社員シルベルド・リジョーニと名を偽って市長邸のパーティーに出席した翌日の事です。おそらくわたしは犯人側が執拗に狙っているシリウス刑事を、おびき出す為に誘拐されかけたのでしょう」
 議員達がざわめき、慌てて手元の端末を操作する姿があちこちで見受けられ、議長もテーブルの端末で記録を確認していた。
 別の議員が手を挙げる。
「まだ関連が判りません。何故シリウス刑事は身分を偽ったのですか? しかもCSSには偽名のまま正式に社員として登録されている」
 愚問だと思いながらリンダは若い議員を見つめ返した。
「コンウェル財団はシリウス刑事を安全に保護するのが第1と考えました。命が狙われていると分かっていて正体を出せません。わたし達は安全だと思ったからこそ、どなたかが事情を察して声を掛けてくださるのではと期待を込めて、救援を求めるべくあの場に足を運んだのです。……残念ながら、シリウス刑事の正体に気付いて、手を差し伸べてくださる方とはお会いできませんでした」
 一旦言葉を止めてリンダは議員達全員を見渡した。
「ところがわたしは翌日に襲われたのです。わたし達が聞きたいところです。何故犯人はシルベルド・リジョーニの正体が、常に素顔を隠しているシリウス刑事だと判ったのでしょう。しかもあのパーティーは余程信頼できる方々しか出席出来ないはずです」
 ざわめきが先程より大きくなる。
 コンウェル邸のある地区は、街そのものが防衛衛星に常に守られている。その市長は人格者として有名で、パーティーにテロリストが出席出来るはずが無い。
 リンダの言葉を受けて、α・シリウスが口を開いた。
「残念ながら当時の私には、これだけの事件を実行出来る組織に心当たりが有りませんでした。何故犯人達は28人もの優秀な刑事のプライベートを知り、暗殺に成功出来たのか。何故私があの日リンダ嬢と一緒に夕食を摂ると知っていたのか。何故私がコンウェル家に保護されている事を知っていたのか。何でも良い。手掛かりが欲しくて、市長とコンウェル家にご迷惑をお掛けすると知りつつ、身分を偽ってパーティーに出席させていただきました。何故か犯人にだけは私が誰か解ったらしいです。本当に「何故」ばかりです。何故民間人のリンダ嬢があんな目に遭わねばならなかったのですか。USAが誇る学院は安全では無かったのですか? 安全だと信じて私はリンダ嬢に無理な協力を要請したんです。ところが、ここから先はご存じのとおりです」
 やや興奮気味に言葉を投げかけ、α・シリウスは「すみません」と頭を下げた。
 若い刑事の激高に議長は「気にしなくて良い」と優しく声を掛けた。
「シリウス刑事の疑問はもっともだ。どの様な事情が有っても、あの学院生徒が学院すぐ側で犯罪者に狙われるなど有ってはならないと私達も不快に思っている。リンダ嬢とシリウス刑事の証言を元に、USA政府の名に掛けて捜査を洗い直すと約束しよう」
 α・シリウスが挑戦的な目を議長に向ける。
「USA政府の邪魔をする気は有りませんが、太陽系警察機構も独自に動きます。殺されたのは全員私の同僚達です。その点だけはご了承ください」
 議長は苦笑しながらα・シリウスを見返す。
「なるほど。噂通り……」
 一旦、議長は言葉を切り、手元の端末に視線を落とした。
「というか、実際に若いな。経歴はともかくまだ26歳か。太陽系警察機構があらゆる国家から完全独立した機関である事は万人の知るところだ。私達は国の威信を賭けて世界中から預かっている学院生徒達を守る。君は君の立場を貫けば良いだろう」


 議長は何かを隠しているらしいが、これ以上公式の場で2人から情報を引き出すのは無理と判断し、散会の挨拶をしようとした時、リンダが「待って」と声を上げた。
リンダの全身が柔らかい金色の光に包まれイエローヘアは薄いブロンドに、明るいエメラルド・グリーンの瞳は、鮮やかで深く青に近いグリーンに変わった。
「リンダ・コンウェル嬢?」
 何が起こったのかと議長が小さく震えながら声を掛ける。
 α・シリウスは目の前で起こるリンダの変化に言葉を失っていた。
 リンダは顔を上げてまっすぐに正面を見ると、よく通る声を発した。

『わたしは警告する。もう止めなさい。「裏切り者のユダ」よ。あなたの手足は聖なる竜の咆哮に打ちのめされ、業火に焼かれるわ。その手に握った僅かな金を持って何処に行くつもりなの? 最後の審判を受ける前に、全てから手を引きなさい』

 光が消えたリンダの身体がぐらりと揺らぎ、慌ててα・シリウスがリンダを抱きかかえる。
『マイ・ハニー、サラ。何が有った?』
『マイ・ハニー、シリ。この気配は多分リリアだわ。わたしを依り代にして、時空を越えて犯人に語り掛けたんだわ』
 議員達のほぼ全員が有り得ない超常現象に騒ぎ出す。いくらリンダが『奇跡の』という異名を持っているとはいえこれは異常過ぎる。
『リリアか。それなら分かるが無茶をする。サラ、大丈夫か? リリアは犯人の正体をサラに言ったか?』
 リンダは力を振り絞って頭を振る。
『いいえ。この場に居る事だけしかリリアにも……』
 リンダの不調に正気に返った議長が、テーブルを押しのけてリンダ達が座っているソファーに駆け寄る。
「大丈夫かね? リンダ・コンウェル嬢。今のは何だ? 何かの演出か?」
 リンダは痛む頭を押さえながら「いいえ」と言った。
「わたしにも何が起こったのか全く判りません。ただ……何か小さな天使の様な姿を見た気がします」
 議長が顔色を変え、周囲に視線を巡らし、リンダに小声で話し掛ける。
「それは10歳くらいの少女だったかね?」
「え? ……ええ。多分」
 何故それを? とは言えず、訳が分からないままリンダが頷く。
「先の大災害より前に生まれた150歳はとっくに超えている化け物がまだ生きていたのか? リンダ・コンウェル嬢。この事は君の安全の為に、誰にも話してはならない。「彼女」はかなり気紛れだったと聞く。1度きりなら良いが、もし今のが本当に「あの彼女」で、その生存が公になり、君が「彼女」のお気に入りになったと知られたら、誰も君を守れなくなるだろう」
 議長の真剣な目を見てリンダは無言で頷いた。
『シリ、リリアがどうして?』
『今は聞くな。後で教官かリリアか大の許可が下りたら教えてやる』
 α・シリウスはリンダを抱えたまま議長に向き直った。
「議長、リンダ・コンウェル嬢は何度も連続で命を狙われ、ここ数日は心労でかなり参っています。お願いします。帰して休ませてあげてください」
 議長は「分かった。そうしよう」と立ち上がり、全員に散会の合図を送った。
奇跡の名を持つ者は奇跡的な存在を惹き寄せるのかもしれない。此処に居た誰も「アレ」に気付いてなければ良いのだが。
 闇歴史に詳しい議長は初めて心からリンダに同情した。


「リリア」
 木星軌道上。ビクトリアの箱庭番人ルークが、リリアの不調に気付いて表情を曇らせる。
「どうした?」
 必要物資を取りに来た金の髪と瞳を持つDNA融合体の獅子が、普段は無表情のルークの異変に首を傾げる。
 ルークは「何でもない」と首を横に振ってリストを獅子に手渡した。
 カートに乗せた物資を持って帰ろうとする獅子にルークが背後から声を掛ける。
「お前がいつも気にしている娘だが……」
 リンダの事だと気付いて獅子が慌てて振り返った。
「いや、忘れろ。お前は何も出来ない」
「リンダがどうした? 教えろ」
 ルークの口調からリンダの身に危険が迫っていると判った獅子が鋭い爪を伸ばす。
「今は元気だ。あの娘自身とあの男が何とかするだろう。行け。獅子。お前の家族が心配しながら待っている。人の心配より先にすぐに体調を崩す自分の身体を思いやれ。お前が死んだと知ったら、あの娘も悲しむぞ」
「勝手に人を殺すな!」

 獅子ははらわたが煮えたぎる思いを抑えて踵を返した。
 リンダが元気だと分かって嬉しいという気持ちと、相変わらずあの大人気が無いα・シリウスが側に居ると思うとむかっ腹が立つ。無駄口を叩かないルークが珍しく話したと思えばこれかと舌打ちをしたくなる。
 しかし、ルークの指摘は事実で、猫と鹿乃子が開発している新しい薬に対応しきれずに、度々獅子は熱を出して寝込んでいる。
 自分の身体がもどかしい。この状態ではビクトリアは絶対に自分に「自由」を与えてくれない。
 どれだけリンダに会いたいと思っても会えない。今の自分では会ってもリンダを助けるどころか逆に足を引っ張るだけだ。
 獅子は首にぶら下げた細いチェーンの先に有るケースを耳に当てた。ケースがリンダの歌声を流し始める。
 思い出に縋るのは意味が無いと分かっていても、常に生死の間を彷徨い続けている獅子にとって、リンダの歌声が唯一生きる希望だった。


 コンウェル邸に帰る車の中でα・シリウスは、自分の通信端末に入っていた大の罵倒を読んでマジギレした。思いっきり肉声でなじってやりたいが、CSS社員達に聞かれる訳にもいかないので吐息だけに切り替える。
『「超能力の使いすぎでリリアが倒れた。どうしてくれる?」だと? 俺がそれを言いたいぞ。慣れている大ならともかく、リリアとのシンクロがサラにどれだけ負担が掛けると思ってるんだ』
 素早く通信端末に罵倒を打ち返す。リンダは理由が判らずまだ目眩が治まらない頭を押さえていた。
 十数分後。返信が返ってきて、α・シリウスはそれを読んで舌打ちをした。
『サラ。リリアからだ。無茶をして悪かったと。許して欲しいと俺に言付けてきた。事情も話して良いと言っている』
『許すだなんて。たしかにシンクロしている時は身体は苦しかったし、今も視界が時々ぶれるけど、あの場に本当に「ユダ」が居たなら素敵な演出だったわ。事情って何? あ、秘密なら聞かなくて良いの。わたしはリリアを信じているから』
 1度好意を持った相手にはとことん甘くなるリンダに、α・シリウスも溜息混じりに呟いた。
『俺が研修でチーム・ビクトリアに入った時にはリリアはすでに居た。リリア・マーロは教官が付けた名前だ。それまでは名前が無かったらしい』
名前が無い?
 この時代にまさかと、リンダが目を見張る。
『リリアの特殊能力は人工的に造られたモノで、外宇宙軌道で長い時間、小さなカプセル内に閉じこめられていたのを教官が見付けて保護したそうだ。リリアがチーム以外の人前に出てくる時は常に大が側に居て、身体の弱いただのエンパシー能力者を装っている。これ以上は俺も知らない』
 リンダの脳裏に議長の怯えた顔と「150年以上も前から生きている」という言葉が浮かぶ。
 数回リンダは頭を振ると、笑顔でα・シリウスの顔を見つめ返した。
『リリアに感謝しなくちゃね。黒幕があの中に居ると教えてくれたわ。わたし達の予想をリリアのテレパシー能力が裏付けてくれたのよ。後はわたし達が証拠を固めるだけ。ねえ、シリ』
『何だ?』
『わたしはリリアが好きよ。シリは?』
『好きだ。あの無茶苦茶なチームの癒し系だからな』
 リンダは満面の笑顔でα・シリウスの肩を軽く叩く。
『そうなら何も問題は無いわ。わたし達はリリアを好きで、リリアもわたし達に好意を持ってくれている。それだけで充分でしょう』
 ありのまま全てを受け入れる。それがリンダの強さの1つだとα・シリウスは改めて気付かされた。一見脳天気とも思えるリンダの柔軟性と優しさに、どれだけ自分が救われてきたか。愛しいという想いが胸に広がっていくのを感じながら、α・シリウスはリンダの頬に手を添えた。

 リンダとα・シリウスが笑い合う中、危機はすぐそこまで迫っていた。


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