Rowdy Lady シリーズ 3 『天使の歌声は聞こえない』

21.

 優しく甘い香りに包まれてリンダは目を覚ました。視界にアンとキャサリンとジェニファーの姿が見えて数回瞬きをする。
「あら?」
 リンダが身体を起こして周囲を見渡すと、ベッドサイドのテーブルに自分が好きな食べ物が沢山置かれていた。
 何事かと問い掛ける前に、ジェニファーがリンダの肩にブランケットを掛ける。
「おはよう、リンダ。ジェイムズから連絡を貰って用意しておいたの。お腹が空いているでしょう」
 キャサリンが優しくリンダの頬を撫でる。
「皆からの差し入れも沢山有るわよ。あなたにお詫びだと言っていたわ」
 アンが真っ直ぐにリンダの顔を見つめた。
「リンダ、その様子からしてここ最近はほとんど寝ていなかったのね。どうしてそこまで無理をするの? シルベルドさんは1週間以上前からリンダが狙われていたと教えてくれたわ。ジェイムズもリンダの不調を知っていたわ。……どうしてわたし達には何も言ってくれないの?」
 少しだけ震えるアンの声を聞いて、リンダは自分がどれだけ傲慢だったか思い知らされた。
「ごめんなさい。皆に心配を掛けたくなかったの。でも、逆ね。とんでも無い間違いだったわ。わたしがあなた達の立場ならやっぱり悲しむわ。本当にごめんなさい」
 顔を覆って涙声になるリンダの肩をジェニファーが優しく抱きしめる。
「泣かないで。わたし達の可愛いお馬鹿さん。愛しているわ」
 キャサリンがリンダの髪を撫で続ける。
「ほら、口を開けて。あなたの好きなフルーツムースよ。少しは食べないとね」
 アンがスプーンをもってリンダの口元に運ぶ。
 リンダは自分がどれだけ友人達から愛されているか再確認した。α・シリウスの言葉がリンダの頭の中でリフレインする。

『サラはどこにでも居る普通の17歳の娘だ。「奇跡の」なんて異名に自分が振り回されてどうする』

 たしかに自分は普通の愚かな女だとリンダは思った。ここまでの好意を寄せられて初めてそれに気付くとは、情け無さ過ぎて涙が溢れ出す。
 そんなリンダを親友達はかわるがわる抱きしめては頬に優しくキスをした。

「だけど」
 食事を終えてキャサリンがちらりとドアの方に視線を向ける。
「そうね」
 ジェニファーも不機嫌そうに紅茶を飲む。
「どうしたの?」
 先程までの泣き顔はどこに行ったのか、晴れ晴れとした顔でリンダが問い掛ける。
 アンが渋面で立ち上がって医務室のドアを開けた。
「どうしてジェイムズがまだそこに居るのよ? わたし達が来たから心配は要らないと言ったでしょう」
「げっ!」
 医務室の前で簡易テーブルと椅子を広げて、ちゃっかり昼食を摂っているジェイムズを見たリンダが思わず声を上げる。
 ジェイムズは悪びれた様子も無く、コーヒーカップを片手に微笑んだ。
「いやあ。事情を話したら僕にも差し入れが来てね。どうせだから此処で食べちゃおうかなって思ったんだよ。リンダがいつ目を覚ますか判らなかったし、集団が押し寄せたらいくら君達でも防ぎきれないかもしれないだろう。男手が有った方が良いかなと思ったんだよ」

どうしてわたしが寝ていたと、ジェイムズが知っているのよ!?
 リンダは震える手を押さえてベッドから降りると、ジェイムズの前に立った。
「ジェイムズ。お気遣いありがとう。本当に感謝しているわ。おかげでゆっくり休めてかなり体力は戻ったわ。だから……」
 ジェイムズがばれたと気付き、顔色を変えて慌てて椅子から立ち上がる。
「わたしが切れる前に、どこかに行ってよ!」
 リンダは逃げ出したジェイムズの背中に、テーブルの上に置かれていた空パッケージを、有るだけ投げつける。寝顔を勝手に見るなどジェイムズに許した覚えはない。
「少しくらい気を許してくれても良いのに……」
 ジェイムズの姿と声が小さくなって消えていく。
 リンダが投げて廊下に散乱した大量の紙くずや食べ残しを見たアンとキャサリンとジェニファーは、軽く溜息をついて頭を振ると同時に言った。
「「「自己責任!」」」
 泣く泣くリンダは散らかしたゴミを自分1人で拾い集めて廊下を綺麗に掃除をした。


 すっかり臨時会議場と化しているコンウェル邸プライベートルームに、ジェイムズとニーナ、リンダとα・シリウスが集まっていた。
「学院長は正式に政府に要請書を出すそうだよ。太陽系規模で面子を潰されたも同然だからね」
 ジェイムズが学院長室でのやりとりを報告すると、ニーナが数枚のメモリーシートを提示した。
「全学生・生徒会も公式に学院側と政府に質問状を出すそうよ。安全な教育を約束されているはずなのに、管理態勢はどうなっているのかと。当初予想していたより話が大きくなってきたわね」
 にっこり笑うニーナに曖昧な笑みを返し、リンダは2枚の招待状を持ったままα・シリウスを見つめた。
 リンダをあえて無視して、α・シリウスはジェイムズに視線を向ける。
「州警察から死亡した3人の検死報告が届いた。「DNA鑑定から該当者無し。太陽系警察機構に情報を要求する」と。こちらも無いとしか答えられない。太陽系防衛機構は情報を持っていないのか?」
 軽く溜息をついてジェイムズは自分の頭を指さした。
「ここと、非公式で僕の家にローカルでなら保存してあるよ。公式データは4週間程前に過去の隊員データを保存したコンピュータが長期メンテナンスに入ってね。その最中に事故が起こった。データの0.1%が複数のバックアップごと綺麗に消えた。僕が記憶している限り全員がその消えた部分に入っていた。しかも復旧不可能というおまけ付きだよ」
 ジェイムズが苦笑気味に言うので、ニーナもくすりと鼻で笑う。
「随分都合の良い事故だと思わない? リンダ」
 話を振られてリンダが慌てて顔を上げる。
「真相を知る者にとってはあまりにも不自然だわ。やっぱり、それは……」
 リンダが何かを言い掛けて、口元に手を当てると少しだけ首を傾げ、視線を彷徨わせる。
 やはり駄目かとα・シリウスは片手を上げて遮った。
「待ってくれ。「J」、ニーナ。悪いが背を向けてくれないか。少しばかり時間が欲しい」
 ジェイムズとニーナは、お互いの顔を見合わせて頷くと、リンダ達から視線を外した。

 挙動不審と化しているリンダの頬にα・シリウスが手を添える。
『マイ・ハニー、サラ。どうした?』
『マイ・ハニー、シリ。頭では理解しているけど、とても怖いの』
 縋るような上目遣いで見詰められ、α・シリウスはこれは時間が掛かりそうだとゆっくりと聞いた。
『それは、今話さなければならない議題か?』
『いずれは……。最低でも複数のΩ級の権限で、公式に太陽系防衛機構の方針を質さなければならないと思うわ』
 膝に置かれたリンダの手がしっかりと自分のスラックスを握りしめているのを見て、α・シリウスは頷いた。
『分かった。その話は後でゆっくり聞く。キャサリンとジェニファーから渡された招待状を持っているな。学院の話題にも直結している。今日の議題はそれに絞ろう』
『ありがとう。シリ』

「待たせてすまない」
 ジェイムズとニーナが振り返ると、ソファーに腰掛けたα・シリウスの膝の上に、リンダが頭を乗せているのが視界に入った。
 ジェイムズはリンダがα・シリウスに頼り切っている様子に内心舌打ちをしたが、態度には一切出さない。
「まだ疲れが残っているらしいからこのままで話す。今夜はサラの意見をあまり期待しないでくれ。口数は少なくなるが、俺達が見当違いの話を始めたら指摘くらいはするだろう」
 リンダの不調は学院内で誰もが知るところなので、ジェイムズとニーナも頷いた。
「リンダ、辛いなら今日は止めても良いのよ。連日の心労が溜まっていたところに、パニックを起こしかけた生徒達から集団尋問に掛けられて、かなり参っているのでしょう。いくら体力自慢のあなたでも本当に倒れてしまうわ」
 ニーナが女性らしく気を回すがリンダが無言で頭を振った。
「……という事らしい。サラに妥協を求めるのは無理だから俺が話す。ここに2通の招待状が有る。明日ワシントンで行われる議員会のパーティーと、週末のUSAバンク協会のパーティーだ。俺達2人はこの双方から「生き証人」として出席を求められている。サラはそのままリンダ・コンウェルで出れば良いが、俺は正直シルベルド・リジョーニで出るか、シリウスとして出るか迷っている。サラを尋問しようとした州警察にはシリウスの名を名乗ってあるからだ」
 ニーナが頬に手を当てて少しだけ難しいという顔になる。
「何故α・シリウスを名乗ったの? 話がややこしくなるわ」
 当然の質問にα・シリウスは頷いて答えた。
「3人の狙撃犯を相手にサラ1人では難しいと判断した。防御に重きを置いたCSS社製の武器は効果が低く、防衛機構から払い下げの粒子ライフルに対抗するのは無理だ。俺は使い慣れた太陽系警察機構仕様の武器とゴーグルで対抗した。殺傷能力の高い武器を街中で使用したから身分提示が必要だった」
 「だったら」とジェイムズが顔を上げた。
「特殊任務に就いて表向き行方知れず扱いになっているα・シリウスは堂々と表に出れば良いと思うね。シルベルド・リジョーニなんて不便な立場でなく、Ω・クレメントの代理として議員達に掛け合えば当然彼らも動かざるを得ない。USAバンク協会も同じで良いだろう。1企業の社員よりはるかに信用されるよ」
「待って」
 俯せていたリンダが僅かに顔を上げる。
「ワシントンへシリが身分を偽らずに行くのは同意。但し理由は違うわ。シリが姿を現して動くのは、絶対に議員達より敵が早いわ。議員達にも今何が起こっているかはっりき解るでしょう。シリ、危険だけど囮になって。わたしも出来るだけフォローをするわ。USAバンク協会へは反対。理由はUSAバンク協会は学院生徒保護者達の動向が怖いから、刑事では無く現場に居たシークレットサービスの意見が聞きたいのよ。招待状にはシルベルドの名前も入っていたわ」
 やや早口で一気に言い切り、リンダがα・シリウスの膝の上に頭を戻すと、ニーナは微笑を浮かべながら頷く。
「助かるわ。疲れているけど頭はしっかりしている様ね。リンダの意見にわたしは賛成よ。α・シリウスが表に出るのは最小限に抑えたいわね。必要も無く表舞台に姿を出して、命を狙われ続けるなんてマゾしかやらないわよ。ジェイムズ」
 見苦しいやきもちは止めなさいと暗にニーナにたしなめられ、ジェイムズも軽く肩を竦めながら「そうだね」と頷いた。
「そういう事なら、明日俺はシリウスの名でワシントンに行く。必要と言われたら公式文書で報告書も出そう。学院側はそちらに委せる。どうせ俺は学院内で動けない。わざわざ来て貰って悪いが、今日はこれで終わりたい。見送りも出来そうに無い。マイケルに声を掛けて帰ってくれ」
 軽く溜息をつきながら話すα・シリウスを見て、ニーナが不思議そうな顔になる。
「報告待ちで動けないから気にしないで。どうかしたの?」
 嫌そうに眉間に皺を寄せてα・シリウスがリンダの頭を軽く叩いた。
「気が付いたらサラが寝ていた。こうなるとこいつはそうそう起きない。叩き起こすのにも時間が掛かる。この体勢では俺は立ちたくても立てないんだ」
 俯せているのでリンダが寝ているのかは判らないが、α・シリウスのばつが悪そうな顔からして本当なのだろう。ぷっとニーナが笑い、ジェイムズはむっとして頬を引きつらせた。
「分かったわ。お休みなさい。α・シリウス。リンダに宜しくね」
 ニーナが立ち上がると、ジェイムズも立ち上がってα・シリウスを睨み付ける。
「眠ったリンダに変な事をするなよ。おじさん」
「(命が惜しいのに)誰がするか。クソガキ」
 低レベルな言い争いを始める前に、ニーナが「帰るわよ」とスカートの裾を持ってジェイムズの背中を蹴り飛ばした。
 清楚な見た目に似合わずニーナも相当きつい性格をしているらしいと、α・シリウスは笑って2人の後ろ姿を見つめた。

 マイケルに丁重に見送られ、車に乗り込むとニーナはふっと息を吐く。
「わたしがリンダの立場なら、どれだけ疲れていてもパートナーに全をて委ねるなんてとても出来ないわ。α・シリウスもリンダの事をよく理解しているわ。凄い信頼関係ね。あれに勝とうと思ったら大変よ」
「分かってるよ」
 ジェイムズが頬杖を付きながら横目でニーナを見返す。
「リンダは彼を心から信頼している。パートナーだから当然だと言い切られたよ」
「他は眼中に無いって感じかしら?」
 それじゃとても勝ち目は無いわねと面白そうにニーナが笑う。
「そういう風でも無さそうなんだよね。リンダは僕の事も信頼していると言ったよ。リンダの目は……一体誰を見ているんだろう」
 本当に判らないという顔をするジェイムズを見て、ニーナは自分の予想を口にするのは止めた。
 長年リンダは主治医のサムに憧れていた。それは本当に恋だったのだろうかとニーナは疑問に思う。
 本気のジェイムズに触れられただけで貧血を起こして震えたリンダが、今日は抱き上げられても平常心を失わずに医務室に行き、α・シリウスの膝の上で安心しきって眠る。
 その様子はまるで無垢な子供のもので、とても17歳の少女の姿では無いと思ったが、それをジェイムズに言うのははばかられた。
どういうからくりかは判らないけれど、異性を異性として意識出来ない今のリンダに本気で恋をした相手は不幸だわ。
 ニーナはジェイムズとα・シリウスに心から同情し、自分の出した分析結果に封印をした。


「起きろ。この馬鹿娘。会議中に寝るとは良い度胸だ」
 人目が無くなったのを確認して、α・シリウスが遠慮無くリンダの頭を何度も叩き続ける。爆睡モードに入りかけたリンダを起こすのはこれが1番早いからだ。
 α・シリウスの膝の上に頭をすりつけながらリンダがイヤイヤをする。
「ねーむーいーのー。お願いー。このまま寝させてー」
 本当にこのままベッドに連れて行って良いのならともかく、目が覚めて正気に戻ったリンダから殴られるのは自分なのでα・シリウスも引けない。
「眠りに逃避しても誰も救われないぞ。現実を見ろ!」
 α・シリウスに怒鳴られ、ビクリと肩を震わすとリンダは頭を上げた。深い蒼の瞳と視線がぶつかり、リンダは額を押さえながら数回瞬きをすると「ごめんなさい」と素直に謝った。
 言葉に出さなくても自分を理解して、叱ってくれるα・シリウスの存在に、リンダは心から感謝した。

 片付けられないとマイケルから苦情を言われ、リンダとα・シリウスは部屋を移った。
 頭をすっきりさせてくるとリンダはシャワーを浴び、毛布を持ってα・シリウスの部屋に入ってきた。
 嫌な予感がしてα・シリウスがそれを摘み上げる。
「サラ。これは何だ?」
「毛布よ。見れば判るでしょう」
 敷物の上にクッションを数個並べながら、リンダは呆れ顔でα・シリウスを見上げる。
 逆にα・シリウスは「俺はどういうつもりかと聞いているんだ」と怒鳴りつけたいのを必死で堪えた。リンダの天然言動に毎回切れていたら身が持たない。
 毛布で身体をくるみ、しっかり此処で寝るぞ体勢を整えたリンダを見て、α・シリウスは溜息をついて毛布ごとリンダを抱き上げるとベッドの上に放り投げた。
「きゃっ!」
「いくら暖房が効いていてもこの季節に床で寝たら馬鹿でも風邪を引く。サラを説得するのは諦めた」
 ベッドに転がされて驚いて自分を見上げてくるリンダから視線を逸らさず、α・シリウスも毛布を羽織ってベッドに腰掛けた。
「長い話になるんだろう。簡潔に纏めろとも、理路整然と話せとも言わない。サラが違和感や不安を覚えた部分を思いついた順に話してくれ。多分その方が早い」
 口調と態度は乱暴だがα・シリウスの優しさと温かさは変わらない。
 リンダは綿菓子の様にふわりと笑って、芋虫のごとく這うとα・シリウスの膝に頭を乗せた。

「まず、わたしが以前言った事を訂正するわ。この事件の黒幕はホワイトハウスに自由に出入り出来る立場では無くて、ホワイトハウス中枢に居ると思うわ」
 まるで「今夜のシチューは美味しかったわね」とでも言う様に、普通の口調で話すリンダに、α・シリウスも緊張する。
 平静を装ったリンダが実は神経を研ぎ澄まし、淡々とした口調で話す時が1番正確に真実を見抜いる時なのだ。
 USA政府が太陽系警察機構を壊滅させようとしている? 1度は覚悟をした相手とはいえ、ここまで完全孤立した現状では戦いたくない。α・シリウスは毛布の中で手を握りしめた。
「どうしてそう思う?」
「始めからおさらいするわ。1つ、セキュリティの高い太陽系警察機構Ω級の個人ネットワークにハッキングを仕掛けられるのは誰? 2つ、24時間低高度衛星に守られたこの街の上空に、軍事偵察衛星を配置しておきながら、市長に不審がられずに済むのはどんな立場なのかしら。3つ、市長邸パーティの翌日にわたしが狙われたのは何故? 誰が犯人に知らせたの? 4つ、わたしは毎日リニアシャトルで学院に通っているわ。でも、講義スケジュールは何処から洩れたの? 帰る時間は日によって変わるでしょう。待ち伏せにしろ狙撃にしろ、長時間同じ場所に居れば、記録が残ったり目撃者が出るはずよ。ピンポイントでわたしを狙えたのは誰からの情報なの? 5つ、セキュリティの高さを誇る学院近くで銃撃戦をやれたのは誰の手配? 学院の防御システムは、24時間体勢で周囲1キロメートルの範囲にテロリストの存在が居ないか見張っているのよ。粒子ライフルの持ち込みなど、許可無しでは到底出来ないわ。6つ、太陽系防衛機構のデータを削除出来たのは誰? 7つ目、1番の疑問よ。わたしとシリが初めに襲われた時、大統領の極秘スケジュールを明かしてニューヨークシティからマスコミの目を逸らしたのは誰? 1つ、2つだけなら偶然と言えたわ。でもこれだけ続いたら疑って当然だわ」
 指折り数えるリンダが自分の膝の上から頭を動かさないので尚更恐ろしい。α・シリウスはUSAを完全に敵に回しているのだと改めて自覚させられて背筋が寒くなった。
 「ただ……」とリンダが言葉を続ける。
「唯一、ホワイトハウス以外でこれが出来た人が居るのよ」
「誰だ?」
 α・シリウスは自分の声が氷の様に冷たくなっているのを感じた。
この手で殺してやる。
 と、どす黒い感情が広がっていく。
 リンダが身体の向きを変えて、α・シリウスの顔を真っ直ぐに見上げた。
「太陽系防衛機構作戦統合本部、姿無き幹部「J」。本名ジェイムズ・ロイド。クラスメイトのわたしの個人情報を持ち、太陽系防衛機構の最奥まで知り尽くし、太陽系警察機構の通信回線にハッキングをし、仲間と油断させてシリを表に引きずり出したわ。ロイド家はホワイトハウスとの関係も深いの」
 思いもしなかった名前を聞いて、α・シリウスの全身が震える。
「な……んだと?」
 蒼の瞳がぎらつくのを見て、リンダがα・シリウスの頬に手を添える。
「落ち着いて。状況から考えられる1番の可能性を言っただけよ。わたしはジェイムズを疑った事は無いわ」
 嘘だと言われて身体から力が抜け、α・シリウスは大きな溜息をついた。
「サラ、悪趣味な冗談は止めてくれ。今すぐ奴の家に乗り込んで殺すところだった」
「冗談のつもりで言ったんじゃないわ。これは重大なヒントよ。ロイド家のジェイムズと同じだけの情報を集められ、USA内で広く深い人脈が有り、違法の傭兵を雇うお金も持つ相手が敵って事よ。そんな人が居る場所は1箇所しか無いわ」
 リンダの明るいエメラルド・グリーンの瞳を見返しながら、α・シリウスは乾いた口で呟いた。
「ホワイトハウスか」
「解ってくれてありがとう」
 そう言ってリンダは再び横を向いた。

 α・シリウスは何かおかしいと思った。
 たとえ相手がホワイトハウス中枢に居るとしても、リンダがこれ程何かに怯え、頑なに本心を隠し、非常事態時に不眠症になって身体の不調を訴えるとは考えにくい。
 逆に相手が大きければ大きい程、権力を笠に着た相手程、持ち前の正義感で燃えるタイプだからだ。
「サラ、何が怖い? 何に怯えている?」
 リンダがビクリと肩を震わせ、両目をきつく閉じるのを見て、α・シリウスはやはりとリンダの髪を優しく撫でる。
「言いたくないのなら無理に言わなくても良いぞ」
不安で一杯。聞いて欲しい。だけどそれを1度口に出してしまったら、現実になりそうでとても怖い。
 言葉にはならないリンダの叫びをα・シリウスは聞いた気がした。
「もう自分の部屋に帰って寝ろ。きっとその方が落ち着くだろう」
 α・シリウスの服を握りしめ、リンダは何度も頭を振る。
「シリ」
「何だ?」
「わたしは……」
 口の中に溜まった唾を飲み込んで、リンダは消え入りそうな声で呟く。
「このままではわたしは大切な人を、この手で傷付けてしまう事になるわ」
 震える声を聞いて言わせてしまった方が良いとα・シリウスは思い直した。リンダを抱きかかえてしっかり支える。
「誰をだ?」
「……ジェニファー」
 リンダは限界だと意識を手放した。
 α・シリウスは責任感と友情との間で揺れ動き、涙を流しながら眠るリンダを強く抱きしめた。
 ジェニファー・パウンド。
 現USA大統領首席補佐官の娘でUSAバンク頭取の孫娘。リンダの親友の1人だ。α・シリウスは金髪巻き毛の小柄な少女の顔を思い出し、リンダの苦しい気持ちを思い胸が痛くなった。
 リンダの周囲でもっとも穏やかで優しい娘。明るいキャサリンや聡明なアンとは全く違う雰囲気を纏っている。それでもリンダ曰く、連合を組んだ時のジェニファーは恐ろしいらしいが。
 ホワイトハウスが関わっているらしいと予想を付けた段階から、リンダはこれを怖れていたのだと、漸くα・シリウスは理解した。
 黒幕がジェニファーの父なら全ての謎が解ける。それに近しい間柄だとしても、ジェニファーは父親の関係者がリンダの命を狙い続けていたと知ったら、酷く自分を責めるだろう。
 リンダは出来ればそうであって欲しくないと、必死で奔走したに違いない。心労を抱えたまま膨大な情報を集めて分析を繰り返し、いくつもの予想を立て続けた。ベッドに入ってもほとんど眠れぬ夜を過ごしたのだろう。
 α・シリウスはリンダを部屋に戻そうと抱き上げたが、意識を失う前の縋るような目を思い出し、ベッドに戻って毛布にくるまったままのリンダを寝かせて自分も横になった。
 こんな事になるのならリンダが強がって嫌だと言っても、絶対に1人にするのでは無かったとα・シリウスは酷く後悔した。
「不安を抱えたまま1人で寝るのがずっと怖かったんだな」
 抱きしめる代わりにα・シリウスはリンダの手を優しく握りしめる。
「今夜は何もせずにおいてやるが、俺の理性がいつまで持つかは保証しないぞ」
 リンダの頬に手を添えて呟くと、α・シリウスはベッドサイドの照明を落とした。

 久しぶりに熟睡して気分良く目を覚ましたリンダは、1晩中手を繋いでいたやはり起きぬけのα・シリウスと目が合い、「シリって本当に歳の離れたお兄さんみたいだわ」と無邪気に笑って、α・シリウスを再びどん底に突き落とした。
 α・シリウスがリンダとケインを除くコンウェル家の全員から、陰で「超ヘタレ」と呼ばれる様になったのは当然の事と言えるだろう。


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