Rowdy Lady シリーズ 3 『天使の歌声は聞こえない』

20.

 ホールのエントランスで迎えの車を待つ間も、リンダ達は真面目に話し続けていた。
「さっき舞台で言った事は本気よ。彼らも問題の大きさは分かっているから絶対に協力してくれるわ。せっかく長年培ってきたつてだもの。利用出来る物は利用しましょう。リンダ、決して1人で暴走しては駄目よ。いくらあなたでも危険過ぎるわ」
 アンがリンダの手を握りしめて真剣な顔で言う。
「犯人側の意図が判らない以上、僕達も出来る限り自衛するべきだからね。帰ったらすぐに手配するよ」
 犯罪者の最終目的は判っているが、情報が足りず捜査が進まない以上、どんな些細な事でも押さえておきたいとジェイムズもアンの意見に乗る。
 リンダは絶対に学院生徒達を事件に巻き込みたく無いと、少しばかり大げさに警告をしたつもりだった。
 しかし、こうなっては仕方ないと頷く。アンやジェイムズ同様、学院に通う生徒達は止められて大人しく聞くメンバーでは無い。
「わたし1人で掴まえられる程度の相手なら、とっくに何とかしているわ。次は誰がターゲットにされるのか判らないもの。皆と協力して全力を尽くすわ。このままじゃとても安心できないわ」
 α・シリウスは1歩下がった場所で「アンブレラI号事件」での学院生徒達の恐ろしいパワーと行動力を思い出していた。
 リンダがちょっと好奇心をくすぐっただけで、太陽系警察機構が集められなかった情報が次々と集まってきたのだ。自分達の命が掛かっているとなれば、どんな力を発揮するのか想像も付かない。
 犯人達の目的を考えれば一般学生にまで害が及ぶとは思えないが、この際利用出来る物は全て利用したい。
 リンダが危惧するとおり、焦った犯人達が学院まで乗り込んで来ないとは言い切れない。学生達が身の危険を知り、自主的に自衛してくれるなら、心配事が少なくなる。
 実質、捜査に直接当たれるのは自分とリンダの2人のみ。こちらが大きく動かなければ、どこまでも姿を見せようとしない相手を引きずり出すのは、今のままでは不可能だ。

 アンとジェイムズが車に乗り込むのを笑顔で見送ってからリンダ達も車に乗った。
 その直後、緊張が解けたリンダは素に戻って、恐ろしい剣幕でα・シリウスの襟首をグイグイと締め上げる。
「恥ずかしくてわたしの方が壇上から逃げ出したくなったわよ。自覚無しで馬鹿発言をするなら、今度からその口にテープでも貼っておいて」
 このままでは窒息するとリンダの馬鹿力に対抗すべく、α・シリウスも上からリンダの頭を押さえつけた。
「意味が解らないぞ。どういう意味だ?」
「あんな台詞、くりかえし言いたく無いわ。そのままの意味よ。この馬鹿!」
 前部座席で護衛を務める本物のCSS社員達は、優秀と噂される2人が毎回こんな調子で大丈夫だろうかと呆れつつ、コンウェル財団と太陽系警察機構の将来を真剣に心配して大きな溜息をついた。

 1日1時間。どれ程忙しくて疲れていても、リンダはα・シリウスとの約束を守り続けている。
 不機嫌そうなリンダの顔を眺めながら、α・シリウスは敷物の上で胡座をかいて頬杖を付いていた。
「俺がパーティーで言った事をまだ怒っているのか?」
 帰りの車の中で散々リンダから罵倒されたα・シリウスは内心冷や汗ものだった。あまり多くは語りたく無いと言いつつ、「職務を離れても」と「忠実な僕」という台詞が悪かったのだとリンダは説明した。
 自分が本当にシルベルド・リジョーニの立場ならと考え、あの場で1番的確だと思った台詞を言ったつもりだっただけに、α・シリウスも周囲から爆笑されて困惑している。
 リンダはちらりとα・シリウスを見返して「あれはもう良いわ」と言った。
「彼らがただのジョークで済ましてくれたら問題無いのだけど、もし何らかのリアクションが有った場合、きっとシリがパパやサムに虐められるわよ」
 ケインとサムの名前を出されてα・シリウスは露骨に嫌そうな顔になる。
「どういう意味だ?」
 珍しく的外れな事ばかりを聞くα・シリウスに、まだ続けるのかとリンダが小さく頭を振る。
「お願いだからこの話はもう終わりにしましょう。わたしがずっと気にしているのはそっちじゃ無いの。完全に学生の立場を通したジェイムズが、何故あれ程断定口調を使ったのかも、真相を知らなくても危機管理がしっかりしているアンの意図も解っているの。たしかにきっかけはわたしの一言だったわ。学院をこの事件に完全に巻き込むとなれば……ちょっと洒落にならない事態が起こる。わたしはそれが怖いのよ」
 膝を抱えて親指を噛むリンダの何かを思い詰めた顔を見て、α・シリウスも姿勢を正す。
「何を考えている?」
「シリも学院生徒達の立場を知っているわね。未だ見えない黒幕の正体次第では……」
 リンダはそこまで言って自分の口を押さえ、「今夜はここまで」とα・シリウスが止めるのも聞かずに自分の部屋に戻って行った。


 翌朝リンダが学院に行くと、待ちかまえていたキャサリンとジェニファーからカードを差し出された。
「おはよう、リンダ。アンから話を聞いたし、ニュースサイトも見たわ。犯人の最終目標が学院生徒なら、USAの沽券に関わるとワシントンは判断してこれをパパに渡されたの。直に意見を聞きたいと、公式にリンダを名指ししての招待状よ。受けてくれるわね」
 キャサリンが強引にカードをリンダの手に握らせると、ジェニファーもカードをリンダの手の上に乗せる。
「USAバンク協会もよ。お祖父様達はこのまま放置すると経済均衡が崩れかねないと心配していたわ。この学院なら安心だと優秀な生徒が集まり、その結果、優秀な人材達が繋がりを残して太陽系の経済を支えているわ。今、学院の信用を失墜させる訳にいかないの。唯一犯人達と直接対峙したリンダとシルベルドさんの率直な意見が必要なのですって」
「……おはよう。やっぱり来たかって感じよ。今の自分の立場は分かっているわ。わたし1人の問題じゃ無いもの。とても断れないわね」
 昨日の危惧が当たってしまったとリンダは指先で額を押さえた。
 「「当然でしょう」」とジェニファーとキャサリンが同時に返す。
 トップレベルの教育体制とセキュリティ。厳しい入学試験と検査をパスした子供達が、平等に勉学に励める小等部から大学院までの一貫校。それがリンダ達が通う学院だ。
 USA政府は国を挙げて学院を保護し、各種国際機関も学院に多額の寄付をしている。この学院に通う生徒達には、それだけの投資をする価値が有るからだ。学院の安全神話が崩れたら国際問題になりかねない。
 コンウェル家の自分とロイド家のジェイムズが警告し、学生の身でジャーナリークラブに参加が許されているアンも可能性が有ると断言したのだから、政府やUSAバンク協会が真剣に取り組み出すのは当然だと言える。
 やり過ぎただろうかとリンダは考え、違うと頭を振った。
 わずか2、3週間の間に28人もの刑事を殺しておきながら、6度もα・シリウス暗殺に失敗している犯人達だ。α・シリウスを匿っているコンウェル家の自分を捕らえようと、一昨日は全く無関係なシャトル乗客を人質に取ろうとし、昨日はこの学院のすぐ側で無謀としか言い様の無い市街戦を行った。
 なりふり構わなくなった犯人が、自分やα・シリウスをおびき出す為に、他の学院生徒に手を出す可能性は有る。たった2人で学院生徒及び関係者全員を護る事など到底不可能だ。ジェイムズもそれを見越した上であんな芝居を打ったのだろうし、α・シリウスもそれに乗ったのだろうとリンダは考えていた。

「おはよう。3人共、朝から顔が怖いわよ。これでも見て笑いなさいよ」
 満面の笑顔のアンがリンダ達の肩を叩いて簡易モニターを差し出してきた。
「おはよう、アン。えっ? きゃはははははっ!」
 耐えきれないとキャサリンがバッグを落として大声で笑う。
「おはよう。アン、何を……ぷっ。くくくくく」
 手で無理矢理口を押さえながら笑うので、ジェニファーの声は更に不気味さが増す。
 リンダはピクリと頬を引きつらせ、アンから渡されたモニター画面を睨み付けていた。


『あのリンダ・コンウェル嬢に恋人出現か!?』
 社交界に出ない事で有名なリンダ・コンウェル嬢(17歳)が、ジャーナリークラブ主催のパーティーに青年を伴って出席した。長身で均整の取れた体躯、彫りの深い顔立ちは美しく、明るい色調のリンダ嬢と一対の絵画を思わせた。リンダ嬢は市長主催のパーティーにもこの青年を伴って出席しており、父ケイン氏公認の仲と噂されている。CSS社員で護衛だと自称する青年の素性については現在調査中。
 一説によればケイン氏が青年を気に入って熱心に誘い、現在はコンウェル邸に同居中との事。次期コンウェル会長と、期待されているリンダ嬢のお相手として教育中との噂も。
 又、リンダ嬢には以前からクラスメイトのジェイムズ・ロイド氏(19歳)との噂も有り、製造業で屈指のコンウェルと、情報産業で屈指のロイドの提携が実現すれば、今後の太陽系の命運をも握るだろう。当分彼らから目が離せそうもない。


 ただのゴシップ記事にしては内容がしっかりし過ぎている。α・シリウスの馬鹿発言である程度の噂は覚悟をしていたものの、それを遥かに超える内容に、リンダは端末を地面に叩き付けたい衝動を抑え、ぶるぶると震え出そうとする手を必死で堪えた。
「アン、これはどういう事かしら? まさかと思うけどこれが「協力」なの?」
 学院内での事やα・シリウスが現在コンウェル家に身を置いている事まで。一介の記者ではこれだけの情報を手に入れられない。ジャーナリークラブに所属していて、自分達の事を知っているとしたら1人しかいないのだ。
 事と次第によっては……という顔をするリンダの頬を、アンが笑って撫でる。
「あれからクラブの皆で話し合って、これくらいのニュースが1番問題無しという事になったのよ。あの面子が集まって何も記事を出さないのは有り得ないもの。昨日の銃撃戦はかなりショッキングな出来事よ。リンダの名前は伏せられているけど、大きくニュースで取り上げられているわ。ジェイムズが昨夜の内に学院に通報したとしても、学院が正式に動き出すのは今日だわ。全てを表に出すのは早計とクラブは判断したの。状況を見ながらもっと詳しい記事を出すつもりよ。理由はあなた達なら判るでしょう」
 にやにや笑うアンを恨みがましい目でリンダは見つめ続ける。
「だからってよりによってコレは無いでしょう」
「まあまあ。面白いんだから良いじゃない」
 キャサリンがリンダの肩を抱く。
「そうね。たしかに早計だわ。公式見解以外のニュースはせめて週末まで待って欲しいわ。何よりリンダがこういう記事で名前が出るなんて快挙だわ。いつも『奇跡のリンダ。またも凶悪犯を捕らえる!』という記事しか見ないんだもの」
 ジェニファーまで楽しそうに笑うので益々リンダの機嫌が悪くなる。
「止めてよ。人をネタにして遊ばないでと言ってるの。こんなニュースが太陽系中に流れるなんて、パパがどんな顔をするかしら。頭が痛いわ。これじゃあ……彼が虐められるわ」
 ボソリとリンダが洩らした一言を、鋭いアン達は聞き逃さなかった。
「リンダ。可愛い!」
 キャサリンがリンダの首にしがみつき、アンとジェニファーが良い子良い子とリンダの頭を撫でた。
「ちょっと。3人共やめてよ。恥ずかしいわ」
 リンダが苦笑しながらキャサリン達の手を振り払う。

 全員が分かっていたのだ。
 こうして学生らしく笑っていられるのも「今日だけ」だと。

「ほっほっほっほっほっ」
 講義前のカフェの一角、ジェイムズが真剣に報告書を纏めている横で、ニーナはモニター端末を見ながら爆笑し続ける。
「ニーナお姉様、うるさいよ。気が散るから余所で笑ってくれないかな」
 眉間に皺を寄せたままキーを打ち続けるジェイムズを、横目でちらりと見つめてニーナが笑う。
「この記事はあなたの横で読むからより楽しいのよ。えーっと、「ジェイムズ・ロイド氏は学院内でプレイボーイで有名で、婚約者のニーナ・マンチェスター嬢は浮気者の動向にいつも心を痛めているらしい」この記事は古いし甘いわね。あら? こっちは鋭いわ。「ロイド家とマンチェスター家は過去の確執は有るものの、すでに体勢は確立しており、ジェイムズ氏とニーナ嬢の婚約はすでに経済効果は無いと思われる。ジェイムズ・ロイド氏がそれを見越した上で、リンダ・コンウェル嬢にアプローチを続けているのなら、遅くとも10年後には全く新しいコンウェル財団とロイド&マンチェスター商会の姿が見られるだろう」ですって。表の顔でジェイムズがリンダを墜としてくれたらそういう可能性もあるかもね。ジェイムズがリンダに全く相手にされていないという事実は、わざと無視しているのかしら」
 ジェイムズの頬がひくつき、大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
「ニーナ!」
「なあに?」
 ジェイムズは数枚のメモリーシートを上着のポケットに入れ、コピーしたメモリーシートと端末をニーナに手渡して深呼吸をした。
「……。これをリンダに預けて欲しいんだ。1限目の講義が同じだからね。授業が始まる前にリンダから受け取るよ。学生会にメールは送ったし、追加の報告書が出来たから直に学院長の所に行ってくる。身だしなみにうるさい彼の前に荷物片手じゃ行きにくいんだ」
 ニーナは鼻で笑ってジェイムズから荷物を受け取ると立ち上がった。
「学生が授業に必要な道具を持っていて何がおかしいのかしらね。でも良いわ。わたしもリンダの顔を見たいから。きっとこのニュースを見て苦虫を噛み潰した様な顔をしているでしょうよ。わたしが友好的にリンダに接触する事で、リンダに悪い噂を立てたくないというあなたの気持ちは解るわ」
 軽く手を振ってニーナがカフェを出て行く。
 あっさり本音を看破されたジェイムズは、「やっぱりお姉様には勝てない」と呟いて学院長室に向かった。
 リンダでは無いが、元同僚達の暴走をジェイムズはどんな手段を使っても止めなければならない。対外的には権力を行使出来る「J」は、どれ程能力が高くても太陽系防衛機構内部で、まだ新参者の小僧に過ぎない。頭の固い古参の参謀本部幹部達を説得するには、外部からの強い圧力が必要だ。
 最終的にリンダに恨まれる事になっても、ジェイムズは自分のやり方で進めるしか無かった。


 昨日の事件で神経過敏になっていた学院生徒達は、ジェイムズの報告書で騒然となった。

安全を保証されているはずのこの学院で、自分達がターゲットにされる?

 誰もがリンダの説明を求め、教室に押し寄せる。その都度教授達が生徒達を解散させたが、学生会の強いネットワークには通用しなかった。アン達が止めようとしても専攻の違いが枷になって、わずかな空き時間ではリンダを庇いきれない。
「ごめんなさい。今はまだ何も判らないの」
 正直なリンダの言葉は逆に学生達を焦らせた。『奇跡のリンダ』でも捉えられない相手とは一体どういう敵なのだと恐慌状態になる。
 相手が解らなければ対処のしようが無い。学友達からの執拗な質問攻撃に憔悴したリンダを、見るに見かねたジェイムズが抱き寄せて学生達を一喝した。
「全く期待外れだね。僕は君達はもっと理性的に行動出来ると信じて報告書を出した。それがどうだい。実際に命を狙われ、大切な学友達を同じ目に遭わしてはならないと、勇気をふりしぼって告白してくれたリンダをそうやって君達は追いつめるのか」
「ジェイムズ。止めて。彼らの不安は当然だわ」
 真っ青な顔色のリンダが小さく頭を振ってジェイムズに懇願するが、逆にジェイムズはリンダを抱きしめる力を強めてリンダを支えた。
「分からないのかな。リンダは出来る限りの事をしているよ。君達は今そこで一体何をしているんだ。命惜しさに誇りすら無くしてしまったのかい? この学院に通う君達が!」
 厳しいジェイムズの指摘にその場に居た全員が身体を震わせた。
 これまでシークレットサービス達に護られてきた学院生徒達は、常に1人で正面から犯罪者に立ち向かってきたリンダの様にはなれない。だからと言って、そのリンダを更に追いつめるなど愚者の極みだと全員が気付いた。
 リンダの正面に立っていた4年の青年が頭を下げた。
「リンダ、本当に悪かった。これからは僕は僕のやり方で自衛する。スキルも有れば能力も有る。これまでは運良く使う機会が無かっただけだ。伊達にこの学院に通っていない。君の勇気に敬意を表しよう」
 軽くリンダの手を握って青年は踵を返す。その場に居た学生全員がそれに倣った。
 リンダの様に凶悪犯罪者を相手に実戦する事は無理でも、自分には自分の戦い方が有る。学業や仕事でしか使ってなかった頭を切り替えれば良いのだ。使える人脈も有る。
 17歳の少女がたった1人でやれた事だ。自分達に出来ないはずが無い。

 学生達が去り、閑散とした講堂でリンダとジェイムズと、講義を受けるはずだった学生達が残された。
 額を押さえながら深く溜息をつくリンダの身体をジェイムズが抱き上げる。
「ちょ、ちょっと、ジェイムズ?」
「医務室に運ぶよ。まさかその顔色で講義を受け続けるとは言わないだろうね。僕は君にこんな無茶をさせる為に報告書を出したんじゃない。今の君には休養が必要だ。僕には君に責任が有る。下ろしてくれと言われても聞かないよ」
 どこにこんな力が有るのか、ジェイムズは軽々とリンダを抱えて歩き始める。長身で鍛えているα・シリウスになら何度もされた事だが、まさかジェイムズにまでされるとは思わなかった。
 リンダの困惑した表情を読み取って、小声でジェイムズは呟いた。
「あまり馬鹿にして欲しくないね。おじさん程じゃ無くても僕も毎日トレーニングを続けている。頭だけで「あの」世界は生きていられない」
 リンダはジェイムズの言葉を正確に理解すると、大人しくジェイムズの胸に顔を埋めた。たしかに自分は心労で疲れ切っており、自力で医務室に行く気力すら無い。恥ずかしい事このうえない状態だが、ジェイムズの体温とα・シリウスよりも1回り細い腕がリンダの緊張をほぐしていく。
 後にアン達から「どうしてこうも1度気を許した相手にはそんなに弱いのよ!」とツッコミ攻撃を受ける羽目になるのだが、リンダはジェイムズの腕の中で押し寄せてくる眠気と戦っていた。
 まどろみかけたリンダの耳元でジェイムズが囁く。
「こういうのに慣れてるみたいだね」
 一瞬何を聞かれたのかと首を傾げ、「ええ」とリンダは頷いた。
「それはきっとシリがよくこうするからだわ。わたしがとても疲れていたり、怪我をしたり、体調が悪かったりすると、抱いて休める所まで連れて行ってくれるの」
 あっさりと認めるリンダに、あのスケベオヤジと思いながら、ジェイムズが少しだけ拗ねた声を出す。
「へぇ。あのおじさんがね。リンダは彼に甘いなぁ」
「まだ26歳なのよ。おじさんと呼ばないで。シリはわたしの大切なパートナーで友人よ。信頼して当然だわ」
 何かが違うぞと思いながらジェイムズはリンダに問い掛けた。
「じゃあ、僕はリンダにとって何なのかな?」
「気の合うクラスメイト。と言ったら嘘になるわね。今はチームメイトかしら。臨時の合同チームとはいえ、信頼するのは絶対条件でしょう。それにわたしはジェイムズが信頼出来る人だと以前から知っているわ」
 ジェイムズは少しだけ考えて「なるほど」と言って医務室に入り、ベッドにリンダを座らせた。
「さて、姫君。噂の種をこれ以上ばらまくと僕は嬉しいけど君が困るだろう。僕はこれで退散するからゆっくり休むと良いよ。アン達には僕が知らせておくから」
「ありがとう。ジェイムズ」
「どういたしまして」
 軽く手を振って部屋を出て行くジェイムズの後ろ姿を見ながら、リンダはふっと息を吐いてベッドに横になった。

「こういう時のジェイムズはシリよりずっと紳士だわ」
『悪かったな』
 耳の奥に直接響く声にリンダが驚いてベッドから飛び起きる。
『シリ! 聞いていたの?』
『朝食時に話し合って以降、サラはピアスをオフにするのを忘れていだだろう。家を出てから何がサラに起こったのか、「全部」聞こえていたが悪かったか?』
という事はアン達に散々からかわれたアレも、ジェイムズとのやりとりも全部なの?
 リンダは一気に赤面すると顔を両手で覆った。
『意地悪ね。どうして教えてくれなかったの?』
 わずかな沈黙の後、α・シリウスは少しだけ笑ってゆっくりと囁いた。
『サラは昨夜心配事が有ると言っていただろう。わざと開放して俺に学院内の様子を全て聞かせているのかと思っていた。でも、違っていたんだな。俺もかなり自惚れていたらしい。サラが1つの事に集中して、他はうっかりになるのはいつもの事だった』
 自惚れって何よ? とリンダは反論したかったが、恥ずかしくて言葉が出てこない。
『しかし、おかげで大方の事情は解った。知性と教養を誇っているはずの学院の馬鹿ガキ共の暴走には、何度乗り込んでやろうかと学院前まで行きそうになったぞ。セキュリティブロックが無かったら護衛のCSS社員達を振り切って、本当に飛び込んで殴っていたな。腹が立ったがクソガキに一応感謝しておこう。サラ』
『何?』
 高鳴る心音までα・シリウスには聞こえない事をリンダは感謝した。これで今の自分の顔を見られたら目も当てられない。
『「消毒」が必要な事をあのクソガキにされていないだろうな? もしされていたら正直に言え。サラが腐らない様に念入りにやってやる』
 以前、α・シリウスが「消毒」と言って自分に何をしたか思い出して、リンダは思わず大声を上げる。
「そんな事有るわけないでしょ。馬鹿!」
 その直後にドアがノックされ、苦笑しながらジェイムズが顔を覗かせる。
「リンダ。休んだ方が良いと言ったはずだよね。大方の学生は落ち着きを取り戻したみたいだけど完全とは言い難い。馬鹿が出ない様にと見張りをやってる身にもなって欲しいよ。とにかく彼との内緒話は声に出さない事。それとちゃんと横になって身体を休ませる事。おじさん、聞こえてるなら少しは大人の対応をしてくれないかな。疲れているリンダを興奮させるのは止めて欲しい」
 それだけ言ってジェイムズはドアを閉めた。
 リンダはまたも聞かれたと頭を抱えた。ジェイムズなら自分の真っ赤になった顔や、さっきの一言で何が有ったのか大方の予想がついてしまうだろう。
『サラ』
『何?』
『頼む。ステルスしている俺が、街中で罵声を上げながら暴れ出す前に……いや。今すぐ、大人しく寝てくれ』
 今にも切れそうなα・シリウスの声を聞いてリンダは肩を竦める。どうして自分の周囲の男達はと思いかけて考えるのを放棄した。
『……分かったわ。シリ。マイ・ダーリン』
 通信を切ってリンダはベッドに横になった。
 低い音だが耳の奥に優しいメロディーが聞こえてくる。α・シリウスは回線を切っていない。子守歌を歌っているのだと気付いて、リンダは上手いと思いながら微笑みゆっくり目を閉じた。


<<もどる||Rowdy Lady TOP||つづく>>