Rowdy Lady シリーズ 3 『天使の歌声は聞こえない』

19.

 CSSと地元警察が合同で現場検証をし、リンダと不可視ゴーグルを装備しているα・シリウスは、直接の事件関係者として現場検証に立ち会った。
「リンダ・コンウェル嬢。あなたが狙われた事件で、死者が出たのはこれが初めてですね」
 顔見知りの中年刑事がリンダを気遣いながら声を掛ける。
 「奇跡のリンダ」はどんな境遇に陥って正当防衛でも犯罪者を殺さない。一目で自殺か犯行グループの口封じと判る手口に、地元刑事達も憤っていた。
「かなり残酷な奴らしい。犯人に心当たりが有りますか?」
 リンダは「まさか」と小さく震え、両手の拳を握りしめて呟いた。
「全く有りません。少しでも有れば始めにご報告しています」
 α・シリウスがリンダの肩を抱いて庇い、質問していた刑事を睨み付けた。
「質が知れる。州警察は未成年者への配慮が欠けているな。リンダ・コンウェルは無傷で保護しようとした犯人を、目の前で殺されたんだぞ」
 大上段に構えられ、刑事もクライアントを護りきれなかったシークレットサービスのくせにとα・シリウスを睨み返す。
 視線の意味を察したα・シリウスは刑事にIDカードを提示した。
「お……私は太陽系警察機構USA支部α級刑事シリウスだ。ある事件を追っていて、偶然知り合いのリンダ・コンウェルが襲われているところに遭遇した。疑うならUSA支部長官Ω・クレメントに直接聞くと良い」
 刑事はこれがあのα・シリウスかと息を飲む。アンブレラI号で、リンダと共に難事件を解決した刑事がこれ程若いとは思わなかったのだ。
 一方、リンダも何故α・シリウスが不可視ゴーグルをしているのか納得した。絶対の権限を持つ太陽系警察機構の名を出せば、地元警察は不満が有っても引かざるをえない。
 だが、ロスト扱いになっている今のα・シリウスが名前を出すのは諸刃の剣だ。それをどう対処するのかとリンダは心配になった。
「偶然とはいえ私が直接関わった事件だ。地元警察の邪魔をする気は無いが、こちらも勝手にやらせて貰う。疲れている事件被害者をこれ以上拘束するべきじゃない。必要が有ればUSA支部を通して私に連絡しろ。公式文書で回答する」
 言いたい事を言ってもう用は無いと、α・シリウスはリンダの肩に手を置いたまま現場を後にし、待機していたCSS職員達がそれに付き従う。
『シリ、本当に良いの?』
 リンダが正体を明かして良いのかとα・シリウスの顔を覗き込んだ。
『USA支部にはグランド・マザーと休職中とはいえΩ・クレメントが居る。何とかしてくれるだろう。それに……』
 リニアシャトルのゲートをくぐり、ホームに立ったα・シリウスはゴーグルを外してリンダの顔を真っ直ぐに見た。
『今のサラは普通じゃない。自分への怒りで歯止めが効かなくなった竜を野放しに出来ない。帰ったらすぐにサムのカウンセリングを受けろ。自分がどう行動するべきか。冷静に対処出来る様になるだろう』
それはどういう意味?
 とリンダは聞く事が出来なかった。ゴーグルを取ったα・シリウスの蒼い双眸を見た瞬間、何故か抗う気力が萎えてしまったからだ。


 コンウェル邸に戻ったリンダはケインに事件の報告をし、サムのカウンセリングを受けた後、自粛の意を示して出席する予定だった全てのパーティーに欠席の詫び状を送った。
 学院のすぐ側で殺人事件に遭遇した事で、心配を掛けてしまっただろう親友達にも連絡を入れ、学院にも簡単な事情説明と詫びを添えたメールを送った後に、マイケルを始め、自分を護衛してくれていたCSS社員達1人1人に礼を言って回った。
 そして最後にα・シリウスに対し、パートナーとして適切な態度を取れなかった事を謝りに来た。
「やっと気付いたか」
 α・シリウスから笑いながら突っ込まれて、リンダはどれ程自分が理性を失っていたのかを気付く。
「全部判っていたのなら、どうしてもっと早く教えてくれなかったのよ」
 ぶくっと頬を膨らませるリンダの頭をα・シリウスは軽く叩く。
「自分で気付かなければ同じ失敗を繰り返す。俺は竜になったサラに無理矢理手綱を付ける気は無いと言っただろう」
「人を化け物みたいに言わないで」
 不満たらたらのリンダの頭を、α・シリウスは落ち着けと優しく数回撫でた。
「俺はサラを化け物だと思った事は1度も無いぞ。サラ自身が自分が人間だという事を時々忘れている。命懸けギリギリの状態で、周囲全てに注意を払い、犯人の思惑まで読み切る事なんて誰にも出来ない。サラは奴らが死んだ時に自分のせいだと言ったが、それは1歩間違えればただの傲慢な奢りでしかない。サラはどこにでも居る普通の17歳の娘だ。「奇跡の」なんて異名に、自分が振り回されてどうする」
 厳しい言葉だが、同時に何て優しく思いやりに満ちているのだろうとリンダは思った。
 完全に戦意を失っていたマタイを目の前で殺された時、言葉に出来ないどす黒い感情がリンダの心を支配し、一瞬とはいえ、事件の黒幕をこの手で殺してやりたいとまで考えていた。
 α・シリウスの温かさが自分を正気に戻してくれた。
「ありがとう。シリ」
 自然にリンダの口元に笑みが浮かび、感謝の言葉が素直に出る。

「サラ。今やらなきゃいけない事を全部済まして気が緩んだのは判る。俺の部屋でどれだけ泣いても良いが、出来れば夜まで待ってくれないか」
「はい?」
何を言ってるの? わたしは笑っているわ。
 と言おうとして、頬に触れたα・シリウスの手が濡れているのをリンダは見た。それで漸くリンダは自分の頬を幾筋もの涙が伝っているのに気付いた。
「あ……ら?」
 α・シリウスは何度もリンダの頬を拭いながら微笑んだ。
「どうやらサラは頭や口より、身体の方が正直らしい。嬉しい時も悲しい時も悔しい時も、本当にサラはよく泣く。始めは俺もどうして良いのか判らなかったが今なら判る。サラは口は達者だし、元気な振りは上手いが、本音の気持ちを言葉に現すのがとても下手だ。それが時々堰を切った様に溢れ出て涙を流させる。それは良い事だと俺は思う。思うんだが、……頼むから、さっきからずっとサラの後ろで俺を睨んでいるケイン氏に事情説明をしてくれ。俺は命が惜しい」
 α・シリウスの視線の方向を辿ってリンダは驚いて飛び上がった。扉の前にケインが腕を組んで立っていた。
「パパ。いつからそこに居たの?」
 むすっとした顔のままで、ケインはリンダに簡易通信端末を放った。
「ドアを開ける前にノックをしたし声も掛けたんだが、話に夢中で気付かなかったらしいな。全部聞こえてたから事情説明は要らん。内緒話をしたかったら、ピアスを使うかドアに鍵を掛けておけ。アンとジャーナリークラブから正式にリンダを名指しして何度も招待メールが届いている。今日の事件を受けて、様子見をしていたマスコミも、立ち上がる気になったらしい。α・シリウスと相談して回答しろ。行く気になったら、マイケルとメアリに声を掛けなさい。その顔でパーティーに出ると言ったら、外から鍵を掛けて部屋に閉じこめるからな」
 完全棒読みでそれだけ言うと、ケインはα・シリウスの部屋から出て行った。
 α・シリウスは胸を撫で下ろし、リンダは両手で自分の頬を抱えた。
「シリ。今のわたしってそんなに酷い顔をしてるかしら?」
 リンダに問われて、α・シリウスは少しだけ嫌そうな顔になる。
「……正直に言うが絶対に怒るなよ。瞼は酷く腫れ上がってるし、鼻は真っ赤で鼻水まで垂れているし、頬は何度も擦ってボロボロになってるから……凄いブスだ」
 その瞬間、切れたリンダの鉄拳が頬に炸裂して、α・シリウスは3メートル程吹っ飛んだ。
 どんな時でも女に正直に言って良い事と悪い事が有るものである。
 極力、リンダに対し正直に接しようとしていたα・シリウスは、逆に逆鱗に触れてしまったのだった。

 ケインが複雑な顔で階段を降りてくると、待っていたサムが笑って肩を叩いた。
「いやぁ。君も大人になったねぇ。ケイン」
 この野郎と思いながらケインは横目でサムを睨む。
「α・シリウスが言っていた事は正しい。リンダは幼い頃から私達に気を使って、どれだけ辛くても人前で泣く事などそうそう無かった。一生あのままでは、いつか心が病んでしまう怖れが有った。α・シリウスに対して感情を爆発させる事が出来るのなら、それはリンダにとって良い事だろう」
 泣かれるだけならまだしも、毎回リンダに殴られるシリウスの事は良いのか、とサムはツッコミたくなったがあえて沈黙する。ケインの危惧は自分もずっと思っていた事で、だからこそα・シリウスにリンダを預ける気になった。
「まあ、シリウス君は忍耐力と丈夫が取り得だからねぇ」
 ボソリと呟いてサムは解析の終わったデータをケインに渡した。まだまだやらなければならない事が山積みになっている。最前線に居るリンダ達が自由に動ける様に、大人の自分達が万全のバックアップ体制を作らなければならない。


 黒に近い濃紺のドレスに身を包み、リンダはα・シリウスと共にパーティーに出席した。
 安全で堅牢と言われてきた学院近くで起こった派手な発砲事件と失敗した犯人達の自殺。それが高名な「奇跡のリンダ」が標的だったとくれば、ジャーナリスト達は放ってはいない。
 来場者達の視線が一斉にリンダ達に向けられる。
 アンがリンダを強引に誘ったのは、リンダを心配したのはもちろん、マスコミがリンダの味方だと太陽系中に知らせる為でも有った。
 リンダを見付けたアンが豪華なドレスの裾を掻き上げて走り寄って抱きしめる。
「可愛いリンダ。本当に心配したのよ。どこにも怪我は無いわね」
 いつもと変わらない友情をしめされて、喜んだリンダもアンを笑顔で抱き返す。
「見てのとおりよ。ああ、アン。心配を掛けてごめんなさいね」
 アンは顔を上げるとリンダの鼻を軽くつついた。
「何故謝るの? あなたは何も悪くないでしょう」
「ありがとう。アン」
 リンダの背後に控えていたα・シリウスに視線を移してアンが軽く会釈をする。
「こんばんは。シルベルドさん」
「こんばんは。アン嬢」
 丁寧に礼をとるα・シリウスに、アンはリンダが主催者に挨拶をしているのを確認して声を潜めた。
「本当は綺麗な蒼い目だったんですね。そちらの方がお似合いです。……リンダは本当に大丈夫なんですか?」
 アンの記憶力と、やはり長年の親友は違うとα・シリウスは素直に感心した。リンダは良い友人に恵まれていると内心安堵の息をつく。
「ありがとうございます。いつもは仕事上ゴーグルをしていますから。……リンダ様はこれ以上は無いくらい落ち込んでいました。自分の命を狙った犯人とはいえ、目の前で殺されてしまいましたからね。アン嬢、あなたが居てくださって私も心強い」
 優しさ中に潜む言葉に気付き、アンは少しだけ眉を寄せた。
「……まだなんですね?」
 この少女も聡いとα・シリウスは微笑を浮かべた。
「リンダ様はここ10日程の間に3度も襲撃を受けました。それも昨日、今日は連続です。犯人側も焦っているのでしょう」
「シルベルドさんはその場に居たんですか?」
「たまたま始めの襲撃の時に同行していました。それ以降、コンウェル邸に身を寄せていただいて、こっそりとリンダ様の護衛を続けています。さすがに昨日は護衛がばれて、リンダ様本人から怒られてしまいましたが」
 α・シリウスが世間話をする様に笑いながらとんでも無い事を言うので、アンは益々厳しい顔になる。
「リンダに護衛が必要なんてこれまで1度も無かったわ。……余程の相手という事なんでしょう」
 アンの真剣な顔を見たα・シリウスも表情を引き締める。これ以上この勘の良い少女を誤魔化すのは無理だと判断した。
「これまで1度でもあの学院のすぐ側で、白昼堂々と発砲事件が有りましたか? それが出来る相手です。リンダ様が嫌がられるのは重々承知ですが、私はリンダ様をお護りします」
 アンは少しだけ大きく目を見開いて、両手を組むと覚悟が出来たという顔で頷いた。
「……分かりました。ありがとうございます。わたしはわたしのやり方でリンダを守ります。シルベルドさん、これからもリンダの側に居て護ってくださいね。わたしはあなたとリンダはとてもお似合いだと思うんです。あの馬鹿と違って」
「は?」
 ドレスに似合わないアンの舌打ちと親指さしを見たα・シリウスは、顔をアンが指した方向に向け、リンダがジェイムズに手を握られて苦笑しているのを見付けた。
「あのクソガキ。またか」
 ボソリと呟いたα・シリウスの罵倒をアンは聞き逃さなかった。
「わたしも参戦します」
 笑いながらα・シリウスと共に小走りでリンダの元に行く。

「こんばんは、ジェイムズ。多忙なあなたが今夜も来るとは思わなかったわ。ニーナは何処? 姿が見えないけれど」
 アンの先制攻撃にジェイムズも負けずに応酬する。
「やあ、アン。君のドレス姿も素敵だね。ニーナから今夜は手が離せないと言われたんだよ。きっとリンダは来るだろうと思ったから僕1人で来たんだ。ジャーナリークラブは同伴者の有無は気にしない気さくな場だからね」
 にこにこと笑いながら、リンダを離そうとしないジェイムズの手をアンは軽く叩いた。
「ナンパをする場所でも無いわよ。シルベルトさん、この荷物は引き取ってください。放っておくと拾いたがる馬鹿が出るみたいですから」
「承知しました」
 アンがジェイムズの手から奪還したリンダの肩をα・シリウスが抱き止め、開放されてほっとしたものの悪口に気付いたリンダと、邪魔をされたジェイムズが抗議の声を上げる。
「ちょっと待ってよ。アン、荷物ってわたしの事?」
「馬鹿とは酷いな。せめて恋は盲目と言って欲しいね」
 ジェイムズの軽口にアンとリンダとα・シリウスから同時にツッコミが入る。

「「「ニーナを呼ぶわよ(ぞ)」」」

 さすがに分が悪いと思ったジェイムズは一旦引いて、背後からα・シリウスに声を掛けた。
「態度が露骨だよ。設定を忘れたのかい。ちゃっかり人に便乗して告白までしたそうだし。コンウェル家のお気に入りにしても君は目立ちすぎる」
 視線はアンと話しているリンダに向けたまま、α・シリウスも声を潜めて言い返す。
「お前の方が露骨だ。家庭の事情は理解したが、正式に婚約を解消してからサラに近付け。お前が周囲からどう思われても知った事じゃ無いが、お前の馬鹿にサラが巻き込まれるなら話は別だ」
 一時的とはいえ、共闘態勢にある相手にこの態度かと、ジェイムズは眉をひそめた。
「ここには1流ジャーナリスト達が集っていると分かっているのかなぁ。君の存在がゴシップネタになると注意してるのが判らないのかい。全く、Ω・クレメントの気がしれないよ。いい歳して協調性や大人気が全く無い君を、ずっとΩ級候補に推薦し続けているなんてね」
え? とα・シリウスが振り返った時にはジェイムズは再チャレンジだと、アンと話しているリンダの側に向かっていた。

「それでリンダの意志はもう決まっているの? 主催者側の意向に沿うつもり? わたしはそれがずっと気になっていたのよ」
 事情通のアンに聞かれてリンダは小さく笑った。
「そのつもりで来たのよ。覚悟は出来ているわ」
「アンはリンダに付き添うつもりだろう。僕も居て良いかな。多分役に立てると思うよ」
 自信たっぷりに言うジェイムズの顔を見て、アンは口元に手を当てて少しだけ考えると「良いわ」と言った。
 多少性格に問題が有っても、ジェイムズは会話術に長けている。社交の場に慣れていないリンダへの援護は多いに越した事はない。
「分不相応ですが、私もご一緒させていただきます。リンダ様から決して離れぬ様、ケイン氏からきつく命じられておりますので」
 α・シリウスが丁寧に頭を下げ、これでどうだとばかりにジェイムズに視線を向ける。公の場でCSS社員シルベルド・リジョーニの設定を忘れた事は無い。リンダに馴れ馴れしい態度をとるジェイムズの顔を見ると、どうしても後ろから背中を蹴り飛ばしたくなるだけだ。
 これを人は大人気が無いと言うのだが、α・シリウスも類に洩れず「恋は盲目」に陥っているらしい。

 今夜の主催者、ワールドニュースの看板記者アンリがマイクを襟に付けて壇上に立った。
「さて、お集まりの紳士淑女諸君、楽しく歓談している「ふり」をするのもそろそろ飽きてきているだろう。お待ちかねのゲストタイムだ。「太陽系を旅する者の守護天使」、「奇跡の」と謳われる美少女、リンダ・コンウェル嬢だ。今日の事件で自粛中のところを、是非にと頼み込んで出席していただいた」
 会場中から歓声と拍手が沸き上がる。想像もしなかった騒ぎにカーテン裏に待機していたリンダは「何事?」とアンの腕にしがみつく。
「リンダ、毎度の事だから心配しなくて良いわ。普段なら大きなニュースをすっぱ抜いた記者が壇上に上がるのだけど、今日は滅多に人前に出ないあなたが来るという事で皆張り切っているのよ。カメラやマイクを持ち込む様な無粋な輩は、このパーティーに出席出来ないから安心して堂々としてなさい。せっかくのメイクとドレスが泣くわよ」
すみません。その無粋なカメラとマイクを持ち込んでいるのはわたし達です。
 と、リンダは親友のアンにも言えなかった。
 アンから軽く背中を押されて、リンダは覚悟を決めて背筋を伸ばすと舞台中央に歩きだした。
 背後にはアンとジェイムズとα・シリウスが居る。彼らの為にも公衆の面前でみっともない姿は晒せない。
 アンリに促されてリンダは集まった人々に礼をとると、用意された大きなソファー中央に腰掛けた。右隣には常連のアンが、左隣にはジェイムズが座った。α・シリウスはリンダの真後ろに立つ。

 アンリはリンダ達から斜向かいの椅子に座ると、4人に軽く会釈をして正面に視線を戻した。
「中央がリンダ・コンウェル嬢。向かって左が皆もお馴染みイーグルアイのアン。右がジェイムズ・ロイド氏、リンダ嬢とは長年のクラスメイトだとか」
 ジェイムズがそのとおりと頷くと、アンリはα・シリウスに目を向けた。
「勘違いで無ければ、一昨日市長邸のパーティーでリンダ嬢と素晴らしいダンスを披露したパートナーさんかな。お名前は?」
 名前を聞かれたα・シリウスは丁寧に頭を下げて礼を取った。
「コンウェル・シークレット・サービス社のシルベルド・リジョーニと申します。大変な不作法とは思いますが、非常事態中ですので、この場への同席をご了承ください」
 何が有っても絶対に護衛を付けない事で有名なリンダ・コンウェルが、公式の場に護衛を伴って現れた。それは即ちリンダを取り巻く環境がかなり厳しいという証明だ。出席者達から小さなどよめきが起こる。
 周囲が静まるのを待って、気を取り直したアンリが笑顔でリンダに視線を戻す。
「失礼。リンダ嬢、私達はざっくばらんにあなたとお話したい。かまいませんか?」
「お気になさらずどうぞ。側にとても口が悪い人が居るので慣れているんです」
 リンダが軽い口調で即答すると、周囲から笑いが洩れる。周囲はアンの事だとすぐに察したが、事情を知らないα・シリウスは「それは俺の事か?」と心の中でツッコんでいた。

「リンダ嬢、今日は大変な目に遭われましたね。差し支え無ければ何が起こったのか私達に話して貰えますか?」
 単刀直入に聞かれたリンダは、少しだけ首を傾げてゆっくりと頷いた。
「警察の捜査進行状況は知りません。わたしの体験とそれに対する感想ならお話しできます」
「それで充分ですよ。私達は公式発表では聞けない内容を知りたいのです」
 「では」とリンダは話し出した。
 講義が終わっていつもの様にリニアシャトルでコンウェル邸に帰ろうとしたら、ビルの上から3人の男が自分に銃を向けている事に気付いた事。
 アンリが一旦リンダの話を止めて聞き直す。
「リンダ嬢は、ビルの上から狙われているのが判るのですか?」
「はい。企業秘密なので詳しく説明は出来ませんけど」
 更にリンダは話を続けた。
 まずは止めさせようと犯人達に呼びかけた事。その際あえて挑発的な言葉を選んだのは、銃を持った相手に下手に出ては逆効果だと判断したからだと。
 その内の1人が粒子ライフルで撃ってきたので、それ相応の反撃をした事。
「よく無事で……というか、どうやってビルの上に居る相手を?」
 リンダは悪戯っ子の様に軽くウインクをしてアンリを見返した。
「企業秘密……とは表向きで、パパに知られたらわたしが怒られるのでノーコメント。伊達に「奇跡の」なんて異名を持っていないという事で宜しくお願いします」
「いつもの調子でパワー全開で暴れたのね」とアンがわざとらしく溜息をつくと、「たった3人でリンダを敵に回すとは、つくづく怖い者知らずと言うか、正直、馬鹿だよね」とジェイムズも頷いた。
「2人共、どういう意味よ?」
 リンダが反論すると、周囲から大きな笑いが起こった。

 リンダが何かを話したがっている雰囲気を察して、アンリが周囲を鎮める。
「リンダ嬢、続きをどうぞ」
 優しく促されたリンダがゆっくりと瞬きをして頷く。頭を上げたリンダの顔から笑顔は消えていた。
「わたしが自粛の意味も含めて1度は辞退したこの会合に参加させていただいたのは、皆様に聞いていただきたい事があるからです。宜しいでしょうか?」
「もちろんです。その為に招待状を送り直しさせていただきました」
 リンダの真剣さにアンリも真面目に答える。
「わたしがどれ程不本意でも、命を狙われたり誘拐事件に遭遇するのは、立場上仕方が無い事だと知っています。それはわたしの両隣に居てくれる友人達も同じです。あの学院に通う生徒達は何らかの事情で常に護衛をつけなければならず、通学するのにも毎日専用車で校門まで送り迎えされています。わたしがそれをしないのは、わたしが特殊な意味でコンウェルの人間で、護衛の必要が無かったからです。事実、これまでわたしは自らの手で犯罪者達を退けてきました」
 α・シリウスはリンダの手が小さく震えているのを見て、後ろからそっとリンダの頭を撫でる。
 リンダは振り返ってα・シリウスと視線を合わせ、吐息だけで『ありがとう』と囁くと顔を正面に戻した。α・シリウスの手は「安心しろ」と言わんばかりにリンダの頭から肩に移動している。
 ジェイムズは内心面白くないと思ったが、顔には出さなかった。今はリンダが話す内容の方が大切だと判断したからで、それはやはり隣に座っていたアンも同じだった。

「ですが」
 と、リンダは言葉を切った。
「わたしを襲撃した犯人達はリモートコントロールで頭部を吹き飛ばされて殺されました。おそらく脳を解析させない為でしょう。あれは明かに口封じです」
 全員が押し黙ってリンダの次の言葉を待つ。ここで口を挟むのは愚か者だと誰もが考えた。
「わたしはこれまで色々な場所で襲撃を受けましたが、あれ程学院近くで襲われたのは初めてです。その為、わたしは多少の無茶をしても、絶対に彼らに負ける訳にはいかなかったのです。この意味が解っていただけますか?」
 聡明なアンがリンダの意図を察してすぐに反応した。
「リンダが襲われたのはシャトルゲート手前30メートル付近、つまり学院からほんの300メートルしか離れていなかったわ。当時は講義が終わって校門は帰宅ラッシュ中だったわね。パニックこそ起こらなかったけど、帰ろうとしていた多くの生徒達がシークレットサービスに護られて学院に戻ってきたわ。犯人の手掛かりは一切残っていなかったのでしょう。そんな手強い相手が学院のすぐ側に武装して居たなんて、今更だけどぞっとするわ」
「なるほど」
 ジェイムズが前屈みになって両手を膝の上で組む。
「この事件は安全を誇る学院への脅迫が目的か、あの学院に通う他の生徒達を狙った可能性も有るって事だね。リンダが狙われたのは単に普段から護衛無しで一般交通機関を使っていたからかもしれない。学院生徒誰でも良いなら、ターゲットが僕やアンだったかもしれなかったんだ。リンダがわざわざこの場で話してくれた理由が解ったよ」
 ジェイムズの指摘にジャーナリスト達からざわめきが起こる。3人が通う学院は最高レベルの教育とセキュリティを誇り、世界中から優秀で良家の子女達が集まっている。
 犯人達はなぜ警備の厳しい学院のすぐ側で犯行に及んだのか。これは調査の必要が有ると此処に居る誰もが考えた。
 アンがアンリに向かって言った。
「これは1人で調査するには危険過ぎる相手だわ。ここに集まったメンバーがお互いに連携を取り、何か情報を掴んだらわたしにも連絡をください。スクープを狙って命を落としては意味が無いでしょう」
 ジェイムズもアンとリンダを見ながら声を掛ける。
「そうなら、僕が学生側の窓口になろう。僕達はただの学生に過ぎないけど、命を危険に晒されて黙っていられる程、低い矜持の持ち主は居ない。今夜中にでも正式にこの話を学院に持ち込もう」
 アンとジェイムズが目を合わせて同時に頷く。
 子供達に完全にもっていかれたと、苦笑しながらアンリがリンダに水を向けた。
「リンダ嬢、最後にどうぞ」
 それまで沈黙を保っていたリンダが、明るいエメラルドグリーンの瞳を輝かせて、会場中によく通る声で全員に向かって話し掛けた。
「今日わたしを襲撃した犯人の1人は、わたしと目が合うと戦意を無くし、説得に応じて銃を手離しましてくれました。ところがそのすぐ後に、わたしの目の前で彼のヘッドギアが爆発して死んだのです。その時「役立たず」という声を聞きました。自己保身の為なら躊躇無く仲間すら切り捨てる。この様な犯罪者をわたしは到底許せません」
「リンダ嬢、許せないとはどういう意味ですか?」
 誰ともなく会場から複数の声が上がった。
「このわたしの名に掛けて、実行犯に、この事件の黒幕に、一生後悔させてやるわ!」
 見事な啖呵にアンリは少しだけ怯み、アンとジェイムズは毎度の事と苦笑する。
 どう場を繋ごうと思ったアンリは、ずっとリンダの肩に手を置いているα・シリウスに目を向けた。
「あなたも何か言いたい事が有りますか?」
 ほんの軽い冗談のつもりでアンリは聞いた。護衛役のCSS社員が会長令嬢を危険な目に遭わせるはずが無い。リンダを諫める言葉を言うか、沈黙を保つだろうと。
 α・シリウスはリンダの肩から手を離すと、うやうやしく自分の胸に当てて微笑する。
「私は職務を離れてもリンダ様の忠実な僕です。リンダ様がそうお決めになったのなら、何処へでもお供いたします」
 あまりにもくさい台詞にリンダは大きく目を開けたまま硬直し、ジェイムズは不機嫌さを隠しきれずに眉間に皺を寄せ、アンはにやりと笑うと両手を握りしめた。
 アンリも含めて会場に集まっていたジャーナリスト達全員が爆笑する。真面目とレベルの高さで高名なCSS社員に、これ程芝居がかって洒落の効いた冗談が言えるとは思わなかったのだ。
 α・シリウスは何故全員が笑い出したのか判らず、微笑を浮かべたまま困惑していた。
『シリ、誰が受けを狙えと言ったのよ?』
 ピアスを通してリンダの苦情がα・シリウスの耳に響く。
『受けって何だ? と言うか、この爆笑は俺が笑われているのか。俺は笑われる様な事を言ったか?』
あの聞かされる方が鳥肌の立つ超くさい台詞を素で言ったの!?
 あまりの事実にリンダが吐息にすら乗せられず、目眩を覚えて額を押さえると、笑いを収めたアンリが気を利かして全員に声を掛けた。
「さて、子供達はそろそろ明日の準備をする時間だ。ここからは大人の世界といこうじゃないか。リンダ嬢、アン嬢、ジェイムズ君、そしてミスター・リジョーニ、今夜はありがとう」
 アンリの合図で会場中から拍手が起こり、出番はこれで終わりだと気付いたリンダ達は席を立って会釈をすると壇上から降りた。


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