Rowdy Lady シリーズ 3 『天使の歌声は聞こえない』

17.

 コンウェル邸内では珍しい小さな応接間。優しい色彩の間接照明と角がとれた装飾が見る人の気持ちを落ち着かせる。室内には小さなテーブルと低いソファーがランダムに置かれ、大きなクッションが適当に配置されていた。
「素敵だわ」
「好きな場所に座って」
 リンダが笑って言うと、ニーナが喜んで中央寄りのソファーに腰掛けた。それに合わせてリンダがテーブルを置き、大きなクッションを引き寄せてニーナの側に座る。α・シリウスもワゴンを押してコーヒーカップとクッキーが乗せられた皿をテーブルに置いて、ソファーを押してリンダの横に腰掛けた。
「やれやれ参った」
 大きな溜息をつきながらジェイムズも部屋に入って来た。リンダの両サイドをニーナとα・シリウスに押さえられて、仕方なくニーナの横に椅子を引いて腰掛ける。
「リンダ、君の初恋の人はとても怖い人だね。あっさり僕の正体を言い当てられたよ。「J」で始まる名前なんて幾らでも有るし、本名とも限らないのにね。真冬なのに全身に汗をかいてしまったよ」
 ジェイムズが疲れたとクッキーを摘んで口に放り込むと、ニーナはくすりと笑い、α・シリウスは強張った顔で「サムなら分かる」と頷き、リンダは頬を赤く染めた。
「サムなら可能だとわたしも思うわ。でも、ジェイムズはどうして「それ」を知っているの?」
 小声で恥ずかしいと言うリンダに、ジェイムズが当然という顔をしてみせる。
「2年前にリンダは1度だけ目を真っ赤に腫らして登校してきた事が有っただろう。あんな君の顔は初めてだったからちょっと調べたんだよ。それですぐに理由が解った。この先は言わなくても良いよね」
 2年前と言えばまだリンダは15歳だ。サムに振られたショックで1晩中泣いて、それでも生真面目な性格と、誰にも心配掛けたくないという気持ちが、リンダを休校させなかった。
 恨みがましい目でジェイムズを見るリンダの頭をα・シリウスが優しく撫でる。リンダは少しだけ俯くと、α・シリウスが腰掛けているソファーの肘掛けに頭を預けた。
 無言の「お願いだから、もっと撫でて」というリンダの要求に、α・シリウスも黙って応じ続ける。
「クソガキめ。口数は無駄に多いくせにデリカシーが無いのか。少しは気を使え」
 ストレートな攻撃にジェイムズも正面から返す。
「遅れた理由を正直に話しただけだよ。おじさん。サムの事はリンダと親しい間柄なら誰でも知っている。あれからもう2年、リンダは立ち直っているから言えたんだよ」

 放っておけばどこまでも脱線しかねないα・シリウスとジェイムズの前に、不機嫌な顔をしたニーナが数枚のメモリーシートをバッグから出した。
「そこの精神年齢が低い2人組。時間が惜しいから本題に入ってもいいかしら。優先順位を間違えないで。わたし達は何の為に集まったの」
 ニーナの厳しい指摘を受けて、すぐにリンダは謝りながら頭を上げると、端末をテーブルの上にセットした。
「ニーナ?」
「リンダ、映して」
 リンダが端末を操作すると、数枚の顔写真とプロフィールが表示された。
「これは昨夜のパーティーでわたし達が見付けた不審人物のデータよ。リンダ、α・シリウス、あなた達に覚えが有って?」
 ニーナに問われてリンダもポケットから数枚のシートを出して端末にセットする。
「わたし達を見て明らかに変な動きを見せた人達の記録よ。ニーナが出してくれた面子とほぼ全員一致しているわね。わたし達にはここまで詳しいプロフィールは調べられなかったわ」
 ジェイムズが口笛を吹いてモニターを見つめる。自分達が1晩中掛けて記憶だけで招待客の名前から顔写真を洗い出したのに対して、リンダ達は堂々とセキュリティの高い市長邸に装備を持ち込み、その時の記録を撮っている。これがコンウェルの技術力なのだと改めて感心した。
「これも欲……いや、言い間違いだ。聞かなかった事にして欲しい」
 危うくリンダとの約束を破りそうになったジェイムズは慌てて口を噤む。
 α・シリウスもポケットから数枚のシートを出して端末にセットさせた。
「この顔に見覚えは無いか? 俺達を見ていた訳じゃないが、あの場にふさわしく無かったと思われるメンバーだ。正体は全く判らない」
 「あっ」とニーナが口元に手を当てて声を上げ、ジェイムズも厳しい表情に変わってモニターを睨み付けた。
「……やっと見付けた。このメンバーだったのか」
「もう1つ有るわ。その内の数人は被っているわよ」
 ジェイムズのただならぬ様子を見ながら、リンダは更にデータを追加した。
「今日、学院からの帰りがけに、わたしは複数の武装した男達に追われたの。画質の悪さは勘弁して。人数が多かったし、場所が場所だから戦わずに全員撒いたの。ジェイムズ、このメンバーはあなたが1ヶ月以上前から探していた相手じゃないの?」
 額に手を当てて呻ったジェイムズは「くそっ!」と罵声をあげて、椅子の肘掛けを両手で殴りつけた。
「全員の顔を覚えている。行方知れずになって探していた太陽系防衛機構の元隊員だ。リンダが奴らに襲われたって!? どうしてすぐに僕に助けを求めてくれなかったんだ? アレを渡しただろう」
 恐ろしい目で睨まれて、リンダも仕方が無かったのだと言い返す。
「そんな暇は無かったのよ。相手の正体が解っているならジェイムズには判るでしょう。こんなに人が多い場所で、周囲に被害を一切出さずに、わたし1人でこれだけの数を同時に相手をするなんてとても出来ないわ」
 2人だけが分かる会話を苦々しく思いながら、α・シリウスはリンダの肩を強く抱いた。
「暴走しているサラに救援連絡など期待するな。護衛に付いていたCSS社員達や俺まで全員ふるい落とそうとしてくれた。俺が止めなかったら今頃死体の1つや2つは出来てたはずだ。その内の1つはサラ自身だった可能性が高い」
 α・シリウスにも厳しい視線を向けられ、リンダが小さく震える。
「反省しているわ。それに、もう……2度としないと約束したわ」
「その約束が守られた事が無いから、俺は毎回サラに胃の痛い思いをさせられているんだろうが」
 ぐっと唇を噛んだリンダの頭を、表情を和らげたα・シリウスが「もう怒っていない」と何度も撫でる。
 2人の深い絆を見せつけられて不機嫌な顔をしていたジェイムズに、α・シリウスはきつい視線を向けた。
「クソガキ。いや「J」。今の会話から判断すると、太陽系防衛機構は元隊員に太陽系警察機構が壊滅的ダメージを受けかねないのを、解っていて黙って見過ごしていたと受け取るが間違い無いか」
「それは違う!」
 声を張り上げたジェイムズにα・シリウスも怒鳴り返した。
「何が違う!? 「J」、お前は知っていた。知っていて太陽系警察機構に黙っていた。俺の同僚が何人奴らに殺されたか知っているのか? 余計な茶々は度々入れるくせに、実際に多くの被害者が出て、サラが直にこの事件に関わるまで放置していた。違うか!? 事前にお前がたった一言Ω・クレメントに連絡してくれていたら、被害者を減らせたかもしれないのに!」
「待って。落ち着いて。シリ」
 リンダがと立ち上がって憤るα・シリウスとジェイムズの間に立つ。止めなければα・シリウスはジェイムズを殴りかねない。
 そのリンダを怒りで震えるα・シリウスは脇に押しのけた。
 ジェイムズも立ち上がって、α・シリウスを睨み返す。
「僕が持っていたのは、元隊員達が誰かに雇われて、非合法の傭兵活動をしているという情報だけだった。雇い主が誰でその目的も判らなかった。奴らが本格的に動き出したと僕が気付いたの時には、すでに10人以上の犠牲が出ていた。犯罪に加わっているメンバーもその裏も判らない。太陽系防衛機構内外の誰が協力者なのかも未だ判らない。そんな状態で僕に何が出来る? せいぜいリンダにわずかばかりの情報を提供し、協力を求める事だけだ。僕は毎日リンダと会話をしながら観察していた。リンダの様子が急変したのは12月に入ってしばらくしてからだ。α・シリウス、君こそリンダに何も言わなかったんじゃ無いのか? 僕が10年前に除隊した山崎大の行方を調べていたのを、リンダは1ヶ月も前から知っていた。分析能力が高く勘の良いリンダなら、正しい情報さえ持っていれば全てを繋げられたはずだ。正直な感想を言おう。この事件をここまで酷い状況に追い込んだのは、太陽系警察機構の無駄なプライドだ。君はリンダに一言言えば僕に連絡が取れると知っていながら、独断で動き続けたんだからね」
 我慢の限界がきたジェイムズは感情を爆発させ、吐き捨てる様に一気にまくし立てると、侮蔑の視線をα・シリウスに向けた。
「2人共、やめてぇ!」
 耐えきれずにリンダが大声を上げた。

「ストップ!」
 立ち上がったニーナが側に有ったクッションをα・シリウスとジェイムズ両方の顔に投げつけた。
「頭を冷やしなさい。今あなた達2人がいがみ合って得をするのは誰かよく考えるのね。長い歴史の中で両組織の深い確執は解っているわ。20分だけ待ちましょう。それまでにせめてあなた達だけでも和解なさい。お互いが疑心暗鬼になって勝てる相手じゃないわ。下らないプライドに拘って、小さな女の子を泣かせるなんて最低の男がする事よ」
 はっと気付いたα・シリウスとジェイムズが振り返ると、泣いているリンダをニーナが抱きしめていた。
 α・シリウスとジェイムズは同時にリンダに手を伸ばそうとして、ニーナに払いのけられる。
「どこまで無粋な男達なの。さっさと部屋の隅にでも行きなさいよ。不愉快だし目障りだわ」
 強い口調で言われたα・シリウスとジェイムズは、同時にニーナに頭を下げて即座に席を離れた。

 両手で顔を覆い、嗚咽を上げていたリンダが「ごめんなさい」とニーナに謝る。ニーナはリンダの髪を撫でながら「謝らないで。良いのよ」とリンダを自分の横に座らせた。
「時々男のああいう無神経さには怒りを通り越して呆れるわ。将来を属望されている、太陽系警察機構のα・シリウスと、太陽系防衛機構の「J」がこうも馬鹿だなんてね。大切なパートナーと友人がいがみ合って悲しむのはその間に立っているリンダなのに。ほんの少しだけ冷静になって考えれば分かる事を、あの馬鹿達ときたら救いようが無いわ。たまには荒療治も必要よ」
 ニーナに頬を伝う涙をハンカチで拭かれ、リンダは少しだけ落ちつくと正直な感想を洩らした。
「ニーナってジェイムズの婚約者と言うより、お姉さんみたいだわ」
 笑い声を立てるとニーナはリンダを抱きしめ直した。
「血こそ繋がっていないけどそんなものね。リンダ、昨日途中で止めた話の続きよ。あなたには話しておくわ。よく聞いて」
「はい」
 リンダが素直に返事をしたので、ニーナも笑顔でリンダの頭を撫でた。
「ロイド家とマンチェスター家の繋がりは知っているわね?」
 ニーナに問われてリンダは頷く。
「ええ。たしか情報収集が得意なロイド社と、分析が得意なマンチェスター社の先々代が、シェア拡大とお互いの利益になるからと合弁したのよね」
「そう。それでお互いの株を持ち合っているのだけど、15年前に問題が出てきたのよ。仲の良かった両社の先々代が亡くなって、どちらが主かという馬鹿馬鹿しい論争が起こったの。もちろん、ロイド社もマンチェスター社も、合弁を解く事がどれだけ不利益になるか分かっていたからすぐに収まったわ。でも、この手の論争は何時まだ復活するか判らない。そこで目を付けられたのが、当時まだ5歳のわたしと4歳のジェイムズだったの。お互いに1人っ子ならいっそ結婚させてしまえという話らしいわ」
「はい?」
 驚いて両目を大きく見開くリンダの顔を見て、ニーナが微笑する。
「今時珍しい政略結婚よ。わたし達は両親共忙しかったから一緒に育てられたの。とても仲が良かったから大人は勝手に解釈してしまったのね」
「あの、それってつまり……」
 リンダがどう言葉を続けようと迷っていると、ニーナが話を続けた。
「ジェイムズは今もわたしを「お姉様」と呼ぶわ。わたしは呼び捨て。お互いに姉弟と思って育ったんだもの。当然よね。わたしはジェイムズを1度も男として意識した事は無いわ。それはジェイムズも同じよ」
 コーヒーで喉を潤すと、ニーナはリンダの頬に手を当てて真っ直ぐにリンダの顔を見た。
「幼い頃は大人達が言う意味が解らなかったわ。好きかと聞かれて「イエス」と答えたら婚約させられていたの。歳を取る内にわたしは意味を理解できたわ。でも、あれはジェイムズが12、3歳になった頃かしら。「ニーナお姉様、僕らって本当に結婚するの?」と聞いてきた時、わたしは文字通り目が点になりそうだったわ」
 ぽかんと口を開けているリンダの口に、ニーナは笑ってクッキーを放り込んだ。慌てたリンダが口を押さえてクッキーを喉に押し込む。
「ジェイムズはとてもわたしと結婚出来ないと言ったわ。わたしを愛してるけど近親相姦みたいで嫌だと。だけど婚約破棄となったらロイド家とマンチェスター家は再び争う事になりかねない。そこでわたしはジェイムズに言ったのよ。「もし、あなたにわたしという婚約者が居ると知っていても、本気であなたを愛してくれる女性が現れたら婚約解消してあげる。但し、わたし達がお互いに恋愛感情を持っていないと相手に話してはならない。それが無理なら諦めてわたしと形式だけでも結婚する事」と。それからジェイムズが何をしたかは、あなたもよく知っているのじゃなくて?」
「あ、ああ……」
 高等部に上がった頃にはジェイムズの浮気性は学院内で有名だった。気が合うと思えばすぐに「僕と付き合ってみない?」と言うので、リンダや親友達は呆れていたのものだ。
「リンダ」
「はい?」
 嫌な予感がして後ずさろうとするリンダの手を、ニーナはしっかりと握りしめて離さない。
「ジェイムズはあなたに夢中だわ。あなたはジェイムズをどう想っているの? それとも他にもう心に決めた人が居るの? このニーナお姉様に正直に言いなさいな」
ひえぇーっ!!
 リンダは声にならない叫び声を上げた。これまでは「ジェイムズには婚約者が居る」カードが使えたので、リンダはジェイムズに対して友人として付き合う事が出来た。しかし、婚約者のニーナからこんな打ち明け話をされたら逃げ様がない。


「ちょっと待て。それはどういう事だ!?」
「自分だけの特権のつもりかい? 僕がリンダに何を渡そうが、君には全く関係がないだろう!」
 ニーナに怒られて部屋の隅で話し合っていたはずのα・シリウスとジェイムズが大声を上げ、リンダとニーナは何事かと顔を上げた。
「サラ!」
 ニーナを突き飛ばしそうな勢いでα・シリウスがリンダに駆け寄り両肩を握りしめた。
「な、何? シリ。どうしたの?」
 ニーナから解放されてほっとした反面、α・シリウスの必死の形相にさすがのリンダも引き気味になる。
 正面を取られたジェイムズがソファーの背後に回り込んでリンダの耳元から話し掛ける。
「リンダ、おじさんの話を聞いちゃいけないよ」
「うるさい。クソガキ、黙れ」
 α・シリウスはリンダの側に有るジェイムズの顔面を押して仰け反らせた。
「サラ。今日、クソガキから渡された端末を俺に渡せ」
「ああ、あれ? ちゃんと受け取る時に内部は調べたわ。カメラも発信機も無し。小型でごく普通の通信機よ。何に使うの?」
 リンダがポケットからケースを出すと、α・シリウスはそれを奪い取って窓に向かって走った。
「待てよ。α・シリウス、それは君に渡したんじゃない」
「勝手にこんな物を人のパートナーに渡すな」
 窓を開けてケースを投げ捨てようとしたα・シリウスの足に、ジェイムズがタックルをし掛けたが、α・シリウスはそれを器用に避けて腕を振り上げた。
「待ったーっ!」
 その腕を後ろから追いかけてきたリンダが両手で掴まえ、勢いをつけてα・シリウスをジェイムズごと持ち上げて部屋中央に放り投げる。
「シリ! いくらパートナーでも、わたしが自分の意志で受け取って持っているのに、勝手な事をしないでよ!」
 クッションの山の上に折り重なる様に落ちたα・シリウスとジェイムズを見て、ニーナは「お見事」と手を叩いてリンダを賞賛した。

「あーっ。間違えてジェイムズまで一緒に投げちゃったわ」
 クッションに埋まって気を失っているジェイムズに気付いたリンダは、慌ててクッションを掘りだした。
「リンダ。放っておいて良いわよ。これくらいでダウンするなんて情け無い。見なさいな。彼は自力で起きあがったわ」
 ニーナの言葉を受ける様にα・シリウスが首をさすりながら「首が折れて死ぬかと思った」と立ち上がった。
「シリは自業自得だわ」
 リンダはケースをポケットに収めると、横目でα・シリウスを睨み、ニーナに向き直った。
「今日はここまでにしましょう。お互いが持ち寄ったデータを照合させたら、もっと詳しい事が解るでしょう」
 リンダからメモリーシートを渡されたニーナはソファーから立ち上がって頷いた。
「そうね。リンダがくれた顔写真の男達の詳細データは明日の朝までに用意するわ。今はジェイムズとわたしの頭の中にしかないのよ」
「極秘データだもの。当然の処置だわ。お願いね」
 リンダはニーナに握手を求め、ニーナもリンダの手を取った。
「ジェイムズとわたしはこの事件が起こる前から非合法傭兵組織を追っていたわ。礼を言いたいのはわたし達の方よ。リンダ」
「何?」
 ニーナはゆっくり瞬きをすると、真っ直ぐにリンダの顔を見つめる。
「決して命を粗末にしないで。充分分かっているでしょうけど、本当に生半可な相手じゃないの。リンダ、あなたはわたし達の希望なのよ。それを決して忘れないで」
 リンダが大げさだわと返事をする前に、ニーナは漸くクッションの中から這いだして来たジェイムズを立たせると、α・シリウスを見つめて笑った。
「とても面白い物を見せて貰ったわ。α・シリウス、お互いに良い刺激になりそうだから、あなたの成長にわたしは期待しているの。でもね。あなたがもっと頑張ってくれないとバランスが崩れてしまうわ。深さは知らないけど、リンダとの付き合いの長さではジェイムズの方が上なのよ」
 痛いところを突かれてα・シリウスが押し黙り、何かを言いたげなジェイムズは一睨みで黙らせ、ニーナはジェイムズの腕を強引に引っ張った。
「リンダがそのケースを受け取ってくれて本当に良かったわ。双方向通信仕様なの。きっと役に立つわ。これからもお互いに何か解ったら随時情報を交換していきましょう」
「ええ」


 リンダとα・シリウスは玄関先までジェイムズ達を見送り、すぐに預かったメモリー・シートをケインに渡した。
 ケインは簡易端末で少しだけデータを読み取ると、顔色を変えてマザーを呼び出し、全員招集を掛けた。
「リンダとシルベルドは明日に備えて休め。おそらく明日のパーティーは昨日の比じゃ無いだろう。1流ジャーナリスト達を相手にどこまでお前達の芝居が通用し、どれだけの情報が引き出せるのか、試してみると良い」
 ケインはマイケルにも2、3指示を出すと、玄関ホールから居間に走っていった。
 会議に参加しようと思っていたのに取り残されたリンダはぶくっと頬を膨らませて階段を登る。
「サ……リンダ様」
 後ろから声を掛けられて、嫌そうにリンダはα・シリウスを振り返った。
「先生、何でしょうか?」
「毎晩1時間の約束を忘れていませんね? リンダ様にはお聞きしたい事が沢山有ります。色々な事が有って今日は大変お疲れでしょう。が、……1時間待っても来なかったら、俺がサラの部屋に行くからな」
 よほどジェイムズに腹を立てているのか、本気で怒っているα・シリウスの厳しい目を見て、受難はどこまでも続くとリンダは諦めの溜息をついた。


 今まで隠していた学院で有った事、α・シリウスとジェイムズが話し合っている間のニーナとの会話など、洗いざらい言わされたリンダは、疲れが一気に出てクッションを枕に横になった。
 α・シリウスの質問の凄まじさはすでに尋問の領域で、オーバーワーク気味のリンダを更に疲れさせた。
 一方、α・シリウスはリンダから直接打ち明けられた事で、苛立ちを感じていたジェイムズの自信たっぷりの態度の根拠を知って満足すると同時に、年齢性別を問わず好意を寄せてくれる相手を、突き放す事が出来ないリンダには、悪い事をしてしまったと深く反省した。
 もし、リンダがそれを出来る性格なら、DNAデータが必要不可欠だったとは言え、強引にキスをした時点でα・シリウスはリンダに見放されている。
 柔らかいリンダの髪を撫でながらα・シリウスはリンダに問い掛けた。
「明日からあのクソ……ジェイムズとどう付き合っていくつもりだ?」
 寝ころんだままα・シリウスを見上げたリンダは「どうって?」と言い、すぐに首を横に振った。
「あ。……ああ、そうね。どうしたら良いのかしら。ジェイムズに告白された時、わたしは2人共望んで婚約したんじゃ無いなんて知らなかったわ。だけど、もう知ってしまったから……」
「ちょっと待て。告白って何だ?」
 α・シリウスの口調と手が強張るのを感じたリンダは、しまったと両手で自分の口を覆う。
「サラ、まだ俺に隠し事が有るな。正直に言え」
 再び尋問体勢に入ったα・シリウスに、リンダは勘弁して欲しいと何度も頭を振った。散々恥ずかしい思いをさせられたのに、もっと恥ずかしかったジェイムズとの会話を再現するなど、冗談でも嫌だと思ったからだ。
 α・シリウスは器用に背面匍匐前進を始めたリンダの頭を押さえ込んむと、強引に自分の側に引き寄せた。
「俺の知らない所であの公私混同のクソガキがサラに好き勝手していると思っただけで腹が立つ。どうせ鳥肌もののくさい台詞だろうから、全部話せとは言わない。かいつまんで話せ」
 うーっと呻ったリンダは上目遣いでα・シリウスの顔を見上げながらボソリと呟いた。
「少し前にジェイムズに好きだと言われたわ。わたしは浮気者は好きじゃ無いと、友達としか思えないと返事をしたの」
「なるほど。これで話全部繋がった。その婚約が実は親同士が勝手に決めた事だと知ってサラはどうするんだ?」
「ジェイムズの事は好きよ。だけど……」
 α・シリウスは言葉に詰まって俯いたリンダの顎に手を掛けて上を向かせた。
「先に教えておく。惚れた女から「あなたの事は好きよ。だからこれからも良いお友達でいてね」と言われるのは、男にとって生殺し以外の何物でもないぞ」
 言おうとした事を先に言われ、リンダはぐっと唇を噛んだ。友人のジェイムズは失いたくない。だが、恋愛対象としてなどこれまで考えた事も無いのにどうしろと言うのか。
 表情から全てを察したα・シリウスは、「奴もとんだ道化だな」と言ってリンダの頬を撫でた。
 サムの意識誘導は今もリンダの心を強く縛っている。ジェイムズのストレートな求愛は、恋愛感情が理解出来ないリンダを思考停止に追い込んでしまうのだろう。そう考えればあの怯えきった真っ青な顔も震えも理解出来る。
 自分も道化だとα・シリウスは自嘲気味に笑う。
「ごめんなさい。出来るだけ慎重にゆっくり考えて行動するわ」
 リンダは自分が笑われているのだと勘違いして謝り、α・シリウスはリンダの勘違いに気付いたが沈黙を保った。口を開いたら自分が何を言い出すか自信が無かったからだ。


<<もどる||Rowdy Lady TOP||つづく>>