Rowdy Lady シリーズ 3 『天使の歌声は聞こえない』

15.

 午前中、こそこそと逃げ回るリンダを掴まえそびれ、半ば切れ気味になったアン達は、昼食時に一斉にリンダを詰問した。
「パーティーデビューするのなら、何で教えてくれなかったのよ」と、カップをテーブルに叩き付けるキャサリン。
「わたし達に何も言ってくれないなんて。とても寂しいわ」と、大きな瞳を潤ませるジェニファー。
「事前に相談してくれたらわたしが付き添ったのに。あの市長主催のパーティーなら知人が多いから紹介できたわ」と、不機嫌さを隠そうともしないアン。
 事前に言い訳を考えておいて良かったと、リンダは激怒している親友達を見回した。
「パパがそろそろわたしも表舞台に出なきゃ駄目だって急に言い出したのよ。それからは前の先生に来て貰って、マナー特訓の日々だったわ。わたしは全く知らない世界だし、皆にも相談しようかと何度も思ったのだけど、当日大きな失敗をして恥をかかせそうな気がして。……それで話すのを止めたの」
「「「そんな下らない理由で、2度とわたし達に遠慮しないで!」」」」
 完全に連携の取れたAJC(Anne、Jennifer、Catherine)連合の剣幕に、さすがにリンダも悪い事をしたと反省の色を見せる。元々上流階級の華やかな場が苦手なリンダは、捜査目的で無ければ親友達の誰かに頼んで、絶対に側から離れなかっただろう自分の情け無い姿が、簡単に想像が付くからだ。
 アン達もリンダの性格をよく知っているからこそ本気で怒っているのだろうと、リンダは「ごめんなさい」と素直に謝った。
「でも、どうしてそこまで言ってくれるの?」
「「「滅多に見られないリンダのドレスアップした姿を見たいからに決まってるでしょ」」」
「あ。……そう」
 聞かなきゃ良かったと思いながらリンダは苦笑する。気さくで優しい親友達は、絶対にネタを見逃さない性格の持ち主達でも有った。
「報告によるとリンダは肩を出したシンプルな深紅のドレスで出席。同行していたのは黒髪で長身の若い男性と。これはシルベルドさんの事かしら」
「はあ?」
 メモリーシートを取りだして読み上げるアンに、リンダは「そこまで知ってるならわざわざ聞かないで」と言うのを我慢した。
「ずいぶん派手にやったらしいわね。ダンスプロかと思っていたと言われたそうじゃないの」
「げっ」
 キャサリンもポケットからメモリーシートを出す。
「会場にジェイムも居たって本当なの? テラスで抱き合ってたと聞いたわ」
「……」
 ジェニファーから1番触れられたくない所を突かれ、リンダは額を押さえた。

「あの時は慣れない靴でうっかりよろけたリンダを支えただけなんだけどね。だけど、そういう誤解も悪くない。昨夜のリンダは今までで1番綺麗だったよ。抱き心地も最高だったな。羨ましいかい?」
 リンダは椅子に座ったまま硬直し、キャサリン達は同時に声の主を睨む様に振り返った。
 側に居たニーナが「馬鹿な事を言って、学院内でまで誤解を増やさないの」とジェイムズの肩を叩く。
 ニーナの声を聞いたリンダは、ほっと息をついて顔を上げる。
「ニーナ。昨夜は色々ありがとう。とても助かったわ」
「どういたしまして。わたしもとても楽しかったわ。またジェイムズ抜きで色々お話しをましょう。やっぱり女同士の方が会話がはずむわ」
 ニーナが助け船を出してくれたのだと気付き、リンダも話を合わせる。
「ええ。もちろんよ」
「酷いなぁ。僕だってもっと……」
 愚痴を言い出したジェイムズの背中を押しながら「またね」とニーナが笑って手を振る。リンダも笑ってニーナに手を振り返した。
「……と、いう事情だったのだけど」
 おそるおそる親友達に視線を戻したリンダに、アン達は目を吊り上げてスケジュール片手に詰め寄った。
「次は何処に招待されているの? わたし達も行くわ」
 キャサリン達の剣幕に押し負けしたリンダは、メモリーシートをバッグから取りだしてボソリボソリと予定を読み上げていく。
 手書きでシートに書き込んでいたアンが「ちょっと待って。週末は全日。ウィークディもほぼ1日おきじゃないの」と顔を上げる。
「よく身体が持つわね。リンダの体力なら大丈夫でしょうけど、気力が保たないわよ」
 キャサリンはとても真似ができないと首を横に振る。
「いくらリンダでもこれは辛いわ。……お父様がそこまで無理な指示をされたの?」
 無理を言われているのなら自分が口添えをするとジェニファー。
「違うの。パパが今月はとても忙しくて行けそうもないからその代理なのよ。どうしてもパパじゃないと駄目なパーティーは外して有るわ」
 本当は自分が言い出したとは言えないリンダは慌てて頭を振る。
 「それでも」と言い掛けたジェニファーの手をリンダは握った。
「わたしは学院と自分の会社しか知らないから、出来るだけ早く広く多くの人達に接しなさいってパパは言ったわ。たしかにわたしは自分の立場を把握出来ていない世間知らずだと、昨夜痛感したわ」
 真面目な表情で話すリンダを見てアン達はお互いに顔を見合わせた。
「そういう事なら明日はわたしが行くわ。ジャーナリークラブ主催はわたしは常連だし、丁度良いと思うの」とアン。
「木曜日はわたしが。ワシントンなら任せて。昨今の軍関係者は政治力も要るのよ」とキャサリン。
「週末はわたしが空いているわ。金融面ならお祖父様の顔が利くから」とジェニファー。
「残りはお互いにスケジュールを付き合わせてみましょう」
 と、アンが締めくくった。
「あの。アン、ジェニファー、キャサリン。気持ちはとても嬉しいのだけど……」
 リンダがそっと発言を求めて手を挙げると、逆にAJC連合は一斉に話し出した。
「保険よ。ジェイムズの事だから、絶対にリンダの予定を調べて待ちかまえてるに決まってるわ」とキャサリン。
「無駄に顔が広いからリンダが困ってるならと、喜んでエスコートしたがるでしょうよ」とアン。
「昨夜みたいにね。本当にここ最近のジェイムズは周囲の目おかまい無しだわ。シルベルドさんは立場上、余程目に余るまでジェイムズに強く言えなかったんでしょう。昨夜はニーナが助けてくれて良かったわね。リンダ」
 怒笑しながらジェニファーがリンダにとどめを刺した。
 どうやって調べたのか、昨夜の出来事のほぼ全容をジェニファー達は知っているらしい。リンダもα・シリウスの事で頭が一杯で忘れていたのだ。AJC連合が本気になったらどれだけ恐ろしい事になるのか。
 しぶしぶキャサリン達に、パーティーの同行を約束させられたリンダは、仕事にならないと小さく溜息をついた。

 午後のティータイムに恨みがましい目をしたリンダから昼食時のやりとりを聞いたジェイムズは爆笑した。
「レディ達もやるねぇ。うん。頼もしい限りだ」
「笑い事じゃ無いわ。わたしの身にもなって頂戴。このままだと本来の目的が果たせないかもしれないわ」
 本気で困っているという顔をするリンダに対して、ジェイムズは余裕の笑みを絶やさない。
「そう悲観する必要は無いよ。3人共それぞれの分野でとても顔が広い。僕なら逆にチャンスだと思うけどね。君と彼が特別目立つ行動を取らなくても、彼女達が喜んでターゲットに引き合わせてくれるだろう」
「親友の好意を利用するなんて凄く嫌だわ。それに、もしそれが原因で皆に……」
 苛立ち気味に指先でテーブルを叩き続けるリンダの手に、ジェイムズは自分の手を重ねて止めさせた。
「あの世界は一見華やかだけど、色々裏が怖いからね。君が想う様に彼女達も君を本気で心配しているんだよ。姫君は本当に自分の立場を解っているのかな。これまでの相手とは格が違う。昨夜彼にも言ったけど、友情でも何でも利用出来るものは利用するべきだ。覚悟が足りないよ」
 もっともらしい事を言いつつ、自分の手を撫で続けるジェイムズの手をリンダは「あなたもいい加減に自覚してよ」と叩き落とした。
 ジェイムズは赤く腫れた手の甲をさすりながら「では」とリンダに小さな端末を投げ渡し、通信機だと気付いたリンダはすぐにシャツの襟裏にそれを止めた。
『時間が無いからこれを使おう。距離は2メートルが限界だ。学院内にこれを持ち込むのも冷や汗ものだからね』
『分かったわ』
『さっそくだけど、今夜ニーナと一緒に君の家に行っても良いかい? 夕食は済ませておくから』
 リンダは少しだけ沈黙してマイクが拾える限界の小声で囁いた。
『それはあなたが今朝から眠そうにしているのと関係有り?』
『当たりだ。ちょっと気になる相手が居て、面通しをしていたら朝になっていたよ。君達はどうしてるんだい?』
『企業秘密よ。結果だけ知らせるわ』
 紅茶を飲むふりをしながら、ジェイムズはやれやれと頭を振った。
『出来るだけ早くコンウェル家とα・シリウスに了承を得たい。こちらも準備が有るからね』
『ちょっと待って』
 リンダは通信機を外すと両目を閉じた。
『マイ・ハニー、シリ。今話しても大丈夫?』
『マイ・ハニー、サラ。大丈夫だ。どうした?』
 α・シリウスの声と共に雑踏の音が聞こえ、リンダはα・シリウスが屋外に居るのだと知った。「何処に?」と聞く事は出来ない。ケインやマイケルがα・シリウスの外出を許可したとはそういう事なのだ。
『時間が無いから手短に聞くわ。ジェイムズが今夜うちでわたし達に会いたいと言っているの。どう?』
『俺はかまわない。ちょっと待ってくれ』
 ほんの1分も経たない内にα・シリウスから返事が返ってきた。
『マイケルに連絡がついてコンウェル家の了承が取れた。サラの好きにして良い』
『助かるわ。ありがとう。マイ・ダーリン』
 リンダは目を開けるとすぐに通信機を付け直した。
『いつでもオッケーよ。歓迎するわ』
 ジェイムズは数回瞬きをするとリンダの顔をじっと見つめた。
『もしかして、リンダはα・シリウスと好きな時に連絡が取れるのかい?』
『ええ。大体は』
 軽く肩を竦めてジェイムズは降参だと手を挙げた。
『コンウェルの技術か。欲しいなぁ。それ』
『お願いだからそれを2度と、特にわたし以外の前では決して言わないで。死ぬわよ。脅迫じゃなくってね。まだ安全面でとても商品化出来る物じゃないのよ。これで察して』
 リンダの真剣な視線を受けて、ジェイムズも『分かったよ』と軽く頷いた。
 次の講義を受ける為に席を立ったリンダに、ジェイムズは小さなケースをテーブルの上で滑らせた。
『学院並にセキュリティの厳しい場所以外なら、どこでも使える僕専用のホットライン端末だよ。強く握ればオンになる』
『ジェイムズ?』
 少しだけ首を傾げるリンダに、ジェイムズは小さく笑った。
『君にとってはオモチャみたいな物だろう。だけど、今の僕に出来る限りだよ。もし、僕の力が必要になったらいつでも呼んで欲しい』
 ケースを受け取りどう返事をしたら良いものかとリンダが迷っていると、ジェイムズも立ち上がって軽くウインクしてみせた。
「黙って見つめ合うのも悪くないけど、やっぱりもっと君の綺麗な声を聞きたいね。とても気分良く寝れるんだ」
 よく通るジェイムズの声がカフェテラスに響き渡り、周囲にどよめきが起こる。
 にやりと笑ったジェイムズの顔を見て、リンダはわざとだと気付いたが後の祭りだ。
 暴力行為を一切禁止している学院内で、殴るのはさすがにはばかられたリンダは、襟に留めていた通信機を外してジェイムズの顔に投げた。
「誤解を招く言い方をしないでよ。この馬鹿! 少しは人の迷惑も考えろって何度も言ってるでしょ!」
 リンダの怒号で「ああ、またいつものジェイムズの悪趣味な冗談か」と知った周囲は、笑って自分達の会話に戻っていく。
 ケースを自分に見せてカップを持ち、ジャケットのポケットに入れながら歩いていくリンダの後ろ姿を見たジェイムズは、ほっと息を付いて椅子に座り直した。
 昨夜は殴られても仕方のない事をしたのに、今日のリンダはいつもどおりだった。冗談に怒ってもケースを受け取ってくれた。
 少なくともリンダは自分を嫌っていない。それが今のジェイムズの力の源だった。


『わたしの右斜め後ろ4人目。グレーのロングコート、減点1。反対側歩道の帽子を被ったカップル減点3。バレバレよ。出直してらっしゃい』
『さすがお嬢様は手厳しい。2分以内に立て直します』
 マイケルが言ったとおり、家か学院を1歩出ると雑踏に紛れてCSS社員達が常に複数居る。たとえ護衛でも、こうも簡単にターゲットのリンダに尾行がばれる様では失格だ。
 最高の特殊機能を持つリンダを完全に出し抜ける相手などほぼ居ないのが現状だが、リンダは手加減はしなかった。自分の側から付かず離れずでいれば、その分敵側にも存在を知られる可能性が高く、CSS社員達の身の方が危険になる。
 この作戦にα・シリウスも加わっているのだろうが、あの長身を何処に隠しているのか、リンダは今だにα・シリウスを見付けられずにいる。諜報部門に5年間在籍していたα・シリウスのステルススキルは、CSS社員達の数倍は高いらしい。
 頼もしく、同時にもどかしい。敵の真のターゲットはα・シリウスなのだ。ピアスを使えばすぐに連絡が取れるが、場所が判らない以上、α・シリウスの集中を途切れさせるのは逆に危険だ。
お願いだから絶対にわたしを見失わないでよ。
 そう願いながらリンダはリニアシャトルのゲートを通過した。


 ピアスから強い攻撃信号を受けて、リンダは素早く2度瞬きをしてボイジャー(探査)モードに切り替えた。
 大勢の乗客達に紛れて、武装した数人の男に印が付けられる。この駅構内に居る全員が人質という状態だ。
卑怯者!
 リンダはギリッと歯を食いしばり、ダッシュで本来乗る予定じゃない先発のシャトルに飛び乗った。


『A班、リンダ様を見失いました』
『C班、追いつけませんでした』
 次々とシャトルを乗り換えていくリンダにCSS社員達が人混みに負けて脱落していく。
『B班、何とかリンダ様と同じシャトルに乗ることが……。すみません。今、逃げられ……もとい、はぐれました』
 リンダはCSS社員達に一切連絡を入れないまま疾走していく。余程連携が取れているのか、数を導入しているのか、敵の数は減ったり増えたりだ。何処でアンブッシュしているのか完全に把握出来ない。
 これだけ多くの人数を動かしているという事は、目的はおそらく自分の暗殺では無く誘拐。敵を捕らえるチャンスだが、人が多過ぎて民間人に被害者を出しかねない。
 しかも、他の乗客達を盾にして、自分から姿を隠しているのだから尚更タチが悪い。
 わざと隙を見せて全員を呼び寄せるべきか? いや、それでは相手の思う壺だとリンダは頭を振った。
 今は相手の特徴を記録しながら、逃げ切る事が最優先だとリンダは考えた。その上で敵をかく乱し、1人だけを捕らえる。
 最後まで残るのは1番手強い相手だろうが、一般人が周囲に居る中で複数を相手にするよりましだ。これがベターだとリンダは更にシャトルを乗り換えた。
 リンダが降りたと見せ掛けてシャトルに残った時、捉えていた敵が2人に減った。
あと1人。
 扉が閉まるギリギリで飛び出そうとしたリンダの目に黒い影が映った。
 それが人の手だと気付いて、ぶつからずにすり抜けるつもりが、逆に軽く肩を抱き留められ驚いてリンダは顔を上げる。
「リンダ様、此処でお会いするとは思いませんでしたよ」
 大きく目を見開いてリンダが息を飲む。
 いつもは綺麗にセットされている前髪が下ろされて、わずかに毛先がカールしている。柔らかい素材の黒いロングコートにマフラー、薄手の黒い手袋。ゆったりとした淡い色の上着にダークグレーのスラックス。印象的な蒼の瞳はそのままで、優しい笑みを浮かべた青年が目の前に立っていた。
「シ……シルベルド先生」
「このシャトルは学院からの直行便ではありませんよ。まさかと思いますが、講義をサボって遊びに行ってたのではないでしょうね。もしそうなら私はお父上に報告しなければなりません」
 話を合わせろという気配を察して、リンダが頬を染めて何度も頭を振る。
「違います。急いで家に帰りたい時のショーットカットです。早く出るシャトルに乗り換えた方が早いんですよ」
 α・シリウスは軽く溜息をついてすぐに笑った。
「危険ですから出来れば止めてください。多少の遅れは私は気にしませんよ」
「そうします。……出来るだけ」
 2人はお互いに顔を見合って声を立てて笑い出した。
『マイ・ハニー、サラ。後何人残っている?』
『マイ・ハニー、シリ。多分……あ、待って。……ああっ。シリがわたしを止めるから、2人共さっきの駅で降りちゃったわ。作戦失敗だわ』
 本気で悔しそうな顔をするリンダの腕を、自分のコートで覆いながらα・シリウスが力一杯つねる。
『痛ったーっ!』
『この馬鹿娘め。誰が護衛全員を振り切って、単独で囮になって良いと言ったか。俺以外は6シャトル目で全員サラを見失ったぞ』
 きつい視線で睨まれ、リンダも怯まずにα・シリウスを見返す。
『だって。シリ。手掛かりを捕まえる絶好のチャンスだったのよ。頑張って2人まで減らしたのに』
『口答えをするな。それ以上言ったらこの場で殴るぞ。護衛するはずのサラを追い切れなかったCSS社員達が、どれだけ自分を責めて苦しむか全く考えなかったのか? スタンドプレイは禁止だとあれ程言われていただろう』
 コートに隠れた肩を痣が出来るほど強く掴まれ、リンダは顔をしかめる。しかし、α・シリウスの指摘は正しいとも思った。
『ごめんなさい。敵が多すぎたから皆を巻き込みたく無かったの。でも本当に軽率だったわ。わたしは上司失格ね。無事に帰れたら全員に謝るわ』
 敵の多さと強さに焦りが出て判断を誤ったとリンダは心から反省した。戦っているのは自分1人では無いのにどれ程傲慢だった事か。恥ずかしさと申し訳なさでリンダは視線を落とす。
『分かれば良い』
 先程までの厳しい態度とは違い、α・シリウスの優しい口調と肩を撫でる手に、リンダはほっと息を付くと顔を少しだけ上げた。
『ねえ、1つ聞いても良い?』
『何だ?』
『どうしてシリにはわたしの位置が解ったの? わたしはシリを見付けられなかったわ。CSS社員も含めてわたしを追っていた全員にマーカーを付けていたのに』
 ああ、とα・シリウスはコートの内ポケットから小さな端末を出してリンダに見せた。
『これをコンタクトレンズと併用するとかなり便利だな。サラが次に行きそうなコースに先回りが出来た』
 目の前でちらつかされた端末を見て、リンダは大きく目を見開き両肩を震わせた。
『1ヶ月前にシリに貸したわたしの位置表示端末じゃないの! あの事件は解決したのに何でまだ持っているのよ?』
 リンダの手が取り返そうと動くのを察して、素早くα・シリウスが端末をコートのポケットにしまう。
『返せとは言われなかった。今更返すつもりも無い。サラが単独暴走をする度に探す手間を考えたら、俺が持っているのが妥当だと判断した』
『それが有れば何処に居ても解っちゃうのよ。わたしのプライベートはどうなるのよ?』
 頬を赤く染めて抗議をしてくるリンダを、α・シリウスは鼻で笑った。
『ウィークディは朝家から学院に直行。講義が終わったら寄り道無しで会社に行くか、俺と待ち合わせてUSA支部に直行。土日は基本的に俺の送り迎えでUSA支部に行った後に訓練か捜査。滅多に無い休暇日や空き時間は、外に出ても行くのはせいぜいミュージアムか公園。見てる方が飽きて10日も経たずに端末の電源を切った。誰にも知られたく無い様なプライベートが、サラのどこに有るんだ?』
『それがプライベートの侵害じゃ無くて何なのよ!』
 本気で怒っているリンダの肩を抱いたまま『着いたぞ』とα・シリウスが一緒にシャトルを降りる。
「シリぃ?」
 ゲートを出ても上目遣いで睨み付けてくるリンダの頭を、α・シリウスは軽く撫でた。
「サラは俺と組む前から危険の多い身だ。俺の知らない所で命を狙われたりしていないかとずっと心配だった。コンウェルの屋敷や社内、学院内は安全だ。仕事中も俺が側に居るから何か有れば対処出来る。じゃあ、サラが外で1人きりの時はどうなんだ?」
「これまでと同じよ。自分の身は自分で守るわ」
 リンダとα・シリウスはコンウェル邸へ歩きながら話し続ける。
「コンウェルがこの端末のメイン機を持ち、ケイン氏が常にサラの居場所をチェックしているのは何の為だ? サラ1人じゃ対処出来ない非常事態に備えてだろう。1度サラがUSA支部で意識を失った時、ダミーを大量にばらまいていたにも拘わらず、ケイン氏がΩ・クレメントに抗議してくるまで1時間も掛からなかっただろう」
 痛いところを突かれてリンダが沈黙する。
「昨夜パーティーに俺を同行させた事で、サラが狙われるのは目に見えていた。端末を復活させたのはサラがCSSとの連絡を一方的に打ち切り、リニアシャトルゲートを通ると同時に無茶な動きを始めてからだ。見失ったらもう会えないと思った。サラ」
「何?」
 真っ直ぐ前を向いたままα・シリウスは吐息だけで囁いた。
『ルールは知っているが非常事態の後だ。無事な声を聞かせてやれ。気付いているんだろう』
 1度は自分を見失ったCSS社員達が、リンダの行動を好意的に先読みして最寄りの駅で待機をし、1ブロックの距離を開けて自分達の周囲を囲んでいるのはリンダも気付いていた。
「オープン。皆、心配掛けて本当にごめんなさい。わたしは無事よ。シルベルドが助けてくれたの」
『お嬢様、お詫びをするのは我々の方です。お嬢様を追う複数の不審人物に気付いて、部隊を護衛と尾行の半数に分けました』
 まさか!? という思いでリンダの足が止まる。
あの手強い敵を相手に全員無事なの?
『欲張ったあげく、全員がお嬢様と不審者両方を見失うという愚を犯してしまいました。我々は護衛に徹するべきでした。申し訳有りません。最後までお嬢様を追えたシルベルドに感謝しなくては』
 全員無事と知って、足の力が抜けるリンダの身体をα・シリウスが支える。
「俺は自分の仕事をしただけです。この馬鹿娘の暴走に毎日付き合わされているので、嫌でも身体が慣れてしまっているだけです」
「ちょっと、シリ。それってどういう意味よ!?」
 マイクを通して全員にリンダがα・シリウスを叩いた音が響き渡り、全員からさざ波の様に笑いが起こる。
『お嬢様。敵の行動にいくつかのパターンを見付けました。帰ったらすぐにマイケル隊長と作戦を立て直します。敵が軍の「特殊部隊」と判った以上、2度と同じ失敗はしません』
 リンダはあのほんの僅かな時間にそこまでと思い、やはりCSSは優秀だと嬉しくなった。
「頼もしいわ。報告を楽しみにしているわね。わたしもいくつか新しいデータを握っているから突き合わせましょう」
 通信をクローズにしたリンダは笑顔でα・シリウスの顔を見上げた。
『5人、顔を特定したわ。暗闇の中ならともかく、堂々と明るい場所に出てくるんだもの。レベル4の不可視ゴーグルでわたしの目から逃れられると思っていたのなら笑っちゃうわ』
 リンダの自信たっぷりの言い様にα・シリウスが眉間に皺を寄せる。
『ちょっと待て。レベル4なら機能は太陽系警察機構とほぼ同レベルのはずだ。俺のコンタクトレンズではそこまで見えない』
『わたしが何年このコンタクトレンズを使っていると思うの。本来の顔を隠す程度のステルスなんか10秒も有れば再現できるわ。初めて会った時にそれをシリにしなかったのは、する必要が無いと思ったからよ。敵対行動も取られていないのに、わたし「は」人のプライベートをのぞき見しないわよ』
『サラがどれ程怒っても反省も後悔も絶対にしないぞ。俺はサラを失う事の方が恐ろしい』
 再び足を止めたリンダはα・シリウスの肩に少しだけもたれると「本当にずっとわたしを心配してくれていたのね。ありがとう」と言い、「でもね」とにっこり笑ってすぐに顔を上げる。
「ストーカーまがいの気色の悪い真似をするな。このデリカシー欠如男!」
 リンダの渾身の力を込めた膝蹴りは見事にα・シリウスの胃にヒットして、コンウェル邸の玄関先でα・シリウスに膝をつかせた。


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