Rowdy Lady シリーズ 3 『天使の歌声は聞こえない』

14.

 目立つだけ目立ち、素晴らしいダンスだったと市長を始め招待客達から賞賛を受け、多くの人々に紹介されたリンダ達は、迎えの車の座席に座ると同時に溜息をついた。
「あううっ。足、足がつるーっ」
 リンダが我慢の限界だとハイヒールを脱ぎ捨てる。
「疲れた」
 蝶ネクタイを外してα・シリウスは胸元を開ける。
 助手席に居るCSS女性社員がリンダ達の姿をミラー越しに見て軽く頭を振る。
「お嬢様、シルベルド、いくらシールドガラスで外から見えないからとはいえその姿は何ですか? マイケルとメアリがお2人を見たら泣くか怒号が飛びますよ」
 リンダはドレス姿のまま座席の上で胡座を組んで足の裏をもんでいて、α・シリウスも靴を脱いで片足立て膝状態だ。
 厳しく教育をして表面を磨き上げても、中身が元のままでは台無しだとCSS社員達から思わず溜息が洩れる。
「家に着くまでに服を整えて靴も履き直すわ。お願いだから今は見逃して」とリンダ。
「同左」とα・シリウス。
「あと1分以内に服装を直してください」
 背もたれに身体を預け、完全にだらけているリンダとα・シリウスを見た助手席の護衛は、運転手と視線を合わせ、これは駄目だと同時に肩を竦めた。


 辛うじて取り繕っているものの、着崩れた礼装姿の2人を出迎えたメアリは溜息混じりに頭を振り、サムの意見を求めた。
「お疲れ様。さっそくだけど持ち帰ったデータを渡してくれないかな。僕達で出来る限り分析しておくよ。詳しい報告は明朝食時にしよう。2人共今夜はゆっくり寝て、疲れを明日に持ち越さない事。分かったね」
 簡潔に指示を出したサムは、リンダ達からケースに収められたBLMSを受け取ってケインに渡した。1枚だけBLMSの受け渡しを拒否したリンダとα・シリウスは、呼び止められる前にと足早に自分達の部屋に戻っていく。
「怪しいな。どう思う?」
 2人の様子から、市長邸で何か自分達には言えない事態が起こったのだと察したケインがサムに問い掛ける。
「うん。そうだねぇ……」
 サムは軽くウェーブが掛かった納まりの悪い自分の前髪を、1筋掴んで指先でもて遊び、人差し指を弾いた。
「予想外な相手からの直接介入かな。でも、敵じゃ無い。リンダ達にはそれが誰だか解っているみたいだね。……うーん。悔しいけどこれ以上は判らないなぁ。ケイン、報告は明日と決めたんだから待つしか無いね。それにリンダ達が僕達に隠し事なんて、「無駄」な事をするとは思えないよ」
 それだけ判ったら充分だとケインとメアリは思ったが、懸命にも2人共サムにツッコミを入れるのは控えた。
 サムにとっては今話した程度の事は判って当たり前。それどころかリンダとα・シリウスに上手く逃げられ、全ての情報を引き出せなかった事が、サムのプロ意識を少しばかり傷付けた様だった。
 自覚の無い天才は、周囲が驚愕する離れ業をやってみせても自分に求める上限を知らず、力不足だと憤りを覚えるものらしい。
 と、長年の付き合いでケインとメアリはサムの性格を知り尽くしていた。


 どれだけ疲れていてもリンダはα・シリウスとの約束を守り続けている。熱いシャワーを浴びて汗を流すと、ラフな服装でα・シリウスの部屋を訪れた。
 これ以上秘密を持つべきでは無いと判断したリンダとα・シリウスは、お互いにジェイムズとの会話を納めたBLMSのデータを交換して見せ合った。
 始めは真面目に見ていたリンダは途中で溜息をつき、モニター端末から視線を外す。
「あなた達って本当に馬鹿? まるで子供の喧嘩だわ。あの場に居なくて本当に良かったわ。わたしの方が切れて、あなた達をテラスから蹴り落としていたわよ」
 敷物の上で俯せに寝転がっていたα・シリウスは、半ばリンダにのし掛かられてぐいぐいと背中を押される。
「静かにしていろ。こっちはまだ見ている」
 リンダは背後からα・シリウスが見ている画像を見覗き込んで「あっ」と声を上げると、端末をα・シリウスから取り上げようとする。
「そこから先は駄目。見ないで!」
「うるさい。まだ途中だ」
 α・シリウスは端末から視線と手を離さないまま、器用にリンダの背中を片足で押さえ込む。リンダが筋肉痛で思う様に動けない状態だから出来た技で、普段ならとっくに馬鹿力のリンダに端末を握りつぶされている。
 モニターに映し出されるのはジェイムズの顔では無く庭の木々。わずかにジェイムズの肩と髪が映っていた。どういう体勢だったのか判ってしまうだけにα・シリウスは業腹ものだ。
 わざとらしく特殊装備のリンダの耳でも、聞き取れるかどうかの音量でジェイムズの声が聞こえる。
俺にはもっと大きな声で話していたくせに。
 と思い、リンダと同じ事をされたら絶対に我慢が出来ずに、ジェイムズを殴り飛ばしていただろう自分が簡単に想像がつく。
「シリ、お願いよ。今すぐにそれを止めて」
 リンダの懇願のすぐ後に、端末からリンダの小さな悲鳴が聞こえた。近付いてくるジェイムズの顔を見て、α・シリウスは限界だと端末を放り投げ、耳を塞いでいたリンダを抱き起こす。
「サラ、あのクソガキに何をされた?」
 リンダは耳まで真っ赤になると、「シリが見たままよ」とα・シリウスから視線を逸らした。
「あの悲鳴は何だ? 奴に何かをされたんろう。だからあんなに震えていたんじゃないのか。正直に答えろ」
 α・シリウスは両手でリンダの頬を包んで強引に視線を合わさせる。ぐっと唇を噛んで押し黙るリンダを押し倒すと、リンダの上に馬乗りになった。
「ちょっと、シリ。重いでしょ。退いて」
 脳天気な抗議をしてくるリンダの両手を片手で押さえ込み、もう一方の手でリンダの顎を掴んだ。
「言いたく無いなら良い。このままじゃサラが腐る。俺が消毒してやる」
「消毒ぅ?」
 何の事だか判らないという顔をするリンダを無視して、α・シリウスはリンダの左耳を舐め上げた。
「ぎゃーーーーーーーーーーっ!?」
 BLMSに記録された声とは違い、色気も何も無い悲鳴にα・シリウスの気力は萎えそうになったが、ジェイムズにしてやられたと思う気持ちの方が勝った。リンダの視界から想像出来る範囲全てに舌を這わようとする。
「シリ、ストップ。そんな事までされて無いわ。シャワーを浴びた時にしっかり洗ったんだから止めてよ馬鹿。これのどこが消毒? ばい菌を増やすな」
「俺がばい菌だと?」
 力の無い抵抗を始めた身体を強引に押さえ、α・シリウスは正面からリンダの顔を見つめた。
「風呂上がりにこんな事をされたら、ばい菌扱いするに決まってるでしょ。犬なら可愛いけれどシリがわたしを舐めるな」
 真っ赤になった頬を膨らませて憎まれ口を叩くリンダに、α・シリウスはギリギリ抑えていた自分の理性のタガが緩むのを感じた。

「そんな減らず口は2度と言えなくしてやる」
「はあ?」
 どういう意味? と、リンダは言葉を続ける事が出来なかった。α・シリウスの唇が再び自分の耳や首筋に這わされ、時に強く優しく舌が触れてくる。
 ジェイムズの時に感じた底の知れない恐怖とは、全く違う感覚がリンダを襲う。
な、何なの? これ!?
 リンダはたまらず声を上げて、自分の口から出た声音に驚いたが、α・シリウスは自分を離そうとしない。
 全身がしびれる様な感覚に覚えが有ると思いつつ、それが何時だったか思い出す余裕など与えて貰えない。
「シリ……お願い」
 漸くリンダが紡ぎ出した言葉を聞いてα・シリウスは上体を起こすと、強すぎる刺激に頬を染め、視線を彷徨わせているリンダを抱き起こした。
「念を入れた消毒は終わりだ。拭いたり流したりするなよ。あのクソガキのしぶとい菌が増殖する」
本当はこのままベッドに連れて行きたいところだが、恋愛感情を理解出来ないお子様にこれ以上の事が出来るか。
 と、いう本音をα・シリウスは辛うじて飲み込んだ。
 ジェイムズに触れられて恐怖で震えたリンダが、自分は受け入れてくれた。今はこれで良しとするしかない。たとえ自分の行為がリンダにとって、犬とじゃれあってる延長線に過ぎなくてもだ。
 これで「ジョン」とでも呼ばれたらマジで泣くぞと思いながらα・シリウスはリンダを立たせた。
「疲れただろう。「J」対策は明日にしよう。とにかく今夜はゆっくり寝ろ。おやすみ」
「お……おやすみなさい」
 普段なら「誰が余計に疲れさせたのよ!?」と平手の2、3発はα・シリウスに喰らわせているリンダは、あまりの事にそこまで思い至らず、半ば呆然、半ば拍子抜けという顔で自分の部屋に戻った。
 言われるままにベッドに横になり、正気に返ったリンダは飛び起きて罵声を上げた。
 よくよく思い出すと、自分がα・シリウスから、とんでも無い行為をされていたと漸く気付いたからだ。
 恥ずかしさと悔しさでリンダはベッドの上をのたうち回り、もう1度シャワーを浴び直そうと一旦は立ち上がったが、すぐに思い直してベッドに戻った。
 ジェイムズに抱きしめられた時の恐怖は完全にどこかに消え、耳に残るのはα・シリウスの唇と舌の優しい感触と吐息と囁きだけ。この分なら明日ジェイムズと2人きりで顔を合わしても平静を失わずにいられると気付いたからだった。
 「消毒」とα・シリウスは言った。それはたしかに本当なのだと思い、リンダは思考を手放して眠りに付いた。
 単にリンダの肌を味いたかったというのが本音だとばれていたら、α・シリウスは無事で済まなかっただろう。


 深夜にα・シリウスから自分の研究室に呼び出されたサムは、パーティー会場での簡潔な説明を受け、リンダが倒れかけたと聞いて唇を噛んだ。
「あれは意識誘導の後遺症かもしれないと、俺には思えました」
 コンウェル邸に戻ってからの自分の行動は綺麗に棚に上げ、α・シリウスは真面目な顔でサムを見つめる。
「君にライバルが居るとは気付いていたが、そこまでやるとはとんだ伏兵だ。僕は君ならリンダに恐怖を与えずに徐々に封印を解けると考えていた。恐怖による強引な封印解除など有ってはならない。シリウス君、お願いだ。リンダから決して離れないでくれ」
 「その伏兵は俺の手が届かない学院内に居るんだ!」と、α・シリウスは言い返したかったが、今は耐えた。敏腕精神科医のサムに下手な事を言えば、全てを知られてしまう。「J」の正体もその背景も今は話すべきでは無いと判断し、α・シリウスは黙って一礼すると研究室を後にした。


 コール音が鳴り、ジェイクは通信端末を手に取った。
「はい」
『私だ。解るな』
 この回線を使えるのはたった1人だけだと思いながらジェイクは問い掛けた。どうも声の調子がおかしい。余程の事が起こって焦っているのかと冷静に声を分析する。
「ご命令通り全員が待機中です。何でしょうか?」
『どんな手段を使っても良い。リンダ・コンウェルを捕らえろ。それが無理なら殺せ。但し絶対にこちらの正体を知られるな』
「なっ!?」
 まさかの命令にジェイクが大声を上げる。あの「奇跡のリンダ」と本当に戦えと言うのか。
 ジェイクは冷や汗が出る思いで、側に待機していたシモンを手招きで呼んだ。
「本当にどんな手段を使っても良いんですね。全員に招集を掛けてもかまいませんか?」
『方法は任せる。リンダ・コンウェルはα・シリウスと繋がっている。作戦終了までこれ以上コンウェルに深入りされては困るのだ。万が1、死体でも上手く利用すれば取引材料に使える。今度は失敗するな』
 一方的に切られた端末を溜息混じりに放り投げて、ジェイクは部屋に集まっていたメンバーを振り返った。
 苦々しくフィリップが飲んでいたコーヒーカップを壁に投げつける。
「あの女は正真正銘の化け物だ。今は何とも無いが、俺の目は2日はまともに見えなかった。特殊ゴーグルを銃も使わずに、50メートル先から割る女だぞ。生け捕りは不可能だ」
 直接リンダと対峙して負傷したフィリップの言葉を受けて、ジェイクは顎に手を掛けた。
「リンダ・コンウェルは絶対に護衛を付けない事で有名だったな。狙うなら登下校時か」
「テディ達に連絡が取れた。昼にはニューヨーク入り出来るそうだ」
 通信機を外してマットが顔を上げる。
「フィリップの状況から考えて、どうやらこちらも群衆に紛れた方が安全らしい。無関係の民間人に被害を出して困るのはコンウェルも同じだろう」
「だったらリニアシャトル内だ。逃げ場が無い」
 両手を組んで地図を見ていたヤコブがシャトルのルートを指さす。
「逃げ場が無いのはこちらも同じだ。前衛3、後衛3、中継、2、バックアップに3で行こう。17の小娘と思うな。強化バイオボーグとやる気でいろ」
 ジェイクの指示に全員が頷き、フィリップが手を挙げた。
「1つ聞きたい。部隊は12人編成のはずだろう。俺達の前に姿を現さないコード名ユダは何処に居る?」
 ジェイクはフィリップの素朴な疑問に鼻で笑った。
「さっきの通信の相手だ。俺達のスポンサーがユダ本人なのさ。俺も詳しくは知らない。これ以上知ろうなんて考えるなよ。ユダにとって俺達は駒だ。お前がユダに殺されるぞ」
 引いても地獄、前に進んでも地獄かと、フィリップは背筋が寒くなった。


 翌朝、リンダが昨夜のジェイムズの事をどう話そうかと迷っていると、サムから「残った1枚は捨てて良いよ」と言われた。
「大体の事情は昨夜シリウス君から聞いた。リンダの体調が最優先だ。ストレスは出来るだけ避けた方が良いからね」
 思いも寄らない事を言われて眉間に皺を寄せたリンダは、α・シリウスを睨み付けた。
「シリぃ?」
 食後のコーヒーを飲んでいたα・シリウスは、カップを置いてリンダに向き直る。
「サムはサ……リンダ様の主治医です。そして私にはリンダ様の不調を報告する義務が有ります。リンダ様は私と違い、お1人で活動する時間が長いのです。プライベートに口を挟むのは私も好みませんが、今後の計画に差し障ると判断しました」
 メアリの鋭い視線を感じながら、α・シリウスは出来るだけ丁寧な言葉を選んだ。今の自分はシルベルドとして行動しなくてはならない。とは言え、暴走型のリンダを怒らせたままで外に出す程、α・シリウスは愚かでも無かった。
『マイ・ハニー、サラ。落ち着け。あのクソガキの個人情報はサムに一切話していない』
『マイ・ハニー、シリ。そうならサムに何を話したの? わたしには疲れているだろうから寝ろと言ったくせに』
 カップに残っていたコーヒーを一気飲みして、リンダはα・シリウスを睨み続ける。素早くマイケルがリンダのカップにコーヒーをつぎ足した。
『知人らしい男が油断していたサラにセクハラ行為をしたとだけだ。それでストレスを溜めたサラが体調を崩したとも。俺も昨夜出来るだけフォローしたつもりだが、プロに相談した方が良いと判断した』
『フォローって何?』
『もう忘れたのか。昨夜寝る前にあのクソガキがした事なんか吹っ飛ぶくらいのキスをしただろう。何なら登校前にもう1度やっておくぞ』
 ぶはっとリンダは2杯目のコーヒーを勢いよく噴き出した。軌道上に居たサムとメアリは器用にそれを避ける。
「リンダ様、はしたないですよ」
 真っ赤な顔をしてむせかえりながら乱暴に袖で口を拭うリンダに、メアリは立ち上がってテーブル越しにナプキンを差し出した。2人の表情の変化から内緒話に気付いたサムがツッコミを入れる。
「これこれ。シリウス君、シリウス君。君まで言葉でリンダにセクハラしちゃ駄目だよぉ。僕のリンダはまだまだ子供なんだからね」
「黙れ。ロリコン」
 わざとくだけた口調でα・シリウスをからかうサムの頭をケインが軽く叩いた。
『あれって……キスだったの?』
 リンダの天然発言に、α・シリウスが鈍い音を立ててテーブルに頭をぶつける。
 やはりリンダにとって昨夜のα・シリウスの行動は、「犬のコミュニケーション」以上の物では無かったのだ。でなければあの時点で瞬殺されている。
『サラは俺を何だと思っているんだ。立木か犬か? アトルみたいに俺を「シスコンで心配性のお兄ちゃん」と呼んだら俺は泣くぞ』
 メアリの視線を忘れてテーブルに肘を付いて顎を乗せ、横目で睨んでくるα・シリウスにリンダは小さく頭を振った。
『……シリが普通に男の人だとは分かってはいるの。でも、不思議ともっと身近な存在に思えるのよ。昨夜はサムに似ていると言ったけど、それとも違うわ。……ごめんなさい。上手く表現出来ないわ』
『それは……』

 気配を察したマイケルがリンダとα・シリウスの間に割って入る。
「お嬢様、そろそろ準備をしなくては学校に遅れます。服も着替えられるでしょう」
「え? あーっ。ありがとう。マイケル」
 素早く2度瞬きをし、視界に現在時刻を表示させたリンダは慌てて席を立った。ケインやサム、メアリに「行ってきます」と軽く頬にキスをしてリビングを飛び出していく。
 1人残されたα・シリウスはケイン達の鋭い視線を受けて内心縮み上がったが、マイケルに「シルベルド、君を準備をしたまえ」と指示され、「了解」と立ち上がって部屋に居た全員に向けて敬礼をして部屋を出て行った。
 単独行動は認められていないものの、実戦の感覚を忘れない為にと、α・シリウスもリンダの護衛を任されている。CSS専用の特殊ゴーグルと装備で身を包んで、他の社員達と行動を共にすればそうそう区別は付かない。
 長身のα・シリウス並の体格を持つ男性社員数人が、かく乱の意味も含めてリンダの護衛メンバーに入っている。マイケルの助け船に感謝をしながらα・シリウスは自室で装備を全て身に着けた。
 バタバタと隣室からリンダが走り出て行く気配を追って、α・シリウスも部屋を出た。気配に鋭いリンダの裏をかいて尾行をするのは至難の業だが、これも任務だと思えば何とでも出来る。
 裏玄関に待機していたCSS社員達と共に、α・シリウスは襲撃を受けて以来、始めて自分の足で外の世界に出て行った。


「さて。子供達のお守りはプロに委せて僕らは別の仕事を始めようか」
 サムが昨夜分析した画像を数枚モニターに表示させる。
「子供? リンダ様はともかく、シルベルドは一応成人していますよ」
 メアリも数枚の画像をモニターに表示させた。
「そういうメアリもしっかり「一応」を付けているだろう。どちらもまだまだ子供だ。マザー?」
 ケインが合図するとマザーがモニターに現れる。
『昨夜、皆様が出された分析結果を纏めました。リンダ様もシルベルドも相変わらず人間離れした動体視力の持ち主ですね。皆様にデータを提出出来る状態にするのに、最低でも10分の1倍速にした上で画像処理をしなければなりませんでしたから』
 マザーは一礼すると更に数枚の画像を表示させた。
『こちらはリンダ様とシルベルドが目に留めた人達です。立ち位置は違いますが、サム様が指摘された人とほぼ一致します。メアリ様が提出された人物はわたくしが調べた限りでは現在アンノウン。つまり国籍、所属等が一切不明の人物達です』
「うむ」
 コンウェルの全情報網をもってしても未知の人物が居た事では無く、信頼している市長宅のパーティーに得体の知れない人物が紛れ混んでいる事実にケインは脅威を覚えてメアリを見つめた。
「どうして気付いた?」
 ケインに問われてメアリはゆっくりと頷く。
「わたしがチェックしたのは、全て公人のエスコート(護衛)にしては明かに動きがおかしい人達でした。上流のパーティー会場に出入りを許されるエスコートは、極力周囲の空気に溶け込もうとします。ゲストを不快にさせてはなりませんから。彼らは職業柄気配を消すα・シリウスに似ている様で全く違います。そうですね。あえて言うならあの独特の雰囲気は「軍人」でしょう」
 淡々と告げられる内容にケインとマイケルはやはりと息を飲み、サムはもっともだと頷いた。
「軍人ならアンノウンでも納得がいくね。作戦行動中の特殊部隊がそれだ。もっとも……」
 サムの言葉をケインが引き継ぐ。
「何処の所属部隊かも、「元」が付くつくかまでは判らない。またしても壁に突き当たったか」
 不快気に拳で自分の額を叩くケインに、マイケルが新しいコーヒーを出す。
「いたしかた有りません。軍と裏取引などコンウェルの名に傷が付くだけですから」
『それは太陽系警察機構も同じ立場です。現在、わたくしは命令でコンウェル家に留まっていますが、USA支部に居ても反対表明をしたでしょう』
 マザーからも否定され、サムがやれやれと肩を竦める。
「本当にリンダが居なくて良かったねぇ。こう言うのが目に浮かぶよ「体面? 体裁? それが何よ。信頼出来る相手は必ずどこかに居るはずよ。体面と大勢の命、どっちが大切なのよ」ってね」
 立ち上がり両手を腰に当て、動作や表情までリンダそっくりに真似るサムを「さむいから止めて」とメアリが服を引っ張って座らせる。いくら夫婦でも、38歳の男に17歳の少女の言動を必要も無いのにされたら、気色悪くて見ていられない。
「リンダのは子供の理論だ。誰でも自分の立場や身内の命を大事にする。大切なものを危険に晒すと解っていて、そうそう手を貸してくれる者など居ないだろう」
 ケインに断言されて、マザーのヒューマノイドシステムは本来の役割を越えて言葉を発した。
『そう言い切れるでしょうか。此処にΩ・クレメントが居たらこう言われたでしょう。「時として子供の正義感からくる大胆な行動力は、熟成した大人のそれを遙かに上回る。何故なら私も含めて大人達は、経験上諦めるという安易な逃げ道を知っているからだ。子供の純粋で強い思いは、大人が考える不可能を可能にする。歳は取りたくないものだな」と。わたくしはΩ・クレメントと共に、レディ・サラが起こした奇跡を何度もこの目で見てきました。犯罪者や敵対勢力をも味方にしてしまうレディ・サラの天賦の才能は、彼女の純粋さから来ているのでは無いですか?』
 弾かれた様にケイン達が顔を上げる。しばらくお互いの顔を見合っていたが、誰ともなく笑い出した。
 リンダがα・シリウスを連れ帰ってから、ずっと気を張りつめた日々が続いていた為か、自分達の愛する娘が「奇跡のリンダ」と呼ばれる真の所以を、すっかり忘れてしまっていた。
 リンダに捕らえられた犯罪者達から何度も聞いた言葉だ。

「あんな良い子を連れ去ろ(殺そ)うとしたなんて。何て馬鹿な事をしたんだろう。自分の命を省みずに、あの子は真っ直ぐに俺を見てこう言ったんだ。「自分をもっと大切にしなきゃ駄目。あなたにも大切に想う人が1人や2人は居るでしょう。その人が悲しむと思わないの? 中途半端な犯罪者なんか止めちゃいなさいよ」って。まだ10歳足らずの女の子に言われて、俺は自分が恥ずかしくなった」

 リンダも誰かれ無しに犯罪者を説得したりはしない。話して分かる相手だと思ったら「天罰」だと動けなくなる程度に殴って、この決め台詞を言うのだ。救いようが無い相手だと判断したら、リンダは容赦無く竜のパワーで相手を完膚なきまでに叩きのめしてきた。
「「J」の件も有るしねぇ」
 サムが視線を向けるとケインも面白く無さそうに頷いた。
「ダグラスとかいうお人好しも居たな」
 誰もが獅子達の名は一切口に出さなかった。木星支部のクイーン・ビクトリアに保護されているDNA融合体達は、犯罪に手を染めながら救いを求め続け、それに気付いたリンダと信頼関係を結んで命を救われた。
「僕の予想では」
 サムがにっこり笑って全員を見渡した。
「リンダが近い内に「色々な意味で」凄い味方を連れてくると思うけどね」
 あまりにも自信たっぷりの態度に思わずケインが立ち上がる。
「その根拠は何だ?」
「やだなぁ。ケイン、企業秘密だよ」
 ブツリとこめかみから嫌な音をさせながらケインが怒鳴る。
「サム、お前なぁ。誰から給料を貰ってると思っている!?」
「あー。そういえばケインからだったねぇ。うっかり忘れていたよ」
 サムはわははと笑いだし、メアリとマイケルは同時に頭を抱え、マザーは溜息をついた。
 リンダの脳天気は、他ならぬサムの影響だと思い出してしまったからだった。


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