Rowdy Lady シリーズ 3 『天使の歌声は聞こえない』

11.

「リンダは本当に、1度気を許した相手には、とことん甘いのね」
 ジェニファーが肩を落としながら溜息混じりに言う。
「生ぬるいわ。恥をかかされたんだから、その場で思いっきり引っ叩いてやれば良かったのに」
 自分がその場に居合わせたら絶対に参戦していたとキャサリン。
「つまり、リンダは付け込む隙だらけって事よ」
 紅茶を1口飲み、アンがちらりとリンダに視線を送る。
 1限目前にジェイムズが教室で披露した派手なパフォーマンスは、すでに学院中の噂になっている。
 リンダは顔から火が出る思いで、食事中から続いている親友達からの厳しい質問攻撃と、馬鹿連呼攻撃を耐え、ブラックコーヒーを飲んで誤魔化していた。
「「僕の姫君」……なんてくさい言葉がどこから出てくるのよ」
 キャサリンが背中がむず痒くなると嫌そうに顔をしかめると、ロマンス好きのアンも容赦なく切って捨てる。
「恥を恥と思わない「舌は何枚有るのよ?」な口からでしょう。言葉だけなら魅力的なのが余計しゃくに障るわね」
「舌は1枚のはずよ。脳内神経回路がどうであれ、彼も「一応」は地球人だし」
 日頃は気の優しいジェニファーも痛烈にジェイムズを批判する。ようするにリンダの親友達全員が、今朝のジェイムズの強引さに本気で怒っているのだ。
 頭と顔は良いが軽くて浮気性でも有名なジェイムズが、学院内でどう評価をされようとアン達にはどうでも良い。しかし、それに大切なリンダが巻き込まれるとなったら話は別だ。
 金曜日の昼休みに自分達の前から逃げたしたリンダを、少しでも気が紛れればとジェイムズに追わせた。クリスマス・ブルーで落ち込んでいるリンダに2、3 発はジェイムズが叩かれていると思っていたのだが、リンダは「本当」に急用で頭が一杯だったらしく、ジェイムズが側に来ても何とも思わなかったらしい。そ れどころか、1人きりになりたいのを邪魔された事すら綺麗に忘れていた。
 リンダ達が去った後、3人は時間が許す限りニーナと話し続けた。
 ニーナ曰く、ジェイムズが自分の意志で行動している以上、どういう評価を受けてもそれは自己責任。マイペースなジェイムズに気に入られたリンダには同情するが、強引なジェイムズを拒否しきれないリンダが周囲からどう思われようと、それも自己責任だと。
 はっきりそう告げたニーナに動揺や迷いは無く、口元には笑みが浮かんでいた。
 ニーナは学院内で噂されている「婚約者の浮気に目をつぶれる我慢強い人」では無く、「無言で相手の動向を冷静に観察する人」だった。これではニーナの援護は受けられそうも無い。
 情に脆いリンダは友人の一線を越えようとしない限り、長年クラスメイトのジェイムズを拒否出来ない。
 喜ぶべきか悲しむべきか、キャサリン達にはリンダの心理が手に取る様に解ってしまうのだ。
「だって、ジェイムズは大切な友達なのよ」
 はっきりと言葉には出さないが、リンダは困り切った顔でそう言い続けている。
 「身持ちの堅いリンダがジェイムズに墜とされるのも時間の問題」と噂されているのをリンダ自身だけが知らない。
「今は本当にそれどころじゃないのよ。仕事が忙しくて頭の許容範囲ギリギリなの。たしかに鳥肌もののジェイムズの恥ずかしい口は、わたしも何とかして欲しいと思うわよ。噂って何なの?」
 少しばかり強く聞いてみれば、真顔でリンダはこう返してきた。これでは駄目だとキャサリン達は思う。そこで「リンダは1度気を……」という言葉が口々に出ていた。
 今朝のジェイムズとの会話を思い出すだけで、リンダはどこかに逃げ出したい気分になる。これまでは何を言われてもジェイムズの軽い口調に、全て冗談だとばかり思っていた。まさか「本気だ」と言われるとは思いも寄らなかったのだ。
 はっきり「友達としか思えない」と返事をしたつもりだが、ジェイムズが最後に言った言葉はそういう意味も含まれているのだとしたら。と、想像するだけでリンダの頭はパニック状態だ。
「ジェイムズは冗談が過ぎるだけで悪い人じゃ無いわ。でも、これからはもう少し気をつけるわ。皆に心配掛けたくないから」
 ボソリボソリと、今の自分の気持ちに1番近い言葉を探しながら話すリンダに「それは何か違うでしょう」と、即ツッコミをしたいのをアン達は我慢した。
 子供の頃から常に成人男性陣に囲まれて仕事をこなし、恋愛慣れしていないリンダがジェイムズの態度を友情としか思えなかったのは簡単に想像出来る。だか らこそリンダには自分達が付いていなければと思っていたのだが、リンダのクリスマス・ブルーがキャサリン達の判断を鈍らせた。
 あの時ジェイムズを行かせるのでは無かったと、アンは心底後悔したが後の祭りだ。まんまとジェイムズにリンダに近付く口実を与えてしまった。
 リンダがもっとはっきりした態度をとれたら良いのにとも思うが、それはきっと無理だろうとジェニファーは確信している。
 3人の中で1番長くリンダと付き合っているのがジェニファーだ。本気の好意には好意で、信頼には信頼で返す正直なリンダが、自己保身の為にジェイムズを悪く言えるはずが無い。現に今もジェイムズを庇っている。

「そういえば」
 業を煮やしたキャサリンが不意に話題を変えた。
「リンダ、あの背が高くてハンサムなシルベルドさんは元気?」
 突然思考の大部分を占めるα・シリウスの偽名を出され、一気に赤面したリンダの顔を見たキャサリン、アン、ジェニファーは同時にテーブルの下でガッツポーズを取った。
 保険は掛けておくものだとキャサリンは安堵の息を付く。
 以前相談した時にシルベルドことα・シリウスは、「あのリンダに男が?」と動揺しながらも「弟子が困っているなら何とかする」と約束してくれたのだ。
「し、師匠は……とても元気よ。それがどうかしたの?」
 しどろもどろになるリンダを見て、キャサリンは「可愛い」とリンダを抱きしめながら、話題をもっと逸らせとアン達に目配せを送る。
「リンダ、新しい先生との訓練は楽しい?」
「え、ええ。もちろん。師匠はまだ経験は浅いけど、とても優秀だもの」
 アンに笑顔で問われて、リンダは強張った笑顔で返す。「馬鹿だけど」という言葉は飲み込んだ。詮索好きの親友達がどんな誤解をするか判らない。
「紳士でおまけに気さくだし、とても格好良くて素敵な人ね」
 ジェニファーから想像外の事を言われ「はあ?」とリンダが声を上げる。
シリが気さく? 紳士? 恰好良い? 素敵? たしかに背は高いし、顔の造作やスタイルも良いけど、笑顔を張り付けたゴーグルを外せば、鋭く突き刺す様な 蒼い瞳に眉間には縦皺。仕事に直結しない話題で口から出るのは、相手お構いなしの罵詈雑言だわ。あのシリを相手にどこからこういう異常に高い評価が?
 と思い、リンダは「アンブレラI号」で初めて会った時のα・シリウスを思い出した。VIP専用のラウンジでノーマン・エネミと名乗り、一見紳士を装い続けていた。リンダが一目でα・シリウスの正体に気付いたのは、高機能コンタクトレンズに寄るところが大きい。
 仕事でどうしても必要となればα・シリウスは名優にもなれる。アン達が思っている通りにCSS社員、シルベルド・リジョーニを演じきったのだろう。
「師匠は訓練中は厳しいけれど……信頼出来るし、それに……とても優しい人よ」
 又も「馬鹿だけど」という言葉をリンダは飲み込んだ。ここ数ヶ月間、毎日顔を合わしているリンダでも、α・シリウスの性格を一言で言い表すのは難しい。
 あの私室を見たらズボラとしか思えないが、仕事に取り組む姿勢は常に生真面目で真剣だ。厳しさの中に見え隠れるする何気ない優しさや、蒼い瞳に映る激し い感情。5歳で家族を失い、職に就いてから5年間も1人きりで仕事をし続けたからか、時折見せる「寂しい」と、「自分を独りにするな」という強い表情がリ ンダの心を乱す。
 リンダが首を傾げて何度も引っかかりながら言葉を紡ぐと、キャサリンがにっこりと笑った。
「つまり、シルベルドさんとはとても上手くやってるのね」
「馬が合うのはたしかだわ。師匠も実戦タイプだから」
「ふーん。合うのはコーヒーの趣味だけじゃ無いのね」とアンがにやりと笑う。
「そう。それはとても良かったわね」とジェニファーも優しく微笑んだ。
「突然何なのよ?」
 意味が判らないという顔をするリンダに、親友達は笑って「「「それで良いのよ」」」と同時に言った。

「あら、ジェイムズのライバルの話かしら? 皆でリンダを誘導するのは感心しないわね。フェアじゃ無いわ」
 背後から耳慣れない声がしてリンダが振り返ると、ニーナが笑顔で立っており、アンとキャサリンとジェニファーは同時に硬直した。
「ニ……ニーナ。こんにちは」
 今朝の事があるだけに、リンダもまともにニーナの顔が見られない。
「リンダ、良かったら今日のお茶はわたしと一緒にいかが? あなたともっとお近づきになりたいの。以前からジェイムズをつついていたけど、邪険にされてしまうのよ。今日は忙しくてわたし達の邪魔はしないわ。たまには女同士も良いと思わない?」
 悪意の無い笑みを向けられて、リンダも「ええ」と頷いて応えた。ジェイムズに関する誤解を解く良い機会だと思ったからだ。
 ジェイムズとニーナの両親が経営するロイド&マンチェスター商会は、コンウェル財団と並ぶ太陽系内でも優良企業で、太陽系開発機構の重役も担う。プライベートでも誤解は無い方が良い。
「では3時にカフェでね。楽しみにしているわ」
 軽く手を振ってニーナがレストランを後にする。何時も側に居るジェイムズが居ないところを見ると、余程忙しいのだろうとアン達は思った。
 一方、リンダは2回目の要請を断った事で、太陽系防衛機構の「J」がどう動くつもりなのかと思案を巡らせた。ジェイムズが持つ膨大な内部情報は欲しい。しかし、それは同時にこちらの手の内も全てジェイムズに見せるという事だ。とても独断でジェイムズと交渉は出来ない。
 ジェイムズの性格からして太陽系警察機構に不利な方向に動くとは考えられない。むしろリンダには独自に動くと宣言したジェイムズの身が心配で仕方がない。
 ジェイムズの運動神経はお世辞にも戦闘向きとは言えない。内部には極秘扱いのジェイムズの正体を知る者が居るのだ。その内の誰かが今回の事件に荷担して いたら? リンダは小さくなっていくニーナの後ろ姿を見ながら、「あなたはどこまで知っているの?」と、声にならない独り言を呟いた。


「ねえ、リンダ。わたし達が一緒にお茶を飲んでいるのを見て、周囲はどう思っているのかしら。それを考えるとわくわくしない?」
「はあ?」
 何とか機嫌を直して貰おうと覚悟していたリンダは、楽しくて仕方がないという顔のニーナについて行けず、思わず間抜けな声を上げる。
 ニーナは軽くウインクをしてティーカップを手に取った。
「今朝のジェイムズはやり過ぎだったわ。あれ程焦ってはいけないと念を押していたのに」
 表情も口調も穏やかなままで、極秘情報の一端を口にするニーナにリンダはやはりと顔を上げる。
「……ニーナは知っているの?」
 緊張して探る様な口調になったリンダに、ニーナは口元に手を当ててホホホと笑った。
「さてさてどの話かしらね。思い当たる節が多すぎるわ。ジェイムズがあなたを「僕の姫君」と虫ずが走る呼び方をする事? 未だに未練がましく子守歌やモー ニングコールを「あの歌」にしている事? 何かと口実を付けてあなたをデートに誘っては毎回玉砕している事かしら。それとも毎日……」
 的外れだが全て事実で鳥肌ものの暴露ネタ披露に、耐えきれなくなったリンダが頭を下げる。
「謝りますから許してください」
「何故、何も悪くないあなたが謝るの?」
 カップを置いたニーナが真っ直ぐにリンダの顔を見つめて問い掛ける。
「その……ニーナに不快な思いをさせているのはわたしにも原因が有るのではと思って。ジェイムズの好意に甘えすぎていた自覚は有るの」
 リンダが視線を落として、正直に告白するとニーナは何を馬鹿な事をと頭を振った。
「勘違いしないで。今回はジェイムズに落ち度が有ったと言ったでしょう。あのお馬鹿さんがあなたに迷惑を掛けてしまったから、一応婚約者のわたしが謝りたくてお茶に誘ったのよ」
「一応?」
 リンダが聞き返すと、ニーナは少しだけしまったという顔をして「やるわね。わずかな失言も聞き逃さないのね」と笑顔で言った。
「それはまた別の話よね。リンダ、あなたが知りたがっている情報を渡すわ。今朝のジェイムズの馬鹿はこれで帳消しにして欲しいの。……わたしは「全てを知っている」わ」
 リンダは息をのむと、まじまじとニーナの顔を見返した。
「止めなくて良いの?」
 暗に危険過ぎると注意を喚起するリンダに、ニーナは不敵な笑みで返す。
「それも仕事の内。避けては通れないわ。あなたなら分かっているでしょう」
 落ち着いた声で言われて、リンダは1度目を閉じると、ゆっくりと目を開けた。
「あなたが彼のブレインなのね」
「鋭いわ。でも、正解じゃないわ。サポートと言い直すわね。主はあくまでもジェイムズ。わたしは将来仕事の役に立ちそうだから集めるのを手伝っているだけよ。あなたに対してこれまでジェイムズの好きにさせていたのは、それも必要と考えたからよ」
 ズキズキと痛む頭を押さえてリンダは小さく溜息をついた。
「そこまで知っていて、取り返しの付かない馬鹿をやりそうだと予想出来るのなら、彼を止めてくれたら良いのに」
「あらあら泣き言?」
 リンダに恨みがましい顔をされて、ニーナは楽しそうに笑う。
「あの無駄に恰好付けのジェイムズが、どこまで馬鹿をやるのかを黙って見ているのが面白いの。こればかりは子供の頃から楽し過ぎて止められないわ。今日、 あなたを誘ったのも実はジェイムズには内緒なのよ。知って焦ったあの子が「リンダと何を話した?」と聞いてくるのが今から楽しみだわ」
「あ……悪趣味ー」
 呆れた様に言うリンダにニーナが何を今更という顔をする。
「伊達や酔狂でジェイムズの婚約者を10年以上もやっていないわ」
 絶句したリンダにニーナは手を差し伸べた。
「リンダ、笑顔で握手をしましょう。これで周囲にはわたし達が和解したと思われるはずよ。ジェイムズが何度も言っているでしょうけど、わたしもあなたと友好的関係を築きたいのよ。……色々な意味でね」
 それは友人として? それともロイド&マンチェスター商会がコンウェル財団に? 太陽系防衛機構が太陽系警察機構に? 疑問は多いがここでそれを聞くのはあまりにも場違いだ。リンダは素早く頭を切り換えて極上の笑顔を浮かべるとニーナの手を取った。
「これからも良いお友達でいてくれるかしら。ニーナ」
「もちろんよ。リンダ」
 今後の進展ではお互いの立場がどうなるのか判らない。しかし、友情は育んでいこうというリンダの気持ちをニーナも受け取った。
 カップを手にして席を立つと、ニーナはリンダに小声で囁いた。
「さて、今夜はどうジェイムズをからかってやろうかしら。リンダもたまにジェイムズで遊んでやると良いわ。とても楽しいわよ」
 超マイペースのジェイムズを相手にそんな事できるかーっ! と、怒鳴りたいのをリンダは堪えた。
 たしかに伊達や酔狂で長年ジェイムズの婚約者をやっていない。絶対に敵には回したくないタイプだと、リンダは内心冷や汗をかいた。


 筋肉痛と心労で敷物の上に突っ伏しているα・シリウスの背中を、指先でつつきながらリンダがうんざりとした声で問い掛ける。
「シリ、生きてる?」
「心臓は動いているし、脳も生きている」
 投げやりな言い方に余程疲れているのだろうと、リンダはα・シリウスに同情した。
 リンダは帰宅後にΩ・クレメントからの通信記録を見て、マイケルの特訓をα・シリウスと共に受けた。自分が学校に行っている間に何が有ったのかは判らな いが、夕食後の会議でケインのα・シリウスに対するスパルタ教育は、過去自分が経験した事が無いくらい厳しいものだった。
 ケインはよほど実力を認めた相手しか自ら鍛えようとしない。α・シリウスのわずかな判断の遅れや、言葉足らず、多角的視点の欠如に絞り込んで厳しく追及したのは、ケインがα・シリウスを高く評価しており、足りないスキルがそれだと判断したからだろう。
 リンダとパートナーになってからわずか3ヶ月。少人数編成ならともかく、単独捜査期間が長かったα・シリウスにとって、大勢の特性を全て把握して作戦立案するのは至難の業だ。
 しかし、主任担当捜査官として任命されている以上、出来ないでは済まされない。
 ごろりと仰向けになったα・シリウスは、リンダの顔をじっと見つめて「サラもかなり疲れた顔をしている」と言った。
 何も言わなくても自分を解ってくれるα・シリウスの存在は有り難いと思いつつ、今は避けたいとリンダは視線を落とした。
「否定はしないわ」
「学院で「J」に何を言われた? 正直に話せ」
 どうしてそこまで解るのよ? と聞きたいのを堪えて、リンダは吸い込まれそうなα・シリウスの蒼い瞳を見返した。
「シリに全てを話すのは難しいわ。理由は4つ。太陽系警察機構は太陽系防衛機構との連携を考えていないでしょう。2つ目は「J」の意見は太陽系防衛機構の 総意とはとても思えないの。3つ目はコンウェル財団というか、太陽系開発機構は現体制の太陽系防衛機構と和解が難しい事。最後にジェイムズの言った台詞 を、そのままわたしが繰り返し言うのは恥ずかし過ぎるからよ」
 α・シリウスは眉間に皺を寄せて上体を起こすと、素早くリンダの襟首を掴んだ。
「前3つは理解した。最後の理由を詳しく聞かせろ」
 あのクソガキは自分が居ないのを良い事に、まだリンダにちょっかいを掛け続けているのかと、自然とα・シリウスの機嫌も悪くなる。1度きっちりカタを付けてやりたいが、コンウェル邸から出る事もままならぬ身としては、檄ニブリンダの自衛に期待するしかない。
「嫌よ。恥ずかしいと言ったでしょ」
 α・シリウスの手から逃れようとリンダは背中に手を回すが、シャワーを浴びてゆったりとした部屋着が仇になって上手く手を外せない。
「あのガキがサラの回りをちょろちょろしているかと思うだけで腹が立つ。時間切れだろうが関係無しだ。サラが話すまで1晩中でも離さないぞ」
「筋肉痛と心労でボロボロなんでしょう。お願いだから手を離してよ」
「どれだけ疲れても最低限の労力で戦える様に訓練されている。犯罪者はこちらの都合なんか考えてくれない」
 きっぱりとした口調で言われてリンダも言葉に詰まる。がっくりと肩を落とすと「1つだなら話しても良いわ。鳥肌が立つけど」と妥協線を探る言い方をした。
「全部だ」
「わたしは譲歩したわ。シリも少しは譲歩してよ」
「出来ない」
 顔を真っ赤にして言い募るリンダの顔を見て、余程の事をされたのだろうとα・シリウスは判断した。そうなら尚更引けない。
 ぶくっと頬を膨らましたリンダは、話の本題には一切触れず、心底から嫌そうに簡潔に事の顛末を話した。
 ジェイムズの恥ずかしいパフォーマンスの為に1限目をサボる羽目になった事。それをネタにねちねちと親友達から説教をされた事。学院内で噂を立てられたら可哀相だと、ジェイムズの婚約者ニーナが気を使ってくれた事等だ。
 話を聞く内に益々眉間の皺が深くなったα・シリウスは、ジェイムズをこの手で殴ってやりたいという気持ちを抑えてリンダに告げた。
「それ程嫌ならあのにやけた面を思いっきり殴れ」
「だって、ジェイムズは大切な友達なのよ。とても出来ないわ」
「俺の事は平気で殴るだろう」
「シリはわたしのパートナーだもの。実力は解っているから遠慮なんかしないわ。遠慮したら逆にシリに失礼でしょう」
 恥をかかされたと言いながらジェイムズを庇い、自分に対しては遠慮無しかと、腹が立つ言い様だが真面目に答えるリンダの顔を見て、α・シリウスは1つの推論を導き出した。
「「J」の戦闘能力は俺と比べてどれくらいだ?」
「芝居で無ければ。という前提付で、スピードは半分、持久力はもっと低いわね。学院内でスポーツ全般得意だけど、抜きん出ている種目は無いわ。学院内に持ち込み禁止だから銃器類の腕は知らないの。あの身のこなしからして、多分彼は頭脳労働タイプだと思うの」
「そうなら「J」にはとてもサラのパートナーは務まらない。護身術程度の訓練しか受けていない一般学生レベルでは話にならない」
 α・シリウスがきっぱり言い切るとリンダも頷いた。
「現場で一緒に戦うという意味でなら同意よ。シリ以上にわたしと息が合う相手は居ないもの。情報収集と作戦立案ではジェイムズはプロだわ。シリには悪いけどジェイムズの方がレベルは上よ」
 俺は体力馬鹿だと言いたいのか? という抗議をα・シリウスは理性を総動員して胸中に納めた。リンダの言葉に嘘は無い。ジェイムズがどういう手段でリンダに近づこうとしているのか、大体判ってきたたからだ。
「将来……」
 α・シリウスは襟首から手を離してリンダの顎に手を掛けた。
「ジェイムズが太陽系警察機構に入ったら、サラはパートナーを変わりたいと思うか?」
 リンダは数回瞬きをして目を大きく見開くと「馬鹿?」と言った。
「太陽系防衛機構幹部のジェイムズが、太陽系警察機構に入るなんて100パーセント有り得ないわ。それに忘れていない? わたしはパートナーがシリだか ら、マザーの要請を受けてレディ級刑事になったと何度も言ってるでしょう。今後、チームメンバーが増える可能性は有るけど、シリ以外と組むなんて考えた事 も無いわ。さすがにシリが遠くの支部に移動になったら、学生でコンウェルの仕事もしているわたしは一緒に行けないけれど」
 力強い口調で自分だからと言われ、満足したα・シリウスはリンダの頭を撫でた。
「サラが浮気性じゃ無くて助かる」
「はあ? 何それ。全然意味が判らないわ」
「……」
 真顔でリンダに言い返されて、α・シリウスは心の中で小さな溜息をついた。
 サムからリンダに架せられた封印を聞き、これまでの経験からもリンダが恋愛感情に疎いという事は充分承知している。ここまでストレートに言っても通じな いもどかしさと、サムの技術に対する賞賛の気持ちと、どうすればリンダの封印が解けるのだろうかという不安がα・シリウスを迷わせる。
 リンダはじっとα・シリウスの顔を見つめ続けると、そっと右手の人差し指をα・シリウスの額に当ててボソリと呟いた。
「皺が定着するわよ。目が疲れるなら訓練中以外はコンタクトレンズを外すと良いわ。そろそろ時間切れ。続きはまた明日ね」
 リンダは扉に手を掛けて振り返るとα・シリウスに笑みを向けた。
「この部屋への襲撃は2度としないから安心して寝て。今のシリには充分な休息が必要だわ。おやすみなさい」
「おやすみ」
 鈍いなりに自分の苛立ちを察したのだろうと、α・シリウスもリンダを引き留めなかった。
 「続きは明日」とリンダは言った。自分から絶対に逃げないという簡潔な意思表示だ。焦りは禁物だとα・シリウスはベッドに横になった。


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