Rowdy Lady シリーズ 3 『天使の歌声は聞こえない』

4.

 リンダとα・シリウスが駅から出ると、すぐに30人程の武装集団に囲まれた。α・シリウスがポケットに手を入れようとするのを、リンダが身体で庇いながら制止する。
「シリ、大丈夫よ。仲間だわ。安心して」
 リーダーの男が緊張した顔でリンダに向かって敬礼した。
「お嬢様方、ご無事で何よりです。お待ちしておりました。我々が盾になります。このまま防衛地区まで行きましょう」
 リンダは微かに眉をひそませ、すぐに真顔に戻り「その案は却下よ」と言った。
「わたしと彼が組んで走るわ。あなた達は少し離れて全方位の警戒を続けながら一緒に進んで欲しいの」
「それでは我々が来た意味がありません。何が有っても守れと命令されています」
 それが自分達の役目だと強く自負する護衛をリンダが逆に叱咤する。
「駄目よ。クライアントをならともかく、社員の命を盾にするなんて何が経営者よ。わたしを心配してくれる気持ちはとても嬉しいわ。でも「奇跡のリンダ」を信じなさい。悪運だけは嫌になるくらい良いのよ。部隊はこれで全員なの? 状況を説明して」
 リンダから厳しい口調で言われ、リーダーが顔を引き締めて答える。
「市長に時間制限付で警戒地区までの侵入許可を取りました。ここからコンウェル邸までの最短コースと周辺にあと2部隊が展開しています。前後の駅に居た別部隊も撤収してこちらに向かっています。今のところ怪しい人物は見掛けていません」
 数枚のメモリーシートを渡されて、リンダが素早く目を通す。
「あなた達はわたし達と一緒に。撤収部隊はこちらに集めずに解散して。敵に気付かれたら恰好の的になるわ。数人ずつ尾行に警戒しながらCSS本社に戻っ て。敵を発見したら戦わずに即座に逃げる事。恥だなんて思わないで。敵はすでにこちらの動きを掴んでいるはずよ。わたし達が家に入ったら、全員が無事に撤 収する事。命を粗末にする事は許さないわ。これが最優先の命令よ。全員行動開始!」
 リンダが軽く手を振ると、集合していたメンバーが一斉に散った。
「シリ、後少しよ。走りましょう」
 リンダに促されてα・シリウスも走り出す。
 戦闘力、情報収集能力、分析能力、判断能力に適切な指揮能力まで、どれをとっても資格さえ有ればリンダは単独でレディ級を名乗れるとα・シリウスは思った。ウーマン(β)、リトル・レディ(γ)級刑事を率いて、チーム・リーダーとして充分やっていけるだろう。
俺はサラにとって何だ? これじゃただのお荷物じゃないか。
 自嘲気味に笑うα・シリウスの後頭部をリンダが軽く叩く。
『聞こえたわ。わたし1人で何が出来ると言うのよ。シリが側に居てくれなかったらとっくに死んでいたわ。適材適所でしょう。勝手に勘違いをして馬鹿な事を考えないで』
 自分が必要なのだと言われ、α・シリウスは嫌な考えを振り払うと、リンダより早く走り始めた。
 α・シリウスの後ろ姿を見つめながら、研修終了直後にα級になれただけあって、やはり基本能力は素晴らしく高いとリンダは微笑した。

 衛星防衛範囲圏内に入ると、陣営は形を変えて少しずつリンダ達の包囲網が減っていく。
『サラ?』
 α・シリウスが少しだけ振り返るとリンダが囁いた。
『いくら許可を得ていても、この地区で集団武装なんてしたら市長から家ごと追い出されるわ。それがこの街のルールよ。分散しているだけで全員がわたし達を守ってくれているわ。安心して』
 見慣れたコンウェル邸の門が見えて、α・シリウスも安堵の息を付く。
『へぇ。マイケル達もやる気充分じゃない。焦ったあげくに此処で戦闘行動を取らなかった敵も手強いけど、本気になったうちとどっちが強いかしらね』
 リンダがにやりと笑うと、α・シリウスは少しだけ首を傾げた。
『いつもと変わらないぞ』
『だからよ。襲撃を受けた事は伝えて有るわ。それでも一見普段どおりという事は、以下略よ』
 リンダ達がコンウェル邸の門をくぐると、周囲に居たCSSの部隊は一斉に引いていく。
 玄関の扉を開けて1歩中に入るとα・シリウスは目を見張った。
 普段の上品なスーツ姿から、より動きやすいフィット型のブレザー姿をしたマイケルと軽武装をした使用人達が勢揃いし、玄関ホールで一斉にリンダとα・シリウスに頭を下げた。
「お嬢様、お帰りなさいませ。夕食はお済みとの事、お疲れでしょうからお茶の用意をしてあります。シリウス様。ようこそコンウェル邸に。主、ケイン様に代わり歓迎いたします」
「あ、ああ。こんばんは。その、お世話になります。ご迷惑をお掛けしてすみません。……サラ?」
 困惑してしどろもどろになるα・シリウスの背中をリンダは笑って軽く叩いた。
「シリ、改めて紹介するわ。マイケルを始めとして此処に居る全員がコンウェル家直属のCSS精鋭部隊よ。家事のエキスパートで、Sランクの戦闘スキルも持っているの」
「家事ロボットを一切使わない理由は、こういう事情も有ったのか」
 小声で呟くα・シリウスにリンダが笑って答える。
「まあね。でも、それ以上にわたしの大切な家族達だわ。シリとパートナーになるまで、わたしの護身術の師匠はマイケルだったのよ」
 驚いたα・シリウスが振り返ると、マイケルが照れくさそうに頭を掻いた。
「お恥ずかしい話です。寄る年波には勝てないと申しましょうか、さすがにお嬢様のパワーにはついていけなくなりまして、シリウス様に後をお願いする事にな りました。ああ、申し訳ございません。これ以降は事件解決まで当家に滞在中はシルベルドとお呼びします。お客様扱いは出来ません。ご無礼をお許しくださ い」
 丁寧に頭を下げるマイケルに「いえ、こちらこそ」とα・シリウスも頭を軽く下げた。

「それはパパの命令?」
 問い掛けたリンダに2階通路から答える声が有った。
「そうだよ。リンダ。全てケインの指示だ。緊急通信は聞いた。すでにこの家も第1級戦闘態勢に入っている。リンダが送信してきた情報は下で分析中だよ」
「サム。あなたまで加わらなくて良いのに。どれだけ危険か解っているんでしょう?」
 リンダが慌てて振り返ると、サムは笑いながら階段を降りてきた。
「たしかに僕には戦闘能力は無いけど、こんな面白そうな事は初めてなんだ。リンダもケインもいつも全部外でカタを付けちゃってたからね。充分楽しませて貰うつもりだよ」
 にこにこ笑うサムに、リンダが呆れたと頭を振る。
「あ……悪趣味だわ。でも、協力してくれると思って良いのかしら?」
「もちろん。僕の能力が役に立てるなら幾らでも。それはさておき、2人共無事で良かった。CSSにリンダがSOSを出すなんて今まで無かったからね。僕もケインもマイケル達もとても心配していたんだよ」
「ごめんなさい」
 素直に謝るリンダの額にサムは「良い子だ」と優しくキスをした。
 ピクリと顔を強張らせるα・シリウスを見て、サムはにっこり笑って肩を叩く。
「やあ、シリウス君。元気な顔を見られて嬉しいよ。今回は災難だったね。僕はマイケル達とは立場が違う。君を君として扱うつもりだよ」
 真意の見えない笑顔を張り付けたまま、サムはα・シリウスの耳元に唇を寄せた。
「複数のしかも偽名を使い分けし続けるのは無意識下でストレスが溜まる。リンダも君に普段どおりに接するだろう。君の不調はリンダの不安に繋がる。厳しい 状況なら尚更だ。今回はコンウェルが全力を出せなければ到底勝負にもならない程の相手だ。カウンセラーとしてわずかな不安材料も見過ごす事は出来ない。君 がこの勝負の鍵になるんだからね」
 α・シリウスが「どういう意味でだ?」と問い掛ける前にサムはリンダ達を振り返った。
「さて、まずはお茶にしよう。マイケル、ケインからの新しい指示だよ。リンダ達が無事に帰ってきた事だし、再び緊急事態が発生するまで無粋な恰好は止めよう。ここは君達のホームだ。くつろぐ事も必要だよ」
 優しくサムに指摘されてマイケル達全員が笑った。
「いやあ。久しぶりの実戦なので、つい張り切り過ぎてしまいました」
 マイケルは振り返って隊員全員に声を掛ける。
「第2級警戒態勢にレベルを落とす。シフトは分かっているな。各自持ち場に戻りなさい」
 全員がリンダ達に1度頭を下げて、整然とホールから去っていくと、マイケルはいつもの笑顔に戻ってリンダに頭を下げた。
「お嬢様、シルベルド、お疲れでしょうからリビングへどうぞ。お話はそちらで伺います」
「パパは?」
 リンダの素朴な疑問にマイケルは苦笑して答えた。
「旦那様は「面白い物を見付けた」と言われて、今夜は本社に泊まられるそうです。お嬢様に伝言がございます。「この馬鹿娘。街中で暴れるな。少しは大人しくしておけ」……だそうです。私もお嬢様がアレをああいう方法で使われるとは想像外でした」
「だって他に方法が無かったのよ」
 マイケルから優しく叱られてリンダはぺろりと舌を出した。

 スーツ姿に戻ったマイケルから紅茶と焼き菓子を出され、並んでソファーに腰掛けたリンダとα・シリウスは、カラカラになった喉を潤した。
 表面上は平気な振りをしているが、リンダもα・シリウスもかなり疲労していると見たサムが優しく提案をする。
「2人共今夜はもう休むかい? 明日は土曜日でリンダは学校は休みだろう。ケインも仕事のキリがつけば帰ってくるだろうし、話はそれからでも遅くない」
「いいえ。CSSから全員無事帰還の連絡がまだ無いから駄目よ」
 それでしたらとマイケルがお茶のお代わりを注ぎながら声を掛ける。
「ほんの1分程前に全部隊が帰還したと私に連絡が入っております。お嬢様、報告が遅れて申し訳ございません」
「ありがとう。そうなら良いのよ」
 頭を下げるマイケルにリンダが安堵の息を付いた。
「サム、マイケル、まだわたし達は休む訳にいかないの。水分とブドウ糖を摂取したらすぐに下に行くわ。早く手を打たなければ間に合わない」
 焦りを隠せないリンダを厳しい目でα・シリウスが見つめる。
「サラ、確証が持てたら全てを話すという約束だった。今夜にでも出来るか? 俺が此処に逃げ込んだから、明日にでも他のターゲット達が狙われる可能性が高い」
 ティーカップをテーブルに置いて頷くとリンダが立ち上がる。
「そのつもりで準備して貰ったの。サム、お願いよ。下のマスターキーをわたしに預けて。今夜だけはサムでも同席して貰えないわ」
「頼まれていた分析は終わっているよ。リンダ、シリウス君の同席は良いのかい?」
「ええ。シリには知る権利と義務が有るわ」
 真っ直ぐな視線を向けられて、サムは右薬指から細い指輪を引き抜くとリンダに手渡した。
「リンダの意志を尊重しよう。シリウス君、1晩中2人きりになっても、大人の世界を作っちゃ駄目だよ。リンダはまだまだ子供だからね」
 にっこりと笑ってとんでも無い事を言うサムに、リンダとα・シリウスが真っ赤になって「「誰と誰がだ!?」」と同時に怒鳴り声を上げ、黙って会話を聞いていたマイケルはこっそり吹き出した。


 リビングを出たリンダとα・シリウスはコンウェル家の中庭前の部屋に入った。
 リンダが指をかざすと壁が扉に姿を変え、扉中央をリンダの指先が滑らかに滑っていく。
「壁にパスワードを打ち込んでいるのか?」
「ええ。マスターキーの指輪は所有者DNAが無ければ発動しないけど、それだけじゃセキュリティが甘いでしょう。通常の目には見えないし触れもしないキー が有るの。1マスターキーに対して、1パスワード。サムやパパのパスワードをわたしは知らないわ。パパ達もわたしのを知らない。そういうルールよ」
 分かってはいてもコンウェル邸のセキュリティの高さにα・シリウスは舌を巻く。USA支部長官室でもここまで厳しくない。
 逆に考えればこの秘密の部屋に入る権利を持ち、信頼するサムの同席を拒む程の秘密を、自分は今から明かされるのだと唾を飲み込んだ。
「許可が出たわ。シリのDNAはわたしのスーツに登録されているから、わたしのパスワードでのみ入室が可能になったわ。入った瞬間に過電流で死ぬ事は無いわよ」
 振り返ったリンダに物騒な事を言われてα・シリウスが眉をひそめる。
「DNAの提示とマスター・キー所有者の同意が無ければどうなる?」
「下に向かうどのゲートでも、通ろうとしたらその場で黒こげよ。ゲートキーパーは入り口だけじゃ無いわ。通路を含めて部屋全体が侵入者を常に見張るの。た とえ防護スーツを身に着けて何処からか侵入して情報を盗もうとしても無駄よ。通路を破壊した瞬間に此処のデータは全てデリートされるわ。つまり……地下室 ごと爆発するの」
 当然でしょうと顔で笑われて、そこまでするのかとα・シリウスはコンウェル家の秘密主義に渋面になった。

 階段を降りて数回角を曲がると、リンダは1つの扉の前で立ち止まってα・シリウスを見上げる。
「シリ、何を知ってもわたしを嫌いにならないでいてくれる?」
 何の事だか判らないという顔をするα・シリウスを見て、リンダは数回頭を振った。
「嫌だわ。わたしは何を言っているのかしら。人の気持ちを誰にも強制なんか出来ないのに。……ごめんなさい。シリ、今のは忘れて」
 α・シリウスは辛そうに笑うリンダの頭をそっと抱えて、自分の胸に抱き寄せた。
「サラにはいつも驚かされている。これから何を見ても驚く事は有っても、俺は決してサラを嫌いにならないから安心しろ」
 桁外れで要塞並のパワーと秘密を抱えているのを承知の上でリンダとパートナーになった。今更自分の気持ちが揺るがない事をα・シリウスは分かっている。
 弱気な一面を自分に見せ、初めて素直に甘えられて、嬉しいと感じる事は有っても嫌悪など到底抱けない。
 すでに愛してしまっているからと言えない代わりに、α・シリウスはリンダの髪にキスをして、あれ? と思ったが瞬間的に思考が停止した。
 「ありがとう」とリンダが自分を抱き返してきたからだ。サムの何気ない言葉が何回も頭の中で木霊する。
このままじゃ殺される! 特に親馬鹿ケインにはどんな目に遭わされるか判らない。
 α・シリウスは理性を総動員して、リンダを自分から引き剥がすと扉の方を向かせた。
「今は時間が無い。頼むから早くしてくれ」
「ああ、そうだったわ。わたしも修行が足りないわね。ごめんなさい。すぐに始めるわ」
 気を取り直したリンダが扉を開けると、そこはUSA支部長官室を縮小した様な造りになっていた。

 リンダは大きな執務テーブル前の座席を選ばず半円のソファーに座り、低いテーブルの端末を操作させる。
「シリ。隣に座ってこれから出す画面を見ていて。わたしの手元は見ちゃ駄目よ」
 プレート状のキーを素早く打ち込んでいくリンダの真剣な横顔を見て、短く「了解」とα・シリウスは応えた。
 百数十もの画面が空中に表示され、女性の顔が映し出されるとほぼ同時に語り出す。
『リンダ・コンウェル嬢。わたくし達を私邸に呼び出すとはどういうつもりです? あなたに此処までの許可は与えていませんよ』
「申し訳有りません。グランド・マザー。裏口を使いました。緊急事態で他に方法が思い付きませんでした」
「グランド・マザー。これが? 各支部のマザー達じゃないか」
 α・シリウスが初めて見る光景に息を飲む。
 太陽系警察機構各戦略コンピュータ・マザーの上位にグランド・マザーが有る事は知っていたが、それが各支部マザーの統合体だとまでは知らされていなかった。
『今夜、α・シリウスが襲撃された事はUSAマザーから報告されています。そこから1番近いはずの彼女が居ません。これはどういう事です?』
「戦略コンピュータ・マザーIV型、ID:HP268901。通称USAマザーは、現在この回線から切り離しています。現在の彼女は危険です」
 リンダの発言にマザー達から一斉に抗議の声が上がる。
『リンダ・コンウェル嬢、あなたが知る全てを報告なさい。事と次第によっては、あなたからUASマザー・マスターキーの資格を取り上げねばなりません』
「サラがマスターキー!?」
 α・シリウス驚いて大声を上げると、全てのマザーの視線が向けられる。
『しかもわたくし達と直接話す権利を持たないα級を同席させるとは。リンダ・コンウェル嬢、あなたには本当に失望しました』
 グランド・マザーから冷たい声音で言い切られ、冷静さを失わないリンダに対し、α・シリウスの方が緊張で手の平に汗をかいた。
「契約を違えた事と礼を欠いた事はお詫びします。報告をする上でα・シリウスの記憶が必要だと判断しました。後でどの様な罰でも受けます。話を聞いていただけませんか?」
 グランド・マザーは数秒沈黙し、『リアルタイムであなたと話が出来るのは、ムーンマザーまでです。それより遠いわたくし達はタイムラグが大きすぎて会話に加われません。それでも良ければ聞きましょう』と応えた。
「ありがとうございます」
 リンダは腕から数枚のBLMS(バイオロックメモリーシート)を剥がすと端末に張り付けた。

 別画面に6人の男の顔が表示される。全員がライフル銃を持ち狙いを定めていた。
「この6日間にα・シリウスを暗殺しようと狙っていた犯人達の映像です。全員が覆面とゴーグルをしていました。こちらで画像処理をして素顔を出しています。シリ、この顔に見覚えは無い?」
 いきなり話を振られ、α・シリウスは画面を凝視するが、渋面になって頭を振った。
「誰も1度も見た事が無い顔だ。サラにはここまで見えていたのか」
「わたしのコンタクトレンズだから成せる技よ。グランド・マザー、あなたの記録には?」
 リンダに問われてマザー達は一斉に頭を振った。
『全員犯罪者記録には有りません。これから各支部のわたくし達が全員のデータを収集に入ります。犯人捜索の手掛かりになるでしょう』
「ありがとうございます。次にこれに注目してください」
 リンダが6枚目の写真をスローモーションの動画に変える。銃を構えていた男に赤く丸い物が近付き、ライフルのレンズを破壊して、男の顔面にも赤い球が炸裂して視野を塞いだ。
「これ以外で銃の全体像が見える画像は有りません。ライフルの型式を識別出来ますか? コンウェルのデータベースでは、民間が持てる銃にこのタイプは有りません。何処のどの組織がこれを使っているのか調べていただきたいのです」
 リンダの意図を知って、グランド・マザーが鷹揚に頷く。
『これと似たタイプに覚えが有ります。民間レベルで調べられる限界を超えています。わたくし達が責任を持ってこれを調べましょう。大切な子供達に銃を向けた相手をわたくし達は許しません。感謝します。リンダ・コンウェル嬢』
「宜しくお願いします」
 ほっと息を付いてリンダは漸く口元に笑みを浮かべた。

「話の腰を折って悪い。サラ、あの赤いのは何だ?」
 α・シリウスの素朴な疑問にリンダは舌打ちしつつボソリと答えた。
「トウガラシ弾」
「は?」
 意味が判らないという顔をするα・シリウスに、リンダがポケットから同じ物を出して手渡した。
「地球上で1番辛いトウガラシの辛み成分だけを精製して、300グラムの粒子を直径2センチまで圧縮したものよ。いくら睨み付けても去ろうとしなかったから、これをぶつけてやったの。そうそう洗ってもとれないから、きっと今頃はベッドの上でのたうち回ってるわよ」
 頬をピクリを引きつらせてα・シリウスが怒号を上げる。
「人を6Gで蹴り倒しておいてこれか!? 先に言え。50メートル先なら俺が撃っていた。何が「オールト雲の外まで飛んで行け」だ。この馬鹿力め。どういう鍛え方をすればあんな芸当が出来るんだ?」
「わたしは銃が使えないんだから手で直に投げるしか無いでしょ。シリが異変に気付いてポケットに手を入れていたら、その場で頭を撃たれていたわ。あれくら いならわたしのフィールドで防げるけど、あそこで銃撃戦になっていたら、周囲に被害が出ると言ったでしょう。わたしが感知出来る範囲で300メートル先か ら何人もずっとシリを狙っていたわ。確実に1発でしとめようと、50メートル以内に接近するまで待ちかまえていたのよ。それくらい解ってよ」
「そこまで解っていたなら尚更俺に……」
『ストップ!』
 自分達を前にしながら延々口喧嘩を続ける2人に、グランド・マザーから制止が入った。
『「ダブル馬鹿」とはよく言ったものですね。名付けたΩ・クレメントを誉めたいくらいです。この切迫した状況でよくもここまで馬鹿会話が続けられるもので す。リンダ・コンウェル嬢、あなたをα・シリウスのパートナーに選んだのは正解だった様ですが、Ω・クレメントの胃痛が悪化するはずです。α・シリウス、 わたくしかリンダ・コンウェル嬢に聞かれないかぎり黙っていなさい。あなたが会話に加わると脱線します。リンダ・コンウェル嬢、報告が終わっていません よ』
 「「了解」」とリンダとα・シリウスは同時に肩を竦めながら敬礼した。
「先程言ったとおり犯人はわたし達がレストランから出るのを待ち、ほぼ百メートル間隔で狙っていました。彼らはどうやってわたし達がニューヨークシティ駅 近くのレストランに居る事を知ったのでしょう。これまで28人もの犠牲者が出ているのです。厳重に警戒されていたはずです。不思議に思われませんでした か?」
 挑戦する様なリンダの視線を受けて、グランド・マザーが僅かに眉をひそめる。
『何が言いたいのです?』
 グランド・マザーから聞かれて、リンダは少しだけ視線を落としてゆっくり息を吐いた。
「シリ、1番目と2番目の犠牲者は何処の支部の誰なの?」
 思考を纏める前にまたも話を振られ、慌ててα・シリウスが記憶を辿る。
「1人目は長官がまだ若い頃に同じチームにいた元β級刑事で、殺された時は極東支部の情報処理部に所属していた。2人目は10年ほど前に、ある難しい事件で長官から直接レクチャーを受けて事件を解決し、α級に昇格した火星支部の刑事だった」
『α・シリウスの記憶はたしかです。わたくしにも同じ記録が有ります。リンダ・コンウェル嬢、何が言いたいのです?』
 リンダはグランド・マザーの問いには答えず、α・シリウスに視線を向けた。
「シリ、USAマザーを通して長官は常にあなたの動向に気を配っていたんじゃないの?」
「俺だけじゃない。通常任務中の太陽系警察機構の刑事はゴーグルを装着している間、定期的に位置情報や生体反応が所属部署のマザーに自動送信される。そし て、捜査をする上で常に必要な情報はリアルタイムで最寄りのマザー達から提供される。長官がUSA支部最高責任者になった時に、捜査がスムーズに行われる 様にと作ったシステムだ」
「そうでしょうね。その通信は何を使って行われるの?」
 リンダの質問内容にα・シリウスは眉間に皺を寄せながら答える。
「太陽系警察機構が持つ各支部の通信衛星を使ってだ。マザーからサラへの連絡もそれを使っているだろう」
「存在が極秘扱いのわたしはそのシステムに組み込まれていないもの。USAマザーがわたしの居場所を知っているのはシリと行動を共にしている間だけよ。通信も暗号化してあるけど通常回線だわ。わたしはコンウェルの情報網を使って、独自に行動しつづけているの」
 なかなか話の核心に触れようとしないリンダにグランド・マザーが業を煮やして問い直す。
『リンダ・コンウェル嬢、3度目です。何が言いたいのです?』
 リンダは視線を上げてはっきりした口調で言った。
「USA支部長官Ω・クレメントはとても情の深い方です。これまでご自分で教育してきた人達が無事でいるのか。現役、引退組を問わず、USAマザーを通し て情報を集めていたのではないですか? USAマザーの通信回線に外部からハッキングを仕掛けている複数の存在をわたしは確認しました」

『そんな!?』
「まさか!?」
 グランド・マザーとα・シリウスが同時に大声を上げる。
「可能性を否定されますか? 現にUSAマザーとのコンタクトを切ったシリを、敵はほんの2、3百メートル以内に居ながら完全にロストしました。わたし達が無事に帰り着けた理由の1つにこれが有ります」
 α・シリウスが無意識の内に、胸ポケットに入れた不可視ゴーグルに手を添える。
「各支部マザーにお願いが有ります。今すぐUSAマザーに知られ無い様に、この事件のターゲット候補に上げられた全員のコードを書き換えてください。そしてUSAマザーをこの事件担当から外してください。敵は……」
 リンダは一旦言葉を切って呼吸を整えるとゆっくりと言い切った。
「敵はUSA支部内部又はその友好的機関と、太陽系警察機構を内部から潰そうと考えている外部の両方に居ます」

 リンダの発言にグランドマザーもα・シリウスも同時に凍り付いた。


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