Rowdy Lady シリーズ 2 『木星より愛をこめて』

17.

 翌日の午後、チーム・ビクトリアを見送る為に乗ったフロリダ宙港行き専用シャトルの中でリンダは盛大な溜息をついた。
 昨夜、何とか泣き疲れて寝ぼけたリンダを叩き起こす事に成功し、ケインから殴られる災難を逃れたα・シリウスが珍しく眉間に縦皺を寄せるリンダに「どうした?」と問い掛ける。
「ちょっと凄いクラスメイトがね……」
 クラスメイトと聞いてα・シリウスは咄嗟に「ジェイムズに何をされた」と言いそうになったが、これ以上は何も言いたく無いという顔をしているリンダに、今は我慢しようとぐっと唇を噛みしめる。
 嫌がらせとしか思えないUSA支部への直メールで、リンダが切れてジェイムズを怒鳴りつけたのは昨日の事だ。
 つくづく考えが甘かったと、リンダは思い出すと恥ずかしさで耳まで真っ赤になりそうな顔をα・シリウスから逸らした。

 昼休みの自分の剣幕に圧されたのか、はたまたこれ以上怒らせて殴られるのは嫌だと思ったのか、その日のティータイムは反省の色を見せてジェイムズは大人しくしていた。
 まさかジェイムズがたった1日で完全復活した上にパワーアップして、早朝から校門前で両手に抱えきれない程の花束を持って自分を待ち伏せしていようとは思ってもみなかった。
「昨日は全部僕が悪かった」
「とても深く反省しているよ」
「まだ怒っているのかい?」
「君と仲直りしたいんだ」
「友情の証だよ」
「君のイメージで選んだんだ」
「少しでも僕を許してくれる気が有るのなら受け取ってくれないかい。リンダ!」
 目が合うと同時に一気にまくし立てられ、登校してきた大勢の生徒やシークレットサービス達の前で大声で名前まで呼ばれては、Uターンして逃げる事も出来なかった。
 食堂でリンダがジェイムズに怒ってテーブルを叩き割ったのは、その日の内に学院中に広まって、様々な噂が生徒達の間で飛び交っていた。
 それでなくても周囲から注目されているのに、こんな派手なパフォーマンスをされて自分が花を受け取らなければ、更にどんな噂が流れるか判らない。
 しかもわざわざ純白の百合を選ぶとは「嫌みか?」と言いたくなってくる。
 しぶしぶ引きつった笑顔で花を受け取ると、ジェイムズは「ありがとう」と満面の笑顔を見せた。

 普段は100パーセント自分の味方をしてくれるジェニファー達も、昼食時に全員笑い過ぎで腹を押さえていた。
「あれでもあなたの悪い噂を全部自分1人が被ろうっていう意思表示だわ」というのがアンの意見だ。
 いかなる理由が有っても学院内で暴力をふるうなど、停学処分にされてもおかしくない。
 それをジェイムズが昨日の昼休みが終わらない内に学院側に全て自分が悪かったのだと説明し、リンダが処分を免れたのだと、今日になって情報通のアンから知らされた。
 今朝の派手なパフォーマンスでジェイムズが正式に謝罪して、リンダがそれを受けた事になり、生徒間では「きっと遊び好きのジェイムズが、真面目なリンダを酷くからかって怒らせたのだろう」という話で落ち着いている。
「友情という言葉に1票」と言ったのはキャサリン。
 「あれで持っていたのが深紅の薔薇だったらわたしが殴っていたわ」という怖いおまけ付きだ。
「この季節にたった1晩でこれだけ見事な百合を何処から取り寄せたのかしら。気持ちにお金の話を持ち出すのは無粋の極みだけど凄い金額になるはずよ」
 素朴な疑問を投げかけたのがジェニファーだった。
 懸案だった今後の話し合い場所が暖かい学院の屋内カフェテラスになったのも、全てジェイムズのなせる技で、リンダは完全に怒りを削がれてしまった。
「伊達に交渉を仕事にしていないよ」
 とどめとばかりににっこり笑われ、リンダはテーブルに突っ伏した。
 ここまで堂々と振る舞われたら、もう笑って白旗を上げるしかない。
 変な横槍さえ入れなければ、リンダにとってジェイムズは命の恩人で有り良い友人で、どうしても嫌う事が出来ないジェイムズ相手に怒りを継続させるのは苦痛に近かったのだ。
 何も仕掛けが無い事を丹念に調べたものの、通路を挟んだ座席一杯に置かれている巨大な花束がビクトリア達への餞別では無いなど、隣に座っているα・シリウスにはとても言えない。
 リンダは上手く働かない自分の思考に苛立ちを覚えながら、どうしたら良いのかと途方に暮れていた。


 太陽系警察機構専用ゲート内ロビーで待機していたチーム・ビクトリアと合流し、リンダが全員に花束を渡そうとするとリリアがすぐに「駄目」と言った。
 リリアに袖を掴まれ、すがる様な目で見つめられた大は困った顔になる。
「サラ、自分に贈られた花を人に渡すのは俺も良くないと思う」
 そのとおりだとリンダが素直に深々と頭を下げた。
 どういう事だ? という顔でα・シリウスが横目でリンダを睨む。
「ホントはサラ宛てなんだ。すげーっ。サラ、モテモテじゃん」
 リンダの暗い表情から何か事情が有るなと察したアトルが茶化す様に言う。
「とても綺麗ね。白百合の花言葉は「純潔」。サラ、あなたの為に選ばれた花だわ。贈り主が誰かは知らないけど花には罪は無いわよ。サラらしく無いわね。何が有ったの?」
 ビクトリアがむせる程の香りを嗅ぎながら微笑して問い掛けた。

 こぼれ落ちそうな花を抱えたままリンダが俯いてぽつりと打ち明けた。
「贈り主は冗談好きの友人です。その友人と昨日喧嘩をしてしまい、仲直りにと貰ったのですが、何故か引っかかりを感じて素直に花を受け取る気になれませんでした。でも、友人の顔を見たら突き返す事も出来ませんでした」
 リンダは落ちかけた花を抱え直して、小さな溜息をつく。
「花が可哀相だし友人の気持ちを踏みにじる気がして、何処かに捨てる気にはなれません。友人にも皆さんにも大変申し訳無いと思ったのですが、形にならないもやもやした気持ちごと皆さんに引き取って頂けたら楽になるのではと、図々しい上にとても酷い事を考えていました。本当にすみません」
 深く反省の色を見せるリンダの顔を見ながらリリアがそっと花に触れて呟く。
「誤解。好意。期待。喜び……」
 リンダが意味がよく解らないという顔をすると、大がちらりとα・シリウスの顔を見て、苦笑しながらリリアのエンパシーをかみ砕いて説明した。
「これを贈った奴はこう考えているよ。
『全部誤解なんだ。純粋に好意でした事だったけど逆に君をとても怒らせてしまった。君に正直に全てを話す事が出来なくて僕もとても辛い。どうすれば君に許して貰えるだろうか? せめて君に似合う花を選んで贈ろう。優しい君の事だからきっと……ほんの少しだけ期待しても良いだろう。ああ、やっぱり君は受け取ってくれた。ありがとう。とても嬉しいよ』
……だそうだ。この思考を言葉にすると背中が痒くなるな。ついでにこの感覚は覚えが有る」
「俺もちょっと寒気がした。贈り主ってあの「J」だろ」とアトルも苦笑する。

 リンダはリリアのエンパシー能力の高さを再認識すると同時に、いつも自分には優しく笑顔だけを向けるジェイムズの真面目な本音を思わぬ形で知って赤面する。
「なるほど。事情は解ったわ。サラ」
 苦笑するビクトリアにリンダが慌てて頭を下げる。
「はい。本当にすみませんでした。これはわたしが持ち帰り家で飾ります」
 リンダが花を抱え直すと、不機嫌な顔をしたα・シリウスが背後から「そんな物遠慮せずに捨ててしまえ」と小さな声でボソリと言った。

 ロビーにビクトリア達の出立を促すアナウンスが流れる。
「漸く「貨物」が無事に積み込まれたわね」
 ソファーから立ち上がったビクトリアがリンダとα・シリウスの頬に軽く手を触れる。
「RSM、サラ、あなた達と一緒に仕事が出来てとても楽しかったわ。わたし達だけではもっと時間が掛かったでしょう。お互いに素晴らしいパートナーなのだからもっと自信を持ちなさい」
 「「こちらこそありがとうございました」」と2人が同時に敬礼する。
 大は笑顔でリンダと握手するとα・シリウスにそっと耳打ちした。
「いい加減に自分の本当の気持ちに気付け。アホ。お前の方が俺よりずっと恵まれてるんだからな」
 は? という顔をしているα・シリウスの頭をアトルが軽く叩く。
「サラを泣かしたら俺が許さねーぞ」
 そのままリンダに駆け寄り頬にキスをした。
「またな。サラ。何か困った事が有ったら連絡してくれよ。何時だってすぐに駆けつけるからな」
「アトルも元気でね」
 リンダはここ数日どれだけアトルの笑顔に助けられたかと心から感謝した。
 リリアがそっとα・シリウスとリンダの手に触れる。
『また会えるわ。時間は掛かるけど……彼とも』
 すぐに手を離して大の側に駆け寄ったリリアの後ろ姿を見て、リンダとα・シリウスは顔を見合わせるとお互いに「今のを聞いた?」という顔をした。

 ビクトリア達がチャーターしたシャトルが飛び立つのを見送って、リンダが漸く終わったとほっと息をついてソファーに置いていた花を抱える。
 一般リニアシャトルのゲートに向かおうとするとα・シリウスに襟首を引っ張られた。
「シリ?」
 α・シリウスが眉間に皺を寄せながら振り返ったリンダを引きずって歩く。
「USA支部に着いたら車で家まで送る」
「ここからなら家の近くを通る直通シャトルに乗った方が早いわ。2度手間になるから送ってくれなくても良いわ」
「それを持ったままで一般公共交通機関を使うつもりか?」
 花を指さされ、それもそうだとリンダも頷いた。
「そうね。人混みで痛んでしまうわ。でも本当に良いの? 事件が解決して久しぶりにこの後は休みが貰えたでしょ。休まなくても良いの?」
「かまわない」
 リンダが自分の足で歩き始めると、α・シリウスは襟首から肩に手を置き直した。
 これから自分がする事を考えたら今はリンダを警戒させない方が良いだろうと思ったからだ。


 中継ステーションアンブレラI号に係留された「光の矢」号に帰ったビクトリア達は、コンテナの獅子達を目覚めさせて船のスリープルームに案内した。
「ようこそわたしの船へ。これからしばらくの間また眠ってもらうわ。次に目を覚ました時は予定どおり木星軌道上よ」
 猫達が初めて乗る宇宙船に興味深げに周囲を見渡し、獅子はビクトリアを何かを言いたげに見つめた。
「獅子、リンダからの餞別は無しよ。わざと貰って来なかったの。あなたにはあれで充分でしょう。時間が無いわ。全員早くベッドに寝て」
 軽く笑ってウインクされ、獅子も自分の口元を押さえて赤面する。
 大がベッドに腰を下ろした獅子の手に小さなケースを握らせて囁いた。
「コンウェルに頼んでこっそり貰っておいた。リンダの歌が入っている。お前には残酷なだけかもしれないが、これが救いになる時が来るかもしれない」
 獅子は少しだけ目を大きく見開き、大を見上げて笑うと「感謝する」と言って横になった。

 全員のフードが降ろされ、チーム全員でカプセルの耐圧を念入りにチェックする。
「ん。何? リリア。今忙しいんだけど……どうかしたのか?」
 リリアに強く袖を引っ張られて大が跪く。
「えっ。それはちょっと……」
 作業を続けながらアトルがもどかしそうに言い放った。
「あー。もう、イライラするぞ。大、お前地球に居る時から言葉濁し過ぎ。メチャ気になるからはっきり言えよ」
 ビクトリアからも視線を受けて大は少しだけ困った顔になって告白した。
「リリアが「どうしたらあの超檄ニブリンダと不器用なRSMを両思いに出来るのか?」だって。獅子がリンダに一目惚れしたのに気付いていたし、他にもリンダのすぐ側に強力なライバルが居るからずっと心配していたんだと」
 ビクトリアとアトルが力が抜けて同時にその場にへたり込む。
 獅子がスリープモードになっていて良かったと思いながらアトルが先に立ち上がった。
「あー、そりゃ。難しいな」
「そうね。とても難しいと思うわ」とビクトリアも立ち上がる。
 2人に言い切られてリリアは不満げに頬を膨らます。
『何が難しいの? RSMはリンダの事がとても好きなのよ。協力してあげたいと思わないの? わたしにはとても怖くて解除出来なかったけど、リンダの意識誘導の枷が外れればあれだけ想われているんだもの。絶対にRSMの事を好きになるわ』
 リリアが地球上では無いのだから、もう遠慮は要らないと強いテレパシーで訴える。
 「だってなぁ」とアトルがビクトリアに視線を向ける。
「サラの意識にフィルターが掛けられているとはいえ、元々の性格も檄ニブっぽいだけに、RSMが自分の感情に全く気付いていないのは幸せな事だと思うわ。わたしは放置するわよ」
「俺も。いい歳こいて自分の事くらいてめーがやれって感じだよなぁ」
 アトルとビクトリアが我慢の限界だと大爆笑する。
 どうして? という視線を受けて大も笑ってリリアを抱き上げた。
「人はね。好きという気持ちだけじゃどうにもならない事の方が多いんだよ。そうだな。リリアがもう少し大きくなったらきっと解るよ」
 優しくリリアの頬にキスをすると大が向き直る。
「ビクトリア、カプセルは全て正常に稼働している。行こうか」
「そうね。早くわたし達の家に帰りましょう」
 ビクトリアを先頭に全員がコントロールルームに向かった。


 明るい日差しと頬を撫でる風を受けて獅子達は目覚め、花と草の薫りに鼻孔をくすぐられながら上体を起こす。身体が軽く感じるのは、徐々に上向きになっている体調のせいでは無く、重力が地球より小さいかららしい。
 青空の向う側にうっすらと大地が見え、地球では有り得ない風景が視界一杯に広がっていた。
「此処は何処だ?」
「ビクトリアの箱庭だ」
 独り言に低い声が応え、獅子が振り返ると背が高く白髪で隻眼の青年が立っていた。
「……お前は誰だ? 姿は人間のふりをしてるが本質が違う」
 あまりにも異質な雰囲気に生存本能が獅子を支配し、冷や汗が噴き出すと同時に爪が伸びる。
「心配しなくてもこの姿は地球人と話す時の便宜上のモノだ。この付近の恒星系に俺の同族は居ない。俺は此処の管理者であり、お前達と同じ様にビクトリアに保護されているモノだ」
 「宇宙人……なの?」と猫が警戒して後ずさる。
「そう呼びたければ呼べ。地球人には俺を理解出来ない」
 鹿乃子が怪我が治りきっていない烏を庇って抱きしめる。
「ビクトリアからの伝言だ。「此処に居る限り安全を保証する。この場所でどう生きるかはお前達の自由だ。最低でも食料と薬は定期的に供給する」だそうだ。欲しい物が有れば俺に言え。ビクトリアに伝える」

 味方だと暗に告げられ、全員から警戒姿勢が抜けていく。
「全員が住む家を望むわ」と猫。
「衣服も」と鹿乃子。
「学習用メモリーブックが欲しい。おいらはまだ勉強不足なんだ」と烏。
 挑む様な目で見つめられて青年は獅子を振り返った。
「お前は?」
「自由だ」と獅子。
 猫と鹿乃子が小さく息を飲んで獅子の顔を見つめる。
「全て伝えよう。お前が獅子だな。自由が欲しいなら自分に何が足りないか自分の頭で考えろ。此処を出て1人で生き抜くだけの力を自力で身につけろ。それが出来たらビクトリアは願いを叶える」
 獅子は腕を組んでしばらく考え込み、青年に向かってはっきり言った。
「分かった。母の遺品の研究資料とDNA融合体に関する全ての研究結果と資料が欲しい。俺は此処で母の遺志を継いで俺達が生き延びる研究を続けるつもりだ。必要な物資はその都度申請する。そして俺はいつか完全な自由を手に入れる」
 強い意志で金色の瞳を輝かせる獅子の真意をくみ取り、兄の願いを叶えたいと兄弟達全員が獅子に寄り添って同時に言う。
「「「獅子がそう決めたのなら自分達もそれを1番に望む」」」
 特に猫と鹿乃子の強い視線に、青年はゆっくりと頷いた。
「必ず伝えると約束する。好きな所に行け。この箱庭に居る限り俺がお前達を見失う事は無い。地図も用意してある。俺の名はルークだ。呼べばすぐに会いに行く」
 抑揚の無い声の主からメモリーシートと端末を投げられ、獅子はポケットの中の大から貰った小さなケースを握りしめて自分を奮い立たせる。
「行くぞ。先ずは此処がどんな場所なのか把握する」
「「「分かった」」」
 全員が立ち上がり、踵を返してルークから離れていった。


「ルーク」
 よく通る高い声が聞こえ青年が振り返る。
「リリア……何だ。大も一緒か」
 ルークが大と目が合って嫌そうに顔をしかめる。
「その顔にはもう慣れた。久しぶりに来た新しい仲間なんだからもう少し優しくしてやれば良いのに」と大。
「ルーク、悪い子」とリリア。
 大の肩からルークの腕に飛び込んだリリアが「駄目」と怒る。
「突き放した方が早く此処に慣れるし独立心も育つ。個性データは事前にビクトリアから貰ってある。あの地球人達はせっかちだ」
「お前の寿命と比べるなよ。彼らは普通の地球人よりはるかに寿命が短いんだ」
 大がどうしていつもそう投げやりなんだかと溜息をつく。
「あの獅子という個体はほとんど死にかけだな。でも1番活きが良い。大と似た臭いがした」
 「それは……」と言い掛けて大はリリアに「遊んでおいで」とルークから離した。
 リリアは「皆を案内する」と言って獅子達の後を追って駆け出した。

 リリアの姿が小さくなると、大は苦笑してルークに言った。
「それは獅子が俺と同じ様な立場だからだろう」
 呆れたという顔でルークは大を見つめ、数回頭を振った。
「奴も一生報われない相手に惚れているのか。ビクトリアが拾ってくるのはどうしようも無い馬鹿ばかりだな」
 ルークに断言され、大が開き直って「ほっとけ。お前もビクトリアに拾われた1人だ」と言い返した。
「いつも言っているだろ。地球人はどういう生き方をするかは他の誰でもなく自分が決めると。俺は俺の生きたい様に生きている。生きる時間が違っても俺はリリアの1番側に居られるだけで充分だ。これだけは相手がルークでも絶対に譲らない」
 ふっと溜息をついてルークが空を見上げる。
「やっぱり地球人は理解出来ない」
「リリアも地球人だそ」
 少しだけ機嫌が悪くなった大に念を押されて、ルークは「分かっている」とだけ答えた。
 大とルークの目には遠くで獅子達の手を引くリリアの姿が映っていた。


 USA支部駐車場を出たリンダはしばらくの間気付かなかったが、衛星から送られる座標を知って首を傾げる。
「ねえ、シリ。道の設定間違えてない? 微妙に家とは違う方向なんだけど」
「ああ。サラを送る前に寄りたい所が有る」
 淡々とした口調で言われリンダはα・シリウスらしくないと感じた。
「用が有るなら言ってくれたら良かったのに。やっぱり送って貰って悪かったわ」
『マイ・ハニー、サラ。声には出すな。マザーに気付かれたくない。というか、サラの方が誰にも知られたく無いはずだと判断した。俺の用はサラに有る』
『マイ・ハニー、シリ。それってどういう事?』
 自動操縦モードなのに全く自分を見ようとしないα・シリウスにリンダは視線だけで食って掛かる。
 リンダもかなり恥ずかしい思いをさせられたので、マザーが実務を優先した時の行動には警戒心を持っている。
『車の中では安心して話せない。マザーの手の届かない俺のアパートの1つに行って話す。座標の記録だろうが好きにしろ。俺もサラの承諾を取らずに強引な真似をしている。俺のプライベート情報をどう使うかは委せる』
『……その言い方はわたしを信頼しているからじゃ無いわね。まるで裏取引みだいたわ』
 リンダがピアスを通した声音で不快感を現すと、α・シリウスが少しだけリンダに視線を向けた。
『そう思われてもかまわない。着いたぞ』

 車を降りて専用ガレージから部屋直通の通路を通る。
「このアパートはセキュリティが高く、他の住人とも一切顔を会わせなくて済む。通過記録も住人が希望すれば一切残さない契約だ。その分家賃は高いが俺の様に素顔を晒せない職業には都合が良いから選んだ」
「まるで個人持ちの秘密基地みたいね」
 重苦しい空気を払拭しようとリンダがわざとからかう様に言う。
「たしかに仕事や他人から一切離れたいと思った時に此処に居るから「秘密基地」と言われても違和感は無いな」
「……冗談で言ったのよ」
 苦笑するリンダにα・シリウスは真顔で答えながらドアを開けた。
「俺が此処に住む様になって人を入れるのはサラが初めてだ。何も無いがコーヒーくらいは出す」
 通されたリンダは部屋を見渡して生活感の無さに驚いた。
 広さこそ有るがワンルームの部屋にベッドが1つ、サイドテーブルの上には綺麗に畳まれた洗濯物が数点置かれている。
 アイボリーの端末付テーブルとソファーが1つずつにクローゼットらしい扉が見える。
 奥の扉はおそらくシャワールームに続いているのだろうとリンダは思った。
 α・シリウスの収入を考えれば高価で上質の物ばかりだが、カーテンや壁も無地で飾り気や遊び心の1つも無い。
 これがα・シリウスの心理の現れなら寂し過ぎる。せめて何か絵かオブジェでも飾ればと思わずにはいられない。
 キッチンではα・シリウスが慣れた手つきでコーヒーを入れていた。
 コーヒーは数少ないα・シリウスの嗜好品で、仕事中はともかく調理ロボットには任せたくないらしい。

 リンダが立っている事に気付いたα・シリウスがテーブルとソファーをベッドに寄せた。
「悪いが椅子は1つしか無い。クッションも無いから床はきついだろう。好きな方に座ってくれ」
 そう言われて軽く溜息をついたリンダは、胡座をかきたいと思った時に楽だろうとベッドを選んだ。
 α・シリウスの口調や雰囲気から話が長くなりそうだと思ったからだ。
 迷わずショートブーツを脱いでベッドに座ったリンダを見て、α・シリウスは少しだけ額を押さえた。
 普通の17歳の少女なら絶対有り得ない反応や行動も、アトルお墨付きの格闘能力ゆえだと思うと頭が痛くなってくる。
 全く考え無しでやっているのだとしたら、やはり年長者として一言注意をするべきだろうかと心配になるくらいだ。
「仕事仲間でもあっさり1人暮らしの男の部屋に付いて行くな」とか、「ベッドを選ぶな。馬鹿娘」とか、自分が強引に誘って本人に選ばせた手前、一般常識をリンダには言いにくい。
 基本的にリンダはフレンドリーな性格なので、攻撃信号や殺気を感じない時はとても無防備で警戒心が薄い。
 その辺りは自分や獅子にあっさりキスされた事で充分証明されている。
 そのくせ1度本気で怒らせると竜の本能のままに暴れるから手に負えない。
 コーヒーをテーブルに置いて、ソファーに腰掛けるとどこから話をしたものかとα・シリウスは迷った。
 これだけボロを出しているのにストレートに「ジェイムズの事を話せ」と言っても、意地っ張りのリンダはそうそう口を割らないだろうと簡単に予想出来たからだ。

 α・シリウスが話し掛けようとした時、リンダが真顔で聞いてきた。
「シリの私物って何処に置いてあるの?」
 素朴だが的確な質問にα・シリウスは軽く頷いた。
「クローゼットに服があと数枚。身元が知れる物は全てUSA支部の宿舎に置いてある。たまの休みにしか来れないし、セキュリティもUSA支部に比べたら完全とは言い難い。万が一不法侵入者に入られた時も、この部屋を見れば職業不明、コーヒーと酒を嗜む事くらいしか趣味が無い男が1人暮らしをしていると思うだろう」
 リンダがコーヒーを口に含んではっきりと言った。
「この部屋を見た正直な感想よ。1人暮らしの男の部屋としては片付き過ぎているし、物が少な過ぎるわ。此処は単なるサブルームで他にメインで使っている部屋が有るとすぐに判っちゃうわよ」
 リンダの指摘を受けてα・シリウスが部屋を見渡した。
「なるほど。多少は生活の臭いを残した方が逆に疑われないという事か。考慮してもう少し物を増やそう。……片付けや料理は全部自動ロボット任せだから、正直物が少ない方が楽なんだ。この部屋では出張の多い社員では通らないか」
 面倒臭いと苦笑するα・シリウスにリンダもつられて笑う。
「しがらみから離れたくて部屋を借りているんでしょ。少しでもシリが気持ちが軽くなる物が有ると良いと思うわ」
 α・シリウスはカップを持ったまま天井を見上げた。
「私物が無い方が気持ち的には楽だ。そうだな。どう言えば良いだろう。俺の私物といえば仕事絡みの物ばかりだ。全てを忘れたくて此処に来るのに、仕事を連想させる物は極力控えたい」
 リンダが「だったら」と言葉を続けた。
「どうしてわたしを此処に連れてきたの? 形は残らなくてもシリの記憶に残るわ。その顔から察するに仕事絡みなんでしょう?」

 ズバリと核心を突いてくるリンダに、α・シリウスは曖昧に頷くとカップをテーブルに置いた。
「サラにどうしても聞きたい事が有る。マザーには絶対聞かれたく無い話だと言っただろう。安全を考えたら此処しか思いつけなかった」
「仕方が無いから妥協したって事?」
「……どうだろう。俺にもよく判らない。目的が有ってした事だが、自分でもあまり考えずに行動していると思う」
 探りを入れる様な視線を受けて、α・シリウスは整理が付かない気持ちを何とか言葉にしようと顎に手を掛けて答えた。
 不可視ゴーグルを外した蒼い瞳が真っ直ぐにリンダに向けられる。
「やはり上手く言えないな。率直に聞く。サラは今誰かに脅されているだろう。ずっと1人で悩んで困っているんじゃないのか?」
「はあ?」
 リンダは咄嗟に反応出来なかった。

このわたしが脅されている? 一体誰に、何を?
 リンダはこれまでの経過を思い出して1つの答えを出して手を打った。
「まさかと思うけど太陽系防衛機構の「J」に? 全然違うわ。あの人はわたしを脅したりしないわ。たまに黙っていてとは思うけど、とても良い人よ。それに他の誰からも脅されてなんかいないわ」
「あの嫌みったらしいメールと花束の贈り主が良い人か?」
 乾燥させたく無いからと、リンダが座席から持ってきて部屋の隅に置いた純白の百合の花束をα・シリウスが嫌そうに指さす。
「あのメールが原因で喧嘩になったのよ。花については返す言葉も有りません。すでに皆から散々言われてるんだから、シリまでわたしを虐めないで。思慮の足りないわたしが悪かったってこれでも凄く反省しているのよ」
 素直に頭を下げるリンダの顎を掴んでα・シリウスが上を向かせる。
「誰に何を言われたんだ?」
「……ほら、宙港で大やクイーン・ビクトリア達に。シリも聞いていたでしょう」
 わずかに目を泳がせるリンダに苛立ちを覚えたα・シリウスがストレートに切り込んだ。
「どうせあのパワフルなアン達に何か言われたんだろう。学院のしかも周囲に人目が有る場所で、あの男は堂々とサラに花を渡したんだな」
 リンダがどうしてそれを? という顔をするとα・シリウスはテーブルの端末を操作してモニターを表示させた。

「先週木曜午後の記録だ。誰にも見せていない。俺はサラを学院に迎えに行ったが、サラは居なくて代わりにこんな奴と会った」
 学院の校門前で帰宅する生徒達の姿がモニターに映し出される。
 突然画面がノイズで消されて音声だけに切り替わる。
『α・シリウス、パートナーが居なくて寂しいのは解るけど、こんな所で立っているととても怖いレディ達に掴まるよ』
 リンダはジェイムズの脳天気な声を聞いて「やられた」と頭を抱えてベッドにへたり込んだ。
 あのヤロウ……と思ってもすでに遅い。
「この後俺はアン達に掴まって、サラがアンブレラI号事件以降、毎日女癖の悪いジェイムズという男とお茶を飲んでいるので心配だと相談された。俺が表向きCSSの社員でリンダ・コンウェルの師匠という肩書きだからだろう。USA支部に太陽系防衛機構から「動くな」と横槍が入っていたのに、サラは1人で随分勝手な行動をしていたらしいな」
 逃げ出そうとする気配を感じて、α・シリウスが素早くベッドに移るとリンダの首根っこを押さえ込む。
「証拠は挙がっている。今更下手な嘘を言ったり言い訳をするな。Ω・クレメントの命令で動けなかったはずの俺達にジェイムズは何を要求してきた? 正直に話せ」
「何……も」
 頭を強くベッドに押し付けられてリンダが漸くそれだけ言った。
 話したくても話せる状態では無いと気付いたα・シリウスがリンダを仰向けにさせる。
 ここ数日、ずっと頭の片隅から離れなかった疑問と不満が一気に噴き出して大声を上げさせる。
「「何も」のはずが無いだろう。デートと称して脅しを掛けられたんだろう。だからアンブレラI号事件から手を引かざるを得なかったんじゃないのか? USA支部宛にあんな嫌みなメールは送ってくるし、同じ学院に通っている事を良い事に毎日サラを拘束までしてあの男は何をしようとした? 言え!」
 またなのか? 信頼していると言いながら、まだ自分に嘘をつき続けるのかとα・シリウスの手に自然と力が入る。
 両肩を強く押さえられてリンダが顔をしかめる。
「何もと言ったら何もなの。また繰り返すの? どうしてわたしを信じてくれないの? シリ、わたしをパートナーだと言うならわたしの話を信じてよ」

 A−4での出来事を思い出してα・シリウスの手が緩む。
 そうじゃないと、ただ不安なのだと、頼むから安心して信じさせてくれと言えたらどれだけ楽だろう。
 しかし、不器用なα・シリウスはリンダに誤解されずに上手く言葉を選ぶ事が出来ない。
「じゃあ、お願いだ。サラ、正直に答えてくれ。「J」……ジェイムズと毎日何を話していたんだ? 俺には言えない事なのか?」
 α・シリウスの辛そうな顔を見てリンダは小さく震えた。
 もし自分がα・シリウスの立場で、唯一のパートナーが自分に黙って別組織の幹部と毎日接触している事を知ったら平気でいられるだろうか。
 ここ数日α・シリウスの様子がおかしかったのは全てこれが発端ではないのか。
 α・シリウスが側に居ない間、何をやっているかなどリンダは不安に思う事は1度も無かった。
 なぜならα・シリウスはデリカシーは欠如しているが、仕事面で全面的に信頼出来る相手だからだ。
 α・シリウスの目にこんな自分はどう映っていただろう?
 それを思うとリンダは自分の隠れてやってきた事が恥ずかしくなった。
「全て逆なの。わたしが……わたしがジェイムズに無理なお願いをしたの。第13コロニーとの戦闘で民間人の被害者を出さないでとか、ニュースが伝えない本当の戦況を教えて欲しいとか」
 固く目を閉じながら打ち明けられて、α・シリウスはすぐにリンダの気持ちを察した。
 絶対に戦争が起こるから犯罪の証拠を消したいと、プラント・ナンバー114で大声を上げたリンダの姿が蘇る。
「クラスメイトを良い事に本来ならしちゃいけない我が儘を一杯言ったの。ジェイムズは笑ってわたしの我が儘を聞いてくれただけなの」
 リンダの目にうっすらと涙が浮かぶ。
「今回の事件でもわたしの事を本気で心配してくれたからだと思うわ。ジェイムズは大の事を知っていたわ。ジェイムズなら僅かなヒントで全て気付いたはずよ。ずっと黙っていてごめんなさい。全部わたしが悪いの。ジェイムズは何も悪くないの。それなのにわたしは短気を起こしてジェイムズにも酷い事を言ったしやってしまったわ。どうしてすぐに彼の思いやりに気付けなかったのかしら。いつも誰に対しても後になってばかりだわ。シリにも……」

 自分を責め続けるリンダの口をα・シリウスは手の平で覆った。
「もう良い。解った。サラが何を考えてそういう行動に出たのか俺は知っている。何も言わなくて良い。「J」……ジェイムズも高校時代からのクラスメイトで、サラの性格をよく知っていたからこそ機密情報を流したんだろう」
 口を塞がれたままリンダは何度も頷いた。
 α・シリウスは立ち上がると、リンダに手を差し出した。
「家に送る。無理を言ってこんな所まで連れてきて悪かった」
 リンダはα・シリウスの手を取ると強く引き、そのままα・シリウスの首にしがみつく。
 震えるリンダをα・シリウスは抱き返したが、ふと自分達の体勢に気付いて硬直した。

 疑問が解消し再びパートナーと信頼関係を築けた……ここまでは良い。
 よく喧嘩をする自分達が仲直りだと、抱きしめて抱き返されるのもよく有る事だ……普段なら。
 不可視ゴーグルを外した自分は、仕事から離れてすでに1人の男に戻っている。
 しかも此処は自分のプライベートルームで、相手に引っ張られた勢いとはいえベッドで抱き合っている体勢だ。
いくら何でもこれは不味いだろう。
 ここ数ヶ月間忙しさに追われて気持ちに全く余裕が無く、綺麗に忘れていた衝動が突然溢れ出してくる。

サラの身体が抱き心地が良いなんて思うな。
柔らかい髪から良い香りがするなんて思うな。
肌がきめ細かくて綺麗だなんて思うな。
まだ17歳の女の子相手に変な感情を抱くな。
また泣かしてしまうのか?
それだけは絶対に嫌だ!
無自覚据え膳だろうが何だろうがとにかく手を出すな!

 α・シリウスは持てる理性を総動員して、リンダの手を引いてベッドから起きあがらせた。
 接近戦なら確実に負けるからと情け無い理由まで考えて、自分の思考を切り替える。
 リンダが自分の突然の変化に不思議そうな顔で見つめてくるが、不可視ゴーグルを掛けて素顔を完全に消した上で、極力リンダと目が合わない様にする。
 とにかく馬鹿な行動に出る前に家に送り帰せと自分に何度も言い聞かせる。
 不意に大が別れ際に言った言葉が蘇る。

『いい加減に自分の本当の気持ちに気付け。アホ』

 気付かなければ良かったとα・シリウスは本気で後悔した。
 この無防備過ぎる超檄ニブ女、その上凶暴、滅茶苦茶怖い複数の保護者付。
 おまけに告白する前からとっくに振られている。
 今更気付いたって辛いだけの恋だ。

「シリ、どうかしたの?」
 真っ直ぐな視線と無邪気な声で聞かれて、α・シリウスはこの女はどうしてここまで鈍いんだと、がっくりと肩を落とす。
「カップを片づけるから先に車に行っててくれ。あまり帰りが遅いと俺がケイン氏に殴られる」
 そう言ってリンダに花束を持たせると部屋から追い出した。
「パパはシリにそんな事しないわよ」
 扉が閉まる寸前にリンダの不満そうな声が聞こえて来る。

 α・シリウスは扉にもたれ掛かり、今後の事を考えて頭を抱えると盛大な溜息をついた。

おわり

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