Rowdy Lady シリーズ 2 『木星より愛をこめて』

16.

 翌日、リンダは早朝から学院の門前に両手を組んで立っていた。
 多忙で有名なリンダの珍しい姿に、校門を通り過ぎる生徒達が何事かと振り返る。
 ジェイムズの姿を見つけたリンダが駆け出すのを見て、「そういう事か」と納得した生徒も大勢居た。
「ジェイムズ」
「おはよう、リンダ。君の顔を朝1番から見られるなんて嬉しいね。僕を待っていてくれたのかい? 昨夜の内に連絡を入れておいてくれたら君を待たせたりはしなかったよ。寒かっただろう」
 リンダは額に青筋が浮きそうになったが、周囲の目を気にしてここは堪えて笑顔を見せた。
「……おはよう。あなたにお願いが有るの。今日のお昼はわたしに付き合ってくれない? ニーナに申し訳ないと思うけど、どうしてもあなたに聞いて欲しい相談が有るのよ」
 表情や声は恥ずかしそうな雰囲気を作りながら「四の五の言わずに言う事を聞け!」と視線だけで訴えてくるリンダにジェイムズが微笑を浮かべた。
「君が望むのなら今すぐにでも……って冗談だよ。怖い顔は君に似合わないよ。授業は真面目に受けないといけないね。ニーナには連絡を入れておくよ。君はもうアン達に連絡をしてあるのかい?」
 からかう様な口調に切れかかったリンダがあっという顔をすると、やっぱり忘れていたのかとジェイムズは笑う。
「ここは寒い。歩きながら話そう」
「そうね。呼び止めてごめんなさい。授業を受ける前に温かい物を飲みたいわね。自動販売機で良ければ奢らせてくれない?」
 ジェイムズと一緒に歩きながらリンダは表面上は笑みを浮かべた。
「ありがとう。今日の1限目が君と同じ講義で良かったよ。ついでに用事も先に済ませてしまおう」
「わたしもそうするわ」
 リンダがウエストバッグから連絡用端末を取り出す。
 お互いに歩きながら「昼休みは一緒に食事が摂れない」とメールを入れて2人は端末を納めた。


 昼休みに日当たりの良い窓際のテーブルに陣取ったリンダとジェイムズは、お互いに授業の話をしながら昼食を食べ終わった。
 食後のコーヒーに移った時点でジェイムズの方から切り出した。
「「あれ」は止めたんだね。わずかな時間しか無かっただろうに、全く君の行動力には頭が下がるよ」
 リンダは自分1人の力では無いと頭を振る。
「先週休み過ぎたから当分授業を休め無いわ。沢山の人が協力してくれて、運もとても良かったから早く終わらせる事が出来たの」
「その顔から察するに首尾は上手くいったみたいだね」
「ええ。これ以上は無いくらいにね。そこで、怪しい使われ方をしそうなデータは削除してしまおうと思ったの。それがあなたへのお願いの1つよ」
 にっこり笑うリンダにジェイムズはとんでも無いと頭を振った。
「あれは僕の宝物だよ。君が何と言っても絶対に手放す気は無いね。逆にあれのオリジナルを貰えないかと君に頼もうと思っていたくらいだよ」
 リンダが少しだけ赤面してジェイムズに顔を近づけると嫌そうに小声で問い掛ける。
「……本当にあんな恥ずかしい使い方をしているの?」
「僕は君に嘘は言わないよ。夜だけじゃなくてモーニングコールも君の声に設定したよ」
「…………」
 心の中でここ数日残り少なくなっている忍耐ゲージを確認しながら、リンダは両手を合わせて懇願した。
「お願いだからアレは消してくれない」
「嫌だよ。宝物だって言ったよね。他の誰かにコピーして渡す気も無いよ。僕1人で楽しむだけだから良いだろう」
 即答されたリンダは目を閉じて理性の糸を張り直すと、軽く肩をすぼめてジェイムズの顔を正面から見据えた。
「あなたがそこまで言い切るなら無理みたいね。音楽関係者の手にも渡っているらしいし、精神衛生上あれの存在をわたしが忘れる事にするわ。もう1つのお願いよ。これだけはどうしても聞いて貰わないと困るわ」
「何だい? お姫様」
 余裕の笑みを絶やさないジェイムズに、内心ではこのヤロウと思いながらリンダはしおらしい声で再び懇願した。
「わたしに用が有るのなら、どれだけ時間が掛かっても直接わたしに連絡して欲しいの。何処かを仲介させるのは2度と止めて。誰にも心配や迷惑を掛けたくないの」
 やはり本題はその話かとジェイムズは軽く溜息をついてコーヒーを口に含む。
 よほどの事情が無ければ多忙なリンダが大切な親友達と過ごす時間を自分に割くはずが無い。
「君には悪いけどそれも聞けないよ。僕も事情が有る。馬鹿な男の我が儘だと思って、どうか許して貰えないかい?」
 リンダはどこまでもマイペースを崩さずにくさい台詞を言い続けるジェイムズに、ここ数日間α・シリウスで酷使した理性と忍耐を完全に使い果たして立ち上がった。

「あんたの事情なんか知った事か。2度とやるなと言っているの。今度したらその面をぶん殴るわよ。分かった!?」

 啖呵を切ると同時にリンダは手刀で樹脂製のテーブルを砕け散る勢いで叩き割り、呆然とするジェイムズに一瞥もくれずにバッグを持って踵を返す。
「大変お騒がせして申し訳ありませんでした。あのテーブルも含めて壊した物は全額弁償します」
 レジに行くと硬直している店員に明るい声を掛けてIDカードを差し出した。
 一部始終を見ていたキャサリンが嬉しそうにリンダの背後から飛びついた。
「ああ、リンダ。やっぱりわたしのリンダだわ。すっきりしたわよ」
「キャッシー、それってどういう意味よ」
 苦笑してリンダがキャサリンの腕を軽く叩く。
「ここ数週間のストレスを一気に解消したって事よ」とアン。
「ジェイムズには悪いけど、わたしも少しすっきりしたわ」とジェニファー。
 なるほどと納得したリンダが親友達に向き直った。
「ずっと心配掛け続けてごめんなさい。明日の昼はわたしの奢りで何を注文しても良いわよ」
「それはもう良いのよ。何処で何をしていてもリンダがわたし達のよく知ってるリンダだって今ので充分判ったから」
 キャサリンが何度もリンダを抱きしめては頬にキスをする。リンダはそれをくすぐったそうに素直に受け続けた。
「やあね。わたしは何も変わっていないわよ」
「ここのところリンダは忙しい上に、何も言ってくれなかったからとても寂しかったのよ」とアン。
「でもリンダはやっぱりリンダだわ」とジェニファーがにっこり微笑んだ。

 ここまで派手に動くリンダを初めて直で見たジェイムズは、コーヒーカップを持ったまま椅子に座って固まっていた。
「全く何をやってるの」
 ジェイムズの側に来たニーナが呆れた様に溜息をついた。
「……ニーナ。姫君を本気で怒らせてしまった。失敗したよ」
「先に念を押しておいたはずよ。これ以上表立って動くなってね」
 出来の悪い生徒をたしなめる様に言いながら、ニーナはジェイムズの身体に降りかかったテーブルの欠片を払った。
「作戦を変えるよ。嫌われてしまっては意味が無い」
 立ち上がって返却トレイにカップを置いたジェイムズが、しきり直しだと口元に笑みを浮かべた。
「次からはもっと上手く立ち回るのね。精一杯やってそれでも振られたら思い切り笑ってあげるわ」
 あっさり言い切るニーナにジェイムズが複雑な顔になる。
「ニーナ、そこは「慰めてあげる」の間違いじゃないのかい?」
「わたしはそこまで優しくないわ。本気なら男を上げる努力を惜しまない事。相手は手強いと始めから解っていたはずよ。協力はするといつも言ってるでしょう」
「ごもっとも。明日中には下げた株を元に戻すよ」
 自信たっぷりに言うジェイムズにニーナが軽く首を傾げる。
「あれだけ怒っていたのにリンダがジェイムズの誘いを受けてくれるかしら?」
「リンダはどれ程激怒しても約束をやぶったりしない。先週分のノートのお礼にと10日間は毎日お茶を奢って貰える事になってるんだよ」
 そういうところが好きなんだという言葉はニーナには言わなくても通じる。
「それは楽しみだわ」とニーナが興味深げに笑う。
 ジェイムズは「やってみせるさ」と姉の様に慕う1つ年上の婚約者の肩を抱いて歩き始めた。


 授業を終えたリンダがα・シリウスと共にUSA支部に着くと、アトルが「助かったーっ」とリンダに抱きついた。
 眉間に皺を寄せたα・シリウスが有無を言わさずアトルをリンダから引き剥がず。
 昨日、荻瑤子の家から全ての資料を回収したΩ・クレメントは、面倒だからとコンテナごと閉鎖中のトレーニングルームの一角に放り込んだ。
 マザーの被害調査が終わるまで職員全員がこのフロアへの立ち入りを禁止されている為、隠し場所としては丁度良いだろうという判断だった。
 サムは太陽系警察機構木星支部から依頼を受け、烏と獅子を治療した後はスタッフ総出で荻瑤子のレポート解析と獅子達の薬作りに没頭しており、ビクトリアと大は「光の矢」号の最終チェックの為にコンウェル本社に出掛けている。
 α・シリウスはリンダが学校に行っている間に、荻瑤子の家で獅子達が生活をしていた痕跡を全て消していた。
 リリアは怪我が完治していない烏にずっと付き添い、意識を取り戻した烏は初めて見る自分と同年代の少女と意気投合して楽しく話している。
 そうすると自然とアトル1人で獅子と猫と鹿乃子全員の相手をしなくてはならなくなり、いくら遊ぶのが大好きなアトルでも、個性が強過ぎる兄妹相手に1日中ではさすがにくたびれていた。
「アトル、もっとお話しましょうよ」
 鹿乃子が半泣き状態のアトルの腕を強引に引っ張っていく。
 リンダといっしょに報告書を纏めようとしていたα・シリウスの肩を猫が掴む。
「あなたはわたしとよ」
「お前は俺が嫌いじゃ無かったのか?」
 嫌そうに振り返ったα・シリウスに、ふんと鼻を鳴らして猫は腕を組んだ。
「嫌いだしまだ信用していないわ。獅子が信頼しているリンダがあなたをとても買っているから、わたしも歩み寄る努力をしようと思っているのよ。あなたへの評価が誤解なら直に話すのが1番早いでしょう」
 眉間の縦皺を更に増やしてα・シリウスが猫を見返した。
「……というのは立て前で、お前達の目的はサラを獅子と2人きりにする事だろう」
「それが悪い事なの? わたしはリンダを理解するには、まずあなたを理解する必要が有ると思ったの。あなたと少しでも共感出来たら彼女をもっと身近に感じられると思うのよ」
 猫はトレーニングルームの一角に腰を下ろすと、α・シリウスにも横に座る様に勧めた。
「お前もサラを「竜」と呼び、怖れるのか?」
 α・シリウスが少しだけ距離を置いて猫の横に腰掛ける。
「鹿乃子みたいに草食動物の本能は無いけど、一目見てリンダの強さに足が竦んだわ。でも不思議と恐ろしく無いの。責任感の強い獅子があれほど信頼している相手よ。わたしもリンダを心から好きになりたいのよ。協力して。あなたは仕事上のパートナーなんでしょう。アトルからこっそり聞き出したわ」
「誰よりも大切な俺のパートナーだ。あんな危険な奴の側に居させたくない」
 悔しそうに唇を噛むα・シリウスの横顔を、猫は真剣な眼差しで見つめた。
「獅子はもう2度とリンダに爪を向けないわ。あの時はわたしを助けようとしただけ。あなたにはこれから先もずっと時間が有るでしょう。少しだけ獅子にも時間を分けてあげて。生まれた時から一緒に居るけどあんなに嬉しそうな獅子の顔を見たのは初めてよ。鹿乃子も協力すると言っているわ」
 猫の本気を感じ取ったα・シリウスは正直な感想を洩らした。
「本当にお前達は兄弟想いだな」
「そうよ。当然じゃないの。今まで気付かなかったの?」
 何を今更という顔をする猫に、α・シリウスはあまりにも大人げが無かったと頭を振った。
「悪かった。俺もサラやアトルを見習って少しはお前達を理解する努力をしよう」
「ありがとう。感謝するわ」
 α・シリウスと猫は同時に同じ方向を見つめた。

 リンダはマットの上に腰掛けてる獅子に手招きされて隣に座った。
「獅子さん、昨日の今日で起きたりして大丈夫なの?」
「獅子と呼び捨てで良い。お前が呼んでくれた医者の処置が早くてかなり調子が良い。狭いコンテナのベッドだと気が滅入るし退屈で仕方がない」
 ベッドというより棺桶みたいで嫌だと笑う獅子に「元気なら良いわ」とリンダも笑った。
「お前の事はどう呼べば良いんだ? 医者はお前をリンダと呼び、あの男達はサラと呼ぶ。お前の本当の名前は何だ?」
 素朴な獅子の疑問にそれもそうだとリンダは頷いた。
「誰でも知っているリンダ・コンウェルが本名よ。サラというのは此処、太陽系警察機構での愛称なの。好きな方で呼んで」
「じゃあ俺はリンダと呼ぼう。あの男と同じ呼び方は嫌だ」
「あの男って、もしかしなくてもシリの事?」
 少しだけ困った様なリンダの視線を受けて、獅子は苦笑しながら頷いた。
「あれだけ露骨な敵意を向けられたら俺もつい反発してしまうんだ」
「ごめんなさい。何度も獅子さ……獅子とは和解出来たって説明したのだけど、初対面の印象が悪過ぎたわ。ああ見えて優しいし心配性だから警戒を解けきれないんだわ。決して獅子を嫌っているんじゃ無いのよ。これだけは信じてあげて」
 頭を軽く下げるリンダの髪を獅子はくしゃりと撫でる。
「何故あの男のやる事でいつもリンダが謝るんだ? 悪いのは大人げが無いあいつの方だろう」
「獅子に対してシリが神経質になった原因はわたしに責任が有るのよ。それにシリはわたしの大切なパートナーなの」
 あっさりと言われた獅子は困惑するとリンダの顔をじっと見つめた。
「リンダはあの男の子供を産むのか?」
「はあ? 何それ?」
 真顔で凄い事を聞かれてリンダが思わず声を上げる。
「パートナーなんだろう。違うのか?」
 リンダはこういう形で誤解されるとは思っていなかったので、思わずぶっと吹き出した。
「誤解だわ。ほんとーに凄い誤解よ。シリはわたしの仕事上のパートナーなの。あ、誤解されても仕方無かったわね。わたしは太陽系警察機構USA支部レディ級刑事で正式名サラマンダー。通称サラよ。未成年のわたしが刑事だという事は警察内部でも極秘扱いなの。今まで黙っていてごめんなさい」

 リンダの顔を正面から見つめた獅子は、数回瞬きをしてこれまで抱えていた様々な疑問が一気に解けたと思い切り笑う。
「リンダも刑事だったのか。はっはっは。……そうか。漸く解ったぞ。仕事上のパートナーか。そういう意味か。……と、いう事はリンダは今フリーなのか?」
「フリーというのが恋人が居ないという意味ならそのとおりよ」
 真面目に答えるリンダに獅子が再び爆笑する。
 側から見てもすぐ解るのに当のリンダが全く気付いていないのでは、α・シリウスは他の男を牽制し続けざるを得ない訳だ。
 これなら遠慮は要らないと獅子は微笑んだ。
「恋愛未経験歴17年継続中よ。そんなに笑わなくても良いじゃない」
 少しだけ頬を染めて拗ねた様に言うので、獅子はリンダの頭を自分の胸に抱き寄せた。
「笑って悪かった。リンダに男が出来ない原因は部屋中に空いた穴か? この部屋を壊したのはリンダだとアトルが言っていた。俺の前では大人しいがこっちが本性なのか?」
 部屋中を見渡して破壊された壁を指さす獅子にリンダは何度も頭を振った。
「わ、わたしだけじゃ無いわよ。大もやったのよ。というか大が大半よ。……多分」
 真っ赤な顔をして否定するので獅子は声を立てて笑ってリンダの頬に手を添えた。
「俺はリンダを一目見て綺麗だと思ったし、心から愛しいと思う」
 自然に告白されてリンダの力が抜ける。
「ありがとう。嬉しいわ」
 この反応は意味を理解していないなと獅子は思ったが、この無邪気なずれっぷりがリンダなのだと再認識し、今はこのままでも良いかと微笑んだ。

 会話は全く聞こえないが2人のやり取りを見ていたα・シリウスがぶるぶると両肩を震わせ始める。
「すまない。やっぱりあいつを1発殴ってきて良いか? サラが体調に気を使っているのを良いことにやりたい放題だ。見ていて腹が立ってきた」
「絶対、駄目!」
 猫が爪を出してしっかりとα・シリウスの裾を掴んで押さえつけた。


 一生報われないだろう恋をした獅子の邪魔は誰にもさせないと、猫と鹿乃子は強い意志で結託した。
 母が必死でDNA反発の研究を続けた結果、最長記録を塗り替えて12歳まで獅子の身体はDNAタイマーが発動しなかった。
 それ以降は10年間免疫抑制剤の力を借りて生きている。
 一時でも幸せでいて欲しいと願うのは兄妹で有り、仲間の自分達にとっては当然の事だ。
 20歳の猫が13歳、鹿乃子は16歳でDNAタイマーが発動し、薬が必要になってからまだ1年も経たない。
 13歳の烏はまだDNAタイマーが発動していない。
 母、荻瑤子の研究は自分の卵細胞や動物の体細胞を使い、違法でかなり無茶な手段を講じてきたが、僅かずつでも確実にDNA融合体の寿命を延ばしていた。
 あのまま研究が進めばDNAタイマーの発動原理も、その制御方法も解明出来たかもしれなかった。

「ごめんなさい。わたしは悪い母親だったわ。愛してるわ。大切な子供達。お願いだから生きる事を決して諦めないで」

 涙を流しながら老衰で逝った母の深い愛情と温かい言葉を誰も忘れていない。
 とても短命だと言われている自分達の寿命は誰も知らない。だからこそ一生懸命に生きて、一生懸命に愛するのだ。
 獅子は漸く家族以外に愛せる相手と巡り会えた。それはとても幸せな事なのだと猫と鹿乃子は心から思う。
 そんな思いが通じたのかリリアが顔を上げ、優しい笑顔で全員を見渡した。

 子猫の様に獅子とじゃれあっているリンダを見つめながら猫は目を細める。
「どうしてリンダは人のSOSに敏感なのに、好意にはあれほど鈍感なの?」
「お前にはサラが好意に鈍感に見えるのか? どちらかと言えば敏感だし人好きで誰とでもすぐにうち解ける性格だぞ。本気で怒らせると怖いが、性根は馬鹿が付くくらいのお人好しだ。俺もサラの優しさに随分助けられている」
 意味が解らないと答えるα・シリウスに猫は複雑な顔になった。
 リンダが鈍感なのは気付いていたが、あれほど四六時中「好きだ」と態度で示しているくせに、未だにα・シリウス自身も自分の気持ちに気付いていないとは知らなかった。
 まさか20歳をとうに過ぎた男が自分の感情すら把握していないなんて思ってもいなかったのだ。
 ベクトルは違っても同レベルの檄ニブ同志なのだろうと猫は思う。
 最大のライバルがこれなら遠慮無く兄を応援出来るものだと笑みを浮かべた。


 ビクトリアと大が大きなケースを持って帰ってきた。
「リリア、アトル、ちょっと来て」
 チーム・ビクトリアがトレーニングルームの一角に集まって真面目な顔で話し合うのを見て、猫がα・シリウスに問い掛ける。
「どういう事?」
「多分……いや、俺の口から不確定な事は言わないでおこう。正式に決まればビクトリア教官からお前達に説明が有るはずだ」
「……そう。つまり今後のわたし達の処遇を決めているのね」
「勘が良いな。お前達もいつまでもこんな所に閉じこめられたくないだろう。最終決定と指揮権は教官に有る」
 ビクトリアがリリアとアトルにいくつか確認をして頷くと、部屋に居た全員を横になっている烏の側に呼び寄せた。

 ビクトリアがやや緊張した面持ちをした全員の顔を見渡して微笑する。
「これからの予定を話すからよく聞いて。烏と獅子の回復が思っていたより早かったのと薬が調達出来たので、明日の午後に全員を宇宙に送る事が決まったわ。貨物扱いになって申し訳無いけど我慢して。今からベッドをスリープモードにしてコンテナを宙港に運ぶわ。目が覚めたら宇宙に居る事になるわね。宇宙船内の保護ベッドに移って貰ったら一気に木星軌道まで行くわ。大、コンテナの準備を始めて」
 「了解」と大がコンテナに入っていく。
「今すぐ?」と烏。
「そう。早いほうが良い」とリリア。
「どうして木星なの?」と鹿乃子。
「チーム・ビクトリアの本部は木星支部なんだ」とアトル。
「ずいぶん遠いわね」と猫。
「その分地球より安全だ」とα・シリウス。
「正体を知られにくく、かつ地球の法律が届きにくい場所に保護されるという事か。確かに地球で隔離されるより自由で安全だろう。感謝する。クイーン・ビクトリア」
 獅子が承知したと頷くと、ビクトリアが礼は要らないと頭を振った。
「必ず安全に保護すると約束したわ。わたしは自分の言葉に責任を持つだけよ」
「分かった。リンダ」
 振り返った獅子の表情は誰が見ても辛そうに見え、猫と鹿乃子が息を飲む。
 獅子の急激な変化に戸惑うリンダが小さな声で「何?」と問い掛ける。
「また会えるか?」

 真剣な目で問い掛けられたリンダは完全に言葉に詰まり、ビクトリアが獅子の背後でゆっくり頭を振るのを見て、α・シリウスを振り返り、やはり小さく首を横に振られて、再び獅子に視線を戻した。
「……約束出来ないわ」
 嘘の無い瞳で言われ、獅子は僅かに俯いて目を閉じる。
 1つ息をついて顔を上げた時には獅子は笑顔に戻っていた。
 僅かな会話と表情の変化から全てを読み取ったビクトリアは獅子は強いと思った。
 獅子なら全く環境の違う場所に移っても、兄弟達を上手く纏めて生きていくだろう。
 リリアとアトルの判断の正しさに安堵をしつつ、自分の我が儘全てを聞き入れ任せてくれたΩ・クレメントに感謝した。
 大がコンテナから出てきて準備が終わったと告げる。

 ビクトリアが4人の顔を見渡して「時間が無いの。準備して貰えるかしら?」と聞いた。
 猫と鹿乃子が自分を心配して何度も振り返るので、獅子は笑って烏を抱き上げると「行くぞ」と言って先にコンテナに入った。
 リンダとα・シリウスもコンテナに入り全員と別れを告げる。
 「リンダ、本当にありがとう。元気でね」と鹿乃子が手を差し出し、「あなたも」とリンダが握り返す。
 烏がリンダを見上げて「沢山助けて貰ったのに、まともにお礼も出来なくてごめん」と謝った。
「良いのよ。早く怪我を治して自由に空を飛んでね。とても見たかったわ」とリンダは笑顔を返した。
「飛ぶって言っても滑空だけどね」と烏が恥ずかしそうに言う。
 猫が笑って「安心したでしょう」とα・シリウスをからかう。
「うるさい。それより環境変化に対する全員の体調に気を付けろ。お前が1番勘が良いんだろう」
 α・シリウスが少しだけ頬を染めて速攻で言い返した。
「いつの間に仲良くなったのかしら」
 リンダがα・シリウスと猫の微笑ましいやり取りを見て「安心した」と笑う。
 「リンダ」と獅子がベッドの端に腰掛けて手招きをする。
「獅子。最後になってしまったわ」
 リンダが烏のベッドから離れて側に駆け寄ると、獅子が金の瞳を輝かせてリンダの腕を強く引く。
 えっ? と思う隙も与えずにそのままリンダを抱きしめて唇を奪った。
 怒ったα・シリウスが獅子にナイフを投げる前に、アトルが背後から間接技を決めて身体ごと押さえ込む。
 驚いて完全に硬直しているリンダの唇に再びキスをすると、獅子は笑って「ごちそうさん。さようならは言わないし、言わせないぞ」と言ってベッドに横になるとフードを自分で降ろした。

 どいつ(α・シリウス)もこいつ(獅子)も人の口を何だと思っているんだとリンダが両肩を震わせる。
 ビクトリアと大が背後で「やるなぁ」と爆笑した。
 「お前の負け」とアトルもにやりと笑ってα・シリウスを離す。
 立ち上がったα・シリウスが怒りを爆発させて大声で叫んだ。
「サラとのキスが勝負の対象になるか! サラのファースト・キスの相手は俺だぞ。あんな奴と一緒にするな!」
 「おおっ」と歓声に近い驚きの声を上げるチーム・ビクトリアに、怒りのやり場を失って収まらないα・シリウスが詰め寄ろうとする。
 リンダが振り返って飛び上がり、α・シリウスの後頭部を力の限り蹴り付けた。
「人が完全に忘れて無かった事にした話を持ち出すなぁーーーーっ!!」
 首筋が嫌な音を立ててα・シリウスがその場に倒れ込む。
「生きてるぞ。どこも痛めて無いし、メチャ丈夫な奴ー」
 アトルが気絶したα・シリウスの身体を調べて笑った。

 ビクトリアは笑いながら顔を真っ赤にして怒っているリンダに声を掛ける。
「サラ、馬鹿騒ぎの連帯責任よ。RSMが目を覚ますまでそこで待機。RSMの脳波と健康状態を確認後、家まで送って貰いなさい。今日中にお互い感情の整理をして明日まで引きずらない事」
 リンダが文句を言う前にビクトリアが背を向ける。
「大とリリアは4人の様態が安定するまでカプセルのチェックを続けて。アトルは疲れているだろうからもう休んで良いわ。わたしはオスカーに報告をしに行くわ」
「「了解」」
「ほいよ」
 大とリリアがコンテナ内に戻り、アトルは壁にもたれて頷いた。
 部屋を出て行くビクトリアの後ろ姿を、拗ねた目で見ていたリンダの肩をぽんとアトルが叩く。
「事情を話せとは言わねぇ。だけど溜まりまくって行き場の無い愚痴だったらいつでも聞くぞ。サラが元気ねーと俺も寂しいからな」
 普段の言動や顔に似合わず、いつも細かなところまで気配りをしてくれるアトルにリンダは笑って抱きついた。
「ありがとう。アトル、大好きよ」
 笑顔で抱き返すとアトルは少しだけお兄さんぶってリンダの髪を撫でた。
「こりゃRSMに恨まれそうだな。ま、良いか。あいつのは自業自得だ。サラ、さっきの蹴りは良かったぞ。ああいう蹴りがいつでも出来たら安全な犯人逮捕に使える。才能はピカイチなんだから、毎日訓練しろよ」
「はい。教官」
 リンダとアトルは同時に笑った。


 ビクトリアが部屋に入ってくると、Ω・クレメントはマザーを下がらせた。
 ソファーに移動して自分の手で入れた紅茶をビクトリアに勧める。
「『雷光(Lightning)のビクトリア』、本当によくやってくれた。君が居なかったらこれほど早く事件が解決しなかった」
「久しぶりにその呼び名を聞いたわ。今のわたしをそう呼ぶのはオスカーくらいのものよ」
「太陽系を貫く『光の矢』がすっかり君の異名になってしまったからだろう」
「そうね。でも一応言っておくわ。今回の事件ではわたしの力よりサラが早期解決に導いたのよ。本当に『奇跡の』と呼ばれるだけの事は有ったわ。能力もさることながら、警戒心の強い犯罪者達も全員味方にしてしまうなんてね」
 紅茶を口に含みながらビクトリアが微笑する。
「レディ・サラは君の若い時によく似ている。君も弱い立場の犯罪者には常に優しく接していた。今も援助を続けているんだろう」
 Ω・クレメントに懐かしいと笑われて、ビクトリアは「わたしはあそこまでお人好しじゃ無かったわ」と少しだけ赤面した。

「RSMとサラの公式見解よ」
 ビクトリアはポケットからメモリーシートを出してΩ・クレメントに差し出した。
「α・シリウスは現時点では却下。レディ・サラに至っては未知数につき保留か」
 目を通しながらΩ・クレメントは小さく落胆の溜息をついた。
「RSMは身体、捜査能力は高いくせにコミュニケーション能力だけが低く過ぎて、これまで候補に上げられる度に許可が出せなかったでしょう。ここ数日の成長は目を見張るものが有ったわ。でもまだ無理ね。あのサラが側に居ればもっと広く深く人にするコツを覚えるでしょう。数年は掛かるでしょうけど、成長次第で候補に挙げても良いわね」
「レディ・サラは?」
 ビクトリアは1度目を閉じて両手を組むと、姿勢を正して目を開いた。
「年齢だけで問題外。資格も無ければ正式にうちに就職してもいないのだから……と、言えたらどれ程楽かしらね」

 Ω・クレメントが続けろという動作を見せると、ビクトリアも頷いてきっぱり言った。
「ずっとリリアにサラをトレースさせていたわ。精神操作とまではいかないけど、かなり強力な意識誘導を幼い頃にされているわね。恐ろしい程勘が良いくせに、時々不思議なくらい鈍くなるのよ」
 Ω・クレメントも今回の事で気付いたと頷く。
「はっきり意思表示をしていた獅子の恋愛感情に気付かなかった。それと自覚の無いα・シリウスも悪いんだが、あのあからさまな独占欲にも全く反応しない。普通の17歳の少女の心理では無いな」
「主治医のドクター・リードがやったのかしら。無意識に自分に向けられる強い愛情に対して薄いフィルターが掛かるとしか思えないの。記憶喪失にそんな治療方法をするなんて聞いた事が無いわ」
 ビクトリアが眉をひそめて口元に手を当て考え込みだす。
 Ω・クレメントは厳しい顔で手元の端末を操作するとモニターを表示させた。
「ビクトリア。これは極秘で私が管理しているリンダ・コンウェル救出時の映像だ。レディ・サラがそういう方向で意識誘導をされているとしたら、理由はこれしか考えられない」
 映像を見たビクトリアは小さな悲鳴を上げて両手を震わせた。
「……これがサラ……リンダの失った記憶なの? こんな残酷な状態でたった6歳の少女が30時間も居たの?」
 ビクトリアがこれ以上は耐えられないと目を伏せると、Ω・クレメントが画面を消した。

 何度も手を組み直し、ビクトリアが顔を上げる。
「彼女は常に心に爆弾を抱えているわ。リリアの能力でもサラの深層を覗けなかったのよ。爆発した時にサラの人格がどうなってしまうのか想像もつかない。オスカー、もしそんな場面にRSMが立ち会ったら、想像するのもわたしは怖いわ」
 ビクトリアの危惧にΩ・クレメントも「私もだ」と応えた。
「ケイン氏があのサム・リードを手放さない理由がこれではっきりした。ビクトリア、レディ・サラの記憶が完全に戻るまではこの件はお預けだ」
「そうね。わたしもそれが良いと思うわ。可哀相に。あれほど優しくて良い子なのに……」
 声を震わせるビクトリアの肩をΩ・クレメントが優しく撫でた。
「不幸かどうかは他人が決める事じゃ無い。決めるのはレディ・サラ自身だ」

 青い顔で俯いているビクトリアにΩ・クレメントが紅茶にブランデーを少しだけ落としてテーブルに置く。
「これを飲んで気持ちを落ち着けると良いだろう。君が好きな紅茶を取り寄せたのに勿体ない気もするが、時に酒は人の気持ちを穏やかにしてくれる」
「酒呑みにはこの方が早いと顔に書いてるわよ」
 優しく語り掛けるΩ・クレメントにビクトリアが茶化す様に言い返す。
「本音を言ったら君は遠慮無く私を叩くだろう? 若い頃ならともかくこの歳で君の正拳を喰らいたくない」
「トレーニングを続けているくせに何を言っているの。オスカーなら今でもわたしの拳を余裕でかわせるわ。年寄りのふりは止めて。たった2歳しか変わらないのに悲しくなるわ」
 辛そうな顔で見上げるビクトリアと目が合い、Ω・クレメントは目を伏せて小さく頭を振った。
「私はもう49だ。君とは20歳も離れてしまった。これからもどんどん離れていくだろう」
「そんな事を言っているんじゃ無いわ。オスカー!」
 今にも泣き出しそうな顔で大声を上げるビクトリアに、Ω・クレメントがどうか分かって欲しいと視線で訴える。
「これが現実だ。ビクトリア、君にも……私にとっても」
「オスカー……」
「そろそろ出立の準備をしなければならないのだろう? また地球に来る用が有ったら私にも会いに来て欲しい」
 しばしのお別れだと手を差し出され、ビクトリアも唇を噛んでΩ・クレメントの手を握り返す。
「ビクトリア。君の家族が君を忘れてしまっても、「僕」は決して君を忘れない。僕が生きている限り此処が君の故郷だ」
 手を握ったまま優しい笑顔で自分の胸を叩くΩ・クレメントの肩に、少しだけ頭を預けてビクトリアが顔を上げた。
「また帰ってるわ。わたしの故郷へ」
「いつでも待っている」
 2人は笑って別れ、お互いの居るべき場所に戻って行った。


 ビクトリアが長官室から出てくるとエレベータの前にアトルが立っていた。
「もう休んでも良いっていったでしょう。健康重視、睡眠第1のアトルがどうしたの?」
 エレベータのパネルを操作しながらビクトリアが問い掛ける。
「ビクトリアが泣いてるんじゃねーかなって思ったんだ」
 ピクリとビクトリアの肩が小さく震える。
「今でもクレメントが好きなんだろ? 長い付き合いなんだから判るっての」
 ビクトリアは他の人相手には優しいくせに、自分にだけは痛いところをずばりと突いてくるアトルに少しだけ恨みがましい目を向ける。
「アトル。今すぐその口を閉じないと……」
 拳を震わせるビクトリアにアトルは真っ直ぐな視線を向けた。
「俺は全然縮まらねーけど、たった13歳の年の差なんかちっとも気にしてねーからな。今言いたいのはこんだけ。ビクトリアみたいにいい女に待ってくれと言うには、俺はまだまだガキだもんな。こればっかはしゃーねえ。俺は非常通路を使うから、ビクトリアはエレベータでゆっくり帰ってこいよ」
 軽くビクトリアの肩を叩くとアトルは壁の中に消えていった。
「……年々生意気になるんだから」
 アトルらしい思いやりに微笑し、その後ビクトリアはわずかに涙を浮かべた。
「オスカー、見ていて? わたしは良い仲間を見つけたでしょう」

 ビクトリアが去った後、マザーがΩ・クレメントの前に姿を現した。
『何よりあなたの身の安全を第1に考えなければならないわたくしが気を利かせたのですよ。今度こそプロポーズ出来たのでしょうね?』
 横目で睨み付けてくるΩ・クレメントにマザーは大きな溜息をついた。
『これで23年目更新ですか? 全くあなたときたら……』
「何だ?」
『本当に不器用でわたくしが知る誰よりも優しいお方です。Ω・オスカー・クレメント。わたくしはあなたと共に時間を過ごせてとても幸せだと感じています』
 最上の礼を取るマザーに、少しだけ目を細めてΩ・クレメントが笑う。
「申請の出ている新しい君のオモチャの予算はそうそう出せないぞ」
『失礼な。そういうつもりで言ったのではありません。あなたがいつもそんな調子だから、α・シリウスのデリカシーが育たないのです。少しは反省なさい』
 言いたい事を言ってマザーが姿を消した。
 やぶへびかと思ったが、マザーなりに気を使ってくれたのだと気付き、Ω・クレメントはグラスにブランデーを注いだ。


「脳波正常。筋肉、神経共に正常。皮膚組織にも損傷無し。データではあなたは怪我なんてしていないの。自分が先に失言したくせにどうして未だにわたしを怒ってるのよ?」
 意識を取り戻したα・シリウスに自宅まで送って貰いながらリンダはモニターを表示した。
「あの蹴りには絶対に八つ当たりが混じっていた。俺がやった事でサラに怒られるのは仕方がないが、あいつがやった事まで俺に当たるな。いくら俺でも他の男の責任を押し付けられたら腹が立つぞ!」
 自動操縦を良い事にα・シリウスは鋭い蒼の瞳を晒し、完全に横を向いてシートの背もたれを叩いた。
 殴られ対策にリンダと対峙した時はゴーグルを外すのがすっかり癖になっている。
「八つ当たり……なんてして無いわよ」
「だったら何だ? あいつはサラに無理矢理キスしても無罪放免で、俺はうっかり口を滑らせただけで気を失うほどのマジ蹴りか」
「違うわよ。シリが恥ずかしい事を言うからいけないのよ!」
「は?」
 真っ赤になったリンダがしまったという顔をして口を覆って横を向く。
「シリもあの時に言ったじゃない。「その歳でキス未経験だったのか」……って。わたしだって自分が遅れている自覚が有るわ。それをわざわざ皆にまで言わなくても良いでしょ」
 真剣に言ってるらしいリンダにα・シリウスも困惑する。
「数だけこなせば良いってものじゃ無いだろう。サラが恋愛ゲームをしている姿なんか想像も付かない」
「でも経験不足のせいで酷く傷付けてしまったわ」
 小さく震えるリンダの背中を見つめて、α・シリウスはゆっくりと息を吐いた。
「何時あいつの気持ちに気付いた?」
「……「また会えるか?」って聞かれた時。好きだと言われていたのに本気だと気付けなかったの。どうして良いか判らなくて「約束出来ない」なんて言ってしまったわ」
 α・シリウスは徐々に小さくなっていく声を聞いて軽くリンダの頭を撫でた。
「犯罪者が多い木星支部に立ち寄るには厳しい審査を受ける。その上あいつ達は教官の保護を受けて極秘で身を隠すんだ。いくらサラがレディ級でも会えないくらい判っているだろう」
「ええ。2度と会えないのならわたしはちゃんとお別れを言いたかったわ。……そういう意味でならたしかにシリに八つ当たりをしてしまったわ。ごめんなさい」
「サラもあいつが好きなのか?」
「初めて会った時にとても綺麗な人だと思ったわ。そして責任感が強くて誠実な人だと感じたわ」
 リンダの告白にα・シリウスが小さな溜息をつく。
「サラも本気だったのか。だからあいつを殴れなかったのか」
「本気って何?」
「気付いて無かったのか」

 α・シリウスはリンダを振り向かせると、両頬に指を這わせた。
 指先が透明な液体で濡れていく。
「あれ? わたし……」
 α・シリウスの手が頬に触れる度にリンダの両目から涙が溢れ出す。
「ガラスに映っていた。そんな顔で家には帰せない。俺がケイン氏やサムに殺される」
 ハンドル中央のパネルを操作して、α・シリウスが進路を変える。
「少し遠回りをする。それまでに泣きたいだけ泣いて赤い目をなんかしろ」
「ありがとう。シリ。でも誤解は解いておくわ。わたしは獅子の気持ちに応えられない。とても好きだけどそういう意味で好きじゃ無いの。だからこれはきっと罪悪感の涙よ……」
 「そうか」と言ってα・シリウスがリンダの頭を自分の胸に抱き込んだ。
「ちょっと、シリ?」
 頭を上げようとしたリンダの手をα・シリウスが押さえる。
「前にもこうして泣いて楽になれるならと言っただろう。俺はサラのパートナーだ。こういう時くらい素直に甘えろ。この意地っ張りめ」
 耳元で囁かれてくすぐったそうに笑うと、リンダは安心して力を抜いてα・シリウスにもたれ掛かる。
 大人しくなったリンダにα・シリウスもほっと息を付いたが、すぐに異変に気が付いて怒鳴った。
「サラ、待て。此処でマジ寝するなーっ!!」


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