Rowdy Lady シリーズ 2 『木星より愛をこめて』

11.

 リンダは大に服を返してソファーに腰掛けると、ビクトリアに少しだけ頭を下げた。
「仕事中にすみません。家に今夜は帰れないと連絡を入れたのですが、許可をいただけますか?」
 今後の行動計画の練り直しをしようと思っていたビクトリアも当然だと頷く。
「サラは未成年だから仕方ないわ。わたしもケイン氏は怒らせたく無いし、そちらを先に済ませて」
 リンダが礼を言って実家にメールを送るのを待って、ビクトリアが少しだけ身を乗り出す。
「帰れないと言うからには、サラには今後の展開がある程度予想が付いているという事ね」
 見解を聞きたいという顔をするビクトリアに、リンダは笑って「直接会って話をしましたから」と答えた。
「わたしが会った青年は金髪と金目がとても綺麗で凄く誠実そうな人でした。シリが猫さんに対して優しく接してくれたらもっと色々お話し出来たと思います」
「悪かったな。したくてやったんじゃない」とα・シリウス。
「サラの勘だとヤツはどんな感触だった?」とアトル。
「とても良いわ。彼はわたしがあそこに居る事を知っていて、わざわざ風上から姿を見せてくれたのよ」
「それは凄いな。本能を完全に抑えているのか。動物は敵対する相手の風上を嫌うからな」
 嬉しそうに話すリンダに大が感心して言う。
「彼らの現状を考えると、サラを信用しなければ何も始まらないというところかしら」とビクトリア。
「俺はあの女に初っぱなから完全に嫌われていたぞ」とα・シリウスが拗ねた様に言う。
「「「「「「動物の本能で一目で危ない奴だって判ったんだ」」」」」」
 その場に居たリリア以外の全員が同時にツッコミを入れた。


 マザーが少しだけ困った顔をしてリンダに視線を向けた。
『お話の腰を折って申し訳ありません。USA支部長官Ω・クレメント付けでレディ・サラ……いいえ。リンダ・コンウェル嬢宛てにメールが入っています。どうしますか?』
「わたし個人宛? あ、ごめんなさい。今朝から彼らとのホットライン以外は拒否設定にしてあるの。面倒だからこのまま音声変換して流しちゃって。多分家でしょ」
 リンダが顔を上げるとマザーが苦笑しながら『違います』と頭を振る。
『流しますが聞いた後にわたくしに文句を言わないでください。
「僕の愛しい姫君へ。また危ない事をしようとしているんじゃ無いだろうね? 僕は今朝から君の歌声に心を奪われっぱなしだよ。それはともかくさて本題だ。すでに音楽関係者の間で誰が歌っているのかと話題になっている。君はよほどの事情が無い限り、表の仕事以外で目立つのを嫌うだろう。意中の相手と連絡が取れたのならすぐに元に戻した方が良いよ。あのメッセージが僕宛じゃ無いのがとても残念だけど、勿体無いから子守歌代わりにする事にしたよ。毎晩素敵な夢が見れそうだ。君の声を直接聞けないと寂しいね。また2人きりで会いたい」
……以上です』
 リンダとα・シリウスが同時にコーヒーを噴き出した。
 「さむっ!」と真顔でアトルが両腕を擦る。
 「俺も全身に鳥肌が立った」と大が背中を掻きながら苦笑する。
 ビクトリアが額に青筋を立ててマザーに「この通信の発信元は?」と問い掛ける。
 配信を始めてまだ1日目、正確にこちらの意図を見抜き、冗談だと思いたいメッセージを加えながら警告を発している。
 太陽系警察機構USA支部宛に堂々とこんなメッセージを送りつけてくるからにはただ者では無い。
『太陽系防衛機構です』とマザー。
 やっぱりとリンダとα・シリウスが同時に嫌そうな顔をする。
「サラ、説明して貰える?」とビクトリア。
 リンダが頬を引きつらせてわずかに口ごもるとα・シリウスが代わりに答えた。
「名乗らなかったみたいだが、まず間違いなく発信者は太陽系防衛機構の自称「J」。身内の恥を自分達で始末を付けたかったのか、アンブレラI号事件で1個師団を動かして俺達を、というよりレベル6と戦っていたサラ……リンダ・コンウェルを助けた。第13コロニーとの戦闘にも深く関わっているらしい」
「シリ!」
 どうして言うのよ? という顔をするリンダに、α・シリウスは視線だけで「文句有るか?」と返した。
 ビクトリアが数回額を指先で弾いて顔を上げた。
「太陽系防衛機構の「J」ね。わたしも噂だけは聞いた事が有るわ。かなりの発言力を持っているそうよ。でもその正体は宇宙軍内部でも極秘扱いだとも聞いているわ。サラ、これはどういう事かしら?」

 頬を赤く染めてぐっと言葉を詰まらせるリンダに、ビクトリア達の鋭い視線が一斉に向けられる。
 α・シリウスもここまで「J」に大胆な行動に出られたらリンダを庇い様が無いと押し黙る。しかも毎日学院で顔を合わせているくせに「また2人きりで会いたい」とはどういう意味だ? と自然と渋面になる。
 リリアが大の髪を引っ張って、何度も頭を振った。
「何、リリア? ん。大切だから言えないだけ。ああ、そうだね。サラが俺達を騙して宇宙軍と裏取引きする訳無いね。うん。「J」の勝手なお節介。俺もそう思うよ。ビクトリア」
 大の言葉にビクトリアもリンダの顔色を見ながら頷く。
「リリアがそう言うなら本当でしょう。サラ、この件はこれ以上聞かないわ。でも、せっかくの情報は有効に使いましょう。早くも音楽関係者で話題になっているという点よ。宇宙軍や一般人に暗号を解読されてしまっては彼らの身に危険が及ばないかしら」
 冗談好きのジェイムズによる顔から発熱しそうなイレギュラーから立ち直り、リンダはすぐに頭を切り換えた。
「あの歌詞はあえて恋愛を強く意識して作りました。音楽関係者達もそう受け取るでしょう。特殊な耳を持つターゲットの彼らか、レディ・サラとリンダ・コンウェルが同一人物だと知っている人だけが正解にたどり着けます。残念ながら……太陽系防衛機構の「J」はわたしの正体を正確に知っています」

 マザーとΩ・クレメントがどこから情報が洩れたのかと顔色を変える。
 α・シリウスは不本意だという顔をしているリンダから目を離さない。
「そういう理由で「J」は暗号を解読できたのでしょう。ですが、これだけは断言出来ます。「J」は彼らの正体に気付いたとしても絶対に軍を動かしません。もしもその気が有れば、この様に表立ってわたしにメールを送らなかったでしょう。あのメールは「J」からわたしへの注意以上の意味が有るとは思えません」
「堅物の太陽系防衛機構に属しながら「J」にはかなり自由裁量が有るみたいだね」
 防衛大出身の大が羨ましそうに言う。
「立場はどうであれ、約束は必ず守ってくれる人、とだけ答えておくわ」とリンダが苦笑する。
「サラがそう言うなら良いじゃん。リリアも問題無いって言ってるし、話がややこしくなって面倒だからそっちはパスにしよーぜ。ビクトリアももう聞かないって言ったろ。問題は音のプロかぁ。可聴音域じゃねえってのにメチャ鋭いよな。伊達にそれでメシ食ってないってコトか」
 アトルが少しでもリンダの気が楽になればとわざと茶化す様に言う。
「わたしもこれほど早く見つかるとは思わなかったわ。口コミで広がるのが1番怖いのよ。彼らの安全を最優先に考えなければならないわ」
 ビクトリアが僅かに眉をひそませる。
「音楽関係者による解読不能の理由は先程言いました。今の段階で一般人にわたしが歌っていると知られてもテストCMだからで済みます。恋愛と季節感を全面に出してますし、素人のわたしが作った歌詞をコンウェルは正式採用しません。このまま放置しておいても1ヶ月もしない内に季節外れを理由に削除出来ます。コンウェルは自社イメージを崩す事を避けます。ご安心ください」
 リンダは一旦目を閉じて、深呼吸をすると意志の強い光を瞳に宿す。
「わたしは今は歌を消さない方が良いと考えています。あの歌を聴いて彼らはわたしに会いに来てくれました。現在はホットラインに連絡待ちの状態です。わたしが今も彼らに会いたがっているという意思表明の為にも、セカンドコンタクトまではあの歌を流し続けるべきだと考えています」
「あの女は包みが毒じゃないかと疑っていた。歌を流し続ける事で本気だと訴え続けるという事か」
 α・シリウスに聞かれて、リンダは「ええ」と頷いた。

「どうせこっちからはコンタクトとれねーんだしな。そうすっとまた待機だな。サラは連絡が来るのは何パーセントだと思ってんだ?」とアトル。
「100パーセントだと思うわ。彼らを信じたいの。……じゃ、駄目?」
 α・シリウスには1度たりとも見せた事が無い、口元に手を当て上目遣いになったリンダのお子様甘え全開「お願い聞いて」モードに、アトルはへらっと笑ってα・シリウスを突き飛ばすとリンダを抱きしめた。
「メチャ可愛いなぁ。そんな顔されたら何でも聞いちゃうって。ビクトリア。俺、サラに賛成するからな。下手に刺激したく無いんだったら、向こうから連絡が来るまでこっちは動かない方が良いだろ」
 「ありがとう」とリンダも笑顔でアトルを抱き返す。
「俺も賛成」と大。
 リリアが小さく自分もと手を上げる。
「サラから離れろ」
 ソファーから落とされたα・シリウスがアトルを引き剥がそうとする。
「やだね。俺のはどこかの馬鹿と違ってセクハラじゃねーもん」とアトルが舌を出す。
「アトル、お前……」
 α・シリウスが腰の銃に手を掛けるのを見て、ビクトリアが立ち上がって手に持っていたハードメモリーシートでα・シリウスの後頭部を叩き付けた。
「こんな事くらいで銃を出すな! 余所でやれ」
「ここは絶対ハリセンが出る場面だよなぁ」
 大は日本人的感覚で言うとリリア一緒に目の前で繰り広げられる漫才を笑って見ていた。

 α・シリウスとアトルの喧嘩は放置して、リンダがバッグから小さなケースを出した。
「どの様な通信回線であれ、彼らがメモに書いたナンバーを入力してくれたら、この端末が反応します。そして1度連絡が入りさえすれば、送信者が何処に居るのかも衛星を通して追う事が出来ます」
 ビクトリアが強引な方法に少しだけ眉をひそめる。
「そこまですると立場が弱く警戒心の強い彼らを騙した事にならないかしら」
 リンダも本音では心苦しいという顔をして頷く。
「この方法を選んだのは彼らの健康問題が有るからです。事件は判っているだけで3週間前から起こっています。わたしの予想どおり彼らが免疫抑制剤を手に入れられなくなっているのだとしたら……」
 大が視線を落としたリンダの言葉を受けて続ける。
「DNAタイマーが発動して細胞が徐々に崩壊しているな。サラが渡したのは人間用の免疫抑制剤かな?」
「はい。彼らが人間以外のどういうDNAを持つのか判りません。犯罪の手口や残された証拠から元体は人間のDNAで構成され、動物の優れた部分が彼らのDNAに加えられたのだと判断しました。事実、わたしが会った青年は爪さえ出さなければ少しだけ大柄で筋肉質な人間で充分通じます」
 ビクトリアが頷いてモニターに昼間の映像を映し出す。
「RSMと会った女性も瞳の変色に気付かなければ、見た目は普通の人間だったわね」
『62年前にDNA融合体が国際法で禁止された時、免疫抑制剤無しで成人のDNA融合体が生き延びた最長記録は3ヶ月でした。レディ・サラの判断をわたくしも支持します』とマザー。
「彼らがレディ・サラの薬を使ったとして伸びる寿命はどれくらいだ?」とΩ・クレメント。
 リンダは本気で悔しそうな顔を一瞬だけ浮かべ、すぐに表情を引き締めて答えた。
「極秘で個人的に発注したアンプルが間に合いませんでした。あの量ではせいぜい2日が限度です。それにあの薬だけでは体調を多少良くする程度の効果しか有りません。本来なら免疫抑制剤は融合された遺伝子全てに対応する物でなければなりません。わたしが渡したのだけでは不完全です。1日も早く彼らが連絡をくれる事を祈る事しか出来ません」
「あの青年はどう見ても20歳を越えていたな」と大が腕を組んで呻る。
「女性の方も同じくらいだと思うわ」とビクトリア。
「時間無い」とリリアが悲しげに呟いた。
「DNAキメラが国際法で禁止されたのは、どれほど上手く融合させても全員10歳になる前にDNAタイマーが発動し、お互いの遺伝子が独立して免疫細胞が体細胞を食いつぶし合って早死にしたからだ」とα・シリウス。
「禁忌の方だ。神は天と星と大地と人を創った。後に地上に出た人の一部が動物に姿を変えたともいう。……俺の故郷の伝承はともかく、1度分裂して進化した生命は決して元の姿に戻らねぇ」とアトル。
「過激なコミュニケーションは終わったみたいね。さっさとソファーに座って議論に加わりなさい」とビクトリア。
 リンダは痣や擦り傷だらけになったα・シリウスと無傷のアトルを見て驚いたが、リリアや大、Ω・クレメントもよほど慣れているのか平然としていた。

 色々疑問や不安は有るものの、周囲から決断を迫る雰囲気を感じて、リンダはきっぱりと自分の意志を言った。
「この端末が唯一彼らとの繋がりです。わたしはUSA支部に詰めて彼らからの連絡を待つつもりです。それで家に帰れないと連絡をしました」
「わたし達もそうしましょう。オスカー?」
 ビクトリアの許可を求める視線を感じてΩ・クレメントは笑顔で返す。
「この件はすでに君に一任してあるだろう。ここの設備も好きに使ってくれ。マザー」
『はい。このフロアに仮眠室を用意しました。レディ・サラとチーム・ビクトリアの分です』
「俺のは無いのか?」とα・シリウスが手を上げる。
『あなたは此処に自分の宿舎が有るでしょう』
「此処の敷地がどれだけ広いと思っている。サラに連絡が入った時にすぐに動けない」
『このフロアですぐに用意出来る個室はもう有りませんよ。どうしてもと言うのなら此処のソファーか廊下で寝てください』
 あっさり答えるマザーにα・シリウスはしばらく考え込むと「だったら俺はサラと同室で良い。始めからそのつもりだった」と言った。
「このデリカシー欠如男、いきなり何を言い出すのよ!」
 真っ赤になったリンダが怒鳴り声を上げる。
「今更だ。前にも一緒に寝ただろう」
「「はあっ?」」と、大とアトル。
「誤解を招く言い方をしないでよ。あの時はマザーの連絡待ちだったから、非常措置で通信室に簡易ベッドを2つ入れたんじゃない」
「お互いに意地を張って部屋を取り合ったのね」
 ビクトリアが冷静にツッコミを入れる。
「端末を持ったサラを絶対に1人にはさせられない。俺の経験上、連絡が入ろうものなら全員を起こす前に1人で飛び出すに決まっている。違うと言うな。俺はアンブレラI号事件の時から、サラが単独暴走する度に心臓に悪い思いをさせられ続けている」
 過去の実例まで出されて反論の出来ないリンダが呻る。
「サラ、奴が嫌なら俺と一緒に寝るか? 俺ならビクトリア達にすぐ連絡出来る」
 アトルが嬉しそうにはいはいと手を上げる。
「人のパートナーに横から手を出すな」とα・シリウス。

「ストップ! 時間が無いのに下らない喧嘩は止めなさい。USAマザー、部屋は3つで良いわ。大とリリア、わたしとアトル、それとRSMとサラ、個室だと対応が遅れる可能性が高いわ。部屋割りの苦情は一切聞かないわよ」
 ビクトリアが鋭い視線を全員に向ける。
『承知いたしました。ユニットを拡張してかなり狭くなりますがツインルームを用意します』とマザーが応じた。
「でもなー。大とリリアが同室なのはいつもの事だけど、ビクトリアは滅多に俺と寝ないだろ。セクハラ男より俺の方が断然サラが安全だと思うけどなぁ」
 アトルがリンダの身を心配して不満げに呟く。
 リンダはチーム・ビクトリアの人間関係の複雑さに想像力がついて行けず、自分が置かれている状況も忘れて思考を完全停止させた。
 マザーが固まっているリンダに小さな声で囁く。
『レディ・リリアの能力上、α・大は人が多い場所で精神安定に欠かせない存在なのです。クイーン・ビクトリアとα・アトルは長い付き合いなので歳の離れた姉弟みたいな関係です。変な誤解をなさらない様に』
 マザーは一気に赤面したリンダの顔見て思わず吹き出した。


 あてがわれた部屋でビクトリアは上着をベッドの上に投げ出すと、肩を回してボキボキと鳴らした。
「ババくせー」
 アトルが笑ってツッコミを入れる。
「久しぶりに拳を使い過ぎただけよ。RSMと一緒に居ると、どうしても教育的指導をしたくなるのよ。アトルもかなりストレスが溜まったでしょう」
「まーな。初めて見るサラが可哀相だからあれでもかなり手加減をしたんだぞ。それにしても「失う事への恐怖」かぁ。マジでキツイよな。やっとあんなに良いパートナーが見つかったのに、RSMは未だにあの呪縛から逃れねーんだな」
 アトルが心底からα・シリウスを想って溜息をつく。
「サラのボロボロの姿を見て理性が飛んだのもそれが原因でしょう。あれはRSMが自力で乗り越えなければならないトラウマよ。わたし達に出来るのはRSMを見守り、暴走しかけた時に止める事だけ。今のRSMの全てを受け止められるとしたらサラだけでしょう」
 自分達では無理だと言われ、アトルが面白くないとベッドの上で大の字になった。
「あーあ。いっその事、サラがRSMに惚れてくれたら良いのに。RSMだってサラなら悪い気はしないだろうし精神的にも安定するだろ。でも完全「お兄ちゃん」扱いじゃ期待できねーかな。わざとサラの前でRSMの事「お兄ちゃん」って連呼してかま掛けたのに思いっきりスルーだったじゃん」
 器用に枕を足で蹴って遊ぶアトルを横目に見ながら、ビクトリアも自分のベッドに腰掛ける。
「サラの「兄妹」説への無反応は内緒話を聞かれた事の方がショックで、RSMの呼び名にまで気が回らなかっただけだと思うわ。それにRSMとサラの関係はわたし達が横から口を挟む事では無いでしょう。全ては本人達の気持ち次第だから、放っておくのが一番よ。USAマザーにRSM達の部屋のドアが開いたらすぐに解る様に細工して貰ったわ。待機モードで寝るわよ」
「ほいよ。おやすみ。ビクトリア」
 「おやすみなさい」と言ってビクトリアは照明を落とした。


 α・シリウスはリンダと同室と聞いて安堵し、リンダが嫌そうな顔をしたのは見なかった事にした。
 照明は明るいのに重く暗く感じるのは、いつもは明るくよく話すリンダが、何かを考え込む様な顔をしてベッドに腰掛けたまま一言も話そうとしないからだ。
 間が持たないと感じたα・シリウスは、端末を操作してホットティーを2つ出すとリンダにも渡した。
 「ありがとう」と言ってリンダはカップに口を付ける。
「今日は色々と悪かった」
「もう気にしていないと言ったでしょ。切れた時のシリに何を言っても無駄だもの。でも、今度同じ事をやったら容赦しないわ」
 表情を消したまま言葉に刺を含ませるリンダに、α・シリウスは言葉に詰まる。
 リンダはα・シリウスの顔を正面から見据えてわざとらしく盛大な溜息をついた。
「どうしてこう毎回違うパターンで馬鹿をやってくれるのかしらね。2度目が無いから遠慮無く殴ったり蹴ったり出来無いじゃない。シリのそのすました顔に、1度くらいくっきり足跡を付けてみたいと思っても良いでしょ。今日はわたしも慌てていたから咄嗟に蹴っちゃったけど」
 リンダの表情が柔らかくなり笑顔を見せたので、α・シリウスもほっと息を付く。
「すまない」
「まぁ、今日のところはお互い様ということで」
 少しだけ視線を逸らすリンダを見て、「J」の事を言っているのだと気付いたが、α・シリウスは言及するのを避けた。
 今はリンダが仕事に集中出来る様にしたいという気持ちと、USA支部内でジェイムズの話題を出すと、マザーに気付かれる可能性が高いからだ。

「サラ」
「何?」
 カップを置いてベッドに横になったリンダが振り返る。
「抱いて良いか?」
「はあーーーーっ!?」
 突然とんでも無い事を言われ、リンダは枕元に置いていた髪飾りを持って大声を上げる。
「あ。……間違えた。抱きしめても良いか? だ」
 α・シリウスも表現の間違いに気付いてすぐに訂正した。
 リンダはそれで無くてもα・シリウスに対しては少ない理性の糸が確実に数本切れた音を聞いたと思った。
「寝言は寝て言いやがれ。この馬鹿」
 昆で殴るのはさすがに気が引けたので、リンダは上体を起こして枕をα・シリウスに投げつけた。
 枕を受け止めたα・シリウスは「それもそうだな」と言って立ち上がる。
 枕を返して笑うとそのままベッドに潜り込むとリンダを抱きしめた。
「ちょ、ちょっと。意味が全然違うわよ。今すぐ離してよ。電撃攻撃を喰らいたいの?」
 α・シリウスは焦ったリンダの抵抗も抗議も完全に無視して抱きしめる腕に力を込める。
「とても温かい。サラが本当に生きている証だ」
「へ?」
 意味が解らずリンダは髪飾りから手を離す。
「シリ、どうしたの?」
「サラが無事で生きていてくれる。俺はそれが嬉しい」

 その一言でα・シリウスが今までずっと不安を抱え続けて辛かったのだとリンダは気付いた。
 プライドの高いα・シリウスが「頼むから見捨てずに気長に待ってくれ」と、初めて自分に弱音を吐いた。
 無惨に切り裂かれたタイプAガードロボットを何度も見てきたα・シリウスは、Ω・クレメントとビクトリアが許可を出しても、リンダが1人で犯人達と対峙する事を最後まで反対し続けた。
 公園でボロボロになった自分の服を見た時は、血も出ていないのに大怪我をしたのではないかと勘違いをし完全に動揺していた。
 理由は判らないがα・シリウスは自分の目の前で誰かが傷ついたり死ぬことが耐えられないのだと判り、リンダはまるで自分の様だと感じた。
 リンダは肩の力を抜いて自分が不安を訴えるとサムがいつもしてくれる様にα・シリウスを抱き返す。
 心音を聞くと誰でも安心するのだと幼い頃にサムが教えてくれた。
 言葉が足らなさ過ぎるα・シリウスの突飛な行動も今は許そうとリンダは思った。
「5分経ったら自分のベッドに戻って休んで。連絡が入れば忙しくなるわ」
「俺はこのままでも寝られるから気にするな」
 離れるどころかα・シリウスはリンダの肩が枕代わりだと顔を埋めようとする。
 リンダの理性の糸が一気に数十本切れ、竜の本能が姿を現す。
「前言撤回。今すぐ出ていけ!」
 α・シリウスを1発でベッドから蹴り出すとリンダは毛布を引っ張って背を向けた。

 蹴り落とされたα・シリウスはリンダのベッドに両腕と顎を預けて「おい」と拗ねた声を出す。
「「おやすみ」すら言ってくれないのか。薄情者のパートナーめ」
 リンダは毛布の中で握り拳を作り、ゆっくり1から10まで数えると、何とか笑顔を作って振り返った。
「シリ、2択よ。1.今すぐ自分のベッドに戻って寝る。2.今すぐこの部屋から出ていって廊下で寝る。好きな方を選んで」
 α・シリウスは少しだけ迷って「3.今すぐサラと同じベッドで一緒に寝る。……だな。これから忙しくなるんだろう」と笑顔で答えた。
 瞬時にリンダはベッドから跳ね起きるとα・シリウスの顎を踵で蹴り上げ、更にふらつくα・シリウスの後頭部を膝蹴りして昏倒させた。
「4.今すぐわたしに気絶させられる。……っと。あー、すっきりした。アトルの言ったとおり、始めからこうしておけば良かったわ。クイーン達の手前ずっと猫を被っていたけど、1日にこれだけ馬鹿をやられ続けたら、ストレスが溜まりまくってさすがに切れるわ」
 リンダは気絶したα・シリウスの腰を抱えて持ち上げると、馬鹿力を発揮して隣のベッドの上に放り投げた。
 風邪を引かれても困るのでα・シリウスに毛布を掛ける。
「クイーン・ビクトリアが鉄拳制裁する気持ちが解るわ。この馬鹿、怒られるか殴られるまで全然自分の言動のおかしさに気付かないんだから」
「おやすみなさい」
 ぽんと軽くα・シリウスの頭を叩き、リンダはこれでゆっくり眠れると欠伸をしながら自分のベッドに戻った。


 眉間に皺を寄せてΩ・クレメントが自室でマザーと話し合っていた。
「あれはレディ・サラにでは無く、我々への警告だと言うのかね?」
『はい。少なくともわたくしにはそう受け取れました。もし太陽系防衛機構の「J」がレディ・サラ……リンダ・コンウェル嬢の個人的な知り合いだとして、私信ならコンウェル家に送れば済むはずです。「J」はわざと太陽系防衛機構の回線を使用して、あなた宛てにあんな言付けを頼んできたのです』
 Ω・クレメントがグラスをサイドテーブルに置いて額に手を当てた。
「……そうか。太陽系警察機構にこれ以上リンダ・コンウェルの名前を矢面に立たせるなと言いたいのか」
『アンブレラI号事件時の「J」の行動を再検証した結果、その可能性が高いと思います』
 マザーの指摘にΩ・クレメントは数瞬考えて顔を上げた。
「レディ・サラが自ら望んで選択した捜査方法だ。しかも恐ろしいほど的確で結果が出るまでとても早い。納得がいく理由が無ければレディ・サラは頭を縦に振らないだろう。とても私には彼女を止められない」
 珍しいΩ・クレメントの弱気な言葉にマザーは冷静に答えた。
『レディ・サラを止めるにはα・シリウスを上手く再教育するのが1番でしょう。α・シリウスは未だにレディ・サラに振り回されています。これでは対等のパートナーとは言えません。それと気になる情報が有ります』
「何だ?」
 口調を強めるマザーにΩ・クレメントがこの上何が有るのかと顔を上げた。
『α・シリウスがある青年の個人情報を欲しがっていました。その後USA支部に戻ってアンブレラI号事件を調べ直していました。「J」と関係が有るのかもしれません』
「α・シリウスも「J」と接触したというのか?」
 Ω・クレメントもきつい口調に変わる。
『確証は有りません。今のα・シリウスなら単にやきもちの可能性も高いですね。学院で何か有ったのかもしれません。無駄だと止めたのにレディ・サラを迎えに行き、空振りしてから実際に顔を見るまで怒っていましたから。いい歳をして自分の気持ちを把握しきれず、整理も出来ないお子様の相手はいくらわたくしでも疲れます』
「……遠回しに私に嫌みを言っていないか?」
 探る様なΩ・クレメントの視線を受けて、マザーがわざとらしく声を上げた。
『まあ。Ω・クレメントには自覚が有ったのですか。これは驚きですわ。てっきり22年前から引きずっている失恋を無かった事にしたいのだと思っていました』
 Ω・クレメントが顔を真っ赤に染めて「寝るから出て行け!」と怒鳴った。
『全くこの親にしてこの子とはよく言ったものですわね。お休みなさいませ』
 マザーは笑って嫌みを言うと姿を消した。


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