Rowdy Lady シリーズ 2 『木星より愛をこめて』

10.

 獅子と猫がセントラルパークの端で合流し、尾行を警戒しながら帰宅したのは、日はとうに落ちて間もなく日付が変わる頃だった。
 暖炉の前で烏を抱きかかえて待っていた鹿乃子は、2人の無事な姿を見て安堵の涙を流す。
「良かったわ。やっぱりリンダ・コンウェルは信じられる人だったのね」
 猫は不快感も顕わにまだかすかに赤い手首をさする。
「わたしは直接会わなかったから何とも言えないわ。だけど同行していた長身の刑事に銃を取られたわ。背後を取ったわたしより早く動くなんて、ただの人間のくせに嫌な男」
「まさか……刑事に銃を向けたの?」
 鹿乃子が何て無茶な事をと震えながら問い掛ける。
「獅子の邪魔をしない様に足止めしただけよ。撃つ気は無かったわ」
「猫、相手は刑事だ。1発でも撃っていたら逆に殺されていた。見張りだけという約束だったはずだ」
 獅子がたしなめる様に言うと猫は少しだけ頬を染めて言い返した。
「リンダ・コンウェルが1人で来たのだったらわたしも出なかったわよ。リンダ・コンウェルとあの男の動きは完全に連携していたわ。獅子の安全を考えての行動よ」
「俺にはそう思えなかったが猫の勘は信用出来る。猫からそう見えたのなら刑事の方がリンダ・コンウェルに合わせて動いていたんだろう。お互い無事だったから銃の事はもう良い。問題はこれだ」
 獅子がジャケットのポケットから小さな包みを出す。
「それは何なの?」と鹿乃子。
「リンダ・コンウェルに持たされた。薬だと言っていた」
「わたしもあの男に同じ物を渡されたわ。獅子、まさか信じるの?」と猫も包みを差し出す。
 あの危険な臭いがする男を信用するなど冗談でも嫌だと猫が眉を吊り上げる。
「刑事は猫を守る為にあえて武器を取り上げたのだとリンダ・コンウェルが言っていた」
「たしかに素人が銃を持つなと言われたけれど、あの強引で高飛車な態度でわたしを守るですって?」
 口調がきつくなる猫に落ち着く様に言い、獅子は思い出し笑いをした。
「猫に痛い思いをさせたのは悪かったと何故かリンダ・コンウェルが謝ってきた。猫が悲鳴を上げた時に「あの馬鹿」と怒っていた。身体能力にも驚いたが、それ以上に性格が……」
 意味が解らないという顔をする猫と鹿乃子の顔を見て、獅子は我慢が出来なくなって声を立てて笑い出した。

 鹿乃子は烏に膝枕をしたまま座り、猫はソファーに腰掛け、獅子は全員の顔がよく見える様に立った。
「この2日間で色々有り過ぎた。情報を整理しよう」
 そう言って獅子はこれまで有った事を2人に再確認していった。

 DNA融合体を生かし続ける免疫抑制剤と食料が新規に手に入らなくなって2ヶ月以上が過ぎている。
 これまでは人間に見つかるのを怖れて隠れて暮らしていたが、自分達の力だけでは薬が手に入らない以上、薬が全部無くなる前に何らかの自己アピールをして、手助けをしてくれそうな相手を捜すと決めたのが4週間前の事。
 それから一切人的被害を出さずに目立つ方法をと無人の倉庫や店舗を狙って窃盗犯罪に手を染めた。
 獅子達の思惑は完全に外れてニュースは事件を流しても、自分達の正体を少しでも臭わせる内容には一切触れなかった。
 7日前に手持ちの薬が全て無くなり、このままでは埒が明かないと、2日前に今後の活動の為にと廃工場を襲って残っていた武器を盗んだ。
 手に入ったのは軍用ナイフ数本、数丁の銃と弾薬、ロケットランチャーが数機。
 長期間廃棄されていたので、もう動かないだろうと思っていたタイプAガードロボットから弾薬を取ろうとした烏が、いきなり動き出したロボットに襲われて重傷を負い、すぐに武器と怪我をした烏を抱えて隠れ家に戻った。

「ここまでは間違無いな?」と獅子が問い掛ける。
「ええ」と猫。
「その後すぐにうちに有る薬で烏の治療をしたわ。でも、烏の傷は治らなかったの」
 鹿乃子が烏の髪を撫でながら辛そうな声で言った。
「昨日、俺達は烏を置いて廃工場に戻った。タイプAガードロボットに烏の痕跡が残っていると思い出したからだ。新しい人間の足跡と臭いが残っていたのでガードロボットを燃やし、人間達が戻って来るのを予想してトラップを仕掛けた。正体がばれる様なミスをした覚えは無い。そして、俺達は昨夜集めた武器を使って薬品倉庫を襲った。細心の注意を払ったが怪我人を出てしまったのは失敗だったな」
 獅子が一旦言葉を止めて猫と鹿乃子の顔を見ると話し続けた。
「ところが、あれだけ多くの事件を起こしても全く俺達の情報が流れなかったにも拘わらず、今日になってから様々なメディアからリンダ・コンウェルの歌が流れ出した。内容から俺達へのメッセージと判断し、俺と猫がセントラルパークに行った。ここまでも良いな」
 獅子に問われて猫と鹿乃子が頷く。
「リンダ・コンウェルに会えたんでしょう。何が有ったの?」
 鹿乃子の期待に満ちた眼差しを見て、猫は不快感も顕わに吐き出す様に言った。
「獅子がリンダ・コンウェルと1対1で話しをしたいと言ったから、私は隠れて周囲の監視をしていたの。リンダ・コンウェルはのんきに歩きながら歌っていたわ。その50メートルくらい離れた場所に長身の若い男が居たの。とても危険な臭いがしたわ。しばらく見ていたけど付かず離れずという雰囲気だったわ。わたしはその男はリンダ・コンウェルの仲間だと思ったの」
「続けろ」と獅子。
「出来るだけ足音も気配も消して男の背中に銃を突き付けたわ。リンダ・コンウェルの仲間かと聞いたら、「自分は太陽系警察機構の刑事でリンダ・コンウェルと知り合い」だと言ったわ」
 鹿乃子が猫が握りしめている包みが気になって仕方がないという風情で視線を向ける。
「それでわたし達に薬をくれたのね」
「薬かどうか判らないわ。あの男は信用出来ない」
 全てにおいてα・シリウスに遅れを取り、悔しそうに爪を噛む猫に今度は獅子が問い掛けた。
「その男……刑事は何と言っていた? 言った言葉はそのままで猫の印象を聞きたい」
 猫は「そうね……」と言いながら冷静に何が有ったのか事実を話し、最後にこう付け加えた。
「あの男はリンダ・コンウェルに執着し、好意を持っている。と思ったわ。「リンダ・コンウェルの悪口は許さない」と言った時の怒気は尋常じゃ無かったもの」
 獅子は猫の説明を聞いて自分の印象と違和感を覚えたが、怒りにまかせて猫が嘘を言うはずは無いので曖昧に頷いた。

「獅子はどうだったの? 直接会ったんでしょう」
 鹿乃子は猫の話を聞いて逆にリンダへの期待を高める。
 猫からも強い視線を向けられて獅子はどう言ったものかと両腕を組んだ。
「目印代わりだと歌っているリンダ・コンウェルに会った。来てくれて嬉しいと、昨日はロケットの直撃を受けたと笑っていた。天然かと聞いたら初めて言われたと喜んでいた」
 「「は?」」と猫と鹿乃子が同時に声を上げる。
 2人の当然の反応に獅子も苦笑する。
「どうも上手く纏められない。リンダ・コンウェルは色々な意味で俺の予想を超えていた。取り合えず何が有ったのかを猫の体験と合わせて話す」
 獅子はリンダが素直に自分の命令を聞いた事、ほぼ100パーセント自分達の事を理解している事、猫の悲鳴を聞き怒って攻撃した自分に薬を渡して逃がした事を話した。

「人間なのに獅子の攻撃を全てかわすなんて凄いわ。それに頭も切れるのね。わたし達の理解者と思って良いんでしょう」
「鹿乃子、リンダ・コンウェルはわたし達の事情を知りながら刑事を連れて来たのよ。それでも信用するの?」
 猫が油断は出来ないと浮かれている鹿乃子に厳しい視線を向ける。
「その刑事も猫を逃がしてくれたんでしょう」
「武器を取り上げ薬を強引に渡した上でね。発信機を見つけられなかったけど、わたし達が見つけられないだけかもしれないわ。信用させておいて毒を使うという可能性が1番高いわよ」
 猫の鋭い指摘に、鹿乃子はすがる様な目で獅子を見上げた。
「獅子もそう思うの?」
「そうだな。リンダ・コンウェルは俺がどれだけ攻撃しても、避けるだけで全く反撃してこなかった。丸腰かと思ったら、俺が別の男に囚われそうになった時に、正体の判らない武器を使って俺を庇った。俺達の身が心配だと、自分を信じて欲しいと言った。猫の言う様にリンダ・コンウェルの目的が本当に俺達の保護なら……」

 そこまで言って獅子はゆっくりと金色に輝く目を伏せる。
 自分の中の動物の本能は「逆らうな。いっそ逃げろ」と告げていた。
 一見普通の少女にしか見えないリンダの本性は、DNAを融合し更に強化された自分達よりはるかに強い。
 渡された薬とホットラインナンバーは、猫のいうとおり罠の可能性が有る。
 それでもと獅子は思う。
 約束どおり1度は刑事に捕らえられた猫は無事に返された。
 「信じてとしか言えないのはとても悲しい事ね」と、言ったリンダは悲しげに微笑んでいて胸が苦しくなった。
信じたい。
 リンダの言葉を、笑顔を、優しい歌声を、自分の爪でボロボロの姿になっても「逃げて」と言ったあの真剣な姿を。
 何よりも一目で自分を惹き付けて放さなかった、くもりの無い綺麗な明るいエメラルド・グリーンのあの瞳。
 あんな素直な目をして人間という生き物は平気で嘘をつけるものなのだろうか。
 隔離された場所で育った自分達は、親以外の人間を直接知らない。
 もし、あの全てが嘘だとしたら自分は一生人間不信に陥るだろう。
 しかし、今は自分の判断に兄弟4人全員の命が掛かっている。
 リンダの全てを信じたいという気持ちと、常に最悪の状態を考えろという相反する思いが獅子自身を苛む。

 1つ息を吐いて獅子は決断した。
「この薬を研究室で分析する。時間は掛かるが本当に薬で安全と判れば使えば良い。もし毒なら俺がホットラインを使ってリンダ・コンウェルを呼び出してこの手で殺す」
 「分かったわ」と安堵の声を出す猫。
「獅子、分析結果を待つ時間は無いわ。こうしている間にも烏の身体はどんどん冷えているのよ。食欲も無いし血が足りないんだわ。お願い。その薬を渡して」
 鹿乃子が「間に合わない」と必死に訴える。
「鹿乃子、烏を大切に想う気持ちは俺も同じだ。だからこそ絶対に危険は冒せない」
 烏の身体をそっと横たえて鹿乃子は立ち上がると、ひと飛びで獅子の手から包みを奪い取った。
「「鹿乃子?」」
 獅子と猫が驚いて声を上げる。
「これはわたし達に残された最後の希望だわ。獅子や猫の言う事は解るけど、わたしはもうこんな状態が続くのが嫌なの」
 鹿乃子は包みからアンプルを取り出すと、獅子と猫が止める間も無く自分の腕に突き立てた。
「これでわたしが死んだら復讐でも何でも好きにしたら良いわ。夜明けまで待ってわたしが生き続けたらリンダ・コンウェルを信じて。獅子、猫、お願いよ!」
 鹿乃子の漆黒の瞳が涙で濡れ、獅子は溜息をつき、猫は青ざめた。
「分かった。鹿乃子、お前の言うとおりにしよう」
「ありがとう。獅子」
 極度の緊張から解き放たれて鹿乃子はその場に崩れ落ちる。
 猫が慌てて鹿乃子の元に走り寄り抱き上げた。
「眠っているだけよ。心臓の音も呼吸音も正常。ここのところ烏に付き添って全然眠っていなかったからかしら。それともやはり薬は罠だったのかしら? 毒性は無くても正体は睡眠薬でわたし達の足止めが目的だったのかもしれないわ」
「判断は夜明けまで待つ。そう約束しただろう。鹿乃子の勇気を無駄にしたくない」
「そうね」
 獅子に冷静な声で言われて猫も素直に頷く。
「烏は今夜は俺が見る。猫は鹿乃子を頼む」
「分かったわ」
 2人は毛布を引き寄せると自分達と鹿乃子と烏を包み、明かりの無い部屋で夜明けを待った。


 リンダ達がUSA支部に戻ると、マザーが急いで全員の健康状態をスキャンした。
 事前に報告を受けていたとはいえ、両手首に再生パックを当てたα・シリウス、ぶかぶかで重たい大の服を着て動きにくそうにしているリンダ、薄着で震えている大にカイロ代わりだと張り付いているリリア、精神的に疲れたという顔をしているアトル、眉間に縦皺を寄せているビクトリアを見て、これはどうしたものかと困惑した。
『温かい飲み物をご用意します。レディ・サラ、事情は聞いてます。上質の物で無くて申し訳ありませんが、着替えを用意しました。A−2を使ってください』
「ありがとう、マザー。大、本当にありがとう。すぐに着替えてこの服を返すわね」
 包みを渡されてリンダが2人に礼を言う。
「構わないよ。逆にあの格好で君に動きまわられたらこっちの目の毒だ」
 真実を隠し、大も気にしていないと笑って答える。
 部屋を出て行ったリンダの後を、こっそり付いていこうとしたα・シリウスの両足をアトルが素早く引っ掛けて転がして背中を踏んだ。
「お前な。本当に懲りろっての!」
『α・シリウス、報告はクイーン・ビクトリアから聞いたわ。何度同じ事を言わせれば気が済むの? 馬鹿に付ける薬は無いけれど、今度という今度は呆れてわたくしもΩ・クレメントも物が言えなくなりましたよ。レディ・サラとクイーン・ビクトリアの判断に感謝したいくらいです』
 マザーの小言にα・シリウスはアトルの足を退けて立ち上がりながら反論する。
「俺だって理由もなくあんな事はしない。サラはよほどあの男に怪我をさせたく無かったのか、フィールドを完全オフにしていた。あの服の状態を見たら怪我をしていると思って当然だろう。今も本当に誤魔化していないか確認しようとしただけだ。俺はサラのパートナーだぞ」
「パートナーだからって女の子の着替えを覗きに行くか? セクハラ男。お前、サラが絡むとマジで異常だっての」
 何ならまた縛っておくぞとアトルが腰から縄を引き抜く。
「USAマザー、セクハラ男の言い分に何か理は有るかしら?」
 ビクトリアの問いにマザーが溜息をつきながら答えた。
『アンブレラI号事件でレベル6級の強化服と戦った際に、レディ・サラは大怪我を負いました。それをα・シリウスには意地を張って事件が解決するまで隠していた事は事実です。今回はα・シリウスの位置からではレディ・サラが紙一重で攻撃を全てかわしていたのが見えなかったのでしょう』
「俺達は離れて見ていたから逆にサラの動きがよく見えた。あの服の惨状を見て慌てたんだろうが、時場所をわきまえた行動を取って欲しかった」
 と、言いながら大はアトルに縄を納める様に促す。

「失う事への恐怖」

 沈黙していたリリアが小声で呟いた。
 それまで黙って話を聞いていたΩ・クレメントと、ビクトリアがリリアの指摘で全て合点がいったと同時に顔を上げる。
「ビクトリア」
 Ω・クレメントの強い視線を受けて、ビクトリアも視線だけで了解したと合図を送る。
 ふっと息をついて何でも無い事の様に振る舞う。
「オスカー、分かったわ。両方の個性を生かしてもっと上手く使えと言いたいのね。RSM」
「はい。教官」
 α・シリウスは姿勢を正してビクトリアの前に立った。
「パートナーはお互いに信頼し合わなければ成り立たない。これはわたしが研修中に何度もあなたに教えた言葉だわ。あれほど信頼されて、あなた自身もサラの気質をよく理解しているなら、あなたが大人の対応をしなさい。さっきみたいな騒ぎは2度とごめんよ」
「了解しました。ご迷惑をお掛けして申し訳有りません」

 α・シリウスが最敬礼をした時、大の服を持ってリンダが長官室に戻ってきた。
「シリ、何で踊ってるの?」
 リンダの横滑りした問い掛けにα・シリウスは凍り付き、その場に居た全員が爆笑した。


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