Rowdy Lady シリーズ 2 『木星より愛をこめて』

9.

 獅子とリンダが高い悲鳴を聞いて同時に振り返る。
「あの馬鹿! あれほど慎重にと言ったのに何をやってるのよ」
「猫!?」
 リンダがα・シリウスの強引さに思わず声を荒げ、獅子は大切な妹の名を呼んだ。
 急いで駆け戻ろうとしたリンダ背に怒って伸びた獅子の爪が食い込み服を切り裂く。
「俺達を騙したな!」
 服が更に破けるのもかまわずにリンダが獅子を振り返った。
「騙していないわ。彼は彼女が無茶をしない様に止めただけよ。どうして銃なんか持ってきたの。慣れない物を素人が持ったら危ないでしょう」
 再び襲い掛かる鋼鉄をも切り裂く爪を紙一重で避けながらリンダが真剣に訴える。
「武器を持たなければもっと危険だ。俺達は警察に追われる身だぞ。猫を襲ったあいつがさっき言っていた刑事なんだな」
 両目を狙われてリンダが上体をわずかに逸らし、肩口から袖に掛けて一気に布地が裂けた。
「襲ってなんかいないわ。とても信頼出来る人よ。意味も無く暴力はふるわないわ」
「警察なんか信用出来るか!」
 獅子の鋭い爪がリンダの喉を狙い、これもぎりぎりで避けたリンダの服の胸元を切り裂く。
 タイプAガードロボットよりも正確に獅子の動きを見切って全ての攻撃をかわすリンダに、獅子は噂は伊達ではないと焦りを覚える。

 大がリリアをビクトリアに預けて全速で走る。
「どうしてだ? サラ、君なら……。アトルはそこから動くな。ビクトリアとリリアを頼む。これ以上彼らを刺激したくないとリリアが言っている」
「うっそっ。この状況で俺が待機組ぃ!?」
 リンダを助ける為に木から飛び降りて今にも駆け出そうとしたアトルが冗談だろうと声を上げる。
「アトルは強過ぎるんだよ。気配だけで彼らの戦闘本能を刺激する。頼むからそこに居ろ」
「リリアが言うのなら確かだわ。アトル、ここは大に任せなさい」
 ビクトリアからもきつく止められ、アトルはリンダが攻撃される様を見て思わず呻る。
 獅子の爪を避け続けている中、遠くから大が自分の名を呼びながら駆け寄ってくるのがリンダの視界に入った。
 ポケットから大が小さな箱を出すのを見て、リンダが「駄目よ!」と叫ぶ。
「出来れば避けたかったが、君がそいつと戦えないのなら仕方がない」
 大が投げた数個の箱から獅子を被う様に光の網が飛び出してくる。
「駄目って言ってるでしょ!」
 リンダが「わたしから離れて」と言って獅子を突き飛ばして逃がし、手首から繰り出したホイスカーで網を全て叩き落としていく。
「サラ!?」
 リンダの行動に驚いた大が立ち止まる。
「逃げるわよ」
 困惑する獅子がリンダの声で振り返り、ホイスカーを回収したリンダは獅子の手を握った。
「お前、何故!?」
 強い力で腕を引かれ、獅子が爪を納めて訳が分からないと声を荒げる。
「お願い。わたしを信じて」
「お前達の行動全てが俺達を信用させて掴まえる為の罠じゃ無いと言い切れるか。離せ。猫をあの男から救い出さなければならない」
 逆方向に走ろうとする獅子をリンダは頭を振りながら強引に引きずっていく。
「今は駄目。戻ればあなたの方が掴まるかもしれないわ。お願いだから彼を信じてあげて。必ずあなたのお仲間をこの場所から安全に逃がしてくれるわ。そう約束したの。彼はとても強いのよ」
 獅子はリンダの手を振りほどこうとするが、どこからこんな馬鹿力が出るのか細い指は自分の手を離さない。
 正体の解らない武器を使う背後の男とは戦いたくないと思い直し、今は他に方法が無いとリンダと共に走り出す。

 ほっと息を付いてリンダは走りながら獅子の顔を見上げた。
「ミョウさん? ていうのね。猫さんは彼に銃を向けたわ。太陽警察機構規約で刑事に銃を向けたら射殺されても文句は言えないのよ。それを防ぐ為に武装解除させて貰ったの。やり方が乱暴だったのはわたしから謝るわ。本当にごめんなさい。素人の女性相手に暴力をふるうなんて。後できっちり殴っておくから許して」
「お前は本気で俺達を助ける気でいるのか?」
 刑事と結託している相手など到底信じられないと、獅子の理性が疑いの言葉を吐き出す。
「そう思ってくれたからあなたはここまで会いに来てくれたんでしょう? とても嬉しかったわ」
 リンダはスピードを落とさずに片手でウエストバッグから小さな包みを取り出して獅子に差し出す。
「これをどうしてもあなたに渡したかったの。昨夜盗んだ薬では怪我が治らなかったでしょう」
「どうしてそれを知っている?」
 どこまで自分達の事を知っているのかと獅子は驚愕の目でリンダを見る。
「盗難リストを見せて貰ったの。DNA融合体はDNA対応薬じゃ無くても人間専用に最近開発された薬では副作用防止機能が邪魔をして治せないのよ。もう1つのDNAがそれを拒否するの。逆も同じ。今あなた達全員の身体に起こっている変化を考えれば簡単に答えが出るわ。このアンプルを全員に打って。あなたの身体も一時的にだけど楽になるわ。怪我をしている人にアンプルを打つ時は、様子を見ながら少しずつよ。同封してある外用薬は傷口に直接付けて。完治は無理だけど古いタイプの薬だからかなり良くなるはずよ」
 懇願する様な顔を見て獅子はリンダから包みを受け取る。
「これが本当に薬だという保証は有るのか?」
「信じてとしか言えないのはとても悲しい事ね。さあ行って。あなたの足ならきっと逃げ切れるわ。誰かがあなたを追う様なら何が有ってもわたしが止めるわ」
 リンダが握っていた手を離すと、「本気か?」と獅子が尚も問い質す。
「袋にわたし専用のホットラインナンバーを入れておいたわ。わたしを信じてくれるなら連絡をくれない? またね!」
 そこまで言うとリンダは笑顔で獅子の背中を押し、獅子とは逆方向に走り出した。
 獅子は走りながら何度も振り返り、リンダの後ろ姿を見て複雑な表情を浮かべた。


 α・シリウスは落ちた銃を蹴り飛ばすと、猫の手を離して胸ポケットから小さな包みを出した。
 自由になった猫がよろけながら振り返る。
「もしもお前達の誰かに会ったらどうしても渡して欲しいとリンダ・コンウェルから預かった。薬だと言っていた」
 痛みと屈辱で頬を染め、猫がα・シリウスを睨み付けた。
「そんな物要らないわ」
「伝言はまだ有る。「お前達の身に何が起こっているか知っている。大切な人を助けたいなら使え」だそうだ。俺はお前を逮捕しない。今日はこれを持って今すぐに帰れ。あの男もリンダ・コンウェルが逃がしたはずだ。他に追っ手が来たら俺が食い止める。お互いにそう約束した。行け」
 それだけ言うとα・シリウスは有無を言わせずに猫に包みを持たせて背を向けた。
 いくら広い広葉樹の森の一角とはいえ、騒ぎに気付いた一般人が地元警察に通報していないとは限らない。
 出来れば武装したいところだが、それでは猫が安心して逃げられないだろう。
 通信ピアスを通してリンダと若い男が言い争っているのを聞いた。
 猫の事など放っておいて一刻も早くリンダと合流したいが、約束を守らなかったと知った時のリンダの怒りが恐ろしい。
 猫はα・シリウスの背中を見ながらわずかにためらって包みを抱えると、獅子と約束した合流場所へと走り去った。


 獅子と別れたリンダの姿を見た時、α・シリウスは絶句し、怒りが完全に頂点を越え、言葉にならない怒号を上げた。
 あれほど危険だから強化防護服を着ろと言ったにも拘わらず、断固として断ったリンダの私服は獅子の爪によって無惨に切り裂かれ、ほとんど原形を留めていなかったからだ。
 リンダの耳がたしかなら「こ・の・お・お・ば・か・む・す・め!!」と言ったらしい。
 くらくらする程の耳鳴りがする状態でリンダが何とか笑顔を作る。
「シリ、猫さんに薬を渡してくれたのね。ありがとう。でも女性に暴力をふるうのは感心しないわよ。こっちも何とか無事に渡せたわ」
「これのどこが無事だ!?」
「え、え、えっ? ぎゃーっ! 何をするーっ!?」
 α・シリウスは走ってリンダを抱き上げると近くのベンチに寝かせ、辛うじて身体を覆っている服を脱がせようとする。
「頼むから平気なふりは止めてくれ。無理に動こうとするな。もう話すな。怪我をしているだろう。すぐに止血をする」
「してなーい。というか、止めてよ。馬鹿!」
 リンダが顔を真っ赤に染めてα・シリウスの手を止めようとするが、α・シリウスは逆にリンダの腕を押さえ込む。
「こんな場所で信じられない事をしないでよ。正気なの!?」
「黙ってじっとしていろと言っている! 傷が悪化する。どうしていつもサラがこんな酷い状態になるんだ。俺がいつも側に居ながら、どうしてサラだけが……」
「言ってる意味が解らないわ。怪我なんかしてないわよ。人の話を聞けーっ!」
 リンダの平手にも怯まず、α・シリウスはリンダから服を剥ぎ取った。
 白い両肩が顕わになり、胸元から水着に似た白とも銀色とも薄紅色にも見えるスーツが姿を見せる。
「え?」
 α・シリウスがこれは何だという顔になり、リンダの身体をひっくり返す。
 背中の大半も同じ素材の物で覆われており、あれほど服が酷い状態だったにも拘わらず、どこにもかすり傷1つ見あたらない。
「……怪我をしていないのか」
 一気に力が抜けた声を出したα・シリウスの顔面を、怒ったリンダがブーツの踵で蹴る。
「何度もそう言ってるでしょ。いい加減に離してよ!」


 箱を回収した大と合流したビクトリア達は、ベンチの上で争う2人の姿を見て同時に頭を抱えた。
 アトルは「……もうコイツやだ」と脱力してその場にしゃがみこむ。
「何をやっているの!?」
 ビクトリアはα・シリウスの襟首を掴み引き起こして顔面に拳を放った。
 大は素早く自分の上着を脱ぐと、ボロボロの姿でベンチの上で胡座を組み不機嫌な顔をしているリンダの肩に掛けながらそっと耳打ちをした。
「さっきは余計な手出しをして悪かった。そのスーツをあまり人に見られるのは不味い。いくら鈍いRSMでも遠からずそれの正体に気付くぞ。どのみちその恰好じゃ着替えが必要だろ。早くこれを着た方が良いよ」
「ありがとう」
 信じられない物を見たという顔をチームメイト達から隠し、リンダの耳元で大は囁いた。
「全くとんでもない物を着ているな。それならあの凄いパワーも頷ける。君の度胸は買うがよくケイン氏が許したな。それとこの事は誰にも言わないから安心してくれ」
「お願いしようと思っていたところよ。助かるわ」
 一目で自分が何を身に着けているのか察した大に礼を言うと、リンダは素早く上着を着た。
 めちゃ重っ! と思ったのは好意で服を貸してくれた大には言えなかった。
 大はゆっくり深呼吸をしながら普段は完全解放しているリリアにも自分の思考を閉ざした。
 『奇跡のリンダ』の実態を知り、震えだそうとする両手をゆっくりと開く。
 生身の人間が全てを承知であんなモノを身に着けているなど、大には到底考えられなかった。
 技術は素晴らしいが、コンウェル財団のやる事は恐ろしいと全身に冷や汗をかく。

 リリアは黙って皆の行動をみていたがポツリと「せくはら?」と言った。
 半ばヤケ気味に立ち上がったアトルが笑って話に乗る。
「おおいいねー、それ。RSM改名セクハラ男。俺、もうこれ以外の呼び方したくねー」
「俺も同感」
 アンダーベストと身体に密着したスーツ姿になって振り返った大が同意する。
「RSMと呼ばれるのを嫌がっていたから改名しても良いでしょう」
 まだ額に青筋を浮かせているビクトリアが苦笑いをしながら言った。
「セクハラなんかじゃ無い。サラの怪我の治療をしようとしただけだ。サラは前にも服で見えないのを良い事に大怪我を隠そうとした前科が有るんだ」
 α・シリウスが必死で「違う」と訴える。
 ここで止めないとこのメンバーなら本当に時場所構わずそう呼び続けるのが分かっているからだ。
「どう言い訳したってなぁ」とアトル。
「嫌がる女の子の服を脱がしたら暴行未遂だ。しかもここは公園だぞ。サラに恥をかかせる気か」と大。
「これ以上馬鹿をやらない様に逮捕しましょうか。警察の恥だわ」とビクトリア。
「サラ、頼む。何とか言ってくれ」
 α・シリウスがリンダを振り返る。
 リンダは口元に手を当ててしばらく考え込むとにっこり笑った。
「告訴して良い? わたしの他にも女性に暴力ふるったみたいだし」

 「よっしゃ」とアトルがα・シリウスに飛び掛かって、腰に巻いていた革ひもで上半身を縛り上げる。
 「はい。連行」とビクトリアが駐車場に向かって歩き出す。
 大がリリアを抱えると「帰ろうか」とリンダに向かって笑う。
 「サラ、助けてくれ」とアトルに引きずられながらα・シリウスが懇願した。
「だって彼と約束しちゃったんだもの。後でシリを殴っておくって。目立つのが嫌なら大人しく自分の足で歩くのね。そうしたらアトルに頼んで縄を手首だけにして貰うわ」
 リンダが情け容赦無く言い切った。

 アトルが運転席にα・シリウスを放り込み、大が行き先をUSA支部にセットしリモートモードにする。
「サラ、またこのセクハラ男が馬鹿な真似したら、遠慮なんかせずにその場で殴っちゃえよ。いくらパートナーだからって、あんまり甘やかし過ぎると男はどんどんつけ上がるぞ」
 アトルが顔に似合わないくらい大人の表情をしてリンダの肩を叩いた。
「心配してくれてありがとう。その時は瞬殺するわ」
 どこまで本気で冗談なのか判らないアトルの言い様に、リンダはホイスカーを仕込んだ手首を見せる。
 「その意気だ」と笑ってアトルがドアを閉めると車が自動的に走り出した。

 ばつが悪くてリンダの顔を見られないα・シリウスは、助手席に背を向けてゆっくり息を吐いた。
『マイ・ハニー、サラ。さっきはつい頭に血が上って……その、悪かった』
『マイ・ハニー、シリ。さすがに今回ばかりは呆れてどうしようかと思ったわ』
 お互いに気まずさを感じて視線を合わせられず、吐息だけの会話が続く。
『このアトルの縄は誰にも抜けられない。無理に外そうとしたり、ナイフで切ろうとすれば手首ごと持っていかれる。特化α級は伊達じゃない。さっきアトルが言った事はサラ宛てじゃ無くて俺への警告だ。頭を冷やせと言いたいんだろう』
 リンダは数回瞬きをしてそういう事かと納得した。
『凄いわね。特化ってα、レディ級刑事で、特殊能力保持者だけがなれるんでしょう』
『チーム・ビクトリアは噂どおりに太陽系最強のチームだ。全員のスキルが桁外れに高い』
『シリはそこのスカウトを断ったんでしょう。そのまま居れば特化になれたんじゃないの?』
『まさか。あの当時の俺はまだ研修中だぞ。それにあのチームは結束力がとても強い。俺には合わないと判断した』
 パートナーになって以来、自分には1度たりとも態度に出さないくせに、時折人を拒絶する言い方をするα・シリウスにリンダは溜息をついた。
『また、どうしてそういう事を……』
『サラと出会って俺の判断は間違っていなかったと確信出来た。俺のパートナーはサラだけだ。相変わらずデリカシー無しの馬鹿ですまない。努力は続ける。頼むから見捨てずに気長に待ってくれ』
 リンダはα・シリウスの気弱な告白を聞いて頬を真っ赤に染めた。
『馬鹿ね。見捨てるとか見捨てないとかそういう問題じゃ無いでしょ。シリの暴走原因の大半はわたしだわ。わたしにだって少しは自覚が有るのよ。1人で勝手に卑屈にならないで。刑事としてのシリをわたしは心から尊敬しているのよ。そりゃあ、本当に馬鹿としか言い様が無い事を度々してくれるけど。わたしはパートナーがシリだからマザーの要請を受けたのよ』
 てっきり激怒しているとばかり思っていたリンダの好意的な言葉に、α・シリウスは振り返ろうとして手首を動かした。
「あだだだだっ!」
 激痛にα・シリウスが思わず声を上げ、リンダも叫び声を上げた。
「きゃーっ。血が出てる。アトル、お願い。シリの縄解いてーっ!」

「あの馬鹿何やってんだか。どうする? ビクトリア」
 アトルが気の無い声で聞くと、ビクトリアが額に手を当てて呆れた様な声で答える。
「少しは頭が冷えて懲りたでしょう。大」
「了解。そこの路地で停車させる。アトル、奴はともかくサラが可哀相だから、救急キットを持ってちゃんと治療してやれよ」
 大も今回ばかりはうんざりした様な声で言った。
「ほいよ。俺(テオ)の名にかけて女の子は泣かせないって」

 2台の車は流れを離れてほどなく同時に停車した。


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