Rowdy Lady シリーズ 2 『木星より愛をこめて』

8.

 わたしは気付いてしまったの
 あなたがそこに居ることを
 今までずっと隠していたのね
 どうして何も言ってくれなかったの
 わたしもあなたを求めているの
 ねえ、おねがい
 わたしの前に姿を見せて
 ねえ、おねがい
 わたしに声をかけて
 あなたには聞こえるでしょう
 わたしのとても小さな声が
 秋の風が金色に光る場所で
 ずっとあなたをまっているわ
 奇跡がわたしたちに起こると信じているの

 わたしは知ってしまったの
 あなたが苦しんでいることに
 今までずっと耐えてきたのね
 もうあなたはひとりじゃないでしょう
 わたしがあなたの側にいるから
 ねえ、おねがい
 わたしの声に耳をかたむけて
 ねえ、おねがい
 わたしを信じて
 ほんの少しだけ勇気をもって
 わたしの手を握りかえして
 秋の風が金色に光る場所で
 ずっとあなたをまっているわ
 天使がわたしたちに微笑みかけてくれるわ

 α・シリウスはぽかんと口を開けてUSA支部内音響室からスタジオを見つめていた。
 リンダは自分やビクトリア達の目の前で5分も経たない内にメッセージを込めた歌詞を作った。
 コンウェルのイメージCM曲がすでに有るとはいえ、想像もしなかった才能を披露するリンダに呆然とする。
 人には頼めないからと歌うのもリンダ自身で、これを編集して5万ヘルツにまで引き上げ、出来次第オリジナル音声と共にコンウェル本社に待機しているケインに送信する予定だ。
 よくこんな方法をビジネスに厳しいケインが了解したものだとα・シリウス達が首を傾げたら、以前から歌詞が無いのが寂しいという声が社内外から上がっていたとリンダは説明した。
 普通の人間には聞こえない5万ヘルツで流した理由は試験的導入で通すつもりでいる。
 アンブレラI号事件の時もだが、捜査と仕事や学業を同時に片付けようとする辺りがちゃっかり者のリンダらしい作戦だとα・シリウスは思った。
 高音で優しく語りかける様な歌声が耳に心地良い。
 口と同時に手足が出るリンダのどこにこんな才能がと思って聞いたら、学院では初等部から芸術を最低でもどれか1単位は取る事が義務づけられており、道具や創作時間や練習時間が要らない声楽を選んだと答えた。
 ヴォイストレーニングは授業中に厳しく行われるので、単位を取るだけなら授業に出席して真面目に練習すれば良いのだと笑っていた。
 名実共にハイレベルの学院がそれで良いのか? と疑ったが、この歌声を聞けば理解出来る。
 これだけの歌唱力を持ちながら授業中にしか歌わないのは惜しいと思うが、面倒臭がりのリンダならこんなものかもしれないと、α・シリウスは自分を納得させる。
「プロレベルとは言えねーけどメチャ上手いじゃん。このまま流せばいいのに。勿体ねぇ」
 アトルが正直な感想を洩らす。
「それではこの作戦の意味が無いわ。彼らにだけ聞こえて意図が通じれば良いのよ」とビクトリア。
「秋の風が金色に光る場所って何処だ?」
 東USAの地理に明るく無い大が問い掛ける。
 リンダの歌声に聞き惚れていたα・シリウスが、リリアに突つかれて我に返ると慌てて答えた。
「これまで奴らの行動範囲はニューヨーク周辺に限られていた。これなら俺にも解る」


 約7メートル四方の部屋の中央に豪奢な天然革張りの椅子が1脚有り、青年がマホガニー製のテーブルの上に十数のモニターを表示させていた。
 視線は中央のモニターに釘付けになっている。
 ゆったりとした音楽に合わせて映し出されるまだ残された地球の美しい自然、流れる水のきらめき、日の光を浴びて輝く花々、風に揺れる木々、コンウェル財団のイメージCMは常に優しさに包まれている。
 宇宙開発のパイオニアで有りながら、力強さよりも安らぎと安定をコンウェル財団は企業イメージとして全面に押し出している。
 わざとらしさや嫌悪感を感じさせないのは、コンウェル財団が設立以降ずっと地球の自然環境保護に力を注いできたからだ。
 重厚な扉がノックされ、1人の女性が入ってくる。
「ジェイムズ、山崎大の消息が少しだけ解ったわ」
 溜息混じりの声に、ジェイムズが振り返って笑みを浮かべた。
「ありがとう。いつも悪いね。ニーナ」
 ニーナは1枚のメモリーシートをジェイムズに手渡すと広いテーブルの端に腰掛ける。
「残念ながら今回はリクエストにお応え出来なかったわ。公表されている山崎大の情報は10年前に国際防衛大を主席で卒業と同時に太陽系警察機構に就職。あらゆる兵器を自在に使いこなし、ドライバーやパイロットとしての腕も1級と評価されていたのに、太陽系防衛機構に就職しなかった経緯はどうしても洗い出せなかったの。研修先として木星支部に行き、それ以降の消息は一切不明。生きているなら33歳ね」
 プライドを少しばかり傷付けられたという顔をするニーナに、ジェイムズはゆっくり頭を振った。
「リンダのあの顔から察すると元気に生きているんだろう。しかし参ったね。太陽系警察機構木星支部はかの高名なるクイーン・ビクトリアの支配下だ。あらゆる情報のブラックホールだからね。いくら君でも探れなくて仕方が無いよ」

 ジェイムズの額をニーナは笑って軽く突つく。
「言葉とは逆に大切なリンダに関わる情報が出なくて残念って顔をしているわよ。さてジェイムズ、わたしが今朝出した宿題は解けて?」
 テーブルについた腕に顎を乗せてジェイムズは首を横に振る。
「美しく聡明なニーナお姉様、出来の悪い弟で申し訳ない。ずっと画面と睨めっこしながら分析を続けてきたけどコンウェル財団のCMの何処が変わったのか全く判らなかった。画面も音楽も今までのままだよ。今日はやたらとこの曲ばかりがあらゆるメディアに流れているのは気に掛かるけどね。何か他のCMに問題が有ったのかな」
 ふんと鼻を鳴らして1歳年上のニーナはジェイムズの「教えて。お願いモード」を一蹴する。
「まだまだね。ジェイムズ、あなたは勘も頭も良いし素晴らしい情報収集能力も有るけど、分析能力だけはリンダの足下にも及ばないわ。だから万年2位のままなのよ」
 自分の最大の弱点をずばりと突いてくる婚約者に、ジェイムズは素直に頭を下げた。
「おっしゃるとおりです。ニーナ、降参するから教えて貰えないかい。こういう時の君はとても意地悪に見えるよ」
「たまには全部自力でやれないと一生リンダを守れるだけの男になれないわよ。でも、急いだ方が良いみたいだから今日のところはこれで許してあげるわ」
 ニーナがテーブルの端末にメモリーシートを置くと、パネルを捜査してモニターに表示させる。
「今日0時からのCMよ。ちゃんとあなたにも解るように設定し直したわ」

 イメージ曲に合わせて優しく心地良いラブソングが耳に入ってくる。
「これは……リンダの声だ」
 少しだけ頬を赤く染めて呟くジェイムズにニーナが更にデータを追加する。
「相変わらず歌が上手いわね。と、聞き惚れている場合じゃ無いわよ。この歌声は何故か5万ヘルツで流されているの。人間の聴覚は平均2万ヘルツまでしか聞こえ無いわ。ジェイムズ、あなたのリンダは何をする気なのかしらね」
 くすりと笑うとニーナは眉をひそませるジェイムズの頬にキスして立ち上がった。
「ここから先はジェイムズの担当。好きにしなさい。そうそう、リンダが絡むとあなたは頭のネジが緩むみたいだから先に釘を刺しておくわ。どう動こうと自由だけど、これ以上自分の正体を周囲にばらす派手な動きだけは慎みなさい。α級刑事相手に自分から話し掛けるなんて信じられないわ」
「出来るだけ心掛けるよ」
 「はいはい」と呆れた様に軽く手を振るとニーナは部屋から出て行った。
 部屋に残ったジェイムズは何度もリンダの歌を聞いて歌詞に含まれるメッセージを解読し始めた。


 窓も明かりも無い部屋に音楽が流れ続けている。
 部屋の中では青年が腕を組み、透き通る様な歌声に耳を傾けていた。
 足音も無く近づいた細身の女性が部屋の入り口で立ち止まり、臭いで察した青年が振り返る。
「獅子(しし)、まだそれを聞いていたのね」
「猫(みょう)、お前も鮮明に聞こえているんだったな」
「ええ、はっきりと聞こえるわ。これはわたし達へのメッセージと受け取るべきね」
「鹿乃子(かのこ)と烏(からす)は?」
 猫は小さく頭を振った。
「2人にはノイズが多くてクリアに聞こえないらしいわ。明らかにわたしかあなた狙いよ」
 獅子は不機嫌な顔のまま前髪をかき上げる。
「警告ついでに烏の血の痕跡は完全に消したと思っていたが、他にも証拠を残してしまったか」
「警察に悟られる様なミスは無いはず。これはあのリンダ・コンウェルからのメッセージよ。有名な「アンブレラI号事件」を解明した『奇跡のリンダ』の底力は計り知れないわ」
 猫は本気になったコンウェルの力が恐ろしいと自分の身体を強く抱いて身震いした。
「相手が噂どおりの化け物並だろうがそんな事は大した問題じゃ無い。1番重要なのは俺達の敵か味方かだ。それが解らないと動き様が無い」
 苛立ちを含んだ獅子の言葉に猫が同感だと頷く。
「歌詞からするとリンダ・コンウェルはわたし達の事をほぼ正確に把握していると考えるべきね。『わたしの声に耳をかたむけて。わたしを信じて』とはね。こんな形で連絡を取って来るなんて思いもしなかったわ」
 呻る獅子と猫の背後から小さく高い声が発せられる。
「わたし達があえて外に出て犯罪に手を染めたのは誰かに知って貰いたかったからでしょう。やっとわたし達に気付いてくれた人が現れてメッセージをくれたんでしょう。獅子も猫もどうして今更ためらうの?」
「鹿乃子、初期計画はすでに頓挫している。メディアは事件を報じても俺達の事を一切流さない。警察が情報操作しているんだ。コンウェル財団は太陽系警察機構との繋がりが深い。今姿を出せば全員殺される可能性が有る。それにリンダ・コンウェルがどうやって俺達の事を知ったのかという疑問が残っている」
 高い足音と共に鹿乃子が跳ねて獅子の胸元に飛び込んだ。
「苦労して手に入れた薬は効かなかったわ。このままじゃ……このままじゃ、烏が死んじゃう。わたし達だって放っておけば遠からずよ。それなのにまだ迷うの? 獅子、お願い。烏だけでも助けて。あの子はわたし達の中で1番若いのよ。怪我さえ治れば希望が有るわ」
 ずっと烏に付き添い、傷が塞がらずに弱っていく姿をもう見ていられないと泣き出した鹿乃子を抱きしめて、獅子は苦しげな顔になる。
 誰が兄弟であり、大切な仲間を失いたいたいものか。
 幼い頃からずっと兄弟4人で肩を寄せ合って生きてきた。
 自分には最年長者として皆を守る責任が有る。

 獅子が泣きじゃくる鹿乃子の髪を数回撫でてゆっくりと言った。
「俺がリンダ・コンウェルに会おう」
「獅子。危険だわ!」猫が焦って大声を上げた。
 振り返った獅子は金色に輝く瞳を猫に向ける。
「鹿乃子の言うとおりだ。このまま俺達が動かなくても事態はどんどん悪化する一方だ。俺がリンダ・コンウェルに会いに行って真意を確かめる。決めるのはそれからでも遅くない」
 反論は許さないと王者の風格に圧され、ふっと溜息をついて猫は頷いた。
「獅子が決めた事なら反対はしないわ。だけどわたしも行くわよ。鹿乃子、あなたはここで留守番よ。わたし達にもしもの事が有ったら烏をお願い」
「猫、そんな悲しい事を言わないで。わたし達は……」
 涙声で言い募る鹿乃子の髪を猫も優しく背後から撫でる。
「獅子1人を危険に晒せないでしょう。わたしの勘を信じて。決して生きる努力は止めない。あの日の誓いは守るわ」
「うん。待ってる。待ってるから絶対帰ってきてね」
 必死に訴える鹿乃子の髪を撫でて獅子が口元に笑みを浮かべる。
「当たり前だ。猫、行くぞ」
「ええ」
 駆け出した2つの影に向かって鹿乃子は「絶対よ!」と大声で叫んだ。
「…………」
 消え入る様な声に鹿乃子振り返ると烏が傷口から血を流しながら廊下を這いずっていた。
「烏! なんて無茶を」
 抱き上げると烏は唇だけで謝罪の言葉を呟き、鹿乃子は泣きながら何度も「馬鹿ね」と言い続けた。


 一面に広がる銀杏並木を視界に捉え、アトルが広葉樹の中程から下に向かって声を掛ける。
「なんで俺らこんな所に居るんだ? もうちょいサラの側に居た方がよくね?」
「大勢で待ちかまえていたら、彼らは気配だけで警戒して姿を見せてくれないでしょう。リリアがトレースしてくれているから心配は無いわ」
 常緑樹の植え込みの間に隠れたビクトリアがマイクを通して答える。
「大とリリアは良いなぁ。日当たりの良いベンチで仲良くピクニック。俺もあっちのが良かった。腹減ったらどうすんだぁ」
 視線をリンダからリリア達に移してアトルが溜息をつく。
「視力はアトルが1番良いんだから文句を言わない。1食くらい抜いてもアトルの戦闘能力は変わらないでしょう。彼らがどういう形でサラにコンタクトを取るのか判らないのよ。ここはバラバラで待機するのが1番だわ」
「んで、「お兄ちゃん」もサラに怒られて半径50メートル以内に近付けねーのか。サラの接近戦の戦闘能力はRSMよりずっと高いぞ。何であんなに意地になるんだ」
「そこがお兄ちゃんのお兄ちゃんたる所以でしょ。無駄だし空しい努力だけど」
 ぷっと吹き出してアトルが笑う。
「RSMの馬鹿は治ってないって事か。側で見てる分には面白れー時も有るけど……ん? 空気が変わったな」
 アトルが身を起こしてすぐに飛び降りれる様に身構える。
「リリアも何か感じている様ね。アトル、まだ動いちゃ駄目よ」
 ビクトリアも不可視ゴーグルを再調整する。

 リンダは朝早くからセントラルパークの銀杏並木で散歩を楽しみながら小声で歌い続けていた。
 フィールド最大経の5メートル以内に居るとしつこく食い下がったα・シリウスは「でかい上に人相が悪い奴は離れてろ」と蹴り飛ばしてある。
 ビクトリア達からのツッコミ怖さに恨みがましい視線だけで訴えてくるので、連絡用ピアスを常にオンにしておくという事でお互いに折り合いを付けた。
「わたしは気付いてしまったの。あなたがそこに居ることを。今までずっと隠していたのね。どうして何も言ってくれなかったの……」
 そこまで歌ってリンダは声を立てて笑い出した。
『この部分ってまるでアンブレラI号で初めて会った時のシリの事みたい』
『隠れて見ていて悪かったな。組織に追われていた俺が姿を見せる方がサラの身が危ないと判断した。あの頃はサラの本性を知らなかったんだから仕方が無いだろう』
 「綺麗な声だ」と誉めようとしたらこれかと、α・シリウスはリンダと出会ってから一気に増えた溜息を繰り返す。
『シリ』
『了解』
 少しだけ緊張したリンダの声にα・シリウスがすぐに応じる。

「ねえ、おねがい。わたしを信じて。ほんの少しだけ勇気をもって、わたしの手を握りかえして。秋の風が金色に光る場所で、ずっとあなたをまっているわ」
 リンダの歌声に惹かれる様に長身で肩幅が広く、無駄の無い筋肉質でラフな服装をした青年がゆっくりと歩いてくる。
 やや長めで癖の有る金髪を後ろに流し、瞳も日差しを浴びて金色に輝いていた。
 なんて綺麗な人なのだろうかとリンダは思わず見惚れる。
 リンダと目が合うと獅子は立ち止まり、まじまじとリンダの全身を見て呆れた様に言った。
「本当に歌いながら待っているとは思わなかった」
 リンダが嬉しさのあまり笑顔で駆け寄ろうとすると、獅子は片手を上げてそれを制止した。
「そこで止まれ。俺の方から行く」
「お互いに顔を知らないから何らかの印は必要でしょう。来てくれてありがとう」
 ぺこりと丁寧に頭を下げるリンダに、獅子は手を伸ばせば届く距離まで近付いて、どう対処して良いものかと戸惑った。
 『奇跡のリンダ』の名は隔離されて育てられた自分達でもニュースサイトを通じて知っている。
「リンダ・コンウェルを殺すには市1つを消すつもりで殺れ」という冗談としか思えない噂も聞いているが、目の前の少女を見る限りとてもそんな化け物とは思えない。
 しかし、自分の中に有る動物の本能が「リンダ・コンウェルに逆らうな」と強く命令している。
 獅子は数瞬目を閉じて、意志の力で本能を完全に押さえ込んだ。
「リンダ・コンウェルだな」
「そうよ。初めまして。昨日は素敵な歓迎をありがとう。あれだけロケットの直撃を受けたらさすがに怪我をするかと思ったわ」
 笑いながらさらりととんでも無い事を言うリンダに獅子は目眩を覚える。
「1発で家屋を破壊する威力の爆撃を受けてあっさり「怪我」と言い、トラップを仕掛けた相手に礼まで言うのか。お前は天然か?」
「あら、新鮮だわ。天然と言われたのはこれが初めてよ。「馬鹿」とはよく言われるけど「天然」の方が可愛く聞こえる気がしない?」
 本気で言ってるらしいリンダの嬉しそうな顔を見て、心の中で「我慢だ。耐えろ」と唱えながら、獅子はリンダの問い掛けに答える。
「お前の場合は根本的に違うと思うぞ」
「そうかしら」
 にっこりと微笑むリンダに獅子は頭を抱えたくなった。
 見た目も性格も予想を完全に裏切って常識がずれまくった感性の持ち主を前に、本能と理性が「精神衛生の為にも避けろ」と警笛を鳴らす。
 しかし、王者としてのプライドと使命感がそれを許さない。
 α・シリウスはリンダと獅子の会話を聞きながら「ああ、またサラのボケの新たな犠牲者が」と、犯罪者の獅子の方に同情した。

 リンダが半歩だけ獅子に近付いて小声で囁いた。
「立ち話をしていると目立つわ。あなたの好きな方に歩いて。この距離を保ったままどこにでも付いて行くわ」
 獅子が頭を振って強い視線をリンダに向ける。
「お前が1歩前を歩け。方向は後ろから指示する。始めはそのまま真っ直ぐだ」
 それもそうだと笑ってリンダは頷いた。
「分かったわ。あなたはとても綺麗なのに恥ずかしがり屋さんなのね。勿体ないと思うわ」
 歩き出したリンダの後ろ姿を見つめながら、「「この馬鹿娘!」」と心の中で獅子とα・シリウスは同時にツッコミを入れる。
 獅子の内心を知ってか知らずかリンダが囁き続ける。
「本当に良かったわ。もしかしたら来てくれないかもって少しだけ不安だったの」
「あれだけうるさい呼び出し方をされ続けたら出てこざるを得ない」
 低く威嚇する様に言う獅子にリンダは視線だけを向けていきなり切り出した。
「怪我をしたお仲間は生きているわね? 今ならまだ間に合うのでしょう?」
 ずばりとこちらの1番痛いところを突いてくるのに、リンダの声のトーンは「心配だから」と告げている。
 獅子は少しだけ息を整えて言い返した。
「質問をするのは俺の方だ。お前は答えるだけで良い。どうやって俺達の事を知った?」
「親しい友人に太陽系警察機構の刑事が居るの。事件の概要を聞いてすぐにおかしいと思ったわ。ニュースと全く違うんだもの。それで調べていたらあの廃工場に行き着いたの」
 刑事と聞いて獅子の指が固く強張り爪が伸びる。
「その刑事も俺達の事を知っているのか?」
 リンダが答えようとした時、自分にでは無い攻撃信号をピアスから受け取った。


「動かないで」
 音も気配も全く感じさせずに背後を取られ、背中に銃を押し付けられたα・シリウスはその場に立ち止まった。
「ずっと見ていたわ。リンダ・コンウェルの後を付けていたわね。仲間なの?」
 殺気を押し殺した声にα・シリウスはリンダと打ち合わせたとおりの答えを返す。
「俺は刑事だ。リンダ・コンウェルとは仕事で知り合った。ここ2日ばかり様子がおかしいので後を付けていた」
「嘘ね。あなたの声には真実が無い。人間の声は単純で判りやすいわ」
 これも打ち合わせと予想の範囲内と、α・シリウスは表情と声のトーンを抑える。
「仕事で知り合ったのは本当だ。実は捜査が頓挫しそうになったので相談した。コンウェルの情報網は多岐に渡り、太陽系警察機構を上回る。昨日は廃工場で手酷い歓迎を受けた。あれはお前達の仕業か?」
「質問をするのはこちらよ。リンダ・コンウェルは何をする気なの? 答えなさい」
 ふっと溜息をついてα・シリウスが答える。
「お前達全員を無事に保護したいそうだ。馬鹿が付くくらいのお人好しだからな」
「刑事を連れてきておいてそんな戯言を信じろと言うの?」
 嘲笑の響きを感じ取ったα・シリウスは素早く振り返り、猫の銃を持った方の手首を掴んで捻り上げた。
「リンダ・コンウェルの悪口は俺が許さない。感謝するんだな。何が有っても怪我1つさせるなときつく言われている。太陽系警察機構の刑事に銃を向けておいて殺されないのは奇跡だぞ」
 猫は腰まで届くストレートの黒髪を振り乱し、光の加減で金にも青にも見える瞳を怒りで燃やす。
「離しなさい!」
「後が怖いからそうしたいのはやまやまだが、銃だけは預からして貰う。素人がこんな物を振り回すな。下手をしたら自分が怪我をするぞ」
 手首を更に強く掴まれて猫は思わず悲鳴を上げて銃を落とした。


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