Rowdy Lady シリーズ 2 『木星より愛をこめて』

7.

 「行くわ」と言って走り出しだリンダをα・シリウスが追いかける。
「単独行動は止めろと言っているだろう。何処へ行く気だ?」
 少しだけ視線をα・シリウスに向けてリンダが早口で説明する。
「弾道は正確に記憶しているわ。発射場所に行けば何か手掛かりが残されているかもしれないでしょ。全てを消される前に証拠を押さえたいの」
 リンダの言葉を受けて、ビクトリアが素早く指示を出す。
「RSMは此処に待機。大、アトル、サラと一緒に行って」
 「「了解」」とリリアを降ろした大とアトルも走り出し、α・シリウスは顔をしかめて立ち止まる。
「警戒を続けて。RSMはこの周辺を。リリアは同時にあの3人もトレースして」
「「了解」」
 全員に命令を出しながらビクトリアはポケットから端末を出して打ち込みを始める。
 リンダと同様にこの状況から時間が無いとビクトリアも判断した。

 400メートル程走り、リンダがブーツの踵を3回鳴らして『わたしを月まで連れてって(1/6Gモード)』と吐息だけで囁き、3.5メートルの高さは有る塀の上に飛び上がってそのまま走り続ける。
「ありゃ。マジですげーな。本当に火竜みてーだ」
 アトルが空を駈ける様なリンダを見上げて感心する。
「アトル、頼む」と大。
「ほいよ」
「サラ。投げるから受け取ってくれ」
 走りながら小柄なアトルが大の踵を持って放り投げる。
 振り返ったリンダが驚いて「げっ」と言いながら飛んできた大の腕を掴み、塀から落ちない様に受け止めた。
「1G下で凄い無茶をするわ」
 半ば呆れた様な顔でリンダが大を見上げる。
「うちはいつもこんな調子だ。助かった。ありがとう」
「どういたしまして」とリンダと大が塀の上を同時に走り出す。
「サラに無茶って言われたくねー」
 助走をつけて倉庫を踏み台に塀に飛び上がって追いついてきたアトルが笑う。

 塀にロープで括り付けられた発射台を前に3人が立ち止まる。
「撃たれたロケットは16発だったわ。4基設置型の発射台も4つと。本当に完全自動だったみたいね。回収する意味すら無いという事かしら」
 リンダが面白く無さそうに呟く。
「ほぼ同時に撃たれたのに全部数えてたのか」とアトル。
「当然でしょ」とリンダ。
 大が手袋をはめると跪いて丹念に発射台を探る。
「小さいが高性能のセンサーが有る。やっぱりあのロボットに何かが近付くと発射する様にタイマーセットされているな。ご丁寧に160秒後だな。誰かが気付いて近づき、仲間を呼んで来た所を一気に叩く気だったな」
「今までと違って殺す気マンマンて感じじゃん」
 アトルが爆発の規模を思い出して不愉快そうに言う。
 リンダのフィールド無しでミサイルの直撃を受けていたら、全員無事で済まなかった可能性が高かったからだ。
 そうでは無いと言いたいのを堪えて、リンダはあえて複数の選択肢を投げかける。
「そうせざるを得ないよほどの事情が出来たのか。武器を手に入れた事で気が大きくなってしまったのか。……慎重な犯人達だもの。おそらくは前者じゃないかしら」
 リンダがコンタクトレンズを駆使してわずかな手掛かりを捜す。
「大、BLMSに記録は撮ってるの?」
「全部撮ってるよ。ゴーグルの機能で解るのは僅かだな。持って帰って専門家に調べて貰おうか」
「そうね。それと此処であった事は出来るだけ痕跡を消しておいた方が良いと思うわ。下手に国防軍まで動き出すと捜査の邪魔をされて面倒だと思うの」
 大が少しだけ目を閉じた後に顔を上げた。
「ビクトリアもサラと同じ判断をした。この事件は「このメンバーだけ」で片付けられる様に細工する」
 大の言葉を受けてアトルがビクトリアの真意を理解し了承したと頷いた。
「んじゃさっさと外すか。サラ、こういう作業に俺らは慣れてる。案内させといて悪いけど見てるだけにしといてくれ」
 アトルが器用に大を飛び越えて発射台の向こう側に飛び移る。
「分かったわ」
 2人が素早く作業をしている間、リンダは後ろから大人しく黙って見続けていた。


 リンダ達が発射台を手に戻ると、壊れたロボットをシートに包み、地面に残っていた痕跡を消したα・シリウスが無言でリンダの頭を叩いた。
 理由は言わなくても解っているだろうという顔にリンダも無言で頷く。
 アトルはシートで包んだ発射台と破壊されたロボットを車に積みながら、あいつら何をやってるんだ? という顔になる。
 リリアが大の腰に張り付き『RSMがずっと怒っていて怖かった』と呟いた。
「お疲れ様。USA支部に戻るわよ」とビクトリアが全員に声を掛けた。

 「大」とアトルが後部座席から声を掛け、大も解っているとマイクとスピーカーを切った。
 安心したアトルが溜息をついて両腕を組む。
「あの2人って仲が良いのか悪いのか、イマイチつかめねーな。RSMがサラにメチャ懐いてんのは解るけど。咄嗟の時の息はピッタリ合ってるくせに、何で時々あんなにぎくしゃくするんだ」
「あー、それは……」と言い掛けて大が黙る。
「USAマザーが「仲が良過ぎるのも考えもの」と言っていたわね。お互いの行動パターンが見え過ぎるのでしょう」
 アトルの疑問に答えながらビクトリアは端末から目を離さない。
「それでサラはRSMに止められる前にと単独暴走して、危険を察したRSMはサラが制止を聞かなかったと怒ってるのか。どっちも馬鹿みてーじゃん」
 アトルがストレートに思った事を言う。
「オスカーは2人を「ダブル馬鹿」と言っていたわ。暴走型のRSMを制止役に回すんだから、本気のサラは本当に面白いわ」
「サラを面白いと言えるのはビクトリアくらいだ。俺じゃ到底サラのパワーとスピードには付いて行けない」
 正直な感想を言うと、後ろから小さな手が髪に伸ばされて大が謝った。
「ごめん。リリア、サラを悪く言ってるんじゃ無いよ。彼女は行動力も判断力も本当に凄いと思う。17歳でグランド・マザーから指名されただけの事は有る。ただ、RSMが少しだけ可哀相かなって思ったんだ。あんな顔を見たら……いや、何でもないよ」
「何だよ? さっきから途中で止めるなよ。逆に気になるだろ」
 アトルが大の態度にぶくっと頬を膨らませる。
「悪い」とだけ大は答える。
 とてもじゃないがあの2人について今はコメントをしたいと大は思えない。
「雑談はこれで終わり。大、RSM達と連絡を取りたいからマイクとスピーカーをオンにして」
「了解」
 ビクトリアが端末をポケットに収めて顔を上げ、大がスイッチを入れる。
『文句が有るならはっきり口に出してよ! そうやって黙られた方が逆に腹が立……』
 大音量のリンダの怒鳴り声に、大が速攻で回線をオフにする。
「向こうは派手にやってたのね。10分待ちましょう」
 額を押さえたビクトリアが溜息をつきながら言うと、大とリリアは苦笑し、アトルは爆笑した。

 無言で怒りの感情だけを振りまくα・シリウスに、リンダの方が音をあげて大声を上げた。
 いつもなら罵声に近い怒鳴り声と頭を叩かれて終わるのに、わざと不可視ゴーグルのガードを消して素顔を晒し、きつい視線を向けてくるので居心地が悪くて仕方が無い。
 「何度も同じ事を言わせるな」と思われているのは充分分かっているが、「その場で最良だと思う方法を選ぶから絶対に暴走しないと約束出来ない」ともはっきり伝えてある。
 吸い込まれそうな印象的な蒼の瞳に見つめ続けられ、気の強いリンダも自分の負けを認めて視線を逸らした。
「チーム・ビクトリア全員の特性を考えて、あの場で動くのだとしたらわたしと大だと思ったのよ。クイーン・ビクトリアも同じ様に考えてくれたわ。シリを無視したんじゃ無いのよ。メンバーが多いから適材適所の方が良いと思ったの」
 α・シリウスの厳しい視線は変わらずリンダに向けられ続けている。
 リンダは「うーっ」と呻って頭を掻きむしると「今度から動きだす前に何をしたいのかを出来るだけ言うわ。これで良い?」と言ってα・シリウスの顔を見上げた。
 少しだけ瞳に優しい光を宿し、α・シリウスは漸く口を開く。
「その「出来るだけ」を外したら許してやる」
「わたしは譲歩したわ。それなのにまだ要求する気?」
 頬を膨らませて不満げな顔をするリンダの頭をα・シリウスが軽く叩いた。
「ケイン氏とサムに頼んで不可視首輪とロープでも作って貰おう。鳥頭のサラにはその方が早い。理由を話せば喜んで作ってくれるだろう」
 リンダがそれだけは嫌だと何度も頭を振る。
「冗談でも止めてよ。パパなら本当にやるわ」
「そう思うなら以下略だ。一々言うのも面倒臭い」
「分かったわよ。善処するわよ」
「善処で済ませる気か? 確約と言えない辺りがサラが……」
『RSM、サラ、話の腰を折って悪いけど、そろそろ仕事の話をしたいの。良いかしら?』
 ビクトリアの声を聞いて驚いた2人が同時に沈黙し、リンダがまさかという思いでα・シリウスの顔を見た。
『マイ・ハニー、シリ。マイクは?』
『マイハニー、サラ。悪い。オンのままだった』
「この馬鹿ーっ!」
 リンダの怒鳴り声と同時に、スピーカーからチーム・ビクトリア4人の大爆笑が飛び込んできた。


 ビクトリアが時間が惜しいと言い、車を走らせながら会議が開かれる。
「各自気が付いた事を何でも良いから話して。アトルから」
 ビクトリアに指名されてアトルがうーんと唸りながら腕を組む。
「なんか腑に落ちないんだよな。あれだけ慎重に動いて来た連中がここへ来て急に色々証拠を残している。発射台の縛り方なんかメッチャ素人臭かった。俺の直感だと犯人は焦ってるとしか思えねーな。怪我人が出たからか? けど、元々頭の良い奴らだ。攪乱目的にわざと証拠を残したのかもしんねぇ。今んとここれくらい。ほい次の人」
「リリア」
「寂しい。悲しい。苦しい。辛い。複数の意識が沢山有ったわ」
「大」
「犯人像はアトルとほぼ同意見だ。センサーもタイマーも合わせ方が上手い。捜査心理を突いていると思う。ロープはたしかに素人の手だ。ロケットランチャーの照準は俺達全員を殺す気なら甘過ぎる。4基全てを1点集中させる必要は無かったはずだ。本当に消したかったのはすでに黒こげになっていたとはいえ、ロボットの残骸の方だったのかもしれない。一石二鳥を狙って失敗したってところかな」
「RSM」
『ここに来て何故奴らが武器を欲しがったのかが気になる。マザーに照会したらサラの言うとおりにあそこは元国防省の管轄だった。これまでの犯行パターンから奴らは自己アピールの為に窃盗を続けていたと思っていた。これまでの犯罪が陽動なら本当の目的は別に有ったとも考えられる』
「サラ」
『彼らの目的は始めから変わっていないわ。……いえ、何でも有りません』
 口を閉ざして俯いたリンダの瞼がかすかに震えるのをα・シリウスは見逃さなかった。
「サラ、次はもっと解りやすく話して。USAマザーを通して各製薬会社に連絡を取っておいたわ。次に狙われるのは90パーセント以上の確率で薬品倉庫よ。動かせない怪我人を抱えて慌てて証拠を消したのならずさんなトラップ攻撃も頷けるでしょう。詳しい犯人像についてはデータを送ってあるから続きはUSA支部に着いて証拠品を渡し、分析結果が出た後にしましょう」

 大に無言でマイクとスピーカーをオフするように指示すると、ビクトリアは少しだけ眉をひそめて口元に手を当てた。
「リリア、サラの思考は読める?」
「無理。とても大きくて厚い壁。らしくない」とリリア。
「無理をしなくて良いわ。ありがとう」
「あの真面目で正直なサラが俺らに何か隠してるって事か?」とアトル。
「俺達が地球に来た理由とビンゴかもしれないな」と大。
「オスカーの話だとその可能性が高いわ。サラの性格からして上から命令されて話す事は無いわね。しばらく様子を見ましょう」
 再び音声をオンにしたが、リンダとα・シリウスの車は完全に沈黙していた。


 エレベータがUSA支部最上階に着くと、α・シリウスがリンダの襟首を掴み上げて拘束した。
「マザー、部屋を1つ借りるぞ。この馬鹿娘と2人だけで話が有る。すみませんが、教官達は先に長官室に行って貰えますか?」
 振り返ったビクトリアは遂にα・シリウスの我慢の限界が来たかと内心で笑い頷いた。
「良いわ。出来るだけ早く合流して」
「ちょっと。わたしはシリと話す事なんてもう無いわよ」
 リンダはα・シリウスの手を振りほどこうとするが、大きめの服が災いして上手く手が届かない。
「俺には有る。嫌でも聞いて貰うぞ」
 低く押し殺した様な声で告げ、α・シリウスがリンダを睨み付ける。
 マザーのフォログラムが現れて扉の開いた1室を指さす。
『A−4をお使いなさい。α・シリウス、これ以上は言いませんが分かっていますね?』
「分かっている」
「シリ、今すぐ離さないと本気で怒るわよ!」
「うるさい。さっさと入れ!」
 α・シリウスが暴れるリンダを引きずって部屋に入ると扉が閉じられた。
「本当に良いのか?」
 殺意にも近いα・シリウスの怒気を感じ取ったアトルがビクトリアの顔を覗き込む。
「心配しなくてもRSMはサラに酷い事は出来ないわ」
 ビクトリアの断言にマザーも頷く。
『α・シリウスはレディ・サラに暴力をふるいません。その気配がわずかでも有ればわたくしも部屋の使用許可を出しませんでした。あの2人の場合、こういう事態はよく有る事なのです』
「全く2人共不器用だな」と大が溜息をつく。
 リリアはリンダとα・シリウス双方の気持ちを思いやって無言をとおし、大の首にしがみつく。
「お互いに言いたい事を言い合って、気が済んだら戻ってくるでしょう」
 ビクトリアが「放っておきなさい」と長官室に入って行った。

 手を離されて振り返ったリンダが声を荒げる。
「いい加減にしてよ。黙り込んだと思ったら急に怒り出したりして。言いたい事が有るならはっきり言えと言ったけど、あの話はもう終わったでしょ」
 不可視ゴーグルを外したα・シリウスがリンダの胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「いい加減にしろと言いたいのは俺の方だ」
 力強い蒼い瞳と怒りで燃える明るいエメラルド・グリーンの瞳が正面からぶつかり合う。

 ソファーに腰掛けたチーム・ビクトリア全員にマザーが真面目な顔で告げる。
『本来ならわたくしもこの様な無粋な事はしたく無いのですが、共同捜査をする上で2人への理解を深めていただくにはこの方が早いと判断いたしました。あなた方の良識を信じます』
 そう言ってマザーがA−4の様子を長官室に中継した。


「1人で暴走するなと何度も言った。どうして何も言わない? それほど俺が信用出来ないのか?」
「ロケットで撃たれて頭に来ただけよ。1点集中だったから弾は全てフィールドで中和出来たけど、あそこにはクイーン達も居たのよ。とても危険だったわ。急ぐあまりにシリに悪い事をした思ったから叩かれても怒らなかったし、すぐに謝ったでしょ」
 服を掴まれたまま詰問されてリンダも負けじと言い返す。
「教官達の前でやったあの派手なパフォーマンスも怒ったからと言うつもりか?」
「当然でしょ。『奇跡のリンダ』無敗伝説をあんな形で潰されるなんて許せないわ。絶対にあの場で引けないわよ」
「嘘をつくな!」
 α・シリウスがリンダの身体を突き飛ばしてソファーの上に転がした。
「何するのよ」
 リンダが身体を起こすよりも早くα・シリウスがリンダの両肩をソファーに押し付ける。
「サラが長年掛けて作り上げてきた『奇跡のリンダ』の名をあんな事で出すものか。教官達はあれで誤魔化せたかもしれないが、俺まで誤魔化せると思うな。出会ってから3ヶ月以上ずっとサラを見てきたんだぞ。サラの下手な嘘なんかお見通しだ」
 スーツに覆われていない生身の肩を強く掴まれ、痛みで顔をしかめながらリンダが反論する。
「嘘じゃ無いわよ。あれはあれで本気よ。相手が誰で有っても『奇跡のリンダ』は大した事は無いなんて思われたら終わりだわ」

 この期に及んでまだしらを切るつもりかと、α・シリウスの理性が飛んだ。
「上っ面の理由なんか要らない。本音を言えと言ってるのがまだ解らないのか! サラは俺が纏めた資料を読んでからずっと何かを隠し続けている。捜査が始まれば正直に話すだろうと思っていたのに、サラは何かに気付く度にそれを自分1人の胸にしまって、誤魔化す為に暴走したふりを続けている。違うか?」
 本音を全て見透かされ、追いつめられたリンダは何も言えなくなってα・シリウスを見上げる。
「俺の言ってる事は間違っていないだろう。サラに俺を騙しとおす事は出来ない。さっさと全部吐け」
 自分が知っている全てを話す事がどんな結果を引き起こすのか、それを想像するだけでリンダの心は凍り付く。
 α・シリウスの強い視線に圧されて唇が震え、抗いきれずに言葉が出そうになるのを必死で押し留める。
「嫌っ!」
 思わずリンダが両目を閉じて叫ぶとα・シリウスがしてやったりと笑う。
「やっと認めたな」
 はっと息を飲んでリンダが顔色を変えた。

 逃げだそうとしたリンダの腕を掴んでα・シリウスが強引にソファーに座らせ、暴れる身体を体格差で押さえ込む。
「俺はサラの何だ?」
「……パートナーよ」
 身体の自由は奪われてもリンダの視線は真っ直ぐにα・シリウスに向けられる。
「パートナーはどう有るべきだ?」
「お互いが信頼しあい、情報を全て共有し、捜査中は常に行動を共にするのが理想だわ」
「そうならサラにとって俺はパートナーじゃ無い」
 力を緩めないまま淡々と告げるα・シリウスに驚いたリンダが頭を振る。
「それは違うわ。シリはわたしの大切なパートナーよ。だからわたしのスーツにシリを登録したのよ」
「サラは俺を信頼していない」
「どうしてそんな悲しい事を言うの? シリはわたしの事を全部理解してくれていると信じているのに!」

 思いもしなかったリンダの告白に、α・シリウスが困惑して押さえていた手を離し身体を起こす。
 何度もリンダの言葉を頭の中で反芻し、有り得ないという気持ちと信じたいという相反する気持ちがα・シリウスを更に混乱させる。
「サラ、すまない。俺の理解力が足りないのか言ってる事がよく判らない。今のはサラは俺を信じているから何も言わないという意味で合っているか?」
 赤く腫れた手首をさすりながら上体を起こしてリンダが訴える。
「そうよ。シリはいつも何も言わなくてもわたしの気持ちを解ってくれているわ。わたしがどうしたいのか、何が嫌で、どんな事が辛いのかまで。現に今もわたしの事を理解してくれているじゃない。だからわたしは……」
 リンダの目に涙が浮かび、焦ったα・シリウスが後ずさる。
「待った。俺が悪かった。謝るから泣くな」

 両手で顔を覆い涙を流しだしたリンダを見て、α・シリウスがやってしまったかと溜息をつく。
 苦しめたり泣かしたくてきつい事を言ったのでは無い。
 全てを1人で抱え込み、気丈な振りをして時折見せる辛そうな顔を見るのが嫌だった。
 パートナーの自分を完全に信じてくれなかった事がただただ悲しかった。
 そっと手を伸ばしてリンダの頭を自分の胸に抱えると、心配していた抵抗は無かった。
「サラ、言える範囲で良いから教えて欲しい。サラは犯人を絶対に逮捕すると言った。これは本音だな?」
 小さく頷くリンダにα・シリウスは優しく髪を撫でながら話し掛け続ける。
「本音を言えと言ってるだろう。この意地っ張りめ」
「逮捕したいというのは刑事としての表向きよ。本当は彼らを早急に保護したいの」
「どうしてそう思う?」
「犯人達は薬物強化人間でもサイボーグでも無いと言ったでしょ。それなら残された選択は1つだけよ」
「それは何だ? 言えるか?」
 リンダはα・シリウスの胸に頭を預け、消え入る様な声で言った。
「50年以上前に禁止されたDNA融合体よ。別の生物と人間のDNAを2種類以上を掛け合わせて生まれた人達」

「ビクトリア。ビンゴだ」と大が振り返る。
「静かに!」とビクトリアが短く返す。

 聞かされた内容にα・シリウスの声もかすかに震える。
「通称DNAキメラか。あれは発見され次第……」
 そこまで言い掛けてα・シリウスは何故ここまでリンダが意固地になっていたのか完全に理解した。
「ああ、だからサラは俺にも言えなかったんだな」
 α・シリウスはリンダがどれだけ辛かっただろうと抱きしめる手に力を込め、リンダはα・シリウスの服を握りしめて何度も頷いた。
「そうよ。彼らは始めから軽犯罪を繰り返す事で自分達に気付いた誰かに助けを求めているのよ。だけどニュースは情報規制で彼らの実態を流さない。マスコミより先に警察や軍に見つかってしまったら秘密裏に処理されてしまうわ。だから派手な事件を起こさなければと思い詰めて、とうとう武器に手を出してしまったんだわ。わたしの予想が正しければ彼らは何らかの事情で免疫抑制剤を手に入れられなくなってしまったのよ。そうでなければリスクの高いこんな犯罪を犯すはずが無いでしょ。早く保護しなければ4人共死んでしまうわ」
「人数まで判っていたのか?」
「データからわたしが判るのは最小の人数よ。本当はもっと居るのかもしれないわ。ロケットランチャーの発射台に証拠を見つけたの。真実を報告すれば殺されると判っていてどうして言えるの? 彼らだって人間なのよ。DNA融合体達は生まれたくて生まれてきたんじゃないのに、法律は彼らが生きる事を許してくれない。そんなのってな……」
 最後まで自分の胸にしまっておこうとした事を全て打ち明けてリンダは再び泣き出した。
 α・シリウスは「解った。もう1人だけで苦しまなくて良い」と言って、抱きしめる腕の力を更に強めると何度もリンダの髪を撫で続けた。


 マザーがここまでと判断して映像を切った。
『あれがレディ・サラの本当の姿と、今のα・シリウスです。クイーン・ビクトリア』
 理解したと頷くビクトリアにアトルが苦笑しながら声を掛ける。
「なんかサラってビクトリアに似てるな」
「わたしはサラみたいに人前であんなに泣いた事は無いわ」
 少しだけ赤面してビクトリアが反論する。
「そういう意味じゃねえっての。根っこの部分の考え方や感じ方とか。ビクトリアが10代の頃はあんなだったんじゃないかって思ったんだよ」
「それを認めるほどビクトリアはレディ・サラの様に素直じゃない。年季の違いと言えば終わりだが」
 Ω・クレメントが笑いながら言った。
「やかましい!」
 真っ赤になったビクトリアがΩ・クレメントに向けて空のカップを投げ、Ω・クレメントはいつもの事と慣れた手つきでそれを軽く受け止める。
「ん。リリア、やっぱりサラが好きって? 俺もだよ」
 膝の上に抱えたリリアの頭を撫でながら大が笑って答えた。
「サラが握っている証拠が欲しいわね。USAマザー、分析結果は?」
 ビクトリアに問い掛けられ、マザーゆっくり頭を振る。
『残念ながらDNA融合体と証拠づける物は何も有りませんでした。あ、お待ちください』

 数瞬沈黙するとマザーが急いで報告した。
『先程、PI製薬会社の倉庫が襲われました。犯人は火器を使用しましたが、死者は出ていません。軽傷者が数名出ています。犯人はすでに逃亡した後だそうです』
「どういう事? わたしの名前でこの周辺の製薬会社全社に警告を出したはずよ」
 不愉快げにビクトリアが言うと、マザーがすぐに詳細を検索した。
『襲われたのは一般薬品倉庫でした。PI製薬会社は高価な治療薬保管庫だけの警戒を強めていたそうです』
「盗難リストを今すぐに出せる?」
 マザーが指先をひらめかせモニターを全員の目に入る様に表示させた。
『全部で20品目。すべてDNA対応型では有りません』
「ビクトリアとリンダの推理が当たったな」とアトル。
「あれを発注しておいて良かった。サラの言うとおりなら数までビンゴだ」と大。
 Ω・クレメントが立ち上がってビクトリアにメモリーシートを放った。
「この事件の全権を私の承認で君に預ける。ダブル馬鹿も好きなだけこき使って良い」
「ありがとう。オスカー」
 ビクトリアがメモリーシートに軽く目を通して微笑する。
「あの兄妹、まだ出てこねーのか?」とアトル。
「可愛い「妹」が泣きやんで、手が付けられないシスコン「お兄ちゃん」の気持ちが落ち着いたら出てくるわよ」とビクトリア。
「兄妹?」と大。
「RSMは知らねーけど、サラの方はどう見たって「大切なお兄ちゃん」だろ」
 アトルにまで断言されて大は哀れと思ったが、渇いた笑いで済ませる事にした。


 顔を洗ってさっぱりしたリンダとα・シリウスが長官室に入ると全員が苦笑する。
 表示されているモニターから何かが有ったのだろうと、α・シリウスが聞こうとする前にアトルがツッコミを入れた。
「あんまり妹泣かすなよ。「お兄ちゃん」。小さな女の子を閉じこめてソファーに押し倒すなんて、ありゃどう見たって言ってる事はともかくやってる事は完全セクハラだ。もうRSMに俺の癖がどうのこうのなんて言わせねー」
 一気にα・シリウスが赤面してリンダが真っ青になる。
 みっともなく号泣する姿とあの会話全てを皆に知られたのかと慌てたリンダが振り返る。
「まさか。マザー、冗談でしょう?」
『冗談で中継なんて出来ません。この事件を解決する為にあなた方の本音を知る必要が有ると判断しましたから、堂々と覗きをさせていただきました』
 マザーが当然の事をしただけだとあっさり認める。
「何処から何処まで見ていた!?」
 α・シリウスがアトルに詰め寄る。
「『いい加減にしろと言いたいのは俺の方だ』辺りから『解った』うんぬん辺りまでだっけ」とアトル。
「ほとんど全部じゃないか! 大、お前が居てどうして止めなかった!?」
 やっぱり自分に来たかと大が真面目な顔で答える。
「RSMとサラの間に信頼関係が確立されているのか不安が有った。実態を知らなければ共同捜査をする俺達も安心して動けない」
「どう考えてもプライバシーの侵害だろうが!」
 恥ずかしさで怒鳴るα・シリウスの頭をビクトリアの鉄拳が襲う。
「共同捜査中にずっと馬鹿をやり続けていた方が悪い! それより事件発生よ。頭を切り換えなさい。サラ、もう隠さないで見つけた証拠を今すぐ提出しなさい。これは命令よ」
 青い顔で頬を強張らせるリンダにビクトリアが微笑して告げる。
「はっきりさせておくわ。わたしのチームは全員あなたの同志よ。サラの望みどおりに決して彼らを悪い様にはしないわ。安心しなさい。わたしはこういう非常時の為にクイーン級になる事を選び、信頼出来るチーム全員を率いて地球に来たのよ」

 ビクトリアの言葉の意味を正確に理解したリンダは、一瞬で17歳のリンダ・コンウェルからレディ・サラの顔に変わる。
 ソファーに腰掛けるとBLMSを腕から剥がし、ポケットから出した端末に貼るとテーブルに接続する。
 隣に座ったα・シリウスを横目で見ると無言で顔面を殴った。
「何で俺を叩くんだ? やるならマザーに許可を出したΩ・クレメントにしろ」
 α・シリウスが腫れた頬を押さえて不条理だと訴える。
「うるさいわね。どう考えてもシリ以外に殴れる相手が思いつかなかったのよ」
 端末を操作しながら頬を赤く染めたリンダが言い返す。
「RSM、あの場で殴られなかっただけでもマシだろ。サラが本気を出したらあの体勢でもRSMを簡単にぶん投げてたぞ」とアトル。
「全員仕事に集中して。サラの報告を聞くわ」とビクトリアが一喝する。
 やれやれと漸く落ち着いたかとリリアと大が微笑した。

 リンダが端末を操作して頷くとモニターに表示させる。
 画面にはロケットランチャーの発射台と塀が映されていた。
「わたしが人数を4人と確信した記録です。皆さんが持つ不可視ゴーグルの能力では識別不能なので多少画像を処理しています」
 大とアトルの手元がズームアップされ、わずかな砂埃の跡が映る。
 アトルの手の平の大きさと比べても小さな3センチ程の跡に気付いたビクトリアが口元に手を当てる。
「なるほど。そういう事なの」
「これが1番強い反応でした。それとこちらにも別の跡が有ります」
 発射台の中央に映る大きめの跡、幅は大柄の大の足と同じくらいで、そのすぐ側に4センチ程の跡が見え、付いた跡は1番薄い。
「彼らの身体的特徴を顕著に現した跡も有りました」
 リンダが焦点を塀の上から壁に移動させる。
「爪痕だな。探査モードの俺のゴーグルでは見えなかった」と大。
「大きさはA型ガードロボットに残されたものとほぼ同じ物と、少し小さめの物が有りました。この意味が解っていただけますね」
「足跡や爪の特徴から全員哺乳類系の獣人だな。これが普通の人間なら狭くて安定の悪い塀の上でつま先立ちをしている事になる」
 α・シリウスが呟き、パートナーの素早い反応にリンダが笑顔を向ける。
「昨夜からDNA研究者のリストを当たりましたが特定は不可能でした。マザー、これまで集めた資料を全て提供するわ。続きをお願い」
『承知しました。膨大なデータを多角的に検証したいので、しばらくの間沈黙します』
 リンダがBLMSからデータを転送し、マザーがデータベースの検索を始める。
 α・シリウスが溜息をついて、リンダの頭を軽く叩いた。
「無茶な試合をしたり、爆睡までしていたくせに勝手に1人で捜査を進めていたのか。一言俺に言ってくれれたら状況は変わっていたかもしれないぞ」
「マザーの情報網でも状況は変えられなかったと思うわ。今日、彼らが動いてくれたから漸くわたしも絞り込み検索に変えられたのよ」

 リンダの言葉を受けて、ビクトリアが頷く。
「サラの言うとおりだわ。東USAだけでも公式にDNA研究に関わる人は万単位。不法ならもっと居るでしょう。サラが提出したデータが有っても彼らを作った人物の特定は不可能よ。こちらはまだ情報不足の上に手詰まり状態だわ。今更襲撃現場に行っても無駄ね。彼らがもう1度動き出すのを待っていたらこれまでの繰り返しになるわ。皆の意見を聞かせて」
「これまでの状況から大掛かりな集団とは思えないな。しかし、DNA融合体を作るならそれなりの資金と設備が必要だ。薬品や器具の購入ルートから個人で研究をしている奴を絞り込めないかな」と大。
「個人だけでここまでやれたかなぁ。こいつらはどこかの組織から逃げたのかもしれねーぞ」とアトル。
「気配は覚えた。もう1度会えば見逃さない」とリリア。
 嫌な予感を覚えたα・シリウスがリンダの口を両手で塞ぐ。
「サラの説が正しいなら奴らは焦っているはずだ。上手くおびき出す方法を考えた方が早い。奴らに……痛っ」
リンダがα・シリウスの手に噛み付いて乱暴に手を振りほどいた。
「このメンバーで堂々と名前を出せるのはわたしだけだと考えています。警察や軍を極端に警戒する彼らにとってコンウェル財団の名前は諸刃の剣ですが、時間の無い彼らにはそれ以上に魅力を感じるはずです。わたし、リンダ・コンウェルが連絡役になります」

 ビクトリアの目が輝き、焦ったα・シリウスが再びリンダの口を塞ぐ。
「彼らと接触する方法まですでに考えているようね。サラ、聞かせて欲しいわ。心配性の「お兄ちゃん」は今すぐその手を離しなさい」
 ビクトリアの命令口調にアトルのツッコミが加わる。
「妹相手にセクハラする兄貴。すげーやな構図だな」
 2人に言われて絶句したα・シリウスがリンダから離れ、リリアが可哀相と頭を撫でた。

 自由になったリンダが軽く手を上げて発言する。
「コンウェルのCM曲の中にメッセージを混ぜてあらゆるメディアで流します。彼らの特殊な耳にだけ届く周波数で……そうですね。5万ヘルツを使います。他の誰かが聞いて気付いても解らないごく普通の言葉の羅列で、彼らが決して放置出来ない様な文面をこれからすぐに制作します。作戦名は「暗号を歌う女」でいかがですか?」
 リンダの洒落の効いたアイディアにビクトリアがにっこりと笑う。
「歌詞に隠しメッセージを載せる気ね。面白いわ。やってみましょう。今こちらが打てる限りの手は全てやるべきだわ」


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