Rowdy Lady シリーズ 2 『木星より愛をこめて』

6.

「君の顔を4日も見られなくてとても寂しかったよ。ああ、休日も含めたら6日もだったね。君にとってはたかがでも僕には長過ぎるよ。君が居ない学院は明かりが消えた街の様に寒々としていた」
それは単にあなたがこの寒いのにわざわざ屋外でお茶を飲んでいたからでしょ。どこからそんなくさい台詞がぽんぽん出てくるのか、1回サムに頭の中を調べて貰いたいわ。
 などという相手がジェイムズで無ければとっくに出ている言葉をリンダは飲み込む。
 閑散としたオープンカフェで向かい合い、テーブルに置かれた数枚のメモリーシートを前に笑顔を作った。
「休んでいる間の講義記録にはとても感謝しているわ。あなたの追加コメントはレポートを纏めるのにとても良いヒントになるのよ。お礼をしなくちゃいけないわね」
「喜んで貰えて嬉しいよ。恩を売るつもりは全く無かったんだけど、それでは君の気が済まないだろう。礼なら……」
「これから10日間のお茶代は全額わたしが持つという事で良いかしら。天然物の果物や、一流職人が作ったケーキも遠慮無く好きな物を頼んで」
 リンダは「2度とデートと言うな」とはっきり顔に出して、ジェイムズの言葉を遮った。
「君がそれを望むのならそうしよう」
 リンダの真剣な目を見て、ジェイムズは余裕の笑みを見せる。1度や2度の拒絶で怯む小心者の男にはリンダの相手は務まらない。
 しかし、ほぼ毎日拒絶の姿勢を取られ続けても全く懲りないのはジェイムズくらいのものだった。
 アンブレラI号事件以降、ジェイムズはライバル大量発生を危惧していたが、リンダ本人から全員一蹴されて学院内の良心的な男達は大人しく引き下がっていった。

 少しだけ声のトーンを落としてジェイムズがティーカップを持ち直した。
「さて、姫(君)がずっと気に掛けている件だけど、A(太陽系防衛機構)は(第)13(コロニー)の(新政府選挙の投票が終わって)結果が出たら(完全に)引くと決まったよ。何をするにせよ本人達に任せるのが1番だからね。必要以上の干渉は避けたい。予定どおりに(選挙結果で再び内乱が起こらなければ)Aの役割は終わりだ。これで満足して貰えそうかい?」
「(事件以降、毎日)教えてくれてありがとう。本当は(部外秘で)駄目だったんでしょう」
「姫(君)が(一切動かないという)約束を守ってくれたから僕も(犠牲者を最小限に抑えるという)約束を守った。姫(君)が悲しむ顔を見たくないからアフターケアをしただけだよ。リンダが気にする事は無い」
「ありがとう。ジェイムズ」
 先程の作り笑顔とは違い、心から安堵したリンダの笑顔を見てジェイムズも満足げに微笑んだ。

 秋になって学生達の大半が屋内カフェに居るとはいえ、何処に聞き耳を立てている相手が居るか判らない状態で伏せ字、当て字の会話をリンダとジェイムズは毎日続けている。
 これが一層親友のアン達を心配させている原因なのだが、リンダは絶対に引く気にはなれない。
 直接の原因とは言えなくても、太陽系防衛機構と第13コロニーの局部戦争が起こったきっかけを偶然見つけてしまったのは自分だ。
 ジェイムズの好意に甘え過ぎだと分かっていても、自分が起こしてしまった事の結果は完全に把握しておきたいと思っていた。
 ニュースは規制で全てを知らせてはくれず、太陽系警察機構に入ってくる情報も完全では無い。
 本来なら太陽系防衛機構も自分達の都合の悪い事は隠しておきたいはずだ。
 それを圧してジェイムズは毎日リンダに真実を語り続けている。
 どう感謝を現して良いのか判らないくらいの恩をリンダはジェイムズに感じていた。
 一方、ジェイムズも太陽系防衛機構の膿を出してくれたリンダに何らかの謝礼をしたいと思っていた。
 口の堅いリンダに多少の機密情報を提供する事など全く気にならない。
 婚約者のニーナからキャサリンに問い詰められた事も聞いたが、リンダの顔を見る限り「知らぬは本人ばかり」という状況らしく、吹き出したいのを毎日堪えているくらいだ。

 そういえば、とジェイムズは手を止める。
 昨日α・シリウスをからかった事はどうなったのだろうかと気になった。
「昨日、あっち(USA支部)には顔を出したのかい?」
「ええ」
「何か変わった事は無かったかい?」
「嬉しい事と面白い事なら有ったけど、それがどうかしたの?」
 仕事に関する自分の口の堅さは知っているくせに、珍しく話を振ってくるジェイムズにリンダは首を傾げる。
 おや? とジェイムズも首を傾げた。
 自分が煽った後に、α・シリウスがジェニファー達に掴まったのを視界の端に捉えていた。
 リンダを可愛がっているキャサリン達の話題は、当然自惚れ無しで自分の事で、α級刑事のシリウスがあれほどはっきり姿を見せた自分の正体に気付かないとは思えない。
 リンダが今日も普通に接してきた段階でおかしいと思っていたが、α・シリウスはまだ自分の事をリンダに話していないらしい。
 ぼんやりしたふりをして校門に立っているα・シリウスを見た時、一目で「こいつは短気だ」と思った。
 これは自分の見込み違いだったろうかと一瞬だけ思い、アンブレラI号でリンダがレベル6のスーツと戦った時に得た情報からすると、自分の勘は外れていないはずだと思い直す。
 だとすれば「嬉しい事」と「面白い事」というキーワードが、α・シリウスの口を閉ざさせたのだとジェイムズは予想した。

 いつもは笑顔を貼り付けているくせに真面目な顔で考え込みだしたジェイムズの顔を見て、リンダは少しだけ失敗したと思った。
 個人的に仲が良くなったとはいえ、仕事面ではジェイムズは完全に部外者として扱わなければならない。
 自分の不用意な言葉でコンウェル財団と太陽系警察機構の内部情報を誰にも知られてはならないからだ。
 勘が鋭く情報に聡いアンよりも手強いジェイムズは、腹芸が苦手なリンダにとって信頼していても何も話せない相手だ。
 リンダの視線に気付いたジェイムズが急いで笑顔を作る。
「気付くのが遅いわ」
「そうだね。君を放っておくなんて僕は何て罪深い男なんだろう。リンダ、どうか愚かな僕を許して欲しい」
……誰かわたしにこの超恥ずかしい男をいつでも遠慮無く殴れる権利をください。
 心の中で数回唱えてリンダは逆襲する事にした。
 「何を考えていたの?」と言葉のストレートパンチを繰り出す。
 言えるものなら言ってみろというリンダの笑顔を見て、ジェイムズはゲームに乗る事にした。
「昨夜、先輩達(宇宙軍)の名簿に目を通していて、笑える名前を見つけたのを思い出していたんだよ」
「へぇ、どんな名前?」
「えっとたしか……」
 ジェイムズがテーブルの上にリンダにもよく見える様にゆっくりと指先を走らせる。

山 崎 大

「漢字でこう書いて有ったよ。形から親が面白がって付けたとしか思えなくてね。珍しく覚えられたんだよ」
「日本人かしら。今時珍しいわね。サン サキ タイ と読むのかしら」
「横にアルファベットでYAMAZAKI DAIと書いて有ったよ。日本語は読み方が難しいね」
「全部間違えちゃったわ。もっと勉強しなくちゃ駄目ね」
 やっぱり昨夜会った「大」の事だとリンダは笑う。
 α・シリウスに負けない長身で同じ黒髪なのにあれほど受ける印象が違うものかと、リンダは穏やかに笑う日だまりの様な青年の顔を思い出していた。
「10年前に主席で卒業したのに別の仕事に就いたから尚更印象深くてね」
「はい? 10年前?」
 わずかな声のトーンの変化からリンダが山崎大を知っていると気付いたジェイムズも、突然、声が裏返ったリンダに何事かと目を大きく開く。

 防衛大は飛び級を認めていないから最低でも32歳、あの背こそ高いが23、4にしか見えない童顔で32歳?
 リアルな特殊相対性理論は恐ろしい。
 あまりにも地球標準時間と離れた時間軸の中で、アトルもリリアもビクトリアもどんな思いで太陽系最速宇宙船「光の矢」号に乗り続けているのか、ご家族はどんな思いで彼らを木星支部に送り出したのだろうか。
 完全に思考を彼方に飛ばしたリンダの肩に、ジェイムズが自然な動作で自分の上着を掛けた。
「もうすぐ次の授業が始まる。行こうか」
 リンダに注意を喚起すると同時に、今日の秘密の会合は終わりだと暗に告げる。
「そうね。ありがとう。それほど寒くはないから服はいいわ」
 うっかりミスを指摘されて礼を言いながら服を返そうとしたリンダに、ジェイムズが小さく首を横に振る。
「レディに寒い思いをさせる訳にはいかないよ。そろそろ屋内でゆっくり話が出来る場所を探さないといけないね」
「賭けても良いわ。次の授業よりそっちの方が難しいわよ」
「残念。僕も同じ考えだから賭けにならないよ」
 ビジネスコース講習の教室に向かいながら、2人は内心を隠して同時に笑った。

局部戦争が終わった直後に除隊者の名簿閲覧? 太陽系防衛機構内部で何か有ったわね。

山崎大の就職先は太陽系警察機構、支部は何処だったかな? ああ、こういう時にニーナが側に居てくれないと本当に不便だよ。リンダの反応から今度の仕事は通常の犯罪レベルらしいけど引っかかる。

 お互いに腹を探られない様に思考を飛ばしながら並んで歩く。
 2人を屋内カフェからずっと見ていて我慢が出来なくなったキャサリンが、ジェニファーを巻き込んでリンダ達にタックルを仕掛け、呆れたアンがキャサリンを怒鳴りつけた。


 足早に3人が戻ってきて暗い部屋の片隅で毛布にくるまりうずくまる少年に小柄な少女が膝を折る。
「まだ痛む?」
「……ごめん。昨夜はおいらのせいで……仕事が出来なかったね」
「今は身体を治す事が第1だ。食料は充分確保してある。もっと良い薬が手に入れば良いんだが」
 1番背の高い青年が「気にするな」と頭を振る。
 黒髪で小柄な少年の汗を拭きながら栗色の髪と大きな瞳の少女が問い掛ける。
「次は製薬会社を襲う? セキュリティレベルが高いから危険だけど、この怪我では必要だと思うの」
 細身で長い黒髪の女性がわずかに苛立ちを含んだ声で言う。
「問題は人間用の薬が本当にわたし達にも効くのかって事だわ」
「同じ物が食べられるんだから薬も大丈夫じゃないの?」
 瞳を金色に輝かせ青年が腕を組んでしばらく考え込んで決断を下した。
「DNAに反応しない薬品リストを捜そう。今までにも何度かこういう事が有ったはずだ。家中をくまなく捜せばきっと見つかる」
「…………が……てくれれば……」
「それを今更言っても仕方が無い」
 少年の弱々しい声に青年が溜息をついて歩き出した。
「そうね。今は行動あるのみだわ」
 小柄な少女が横たわる少年を数回撫でて立ち上がった。
「わたしは屋根裏を捜すわ」
「では、わたしは書斎を」
「俺は研究室に行く」
 3つの影は3方に散らばっていった。


 授業を終えたリンダがいつもの待ち合わせの場所に行くと、見慣れた車とは別にもう1台ワゴン車が停車していた。
「待ったぞーっ! サラぁ」
 アトルの満面の笑顔と飛び掛かる様な全力抱擁に、リンダが咄嗟にフィールドを調整して受け止める。
「……待たせてごめんなさい。これでも講義が終わると同時に教室を飛び出して来たのよ」
 何とか平静を保ちながらリンダが言うと、α・シリウスが機嫌が悪そうにアトルを引き剥がした。
「アトル。お前、その内に本当に死ぬぞ」
「やきもちか?」
 お気に入りを取り上げられてアトルが面白く無さそうにα・シリウスを見上げる。
「あほか。真面目にお前の身の安全を考えて言っている」
 大に抱きかかえられたリリアが小さな手をアトルに伸ばして真実を告げる。
「ありゃ。俺、マジで死ぬとこだったのか?」
「アトルが意図的にわたしを攻撃しようとしない限り大丈夫だと思うけど、毎回あの勢いで飛んで来られたら保証出来ないわ」
 ビクトリアが笑って苦笑しているリンダの肩を叩いた。
「10メートルくらい吹き飛ばしてもアトルは死なないわ。多少の事は気にしなくても良いわよ」
「落ちた先が車道だったらどうすんだよ」
「高速でもこの近辺ではせいぜい時速400キロよ。あなたなら避けられるでしょう」
「人を化け物みたいに言うなよー」
 ビクトリアに冷たく言われてアトルは拗ねた。

 α・シリウスがこのメンバーに合わせていたらいつまでも漫才が続くと、リンダに早く助手席に乗るように言う。
「サラが学校に居る間に一昨日襲われた場所を調査していた。USA支部に戻りながらモニターに表示させる。素早く目を通せ」
 リンダが頷いて2度瞬きをするとコンタクトレンズを『ボイジャー(探査モード)』に設定する。
「流して」
 フロントガラス前を一気に流れる画面に『早っ!』という大の声が聞こえる。
「今の何?」
「後ろの車と常に双方向通信が出来る様に少々手を加えた。相手が少人数とはいえ、1台で動くよりチームが分かれて行動した方が早い時も有るだろう」
「そうね。あ、今の画面を少し戻して。5分間分、スピード0.5で再生」

 画面に映し出されているのは廃工場跡地。
 これまで倉庫や閉店後の店舗しか襲わなかったのに何故? という疑問が当然起こる。
 画面中央に重たい何かを引きずった跡が真っ直ぐに続く。
 引きずられた先にはタイプAガードロボットの原形を留めない無惨な残骸が転がっていた。
「ストップ。スピード0.25」
 更に2度瞬きをして今度は『昴(望遠モード)』に切り替える。
 ゆっくりとロボットの各部が鮮明にモニターに映し出されている。
 強い力ではぎ取られた外装、引き千切られた配線、バラバラにされた骨格、流れ続ける潤滑剤。
「ストップ。スピード0.1」
 折れた腕から流れたオイルにリンダの視線が集中する。
 『あっ』と大の声。
「色がわずかに違うわ。あれは……血が混じっているのかしら?」
 冷静な口調とは裏腹にリンダは犯人達に負傷者が出た事に強いショックを受けた。
 リンダの声を聞いてビクトリアが指示を出す。
『現場に戻るわ。RSM』
「了解」
 α・シリウスがパネルを捜査して自動操縦で工場跡地に車を戻す。
『マイ・ハニー、サラ。良くやった』
『マイ・ハニー、シリ。どういたしまして。でも少し疲れたわ。目を休めても良い?』
 出来れば今後の事を考えたいとリンダはわざと疲れた態度を見せる。
『休んでも良いが絶対に寝るな』
『仕事中なんだから当然でしょ。怒ってるの? 口調がいつもより荒いわ』
『マイ・ダーリン』
 一方的に通信を切られて目を閉じているリンダが怒る。
『ちょっと、緊急時でも無いのに話の途中で切るなんて凄く嫌な態度よ』
何とでも言え。昨夜の俺の苦労を知らない幸せ者め。とα・シリウスは心の中で呟いた。

 疲れきっている娘を深夜まで連れ回したとケインに散々怒鳴られ、サムが怒るケインを引きずって居間に連れて行ってくれたまでは良いが、リンダを抱えて部屋に入って以降、執事のマイケルがずっとカメラを自分に向けていた。
 何をしているのかと聞くと「お嬢様の私室には監視カメラが有りませんから」と返ってきた。
 わざわざ監視を付けるくらいなら始めから自分達で娘を部屋に入れろ! と、怒鳴りたいのを我慢してリンダをベッドに寝かせて早々に部屋から退散したので、高そうなベッドだったくらいしか覚えていない。
 マイケルと入れ替わりで数人の女性使用人達が入っていく。
 荷物の様にベッドの上に置いて来たので、リンダをきちんと眠らせる為だろうとα・シリウスは思った。
 ささやかなお礼とお詫びにと食事や宿泊を強く勧めるマイケルに断りを入れてUSA支部に戻った。
 あのまま泊まって朝リンダと顔を合わしてしまった場合、言い訳のしようが無い。
 リンダの許可無く寝室に入ったという事がばれたら、確実に6Gモードで踵落としや首投げくらいはやられる。
 ケインはともかくサムは自分で遊んでいるとしか思えないから、α・シリウスも口を貝にせざるをえない。

『RSM、昨夜何が有ったのかまでは聞かないが、お前の怒気がこっちまで伝わってリリアが怯えている。そっちの問題はそっちだけで片付けてくれ』
『今回の任務は合同なのよ。それを常に頭に入れておかなければ駄目よ。RSM』
 少しだけ怒っている大の声と、ビクトリアの冷静な指摘を受けてα・シリウスは小さな溜息をつく。
『マイ・ハニー、サラ。昨夜車に乗って以降の記憶が無いだろう』
 思考を止めてリンダは目を開けるとα・シリウスの横顔を見る。
『そう言われてみれば……目が覚めたらうちのベッドだったわ』
『ケイン氏とサムから何も聞いてないか?』
『何も言われなかったわ。パパもサムも普通だったわよ。わたし、何かシリに迷惑を掛けたの?』
 疲れていたリンダが眠ってしまった事は何も悪くないとα・シリウスも思う。
 自分が極力コンウェル家を避けようとして失敗したあげくに、泥沼になっただけだ。
『いや……そうだな。どうしても聞いて欲しい頼みが有る。今度から門限破りをする時は自分で自宅に連絡を入れてくれ』
 α・シリウスの表情から昨夜何が有ったのか察しを付けたリンダは素直に謝った。
『ごめんなさい。これからは必ず自分で連絡するわ』
『そうしてくれると助かる。話はこれだけだ』
 α・シリウスが怒っている原因が解ったリンダも再び深い思考に戻る。
 どうすればと焦る気持ちが沸き上がるが、情報が足りない今は自分には何も出来ないと唇を強く噛んだ。

 後部座席に座っているリリアから『もう大丈夫』という意識を感じ取って、大も安心して運転に集中する。
 アトルが甲斐甲斐しくリリアの面倒を見ようとするが、明るくにぎやかなアトルの感情は逆にリリアを疲れさせる事が多い。
勘弁してくれよ。
 と言いたいのを我慢するだけで大も精一杯だ。
 木星支部に居た頃は氷の様だったα・シリウスの感情が、今は煮えたぎる湯の様だ。
 USA支部マザーが付けたレディ・サラマンダー(火竜)の異名はそのままリンダの性格を現しているのだろうと大は思った。
 誇り高い王・アトルも、リリアに出会ってから常に冷静さを失わないと決めていた自分ですら、リンダと対峙した時に戦意で我を忘れそうになった。
 ビクトリアが宇宙を切り開く光の矢なら、リンダはまさしく周囲を熱くさせる炎だ。
 今、この時にこの特出した2人が出会った事は何か有るのだろうかと大は考え、自分の思考を停止させた。
 凡庸な自分がどう思いどう行動しても、世界は勝手に動いていく。
 孤独なリリアの為にも自分はさざ波1つ立てるべきでは無い。
 そんな感情が伝わったのか『大、好きよ』というリリアの声が聞こえた。


 停車すると同時にリンダとアトルが車から飛び出した。
「サラ、アトル、勝手に行くな!」α・シリウスがそれに続く。
「全員、待ちなさい!」
 ビクトリアの制止も聞かずにアトルとリンダは走り続ける。
「嫌な予感がするな」とアトル。
「同感よ。あんな証拠を残す犯人ならとっくに掴まっているわ」とリンダ。
 300メートル程走って角を曲がった時、リンダとアトルは同時に舌打ちをした。
 唯一証拠のロボットはすでに黒こげになって転がっていた。
 追いついたビクトリアが息も切らさずに淡々と告げる。
「これで1つだけ判った事が有るわ。犯行グループには負傷者が居ておそらく重傷でしょう。それで昨夜は何処も襲われ無かったのね。病院は無理だから次に襲われるとしたら製薬会社かしら」
「もう1つ判った事が有るわ」
 リンダが厳しい顔で振り返る。
 もうこうなってしまっては完全沈黙をとおす事は出来ない。
 何とかしたいのはやまやまだが時間が足りず、1人で穏便な手段を捜していては手遅れになる可能性の方が高いからだ。
 後でどれほどα・シリウスに怒られても、チーム・ビクトリア全員を巻き込んででも、目的を実行するとリンダは決断した。
「犯行グループは武器を手に入れたわ。これからは今までの様な大人しい事件では済まない可能性が高いわ」
「どうして判ったんだ?」と大。
「ここは公式では機械部品工場として登録されているけど、実体は3年前まで国防省の武器製造工場だったの。映像には数ヶ所新しく壁が崩された跡が有ったわね。完全撤退したはずだけど、タイプAガードロボットが残されていたわ。此処に未回収の武器を残していたのだとしたら……」
 言い掛けてリンダがビクリと全身を震わせる。
「「伏せて!」」
 ピアスから強い攻撃信号を受け取ったリンダと、リンダの危機感を感じ取ったリリアが同時に叫ぶ。
 大がリリアを抱えたまま壁際に飛び、アトルがビクトリアの腰を抱いて逆の方に飛んだ。
 通路中央でリンダが素早く髪飾りを昆に変えて構え、α・シリウスは銃を構えてリンダの側に寄り添う。
 リンダの多段フィールドが次々に発射される小型ミサイルの攻撃を防ぎ、爆音と炎が炸裂する。
「すげえっ」とアトル。
「静かに。人間の声をロックするタイプかもしれないわ」とビクトリア。
「残り弾数が判らないと追いかけられないわ」
「今は暴走するのは止めておけ。此処に居るのは俺達だけじゃ無い。全体を見ろ」
 今にも走り出したそうなリンダの腰をα・シリウスが掴んで離さない。
「判っているわ。だから行けないって言ったのよ」

 大がリリアを抱えて起きあがった。
「此処に俺達以外は居ない。自動発射される様にセットされていたらしいな。リリアでも補足出来なかった」
「逃げられたか」とアトルが庇っていたビクトリアの上から退いた。
「始めから居ない相手を掴まえる事は出来ないわ」とビクトリアも立ち上がる。
 リンダが渋面でフィールドをノーマルに戻し、両手を震わせながら髪飾りを頭に戻す。
「サラ、気持ちは解るが落ち着け」
 何とか宥めようとα・シリウスがリンダの頭に手を伸ばし、リンダがその手を軽く振り払った。
「落ち着ける訳無いでしょう。こんな屈辱初めてよ。何が有っても掴まえてやる。この『奇跡のリンダ』相手にこんな兵器を向けた奴を絶対に逃がすもんですか!」
 怒りで瞳を輝かし、立ち上る炎を背にしてリンダがきっぱり宣言する。

「かっけー」とアトル。
「見せて貰うわ。『奇跡のリンダ』の実戦での力を」と微笑するビクトリア。
 額に手を当ててα・シリウスが盛大な溜息をつく。
 大とリリアは同時に同情の目をα・シリウスに向けた。


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