Rowdy Lady シリーズ 2 『木星より愛をこめて』

5.

 アトルとリリアを大に任せて先にホテルに行かせ、長官室でビクトリアとΩ・クレメントは2人だけでソファーで向き合った。
 マザーはΩ・クレメントの命令で室外に待機している。
 照明を落とした部屋中央のテーブルには本物のウイスキーが入ったグラスが置かれ、氷がガラスに露を作る。
「素晴らしい反射神経と運動能力、戦闘センスも抜群で持久力も申し分無し。うちのアトルと大を相手に制限付であそこまで戦える子が居るとは思わなかったわ。コンウェルから送られたテストデータ結果からも、判断力、身体能力の高さは目を見張る物が有るわ」
 新人刑事の資質に対して評価が厳しいビクトリアが手放しでリンダを賞賛する。
「気に入って貰えたか?」
 率直に聞かれてビクトリアは鷹揚に頷いた。
「わたしの個性派ぞろいのチームを見て怯むどころか、すぐにうち解ける柔軟性と協調性をも併せ持っているわね。『奇跡のリンダ』、『太陽系を旅する者の守護天使』、噂以上に将来有望な少女だわ」
 「では……」と言い掛けたΩ・クレメントをビクトリアの指先が制する。
「オスカー、まさかわたしがリンダ嬢をクイーン候補に推すなんて思っていないでしょうね」
 正面から氷の様な厳しい視線を向けられ、Ω・クレメントはかすかに手の平に汗をかいた。

 さすがに手厳しいと思いながら、深く静かに息をするとΩ・クレメントはグラスを手に取りゆっくりとウイスキーを口に含んだ。
 Ω・クレメントにとってビクトリアはどれ程離れていても他の誰より信用出来る元チームメイトだ。
 ビクトリアが自分に不満を漏らすのは、必ず深い根拠が有っての事だと知っている。
 長い付き合いでお互いの性格は知り尽くしており、強引な論法で結果を急ぐ必要は無い。
 ならばゆっくり相互理解を深めれば良いと、Ω・クレメントは軽く息をついた。
「ビクトリア。気が付けばお互いに自由に身動きが出来ない立場になってしまったな」
 ビクトリアもΩ・クレメントの心情を理解して、じっくり話に付き合おうと頷いた。
「そうね。太陽系警察機構に入った歳こそ違うけれど、同期でΩ級とクイーン級にまで登りつめたのはあなたとわたしだけだわ」
 ビクトリアもグラスを手に取って、琥珀色の液体を眺めながら氷を転がす。

 太陽系警察機構にはΩ級とクイーン級以上の役職が無い。
 それぞれの支部長官が各支部に配置された戦略コンピュータ・マザーと、全支部を把握するグランド・マザーと共に自分が担当する支部の全権を持ち、同時に他支部への監視を常に怠らない。
 代表を設けて巨大な権力を1人に集中させる危険を回避する為だ。
 すでに各地区毎に事件は多様化しており、大昔の縦型指令系統は何の役にも立たず、かえって動きが鈍くなって有害なだけだという声も大きい。

「君にとってはたった9年間だが、私にとってはもう27年間だ。そろそろ私達も後進を育てる時期だと思わないか」
 Ω・クレメントの弱気ともとれる言葉に、ビクトリアは数回瞬きをしてさらりと毒舌を発した。
「オスカー。あなた、もしかしなくても老けた?」
 あっさりと1番気にしている事を言われ、Ω・クレメントがむせながら反論する。
「ずっと地球近辺任務に当たっていたんだから仕方が無いだろう。研修終了以降、高速宇宙船で飛び回っている君とは時間の流れが違うんだ」
「そんな事はあなたに言われなくても自分が1番解っているわよ。兄の子供達はわたしの歳を追い越してしまったわ。両親もとても歳を取っていたわ。地球時間で数年ぶりに映話で話したわたしに「CGで歳を誤魔化しているんだろう」って本気で言うほどにね。こうして年々現実を突き付けられるのは、頭では判っていても辛いわね」
 少しだけ拗ねた声で言うとビクトリアは酒を口に入れた。
 口調の軽さとは裏腹な本音と寂しそうな顔を見て、Ω・クレメントはうっかり心にしまっていた本音が出てしまった。
「君は充分にやってきた。そろそろ船を降りる気は無いのか?」
 ビクトリアは冗談では無いと何度も頭を振る。
「大切なチームメイト達を置いて1人だけ楽をしろと言うの? そんな事はとても出来ないわ。1番チームに長く居るアトルは11歳の時に出会って以来ずっとわたしと共に居てくれて、資格こそ持っているけど実年齢ではまだ16歳よ。リリアはともかく大は22歳でチームに入ってまだ3年にしかならないわ。全員が特化α、レディ級とはいえ、わたしの仕事を引き継ぐのはまだ無理よ」
「悪かった。たしかにまだ彼らは若く君の後任には早過ぎる」
 解っていたはずなのにΩ・クレメントも配慮が足らなかったと謝った。

 グラスに視線を落としてΩ・クレメントが悔しそうに告げる。
「君も知ってのとおり私達と同期で生き残っているのはたった78パーセントだ。悲しい事に太陽系防衛機構より生存率が低い。その内α級のまま第1線でチームを率いているのはわずか15パーセント。後は依願退職をして民間企業に移ったり、研修校で後進の指導に当たったり、情報部の後方勤務や刑事の名を返して一般職員に転向している」
 ビクトリアが足を組んでそれは当然の事だと頷いた。
「誰だって命は惜しいし生活が有るもの。知力は維持していても、体力が落ちた刑事を見逃してくれるほど犯罪者は甘く無いわ」
 Ω・クレメントが溜息をついてソファーに背中を預ける。
「だからこそ私は若く優秀な人材を見つけて育てようとしているんだ」
「RSMの時の様に?」
「あの子は特別だ!」
 かすかに怒気を浮かべるΩ・クレメントに、ビクトリアがやってしまったと思い謝罪した。
 成人し職を得て独り立ちをしても、Ω・クレメントにとってα・シリウスは大切な被保護者なのだとビクトリアは再認識した。
「ごめんなさい。言い過ぎたわ。あなたもまだ「あの事件」から立ち直っていないのね」
「いや、私もつい怒鳴って悪かった」
 片手を上げてΩ・クレメントも数回頭を振る。
 かすかに気まずい空気が流れて2人共沈黙したが、ビクトリアが先に顔を上げてはっきりと本音を告げる。
「21年前のあれはあなたの責任では無いとわたしは何度も言ったわ。偶然とはいえRSMを救えただけでも良かったのでは無いの?」
「あの子にとって救いになっているのだろうか? 私はあの子をたった5歳で法律の網で縛って隔離し、自分の本名すら言う事を禁じられ、天涯孤独の身に落とした内の1人にすぎない」

 自嘲気味に低く笑うΩ・クレメントに、ビクトリアがそれは違うと身を乗り出す。
「オスカー。死んでしまったらそこで終わりなのよ。どんな境遇に落ちても生きてさえいればそこから立ち直る事は出来るわ。わたしはアトルを見てきているからこれだけは言い切れるわ。RSMだって……」
 ビクトリアは1度言葉を切り、深呼吸をしてから話し続けた。
「RSMにだってあなたがずっと側に居たわ。あの子を引き取って責任感の強いあなたが一生結婚しないと決めた時に、わたしは何度も考え直す様にお願いしたけど、あなたは頑として聞いてくれなかった。影ながらあの子の父親代わりになり、あの子の成長を生き甲斐にしてきたわ。あの子は……RSMはあなたの望むとおり立派に育ったわ。もう充分でしょう? オスカー。お願いよ。自分を責め続けるのは止めて」
「あの子が立派か? 入れた学校が悪かったのか、元々の性格の問題なのか、かなり性格に難有りに育ってしまった気がするんだが」
 軽く溜息をつくΩ・クレメントにビクトリアも同感だと頷いた。
「ああ、それだけは否定出来ないわ。いくら刑事として優秀でも根が馬鹿だし、女性に対するデリカシーは皆無だし、よくもあの子のパートナーが勤まるものだとリンダ嬢を誉めたいくらいよ」
「あの馬鹿の失言には度々レディ・サラの鉄拳が飛んでいる。これがまた見事に気持ち良くヒットするんだ。私から見たら口の悪さはどっちもどっちの「ダブル馬鹿」なんだが、口でもパワーでもレディ・サラには勝てないらしい」
「RSMにはそれくらいで丁度良いでしょう。殴られないと気付かないんだから」
 Ω・クレメントとビクトリアはしばらく黙って見つめ合い、同時に爆笑した。


「あの子は未だに復讐を諦めていない。警察大学卒業前から、あの子のずば抜けた才能を欲しがるチームは沢山有っただろう。マザー達が総出で行き先を捜してくれたが、その中にあの子の特性を活かし育てあげられるだけの力量を持つチームは無く、あの子もそれを知って全てに背を向けた。仕方無く始めの半年間は私が預かり、最後の希望にと君に託した」
 ビクトリアにとってはまだ最近の事なのに、わずかに目を細め懐かしむ様に口元に手を当てる。
「イオに来た当初は不満で一杯という顔をしていたわ。RSMが希望していたのは地球近郊の支部だったわね。太陽系のほぼ中間とはいえ木星は遠いわ。それに木星支部が担当する多くの任務にも不満が有ったみたいね。不法労働者に窃盗、詐欺、暴行、殺人、不法麻薬と、地球なら各国政府の警備警察が担当する事件が多いから。外洋特殊任務の多いわたしのチームに入れても「本当に全員特化α級か」とか「太陽系最強チームじゃなくてイロモノ集団だろう」とか文句ばかり言ったわ。20歳にもなってあまりに生意気ばかりを言うから、訓練も兼ねてアトルに良い様に遊ばれていたわね」
 そこまで言ってビクトリアはぶっと吹き出した。
 任務最優先のα・シリウスがアトルの顔を見たり、チーム・ビクトリアの名を聞いた瞬間、必死で逃げ出すだけの事はされたらしいとΩ・クレメントは納得した。
「出会ってすぐにリリアがRSMの心の奥底からのSOSを感じとったから、アトルも大もRSMをすぐに受け入れて大切に育てたわ。研修期間が終わって地球に帰す時になってもアトルはRSMの手を離そうとしなかったの。アトルも孤独の辛さを知っているから、RSMをまた独りにしたく無かったのね。わたし達の好意を理解しているはずなのに、最後までRSMはわたし達の手を取ろうとしなかったわ」
 ビクトリアがそれだけがずっと心の奥底に引っかかっていたのだと目を伏せる。

「しかし今のあの子にはレディ・サラが居る」
「彼女はRSMと同じ傷を持つまだ17歳の少女だわ」
 Ω・クレメントの真剣な目を見て、ビクトリアは悲しげに微笑み頭を振った。
「リンダ・コンウェル嬢の名前は、事件被害者保護規約でスモール級や一般民間人には伏せられているけど、太陽系警察機構の刑事に名を連ねていてあの惨劇を知らない者は居ないわ。「鮮血のクリスマス事件」は表向き事故扱いにされて闇に葬られた「あの事件」と同じく、多くの犠牲者を出しながら全く犯人の手掛かりの無い未解決事件だから」
「分かっている」
 2つの事件をよく知るΩ・クレメントが悔しそうに唇を噛んだ。
「リンダ嬢の記憶はまだ戻らないそうね。それがいつ戻るのか、戻った時に自分がどうなるのか全く判らない状態で、生きる理由を捜す為に進んで自らを危険に晒し続けていると。リリアがまだ小さいのに可哀相だと泣いていたわ」
 どれ程隠そうとしてもテレパスのリリアに嘘や誤魔化しは通じない。
 それで無くてもリンダが厳しい立場に有る事を知っていながら、Ω・クレメントはα・シリウスの為にマザーの提案を受け入れた。
 1番痛い所を突かれたとΩ・クレメントが渋面になる。
「今更グラン・マ達とあなたの判断に文句を言う気は無いわ。リリアでも心を開けられなかったRSMが誰かを受け入れただけでも奇跡に近いのだから。でも、似過ぎているのよ。あれほど似た境遇の2人が偶然出会って、RSMが一目でリンダ嬢を求めて、2人の行く先はきっと修羅の道よ。……ああ、本当に神は残酷過ぎるわ!」

 ビクトリアの激高を聞いて、Ω・クレメントは逆に冷静になっていく。
 これが男と女の違いなのだろうかとΩ・クレメントはぼんやりと考えた。
 ビクトリアは木星支部とチームの要で有り母だ。
 たった3ヶ月間でも自分の手元に置いたα・シリウスを我が子の様に思っている。
 わずかに幼さの残るリンダが選んだ生き方は、ビクトリアには痛々しくて見ていられないのだろう。
 ビクトリアとΩ・クレメントのリンダへの評価は180度違う。
 たった6歳で大切な家族や友人、記憶や声まで無くし、敵の多い大企業の会長令嬢という立場上、常に命の危険に晒され続け、それでも尚前向きに生きていこうとする少女の姿は、むしろあっぱれと言いたいくらいだ。
 周囲の欲深い人々の思惑も、様々な組織や国、国際機構の思惑をも全て蹴り飛ばして、「文句有るか!」と言い切れるリンダは強い。
 幼い頃から復讐する事だけを考え、人を寄せ付けずに育ったα・シリウスが常に前向きなリンダに出会って以降、様々な感情を不器用ながら表に出す様になり、ずいぶんと柔らかい雰囲気に変わった。
 今のα・シリウスが完全に切れるとしたら、「あの事件」かリンダが関る事だけだろう。
 聡明なビクトリアがα・シリウスの変化に気付いていないとは思えない。

 一応と思い聞いてみるとビクトリアからはΩ・クレメントが思ったとおりの返事が返ってきた。
「RSMがサラとパートナーになって、とても良い方に変わった事くらい気付いているわ。わたしがなぜこれほど怒っているのか本当にまだ判らないの?」
 ビクトリアはΩ・クレメントの顔を真っ向から見据えて訴えた。
「オスカー、あなたはRSMがあれほど渇望し続けて漸く見つけたパートナーを取り上げようとしているのよ。クイーン候補にするには、2人以上の支部長官の推薦が必要。最低でもチームリーダとしての能力を要求されるわ。共同捜査を申し込んですぐに了承したのは、わたしにリンダ嬢の資質を見極めさせる為でしょう。絶対に嫌よ!」
 一気に言い切って肩で息をするビクトリアを見て、やぱりリンダはビクトリアの若い頃によく似ているとΩ・クレメントは笑った。
「君が怒る理由も解る。私もまだ未成年のレディ・サラを今のα・シリウスから引き離す気は無い。あの子を君に預けたのは君達の能力に期待したのも有るが、α・シリウスがゆくゆくは私の後継者のなれる器だと思ったからだ」
「RSMにΩ級の適性は無いわ。これは以前にはっきりあなたに言ったはずよ。人を正面から受け止める事が苦手なRSMは、小規模チームリーダーになれても管理職には向かないわ」
 持論を決して曲げないビクトリアに、Ω・クレメントも言い返す。
「4年も前の話だろう。レディ・サラと出会ってあの子はどんどん成長している。あの子はこれからだよ」
「リリアの見立てでは、RSMの感情が動くのはリンダ嬢絡み限定だけらしいけど?」

 あっさりとビクトリアに切り返されて、Ω・クレメントも少しだけ考え込む様に顎に手を掛ける。
「そこが未だに私にも判らないんだ。あの子はなぜかレディ・サラが絡むと頭のネジが飛んで感情が暴走する。アンブレラI号事件でもその様子は記録されている。2人をずっと間近で見ていてもレディ・サラに恋愛感情を抱いている様子は見られない」
「わたしにもRSMが「しっかりしたお兄さん」ぶっている様にしか見えなかったわ。あのリンダ嬢相手に無駄な事を。「身の程を知れ」と何度も言いそうになったわよ。恋愛の線はまだ無さそうね。RSMはそこまで器用じゃ無いもの」
 ばっさりと切り捨てるビクトリアにΩ・クレメントもさすがにそこまで言ったらα・シリウスが可哀相だろうと思った。
「恋愛と言えば、日頃から「遊びならともかく本気の女は面倒だ。処理なら店の専用アンドロイドで済ませる。仕事でどうでも良い女と寝ないといけない事も有るからプライベートまでは要らない」と言ってはばからなかったあの子が、レディ・サラと出会ってから一切その手の店に出入りしていないらしい。仕事が変わって情報欲しさに女に近づく必要も無くなった。あの面倒臭がりが自分のプライベートルームに適当な女を連れ込むとは思えないから、ここ数ヶ月はさぞ清らかな生活を送っているんだろう。マザーが言うんだから情報はたしかだぞ。とにかくあの子は精神的に変わった。4年前の評価からは比べ物にならないくらいにだ」
 よりにもよっていきなりそういう話題に振るかと、がっくりと肩を落としたビクトリアが額を押さえながらツッコミを入れる。
「オスカー、RSMの救い様の無いデリカシー欠如は絶対あなたの影響ね」

 さすがに例えが悪かったかとΩ・クレメントは1つ咳払いし、真面目な顔に戻った。
「候補者になってもスモール級からラージ級、レディ級からクイーン級に上がるには、いくつもの厳しい任務をこなして実績を作らなければ審査を通過出来ない。多くの優秀な刑事がこの段階で命を落とし、私達の同期も数名この期間に死んだ。私は今のα・シリウスとレディ・サラならいずれラージ、クイーン候補に上げて、少しずつ経験を積ませれば、審査を通過できると信じている。ビクトリア、多大なリスクだが今の太陽系警察機構は優秀な人材が不足している。今の状態では太陽系全体を見通す事など不可能だ。理解して欲しい」
 話題が核心に戻ったのでビクトリアも姿勢を正して正直に答える。
「民間企業の進出スピードに太陽系警察機構の組織編成が付いていけないのよ。身体、捜査能力だけなら2人共充分合格よ。さっきの試合で言いそびれたけどΩ、クイーン級は能力よりも適性の方が大切。それはあなたが1番解っているでしょう。多くの人の生死を左右する立場でその責任を取り続ける覚悟と能力と精神力を持てなければ駄目。オスカーがあくまで2人を推す気でいるのならこの事件をとおしてわたしが判断するわ。だけどあなたが期待する結果になるとは思わないで」
「解っている。全ては君の判断に任せる」
 堅苦しい話はこれで終わりだと、Ω・クレメントとビクトリアはお互いのグラスを合わせて昔話に花を咲かせた。


 USA支部で自分達の将来を大きく左右する話が繰り広げられているなど、露ほども知らないα・シリウスはコンウェル家の門前で30分もケイン相手に問答を続けていた。
「はぁ? 俺……失礼しました。私も娘さんを今すぐに家に帰したいのはやまやまなんですが、本人が動かないので……違います! 先程から何度も言っていますが、無茶なんてさせていません。本人が勝手に……いえ、仕事だからと張り切って……止め様としましたが、とてもそういう雰囲気では無かったんです」
 完全にシールドされた車とはいえ、深夜に開かれた門とその前で停車している車は上空の監視衛星から目立つ。
 いくらこの地区への自由侵入許可を取っているとはいえ、これ以上目立つのは得策では無いと判断したα・シリウスは感情を押し殺して天敵の名前を呼んだ。
「サム、そこに居るんでしょう? 理解してください。いくら呼んでも揺すっても起きないので私も困っているんです」
 映話モニターに向かって本当だと訴えると、ケインを押しのけてサム・リードがモニターに現れた。
『やあ、シリウス君。ここで僕をご指名とは嬉しいね。頭に血が上っている親馬鹿ケインは下がらせよう。リンダは1度熟睡したらそう簡単には起きないよ。かなりきつい仕事だったし徹夜明けだから、家で休む様にってあれほど言ったのに本当に困った子だねぇ』
 相変わらず本音が見えず、常に笑顔を絶やさないサムに、α・シリウスはわざと情け無い声を上げた。
「判ってるなら助けてください」
『遠慮せずに家に入っちゃえば良いのに。そのまま車を玄関に横付けすれば』
 何も怖い事は無いよーと、笑って手を振るサムにα・シリウスは心の中で盛大に舌打ちをした。
 それが嫌だから門前で映話を使って話しているんだという言葉を飲み込んで、α・シリウスは助手席で完全熟睡しているリンダの頭を叩く。
「すぐ横でこれだけ大声出してるのに気持ち良さそうに寝やがって。起きろ。この馬鹿娘!」
『こらこらシリウス君、レディに暴力はいけないよ。優しくしてあげないといくらハンサムでも女性にもてないよ』
どこがレディだ? お宅の娘さんはいきなり若い男を押し倒して平気で服をはぎ取る様なチタン製の神経の持ち主です。誰でも良いからさっさと引き取りに来てください。
 と、言いたい。
 言っても良いなら今すぐにでも言っている。
 見当違いなとんでも無い誤解が怖いから言えないだけだ。
 サムのからかう様な口調に、まだ親馬鹿丸出しで怒るケインの方がましだったかとα・シリウスは頭を抱える。
 α・シリウスの心情を察し、さすがにこれ以上虐めるのは良くないと判断したサムは、口調を変えて主治医としての立場で話した。
『シリウス君。真面目な話今のリンダは起こすべきじゃない。モニター越しで見ても疲れ過ぎているからね。リンダの事だから良い機会だとかなり無茶な事をやったんだろう。これで起きていたらドクター・ストップを出しているよ。僕の権限で許可するからリンダを部屋まで運んでくれないか? 君が寝室に入った事はリンダには秘密にしておくから安心して良いよ』
「……」
 本人が嫌がる事を判っているなら保護者代理のお前が引き取りに来い。
 と、言えたらどれだけ楽か。
 屈強の精神科医相手に自分が舌戦で勝てる訳が無い。

 今日は厄日だとα・シリウスは映話を切って溜息をつくと、コンウェル家に車を入れた。


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