Rowdy Lady シリーズ 2 『木星より愛をこめて』

4.

 トレーニングルームにアトルとリンダの2人が入り、他のメンバーは危険だからと見学席に着いた。
『サラ、アトルは俺の格闘技の教官だった。半端じゃ無く強いぞ』
『ありがとう。彼の強さは解っているわ』
 α・シリウスの厳しい横顔を見て、リリアは何かを言いたげに大の顔を見上げた。
『心配しなくて良いよ。アトルならサラの実力に合わせて手加減が出来る。いつもそうだろ』
 頭を撫でる大にリリアはそうじゃないと頭を振った。
『アトルは本気よ』
『まさか。相手はまだ入ったばかりで素人だぞ』
 冗談だろうという顔をする大にリリアが真剣な目で訴える。
『大もリンダと向き合えば必ず変わると断言出来るわ。リンダは無意識に人を本気にさせるのよ。リンダの本気が自然に周囲を惹き付けるの』
『そうなのか。あ、身体に負荷が掛かるから仕事以外で無理に遠くまで超能力を使わなくて良いよ。いつもどおりで良いから。アトルがその気なら1度納得がいくまでやらせよう。あいつもRSMを気に入ってチームに入れたがっていたから、パートナーが決まって寂しいって気持ちと、サラの本当の実力を知りたいと思っているんだろ』
『うん』
 大とリリアは同時に頷くとトレーニングルーム中央に居る2人を見つめた。

「何でこうなるんだ?」
 後部席で不機嫌な顔で足を組み、腕に顎を預けたΩ・クレメントに、ビクトリアが前に居る3人に聞こえない様に小声で囁いた。
「皆は少しだけ不安なのよ。類い希な資質を認め、熱心に教育したRSMがわたしのスカウトを断って地球に帰って以降、更に性格が悪くなりそうな危険な任務に就いている事をずっと気にしていたわ。あの『奇跡のリンダ』がRSMのパートナーになっているなんて、わたしも完全に予想外よ。噂の真偽を知りたいのでしょう」
「単独でも部署も選ばなくて良いからとにかく実戦で使え」と強く言ったビクトリア自身に人事への不満を言われ、Ω・クレメントも低く声を潜めて呟く。
「どうやら君の本音はα・シリウスの待遇への不満じゃ無いな」
 第1線を離れてもΩ・クレメントの鋭い勘は鈍っていないと、ビクトリアは口元に笑みを浮かべた。
「高名な『奇跡のリンダ』がオスカーの言うとおりに「本物」なのかこの目で見たいわ。資格を持たないまだ17歳の少女に何をさせる気なのかまでは聞かないけれど、Ω級のあなたならクイーン候補に名を連ねる事が、どれほど彼女を危険に晒すかを知っているはずね」
「分かっている。しかし、彼女は貴重な素材だ。3年後には20歳で大学を卒業している。試験に合格すれば正式な資格も得られるんだ。今から確保しておきたいと思って当然だろう」
「オスカーの目で選んだ相手なら資質は疑わないわ。問題は……あ、始めるようね」
 ビクトリアとΩ・クレメントは顔を上げて強化ガラスに視線を移した。

 半ズボンにタンクトップで裸足という軽装のアトルが軽く肩を回す。
「本当にその姿で試合をするんですか?」
「俺はこっちのが得意なんだ」
 リンダに武器を使わないのかと問われ、アトルは自分の腕を叩きながらにこっと笑った。
「では「光の矢」号のクルーに敬意を表して、わたしも武装を外します」
 α・シリウスから強引に貰った上着と使い慣れた銀色のブーツを脱ぎ、髪飾りも両手首のブレスレットに仕込んだホイスカーも全て外した。
『サラ、俺が言った事を本当に解ってるのか?』
 α・シリウスが焦って声を掛けるとリンダは背中を向けたまま答える。
『気が散るから今は話し掛けないで。切るわよ。マイ・ダーリン』
 素早く指を動かして解除パスワードを打ち込み、スーツとフィールド、コンタクトレンズも完全オフにする。
 これで本当に対等とリンダは微笑んだ。
 子供の頃から憧れていた太陽系最速宇宙船「光の矢」号の正規クルー、しかも素手の相手に装備を使うなど無粋以外の何物でも無い。
 一目で一生掛かっても絶対に勝てない相手だと悟った。
 これまで自分にそう思わせた相手などそうそう居ない。
「お待たせしました。どうぞ」
 リンダの声と同時にアトルが「おう!」駆け出した。

 右・右・左・右・左・右・左・左・左・正面……。
 間合いに入る直前からアトルの鋭い手刀がリンダの目や喉、心臓を正確に狙って繰り出され続ける。
 その全てをリンダは無駄の無い動きで避けていた。
「反応が早いな。逃げるのがメチャ上手い」
「ありがとうございます」
 言葉と同時に連続して繰り出される拳からバク転でリンダが逃げる。その間にアトルが間合いを詰め、リンダの着地点を狙って蹴りを出す。
 アトルの伸ばされた足に手を軽く付き、リンダが空中で身をひねって着地した。
「器用だな。でも逃げてばかりじゃ勝てないぞ」
「承知の上です」
 お互いの息が掛かるくらいに顔が近付いた時、アトルの垂直蹴りがリンダの顎を狙い、上体を反らしてリンダがそれを外す。

「アトルのあの蹴りを避けた! あんな芸当初めて見たぞ」
 大が両手を打って凄いと正直に賞賛した。
 α・シリウスが防護ガラスに張り付いて思わず舌打ちをする。
「いつもと全然動きが違うじゃないか。サラの奴、俺と訓練する時はずっと手加減をしていたな」
 本気で悔しそうに言うα・シリウスの背中に、ビクトリアが冷静に問い掛ける。
「RSMはサラ相手に手加減をしていないの?」
「9歳も年下の女の子相手に本気は出せない」
「それはRSMが馬鹿だわ。相手を過小評価するから本気を出して貰えないのよ。ずっと彼女の実力をその目で見てきているんでしょうに」
 視線をリンダから外さずにα・シリウスが座席に戻って悔しそうに反論する。
「本気のサラがどれほど強いかは俺が1番知っている。だが、対峙すると何故か本気を出せない。パートナーだからだろうか? サラに背中を預けるのは全く躊躇しないが、訓練でも戦いたく無い相手だと無意識で思っているのかもしれない」
 立ち上がったビクトリアの拳が有無を言わさずα・シリウスの後頭部を襲う。
「本気の訓練で鍛えなければ実戦で死ぬわ。RSM、3ヶ月間わたし達から何を学んで来たの? アトルが1度としてあなたの実力をギリギリまで出させなかった事が有ったかしら」
 数年ぶりに本気で怒ったビクトリアの強烈な教育的指導の喰らい、α・シリウスは姿勢を正した。
「1度も有りませんでした。ビクトリア教官、ありがとうございます。肝に銘じておきます」
「宜しい。相変わらず馬鹿のままだけど、そういう素直なところは好きよ。RSM」

「気にいらねーな」
「何がです?」
 アトルの連続蹴りを全てターンでかわしてリンダが正面に向き直る。
「サラ、今の俺はコンウェルの客じゃねぇ。いい加減に本気を出せ。メチャつまんねーぞ」
「リンダ・コンウェルでは無く、レディ・サラとして戦えと?」
「名前なんかどっちでも関係ねぇっての。俺は本気のお前を見たいんだ」
「それがお望みと有れば。……その言葉、途中で撤回しないでよ!」
 高い声と共にリンダの足がアトルの腹部に蹴り出される。
 腰を引いてリンダの足を手で受け抱えると、アトルの拳がリンダの顔面を襲う。
 待っていたとばかりにリンダはアトルの手を支えに全身を浮かせ、もう一方の足でアトルの頭部を狙った。
 アトルのやや長い髪をかすめてリンダの足が地に着き、掴まれたままの足はそのままにすぐにジャンプしてアトルの顔面に膝を出す。
 片足を抑えられても自在に動くリンダの柔軟さにアトルは笑みを浮かべて足を離し、同時にリンダの腹部に拳を突き出した。
 リンダはアトルの拳を両手で受け止め、その力を逆に利用して高く空を舞いアトルの背後を取る。
「面白れぇ! やっぱこうじゃねえとな」
 背中を取られたはずのアトルが素早くリンダよりバク宙で高く飛び、リンダの後ろに飛び降りた。

「2人のスピードが上がった」
 大が歓喜の声を上げる。
 Ω・クレメントもマザーも初めて見るリンダ達の早い動きに驚きを隠せない。
 α・シリウスが唇を噛んで試合を見つめる。
 装備を全て外したリンダは完全に自由だと言わんばかりに自分の身体を自在に操っている。
 これほど素晴らしい動きを自分の我が儘が殺していた。
 そう思うだけで恥じ入るどころか、自分の傲慢さが許せない。
 ビクトリアの厳しい言葉が重くのし掛かる。
「ああ、アトルの舞だわ。久しぶりに見るわ。本当に美しいわね」
 ビクトリアが目を細めてうっとりと囁いた。

 速過ぎてアトルの動きを目で捉える事は到底出来ない。
 気の流れすら残像に変わり、本気のアトルを前にしてリンダは避けるだけで精一杯だ。
 お互いの呼吸音と風を切る音だけが耳を震わせ、心音が激しいリズムを刻む。
 美しいのに少しずつゆらぎ乱れてテンポが変わるアトルの動きが、リズムを狂わされたリンダの動きに重たい枷をはめ、指を動かすのすら苦痛に感じさせる。
 足がもつれてリンダの身体が地に落ち、その隙をアトルは見逃さない。

やられる!

 顔面に落ちてくる拳と腹部を狙った膝を本能だけで腕で受け止め、リンダは咆哮を上げてアトルの身体を全力で投げ飛ばした。
 瞬時に飛び起きて体勢を立て直し、すでに攻撃態勢に入っているアトルと視線が交差する。

 アトルが戦意を完全に消してにこっと笑うと「ほえっ?」という顔をするリンダを両手で力一杯抱きしめた。
「あー、楽しかった。お前本当にすげーよ。俺、こんなに気持ち良く戦ったのってマジで久しぶりだ。好きだぞ。サラ」
「ちょっと。ちからっ、力入れ過ぎーっ!」
 見た目よりずっと重い身体と馬鹿力に、リンダが支えきれないとアトルと共に床に転がった。
 リンダが頭をぶつけ無い様に自分の手で支え、アトルがそのままリンダの頬に鼻をすり寄せると顔中を舐めだした。
 アトルにしてみれば親愛の情を現したつもりらしいが、やられるリンダはたまったものでは無い。
 全身に鳥肌が立ち「ぎゃーっ!」という叫び声を思わず上げる。
 慌てたα・シリウスが見学席から飛び出して、アトルの首根っこを掴んでリンダから引き剥がした。
「アトル、ストップだ。教官、止めてくれ」
「言われなくても」
 すぐ背後に来ていたビクトリアが、浮かれたアトルの顔面を肘打ちで思いきり殴る。
「……っぅ」
 鼻を抑えながらアトルが文句を言う。
「メチャ気に入ったんだから顔舐めるくらい良いじゃん。女の子だからちゃんと口は避けたぞ」
「やかましい。「お前は犬か?」っていつも言ってるでしょう。女の子相手に馬鹿やらないの!」
 ビクトリアがもう1度アトルの頭に拳を見舞う。
「アトル、サラが素手じゃ無かったら今ので瞬殺されてたぞ。その癖は直せって何度も俺も言っただろう。あれをやられた方は気色悪くて仕方が無いんだ。……サラ、大丈夫か?」
 差し出されたα・シリウスの手をリンダが取って立ち上がる。
『マイ・ハニー、シリ。完全にばれているんでしょ。今までごめんなさい』
『マイ・ハニー、サラ。謝るな。悪いのはサラじゃ無い。全部俺が悪い』
「RSMは木星支部に居た3ヶ月間、トレーニングの度にアトルに毎回あれをやられて泣いていたからな」
 リリアを抱えた大が笑いながらトレーニングルームに入ってくる。
「大、嫌な事を思い出させるな。お前だって散々アトルにやられている口だろうが」
 顔を真っ赤にして怒鳴るα・シリウスを見たリンダが「へぇ」と言いつつ、アトルに翻弄されるα・シリウスの姿を想像して噴き出した。
 「女の子だからちゃんと口は避けたぞ」というアトルの言葉は想像したく無い部分なので聞かなかった事にする。
 部屋の隅に置いていた装備と水を手に取ってふと首を傾げる。
「研修期間が3ヶ月? 半年じゃなかったの? あ、特殊相対性理論がここでも適用されるのね」
「オスカーが絶対に地球標準時間半年で帰せと言うから、3ヶ月しかRSMと一緒に居られなかったわ。それでも「出来るだけ長く」研修が出来る様にと、かなり時間調整をしたのよ」
 ビクトリアがリンダの素朴な疑問に正直に答えた。

 調整して半年が3ヶ月、15、6に見えるアトルが、26歳のシリとほぼ同じ歳に見える30歳越の大より少しだけ年下で……そうするとクイーン・ビクトリアは……えーっと。
 混乱して額を押さえるリンダに、α・シリウスがフォローにもならない事を言った。
「無理に計算しようとするな。このチームは無茶な事ばかりをやってるから時間軸が滅茶苦茶なんだ」
 大がリリアを降ろし、水を飲みながら装備を点検するリンダの正面に立つ。
「サラ、疲れが取れたら次は俺と戦わないか? フル装備状態の君の実力を知りたいんだ」
「10分休憩時間をいただけるのならお受けします」
 あれほど激しくアトルと戦った直後にも関わらず、笑顔でリンダは了承する。
 驚いたΩ・クレメントが急いで見学席から顔を出して叫ぶ。
「お前達2人が本気で戦うなら無人の軍事演習場でやれっ! この建物が壊れる」
 あまりに真剣な声に大がα・シリウスを振り返る。
「そうなのか?」
「お前達2人が本気でフル装備で戦ったら……90パーセントくらいの確率で壊れると思う」
 α・シリウスが腕を組んで頷くと、マザーがトレーニングルームに現れた。
『わたくしは100パーセントの確率で壊れるというΩ・クレメントの意見を支持します。わたくしの中であなた方お2人が本気で戦うなど絶対に許可出来ません』
「大。職員全員を避難させた上で全額自分のポケットマネーから修理費を出す度胸が有るなら止めないけわ。くどい様だけど全額自費よ」
 ビクトリアからも駄目出しをされて大は「仕方無いな」とリンダの全身を眺めて、上着の内ポケットを探った。
 ハンドバスーカーを取り出し放り投げる。
「これとこれも無理か」
 ボタン形の高性能爆弾を数珠繋ぎに10個ばかり胸ポケットから抜き取り、ロケットランチャーと砲弾を5個ほどスラックスのポケットから取り出した。
「んなもん、どこから出したー!?」
 驚いたリンダが思わずツッコミを入れる。
「いつでも使える様に服のポケットに仕込んであるんだ」
 あっさりととんでも無い事を笑って言う大に、上には上が居るものだとリンダは呆然とする。

「これは使っても良いか?」
「それも止めておけ。俺の経験だと1番危険だ」
 大が粒子砲を出すとα・シリウスが速攻で取り上げた。
 誰が生身のままで粒子砲の暴発を2度も経験したいものか。
 リンダはともかく他のメンバー全員の命が危ないと、α・シリウスは大が出した物騒な武器を全部回収する。
 α・シリウスの手から粒子砲を取り上げてリンダが「すみませんでした」と大に返す。
「せめてこれくらいは無いとフェアじゃ無いわ。クライアントはわたしの本当の実力を知りたいと希望されているのよ。心配しなくてもアンブレラI号の時みたいに粒子砲のエネルギーパックをぶった切るなんて真似はやらないわよ」
 口笛を吹いて大がリンダに笑顔を向ける。
「その技、是非見せて欲しいね」
「演習場であなたが太陽系防衛機構レベル6強化スーツ並の装備を着られるのならお見せます。もしこの場でそのお姿のまま戦われると言われるのでしたら、大変危険ですので申し訳ありませんが実演はお引き受け出来ません。わたくしがΩ・クレメントとマザーに減給されます。ご了承くださいませ」
「分かった」
 可笑しくて仕方がないという顔をして大がリンダの肩を叩く。
「俺相手に無理に敬語を使わなくて良いよ。さっき怒鳴った調子でいつもどおりで良いから。RSMがずっと不気味な物を見る目で君を見ているから笑いが止まらないんだ」
 ぽんぽんと頭を大に撫でられたリンダがα・シリウスを振り返る。
『シリ?』
『普段の言動がアレなんだから仕方が無いだろう。営業スマイルを延々続けているサラは正直不気味だ』
『後で絶対ぶん殴る!』
 リリアと大が我慢が出来ないと床にしゃがみこんで笑い出した。
『……あ、彼女はテレパスだったわ。大がその中継役なのよね』
 「自分達ばっか楽しそうにするなよー」とアトルがリリアと大の背中にしがみついた。
 ビクトリアがこれ以上調子に乗って馬鹿をやらない様にと、アトルとリリアの襟首を掴んで大から引き剥がして見学席に戻る。
「せっかくRSMが黙ってくれていたのに自分達で正体をばらしてどうするのよ。あなた達は太陽系最強の脳天気チームのあだ名を少しでも払拭しようと思わないの?」
「別にー。他の奴らがどう思うかなんてどうでも良いじゃん。俺らは俺にらしか出来ない仕事してんだし。やっかんでる連中なんかどうでも良いっての」
 アトルがあっさり言い返し、リリアも小さく頷く。
「評判より実績重視はビクトリアの口癖だろ。クレメントやサラの前だからって格好付けなくて良いのに」
 大も笑いながら強化ゴーグルと手袋を身に着ける。

 ああ、とリンダは気付いた。
 α・シリウスの効率最優先、実績重視、無神経スレスレの言動、どこかチーム・ビクトリアの誰かを彷彿させる。
 たった3ヶ月の研修期間なのにどれだけ彼らが20歳のα・シリウスに強い影響を与えてきたのかが良く解る。
 同様にα・シリウスもある事に気付いてた。
 リンダの遠慮の無いあの手の早さや口の悪さを時折懐かしく感じるのは、リンダの言動がビクトリアに似ているからだ。
 どうりで逆らえ無かったはずだと強烈なリンダとの出会いを思い出し、α・シリウスは軽く額を押さえた。
 大と離されて身の置き所が寂しいリリアが、体格の良く似たα・シリウスの膝の上に収まって、軽くα・シリウスの髪を引っ張った。
『違うわ』
『ん? サラの事か』
『リンダとビクトリアは全然違うの。RSMが1番知ってるわ。今は気付いていないだけ』
『そうか?』
 にこっと笑うリリアにα・シリウスもつられて笑う。
 テレパスのリリアは見た目の幼さを裏切ってチームの中でも1番歳上で懐も1番深く優しい。
 厳しい研修時代にリリアと大の癒し系コンビには随分助けられた。
 言い忘れたと気付いてリンダに視線を戻す。
『サラ、大は俺の銃器類の教官だった。防衛大を主席で卒業していて体力も半端じゃない。充分気を付けろ』
『凄いわね。分かったわ。ありがとう』
「内緒話が終わったら始めようか」
 のんびりした大の口調にリンダはこれは手強いと即座に通信を切った。
 どんな手段を使っているのか、マザーすら感知出来ないわずかな通信波を大は正確に捉えているらしい。

 30メートル程離れて、大はリンダに声を掛けた。
「サラの反射スピードはアトルとの試合で解った。武器を使うなら始めはこれくらいの距離からが良いだろう。好きな時に攻撃してきて良いよ」
「では遠慮無く行きます」
『セット、「ウォー・ゲーム(フル戦闘モード)」』と吐息だけで囁いてリンダは駆け出した。
 相手が武器を持ちどれ程の戦闘力なのか全く未知数の場合、遠慮などしていられない。
 あれほど腕の良いα・シリウスの教官なら、大の能力はそれ以上と考えるべきだろう。
 速攻で接近戦に持ち込むと全速で真っ直ぐに走る。
 大は内ポケットからサブマシンガンを取り出すと、片手で構えてリンダに向かって撃ち続ける。
 1秒間に最大30連射出来るタイプで、リンダのフィールドの1点を何の補助も無しに正確に当て続けている。
 大の手前10メートルでフィールドに穴が開き、リンダは顔を逸らして弾丸を避けた。
「本能だろうが弾丸を瞬時に避けられるサラを誉めるべきか、サラの強化したフィールドを貫通出来る大を誉めるべきか」
「両方で良いんじゃね? 大の腕は見慣れてるけど、やっぱどっちもすげーと思うもん」
 想像は付いていたがと渋面を浮かべるα・シリウスに対して、機嫌の良いアトルが楽しそうに答えた。

 リンダが指を素早く動かしてフィールドを再生させるほぼ同時に、大は弾切れになったサブマシンガンを放りだして粒子砲を連射した。
 リンダの1メートル手前でフィールドが光り、粒子砲のパワーと完全に拮抗する。
 真っ直ぐに銃を向けられていてもリンダの足は止まらず、髪飾りから電磁鞭を抜き出した。
「報告時の映像で見たが、現物を見ると恐ろしい程のパワーだ」
 Ω・クレメントが呻るように言うとマザーがきっぱりと反論する。
『素晴らしいの間違いではありませんか? レディ・サラはα・アトルとほんの数分前まで戦ってあれだけ動けるのですから』
「大の癖が出ないと良いのだけど」
 ビクトリアの溜息まじりの呟きにα・シリウスが振り返る。
「未だに駄目なのか? 銃口を向けておいて「あの癖」が出たらサラの方が切れるぞ」
「いや。もうばれてる」
 アトルの言葉と同時にリンダが鞭で粒子砲だけを正確に叩き付け、大の手から跳ね飛ばした。

「本気を出せと言いながら、あなたは手加減されるのですか?」
 リンダが怒りで全身を震わせながら走る。
「手加減してるんじゃ無いんだが」
 痛む手首とは逆の手で大がポケットから小さな箱を出してリンダに向けて放った。
 箱から光る糸の網が飛び出し、リンダのフィールドを包み込む様に広がる。
「ホイスカー(髭の意味、この場合はダイヤモンド単結晶繊維)か? 大も使うのか」
「大「も」?」
 α・シリウスの声にアトルが驚いて振り返った瞬間、リンダの手首からやはり数本のホイスカーが前方に飛び出し、大が放った網をスピードと重さで切り開いていく。
「どうやらあの2人は遠距離型と接近型という違いは有っても、同じ先手必勝防御型らしいわね。RSM、サラ「も」人を絶対に殺せないタイプなの?」
「幼い頃から何度も命を狙われ続けているのに、1度として相手を死なせたり重体に追い込んだ事が無い。教官の指摘どおり大と全く同じタイプだ」
 ビクトリアの問い掛けにα・シリウスが正直に答えた。
「ではこの戦い、決着を付けるとしたら長引くわね」

「あれを防ぐとはやってくれるな」
「そちらも素晴らしいアイディアです。あの組成なら相手を傷付けずに動きを封じられます。あなたは優しい方ですね」
 お互いに素早く邪魔なホイスカーを回収すると、大は背中から長刀を出し、リンダは鞭を差し込み髪飾りを電磁剣に造り変えてお互いに斬り合った。
 鋭く剣がぶつかり、青白い光が発せられる。
「あちゃっ。マジであんなトコまで同じかよ。軽量級のサラはスピード重視タイプだろ? 長引いたら体力で大には勝てないぞ」
「いやそうとも言い切れない」
 アトルの指摘にα・シリウスが冷静に答える。
 宙を舞いながら何度も剣を振り下ろすリンダに大の表情が変わり、必死に両手で受け止める。
「小型力場発生装置だな」
「さすがは「光の矢」号の正規パイロット。よくご存じです」
 1G下において『ウォー・ゲーム』状態のリンダのフィールドは『大いなる1歩(対6G)』モードとスーツコード『わたしを月まで連れてって(1/6G)』モードの両方を兼ね備え、お互いが感じるGは最大12倍の差が出る。
 空中から繰り出される通常では考えられない重圧を何度も受けて大の両腕が痺れてくる。
「レベル6強化スーツ26体と1人でやり合えるはずだ。ハンドバスーカーを取り上げられたのは痛いな」
「連続6G下で動くのは慣れていらっしゃるでしょう? 苦情はΩ・クレメントにどうぞ」
 リンダは自分よりはるかにリーチの長い大の懐に飛び込んで、6G加圧の体当たりと同時に剣の柄で長剣を掴む手首を狙う。
 それに気付いた大が剣を引いて、もう一方の腕に盾を出現させた。
 盾の角がフィールドに激突して軋み音を上げ、リンダの攻撃も同時に封じられる。
 盾の攻撃を防いだリンダが上体起こして剣を構え直す。
「同素体の様ですね。絶縁モードでどこまで防げるか見せていただきます」
「サラの剣が自分の過電流に負けて潰れるまで保てば良い」
「一目でこれの弱点が解りますか」
「あの船のメンテをいつもやっていたら、自然とコンウェルの技術は覚えるんだ」
 大が長剣を横に流すとリンダは伸ばされた大の剣先にブーツの先を掛けて高く飛び、回転しながら距離を取ると剣を2メートルほどの昆に作り変えた。

「大、気を付けろ!」
 α・シリウスが思わず大声を上げる。
 間合いを詰めようと駆け出した大の髪の1房を、一気に5メートルの長さに伸びたリンダの昆が切り取り、すぐに元の長さに戻った。
「RSM、どっちの味方だよ?」
 呆れた様なアトルのツッコミに「性格が良心的な方」とα・シリウスが真顔で答える。
 リンダはまだ武装の全能力を出していない。
 大の持っている武器だけでは、リンダのフィールドと攻撃を全て跳ね返す力を期待するのは無理だとα・シリウスは判断した。
「まるで如意棒だな。多重層カーボンナノチューブを硬剣で相手をするのは少しばかり厄介だ」
 大も盾を縮めると数十本の荷電ニードルに作り替え、リンダに向けて全弾発射した。
「わっ! あぶねーっ」
 リンダが素を出して慌てて昆を床に突き立ててフィールドを多段に展開する。
 大半のニードルはフィールドがはじき飛ばしたが、僅かに通過してきたニードルをリンダは避けつつブーツの踵で全て周囲の壁に蹴り飛ばした。
 飛んだニードルはトレーニングルーム中の壁や床、天井まで突き刺さり隔壁を破壊していく。
 大の腕に次のニードルが装填される。
「「両者共、そこまで!」」
 Ω・クレメントとビクトリアが見学席から飛び出して大声を上げた。

 同時にピタリとリンダと大は動きを止める。
 本気の戦闘中でも殺傷能力の高い危険な武器を持つ2人は最後まで理性を捨てる事は無かった。
『リセット「ウォー・ゲーム」。ノーマルモードに移行』
 リンダが吐息だけで囁き、髪飾りを頭に戻すと手袋を外して大に右手を差し出した。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
 大も手袋を外して満足したと笑顔で握手に応じる。
「すげー見応えが有ったのに何で止めたんだ?」
 アトルが不思議そうに言う。
『これ以上あの2人が戦い続けたら、トレーニング・ルームが完全に壊れます。2人もそれが解っていたからこそ即座に手を引けたのでしょう』
 マザーが呆れ顔で部屋中をスキャンする。
 骨格はともかく穴だらけになった隔壁は修理しなければ当分使えない。
「ここの修繕費は全額俺に回してくれて良いぞ」
 よほど機嫌が良いのか大が笑顔でマザーに手を振る。
「サラ、俺はこの戦いで多くの戦法を学んだ。これからはもっと上手くやれそうだ。それにサラの動きを見て、「光の矢」号の出来にもかなり期待出来る」
 先程までの死闘に近い試合を振り返って大は嬉しそうに言い、リンダも同感だと頷いた。
「喜んでいただけて光栄です。わたしもあなたから多くを学びました」

 リンダはビクトリアを振り返ると、胸ポケットから数枚のメモリーカードを出した。
「試合中に取り寄せておきました。「光の矢」号のテストデータです。ご質問が有ればなんなりとどうぞ」
 ビクトリアはいつの間にと一瞬目を見張ったが、リンダの笑顔を見てこれがコンウェルの力だとアピールしたのだと気付いて、微笑すると数枚のメモリーカードを受け取った。
「参ったなぁ」
 大が苦笑しながらα・シリウスに没収されていた装備を身に着けていく。
 それはこっちの台詞だ、出した時もびっくりしたがどこにそんなモンが入るんだ? と、リンダはツッコミを入れたくなったが、そこは営業スマイルでやり過ごした。

『マイ・ハニー、サラ。怒ってると思ったがそうでも無かったな』
『マイ・ハニー、シリ。戦えばお互いの性格が判るでしょう。彼はとても優しい人ね。防衛大から宇宙軍に行かずに太陽系警察機構に入った理由が解る気がするわ。彼が本気を出せばわたしのフィールドを修復不可能にする事が出来たはずよ』
『それは別の事情が有るんだが……それはともかく。サラもいつでも大を完全戦闘不能に出来たのにやらなかった。いや、お互いに出来なかったと言った方が当たっているか』
『自分がどれほど危険な物を常に身に着けているか、それを忘れた事は1度も無いわ。きっと彼もそうなんでしょ』
 汗を拭けとタオルを放るとα・シリウスは笑って乱暴にリンダの頭を掻き回し、リンダが「止めてって言ってるでしょ」と声を上げる。
「なんか雰囲気は全然違うけど大とリリアを見てる気分だな」
 事情を何も知らないアトルが素直な感想を言った。


 長官室に戻って打ち合わせの続きをしようとα・シリウスが言うと、お子様? 3人から抗議の声が上がる。
 「腹減った」「疲れた」「眠い」というシンプルだが切実な要求に、Ω・クレメントもビクトリアも笑って「続きは明日」と言った。
 リアルで17歳のリンダはともかく、地球標準時間で実は20代後半のアトルと、本当の歳は考えたくも無いリリアのブーイングにα・シリウスは本当にこのノリは変わってないと諦めの溜息をつく。
 研修時代もお子様? 2人組の発言力は強く、ビクトリアもチームの中で1番新人だった大も2人に甘かった。
 送る車の中で普段は人に干渉しないリンダが、珍しくチーム・ビクトリアの事を知りたがった。
 α・シリウスはチームに3ヶ月居たものの、断片的にしか詳しい事情を知らないので曖昧な事は言わなかった。
 チーム全員に気に入られたリンダが聞けば、彼らは何の躊躇いも無く自分達の過去を話すだろう。
 どこまでも過去の自分に似ているリンダを、ビクトリアがチームに入れたがるかもしれないと一瞬だけ危惧したが、自分がどれだけパートナーを欲しがっていたかを知っているΩ・クレメントがそれを許可する事は無いとα・シリウスは思った。

 巨大ハリケーンの様なチーム・ビクトリアの来訪に、うっかり「J」の事を聞くのを忘れていたと助手席のリンダに視線を移す。
 元々睡眠不足で疲れていたリンダはすっかり熟睡していて、α・シリウスもこれは起こすのに忍びないと思った。
 季節は晩秋、温度調整されている車内でも夜間はそれなりに冷える。
 α・シリウスは風邪を引かない様にとリンダの肩に備え付けの薄いブランケットを掛けた。


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