Rowdy Lady シリーズ 2 『木星より愛をこめて』

2.

 リンダが4日ぶりにUSA支部最上階に着くと、マザーのフォログラムが廊下に立って待っていた。
『レディ・サラ、お疲れ様でした。本業を終えてすぐにこちらに来ていただけたのはとても嬉しいのですが、いかにも徹夜明けで疲れているという顔ですね。顔色が良くありませんよ』
 相変わらずマザーのヒューマノイドシステムは細かいところまでよく気が付くと感心しつつ、リンダは少しだけ苦笑した。
「あ、やっぱり解っちゃう? これでも地球に帰る間3、4時間は寝たのよ。食事も摂ったしシャワーも浴びたのだけど、48時間完全徹夜が祟っているのかしら。シリは長官室?」
 生欠伸をしながら歩くリンダの顔を見て、マザーは少しだけ困ったという顔をした。
 丁度自分の別体がいきり立つα・シリウスとリンダの事を話しているからだ。
 今は2人を会わせるべきでは無いと判断したマザーはリンダに笑顔を向けた。
『α・シリウスは所用で外出しています。帰ってきたらお知らせしますから、それまで仮眠を摂られてはいかがです? あなたのそんな顔を見ればα・シリウスが即刻帰宅を言い出すと思いますよ』
 マザーに指摘され、リンダは自分の単純ミスを思い出して少しだけばつが悪そうな顔をした。
「あたた。そういえばシリに連絡を入れるのをうっかり忘れていたわ。マザー、シリは怒っていた?」
 微笑してマザーは頭を振った。
『いいえ。怒っている様子は有りませんでした。ただ少しだけレディ・サラの不在に物足り無さを感じていたようですね。ブツブツと独り言を言いながら仕事をしていましたわ』
 リンダは少しだけ首を傾げて、何かを思い出すような仕草をして軽く頭を叩いた。
「仕事? 何か急ぎの命令が入ってたかしら。……駄目だわ。たしかにこんなにボケボケの頭じゃとても仕事にならないわね。マザーの言うとおり休ませて貰うわ」
 苦笑して舌を出すリンダにマザーは廊下を指さした。
『部屋と簡易ベッドを用意しました。A−5を使ってください』
「いつもありがとう。マザー」
 よほど疲れているのかマザーの変化に全く気付かずにリンダは部屋に入っていく。
 あれが間に合って良かったとマザーは胸を撫で下ろし、渋滞を抜けてもうすぐ地下駐車場に着くα・シリウスを迎えに行った。


 α・シリウスはUSA支部に戻るとすぐにデータベースから「J」の事を調べようとしたが、何故か駐車場にマザーが待機していて、前々から強く申請していた制服が出来上がったと告げられた。
 特急でと頼んでいたにも関わらず、1ヶ月以上も待たされた物だけに急いで装備部に顔を出す。
 リンダのスーツやフィールドには比べ物にならないが、これまでの服の2倍以上の強度と柔軟性を持った上に軽い素材で、丈夫な内ポケットが沢山有り、様々な装備を隠し持つ事が出来る様にとかなり厳しい注文をしてある。
 経緯はあまり思い出したく無いが、強引な方法を使ってリンダのスーツに仲間として登録させた。
 更にこの制服が有ればもっと自分の行動範囲を広げられるはずだ。
 レベルが違い過ぎて到底対等とは言えなくても、パートナーに常に守られる男で居続ける事など、α・シリウスのプライドが許さない。
 個々にデザインの違う制服を全て試着をしてサイズを確認すると、α・シリウスは受け取りサインをしてエレベータに乗った。

 エレベータの中まで付いてくるマザーに、α・シリウスは何か有ったのだろうか視線を向ける。
『短気を起こしたあなたが出掛けている間にレディ・サラがこちらに来たわ。どうしてこうレディ・サラが絡むとあなたは冷静でいられないのかしらね』
 苦笑するマザーにα・シリウスが力の抜けた顔になって間抜けな声を上げた。
「地球に帰って来ていたのか……」
 それなら何故すぐに自分に連絡を入れてくれなかったのかとα・シリウスはリンダに対して怒りかけた。
 しかし、笑顔に反して嫌み全開だったジェイムズとの不愉快な遭遇と、アン達から相談を受けるという偶然が重なった結果、意地っ張りのパートナーが置かれている深刻な状況を知る事が出来た。
 あのまま何も知らずにいたよりはましだと考えて気を取り直す。
『レディ・サラはとても疲れていたわ。あなたに悪いと思って仕事を終えると急いで来たのでしょう。顔色がとても悪かったからA−5で休ませているわ。今はぐっすりと眠っているけれど、仕事が入っているしすぐに起こした方が良いかしら』
 常に冷静なマザーからリンダの状態を聞かされ、焦っていたα・シリウスもさすがに躊躇する。
「いや、疲れて寝ているならそのまま寝かせてやってくれ。事前に調べておきたい事が有るし、様子を見がてら俺が起こしに行く」
 上手くα・シリウスを誘導出来たと安心したマザーがわざとらしく言った。
『パートナーのあなたがそう言うなら任せますが、くれぐれもレディに失礼の無い様に。あなたはとにかくデリカシーが足りないのだから』
 そう言うとマザーはエレベータから姿を消した。
 以前ならマザーの細かい小言に「うるさい」と言い返したα・シリウスだが、気の強いリンダを酷く傷付けて泣かしてしまって以降、自分の言動に少しは気を付けようと意識している。
 問題は大抵無意識で馬鹿をやってしまうので、実行が全く伴わないという点だ。

 USA支部のデータベースをくまなく探索したが、太陽系防衛機構の「J」について出てきた情報はアンブレラI号関連だけだった。
 太陽系警察機構内でもリンダの存在が極秘扱いにされている様に、太陽系防衛機構も本来なら居るはずの無い学生の「J」の存在を隠しているのだろう。
 他支部のデータベースにアクセスするには、マザーかΩ・クレメントの許可が要る。
 アンブレラI号事件でリンダが入手した情報は事件当時に全てに目を通したが、ジェイムズの存在を臭わせる物は無かった。
 学生達だけで通じる雑談の中や学院内での会話にヒントが隠されていたのだとしたら、部外者の自分には知る術が無い。
 骨が折れるが外に連れ出して口の堅いリンダ本人に聞くしか無いと、α・シリウスは立ち上がってA−5に向かった。


 α・シリウスがA−5に入ると、薄暗い部屋の奥で横たわっているリンダの姿が目に入った。
 簡易ベッドで休むリンダの寝顔はとても穏やかで天使の様だとα・シリウスは思う。
 これが目を覚まして一旦怒りを身に纏うと、人の姿をした火竜に変化する。
 マザーの言ったとおりよほど疲れているのか、自分がベッドの端に腰掛けてもリンダは目を覚まさない。
 柔らかくたんぽぽの綿毛を思わせるオレンジ掛かった黄色い髪を撫でると、リンダは少しだけ寝返りをうった。
 化粧の必要が無いきめが細かく健康的な肌、形の良い鼻と小さく開かれた薄紅色の唇、今は閉じられている瞳は明るいエメラルド・グリーンで、意志の強さをそのまま映している。
 先程アン達に言ったとおり黙ってじっとしていればリンダは充分美人の範疇に入る。まだまだ少女の域を抜けないが、後5年もすれば素晴らしい美女に育つだろう。
 そこまで考えてα・シリウスは苦笑した。
 大人しく良家の子女らしく振る舞うリンダなど全く想像が付かない。
 戦意に瞳を輝かせ、命を懸けて戦うリンダの姿は悲しいほどに美しい。
 何度かリンダの寝顔は見たが、これほど無防備で可愛い顔もする事が有るのだとα・シリウスはリンダに顔を近付け、頬に指先が触れる前に慌てて手を引いた。
2度とあんな泣き顔は見たくない。
 それを思えば時折自分の胸に沸き上がってくる訳の分からない衝動など簡単に抑えられる。
 α・シリウスが小さな諦めの溜息をつくと、リンダがゆっくりと目を開けた。

「あれ……シリ? おはよ」
 寝ぼけ声で目を擦るリンダを見て、α・シリウスはやっぱり子供だと笑顔を向ける。
「おはよう。薄情者のパートナーめ。帰ってきたらすぐに連絡をくれる約束だっだろう」
「ごめんなさい。完全に呆けて忘れていたの」
「終わった事は良い。それよりサラに聞きたい事が有る。外で話せないか?」
「んー?」
 ゆっくり伸びをしながら上体を起こしたリンダは、α・シリウスの姿を見て「あーっ!」と大声を上げた。
「シリ。その服、服、服!」
「これか。今日支給された物だがどうかしたのか?」
 ジェイムズの事を聞こうと思っていたのに突然起き抜けとは思えない強い力で袖を掴まれ、α・シリウスも困惑する。
「SIスペシャル……SIRIUS(シリウス)。何故こんな簡単な事に気付かなかったのかしら? シリならいつもわたしの戦い方を見ているからこのレベルのオーダーが有って当然だわ」
 リンダは思い出す様に呟くと、真っ直ぐにα・シリウスを見上げた。
「シリ、お願い。この服をわたしに譲って欲しいの」
「はぁ? いきなり何を言い出すんだ。申請してから1ヶ月以上も待たされて漸く届いた物だぞ」
「そんな事解ってるわよ。うちの会社で開発して作った服なんだから」
 有無を言わさずリンダの両手が襟に手を伸ばされてα・シリウスも焦る。
「おい、ちょっと待て。サラ、待てって!」
「うるさい。男が細かい事を言うな。とにかくその服を渡せって言ってるの」
「サラ、こんな事をして冗談じゃ済まないぞ」
「本気じゃなきゃ出来ないわ。往生際が悪いわよ。さっさと脱げ!」

「頼むから止めてくれ!」
 α・シリウスの叫び声に驚いたマザーが何事かと現れ、2人の姿を見ると一気に赤面して「失礼いたしました」と言って姿を消した。
「……何? 今の」
「こんな格好をしているから変に誤解されたんだ。洒落にならないからいい加減に俺の上から退け。この馬鹿娘!」
「へ?」
 簡易ベッドに押し倒し、腹の上に馬乗りになって無理矢理服を脱がしているリンダの姿は、贔屓目に見て2人がそういう関係で、どちらかと言えばリンダが嫌がるα・シリウスを襲っている様にしか見えない。
 漸く状況に気付き真っ赤になったリンダが慌ててα・シリウスの上から飛び降りる。
「冗談でしょう!? シリが大人しく服をくれたらこんな事をしなかったわよ」
「俺のせいにするなーっ!」


 Ω・クレメントは2人から全ての事情を聞き、机に突っ伏して涙を流しながら笑い続けていた。
 リンダは騒ぎのどさくさにα・シリウスから取り上げた上着をちゃっかり着込んで、「絶対に返さない」という意思表示の姿勢を崩さない。
 アンダーシャツ姿にされたα・シリウスは苦虫を噛み潰した様な顔をしている。リンダから服を取り返そうとすると「変態。痴漢」と言われるからだ。
 さっき自分がした行為は何だったんだ? と問い質したくなったが、リンダが1度言い出した事をそうそう翻すとは思えない。
 困ったマザーがΩ・クレメントの馬鹿笑いが収まるのを待ち、3人の顔を見渡して妥協案を出した。
『レディ・サラがα・シリウスと同レベルの服をお望みなら、こちらからコンウェル財団に発注させます。時間が掛かりますから、今すぐにというご希望なら当面の間α・シリウスに予備の服を借りるというのはいかかでしょう?』
「わたしのサイズで発注したらすぐにパパにばれちゃうから駄目。シリの服はコンウェルが太陽系警察機構に納入している強化防護服の中でこれまでに無かった高スペックの特別製なのよ」
 渋い顔をして首を横に振るリンダに、α・シリウスが不機嫌な声で反論する。
「ケイン氏はサラの事情を全部知っているから問題無いだろう。それにサラが直接注文するのが1番早い」
「そんな事をしたら嫌がらせで開発費まで込みの実費をわたし個人に請求されるわ。シリは無料支給されたんでしょうけど、この服1着の価格を知ってるの? わたしの給料で3ヶ月分以上はするのよ。わたしもアンブレラI号事件の後に強化服を頼んだけど、パパからきつく駄目って言われているのよ」
 だから絶対返せないのだと真剣に訴えるリンダに、α・シリウスはケインとサムの意図を察した。
「強化服の他にもかなり無茶な要求を親父さん達にしたな」
 リンダがぎくりと肩を震わせて視線を逸らせるので、α・シリウスは自分の予想が当たっている事を確信する。
「サラ?」
 これ以上怒られたく無かったら正直に吐けという視線を受けて、リンダはばつが悪そうにぼそぼそと答える。
「ふぃいるどのつよさをにじゅうぱあせんとばかりあげてもらってぇ。えねるぎぃぱっくをかいぞうしてもらってぇ。もっとはやくうごけるようにすぅつをやわらかくしたうえでつよくもしてもらったりぃ、それからでんじむちとへあばんどのぱわぁとつよさをじゅうごぱぁせんとくらいあげてもらったくらいかなぁ」
 マザーもΩ・クレメントもα・シリウスも呆れて物が言えないという顔になる。
「わざとらしい幼児語で誤魔化すな。それで無くてもサラは防御力が高いのを良い事に無茶ばかりするのに、あれ以上強くしてどうする? 親父さん達から怒られて当然だろうが!」

 α・シリウスに怒鳴られてリンダもむっと頬を膨らます。
「だってシリにこれ以上迷惑を掛けたく無いのよ。わたしは未成年だし許可を持っていないから銃器は一切使えないわ。鞭が届かない遠距離の相手は全部シリ委せだわ。自分が出来る限りの事をしようと思うのは当然でしょ」
 それはこっちの台詞だという言葉を呑み込み、少しだけ眉間に皺を寄せてα・シリウスはリンダの額を指先で小突く。
「俺はサラとパートナーになって迷惑だと思った事は1度も無い。マザー」
『はい』
「この服は公式には強度テストのやり過ぎで使えなくなったと届けを出す。俺の部屋に送った予備の上着を1着此処に転送してくれ。それとサラの着替えも含めて2着追加注文だ。洗濯替えに3着注文したからそれは急がなくて良い。サラ、ケイン氏にばれたく無いなら俺の趣味で発注したデザインに文句は言うな」
「シリ、ありがとう」
 強引な方法を取ったものの、リンダもα・シリウスに対して悪い事をした自覚が有るので素直に感謝の言葉が出てくる。
『良い判断ですね。Ω・クレメントの承認が取れ次第手続きをします』と微笑するマザー。
「許可する。しかしレディ・サラ、その姿では逆に動きにくいのでは無いか?」
 平均的な体格のリンダと長身のα・シリウスの身長差は約20センチは有る。
 当然、肩幅や腰回りもしかり、α・シリウスには普通の上着が、リンダが着るとだぶだぶのハーフコートにしか見えない。
 Ω・クレメントの当然の疑問にリンダは笑って答えた。
「それは大丈夫です」
 そう言って肩飾りのベルトを引いて自分の肩幅に合わせ、ウエストは調整ベルトの位置を上げて細く締めた。
 袖のファスナーを開いて外側に大きく折り曲げ、肘まで引き上げて腕の長さを調整した。
 余った脇はあえてデザインとして残し、わずかな間にリンダ仕様のミニスカートの出来上がりだ。
「スラックスとブーツはわたしのサイズに直したけど、上着はこの姿でわたしが最終耐久テストをしたの。この服の出来はわたしが保証するわよ。シリのオーダー以上の物に仕上がっているわ」
 マザーから新しい服を渡され、α・シリウスは「なるほど」と袖を通した。

 相手がパートナーとはいえ、いきなり若い男をベッドに押し倒すなど、寝ぼけると異常な行動をとる癖が有るのかと本気で心配した。
 「小さな子供相手ならともかく、女が男の服を無理矢理脱がすな。逆に襲われたいのか」というごくごく普通の教育的指導を、17歳の女子大生相手にしなければならないのかと、α・シリウスは情け無さを通り越して泣きたい気分になっていた。
 あえて言及しなかったのはリンダが「男が女を脱がすのは良いのか」とか、「同性なら良いのか」という頭が痛くなる様な減らず口を叩くのが目に見えていたからだ。
 しかし、自らテストをして納得がいくレベル以上の出来とくれば、リンダが無茶を承知で一見普通の服にしか見えない強化防護服を欲しがって当然かもしれない。
 アンブレラI号で粒子砲の暴発を自分の身体で受け止めたリンダの耐熱服がボロボロになり、実際にこの目で確認する事は出来無かったが、身体にもかなりの傷を負った事は記憶に新しい。
「問題はこの服の置き場所ね。家にはとても持って帰れないし、学校にも隠しておけないわ。此処にはわたし専用のロッカーが無いのよね。シリのパートナーとして正式登録されているのに、いつもシリに迎えに来て貰って、地下駐車場から長官室まで直行。USA支部職員にも正体を知られちゃ駄目なんてとても不便だわ」
 真面目に困ったと呟くリンダにマザーが提案する。
『その服はα・シリウスに預ける事をお勧めします。レディ・サラが刑事として行動出来るのはα・シリウスと同行している時のみです。こちらの宿舎にもα・シリウスの私室が有りますから不便は無いでしょう』
 リンダが「そうなの?」と顔を見上げるとα・シリウスが頷いた。
「移動時間が惜しい時用にここの宿舎を1室押さえてある。他にも移動が多かったから個人で数ヶ所アパートを借りている」
「へぇ。さすが高給取り」
 リンダは必要以上にα・シリウスの事を詮索しない。
 いつもこの調子なのでα・シリウスも今日までUSA支部が調べたリンダの過去や家庭事情以外のプライベートを知る機会が無かった。
 「J」の事を問い質したいが、リンダの為にもΩ・クレメントやマザーの前では避けるべきだろうとα・シリウスは考えていた。
 取り合えず本題に戻ろうとα・シリウスがソファーに腰掛け、ポケットから数枚のメモリーシートを出した。
「サラの体力と頭のボケが回復しているのなら仕事の話に入りたい。緊急任務だ」
「仕事の命令が出ているなら始めに言ってよ。マザーが言っていたのはこの事だったのね。かなりの時間を無駄にしてしまったわ」
 誰のせいだ? とツッコミをいれたいのを我慢して、α・シリウスは隣に腰掛けたリンダに命令書と資料のメモリーシートを渡す。
 素早く資料を読みながらリンダは次第に眉をひそめ、口元に手を当てた。


 太陽系警察機構USA支部に寄せられた事件は、ここ3週間の間に東USA内でも特にニューヨーク周辺地で、ほぼ毎晩同一犯人グループにより無人の倉庫や大型店舗が襲われているというものだった。
 侵入者へのセキュリティが甘い代わりに、防衛能力の高いガードロボットが大量に配備されている会社ばかりが狙われている。
 盗まれるのはわずかな食料と衣料品の他は、襲撃場所で最も高価な物1点と、企業シンボルとなる物のみ。
 高い殺傷能力を持つタイプAクラスのガードロボットのほぼ全てが、強い力と鋭い爪形の物で切り裂かれて、原形を留めないほど無惨に破壊されている。
 中には建物の配置からは考えられない場所に高所から落とされて破壊されたガードロボットも有る。
 劇薬物や爆発物、ロボットや重機はもちろん銃器すら全く使った痕跡が無い。
 セキュリティ・ルームのコンピュータだけば完全に破壊されている為、犯人達の映像が残らず襲撃人数も判らない。
 どの事件でもどの様な方法で侵入したかという痕跡だけは、見せつける様にはっきり残している。
 異常を知らせる信号を受けてセキュリティ会社が現地に行った時には、犯人達は逃亡した後ばかりだった。


 相変わらず無駄が無く読みやすいα・シリウスが纏めた資料を読んで、リンダは胸が軋む思いを味わった。
 真面目で仕事に妥協しないα・シリウスが故意に情報を書き漏らしたり、誇張した内容を書くとは思えない。
 いくつもの情景を思い浮かべでは違うと頭を振り、次第に単なる想像から推理へ、そして確信へと変わっていく。
「事件の概要は理解したわ」
 資料の全てに目を通したとリンダが小さな声で呟く。
「サラの正直な感想と意見が聞きたい」
 α・シリウスに問われ「シリは?」とリンダは逆に問い返した。
「俺が先に聞いた。サラがそこで口ごもるという事は、薬物強化人間やサイボーグの線は外して良いという事だな」
 自分の思考の癖を完全に読まれていると、リンダはわずかに頬を赤く染めた。
『マイ・ハニー、サラ。今の段階でΩ・クレメントやマザーに言いにくいと思うのなら俺だけに話せ。サラの推理力を俺は信用している』
 ピアスを通して更に問われたリンダは小さく溜息をついた。
『マイ・ハニー、シリ。気を使ってくれてありがとう。でも、わたしは刑事でいる以上、上司に報告する義務が有るわ。「子供の正義感は捨てろ」と教えてくれたのはシリよね。いつまでもシリに甘えていられないわ』
 そこまで吐息だけで囁いてリンダは声に出してはっきりと言った。
「わたしの予想では犯人は3人から5、6人までの少人数。根拠は単独でこの犯罪は不可能な事と、大人数で動けば犯人を特定できる痕跡が残る可能性が高いし、どうしても動きが鈍くなるから。それと薬物強化人間とサイボーグを外したのは多分当たりよ。外洋作業の多い彼らはどこかしら肉体に特徴が有るから地球上で派手に動けばどうしても目立つわ。ここまで手際良く窃盗を続けているなら当然丁寧な下見を行っているはずよね。誰にも見つからないはずが無いわ。犯人達の外見はごく普通の人間よ」
 そこまで言いうとリンダは両目を閉じて口をつぐんだ。
「少人数編成は俺も同意する」
『良くやった』とα・シリウスが声には出さず、リンダの頭を撫でる。

 ごめんなさい。シリ、わたしの勘が正しければおそらくこの犯人達は本来なら存在する事すら……。
 言えばどういう結果を招くのかを知っていて、到底真実は言えないとリンダは目を閉じたまま必死に耐えた。
 自分を全面的に信頼してくれているパートナーのα・シリウスを裏切るのはとても辛い上に、自分1人だけの胸にしまっておくには、自分の予想はあまりにも問題が大き過ぎる。
 シリだけになら全てを打ち明けたいと何度も思ったが、その度に心のどこかで否定の感情が強くなる。
 自分の感情を抑えても任務を優先させるα・シリウスがΩ・クレメントやマザーに報告しないとは思えない。
 リンダは少しの間α・シリウスの肩に額を預け、何か問題が起これば全ての責任は自分が負おうと決心すると顔を上げた。
 α・シリウスはわずかに変化しつづけるリンダの表情を見て、何かを自分にも隠していると気付いたが今は追求するまいと思った。
 聡明なリンダがここまで固く口を閉ざす理由はいつも1つしか無いからだ。
 今は言えなくてもそう遠くない内に自分にだけは全てを打ち明けてくれるだろうと、α・シリウスはリンダとの絆を信じた。

 Ω・クレメントがにやりと笑って席を立つとソファーに移動した。
「実はレディ・サラと全く同じ予想を立てたチームが居る」
 リンダとα・シリウスが同時に目を見張ると、Ω・クレメントは胸ポケットから1枚のメモリーシートを出した。
「彼らは君達を指名してこの事件の共同捜査を望んでいる。地球での捜査には慣れていないので地元で有り、慣れた顔見知りの方がやりやすいと思ったんだろう。……レディ・サラ、α・シリウスを今すぐ拘束しろ」
「はい?」
 リンダが顔を上げた時にはα・シリウスがソファーから飛び出して非常口に走り出していた。
 言われるままに素早く髪飾りから極細の電磁鞭を抜き取り、電流は流さずにα・シリウスの両足を鞭で掴まえて引き倒した。
「上手い。よくやってくれた」
 Ω・クレメントには誉められたものの、リンダはα・シリウスの行動に戸惑いを隠せない。
「あの……長官。つい命令どおりにしましたが、相手はパートナーですし本当にこんな事をして良かったんでしょうか?」
 反射的にやってしまったとはいえ、床に転がされた格好で怒りで全身を震わせるα・シリウスの姿を見てリンダは不安になった。
『上司命令は絶対ですからあなた正しい事をしました。レディ・サラ、そのまま逃げられ無い様に手を緩めないでください』
 マザーはα・シリウスのすぐ横に移動すると呆れた様な顔をする。
『こうなるだろうと予想をしていたから、ぎりぎりまであなたにも教えなかったのですよ。α・シリウス、太陽系最強のチームに指名されて誇りに思うならまだしも逃げ出すとは何事ですか? 全くいくつになっても子供なんだから』
 いつもなら「26歳を子供扱いするな」などと、文句の1つや2つは必ず返すα・シリウスが俯せのまま無言で固まっている。
『サラ、頼む。離してくれ』
『だって長官に命令されたし、どうして良いのか判らないのよ。何故いきなり逃げ出したの?』
 表情にも声にも出さず、リンダが困惑の言葉を吐息に乗せる。
『言いたくない。何も聞かずに俺を逃してくれ』
『そんな事を言われても困るわ。わたしだって本当はこんな事をしたく無いのよ。お願いだから逃げないって約束して』
 日頃はパートナーの自分に遠慮無く手や足を出すが、それはあくまでリンダにとってコミュニケーションやスキンシップの一環で、犯罪者に命を狙われたり、訓練時以外でリンダは過度の暴力を嫌う。
 それが自分の意志で無いのなら尚更で、α・シリウスはリンダのそういう性格をよく把握していた。
 α・シリウスは大きな溜息をつくと『分かった。もう逃げない』と答え、リンダもほっと息を付いて鞭を解く。

 憮然とした顔で立ち上がって埃を払うα・シリウスと、安心したという顔で鞭を髪飾りに納めるリンダを交互に見ていたマザーは微笑を浮かべた。
『レディ・サラ、α・シリウスを説得をしてくれてありがとうございます。あなた方がどうやって交信をしているかは問いません。2人の表情の変化から何らかの通信手段が有るのだろうと判断しました』
 冷静なマザーから図星を突かれてリンダがわずかに眉をひそめる。
『馬鹿シリ。ばれちゃったじゃない』
 リンダが少しだけ頬を膨らますと、α・シリウスは『悪かった』と言いながらソファーに腰掛けた。
 にやりと笑ってさっきの仕返しとばかりにリンダの髪をくしゃくしゃに両手でかき回す。
「止めてよ。それでなくても収まりが悪い髪なのに」
 顔をしかめるリンダの頭を抱えて、α・シリウスはしこりを吹き飛ばす様に手櫛でリンダの髪を優しく梳く。
「柔らかい癖毛でこうするとすぐに丸いほこほこした形に戻るから触ると面白いんだ」
 2人の微笑ましいやり取りを見て笑いながらマザーが3人にコーヒーを出し、Ω・クレメントも笑顔で「一旦休憩だ。話の続きは彼らがここに来てからにしよう」と言った。

 リンダはα・シリウスの暴走でうっかり聞き逃してしまった事を思い出した。
 「太陽系警察機構最強のチーム」と、確かにマザーは言った。
 以前似たような会話になった時もα・シリウスは無重力の宇宙船内でコーヒーをぶちまけるという、運が悪ければ命に関わるとんでも無い馬鹿をやった。
 過去に読んだ資料には担当した事件の数こそ少ないものの、様々な難しい事件を他のチームでは到底出来ない方法で解決していると書かれていた。
 どこのどんなチームだろうかという好奇心が沸き上がると同時に、何故α・シリウスが彼らの名を聞くと奇行に走るのかが理解出来ない。
 実力主義のα・シリウスらしく無い行動だとリンダは訝しんだ。


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