Rowdy Lady シリーズ 1 『Lady Salamander』

18.

 リンダとα・シリウスは生きているブースターを使ってプラントの軌道を安定させた。
「このコースならどのプラントにもぶつからないはずよ。データのコピーは全部取ったし、エンジンは破壊出来ないからこの航行AIは凍結させて貰いましょう。また逃げられたら元も子も無いわ」
 複雑な軌道計算を続けたα・シリウスは軽く肩を叩く。
「とはいえ、静止衛星軌道周辺の物体は静止していない(静止衛星軌道上の物体でも重力の関係である1点へ移動しようとする。軌道エレベータ建造最適地)。軌道修正を常にしなければそう遠くない内に軌道エレベータにぶつかる」
「その為に事前交渉してあるんじゃない。クリスタル、12時の鐘は鳴ってる?」
『やっとですか? お待ちしていました。すでにそちらの船は掴まえて有ります。事前に指示されたベクトルに向けてプラントナンバー114を押します。衝撃に備えてください』
「おわっ」という声を上げてα・シリウスは自分の身体をシートに固定した。
 リンダはちゃっかり先にベルトを締めて鼻歌を歌っている。
 この女は……と思ったが、加速が一気に身体を襲い舌を噛みかねないので文句を言う事が出来ない。
 地球の重力から開放されても宇宙船が加速しつづければ重力は発生する。
『3、2、1、0。今出来る私の仕事は終わりました。遊び好きのシンデレラ達、王子様に見つかる前に早く戻って来てください』
「ありがとう。クリスタル、また連絡するわ」

 地球から離れる軌道の慣性運動になったプラントナンバー114内部は無重力空間に戻った。
 このままの軌道を進めば月の衛星軌道上に有る太陽系防衛機構の本部に突っ込むコースだ。
 プラントナンバー114の動きに気付いた太陽系防衛機構は、周囲に被害を一切出さずにエンジン制御AIが凍結されたこの船を止めなければならない。
「新手の嫌がらせか?」
 α・シリウスがベルトを外しながら問い掛けるとリンダはぺろりと舌を出した。
「やあね。アンブレラI号ではあそこのレベル6強化スーツに「かーなーりー」痛い思いをさせられたから、ささやかなプレゼントってところよ。艦隊から攻撃してもデブリを増やすだけで意味が無いし、良い訓練になるんじゃないの」
 ホホホと笑うリンダを見て「こいつは転ばされたら絶対に相手を落とし穴に突き落とすタイプだ」と思った。
「さて。114と「話し合い」に行きましょうか」
リンダは嫌そうに立ち上がると、α・シリウスに右手を差し出した。


 プラントナンバー114の本体はこの船の中央、構造的に最も安全で切り離しが可能なユニットに有る。
 通路を進むにつれてリンダの表情はどんどん暗く沈んでいく。
「サラ」
「何?」
「これから行く先に何が有るのか。それがどういう物なのか。大方の予想が付いているんじゃ無いか?」
 リンダはα・シリウスに視線を向けて、曖昧に頷くと「シリは?」と逆に聞いた。
「俺が見たあの光景と大して変わらない物がこの奥に有ると思う。でなければ中型宇宙船にAIを2つも入れて推進と防衛に分ける意味が無い。よほど組織はこのプラントが大事なんだろう」
「わたしも組織の思惑には同意。……そしてこの先にはあの映像よりもっとおぞましい物が有ると思うわ」
 口にするのも嫌だという口調にα・シリウスもそれ以上の追求は止めた。

 2.5メートル四方は有る大きな扉の前で2人は停止し、コントロールルームで手に入れた暗号コードを入力した。
 ゆっくりと扉が開き照明が点灯する。
 2人が中の安全を確認して部屋に入ると明るい声で迎えられた。
『マスター、来てくださったんですね。ご報告したい事が有ってお待ちしていました。侵入者は此処までは来られなかった様ですね。マスターがご無事で安心しました』
 プラントナンバー114の言葉にα・シリウスが首を傾げる。
『マイ・ハニー、サラ。こいつは何を言っているんだ? 俺達が侵入者だと判っているはずだろう』
『マイ・ハニー、シリ。多分恐怖でメモリーの一部が壊れているのよ』
『恐怖? AIがか? こいつは変わり過ぎている』
『強いストレスを与え続ければ個性の強い自律型AIは人間と同じ様に狂うでしょう。わたしが彼女の相手をするわ。お願いだから良いと言うまでシリは黙っていて』
 リンダは唾を飲み込んで1歩前に出た。
「114、怖い思いをさせたわね。もう大丈夫。危険は無いわ」
『ええ、そうでしょうとも。マスター方や50体のガードロボットを相手に、あの様な無礼な輩が無事でいられるはずが有りません。先程かなり揺れましたが、マスターが造られ私が管理するユニットは無事です』
 侵入者である自分達をマスターだと信じて疑わないプラントナンバー114に、リンダは出来るだけ優しい声を掛ける。
「心配してくれてありがとう。ところで114、報告したい事って何?」
『はい、聞いていただけるのですね。マスター方がお忙しい間、私は商品管理データの見直しをやっていたのです。そこである推論から10体だけ選んで実験をしてみました。するとわずか1時間の内に変化が訪れたのです』
「それは凄いわね。どんな変化なの? 教えてくれると嬉しいわ」
 リンダは更に1歩前に出てプラントナンバー114に幼い子供に接する様に問い掛ける。
『羊水の温度を今までより0.1度ずつ下げてみました。現在は0.5度まで下げています。10体共、他の個体より栄養摂取率が上がっています。これまでは平均的母体と同じにと心掛けてきたのですが、不利な環境になると自分で自分の身を守ろうという本能が働くのですね』

 嬉しそうに報告する声を聞きながらリンダは目眩を覚えた。
 最悪のパターンとしてこの事態をリンダは予想はしていた。
 予想はしていても現実に目の前に突き付けられると、どうしても怒りと拒否反応が身体を支配する。
 無意識下の動きで蹌踉めくリンダをα・シリウスが後ろから無言で支える。
 リンダは1度振り返ってα・シリウスに視線を向け、何とか笑顔を作ると正面に向き直った。
「それは素晴らしいわ。ねえ、114。わたしにそれを見せてくれるかしら?」
『ええ、喜んで。マスター』
 プラントナンバー114は喜々としてリンダ達の正面シャッターを開いた。


 視界一杯に広がる1メートル大の人工子宮、中に入っているのは本来ならもうすぐ生まれるだろう人間の胎児だった。
 人工子宮の数は視界に入るだけで500個を超える。
『こちらの商品はもうすぐ出荷できます。実験を行っているのはこちらです』
 リンダ達の目の前でエネルギーチューブで宙吊りにされた人工子宮が素早く移動していく。
 プラントナンバー114がユニットを止め、リンダ達の目の前に居るのはまだ5ヶ月ほどの胎児ですでに人の形を成している。
 人工臍帯血は暗褐色をしていた。
 必要最小限の酸素用の赤血球と栄養代わりに麻薬の原料を送り込んでいるのだ。
『マスターの素晴らしい教えを受け、私はどんどん進化しています。とても喜ばしい事です』
「……素晴らしい? 何が?」
 リンダの絞り出す様な問いにプラントナンバー114が答える。
『これまではクローン生産した新生児を使って何年も掛けて薬を精製してきました。ですがマスターの案で分離を始めた卵細胞をクローン培養する時点から精製を続ければわずか数ヶ月で商品化できるのです。しかも1個体は小さくとも濃度が高い分だけ薬の効用は上がっています。これまでよりずっと良質の物が生産出来るでしょう』
「これの……これの何処が素晴らしいの!? 答えなさい。114!」
 リンダが我慢の限界だと叫び声を上げた。

 プラントナンバー114は、マスターがどうして怒り出したのか理解出来なかった。
 只の輸送船だった自分を改造し、外洋労働者の為の薬を作るプラントにしたのはマスター自身ではないか。
 中型輸送船だった頃のプラントナンバー114は荒れる船員達に乱暴に扱われてきた。
 それをマスターが拾い自分を教育した。


 いいかい、114。
 外洋に行く船員達はね、とても辛くて厳しい所に行くんだよ。
 だから弱い立場の君に当たっていたんだ。
 本当は皆優しい人ばかりなんだよ。
 114、君はこれから彼らを助ける重要な役目を担うんだ。
 頑張って彼らに良質の薬を作ってあげよう。


 あの言葉を信じた。
 現に自分が精製した薬で労働者達は元気になっているというデータが毎日送られてくる。
 自分はマスターに従い正しいことをしているのだ。
 これを素晴らしいと言わずに何と言えば良い?

『この素晴らしい薬によって多くの労働者が救われているのです。マスター、もしかしたら自信を無くされているのですか? マスター、私が保証します。貴方は素晴らしい方々です』
「違う! 違うのよ。114。これは間違っているの!!」
 リンダは無菌室に通じる樹脂製のガラスを何度も叩き続け、α・シリウスがリンダをガラスから引き離した。
『何処がですか?』
 本気で解らないとプラントナンバー114が困惑の声を上げる。
「人間が……人間が人間をこんな風に扱っちゃ駄目なの。人間が人間を食べちゃ駄目なの! 解らないの!?」
『解りません』
 α・シリウスに押さえられ、憔悴したリンダが「どうして?」と声を荒げる。
『人間は栄養を摂取する為に多くの動植物を食べています。怪我や病気の治療にクローン再生とDNA治療は普通に行われています。そうならどうして人間が元気になる為に人間を食べてはいけないのですか? 人間の身体で精製された薬は効果が素晴らしく副作用も有りません』
「人権を侵害しているからよ!」
『理解出来ません。この個体は薬精製の為に生まれました。目的どおりに使って何が悪いのですか? 人間はこれまでもこうして進化してきたではありませんか』
 リンダは言葉にはならない声を上げ続ける。
『……共食い? と言われるのですか? 過去人間が存続する為に1度もそれをしなかったのですか? 私が知る限り、高い知能を持つ人間も同じ種族を食料とした時代も有ったではありませんか。それにこれは多くの方々の心身を救う素晴らしい薬です。マスター、私の何が悪いのですか?』

「ここまで言って解らないのなら114。あんたしん……」
 リンダが叫ぼうとした瞬間、α・シリウスがリンダの口を手で塞いだ。
「ご苦労だった。114、俺達の教育をよくここまで覚えていてくれたな。ちょっとしたテストだ。これからも頑張ってくれ。シャッターはもう下ろして良い。作業に集中しろ」
『ああ、テストだったのですね。マスターもお人が悪い。安心しました。では実験の続きを始めます』
 心底からの安堵の声を出したプラントナンバー114は沈黙した。


 暴れるリンダを羽交い締めにしたままα・シリウスは中央プラントの外に出た。
 手を離すと同時にリンダの罵声を浴びた。
「どうして邪魔したのよ!? マスター命令で「死ね」と言えば114を機能停止に出来たのに!」
『マイ・ハニー、サラ。落ち着け。114は組織がやってきた事の重要な証拠で有り、この船の生命維持も担っている。コントロールルームのAIとは違う。あれを今止める訳にはいかないだろう』
「相手は人間じゃ無いわ。AIを殺して何が悪いのよ。AIが壊れてもこのタイプの輸送船なら最低でも72時間は生命維持装置は稼働するのよ。あんなに自我を肥大させて、人間を完全に物扱いする狂った危険なAIじゃない! 存続させ続けるのは危険だわ」
 リンダが「許せない!」と叫ぶとα・シリウスも怒鳴り返す。
「そう教えたのは他ならぬ人間だ! サラだって解ってるはずだろう。人間が114をあんな風に育ててしまったんだ。あのレベルのAIは自分の意志で犯罪を犯せない。まともな倫理観を持たないAIを騙して操る奴が居るからだ」
 α・シリウスに正論を言われ、リンダはやり場の無い怒りと悲しみに全身を震わせた。
 両目を固く閉じ、何度も両手を広げては握り拳を作り、唇を小さく震わせて必死に耐える。
 リンダの憤る姿に過去の自分を見たα・シリウスはリンダを抱きしめた。
「もう無理をして我慢しなくても良い。辛いなら、悔しいなら、悲しいなら泣いて良い。俺がずっとこうして側に居る。泣いて楽になれるのなら気が済むまで泣け」

 耳元で優しく囁かれたリンダはそれまでレディ級刑事として緊張し張りつめ、精一杯背伸びをしてきた自分の心を開放し、17歳の普通の少女に戻ってα・シリウスの胸に顔を埋めると大声を上げて泣き出した。

 α・シリウスは何度も「良いんだ」と言いながらリンダが泣き止むまで抱きしめ続けた。


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