Rowdy Lady シリーズ 1 『Lady Salamander』

17.

 リンダは高電圧で端末を完全に機能停止にした。
『この宇宙船にはAIがもう1体有るわね。114とは独立した系列で動いているわ』
『メインコントロールルームからしかアクセス出来ないな。白兵戦無しで此処を停止に追い込むのは無理だ』
 リンダは小さく舌打ちをしてこっそりとスーツにエネルギーカプセルを追加した。
『嫌だわ。出来るだけスマートに物事を運ぼうとしたのに。平和主義の心が痛むじゃないの』
 α・シリウスがこれ以上は無いというくらいの呆れ顔をする。
『サラ、寝言は寝て言え』

『どういう意味よ!?』という怒号と共に2人は部屋を飛び出した。
 プラントナンバー114が2度目のエマンジェーシー・コールを出して4分、武装した組織に囲まれているのをリンダのコンタクトレンズとα・シリウスのゴーグルは捉えていた。
『シリ、ロボットは委せるわ。思いっきりぶっ飛ばして』
 そう言う間にもリンダは髪飾りを外し、昆に変えて7人の強化スーツに向かって飛んで行く。
『レベル5の強化スーツ相手にまた肉弾戦をする気か?』
 腰のベルトから粒子砲を抜き取り、α・シリウスは飛びかかってくるロボットのAIを撃ち砕いていく。
『あっちは殺す気よ。ロボット相手なら銃器の方が早いでしょ。爆発するからロボットをわたしに近づけないで。しばらく通信不能になるわ。マイ・ダーリン』
 α・シリウスの『この馬鹿娘!』という罵声を聞きながらリンダは吐息だけで口ずさむ。

「セット、『ウォー・ゲーム(フル戦闘モード)』」

 リンダの周囲1メートル程の広さに重い力場と高電荷の嵐が吹き荒れる。
 フィールド、スーツ、装備の全てを時間無制限のフルパワーで使い、エネルギー残量を常に気にしていたアンブレラI号では使えなかった戦法だった。
 リンダ自身にもかなりの負荷が掛かるが、そこは長年の訓練の賜だ。
 リンダの動きと共に無重力の宇宙船内に力場の壁が現れて隔壁を振動させ、電子の嵐は照明や隔壁内のケーブルを破断していく。
 昆を振り回しながら、勢いのままに1番近くに居る強化スーツに打ち込む。
 高電圧と重力の衝撃がスーツの表面を激しく振動させるが完全破壊までには及ばない。
 対6Gモードですらレベル5のスーツには動きを鈍らせる以上の効果が無い。
 リンダは小さく息を吐いて昆の密度を変え、70センチ程の長さの細剣に再編成する。
 頭を狙って振り下ろされる手を上体をひねって僅かな距離でかわし、剣を片手に持ち替えてすれ違いざまに強化スーツの弱点である着脱接続部を覆うカバーを斬り飛ばす。
 相手が振り返る時間を与えずに、剣先から100アンペアの電流をコンマ秒代で流す。
 内部の配線が焼き切れた強化スーツはその場で立ち往生した。
 正面に両手に巨大なハンマーを持った敵が現れ、リンダの腹部を狙う。
「甘い!」
 リンダの目にはスローモーションにしか見えないハンマーの先をブーツの踵で蹴り落とす。
 床がえぐれるのを無視してハンマーの柄を駆け上がり、両膝で強化スーツの頭部を挟み込んで、ヘルメットの顔面を剣の柄で強打して重心を崩す。
 飛び降りながらホイスカーを繰り出し手足を拘束した。

 攻撃のパターンからリンダは納得がいった。
 組織もこのプラントが大切で失いたく無いのだと気付いたのだ。
 全員が強化スーツで身を防護しているにも拘わらず、粒子砲や爆弾の類を一切使わない。
 ならば別の戦い方が有るとリンダは剣を更に細く形成し両手で構え直した。
 このレベル5タイプのスーツの強みで有り弱点は、1番硬い甲殻に覆われて守られている水素電池と酸素ボンベだ。
 長時間の戦闘に耐え、暴発による人的被害を防ぐ為に外甲近くに取り付けて有る。
 ボンベの付け替えが簡単だが接近戦になると相手によっては不利な状況に陥る。
 リンダの様なスピード重視タイプが正にそれで、棍棒で襲いかかる相手の足下を滑り抜け、起き上がると同時に剣でわずか1ミリ未満の隙間しかない接続部に剣を差し込み、全てのケーブルを切り裂いた。
 痺れる両手を黙らせて剣に高圧電流を流す。
 剣と接触したケーブルから高圧電流が流れ、過負荷でスーツが煙を上げ始める。
 中に入っていた男が悲鳴を上げながら強化スーツを脱ぎ捨てて這って逃げ出した。
 待ってましたとばかりにリンダは無重力を利用して重さ100キロの強化スーツを持ち上げ、自分に迫っていた敵めがけて投げつけた。
 高圧電流で熱暴走を起こした水素電池が液体酸素と混じり爆発し、スーツをぶつけられた相手ごと轟音と共に周囲の隔壁を破壊する。
「丈夫が取り得のスーツで良かったわね。当分寝ていなさい」
 と、リンダは第1表層が破壊されて横たわるスーツを更に踏みつけて飛び上がった。
 消火装置は作動せず、煙と炎の中からリンダが飛び出して来る。
 人間を遙かに越えたパワーに1人が叫び声を上げて粒子砲を連続で撃つが、リンダのフィールドが全てを吸収する。
「馬鹿。撃つな! パワーはこっちが上なんだ。掴まえて叩き潰せ」
 他の男がパニックを起こした男から銃を取り上げる。

「隙だらけよ」
 リンダはにやりと笑って両腕を胸の前でクロスさせると両手を開いてホイスカーを多方向に投げ出した。
 相手が素早く逃げるリンダを掴まえようと動けば動くほどホイスカーは複雑に絡まる。
 リンダは頃合いを見計らって指に絡めた糸を引いた。
 残っていた3体の強化スーツが動きを封じられ、次々に横倒しになった。
 芋虫の様になったスーツの起動スイッチを高電荷剣で全て破壊していく。
「リセット『ウォー・ゲーム』、フィールドノーマル(防御モード)、コード『大いなる一歩(対6Gモード)』」
 呼吸が出来るようにとヘルメットを外され顔を晒された男達は、炎を背にした美しい少女の姿を直に見て逆に恐怖を感じて脂汗を流した。
「無理にスーツを脱ごうとして動かないで。じっとしていないと本当に大怪我をするわよ」
 跪き自分を殺そうとした相手に優しい声を掛ける少女に男達は戸惑いを覚える。
 リンダは笑顔で立ち上がると炎の中心に走り込み、フィールドを多重に展開させた。
 強い力場が空気の流れを遮り、酸素を全て遮断して炎は瞬く間に消えた。


 リンダが別の爆発音に振り返ると、視界一杯にガードロボットの残骸が通路中に広がっていた。
 α・シリウスの姿は見えない。
『マイ・ハニー、シリ。何処なの?』
 微かに荒い息づかいが聞こえるだけで返事が無い。
 リンダは2度素早く瞬きをして『ボイジャー(探査モード)』を選択し、α・シリウスを捜しながら壁を蹴って宙を駈ける。
 一体どれだけのロボットが現れたのか? AIを1発で破壊されたロボット群を見て、リンダはα・シリウスの側を離れるのでは無かったと心底から後悔した。
 残骸と熱源を頼りに2つのブロックを曲がり、リンダの視界に2メートル大の鋭いかぎ爪を持ったロボットを相手に合金製のパイプで格闘するα・シリウスの姿が入った。
『シリ、受け取って!』
 リンダが回収しておいた粒子砲を投げると、α・シリウスはパイプの切り口でロボットを刺し、身体を反転させて粒子砲を手に取り、そのままの体勢でロボットの頭を吹き飛ばした。
 AIを失った巨体が慣性で離れて行き、リンダが必死で伸ばした手にα・シリウスの背が収まる。

「シリ、大丈夫!?」
 今にも泣きそうな顔で自分を覗き込むリンダの頬に手を添えると、α・シリウスは何とか笑顔を見せた。
「助かった。50体くらい有ったか? とんでも無い数のガードロボットが現れて途中でエネルギーが切れた。カートリッジを付け替える間も無くて、あんな化け物相手に白兵戦をやるとは思わなかった。サラは怪我をしていないな?」
「ええ」
 何度も頷くリンダを見て「それは良かった」とα・シリウスはリンダの頭を自分の胸に引き寄せて……
「独りで暴走するな。と、何回言わせれば覚えるんだ? ああ!? 俺がどれだけ心配していたと思っているんだ? この超鳥頭め!」
 α・シリウスは固くヘッドロックを決めると思いっきりリンダの頭を締め上げた。
「痛い、痛い、痛い。無事だったんだから良いじゃない」
「良く無い!」
 更に強い力で絞められリンダはギブアップとα・シリウスの肩を叩く。
「シリの方が大変だったから反省はしてるのよ。わたしが側に居れば良かったって」
 少しだけ力を緩めてリンダの頭を抱えたα・シリウスは溜息をつく。
「単独行動にはどうしても限界が有る。適材適所と言えば聞こえが良いが、独りで対処出来ない事態に陥った時にお互いの背中が見えないと助け合う事も出来ないだろう。これまでサラはずっと独りで戦ってきたからつい走ってしまうんだろうがそれではパートナーの意味が無い。俺をパートナーとして認めてくれているのなら2度と側から離れるな」
「ごめんなさい」
 リンダが小さな声で謝ると「分かれば良い」と言ってα・シリウスはリンダの頭を離した。

 リンダは自分の手に付いた血を見て驚いて声を上げる。
「シリ、怪我をしているの!?」
 α・シリウスの左腕には3本のかぎ爪の跡が有った。
「ああ。プロテクターを付けていたから腕で受けたら、それごと斬られた」
 何でも無いというα・シリウスの手を取ってリンダが声を荒げる。
「馬鹿ね。どんな毒物や細菌が仕込まれているのかも判らないのに簡単に言わないでよ」
 袖をめくってプロテクターを外し、コンタクトレンズを駆使して傷口を探る。
 数分しか経っていないのに傷口が壊死を始めていた。
 リンダはやはりと舌打ちをしてα・シリウスの2の腕の上を固く縛り、「シリ、歯を食いしばって。凄く痛いけど我慢してね」と言ってポケットから透明の端末を取りだした。
 高電流を傷口に流し、一瞬で炭化させる。
 ホイスカーで組織を炭化した部分より少し大きめに削り取り、鮮血を流すα・シリウスの腕に再生促進剤と化膿止め付きの保護シートを貼り付け固定させた。
 激しい痛みで冷や汗を流すα・シリウスの髪を撫でて治療が終わったと伝える。
「大事な血管や神経は傷付けなかったつもりだけど、もっと道具と設備が有れば無痛でやれたわね。こんな原始的な治療しか出来なくてごめんなさい。痛かったでしょう」
「大丈夫だ。ありがとう。サラ」
「まだ油断は出来ないわ。細菌が他の組織に回っていない保証が無いもの」
「そうだな。あまりやりたくは無いんだが……」
 α・シリウスは胸ポケットからアンプルを出すと自分の首に突き立てた。
「シリ?」
「液化有機ナノマシンだ。人体に有害な細菌を検知したら対応するT細胞を作りだして内部で殺す。発熱して反射神経が鈍るから使わずに済ませたかったが仕方無い。サラが思い切って傷を切り取ってくれなかったら半日は寝込んでいたな」
「……動ける?」
「ああ」
 リンダが手を差し出すとα・シリウスは無事な右手を差し出した。


 α・シリウスはリンダと共にコントロール・ルームに向かいながら、リンダが破壊の限りを尽くした通路と、戦意を完全に失い呆然としている男達を見て頭を抱えたくなった。
 減圧や加圧による変形から船を守る為に剛体構造になっている隔壁が無惨にも砕けて変形していて、あちらこちらに過電流で断線したケーブルが宙を漂っていた。
 アンブレラI号の『アレ』は『まだ』手加減の範疇だったのか!? と問い質したくなったが、どんな答えが返ってくるのかを想像すると恐ろしくて聞けなくなった。
 治療が終わって以降、リンダはα・シリウスの左側から離れない。
 何起こっても自分が守ろうという気持ちからだろう。
 右利きで良かったとαシリウスはカートリッジを入れ替えた粒子砲を握り直した。
 プラントナンバー114から取りだしたデータによると現在この船には人間が12人居る。
 フルオートメーション化が進んでおり、コントロールルーム以外のほとんどの設備はプラントナンバー114が担っていた。
 逆に言えばコントロールルームにはそれだけプラント以外の重要な情報が有るという事である。
『第2気密室で2人、回廊で7人、データどおりなら後3人ね』
『ここまで静かなところを見ると、どこかに隠れて俺達の様子を伺っているか、コントロールルームで待ち伏せだろう。相手が強化スーツだとしたら、片手が自由にならない俺はかなり不利だな。銃だけで倒せる相手じゃ無い』
 リンダは眉をひそめて呻った。
『シリ、ちょっとストップ』
『は?』
 リンダは真顔でぺたぺたとα・シリウスの全身を触る。
 時には抱きしめたり腰や太股にまで手を回したりと変態としか思えない行動だ。
『お、おい』
『動かないでって言ってるでしょ』
 両手の平で頭の頂点から頬をとおり肩から腕を撫で、脇から腰をとおって足先まで指を滑らせる。
 背中から胸板にまで手を回してくるのでα・シリウスにしてみれば気色悪くて仕方がない。
『サイズ確定。誤差を含めて……うん。大丈夫よね』
 リンダが1人で納得して頷くのでα・シリウスは何の事かと聞いた。
『あ、ごめんなさい。シリの今の身体サイズデータを貰ったの。実戦で使った事は無いけど、短時間ならわたしのフィールドにシリも入れるわ。身体のどこかが必ず触れているという条件付でかなり制限が厳しいけれど、粒子砲やレーザーの急な攻撃に対抗出来るわ』
 笑顔で説明する『なるほど』と言ってα・シリウスは痛む腕をリンダの腰に回す。
『ちょっと、シリ?』
『こうしておけばお互い離れずに済む。良心が少しでも痛むなら傷付いた俺の腕を振り切って暴れたりはしないだろう?』
『これじゃ戦えないじゃ無いの!』
 怒るリンダにα・シリウスは冷たい視線を向ける。
『この状態でも戦える方法を今すぐに考えろ。お互いの特性と呼吸を読んで連携するんだ。コントロールルームはもうすぐそこだ』
リンダは顔を上げて広い扉に目を向ける。
『傷口に負担が掛かるから手を離して。わたしが支えるから』
 そう言ってα・シリウスの左手を庇う様に腰に手を回すと剣を昆に変形させた。


「もうすぐ此処に来るな」
 モニターを監視していた男が仲間を振り返る。
「男の方が負傷している。先に殺すなら弱っている奴の方だろう。奴の銃の腕は侮れない」
 50体ものガードロボットを全て行動不能にされた男は呻る様に言った。
「いや、生かしておいた方がリンダ・コンウェルの動きを封じられる。あの化け物相手に俺達だけで勝てると思うか? 俺なら2人同時に狙う。リンダ・コンウェルはあの男を庇っている。パワーはこちらの方が上なんだ。動きさえ封じればあの驚異的な装備も思う様に使えないだろう」
「じゃあ、同時にだ。このコントロールルームが壊されてもプラントナンバー114さえ無事に動いていれば上には言い訳が立つ。いや、どうせだからここで奴らを殺そう。ここのAIは自我すら持たない馬鹿だが知らなくて良い事を知りすぎている。一緒に始末してしまえば良い」
 男達は3方に別れ、身を潜めてリンダ達が部屋に入ってくるのを待った。

 リンダのピアスが攻撃反応を感知して激しくコールする。
『シリ、攻撃信号よ。待ち伏せされてるわ』
『予想済みだ。センサーがジャミングされているから強化スーツだ』
 α・シリウスが応じるとリンダも背中に手を回し、しっかりと保持する。
『シリの好きな様に動いて。どんな攻撃もわたしが防ぐわ。この部屋ごと一気に潰してやっても良いけどそれではAIが持つデータを得られない。スーツだけを攻撃対象にする気でいるんしょ?』
『良くできたな。こっちで行く』と、α・シリウスは粒子砲から拳銃に持ち変える。
『俺が一時的に奴らの動きを完全に止める。サラ、後は任せる』
 リンダが意外そうにα・シリウスを見上げる。
『良いの?』
『俺は片手が自由にならない。適材適所だ。サラなら最小限の犠牲でやれるだろう?』
『了解』

 リンダが扉のセキュリティを解除して1歩コントロールルームに入ったと同時に、多方面ら粒子砲の激しい攻撃受ける。
 リンダが昆を床に突き立てフィールドを多重に強化させ、α・シリウスが右手を翻しながら銃を撃ち続けた。

 侵入して5秒も経っただろうか、相手の攻撃は完全に止まっていた。
『サラ、行け』
『シリは?』
『俺の事は心配しなくて良い』
 α・シリウスの不敵な笑顔を見て、リンダは少しだけ首を傾げて昆を持ったままコントロールルームの奥に進む。
「……」
 リンダは目に入る光景に絶句して振り返る。
『全部1人でやっちゃってるじゃないの!』
 部屋のいたる所で強化スーツに身を包んだ男達がゴム弾で床や壁に貼り付けられていた。
 全員が狭い物陰に隠れているのに、攻撃の為に出していただろう粒子砲を持った手首、視界を確保する為の頭部、更に動けなくなって暴れ掛けたところを狙った様に両足先までと、暗視ゴーグルを使っているとはいえ相手の攻撃ポイントを見た直後に、怪我をして熱も出ている身でこれだけ正確な射撃が出来るものなのか。
 リンダはα・シリウスの射撃能力の高さに舌を巻いた。
『効果は3分が限度だ。その間に完全に行動不能にしてくれ』
 カートリッジを付け替えながらα・シリウスが檄を飛ばす。
 リンダは昆を剣に変形させると、動かないスーツを面白く無さそうに高電荷剣で機能停止にしていく。
 仕上げにと全員をホイスカーで纏めて縛り、部屋の隅に放り出した。


 α・シリウスとリンダはAIがはじき出すデータに衝撃を受けた。
 男達はヘルメットを外してやると汚い怒号を上げ続けたので、リンダが暴れそびれたストレス解消代わりと延髄を蹴って気絶させてある。
「こんな……こんな人達までこの組織に関わっていたの?」
 リンダは組織員名簿に見慣れた名前を沢山見つけて震える声で呟いた。
「政府間でもめるはずだな。このデータ、全部マザーに送るぞ」
 低く押し殺した声で淡々と告げるα・シリウスにリンダが反論した。
「そんな事をしたら絶対戦争になるわ。このデータは消去するべきよ!」

 パンという軽い音がコントロールルームに響き渡る。
 α・シリウスが塞がらない傷を圧して左手でリンダの頬を打った。
「サラ、太陽系警察機構規約第1条と第2条を言え」
 リンダは打たれたショックよりα・シリウスの氷の様な蒼い視線に震え、俯いて小さな声で言った。
「太陽系警察機構規約第1条、太陽系警察機構は個人の権利と自由を保護し、公共の安全と秩序を維持する為に存在する。第2条、太陽系警察機構の権限は前項の範囲に限られ、公平中立を旨とし、権限を濫用する事は出来ない。太陽系警察機構に属する者は前項を厳守する旨を宣誓し職務に当たる」
「自分が言った内容が規約を破っている事に気付いているな?」
 黙って頷くリンダにα・シリウスは更に言葉を続けた。
「レディ級刑事サラマンダー。お前は今民間人リンダ・コンウェルでは無い。刑事が自己判断で勝手に証拠を握り潰したら世界はどうなると思う? 子供の正義感を捨てられないならΩ・クレメントにIDプレートを返せ」
 リンダは数度肩を震わせ歯を食いしばると、顔を上げて敬礼した。
「申し訳ありませんでした。一時の私情に流され重大な誤りを犯すところでした。ご教訓、しっかりと受け止めました。ありがとうございます」

 目を真っ赤に腫らしたリンダの顔を見て、α・シリウスは小さく溜息をつくと軽くリンダの頭を撫でた。
「パートナーの俺に敬語は良いって言っただろう。俺も本音はサラと大して変わらない。この問題は俺達の権限をはるかに越える。面倒だから偉い奴に全部責任と問題解決を押し付けておけって事だ。ワシントンDCでのんびり座っているおっさんを走り回らせてやろう」
 リンダはマザーに愚痴りつつ痛む胃を抑えながら必死で各国政府や各機構上層部と交渉するΩ・クレメントを想像して吹き出した。
「やっと笑ったな」
 にやりと笑ってα・シリウスはもう1度リンダの頭を撫で、AIから抜き出したデータをパンプキン経由で戦略コンピュータ・マザーに第1級暗号通信で転送した。


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