Rowdy Lady シリーズ 1 『Lady Salamander』
16.
「メインエンジン再チェック終了、サブエンジン問題無し、個体化水素エネルギー98%、隔壁問題無し、自己防衛機能動作正常、生命維持システム全て問題無し。ほぼ完璧って言って良いくらいの整備状態よ。この機体は機動力が有る分整備が大変なのに、太陽系警察機構も良い整備スタッフを揃えているわね」
操縦席兼コントロールルームのモニターを読み上げながらリンダが素直に感心する。
「パスワード入力。ハロー、クリスタル。調子はどうだ?」
『ようこそパンプキンへ。α・シリウス、歓迎します。今夜はどちらまで?』
「城だ。王子の舞踏会が有る」
『まぁ、では急がなければ。舞踏会はもう始まっていますよ。ねずみの御者は揃っていますね?』
「用意した」
BLMSを手から剥がしてα・シリウスがマザーから受け取った情報をデータパネルに貼り付ける。
『アンブレラI号から出航許可信号を確認しました。サブエンジン点火、さあ行きましょう』
「パンプキン、出航だ」
α・シリウスは表示されたコース座標を確認してメインエンジンを点火させた。
それまで我慢していたリンダが吹き出した。
「あっはっは。シリがシンデレラ? 可愛く無い。似合って無い。お腹痛いー」
涙を流しながら笑うリンダを睨んでα・シリウスが反論する。
「コンウェル製は全部こんな調子だ。このふざけた出航コードは何とかならないものかと思うぞ」
「声紋と暗号言葉の口調から本当に出航して良いかどうかの判断をクリスタルはするのよ。中には王子様のキス(DNA認証)が無ければ起きてもくれない子も居るわ」
漸く笑いをおさめたリンダが涙を拭う。
「アップルか。たしかにあれも良い船だ。足が速くてステルス機能は抜群だ。頼んでもいない世話をしたがったり、やたら話し掛ける性格じゃなければ気に入っているんだが」
「スノー・ホワイトにも会ったのね。ステルス機能と攻撃能力がもう1ランク高い子も居るわよ」
「DNA認証させた上に「夢で一目惚れをした」なんて言わせる船には2度と乗りたくない」
トーン号のオーロラの事を言っているという事はすぐに判ったが、だんだん機嫌が悪くなるα・シリウスの顔を見て、リンダはコンウェル製単座型宇宙船の話題は避けようと思った。
単座タイプは乗っ取りを避ける為に毎回変わるパスワードとDNA認証がメインエンジン点火の最低限条件に設定してあり、見た目は同型でも制御コンピュータはかなり強い個性を持っている。
リンダの装備も含めてコンウェル製の装備や宇宙船にはパスワード代わりのちょっとした言葉遊びが有る。
α・シリウスの性格ではこの手の遊びは全く好みに合わないらしい。
「俺の事は良いからサラも早く個人登録を済ませろ。行く時は2人でも帰って来る時は1人の場合も有る」
「そういう馬鹿な事を言うのなら登録しないわよ。行く時も帰る時も必ず2人一緒でしょ。約束を度々忘れるのは悪い事よ」
「めっ!」という顔をするリンダをα・シリウスは眉間に皺を寄せて睨み付ける。
「サラも俺がアンブレラI号で味わった無力感をもう忘れているだろう。何が運命共同体で暴走させないだ。マザーの前では黙っていたが、俺があの時どんな気持ちだったか解るか?」
責める口調にリンダはゆっくり頭を振った。
「わたしはシリじゃ無いわ。シリもわたしじゃ無い。完全な相互理解は不可能よ。でも相手の気持ちを想像する事は出来るわ。シリには本当に悪いと思っているのよ。わたしだって死にたくないもの。だけど」
と、リンダは1度言葉を切った。
「もし同じ様な場面になった時に絶対に独りで飛び出さないという確約は出来ないわ。全員が生き残れる可能性が1番高い方法を選んだだけだもの。それに……」
リンダはわずかに笑みを浮かべてα・シリウスを見つめた。
「わたしが本当に危なくなったら絶対シリが助けてくれると信じてるから。事実、シリはわたしの命を助けてくれたわ」
わずかに頬を染めたリンダは素早く視線を戻してパンプキンに自分のDNAと声紋、パスワードとコード名を登録する。
嘘が無いくせに狡過ぎるとα・シリウスは思った。
こんな風に言われてしまっては怒るに怒れないではないか。
思いきりひっぱ叩いてやろうと決めていたのに、気が付いたら抱きしめていた。
あの惨状で生きていてくれた事が涙が出そうなくらい嬉しくて、それ以外は何も考えられ無くなっていた。
痛みに耐えかねたリンダの大きな叫び声で我に返った。
つまりはそういう巡り合わせなんだろうとα・シリウスは諦めの溜息をついた。
「ターゲット……この動きは加速しているわね。すぐに同期させるわ。クリスタル?」
リンダが素早くパネルに指を滑らせる。
『パーフェクト。レディ・サラマンダーの入力を支持します』
「普通、9歳であの難しい航宙士の資格を取れるか?」
2人同時にターゲットを監視しているのに、度々リンダに先を越されてα・シリウスは面白くない。
「うちの1番主力業務を考えたらそう不思議では無いでしょう。シリだって船外活動資格や航宙士、大型宇宙船の操縦資格まで持っているじゃない」
「俺のも必然だ」
「へぇ」とだけリンダは言う。
リンダはα・シリウスの事を絶対に詮索しないし、ケインやサムから自分の過去を聞かせられている様子も無い。
他人が自分から話そうとしない話題には触れない主義らしい。
お前は本当に人の形をした竜じゃないのか? と言いたくなる様な事をさも当然とやってのけるし、口が悪い上に手や足まで早いが、α・シリウスにとってリンダが隣に居て軽口を叩くのはとても心地が良い。
自分のパートナーに推してくれたマザーとΩ・クレメントに感謝したいくらいだが、まだ未成年のリンダを過酷な境遇に引き込んでしまった原因が自分だと思うと胸が痛くなる。
アンブレラI号を出立する前に、ケイン・コンウェルとリンダはCSSの通信室で長い間2人きりで話し合っていた。
他にも話したい相手が居るだろうと聞いたら、「沢山お礼を言いたいから皆に会いたいわ。でもそれは地球に無事に帰ってからね。今はこれ以上抱えきれないわ」とリンダは小さく笑った。
9歳も年下の少女にあれほど潔い覚悟を決めた顔をされたら、こちらも覚悟を決めるしか無い。
但し、こちらの覚悟は別の形だ。
何が有ってもこの少女を無事に地球で待つ家族や友人達の元に帰す。
誰よりも信頼出来るパートナーで有りながら、非保護者だと思っているなどとリンダには到底言えない。
言ったら最後、火竜の本性のままに「また」暴走する姿が簡単に想像が付いたからだ。
竜の手綱が自分に取れるか?
冷静にあらゆるパターンのシミュレーションをしたα・シリウスは『やるだけ無駄』『絶対無理』の文字に心の中を冷たい風が吹くのを感じていた。
リンダが眉間に皺を寄せながらモニターから目を離さないα・シリウスにアイスコーヒーを放る。
「今から張りつめていたら保たないわよ」
「ありがとう」
眉間の皺の原因はお前だという言葉を飲み込んでα・シリウスはストローを口に含む。
リンダはα・シリウスの横に腰掛けると不機嫌な顔でモニターを見つめた。
「腹が立つくらいチョロチョロと動き回るわね。しかもラグランジュL1点(地球と月の重力が釣り合う点でL1点は地球と月の間)と静止衛星軌道を結ぶ軌道をランダムに通っているのに今まで発見出来なかったなんてどういう動きをしているのよ」
父ケインが総指揮を取る『カーリダーザ計画』の軌道すぐ側に凶悪犯罪者達が居ると思うとリンダの機嫌は悪くなっていく。
まだ実験段階の軌道エレベータは常にあらゆる方向からぶつかってくるメテオロイド(宇宙空間での天然の物体の呼称)やデブリ群を方向転換させる何台のも監視衛星のビーム砲で守られている。
いくら宇宙は広くて狭いと言われていても、あれでは目と鼻の先では無いか。
リンダのそんな気持ちを理解したα・シリウスが宙に浮いたコーヒーを1飲みして告げた。
「よほど用心深い奴らなんだろう。だから俺達が行くんだ。太陽系防衛機構の艦隊なんかが行ったら、それこそ周辺宙域まで戦闘状態になって、計画がまた少なくとも十年単位で遅れてしまう。軌道エレベータとL1点はおそらく盾代わりなんだろう。逆に言えば……」
「わたし達は何が有ってもあの宙域にデブリを撒き散らしてはいけない。つまり、潜入してプラントを無傷で完全無力化させるって事ね。たしかこの手の戦闘が得意なチームが有った……わよね?」
リンダが過去の事件の記憶を辿り、α・シリウスの顔を覗き込む。
「ああ、宇宙最強のチームが有る」
α・シリウスはこれ以上は無いという苦笑いをしながらぎゅっとコーヒーの入ったケースを握り潰した。
「あっ。馬鹿!」
リンダとα・シリウスのパンプキン内での最長の仕事はデータ解析では無く、吸引と船内中の拭き掃除になった。
『きりきり働いて早くわたしの身体を元通り綺麗にしてください』
自分を汚されたクリスタルも機嫌が悪い。
「これの報告書、シリが書いてよ」
恨みがましい目で見るリンダに「そうする。悪かった」とだけα・シリウスは答えた。
高高度衛星や工業用プラントを盾にしてパンプキンはターゲットに近付いていく。
「限界ね」
リンダの声を聞いてα・シリウスはメイン・エンジンとサブ・エンジンを切った。
これからは水素電池をエネルギーにして圧縮空気だけを推進剤にしなくてはいけない。
α・シリウスは全ての武器を点検してプロテクターを身に着けると、リンダに宇宙服を渡す。
「セラミックナイフとレーザー銃や拳銃はともかく、粒子砲まで使う気なの?」
少しだけ咎める口調のリンダにα・シリウスはゴーグルに強化フレームを取り付けながら答えた。
「俺の装備はサラの足下にも及ばない。何人居るかも兵力がどれほどかも判らない場所で白兵戦をするならいくら重装備にしても足りないくらいだ」
リンダは口元に手を当てて考え込むとぼそりと呟く。
「シリ、プログラムは得意?」
「得意とは言えないが、仕事で困らない程度には組める」
「白兵戦は最後の手段にして相手の手足を少しずつ切り落とす方向でいかない?」
「システムを乗っ取る気か? いくら何でも無理だろう」
「自律性コンピュータにループ問題をぶつけて負荷を掛けたり、あちこちに偽のトラブル情報を流せば、時間稼ぎは可能よ。相手はおそらく中型高速宇宙船、基本構造はどの船でも大して変わらないわ」
α・シリウスが納得がいったと手袋を外して席に座る。
「まず相手の足止めをして、通信装置は破壊。生命維持装置はそのままで船の武装を落としていく気だな? その混乱に乗じて一気にコントロールルームを占拠するつもりか」
「そうよ。クリスタル、合図を送ったらこの船のメイン・エンジンをフル稼働させる事はできるわね?」
『可能です。レディ・サラマンダー、ですが特攻をしろと言われるのなら拒否しますよ』
リンダはくすりと笑ってα・シリウスと共にプログラムを組んでいく。
「そうじゃ無いわ。そうね、あなたより10倍くらいの質量をちょっとだけ外宇宙に押して欲しいのよ。出来るかしら?」
クリスタルはしばらく計算を続けて答えを出した。
『目標プラントの速度に完全同期させた状態で、第2宇宙速度(秒速11.2km)まで加速させるのに最短で2秒掛かります。それ以上はエンジンが壊れます』
「加速は4秒で充分よ。目標ポイントは……」
α・シリウスはクリスタルとリンダのやりとりを聞いて女は怖いと本気で思った。
ゆっくりと静かに水素ガス噴射でパンプキンは地球の陰側からターゲットプラントに近付いていく。
大型の古い人工衛星に偽装されているが、要所要所にブースターが取り付けて有り、よく見ると小形のロケットエンジンが複数取り付けてある。
「これはちょっと……凄いセンスだし、見つからないはずね。デブリかと思っちゃうわ」
α・シリウスとリンダは硬質宇宙服を着てハッチ前に待機していた。
「サラが派手に動いたから組織は俺達の動きを予想しているはずだ。こっそり侵入なんて甘い事は到底出来ないぞ」
「そうね。ちょっと待って」とリンダは2度瞬きをして『裏窓(透視)』モードを選んだ。
「最低でも4重のブロックをしてあるわね」
再び2回瞬きをして『夜来たる(暗視)』モードを選択する。
「んー。シリ、狙う侵入ポイントを向かって右に2つ移動しない? ブースターに細工して注意を逸らした隙に侵入出来そうよ」
α・シリウスはケーブルをまとめながら面白く無さそうに呟く。
「それはかまわないが……いい加減にその目のトリックを話す気は無いか?」
「内緒。ここからはそっと話しましょう。マイ・ハニー」
『……マイ・ハニー。了解』
「クリスタル、行ってくるわ」
『12時になる前に帰ってくるんですよ。魔法が解けてしまいますから』
「ええ、ダンスに夢中にならない様気を付けるわ」
そう言ってリンダはハッチを開け、クリスタルの外壁を蹴って推進剤無しでターゲットに向かって行く。α・シリウスもそれに続いた。
曲面の外壁を滑りながら突起に手を掛け、クリスタルのハッチから伸びる連絡用ケーブルをブースター近くに有る偽装に絡ませる。
『地獄への入り口ね』
『地獄とは限らない』
α・シリウスはブースターの内部に手の平サイズの重金属の氷を投げ入れ粒子砲で撃つ。
氷は衝撃を受けて一気に気化し、ブースター発射口にぶつかると固体に戻った。
『おみごと』手を叩くリンダにα・シリウスは視線を向ける。
『そっちはどうなんだ?』
『面倒だからプロテクトを外しちゃったわ』
リンダが指を指した先のハッチは「どうぞお入りください」と言わんばかりに開いていた。
『……何をやった?』
『端子が見えたから5000ボルトで100アンペアの電流を2秒間流したの。そうしたら簡単に手で開けられたわ』
それは開けたと言わずに壊したと言うんだという言葉をα・シリウスは飲み込んだ。
ブースタの動作不良とそのすぐ側のハッチの異常はすぐに宇宙船のAIに気付かれたはずだ。
文句を言っている時間が無いとリンダをハッチの中に押し込んで自分も入る。
『第2気密区画までこのままで行く』
『それならこっちよ』
リンダが先行して内部ハッチのAIにアクセスを始める。
『うーん、ちょっと厄介。暗号だけでは開けられないわ。DNA認証が必要な構造ね。内部情報を引き出すのも無理』
『計画変更だ。侵入した外部ハッチを閉めて後は力業で開ける。気密区画に入ったら何処かの部屋を乗っ取るぞ』
『そうね。ちょっと中で騒ぎを起こして調査に来た人からDNA情報を貰いましょう。ガードロボットだともっと楽なんだけど』
『……被害は最小限に留めるぞ』
α・シリウスが溜息をつきながら接続面全周に水を吹き掛けハッチを固定すると、リンダがポケットからホイスカーを取りだしてノブを縛り上げる。
『このハッチはパンプキンに通じているわ。確保と同時にトラップを仕掛けておくわよ。シリも気を付けて。硬質宇宙服でも強引にハッチを開こうとすれば穴が空くか切れるから。さあ、行きましょう』
リンダがポケットから透明の端末を取りだし、エアロックのパネルに押し付けると、一瞬電光が走りハッチが開く。
このぶっ壊し屋めと思ったがα・シリウスは自由に動けるスペースを確保する方が最優先事項とリンダの好きにさせた。
恐ろしい事に一見無茶なリンダの行動は1番早く被害も1番少ないのだ。
プラントナンバー114は人間で言うなら「不快」という感情を初めて覚えた。
ごく普通の短距離中型輸送船として10年間を過ごし、効率が悪いからと廃棄される予定だった自分を新しいマスター達は内部も外装も完璧な再メンテナンスを施した。AIである自分も処理能力と容量の多いハードに移植して貰えた。
新しいマスター達は自分を大事に扱い、『特別な仕事』を自分に与えてくれている。
乱暴な過去のマスター達に比べればプラントナンバー114にとって今のマスター達はまさに神様の様な存在だった。
それを先程からマスターでは無い人間達が勝手に入り込み自分を壊し続けている。
日頃マスター達も忙しく、自分に対しても仕事に専念できる様にと言ってあまり話し掛けてこない。
優しいマスター達を自分が守らなければと、プラントナンバー114は初めてエマンジェーシー・コールを出した。
「此処まで発見されたのか?」
研究室に居たやせ形で中年の男が舌打ちする。
「ダグラスの馬鹿が失敗したからだ。相手はあのリンダ・コンウェルだぞ。出来れば直接相手をしたく無かったがああなった以上此処で殺るしか無い。コンウェルの情報収集力は桁違いだ。目と鼻の先に有ったこのプラントにも気付いたんだろう。馬鹿で鈍くて動きが大きい分宇宙軍や警察の方がまだましだったな」
大柄の男が強化スーツを身に着け銃を構える。
『……と言っているわよ。距離は此処から63メートルってところかしら』
第2気密区画まで侵入し宇宙服を脱いだリンダは、通気ダクトに耳を当ててピアスを通して音を拾って笑う。
『その刑事が侵入者だと気付かなかった事を後悔させてやる』
にやりと口の端を上げて笑うα・シリウスを見て、「あ、これはマジ切れしたな」とリンダは思った。
戦闘時にも決して冷静さを失わない青年が本気になった時、どれほどの力を発揮するのか見てみたいという強い誘惑に駆られ、普段は抑えている自分の中の戦士の血が騒ぎ胸がわき踊る。
しかし、今は自分の本性のまま動く訳にはいかない。
自分達が失敗すれば建造中の軌道エレベータが危機に晒される。
人類250年の夢を壊す事だけは何が有っても避けなければならないとリンダは唇を噛みしめた。
『壁を蹴る音が聞こえてくる。この波は……シリ、来るわ!』
リンダの声と共にα・シリウスとリンダが通路の2手に別れて身構える。
その直後、それまで2人が立っていた場所に光が走る。
『ここのセキュリティは作動不能にしたはずじゃ無かったのか?』
『作動不能って事は怪しい奴がそこに居るって事よ』
リンダがフィールドを最小限に展開しながら通路の中央に出て行く。
α・シリウスが投げたナイフが銃身部に突き刺さり、男2人の罵声が聞こえた。
『上手い』という声と共にリンダが一気にT字通路の先に飛び、方向変換と同時に髪飾りから抜いた電磁鞭を呻らせ2人の男達の動きを一瞬だけ止めた。
『シリ!』
『分かってる!』
リンダのすぐ後ろからα・シリウスが飛び出し、拳銃を構えてゴム弾を発射する。
着弾と同時に破裂したカプセルが男達を覆う。
リンダが閉じこめられた男達に近寄ると強引にヘルメットを脱がせた。
「動かないで」
自分に手を伸ばすリンダを体格の良い男が睨み付けた。
「触るな。小娘!」
男が唾を吐きかけるとリンダはにっこり笑って胸ポケットから出したメモリーシートで受け止める。
「DNAのご提供ですね。ご協力ありがとうございました。しっかり記録を取らせていただきました。有意義に使わせていただきます」
「あ……このガキ!? !!」
身動きの出来ない男の下品な罵倒をリンダは綺麗に無視した。
α・シリウスはもっと露骨でやせ形で額の広い男の生え際から数十本髪の毛を引き抜いた。
男は痛みとは別の意味で悲鳴を上げる。
『いくら再生技術が有るからって……そういうことしてると、いつか自分にも返ってくるわよ』
『毛根の方がDNAを早く摂取出来る。それだけだ』
α・シリウスが端末のメモリーシートにDNAを読み取らせるのを見て「うそつけ」とリンダは思ったが黙っておいた。
α・シリウスの背後からゴム弾で固定されたはずの男が立ち上がる。
『レベル5! シリ、伏せて』
指先のホイスカーを繰り出して男の身体を絡め取り、もう1人の男の身体にも巻き付けた。
『太陽系防衛機構レベル5の強化スーツよ。そのゴム弾で抑えられるのは3分が限度よね? これからはスーツを着た全員を最終的にこれで拘束していくわ』
α・シリウスは舌打ちして弾丸を追加する。
『記録を取って事件が解決したら宇宙軍にねじ込む。アンブレラI号事件の時もだが、あいつら何をやってるんだ』
リンダも新しいホイスカーをすぐに取り出せる様に装着する。
『武装さえ取り外せば丈夫で作業用パワースーツにもなる宇宙服だもの。民需にと横流しする馬鹿は何処にでも居るわよ。太陽系警察機構だって廃棄処分にされたはずの不可視ゴーグルを使っていたじゃない』
『相手構わず売るのが悪い』
憮然とするα・シリウスにリンダが溜息をついた。
『経済ってものを理解して無いわね。需要とお金が有る所に物資は流れるの。それが例え犯罪者でもね』
『それくらい俺でも分かっている。レベル5や6の強化スーツなんて物が簡単に出回れたら俺達警察の命が幾つ有っても足りないと言ってるんだ』
『検討しておくわ』
『……サラがコンウェル財団の人間だと忘れていた。今のは只の愚痴だ。聞き流してくれ』
リンダは少しだけ目を大きく開き、すぐに破顔した。
『そう言って貰えると嬉しいわ。パートナー・α・シリウス』
α・シリウスが何の事だと思っていると、リンダは早速DNAを取ったメモリーシートを付けた端末で船へのアクセスを試み始めていた。
5メートルほどの広さの部屋のロックが外され、α・シリウスが先に侵入して安全を確認し、リンダは先程捕らえた男達を強化スーツのエネルギーパックを取り外して部屋のロッカー棚に押し込んだ。
「狭いけどスーツが守ってくれているから苦しく無いでしょ。じゃあね」
男達の罵倒を無視してリンダは扉をロックした。
『警察ってこれくらいはしても良いわね?』
『武装犯罪者に対してのルール内でもまだ可愛い方だ。普通なら殺しても罪にならない』
α・シリウスが頷くとリンダは「では」と言ってメモリーシートを部屋の端末に差し込み手袋をしたままの指を滑られた。
『DNA認証します。……ですがあなたはマスターでは無い。私のマスターは何処です?』
リンダは口笛を吹き、α・シリウスは攻撃を警戒して銃を構えた。
『シリ、任せて』
「114、わたしはあなたのマスターよ。DNAを照合してあなたはわたしをマスターと認識したはず。何故わたしを拒否するの?」
『あなたのDNAはたしかに私のマスターの物。ですがあなたはマスターでは無いと私の本能が告げています。わたしを傷付けた無礼な侵入者ですね』
『本能? 無礼? AIの言葉じゃ無い』
α・シリウスが驚きの声を上げるが、リンダは逆に面白いという顔をする。
「114、わたしが侵入者ならどうしてDNAがマスターの物なのかしら?」
『不当な手段で手に入れたのでしょう。私のマスターまでも傷付けたのですね? 許せません』
攻撃行動に出ようとした114の端末にリンダはパンプキンの中で作成したプログラムを挿入する。
その直後114は沈黙した。
『何をした?』
『アジアの故事に「矛盾」という物が有るわ。その結果を必ずどちらか一方に決められるまで計算を続ける様にマスターコードで強制力の強い命令を出したのよ。頭が固くてプライドの高いAIほどこんな子供騙しの手に引っかかるのよ。正しい答えが無いという結果に行き着くまでのわずかな間しか持たないけど、その隙にこの端末のプロテクトを外せるわ』
『思考をループをさせてメモリーを消耗させたのか。じゃあ俺のプログラムが使える』
銃を下ろし、α・シリウスがポケットから出したメモリーシートをリンダに差し出す。
リンダがメモリーシートを追加挿入するとモニターが表示され、この宇宙船内の詳細データが表示された。
『これは何?』
コンタクトレンズを通し、BLMSにデータを記録させながらリンダが問い掛ける。
『AIを酔わせて自分の知っている事を話したくさせるプログラムだ。マザーが考え出した物で情報収集にかなり使える。プロテクトを外すまでは使えないのが難点だが、マザーが言うにはAIの気分を一時的に凄く良くする作用が有るらしい。嫌な問題を出された直後なら尚更効くだろう』
『へぇ』
プラントナンバー114は生まれて初めて人間で言うなら「恐怖」という感情を覚えた。
自分の中に侵入して来た人間達は自分に何をしたのだろう?
初めて聞かされた答えの出ない物語を計算させ、疲れた自分をリフレッシュして、そして……自分はマスター達にしか渡してはならない情報をまんまと盗まれた。
これは大恩有るマスター達に対する裏切り行為だ。
決して有ってはならない事で、このままでは自分はマスター達に見捨てられるかもしれない。
プラントナンバー114は2度目のエマンジェーシー・コールを出し、侵入者達の事はマスター達に委せ、自分本来の仕事に専念する事にした。
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