Rowdy Lady シリーズ 1 『Lady Salamander』

15.

 ホイスカーを回収すると同時に、憤怒の形相のα・シリウスがリンダを部屋引き込み頭を思い切り叩いた。
「この馬鹿娘! 救助が間に合わなかったら確実に死んでいるぞ」
「その「馬鹿娘」って言うの止めてって言ったでしょ。それにぼこすこ頭を叩くのも止めてよ。脳細胞が破壊されて本当に馬鹿になっちゃうじゃない」
「それ以上馬鹿になるか!」
 フィールドを駆使しても服は焼け焦げ全身打撲で痣だらけになり、足りない酸素量で動き続けた為に脳が悲鳴を上げている。
 身体を酷使し続けた疲労も伴って頭がくらくらしている状態で、20センチも上から遠慮無く叩かれてはさすがのリンダも涙目になる。
 2人の背後ではアンブレラI号のメンテナンススタッフ達や、隔壁閉鎖で追い出されていた警官達が忙しく動き回っている。
 照明やカメラは全て粒子砲が暴発した爆風で破壊され、爆発熱で変形した床やいたる所に付いた鋭い傷跡、折れ曲がった柱に部屋中に散乱する武器の残骸、散々な状態に戦いの凄まじさを知って一様に青ざめた。
 何より恐ろしいのは強化スーツで身を包んでいた犯人達がボロボロの姿だったのに、無酸素状態の隔壁内でただ1人生身だったリンダがほぼ無傷で助かった事だった。
 『奇跡のリンダ伝説』の現実を目の当たりにして足が震えるほどの恐怖を感じるのに、その本人の見た目は割と美人だが全く普通の少女で、同行している刑事の青年と言い争っている姿は微笑ましいくらいだ。
 その場に居た全員が凄い違和感を感じていたが、出来るだけ2人と視線を合わせるまいと復旧作業に勤しむ。
 それほどα・シリウスの怒りの説教は恐ろしかった。

 簡易宇宙服を脱いだダグラスが落ちていたセラミックナイフで自分の腕を切りつける。
「何をするの!?」
 驚いたリンダが駆け寄るとダグラス刑事は小さく笑って、皮膚下から小さなチップを取り出し布にくるんでリンダの手に握らせた。
「持って行け。その暗号コードの先にお嬢さんの知りたがった真実が隠されている。家族を助けて貰った礼だ」
 リンダが目を見張り、ダグラスに笑みを向ける。
「ありがとう。感謝するわ」
「礼を言われる筋合いは無い。行き先は地獄だ。生きて帰れる保証はしない」
 ダグラスはそれだけ言うと両目を閉じて沈黙した。
 α・シリウスの怒号が聞こえなくなり、様子を伺っていた警察の医療班が部屋に入ってくる。
 ダグラスの怪我の状態を調べ、架台に固定して搬送していく。

『マイ・ハニー、サラ』
『マイ・ハニー、何? まだ文句が言い足りないの?』
 嫌そうに振り返るとα・シリウスは無言でリンダを抱きしめた。
「ぎゃーっ!! 痛い。痛い。離せーっ!」
 全身打撲ときしむ骨にリンダが思わず悲鳴を上げると『俺の方が痛い』という声が耳に響いてきた。
 リンダはα・シリウスの言わんとする事を全て受け止めて頭を下げる。
 リンダの何処にも酷い怪我が無い事に安心したα・シリウスはリンダの髪を撫でる。
『ごめんなさい』
「いつも謝れば済むと思うな」
 α・シリウスはリンダの腰に手を回し、もう一方の手で両膝を抱え上げた。
「ばっ……馬鹿! 恥ずかしいから降ろしてよ」
 暴れるリンダをしっかり抱き直して、α・シリウスは歩き出した。
「恥でも何でもかけ。このまま医療センターに連れて行く」
「こういう反撃は止めてよ!」
「うるさい。耳元で怒鳴るな!」
 作業をしていた全員が驚いて手を止め、大声を上げながら部屋を出て行く2人を見つめている。
 α・シリウスがくすりと鼻で笑う。
「なるほど。サラの本当の体重が判ったぞ」
 その言葉を聞いた瞬間、恥ずかしさと怒りで真っ赤になったリンダの拳がα・シリウスの顔面を襲った。


 リンダが頑なに医療センター行きを拒否するので、α・シリウスは仕方無くアンブレラI号内のCSS支部にリンダを抱えて行った。
 多少の事情を知るスタッフがα・シリウスを受付で足止めし、リンダだけを奥の部屋に連れて行く。
 医務室にリンダを案内すると、女性職員はリンダに着替えを渡して黙って部屋を出ていく。
 リンダは2度瞬きをして部屋中を探査すると、漸く息を付いてぎこちない動作で焼け焦げた服を脱いだ。薄い水着の様なスーツが照明を反射して鈍い銀色に光る。
 α・シリウスにも黙っていたが、後30秒救助が遅れていたら自分の肉体だけで強化スーツと戦う羽目に陥っていた。
 ぎりぎりの死闘中にエネルギーを補給する事がこれほど困難だとは予想出来なかった。地球に帰ったら早急にスーツの改良をしなければとリンダは溜息をつく。
 両足の太股に取り付けた透明のエネルギーパックから数個のカプセルを取り外して、スーツに埋め込んでいく。
 硬化が始まっていたスーツが元通りの柔軟性と機能を回復していく。髪飾りを外し、頭部に取り付けている透明のエネルギーパックにも補給する。
 よくもここまで保ったものだとリンダは父ケインとスーツの開発スタッフ達に感謝した。
 素早く指を動かしスーツも脱ぐと腹部から胸部にかけて青を通り越してどす黒い痣が広がっていた。
 咄嗟にフルパワーのフィールドで覆ったとはいえ、それだけでは不安だと自分の身体で粒子砲の暴発を受け止めた。
 骨や内臓を傷付けなかったものの、こんな事を続けていたら本当に命が幾つ有っても足りない。素肌に直接身に着けているスーツ以外にも何か盾になる物が有ればと思わずにはいられなかった。

 リンダは全ての装備を外してスーツをランドリーに放り込み、全身に走る痛みを堪えてシャワーを浴びた。
 温風で乾かしベッドに座ると全身に薬を塗り込んでいく。
 こんな痣だらけの身体をケインやサムに見られたら……リンダは思わず寒気を覚えて身震いした。
 ケインもサムもリンダにはとても優しく甘い保護者だが、本気で怒らせたらただでは済まない。
 仕事を全部こなしながら2人掛かりで数日間徹夜説教なんて真似を平気でやってのける。
 地球に帰るまでにこの痣は完全に消えるだろうかとリンダは真剣に悩んだ。


 α・シリウスはCSS職員から「休憩に」と豪華な部屋に案内され、再び沸き上がった怒りを押さえるのに忍耐を要していた。
 軽く抱きしめただけであのプライドの高いリンダが大きな悲鳴を上げたのだ。
 骨折などの酷い外傷は見つけられなかったが、粒子砲の爆発で内臓が傷ついているのかもしれない。
 自分にはΩ・クレメントからの命令が有り、パートナーの側から離れずに全てを見届ける義務と権利が有る。
 それをコンウェル財団は機密保持と安全の為と言って体よく追い出した。
 「部外者は関わるな」といわんばかりの上に、慇懃無礼とも思えるスタッフ達の態度に心底から腹が立った。
 あの時リンダが死んだと思った。
 視界を遮る陽炎の中で立ち上がった人影を見た時、リンダの強運と要塞並の装備を与えたケイン達に感謝した。
 簡易宇宙服を着た自分達を守る為にたった独りで無謀な戦いを挑み、あれだけ惨い目に遭いながら生きていてくれた。
 それだけでも本音では全てを許せる気がした。もう2度とあんな喪失感を味わいたく無い。
 α・シリウスの深層心理を察していたマザー達はこれまでチームやパートナーを与えなかった。
 漸く見つかったパートナーのリンダから離され、α・シリウスは半身を引き剥がされた気分になった。

 ふと顔を上げ、自分の耳に触れる。自分とリンダを繋ぐ糸が見えた気がした。
『マイ・ハニー、聞こえるか?』
『マイ・ハニー、聞こえているわ』
 ピアスを通していつもと変わらないリンダの声を聞いたα・シリウスは、沸き上がるもどかしい思いを必死で堪える。
『その……大丈夫か? ちゃんと検査を受けたか?』
『身体チェックは常にしているから心配しないで。しばらくは痛むけど、痛み止めと消炎剤で何とかなるでしょ』
『そうか。今何をしている? 出来れば早く合流したい』
『えっち』
『……おい』
『冗談よ。馬鹿ね。着替え中なの。後20分待って。装備のチェックが終わったらすぐに行くわ。恥ずかしいから切るわよ。マイ・ダーリン』
 恥ずかしい? と首を傾げたが、わずかな振動をクリアな音声に変えるピアスは衣擦れの音まで全て自分に伝えてくると気付き、リンダの姿を想像をしてしまったα・シリウスは少年の様に赤面した。


 予備パック残量95%、ナノチューブ装備エネルギー100%、コンタクトレンズ機能正常、ホイスカー動作確認、スーツ、ブーツ共損傷完全修復は不可能、機能は正常、BLMS損傷無し、全データ正常。
 予備のエネルギーパックを太股から足の付け根に移動させた。
 多少違和感が有るがスーツと隣接させる事で指先1つでカプセルの移動が可能なはずだ。
 用意された服を着て数回動作を繰り返し、コンマ秒代でエネルギーパックの挿入が出来る事を確認するとリンダはにっこり笑って医務室を出た。

 リンダがコントロールセンターを歩くとスタッフ達が一斉に立ち上がる。
「マスコミから問い合わせが殺到していますが、全てシャットダウンしています」
「アンブレラI号司令センターからの問い合わせは保留中」
「同じくアンブレラI号内警備部警察からの問い合わせは保留中」
「アンブレラI号内に滞在していた一般市民と企業からの問い合わせには、全てマニュアルに従い広報部が対応中です」
「太陽系警察機構から通信が入っています。『勇気有る1市民の行動に驚愕と共に敬意を表する』との事」
「ダグラス刑事は手術成功後、CSSと太陽系警察機構が24時間体勢で護衛中です」
「整備部のエリザベスと客室乗務員のマーガレットの護衛は継続中」
 リンダはコンタクトレンズから詳しい報告を読み取り、スタッフ達を振り返る。
「皆頑張ってくれているのね。協力ありがとう。当分大変だろうけど宜しくお願いね。他には?」
「保留中でこちらで判断出来ない物のリストが作って有ります」
「全データを頂戴」
「はい」
 リンダの手にスタッフから数枚のメモリーシートが渡される。
『リンダ様、お時間が出来たら絶対にお元気な顔を見せてくださいね。でないと泣いちゃいます! ベス&マギー』
リンダはぷっと噴き出して次のメモリーシートをめくる。
『地球に帰って来るのを心から楽しみにしてるわ。 AJC連合』
 うっと声を詰まらせてリンダは見なかった事にした。
 これからもっと危ない事をする予定なのに友人達の脅しに屈する訳にいかない……というのは立て前で、愛する友人達が「連合」を名乗った時、どれだけ怖いかを長年の付き合いで知り尽くしていたからだ。
『許可を貰ったよ。J』
貰うなって言うより……許可を出すなよ。
 捨ててやろうかと思ったが、ジェイムズにはどれだけ感謝しても足りないくらいの恩が有るので黙ってポケットに放り込んだ。
『パパを助けてくれてありがとう』
……。
 リンダは知らず足を止める。
 署名は無い、無いがリンダには充分伝わった。
 憎まれ、恨まれて当然と思っていたのに逆に感謝されるとは思わなかった。
 温かい思いが胸に広がっていく。滲む視界を瞬きで誤魔化し、軽く頭を上げてリンダは歩く足を速めた。


 リンダが部屋に入って来た時、α・シリウスは不本意という顔で額に落ちてくる前髪を手櫛で梳いていた。
「どうしたの?」
「ここのスタッフから強引にシャワーを浴びせられた。サラと接触した事で俺の身体にも人体に有害な物質が付いていたそうだ。すぐに返却されたが下着まで取り上げられて洗浄された」
 耐えきれずにぶはっと吹き出したリンダを横目で睨む。
「あっはっは。宇宙服を脱がなきゃ良かったわね。人が痛いって言ってるのに離さなかったシリが悪いわ」
「うるさい。それよりマザーと至急連絡が取りたい。何とか出来ないか?」
 真面目な顔に戻ってリンダがα・シリウスの隣に腰掛ける。
「コンウェル財団のわたし専用回線なら太陽系警察機構の特殊暗号通信回線にも繋げられるわ」
 リンダはテーブルの端末を操作してパネルを開き、Ω・クレメントから渡されたIDプレートを1舐めしてコードを読み取らせる。
「外部からの接触はほぼ不可能。1分以内に摘出されたわたしのDNA鍵が無ければでしか読めないから安心して。シリのDNAコードは此処では隠しておいた方が良いわ」
 1度限りしか使えないパスワードを打ち込むとリンダはα・シリウスに「どうぞ」と言った。

 モニターに戦略コンピュータ・マザーのフォログラムが映し出される。
『あらあら。α・シリウス、とても可愛いわ。やっぱり前髪を下ろした方が年相応に見えてあなたに似合っているわね。変に大人ぶるのはやめなさいな』
 口元を両手で押さえ必死で笑いを堪えるリンダの頭を軽く叩いて、α・シリウスはマザーに向き直った。
「マザー、冗談を言っている時間は無い。俺達が地球を出た以降のそちらに入った情報が欲しい。それと早急に解析して貰いたい物が有る。サラ」
 リンダはポケットからダグラスから受け取ったわずか1ミリ四方足らずのチップを取り出し、データ通信パネルの上に乗せた。
 マザーは一瞬眉をひそめて頷くと『難しい暗号コードですが規則性が有る様です。少し時間をください』と言った。
『こちらの現状を報告します。α・シリウス、レディ・サラ、あなた達の行動に太陽系中の政府や各機関から問い合わせが殺到しています。苦情受付コンピュータとオペレータ達全員が悲鳴を上げていますよ。ケイン・コンウェル氏からも抗議が来ていますがこれはかまわないでしょう』
「わたしが帰るまで放置推奨って事で宜しく。パパもわたしがやっている事は承知しているけど経営者としての責任が有るからポーズを取っているだけよ」
『各機関の現状はデータで送ります。メモリーシートは用意してありますね?』
 α・シリウスが通信パネルを見て頷くと、マザーはにっこり笑って大容量のデータを送りつけた。
 げっという顔をする2人にマザーは当然という顔をする。
『すでに小型宇宙船を確保をしてあります。全ての準備が出来次第出立してください。そのデータ全てを移動中に頭に入れておきなさい。ある程度は各機関の行動予測が出来るでしょう。それとこれはわたくしとΩ・クレメントからの命令です。2人共今すぐに睡眠を取りなさい。このデータチップの解析が終わり次第、こちらから連絡を入れるのでこの回線は開いておく様に』
 2人が同時に嫌そうな顔を浮かべるとマザーはきっぱり言い切った。
『ケイン氏に要請してCSSスタッフに強制監禁させても良いんですよ。あなた達は当分寝る間も無いでしょう。休める時に休んでおきなさい。もう1度言いますがこれは「命令」です』

 一方的に切られた通信にリンダは認識票を裏襟に戻して溜息をついた。
 α・シリウスがメモリーシートに手を伸ばそうとしたので手の甲を叩く。
「独り占め厳禁」
 鋭い視線で言われ、リンダを休ませて先にデータをチェックしようとしていたα・シリウスは小さく溜息をついた。
「「命令」には従わなければならない。俺が此処で仮眠を摂りながら待機する。サラは何処かで休め」
「わたし専用回線よ。回線は開いてあるけどシリには使えない。という事で部屋を用意して貰うからシリが仮眠室に行ってよ」
「情報の独り占め厳禁と言わなかったか?」
「言ったわよ。それが何?」
「俺よりサラの方がはるかに疲労している上に負傷もしている。パートナーの俺はサラが健康回復するまでサポートをする義務と権利が有る。絶対に此処から出て行く気は無い」
 リンダは苦虫かかみつぶした様な顔になって端末を操作した。
「仕事の邪魔をして悪いけど簡易ベッドを2つここに運んで欲しいの。ああ、お願いだから何も聞かないで。パパにも内緒にしておいてね」
 通信を切るとリンダはα・シリウスに向かって怒鳴りつけた。
「このデリカシー欠如男! 少しは自分の言動が側からどう見えるのかを自覚しなさいよ!」

 不満を言いながらテーブルとソファーを挟んで強引に部屋に運び込まれた簡易ベッドを2つ並べる。
 怒りまくっていたリンダを心配したCSSの巡回スタッフがそっと部屋を覗いた時、2人はお互いに背を向けてぐっすりと眠っていた。


 ピアスが鳴り、目を覚ましたリンダがベッドから飛び起きてソファーに腰掛けると、ほぼ同時にα・シリウスも反対側からソファーに腰掛けた。
「おはよう。素早いわね」
 リンダは髪飾りを頭に巻き付け、α・シリウスは下がってくる前髪をかき上げた。
「おはよう。わずかな物音でも起きる様に訓練されている」
 IDプレートをパネルに置いてパスワードをリンダが打ち込むとマザーの映像が浮かび上がった。
『おはようございます。2人共よく眠りましたか? チップの解析が終わりました。これからの作戦行動を指示します』
 α・シリウスとリンダが遅れをとるまいと、同時に真新しいBLMSをデータパネルに貼り付ける。
『息の合ったパートナーで何よりです。冗談はさておき、あなた方が眠っていた4時間の間、わたくし達と各支部長、関係各国政府首脳、更に太陽系防衛機構が話し合いを続けました。わたくしとしても不本意ですが、それだけこの度のアンブレラI号での事件と持ち帰ったチップには重要性が有ったのです』
「わたし達を襲った組織が身に着けていた強化スーツは現在太陽系防衛機構で使われている物だったわ。身内に顔に泥を塗られた様なものだし、それでなくとも宇宙軍は各国の防衛軍と衝突しがちだからさぞかしもめたでしょうね」
 リンダの言葉を受けてα・シリウスも指摘する。
「アンブレラI、II号の運営は各国が予算を出して太陽系開発機構が取り仕切っている。本部と警備部を犯罪組織に掌握されていた事実を民間人のリンダ・コンウェルが太陽系中に公にした。何処が責任を取るかで国際問題になってるんだろう」
 マザーは2人の回答を聞いて母親の様ににっこり微笑んだ。
『協議の結果、わたくし達太陽警察機構と太陽系防衛機構は今回に限り、共同作戦をとる事になりました。面子に拘る頭の固い政府はうるさいだけなので蚊帳の外に追い出しましたわ。太陽系防衛機構はリンダ・コンウェル嬢に全面的に協力するそうです。あなたの戦いぶりを見て、何やら思惑が有る様ですね』
 ふんとリンダは馬鹿にした様に鼻を鳴らす。
「コンウェル財団は装備を宇宙軍に売る気は無いわよ。でも向こうが何を思うかは勝手よね。利用できるものはしようじゃないの。この事件、太陽系警察機構だけの手に負えないのでしょう?」
 あっさりと言い当てるリンダにマザーは頷いて同意した。
『あのチップには独特の暗号コードが組み込まれていました。A電荷の場合A’コードが、B電荷の際にB’コードがという具合にです。それは信号コードで……』
 リンダが身を乗り出してマザーの言葉を遮る。
「麻薬精製プラントの現在位置をチップを持った相手に知らせるのね」
『ええ、そのとおりです。よく解りましたね』
 マザーが素直に感心した声を出した。
「どうして解った?」
 α・シリウスが聞くとリンダがにっこり笑って答えた。
「マザーとシリがあれだけ捜査網を広げて多角的に活動していたにも拘わらず、太陽系警察機構の捜査は常に後手後手に回っていたわ。アンブレラI、II号に内通者が居て太陽系警察機構の動きを逐一知らせていたのだとしても無理が有る。それに未だにあの麻薬は普通に流通しているわ。だとしたら答えは1つ」
 そこまで言ってリンダはゆっくり言葉を続ける。
「一定軌道を周回するプラントや基地は全て廃棄して、常に不定期な軌道で時間軸をも移動するだけのパワーを持つ宇宙船をプラントに改造して残したのよ」
「そう考えれば筋は通るな」
 α・シリウスも納得すると、リンダは言葉を濁しながら呟いた。
「ただ、この方法は1つだけ問題が有るのよ。シリに見せて貰った映像の精製方法が使えないの。人体にとって毒になる濃度を持つ原料を常に注入され続け、まともな栄養を摂取出来ない子供達は0.5Gでも生きていけないわ。何か、わたし達の知らない方法で今も麻薬を作り続けているんだわ……」
 あの惨過ぎる映像を思い出したリンダが両手で顔を覆い俯くと、α・シリウスは黙ってリンダの髪を撫でた。

『リンダ・コンウェル嬢、ダグラス刑事はあなたに「行き先は地獄」と言ったそうですね』
 青い顔をしたリンダが曖昧に頷くとマザーは真剣な顔で問い掛けた。
『レディ・サラでは無く、リンダ・コンウェル嬢にお聞きします。わたくしはあなたはもう充分過ぎるくらいにやっていただけたと思っています。これ以上ご無理はさせたくありません。それでもあなたは行かれるのですか?』
「もちろん行くわ」
 即答したリンダにα・シリウスが声を掛ける。
「麻薬密造事件は元々俺の担当だ。リンダ・コンウェルが巻き込まれたアンブレラI号事件は今回の事でだいたい片づいた。新人のサラは此処で待っていても良いんだぞ。怪我もしているんだ」
 α・シリウスにしてみればリンダの心身を気遣ったからこそ出た言葉だったが完全に逆効果だった。
「冗談じゃ無いわ。パートナーは常に運命共同体なんでしょ? 新人だからって何よ。こんな怪我が何よ。シリだって新人の時が有ったでしょ。子供だと思って甘やかさないで!」
 頬を怒りで真っ赤に染めてリンダは言い切った。
「この事件はすでにリンダ・コンウェル個人の問題でも有るのよ。わたしが太陽系中に組織の存在を知らせ、武装した組織相手に戦い、わたしを信じてくれたダグラス刑事から直接チップを受け取ったのよ。彼の信頼を裏切るなんてとても出来ないわ。それにシリは大事な事を忘れていない? パートナーのわたしが一緒に行かずに誰がシリと行くって言うの!? お互いに1人で暴走させないって約束したじゃないの」
 真っ直ぐに自分を見て肩で息をするリンダに、α・シリウスは笑っているのか泣いているのか判らない複雑な顔になった。
「悪かった。パートナー・レディ・サラ」

 リンダの本気を受け取ったマザーはゆっくり手を上げてBLMSにデータを転送した。
『お行きなさい。α・シリウス、レディ・サラ。このコードが示すポイントがあなた達の行き先です』


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