Rowdy Lady シリーズ 1 『Lady Salamander』

14.

「何て派手な合図なんだ。とにかく行くぞ!」
 マーガレットとエリザベスを陰から護衛していた刑事達が数名を除き一斉に動き出した。
 アンブレラII号でも数十秒のタイムラグ後に数十人の刑事が管制室に向かう。
「リンダ、学校を抜け出したと思ったらやってくれたわね。そっちがそう動くならこっちも好きにやるわよ」
 アンは独自のネットワーク網を駆使して連絡が取れる全員に緊急メールを送った。
 キャサリンはモニターから目を離さずに父親に向かって大声を上げる。
「パパ、もう止めないわ。これは絶対民間人の手に余る事件になるわ。その代わりにお願い。絶対にリンダを守って!」
「お祖父様! お父様!」
 ジェニファーが走ってリビングに飛び込むと、ジェニファーの父は笑って立ち上がり、「行ってくる」とジェニファーの髪を撫で、祖父も「すでに手は回してある」とジェニファーに落ち着く様に言った。
「あははっ。なんて素敵なんだ。本気で惚れちゃいそうだよ、リンダ。ああニーナ、もちろん君の事は1番愛しているよ」
 ジェイムズは腹を抱えてひとしきり笑うと、密接に繋がっている太陽系防衛機構の幹部に連絡を取った。
「リンダ様!」
「お嬢様、何て無茶を!」
 モニターを見ていたエリザベスとマーガレットが同時に寮を飛び出して警備部に走り出そうとすると、CSSの社員達が2人を取り囲んだ。
 武器をかまえた女性職員が2人に声を掛ける。
「会長から2人の護衛をと命令されている。あなた達は事件が解決するまでわたし達が守る。それとお嬢様から2人に伝言を預かっている。「何が有ってもわたしを信じて」だそうよ」
「リンダ様ぁ」
 エリザベスは心配と緊張のあまり、マーガレットの肩に頭を預けて泣き出した。

「うーん、可愛いリンダが映って無いのが残念だけど仕方無いね。さて、被害額はどれくらいになるかな?」
 サムが面白そうにモニターを眺める。
「さっき調査結果が来たが、かなりの数の企業がリンダのスポンサーに名乗りを挙げている。これを機会に会社に不利益を与えてきた馬鹿を探し出す気らしい」
 ケインがモニターから目を離さずにメモリーシートをサムに渡した。
「おやおや。たかだか1女子大生のレポートにここまでするかな。リンダが派手に動くはずだよ。大人の「我が儘」に完全に切れちゃってるねぇ」
「あの馬鹿娘は好きにやらしておいた方が根っからの貧乏性が幸いして損害額が少なくて済むんだが……」
「君が頑張ってお金の大切さを教えてきたのにね。リンダは頭が良い。これだけの予算を貰っちゃったら遠慮無く全部使いきっちゃうよ」
 溜息をつくケインの肩をサムは「まあまあ」と言って軽く叩いた。


 リンダは「こんな物が有ったらうっかり飲んじゃいそう」と言ってテーブルを蹴り倒す。
 テーブルの上に有った薬物入りのコーヒーやミルクが部屋中に散乱した。
「この飲み物に致死量の毒物は検知できなかったわ。睡眠薬か麻薬ね。わたし達を生け捕りにしようと思っていたの?」
「知らん」
「ところが証拠品を持っていると知って安心して殺そうとしたと?」
「知らん!」
「ちょっと、おっさん。いくらわたしでも本気で怒るわよ」
 α・シリウスはリンダの不機嫌な声を聞いて慌ててメモリーシートに殴り書きをしてダグラスに見せた。
『これ以上怪我を増やしたく無かったらこいつに逆らうな。相手は人の姿をしているが猛獣どころか恐竜だぞ!』
 リンダは視線はダグラスから離さずにα・シリウスの手からハードメモリーシートを取り上げて読むと怒りで肩を震わせ、0.5ミリの厚さでカーボンよりも丈夫と言われるシートを指先2本でへし折り、粉々に握りつぶした。
『シリ、放送が終わったら覚えてらっしゃい!』
 ダグラスはどういう仕掛けなのかリンダの馬鹿力を目の当たりにして真っ青な顔で身震いした。
「あ。大丈夫、大丈夫。理性が切れない限りは生き物相手にこれやらないから」
 リンダは苦笑して無い無いと手を振ったが、あれほど怖い物を直に見せられて凡人が平気でいられる訳が無い。
「殺そうとしたのは悪かった。命令だったんだ。逆らえば俺が殺されていた!」
 そこまで一気に言ってダグラスはしまったと言う顔をした。
「命令ねぇ。誰に?」
「言えない。殺される」
 リンダは「仕方無いわね」と言ってこの2日間の間に集まったデータを持参した端末から表示させた。
「これはわたしが1ヶ月半前にアンブレラに寄った時の記録よ。あ、安心して。ちゃんと許可を取って正式に貰ったデータだから」

 モニターにはアンブレラI号に滞在していた人の総数と出立した総数が表示される。
「あなたが言ったとおり、このデータではわたしを襲った15人はアンブレラI号に滞在していない事になっているわ。この15人は何処からやって来たのかしら? チェックの厳しい月や惑星ゲートを通れるはずが無いわね。じゃあ、企業プラントや小惑星経由ならどうかしら? どういうルートであれ正規のルートを通っていたら何処かのゲートでチェックは必ず受けるはず。ねえダグラス刑事、何処にも出入りの記録が無いって事はね、権限を持つ複数の誰かが極秘に出立許可を出して、極秘で受け入れ許可を出しているって事よ。単純な足し引き算だもの。小さな子供でも判る事だわ」
 真っ赤を通り越してどす黒い顔になっていくダグラスに、リンダは意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
「ちょっと別のデータを見てみましょう。わずか6時間だけど、メンテナンス・ドックで異常にエネルギー消費量が少ない時間帯が有るの。これってわたしが忘れ物を取りに行った時間帯が被っているのよ」
 モニターに更に別データが追加されて映し出される。
「ほら、この時間帯のドック使用率は年間平均とほぼ同じの70パーセント。でもエネルギー消費量はなぜか25パーセントよ。どうしてかしらね?」
 にっこり笑うリンダにダグラスは一体この娘は何がしたいのかと視線を向けた。
「同時間帯のメンテナンス・ドックの酸素消費量は15パーセント、つまりほとんど無人に近かったのよ。わたしが乗って来た火星からの連絡艇のメンテナンスは行われていたのに、他の宇宙船全てがロボットによる外装点検中かメンテナンス休憩時間だったなんて偶然が有るのかしら。アンブレラI号は地球と宇宙を繋ぐ重要な拠点よ。スタッフが揃っているのに、わたしが経営者なら絶対にこんな稼働率にしておかないわ」
 淡々とデータを読み上げるリンダにダグラスは思わず声を上げる。
「……何が言いたいんだ?」
「データを見ていてこの時間帯は、誰にも見つからない為に無人になる様にと誰かが仕組んだんじゃないのかなって思ったの。もしかしたらわたしが忘れ物をしたのでかなり焦った人が居たんじゃないの? あの日の火星発アンブレラI号の船からフロリダ宙港行きスペースプレーンへの乗り換え時間は4時間だったわ。特別故障が見つからない限り通常の外部チェックだけなら充分終わるわね。VIPラウンジで待たされた1時間は退屈だったわ。5時間の間に内部メンテナンスドックで何が有ったのかしら? あの15人が不正に侵入して誰かを追っていたんじゃないの? 例えばわたしがVIPラウンジで偶然会った青年とかね……」
 口元に笑みを浮かべたままリンダの目だけは笑っていない。
「まだまだ有るわよ。このデータを見て。アンブレラI号でここ5年間使用された燃料や物資の数値が細かく調べていくと実数値と合わないのよ。これはどういう事なのかしらね」
 何かを言いたげなα・シリウスの気配を感じて『お願い。後少しだけ我慢して』と伝えた。
「さて、太陽系中のこの映像を見ている皆さん、これから先はわたしの単位が掛かっているので今はまだ内緒です。また地球でお会いしましょう。以上、リンダ・コンウェルがアンブレラI号からお送りしました!」


 リンダが指を鳴らすと同時にネットワークが切断された。
「い……今のを全部放送していたのか?」
 ダグラス刑事が真っ青になって問い掛けると、リンダはにっこり笑って「太陽系中にね」と応じた。
 α・シリウスはゴーグルから映像が消えると同時に立ち上がり、糸に触れない様気を付けながらリンダの頭を思いっきり叩いた。
「この馬鹿娘! 俺が付いて居るのに1人で勝手に暴走するな!」
「暴走していないわよ。警察内部に手引きした奴が居るって思ってたから、たとえα級刑事でもぎりぎりまでネタバレ出来なかったのよ」
『マイ・ハニー、聞こえて無いの? 落ち着いてよ』
「俺を信用していないのか?」
『信じてるわよ。刑事のシリを表舞台に出せないって何度も言わせないで。わたしだけを囮にするって始めから決めていたじゃない。シリに話したら絶対止めるでしょう?』
 ピアスを使ってリンダが語り掛けているにも拘わらず、α・シリウスは怒鳴り声を上げた。
「当たり前だ!」
「訳の分からない事をでかい声でわめくな。コンピュータの犬めが!」
 暗に太陽系警察機構戦略コンピュータ・マザーの事だと言われ、α・シリウスがダグラスに向けて数本セラミックナイフを構える。
 それに気付いたリンダが瞬時に更に多くの糸を部屋中に張り巡らし、全員の動きを完全に拘束する。
「動かないで。触ると本当に怪我どころか死ぬわよ。α・シリウス刑事、頭を冷やして部屋の外部を視て。多分囲まれているわ。救助が来るまで何としても保たせないと全員殺されるわ。ダグラス刑事、あなたも大事な証人よ。わたしが側に居てむざむざ殺させないわ。『奇跡のリンダ』を信じなさい」
 不可視ゴーグルを駆使してα・シリウスが答える。
「リンダ・コンウェル嬢、全方位を確認した。ドアの前に25、6人は居る。武装から敵対行動を取ると思われる。ご丁寧にこのブロックの隔壁は全て下ろされて完全な密室だ」
「ありがとう。逆に言えばちょっとやそっと暴れても他には被害が及ばないって事ね」
 リンダは一旦部屋部屋中のホイスカーを回収すると、部屋を内側から取り囲む様に織り変え入り口も閉鎖した。
「来るのはドアばかりとは限らないけど、暴走した馬鹿が隔壁に穴を空けるかもしれないわ」
「本気で俺も守る気でいるのか?」
 脂汗をかきながらダグラス刑事が絞り出す様に言うとリンダは、もう1度痛み止めのアンプルを打って「当然よ」と答えた。

『マイ・ハニー、怒鳴って悪かった。この糸の正体は何だ?』
『あら、ずいぶん上手くなったわね。凄い、凄い』
『はぐらかすな。こっちはかなり苦労してやってるんだ』
 リンダのすぐ側に立って渋面を浮かべるα・シリウスは、両手に手袋をはめて装備を点検する。
『ホイスカー、素材はダイヤモンド単結晶体よ。20世紀末にカーボンナノチューブが開発されるまで、軌道エレベータの材料として最有力候補に上がっていたわ。自重に耐えられないから結局使われなかったのだけど使い道は色々有るわ。これは先端にとても重い分子を混ぜて有るのよ』
『これが噂の全てを切り裂くこの世で1番美しい武器か』
『武器? 冗談でしょ。宇宙空間や高所作業者の安全を守る大切な命綱よ。変形は自由自在。そうそうの負荷では壊れないわ』
 数百年間美しさで人々を魅了し続けたダイヤモンドは、現在では宇宙プラントの中で自由な形に成形され、宝飾品としての価値より、工業用素材として重宝されている。
「アルミを溶かす武器くらいじゃこれは壊せないけど……」
 リンダの言葉をα・シリウスが受ける。
「手っ取り早く全員を殺す気なら粒子砲でこの部屋内部だけを蒸し焼きにするだろう」
「時間さえ稼げばわたし達が殺される前に全員逮捕させられるわ。アンブレラI号の管制室にすでにうちのスタッフが入り込んでいるの。こちらから連絡さえ入れればすぐに対処してくれるわ。もちろん合法よ。わたしのレポートに興味を持ってスポンサーになった会社にここのシステム管理会社も有るのよね」
『これも今更のネタバレ。もう怒っちゃ嫌よ』
 ぺろりと舌を出すリンダにα・シリウスが呆れて額に手を当てる。
「とんでも無いお嬢さんだ」


 リンダはバッグから冷却剤を出して、ダグラスの額に当てた。
「傷口の壊死はまだ無いわ。組織を再生させれば元通りに腕も動くわ。丈夫な身体で良かったわね。失血によるショック症状が怖いから辛いでしょうけど眠らないで」
 ダグラスはリンダの真摯な顔を見て「これが『奇跡のリンダ』の力なのか……」と呟いた。
「そうよ。わたしを信じて。居眠り防止に話を続けましょう。このまま組織を放っておいたら確実にあなたは殺されるわ。正直に答えて欲しいの」
「リンダ・コンウェル嬢の言うとおりだ。お前は失敗した。このまま俺達と一緒に始末されるか、逮捕されても病院や刑務所で暗殺される。協力すれば太陽系警察機構がお前を大切な証人として保護を約束する」
「この娘も組織の存在を知っていたのか?」
 ダグラスが舌打ちするとリンダは肩を竦めて頷いた。
「わたしのBLMSのデータを出しましょうか? あいつらはわたしに言ったわ。「あの男が組織から盗んだ情報」ってね。「あの男」っていうのがα・シリウス刑事だという事までは教えて貰ったわ。どうしても気になっていたの。組織って何?」
 息を詰まらせたダグラスの顔色が急激に変わり、リンダがダグラスの身体をソファーに横たえる。
「言ったら殺される」
「このままでもお前は確実に死ぬぞ」
 α・シリウスの冷たい言葉にダグラス刑事はぎゅっと両目を閉じた。
「妻と息子……家族を組織に人質に取られている」
 リンダは「待って」とダグラスを止めて端末を操作する。
「リンダより緊急通信。動けるメンバー全員でダグラス刑事の家族の保護をして。必ず守るのよ」
 通信を切ってリンダがダグラスを本気で怒鳴りつける。
「馬鹿! もっと早く言ってよ。今からじゃ手遅れの可能性が高いわ。始めからそう言ってくれたら最優先でご家族の保護を頼んでいたわ! ご家族が大事なら何で犯罪組織なんかに関わったのよ」
 ダグラスは小さく息をしながら苦笑した。
「金が必要だった。指示された時間帯に少しだけ防犯カメラをいじれば組織からかなりの金が貰えた。……息子を地球の安全な地域で育てたかった。USA生まれで生粋のお嬢様には解らないだろうが、俺の祖国は未だに内乱が絶えない。USAには何ヶ所も有る宙港も貧しい俺の祖国には1つも無い」
 苦しそうに話すダグラスの額の汗をリンダが丁寧に拭き取る。
「20世紀末から100年以上も掛けて人類は環境問題と食料問題を克服していったわ。だけど23世紀になった今でも地球上や宇宙でも争いは絶えない。人が自分の信念を曲げられなかったから。どの国も民族も宗教も1つになろうとしないわね。それは良いのよ。人は相手の価値観を認めて解り合えるはずなのに戦争で大切な命を亡くし続けるなんてとても残念だわ」
「ふん。恵まれた環境で生きてきたお嬢様に何が解る。教科書どおりの答えしか持っていないくせに偉そうに話すな。俺の祖国が安全な食料を得ようと思ったら、巨大プラントの環境整備だけで気候の恵まれた国の倍は金が掛かる。貧しさが犯罪率を上げ、政情は常に不安定で暴動が起こっている。この世の中に平等なんて無い。俺達は祖国を捨てなければ安全すら買えなかった。俺は運良く刑事になれたから恵まれている方だ。お前達は行き場の無い俺達みたいな難民を外宇宙に放り出して自分達は安全な地球で何もせずに儲けている。現に国家間の貧富の差は年々広がる一方だ」
 一気に話した為に血痰を吐いたダグラスに、リンダは黙って血を拭い、抗生剤を飲ませた。
「何度もそういう人達から命を狙われたわ。「金に取り憑かれた悪魔の子」と罵られて銃を向けられたわ。だからわたしはあなたみたいな境遇の人達を憎めない」
「お前らがやっている事を考えれば当然だ」
 ダグラスが吐き出す様にリンダを睨め付ける。
「ところが不思議とうちの社員から銃を向けられた事は無いのよね」
「そんな事をすれば警察に掴まって一家が路頭に迷うからだ」
 怒りで充血したダグラスの目をリンダは真っ直ぐに見返した。
「あなたの言うとおりコンウェル財団は難民を積極的に受け入れて、外洋での仕事に送り出しているわ。なぜなら地球から離れれば離れただけその人には地球に居る人の数倍ものお給料が出せるからよ。ご家族は希望する地区や惑星に住居を構えているわ。うちの社員には何年も外洋で働き、大金を貯めて祖国に帰って行った人達が大勢居るわ。その人達が納める税金が、プラント製造や環境整備、教育施設に回されているそうよ」
 ダグラスが大きく目を見張り、黙ってリンダを見上げる。
「父のケイン・コンウェルはいつも言っているわ。ボランティアという名目でただで大金を手にしたら人はお金を無駄に使う。だけど仕事を与えて、自分で稼いだお金は誰でも大切に使うって。時間も掛かるし少しずつだけど自分の祖国を変えようと何十年も前から宇宙で頑張っている人達が大勢居るわ。だからこそわたしはあなたがあんなに惨い犯罪に手を貸してしまった事が悲しいの。ダグラス刑事、お願いだから協力してくれない?」
 淡々と話すリンダの言葉からα・シリウスはケインの教育方針とリンダの境遇を理解したが、今は口にするべきでは無いと判断した。頭を一振りして切り替え低い声で言った。
「ダグラス、お前が民間人に銃を向けた映像は太陽系中に流れた。お前の家族はお前が裏でやっている事を知らなかったんだろう? 子供を守りたいだと? お前がやった事を見た子供の心は確実に傷付くぞ。難民申請を出し、刑事の給料だけでも贅沢さえしなければ安全な地域に移住出来たはずだ。詭弁を弄しているのはお前の方だ。リンダ・コンウェルに協力しろ。あの時俺が命を狙われていたのもどうせ知っていたんだろう。奴らの手引きをしたのはお前か?」
 大きく息を飲んでダグラスは1度α・シリウスに視線を向け、今にも泣きそうな顔をリンダに向けた。
「ごめんなさい。あなたに大切なご家族が居る事を想像しなかったのはわたしのミスだわ。恨まれても仕方無いわね」

 端末のライトが激しく点滅しているのが視線を落としたリンダの目に入った。
「ちょっと待って!」
 リンダは急いで端末を操作して回線を開く。
「リンダよ。何が有ったの? ……え? え? えー。マジぃ? 本当なのね? 後で間違いなんていったら怒るわよ。 ……そう、ありがとう。感謝しているわ」
 リンダの豹変にα・シリウスとダグラスは唖然とする。
「ダグラス刑事、あなたの奥さんとお子さんは無事に軍の特殊部隊に保護されたわ。かすり傷を負ってるけど大した事は無いそうよ」
「軍の特殊部隊? 国防省がまだ動いていたのか?」
 驚いたα・シリウスがリンダを問い詰めると、リンダが笑顔で両手を握り返した。
「ああ、シリ。持つべきものは友達って本当ね。ダグラス刑事の映像が流れると同時にアンが身元を調べてくれて、ジェニファーとキャッシーがお父様に働きかけてくれたの。うちのスタッフが行った時にはとっくにご家族を襲った組織は全滅させられていたって。何はともあれ間に合ったのよ」
 リンダが満面の笑顔でダグラスの手も握った。
「後はあなたを無事に地球に帰さなきゃね。犯した罪は大きいけど、被害者のわたしが減刑嘆願書を何通でも書くわ。裁判で証言もするわよ「あなたは脅されていただけだ」って。ご家族と再会する為にも生きる事を諦めちゃ駄目よ」


 ピアスの警笛聞いてリンダはドアを振り返り、ソファー内に収納されていた簡易宇宙服を出した。
「時間切れ。シリ、これを着てダグラス刑事を守って」
 ピアスを通して大きな雑音を聞いたα・シリウスが片耳を押さえながらリンダの腕を掴む。
「何をする気だ?」
「あのドアもうすぐ焼き切れるわ。穴を空けた馬鹿が出たって事よ。ホイスカーで覆われていない場所が崩れてきている。わたしが出るわ」
「止めろ!」
「わたしが1番適任なのよ」
 リンダはα・シリウスの手を振り切って、防護膜の外に出る。
 すぐに閉じられたホイスカーの細かい網に覆われたα・シリウスは、追いかける事も出来ずに舌打ちをした。
『サラ! この馬鹿娘。帰って来い』
『奴らを武装放棄させたら帰るわよ。余裕が無いからダグラス刑事と自分の身は自分で守って。ちゃんと宇宙服を着るのよ!』
 リンダは踵を3回鳴らし、『大いなる一歩(対6Gモード)』で飛び出した。

 あと僅かでドアが破れると思っていた男達はいきなり内側から鋼鉄製のドアを蹴破られ、少女が中から現れたのに驚愕した。
「リンダ・コンウェルだ。殺せ!」
 どこからか声が聞こえる。
「うるさい! そんな台詞聞き飽きてるのよ!」
 リンダは自分が壊したドアごと2人の男達を踏みつけ、取り囲んでいる男達に突進して行った。
 髪飾りを外し3メートル程の昆に変え、棒高跳びの様に一気に跳躍して武装した男達を飛び越えて後ろ側に回り込む。
 男達が強化スーツと小形粒子砲で武装しているので電磁鞭では敵わない。
「宇宙空間で1番やっちゃいけない事を平気でする馬鹿にはそれなりに対処するわよ! アンブレラに穴を空けて「ごめんなさい」じゃ済まないんだから!」
「迷うな。撃て!」リーダーらしき男が怯む男達に檄を飛ばす。
「このボケ!!」
 多方面から撃たれる粒子砲の熱がリンダを覆う防御フィールドと拮抗する。
 リンダは左手で昆を持ったまま地を蹴って、1番近い男の腹部に蹴りを入れる。蹴られた男は一瞬よろめいたがすぐに体勢を整えた。

レベル6、厄介だわ。
 リンダは舌打ちして昆を髪飾りに戻し、手首に取り付けたホイスカーを手袋をはめた両手で握りしめる。
 一旦クロスさせた両手を素早く広げ、極細のホイスカーが風を切って粒子砲だけに巻き付いて一気に切り裂いた。
 驚いた男達が粒子砲を投げ出して走り逃げる。
 暴発する前に男達の足下に滑り込んだリンダが、壊れた粒子砲のエネルギーパックを自分の身体で覆う。
 凄まじい爆音に全てを見ていたα・シリウスの叫び声がかき消され、リンダの全身が炎に包まれる。
 巻き込みを怖れた男達は遠巻きに振り返り、リーダーがほっとして呟いた。
「自爆したのか? 馬鹿な女だ」
 閉じられた隔壁中の空気が急激に全て吸引され、その代わりに窒素で満たされる。
 生存者には残酷だが熱膨張直後の減圧が最も恐ろしい気密された宇宙構造物内ではこれが1番早く安全な消火法だ。


痛いじゃないの! マジ切れた。倍にして返す! と言うか、

絶対、全員ぶっ倒す!

 まだ熱で昇る陽炎の中で立ち上がったリンダは怒りで瞳を輝かせた。
『お願い。シリ、助けて! 管制室のスタッフにこの隔壁内の空気を戻してって伝えて。フィールド内に残った空気じゃ酸素が5分も持たない』
『サラ、生きて……分かった!』
 ダグラスとα・シリウスは部屋有った簡易宇宙服を着ていたので助かった。
 部屋に有った宇宙服は2着だけで、リンダはそれに気付いていたからこそ自分が外に出たのだ。
 安堵したのもつかの間、α・シリウスは怒髪天の思いだったが、管制室に居るCSSのスタッフ達に急いで連絡を取った。
 リンダは炎が消えた直後に薄型の酸素シートで口を覆っていた。フルパワーで動き続ければ酸素はすぐに消費される。
 粒子砲は全て破壊したが、レベル6クラスの強化スーツを着た敵が26人、パワーは対6Gモードの自分よりも強い。手加減をする余裕は全く無かった。
「目覚めが悪いから死なないでよ!」
 両手首で円を描き、全ての指に絡めたホイスカーを縦横無尽に振り回す。
 合金製の強化スーツの間接部分が紙切れの様に薄く削ぎ落とされていくのを見て、悲鳴を上げた男達が穴が空かない様に保護シートを取りだした。
 その隙をリンダは見逃さない。
『フィールド・ノーマル継続。コード、大いなる1歩(対6Gモード)時間制限無3分』
 リンダのコンタクトレンズにスーツのエネルギー残量が表示される。
 3分はここまで無茶をしてきたリンダのスーツが機能を保持できるぎりぎりの時間だった。

 髪飾りを外して2メートル程の昆に変え、走りながらホイスカーで数人の足を拘束して引き倒す。
 正面に居た男の顔を昆で鋭く突いて衝撃を与えて飛び上がり、その隣に立つ男の首に両足を掛けて全身をひねって強引にねじ伏せる。
 足に絡み付いた糸を何とか引き千切ろうとする男達に「レベル6程度のパワーでそれを切れると思うな!」と大声を上げてリンダは昆を振り回し、ホイスカーに拘束されている全員の頭部を叩いていく。
 レベル6の強化スーツはリンダの装備のパワーを持ってしてもそうそう破壊出来ない。
 リンダは1G近く有る重力と甲殻が丈夫なのを幸いと、遠慮無く全力で男達の頭部だけを狙って蹴り付けた。
 強化スーツの中で激しく脳を揺さぶられた男達は脳震盪を起こして倒れていく。
 パワーで押さえ込もうとした男は、逆に細く身の軽いリンダに回り込まれ背中に乗られて脳天を昆で殴りつけられた。
 残った数人の男達がリンダのパワーに怖れをなして逃げて出していく。
「逃げるな。馬鹿者!」
 リーダーらしき男がわめき、リンダはホイスカーを回収してその男だけに狙いを付けて駆け出した。
 強化スーツの警告を受けて振り返った男が覚えているのは、高く宙を舞うリンダの両足が自分めがけて振り下ろされる瞬間だけだった。

「まだやるかぁ!?」
 倒したリーダ格の男の背に足を乗せ、リンダは竜の咆哮を上げた。
 コンタクトレンズとピアスから生命維持時間残り29秒の警告が発せられる。
 戦意を喪失した男達が両手を上げようとした時、リンダの耳にα・シリウスの声が響いた。
『サラ、衝撃に備えろ!』
 何の? と聞く間も無く閉じられていたはずの隔壁が開き、同時に高圧の酸素の風がリンダや男達の身体を吹き飛ばす。
 α・シリウスの連絡を受けたCSSが何重にも暗号ロックされた隔壁を全て解除し、何が有ってもリンダを救おうとアンブレラI号のメンテナンス・スタッフ達が巨大な酸素チューブを持って待ち構えていた。
 常温に触れた個体化酸素が一気に気化し、部屋中を空気の壁が走り抜けたのだ。

『いたたたっ。シリ、ちょっとやり過ぎよ!』
 風圧で壁に叩き付けられたリンダが咳き込みながらよろよろと立ち上がる。
『サラが言うな!』
 酸素チューブを閉じて、数十人の強化スーツに身を包んだ人間達が乱入してきた。
 侵入者達は倒れている男達を拘束して部屋の外に連行していく。
 その内の1人がヘルメットを外してリンダに敬礼した。
「リンダ・コンウェルさんですね? 太陽系防衛機構第1支部第3師団のフェイ少佐です。アンブレラI号の司令部及び管制室の制圧作戦は成功しました。第2支部がアンブレラII号から違法に出立した宇宙船を捕獲しています」
「助けていただきありがとうございます」
 大きく目を見開いたリンダは何と言って良いのかとっさに思いつかず、取り合えず礼を言った。
「それと」
 フェイ少佐は少しだけおかしそうな顔をして小声で告げた。
「「J」から伝言です。「お茶1杯じゃ割に合わないよ。やっぱりデートしよう」……だそうです。失礼します」
「あっ」と声を上げるリンダに再び敬礼をして、フェイ少佐は部下を連れて足早に立ち去っていく。
ジェイムズ……命を助けて貰った事は感謝するけど懲りなさいよ。

 リンダが額に手て当てて呻ると背後からα・シリウスの怒号が響いた。
『いい加減にこの物騒な物を回収しろ!』


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