Rowdy Lady シリーズ 1 『Lady Salamander』

13.

 リンダが休み時間を利用して大量のメールチェックをしていると、ジェイムズからも届いていた。
『素晴らしく早い決断力だ。全く君には驚かせられてばかりだよ。「あっち」の方は僕が手を回しておくから好きにすると良いよ。その代わりと言っちゃなんだけど、デートまでとは言わないから今度ゆっくりお茶でもしないかい?』
 くすりと笑うとジェイムズにメールを返す。
『本当に感謝しているわ。お茶だけならいつでもOKよ。ただし、ニーナにはちゃんと話しておいてね。馬に蹴られたくないから』
 膨大なメールの中からコンウェル財団専用の緊急暗号通信を見つけ、リンダの手が止まった。
 眼球だけを動かして周囲に人が居ない事を確認し、素早くパスワードを打ち込むとメールを開く。


 私用で業務専用緊急通信を使い、申し訳有りません。
 これを使わずにどこにも知られずにメールを送る事ができませんでした。
 それほどアンブレラI号の監視体制は現在強まっています。
 ベスから話は聞きました。
 お嬢様はすでにご存じと思いますが彼女とわたしは仲の良い友人なのです。
 お嬢様、考え直してください。
 アンブレラI号は危険です。
 詳しくはわたしも知りません。
 ですが、前々からかなり金に纏わる血生臭い噂を耳にしています。
 このままではお嬢様の身が危険です。
 いいえ、もしかしたらすでにお嬢様の周囲に手が伸びているかもしれません。
 どうかこの件から手を引いてください。
 マーガレット


マギー、いくら暗号通信だからって何て危険な真似を! これがばれたらあなたの身が危ないのに。
 リンダはメールを再び暗号化すると小さく舌打ちをした。
『シリ、聞いてる?』
『サラの怒号と舌打ちまで聞いている。頼むからオンモード中はもう少し俺の事を考えて発言してくれ』
『それどころじゃ無かったのよ。解析はどれくらい進んでいるの?』
『今朝サラがアンから受け取ったニュースは全部マザーに回した。俺もいくつか見逃せない情報を見つけている』
『わたしもよ』
 昨夜マン・ツ・ーマンで練習を続け、リンダ程では無くてもぐぐもった声とかすかに唇を動かすだけで鮮明な声が伝えられる程度にα・シリウスも成長している。
 リンダの押し殺した様な声にα・シリウスが少しだけ口調を強めた。
『サラはできるだけ秘密裏に事を進めたいんだろうが、この事件は太陽系警察機構だけじゃ済ませられないぞ』
『どこの機関だろうとこちらの邪魔にならない様に勝手に動く分には放置よ。情報戦と心理戦をやっている場合じゃ無くなったわ。わたしがこうしている間にも証人が殺される可能性が高いの。今すぐにマザーに照会して。アンブレラI号でわたしを襲った犯人達は今何処に居るの?』
 数秒の時間を空けてα・シリウスから連絡が入る。
『昨夜、地球で裁判を受けさせる為に仮入所させていた月支部からアンブレラI号に護送中に連絡を絶っている。くそっ! やられた』
 そこまで聞いたところでリンダは荷物を纏めて立ち上がる。
『シリ、今すぐ合流するわ』
 午後の予定はテーマを絞らない自由参加のディスカッション、いつどんな話題を振られても発言できる様にとビジネスコースの講習だ。
 サボると決めたリンダは校舎を飛び出して行った。


 α・シリウスと合流したリンダは途中でコンウェル家に寄り、USA支部に向かう車の中でこれまで届いた全てのメールに目を通し、凄まじいスピードで様々な申請書類を作成して、各方面に送信しする準備を済ませた。
「シリ、覚悟は出来てる? いくら長官命令でもこのままわたしと行動を共にしたらあなたも殺されるかもしれないわ」
「パートナーは常に運命共同体だと言っただろう。サラが行く所なら何処にでも付き合う。それと、奴らから命を狙われているのは俺も同じだから気にするな。サラはこれが初仕事だ。思う存分やれば良い。フォローは俺がする」
「わー。ストーカーだ。警察さん、此処に変態が居ますよー」
「馬鹿ったれ。そういうふざけた事をいうのはこの口か?」
 わざとくだけた口調で軽口を叩くリンダの頬をα・シリウスは軽く引っ張った。
「シリ、ありがとう」
 真面目な顔に戻ったリンダは微笑して送信ボタンを押した。

 リンダからの緊急通信を受け取ったΩ・クレメントとマザーが捜査許可証を作成して待ちかまえていた。
「レディ・サラ、あの15人は間違いなく宇宙で消されている。それでも行くのか?」
 Ω・クレメントが最終確認だとリンダに問い掛ける。
「行きます。わたし達の動きに組織側は焦っています。わたしが行かなければ次に誰が殺されるか判りません」
「俺が絶対にサラの側から離れません」
 α・シリウスが第1級の重装備で身を包みリンダの背後に立つ。
『各支部にはすでに連絡がついています。3時間の内には全ての準備が整う手筈です。レディ・サラの合図が有れば作戦が実行されます』
 マザーがリンダに視線を向けて軽く膝を折った。
『レディ・サラ。いいえ、リンダ・コンウェル嬢、絶対に無事にお戻りくださいね。α・シリウス、あなたもですよ』
「ありがとう。マザー」
 リンダはα・シリウスと共に捜査許可証を受け取ると、急いでUSA支部を後にした。


 1番速いリニアシャトルを使ってフロリダ宙港に向かう。
 今のリンダ達の身分は犯罪心理学を学ぶ学生と事件被害者の護衛として同行する担当捜査官だ。
 α・シリウスが壁に寄り添いながら小声で話し掛ける。
「マイ・ハニー、必要な情報は全部頭に叩き込んで有るな?」
『当然だわ。あれだけ大勢の人がわたしだけの為に集めてくれた大切な情報よ。こうしている今もわたし宛てにメールやメッセージが届いているわ』
「怒りにまかせて暴走するな」
『これ以上好きにされたら自信が無いわね。わたしが暴走した時はシリが止めて』
「この事件に限り俺も自信が無い。何せ暴走した前例が有るからな。俺が切れたら迷わず殴って良いぞ」
「……」
「……」
 高速で走るシャトルの中で突然大爆笑を始めたカップルを、一体何事かと周囲の人々は遠巻きに見つめた。


 スペースプレーンの乗客の中にリンダの姿を見つけたマーガレットは、止める事が出来なかったと目を伏せる。
 リンダはマーガレットの勤務を調べた上で、あえてこの船を予約した。
 自分が居るかぎりマーガレットが宇宙で消される事は無いと確信したからこその大胆な行動だった。
 飲み物のサービスを受けた時にリンダは微かにマーガレットの指先に触れる。
 マーガレットは別の容器を手にするわずかの間に指先に残されたメッセージを読み取とった。
『ありがとう。わたしを信じて』
 瞬きする間に消えてしまったメッセージにマーガレットは安堵を覚えた。
 今噂になっている『奇跡のリンダの証人』に自分もなれるかもしれない。
 これほど水面下で大騒ぎになっているにも拘わらず、これまで数々の奇跡を起こしてきた少女を無条件で信じてみようと思えるから不思議だった。

『マイ・ハニー、そのまま黙って聞いて』
 隣の席でニュースを読んでいたα・シリウスが小さく頷く。
『アンブレラI号に着いたらまずベスに会いに行くわ。面会予約を取って有るの。これだけ堂々と動いているからわたし達の動きはとっくに組織に掴まれているはずよ。一般民間人の切り離しに入るわ。マギーにはさっき印を付けたから、何かが有ればすぐにうちのシークレット・サービスが動くわ。だけどベスは運悪くあの時にメンテナンスドックに居たの。襲われた時は宇宙船の中に居たけどアンブレラI号内でわたしとの接触はベスが1番多いの。こうしている間にもベスに危険が及ぶ様なら……』
 α・シリウスが欠伸をかみ殺して伸びをするふりをしながら、リンダの手の平に素早く指を走らせた。
『安心しろ。アンブレラI号にはかなりの数の仲間が潜入している。エリザベスにはすでに監視を付けて有るからサラの合図が有るまでは絶対に守る。俺達の仲間を信じろ』
 リンダは数度瞬きをすると『ありがとう』とだけ伝えた。

 これまでは常に独りで犯罪者と戦ってきた。
 それが今は大勢の愛する友人達の協力が有り、隣にはパートナーが居て、自分が知らないところでも名前も知らない同僚達が動いてくれている。
 初めて経験する組織戦というものを常に視野に入れながら、作戦を臨機応変に変えていかなければならない。
 矢面に立ち、命懸けで戦うのが自分1人だけなら慣れているから良い。
 秘密裏に動いている人数すら判らない同僚達と、全容がまだ知れない犯人側の動きまでの全てをリアルタイムで掌握する。
 そんな事がこの自分に出来るのだろうか?
 無意識に小さく震えるリンダの手をα・シリウスがそっと包みこんだ。


 マンゴーの入った箱を手にリンダはエリザベスの私室を訪れていた。
 当然、α・シリウスは部屋の外に追い出されている。
「感激ですー。リンダ様」
「それは天然物のマンゴーの事かしら?」
 からかう様に笑うリンダにエリザベスが顔を真っ赤にして力説する。
「ちがいますよ! リンダ様が本当にわたしに会いに来てくださったからです。リンダ様に比べたらたとえ天然物…………でも、マンゴーはただのマンゴーです」
 マンゴーの箱にはエリザベスには悪いと思いながら有機製の発信機と非常通報用のナノマシンが仕掛けられている。
 他の太陽系警察機構の刑事がアンブレラI号で動いているとは思わなかったので、リンダがCSS(コンウェル・シークレット・サービス)に依頼して事前に設置した物だ。
 事件が無事に解決するまではCSSが24時間体勢でエリザベスとマーガレットを守る手筈になっていた。
 これはケインが言い出した事で予算もコンウェル財団から出ている。
 社員の身に予期せぬ事態が降りかかった場合のシミュレーションというのは表向きで、ケインの本音は「馬鹿娘のとばっちりで将来有望な社員達に被害を及ばせたくない」だった。
「これからあの事件の事を聞きにここの警備部の警察本部に行くつもりよ。レポートの締め切りがきつくてちょっと大変なの」
「リンダ様でも普通の学生みたいな事を言うんですね……あ、すみません。気を悪くなさいました?」
「ちょっと若いだけで普通の大学生よ。そういう意味でベスの方がずっと先輩ね」
 憧れのリンダに「先輩」と言われ、エリザベスは耳まで真っ赤になった。
「とんでも無いですー。リンダ様、お勉強頑張ってくださいね」
「ありがとう。仕事の邪魔をしたくないからそろそろ行くわね。ベス、今日は会えて嬉しかったわ」
 リンダに手を差し出され、エリザベスはその手を取って何度も振った。
 力強い握手にあれからまだ2ヶ月も経っていないのに懐かしいと感じ、リンダはエリザベスの部屋を後にした。

 リンダはα・シリウスの顔を見つめ『さて、燻り出しを始めましょうか』とにやりと笑った。
 以前アンブレラI号で1度だけ見たリンダの笑顔にα・シリウスは言葉を詰まらせる。
 リンダが命懸けの本気になった時に現れる表情、決して抗え無い意志の強い瞳に、常に笑みを絶やさない口元。
 たった17歳の少女がこんな表情をする様になるまで、どれだけ辛い思いをしてきたのだろうか?
 「特定」の誰かを何が有っても守りたいという気持ちをα・シリウスは初めて知った。

 リンダはとっくに頭に入っているアンブレラI号内部を、見学者らしく案内表示に従いながら警備部のゲートをくぐる。
「初めまして。リンダ・コンウェルです。こちらで起こったある事件の検証をしています。被害者として事情説明の許可はとって有りますので担当の方にお取り次ぎ願えますか?」
 受付に座っていた若い女性職員に礼儀正しく話し掛け、自分のIDカードを表示する。
 α・シリウスもIDカードを提示し「太陽系警察機構USA支部の事件担当捜査官だ。被害者の身の安全の為、同行している」と言った。
 受付職員はあの高名な『奇跡のリンダ』がごく普通の美しい少女だった事に驚き、震える指先で端末を操作する。
 数時間前に提出されたUSA支部局長の許可付の申請書を確認し、担当刑事に連絡を入れた。
「担当者がこちらに来ますので少々お待ちください。あの……」
「はい?」
 にっこりと笑うリンダに受付職員は少々困惑の声で問い掛けた。
「ご質問の件は刑事事件なんですか? 記録ではハードの故障による事故扱いになっています」
 小声でα・シリウスが受付職員に話し掛ける。
「この件は極秘扱いになっている。閲覧許可を持たない職員には話せない。あなたは自分の仕事だけをしていた方が良い」
『へー、へー。シリってそうやっていると本物の刑事さんみたい』
 ピアスを通して入ってくるリンダのふざけた口調に「本物だ。ボケ娘!」と、反論したいのはやまやまだったが、まだ自分はリンダの様に全く声を出さずに発信する事が出来ない。
 人の多いロビーで罵声を返せば、周囲から小声で不気味な独り言を言う完全に変人扱いを受ける。
「わ……分かりました」
 受付職員は慌てて下を向いて2人を視界から外した。
 アンブレラ内で流れている噂を思い出し、この件に関わらない方が身の為だと気付いたのだ。

 ほど無く中年の男が笑顔でリンダ達の前に駆け寄ってきた。
「お待たせしました。初めまして、リンダ・コンウェルさん。私がこの事件担当のダグラスです」
 リンダは差し出された手を気付かない振りをして、にこかやに笑うと「初めまして。宜しくお願いします」と言った。
『何かコイツ嫌いだわ。自分達の縄張りに一般人の学生と上部機関の刑事が突然強引に来たっていうのにへらへら笑うなんて、探られたく無い事が有りますって言ってる様なものだわ。馬鹿のふりをしてわたし達を油断させようって腹?』
 今は真面目な学生を装いつつも前回の事件では完全に警察を煙に巻き、今回の来訪がすでにあちらこちらで噂になっているリンダを、当然此処の警察も警戒しているはずである。
「良い勘だ。俺も前の時に奴の顔を見た。そのまま調子を合わせろ」
『言葉数が少ないせいか何か偉そう。ま、今は仕方無いわね』
 意味不明のぐぐもった声を出すα・シリウスに「おや、咽の調子でも悪いんですか?」とダグラス刑事は間抜けな質問をした。


 奥まった場所に有る応接室の1つに案内され、リンダとα・シリウスはソファーに腰掛けた。
 濃いブラックコーヒーを出され、砂糖とミルクを勧められる。
 リンダは2度素早く瞬きをして『すばる(望遠モード)』を選択する。
 顕微鏡並の精度にコンタクトレンズが切り替わり、僅かに立ち上る湯気の状態、カップの微かな色彩の異常からリンダは即座に判断を下した。
『シリ、返事は良いわ。絶対に飲まないで。カップに触れても駄目よ。毒じゃ無いけど薬物を検知したわ』
 α・シリウスは「どうして解った?」と問い掛けたかったが、まだ充分に使いこなせないピアスに苛立ちを感じつつ沈黙を守った。
 ダグラス刑事は数枚のメモリーシートを端末に入れてモニターを表示させた。
「リンダ・コンウェルさん。あなたが暴漢に襲われた事件ですが、犯人はこちらで2週間留置していました。どれほど尋問しても一切口を割らなかったので仕方無く月支部に身柄を送ったんですよ。こちらにはあなたが事件当時に話してくださった事以上の情報は有りません。学校のレポートを纏めるのに詳しい情報が欲しかったとか。全くお役に立てなくて残念です」
「え、そうなんですか? レポートも大切ですが自分が何故襲われたかくらいは知りたいと思っていたんです。USA支部でも犯人がまだ地球に護送されていないから情報が無いと言われました。わたしが襲われたのはメンテナンスドックですし、当時の記録とか全く残っていないんですか?」
 リンダは自分がカメラを誤動作させた事は棚に上げ、残念そうな声を出した。
「理由は判りませんがカメラが誤動作していたんですよ。私よりもそちらに居るα・シリウス刑事の方が情報を持っているはずなんですがね。あの事件はこのアンブレラI号内で起こったにも拘わらず、事件についての情報統制や指示は全部彼がやったんです」

 リンダの視線を受けてα・シリウスは頷いた。
「私は上司命令ですぐに地球に戻らなければならなかったので、この事件の未公開の指示を出し、犯人の拘束をこちらに依頼した。それ以降の事は知らない。今回、リンダ・コンウェル嬢から正式に依頼を受けて、護衛を兼ねて情報整理の為に此処に来た。相手は15人、それだけ多くの犯罪者がアンブレラI号内に入って来たのならどこかに記録が残っているはずだ。民間人に見せられないデータなら私に渡して欲しい。報告書を纏めて彼女に渡す」
 淡々と無機質な声で告げるα・シリウスにダグラスは苦笑して両手を上げた。
「身内の恥を晒す事になるのであまり言いたく無かったんですがね。あの15人がどうやってアンブレラI号内に入り込んだのか全く足取りが掴めないのですよ。顔写真とステーション内のカメラ映像を何度も比較しましたが照合出来ませんでした」
 遅々として進まない会話にリンダが思い切って切り出した。
「では月に行けばもっと詳しい情報が得られますか? もしもそうなら月支部にも許可申請を出します」
「それは無理でしょう」
 あっさりと言い切るダグラスにリンダは「どうしてですか?」と首を傾げた。
「1時間前に入ってきた情報です。昨日、裁判の為に地球に護送中だった彼らの乗った宇宙船が消息を絶ち、メテオロイド(宇宙空間での天然の物体)と衝突したと思われる宇宙船の残骸が太陽系防衛機構に発見され、乗員32名全員の死亡が確認されました。月支部でも犯人達は何も言わなかったそうです。α・シリウス刑事はご存じでは?」
 α・シリウスは軽く頷いて肯定した。
「護送中に月支部から15名が船ごと身元不明との連絡は受けていた。全員死亡だったとは。……故人の冥福を祈る」
『このっ! 無関係な船員まで全員殺したわね。なんて奴らなの』
 リンダは演技では無く怒りで震えた。
「お悔やみ申し上げます。すみません。そんな事になっていたなんて全く知らなかったんです。では何故わたしが襲われたのか、原因は全く解らないんですね?」
 ダグラスは申し訳無さそうに頭を掻いた。
「そうなりますね。わざわざこちらまで来ていただきたのに本当にすみません」
 「ただ……」と言ってα・シリウスはソファーの背もたれから身を起こして言葉を続けた。
「私がアンブレラI号内で自分が見た物は全てBLMSに記録させて有る。それとこちらでのデータを照合すれば奴らがいつどうやってこのステーションに入ったのかが解るかもしれない」
 ダグラス刑事が「まさか」と言う。
「あの当時、こちらも必死で情報を集めたんですが全く手掛かりが無かったんですよ。それこそ魔法でも使ったのかと訝しんだくらいです」


「宇宙に魔法なんて有る訳無いじゃない。わたしを馬鹿にしているの?」
 リンダがきっぱりと言い切った。
「ダグラス刑事、わたしも自分が見たあの事件をBLMSに記録しているわ。犯人達の音声付きでね。必要なら情報提示するわよ。それでも無理?」
「「は?」」
 α・シリウスとダグラス刑事は同時に間の抜けた声を上げた。
「リンダ・コンウェル嬢、USA支部でそんな話は聞かされて無い」
 この馬鹿、どうして話さなかった? と言わんばかりのα・シリウスに向けてリンダは少しだけ舌を出した。
「ごめんなさい。このBLMSにはわたしのプライベート情報もかなり入っていたの。とても証拠として堂々と出せないわ。どうしようも無くなったら出そうと思って此処に持ってきてはいるのよ」
 ダグラス刑事はぶっと吹き出すと腹を抱えて下品な声で笑い出した。
「いや、全くありがたいですな。証拠物件とあの事件の証人2人が揃って俺達の前に現れてくれたんだから」
 にやりと笑ってダグラスは表情を変えた。
「この部屋の監視カメラは切って有る。用心深く薬入りのコーヒーに手を付けなかったまでは懸命だったが、此処に来た時点でお前らは終わってるんだ」

 ダグラスが胸ポケットからレーザー銃を出す前に、α・シリウスが指先を閃かせ、セラミックナイフでダグラスの服をソファーに縫いつける。
「ラッキー。たんじゅーん!」
 リンダがそう言って両手を素早く広げ、光の糸を部屋中に張り巡らせた。
「危険ですので怪我をしたく無かったら2人共触らないでください」
 α・シリウスは生唾を飲み込んで自分を囲む光に目を向けた。
「お前ら、何をする気だ?」
 2重の拘束で動けないダグラス刑事がリンダ達を睨み付ける。
 極細の光は徐々に姿を消し、視界から完全に消える。
「ちょと聞きたい事が有るだけって始めから言ってるじゃない」
『シリ、探査識別モードを最強にして。これはそうそう肉眼やモニター越しでは見えないの』
 リンダはにっこり笑って「さあ、始めましょうか」と言った。

 リンダが指を鳴らすと同時にアンブレラI号内の全てのモニター画面にダグラス刑事の先程の行動が映し出される。
 これがリンダが準備していた仲間全員への合図だった。
『……此処に来た時点でお前らは終わってるんだ』
 リンダのコンタクトレンズとピアスを通して記録された嘲笑して胸ポケットに手を入れるダグラスの姿はアンブレラI号内だけに留まらず、月基地から捜査班が潜入しているアンブレラII号や、タイムラグが有るものの太陽系中の全てのネットワークにコンウェル財団の通信衛星を使って送信された。
 この映像をどう使うかは受け取った各人の好きにしろというリンダの挑戦状だ。
 α・シリウスはゴーグルの隅に映る映像を見て頭を抱えた。
『この部屋の映像は今もリアルタイムで太陽系中に流れているわ。シリ、怒ってるわよね? 黙っていてごめんなさい。今だけはわたしの好きにやらせて。刑事のあなたを表に出す訳にはいかないの』
「ねぇ、ダグラス刑事。今わたし達を殺そうとしたのかしら?」
「知らん」
「胸ポケットから出そうとしたのは何なの?」
 ゆっくり立ち上がってリンダが手を伸ばし掛けた時、ダグラスは腕を拘束するナイフを引き抜きポケットから銃を取り出すと乱射した。
 リンダが胸の前で両手を合わせると光の束が壁を作り、全てのレーザーを跳ね返す。
 光の向う側でダグラスの叫び声が聞こえる。
「危ないからレーザーは使わない方が……って言うのが遅かったわね」
 リンダが手を下ろすと光のカーテンが開けられ、肩や腕を打ち抜かれたダグラスがソファーに倒れ込む姿が見えた。
「良かったわ。致命傷は無いわね。動かないで。すぐに手当をするから」
 リンダが器用に光の糸をすり抜けてウエストバッグからメディカルキットを取りだし、止血剤と化膿止めと痛み止めをダグラスの傷口に吹き掛けた。
 ダグラスは一瞬顔をしかめたが、徐々に和らぐ痛みにほっと息を付く。
「……何故だ? 自分を殺そうとした相手の手当をするなんて俺には理解が出来ん」
「わたしは人を見殺しにする悪趣味は持っていないわ。此処には質問に来たって言ったでしょ? イエス、ノーで良いからあなたに答えて欲しいだけ。と言うか……本当に困ってるから宿題の手伝いをしてくれると嬉しいんだけど。駄目かしら?」

 笑いながら頭を掻くリンダを見て、α・シリウスは今度こそ盛大に溜息をついて頭を抱えた。


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