Rowdy Lady シリーズ 1 『Lady Salamander』

12.

 命令書を持ったα・シリウスが、リンダを連れてコンウェル家を訪れたのは22時を回っていた。
 α・シリウスもあのケイン・コンウェルとサム・リードが居る上に、軍事要塞並のこの家に来るのは極力避けたい思っていたが、突然何をやりだすのか判らないリンダと、その周辺(類友)を監視する為には側を離れられない。
 リンダは「プライバシーの侵害」「同じ顔をずっと見続けるのは嫌」「若い女が『一応』若い男と24時間一緒に居るのは外聞が良くない」などと、無駄な抵抗を続けていたがΩ・クレメントが渋い顔で「長官命令」と言うと諦めて肩を落とした。
 車で移動中もリンダのホットラインには続々とメールで情報が集まっている。
 頬を膨らませたままリンダはメールに目を通していく。
 不思議な事にジェイムズが送ってくれたデータから、裏が取れたり関連する多くの情報が友人達から集まってきていた。
 ジェイムズは「深く聞くな」と言ったが、彼には前々から太陽系防衛機構からスカウトの話が有り、様々な場所で顔が利く事を考えると情報の出所は大方予想が付く。
 デートは問題外だがお礼代わりにマザーと交渉してジェイムズの興味を惹きそうな情報の1つくらいは提供するべきだろうとリンダは思った。

 玄関先ではサムが待ちかまえていた。
 溜息をつくα・シリウスにリンダはどうしたのだろうか首を傾げたが、サムの目が珍しく真剣だったので、すぐにそちらの方に意識が囚われた。
「お帰り。リンダ、Ω・クレメントから連絡は受けているから事情は解っているよ。ケインの帰宅が遅くなるので家の事を任されたんだ。さてシリウス君、とりあえず歓迎しておくよ。君の部屋はリンダの正面に用意した。いくら護衛でもレディの部屋に泊まるなんて非常識な真似はしないよね?」
 α・シリウスは「誰が凶暴竜の部屋に泊まりたいものか」という言葉を飲み込みながら、頷いてサムに答える。
「それはリンダ・コンウェル嬢次第です。勝手に私の目の届かない所で情報のやりとりをしたり、独断で行動を起こさない限り『仮にも』若い女性のプライバシーを侵害するつもりはありません」
 このヤロ、長官室で『一応男』と言われた事を根に持っているな、とリンダは思ったがサムの手前、蹴りを入れるのを我慢して大人しくしている。
 サムはリンダとα・シリウスのわずかな表情の変化から大体の事情は理解したが、あえて口には出さなかった。
「自分の家で立ち話を続けるのも馬鹿みたいだよね。マイケル達が用意してくれた遅めの夕食にしよう。運が良ければケインもその間に帰ってこれるはずだよ」
 リビングに向かいながらリンダがサムに問い掛ける。
「パパは何をしているの?」
 自分の勝手な行動で父ケインやサム達にあまり心配を掛けたくないと思っていただけに、予想を遙かに上回る大事になってリンダ自身も困惑していた。
「うちの大事な困ったちゃんが、とんでも無い事を始めちゃったからケインも色々忙しくてね。でも、安心して良いよ。この件では誰もケインには手を出せないから。不特定多数の口コミを利用したのはある意味正解だったね。君がアンブレラI号事件を追う事は、すでに万単位近い人達の耳に入っている。どんな組織でもその全員を抹消なんて出来ない。逆に自分達の首を絞めるだけだからね。君の大切な友人達も安泰だよ」
 ほっと息を付いて笑顔を見せるリンダの額を、サムは少しだけ目を尖らせて軽く突いた。
「分かってないね。それだけ君1人の身が危険だって事だよ。口封じの見せしめには1番有効なターゲットなんだから」
 サムからも自分が標的になると太鼓判を押されてリンダは逆に微笑む。
「わたしを相手に組織がどれだけの事をやる気でいるのか、楽しみでぞくぞくしているくらいよ。弾丸でもミサイルでも撃墜してやるわ。殺せるものならやってごらんなさいって気持ちだわ」
 戦意に瞳を輝かせるリンダにサムは「仕方無いなぁ」と笑ってリンダの頭をくしゃりと撫でた。

 α・シリウスは自分には決して見せないリンダの安心しきった笑顔と、サムとの深い信頼関係を見せつけられて面白くないと思っていた。
 マザーの見解を信用するなら度々喧嘩はしていても、自分はリンダに信用されているらしい。
 しかし、あの様に強い信頼を得るには長い時間が必要だ。
 こればかりは仕方が無いと分かっていても、まだ足りないのかと焦る気持ちが自然と起こる。
 パートナーは完全に信頼しあえなければ、簡単に片方か両方の命を失う事になる。
 漸く得られた大切なパートナーの信頼を早々に得るにはどうすれば良いものかと、α・シリウスは知らず溜息をついた。
 α・シリウスの気持ちに気付いたサムは、微笑して「先ずはコーヒーの味から始めてみれば」とα・シリウスにだけ通じる様に言った。

「あっはっは」
 自室のソファーに腰掛け、爆笑するリンダの横でα・シリウスもつられて吹き出す。
 届けられるメールは多岐に渡り、イロモノ系の情報も多数入ってくる。
『怪奇、消える宇宙船』
『アンブレラ号に潜む謎の生命体』
『宇宙幽霊』
 などという件名を見て、笑うなと言う方が無理である。
 冗談好きな学生達の悪乗りだが、よく読むと内容は決して笑える様な物では無い。
 酸素、水素、ヘリウム、合金から食料まで、宇宙空間で生きていく為に最低限の資源が勝手に消えるなど有ってはならない事だ。
 表向き発表されていない情報を調べていくと、ここ5年の間に太陽系内で小型宇宙船やプラントが度々行方不明になっている。
 噂だけとはいえ、これらの資源が年に数万トン単位で消失しているのだ。
 大きな権限を持つ複数の誰かが手引きをしているとしか思えない。
 ジェイムズのデータと照らし合わせながら「わたしの手には負えないかもしれないわ」とリンダが渋面で呟く。
「少しでも有用だと思った情報は発信元を消去後暗号処理をしてサラ名義でマザーに渡せ。太陽系警察機構全体がこの事件を追っている。自分だけで解決しようと思うな」
 とα・シリウスも真面目に返した。
 長年諜報部門で単独捜査を続けていたとは思えない言葉に、リンダは少しだけ意外だという顔をする。
「組織とはそういう物だ。サラの言葉を借りるなら会社と変わらない」
「そうね。今回はリンダ・コンウェルの名前で動ける範囲という限定条件も有ったわ。それ以外は「警察の仕事」って事ね」
 メインテーブルの上でデータの分類をしながら、サイドテーブルに手を伸ばすリンダの手にカップが渡される。
「頭をはっきりさせたい時はホットコーヒーをブラックで良かったな」
 いつの間に用意したのかα・シリウスの手にはサーバーとカップが有った。
「ありがとう」
「たまたま俺も飲みたいと思っていたからついでだ」
 2人がコーヒーを口に含みながら更に作業を続けようとすると、背後から様子を見ていたサムが「2人してカフェイン中毒になるつもりかい? これ以上は寝られなくなるからドクター・ストップ」と言ってカップを取り上げた。

「サムぅ」
 リンダが不満げな声を上げるとサムは「めっ!」という顔をしつつ親指を背後に向けた。
 ほぼ同時にケインが部屋に入ってきた。
「パパ、お帰りなさい」
 リンダとα・シリウスが作業の手を止めてソファーから立ち上がる。
「ずいぶんと遅いわ。疲れてるでしょ。最近パパに心配と余計な苦労ばかり掛けているわね。ごめんなさい」
 リンダが時計に目を向け、父の肩にそっと頭を預ける。
 普段は鋭い瞳が優しく光り、愛おしげに娘の髪を撫でながらケインはα・シリウスに「お前が側に居ながら何をしていた?」と言わんばかりの視線を向けた。
 α・シリウスも軽く会釈をした後、「お前なら本気のそいつを止められたか?」という視線を返し、お互いに軽く肩を竦めてその場を納めた。
 誰かが言って聞く様な大人しい性格ならリンダはとっくに殺されている。
 常に運命と戦う道を自ら選んだからこそリンダは今まで生きてこられたのだ。

「リンダ、α・シリウス、お前達に渡す物が有る」
 ケインはポケットから小さな透明の箱を2つ取り出すと2人に手渡した。
 リンダが箱を見つめ少しだけ怪訝そうな顔になる。
 α・シリウスの瞳をそのまま写し取った様な美しい蒼いサファイアのピアス、ケインがこの手の物を持ち帰ってそれがただの飾りだった事は無い。
「お前達専用の通信機だ。リアルタイムで音声の暗号化と複合化を行う。元々他の目的で開発していた物だが、これから活動するのにどうしても必要になるだろう」
「パパ、ありがとう」
 リンダは笑顔で背伸びをしてケインの頬にキスをすると、箱からピアスを取り出し1舐めしてDNAを認識させて両耳の堅い部分に貼り付ける。
 α・シリウスは取り扱い説明を読みながらリンダと同じ様に耳に取り付け、リンダの耳に付いているルビーとエメラルドのピアスに目を向け「あっ」っと声を上げる。
「サラ、その耳に付けている他のピアスも……」
「あ、その話は今はパス。パパ、コードは?」
 強引にα・シリウスの言葉を遮ってリンダはケインに向き直った。
「受信はフルオート、発信のオンコードは『マイ・ハニー』、オフコードは『マイ・ダーリン』だ。間違えるな」
 リンダはざーっと砂を吐く様な顔になり、「パパ、それだけは勘弁して」と何度も首を横に振った。α・シリウスも思いきり嫌そうな顔になる。
「急いで作ったのだから仕方が無いだろう。お前達が『絶対に使いそうも無い』言葉で、うっかり誰かに聞かれても不審に思われない『一般的に使われる』言葉を検索したらそうなった。使い方に慣れたらα・シリウスと相談してDNA鍵でコードを書き換えれば良い」
 リンダとα・シリウスはお互いに「こいつ、恋愛に縁が無いのか」と自分の事は棚に上げて心の中でツッコミを入れた。
 リンダが吐息だけで『マイ・ハニー』と呟き、『テストよ。聞こえてる?』と問い掛けた。
「マイ・ハニー、聞こえている……サラ。今、声に出したか?」
 自分の声は2重に聞こえるが、リンダの声は耳の奥でしか聞こえない。
 不思議に思ったα・シリウスは何が違うのだろうかと自分のピアスに触る。
『いいえ、声は出していないわ。声帯を震わせた僅かな振動を顎の骨から耳の軟骨まで伝わるの。ピアスが音声信号に変えて直接内耳に聞こえるわ』
「よくそういう器用な事が出来るな」
『わたしは言葉が話せなかった時期が有ったから』
 α・シリウスはリンダの過去を思い出し「悪かった」と謝った。
『どうして謝るの?』
 α・シリウスが言葉に詰まると、リンダは何事も無かったかの様に「あ、そうだったわ」と声に出して嬉しそうに両手を合わせる。
「わたしはあの恥ずかしいコードを言わなくて良いけど、シリは口に全部声に出さないと使えないのね。シリ、早く声を出さずに話せる様頑張って訓練してね」
 にこにこと意地悪く笑うリンダにα・シリウスも負けずに応酬する。
「ああ、サラの顔を直に見ながら何度でも練習する。特に登下校中の学院周辺でやったらさぞかし楽しい訓練になるだろう」
「恥をかくなら1人でかきなさいよ」
「嫌だ。パートナーは常に運命共同体だ。俺が恥ずかしい思いをする時はサラも一蓮托生だ」
「あんたね。大人げ無いのもいい加減にしなさいよ」
「それが嫌なら今すぐコツを教えろ」
「そっちが目的かーっ!? この根性曲がり。どうして素直に「教えてください」って言えないのよ」
「言えるか!」
 友人達に頭が上がらないリンダの立場を利用して、α・シリウスは実を取った。すぐ目の前に手本が居るのに利用しない手は無い。

「ああして見るとなかなか良いコンビだと思わないかい?」
 罵倒大会を始めた2人から視線を外し、サムは苦笑しながらケインの顔を見る。
 早朝から出勤して何度もテストを繰り返し、何とか実践で使える物を早急に用意したのにこの2人はとケインはがっくりと肩を落とす。
「……Ω・クレメントは優秀な刑事だが、彼やリンダを見ていると人を見る目だけは疑いたくなる。我が娘ながらもう少し公の場に出しても恥ずかしく無い程度の品性を持てないものかと真剣に思うぞ」
 これだから正式のパーティには連れて行け無いのだと愚痴をこぼすケインにサムは更にツッコミを入れた。
「そうは言ってもリンダの口は君似だからね」
「お前の影響もかなりのものだと思うぞ。1度悔し泣きをして以来、サムの側を離れようとしなかったんだからな」
「あれは人徳だと言って欲しいね。あの2人は放っておいても大丈夫だろう。さて、君が使う予定だったピアスを彼に渡したという事はかなり状況は悪いって事だね」
 サムはこれ以上の話は別室でとケインを促した。

「ニュースジャーナルに国防省、大統領府に太陽系防衛機構までかい。これはまたずいぶんと豪勢な顔ぶれじゃないか。国際首脳会議並だね。口コミだけでここまで広まるんだから、うちのリンダは人気者だねぇ」
 紅茶を片手に持ちリビングのソファーに腰掛けて笑うサムにケインは渋面で答える。
「表世界は良い。体裁が有るからリンダが何をしようと表立っては動かないだろう。問題は……」
「あれだけ宇宙船がドックに繋がっていたにも拘わらず、リンダが襲われた当時に何故かメンテナンス区域の通路が無人だったという凄い確立の偶然の事だね?」
 クッキーを一摘みしめながらケインは頷いた。
「リンダは地球に帰った当時からあれだけはどう考えてもおかしいと疑っていた。リンダが動くとしたらここから攻めていくだろう」
 ティーカップをテーブルに置いてサムは足を組み直した。
「ふむ。あくまで自分を餌に、どれだけの大物を引っ張り出せるか正攻法で行くと」
「宿題のレポートが掛かっているからな。犯罪心理学の教授はテストよりレポートを重視するらしい。提出出来ない部分には新しく手に入れたもう1つの顔でやる気だろう」
 世間をここまで騒がせながら、リンダは自分が学生だという事は決して忘れていない。
 身内のケインや長年リンダを見てきたサムには、リンダがあわよくば一石二鳥を狙っているのが見え見えだった。
「自分の立場が大きく変わっても学生の本分を忘れないのは良い事だと思うよ。シリウス君に対しても運命共同体のパートナーというより、秘密を共有する新しい友人って扱いみたいだしね」
 ケインがどう言えば良いのか判らないという複雑な顔をするとサムは笑って肩を叩いた。
「リンダの本質はあの時から全然変わって無いよ。とても優しい子だ。パートナーになったのもシリウス君の孤独を本能で感じ取ったんだろう。まだまだケインが心配する様な事態はやって来ないよ。今から娘を嫁にやる父親の顔をしてどうするんだよ」
「娘が出来たらお前にも私の気持ちが解る!」
 今にも皿やカップが飛んできそうなケインの様相に苦笑するとサムは立ち上がった。
「この事件の決着がつくまでは僕もここに詰めるよ。妻の了解は事前に取って有る」
「いつもすまないな」
 片手を上げるケインにサムは扉ごしに笑い掛けた。
「リンダの記憶がどんな事をきっかけに戻るか全く予想が付かないからね。いざという時の為に僕が居るんだ。ケインが気にする事は無い」

 サムが廊下に出るとα・シリウスが真剣な面持ちで待っていた。
「サラはもう寝室に行きました。あの「取り扱い注意書き」のもっと詳しい説明をしてください。間違っても俺の不注意な言動でサラを狂気に落としたくないんです」
 優しい間接照明の中でも鋭く光る蒼い瞳を見たサムは「良いよ。おいで」と言ってα・シリウスを自室に招き入れた。


 翌朝、リンダがα・シリウスに送られて学院に着くとさっそくアンに掴まった。
「逃げずに来た事は誉めてあげるわ」
「アン、話を大きくし過ぎよ。昨夜のメールだけでメモリーシートを100枚以上消費したわ」
「それだけあなたが周囲から注目されているという事よ。『奇跡のリンダ』の名前は理解しているくせに、そういう方面での自覚が全く無いって幸せね。そうそう、わたしからのプレゼントはこれよ」
 アンはにっこり笑って1センチの厚さは有るメモリーシートを手渡し、リンダの頬を引きつらせた。
 手書き用のメモリーシートの1枚の厚さは0.5ミリ、データ保存用なら0.1ミリも無い。
 これだけの情報を集めるのにおそらく徹夜をしてくれたのだろう友人に感謝しつつ、これを全部読むのかと思うとさすがのリンダも目眩がした。
「ジェイムズからあなたがアンブレラ関係の情報を欲しがっているって聞いたの。ここ5年間の関連記事をゴシップまでピックアップしておいたわ。パパの会社と契約しているライター達も興味津々って感じだったわよ」
「……どうりでいくら事件現場とはいえ、アンブレラ関係のメールが多いはずだわ。ジェイムズが裏で糸を引いていたのね」
 ちらりと校門の側に立っているα・シリウスに視線を向けながら、アンは少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。
「アンブレラの名前が出た時だけ、あなたの声のトーンが少しだけ違っていたと言ってたわよ」
「相変わらず嫌な特技ね。ジェイムズに感謝はしているけど、学院で遊んでいないでさっさと単位を取って宇宙軍に行けと言いたくなってくるわ」
 リンダが貰ったメモリーシートをバッグに入れるとアンは声を更にひそめた。
「ねぇ。どうしてシルベルドさんが居るの? いかなる場合でも学生が授業に集中出来る様にどこのシークレット・サービスも入れない。というのがここのルールでしょ」
 リンダは振り返って今思い出したかの様に「ああ」と溜息をついた。
「敷地内には入って来ないわよ。わたしが独断で動いたからパパが怒って当分の間はこれ以上馬鹿をやらない様に見張りを付けるって言い出したのよ。新しい師範もかなりお冠なの」
「それはまぁ……おじ様の気持ちは理解できるわ」

 2人が校舎に向かいながら話しを続けていると背後からキャサリンがリンダの背中に抱きついた。
「おはよう、アンと愛するお馬鹿さん。さっき校門を通る時にシルベルドさんの耳を見たわ。で、リンダの耳にも同じピアスがと……もちろん理由を教えてくれるわね?」
 さっさと吐けと言わんばかりの首絞めにリンダが「降参、降参」と両手を上げる。
「わたしが情報欲しさに勝手に学校を抜け出さない様にって、パパに発信機を渡されたの。彼のはその受信機よ。学院内では使えないけど1歩でも外に出たらばれちゃうわ」
 キャサリンがリンダの首から手を離して軽く肩を竦めた。
 それと同時にリンダも吐息だけで『マイ・ハニー、滅茶苦茶目立ってるじゃない。この学院のルールは知ってるでしょ。通信はこのままオンにしておくから何処かに行ってよ!』と怒鳴りつけた。
 最高レベルを誇る学院のセキュリティシステムも、コンウェル財団の技術力に掛かればいくらでも抜け道を作れる。
「そんな事じゃないかと思ってたけど全く色気の無い話ね。さてリンダ、パパがこの件にとても興味を持っていてわたしもしつこく話を聞かれたわ。あの事件はそうとう根が深いみたいね。宇宙軍まで動いているという情報も入ってきているわよ。わたしがちょっと1声掛ければ1個中隊ぐらいは動き出すけどどうする?」
 キャサリンの提案にそこまで? と驚くリンダに横からジェニファーが声を掛けた。
「おはよう。わたしもお祖父様とお父様から質問攻めにされたわ。アンブレラにはここ数年変な金の動きが有るそうよ。1つ1つは小さな事だけど怪しいのを全部合わせると小国家の年間予算並ですって。それと大統領府も水面下で準備を始めてるわ。あなたが暴漢に狙われるのはこれまでも何度も有ったのに今回に限ってどういう事かしらね。リンダ?」
 普段は気が弱く温厚なジェニファーも、いざとなったら腹を括れるのだ。
 誰1人として半端な言い訳でごまかせる相手では無い。
 リンダは盛大に溜息をつくと友人達に「どうしても聞いて欲しいお願いが有るの」と言った。
「「「何?」」」と同時に返されて、リンダは大声を上げた。
「皆の好意はありがたいしとても嬉しいけど、バックグラウンド達は完全に黙らせて。はっきり言ってレポートの邪魔、邪魔、邪魔! 刑事事件だから警察だけは無視出来ないし、協力もして貰わないと困るけど、これで単位を落としたりしたらたとえ相手が大統領でも本気で恨むわよって言っておいて」
 ぶすっと頬を膨らませるリンダに友人達は一瞬の沈黙後、爆笑して快く引き受けてくれた。
 お互いに親がどういう身分でも自分達は普通の女子大生だ。巨大な権力を持った大人達の思惑に乗せられて嬉しいはずが無い。
 それと同時にここ数日急に遠くに行ってしまって気がして寂しく感じていたリンダが、いつもどおりのリンダだった事に友人達は心底から安心したのだった。

 リンダの希望はあっと言う間に学生達の間に広がった。
『奇跡のリンダ』と共に軍や国、マスコミまでもを出し抜いて自分達だけで事件の真相を追う。
 これはこれで学生達や、彼らと個人的に繋がりを持つ民間企業の一般職員達は面白い事になったと俄然張り切りだした。
 一生に1度くらい巨大な権力に挑んでみたいという願望は誰でも持っている。
 それを被害者の強い希望で合法的に犯罪を暴くと聞けば、チャンスとばかりに1口乗ってやろうと思うものである。

 一方、学院近くのカフェに腰を落ち着けて、リンダ達の会話を聞きつつ昨夜のデータを解析していたα・シリウスは鼓膜が破れそうなリンダの怒号に耳を押さえた。
 自分自身が巨大な権力と軍事要塞並の力と情報収集能力を持ち、それに振り回される事も無ければ、悪用する事など一切しないリンダは本当に普通の17歳の少女のままだ。
 素直で傷つきやすく脆い心を意志の強さで完全に包み込み、多くの矛盾を抱えながら周囲の思惑を蹴散らして、真っ直ぐに自分の決めた道を進んでいく。
 それが11年前にサムとケインが選んだ唯一のリンダの治療方法だった。
『多くの犠牲の上で自分が生きていても良い理由が今のリンダにはまだ必要なんだよ』
 昨夜、サムが言った言葉をα・シリウスは反芻する。

まるで鏡だ。

 と、α・シリウスは思う。
 自分が生きる理由を無意識に捜しているリンダの姿は、幼い頃から刑事になる事だけを考えてきた自分自身を見ている様だと、コーヒーから立ち上る湯気を見つめながら思考を遠くに飛ばした。


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